異界探訪・その16・神なる力とレムリアーナ
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オーストラリアによる浮遊大陸攻撃命令が発令する少し前。
「この大地の侵食率はおおよそ36%、後は自然侵食に任せて次の大陸に向かうのが宜しいかと思いますが」
レムリアーナ中央地下制御室で、正面のコンソールをじっと眺めているブライアンは、後ろの席に座って各国の状況を見ているジェネラの言葉に耳を傾けている。
プロストはレムリアーナ後方にある封印の聖堂にて、新しく目覚めたばかりの魔族に状況を説明、更にはグランアークから新たにシャンタークとワイバーン、そしてスモールドラゴンを召喚している所である。
その為、足りない人材を補う事が出来なくなっているので、レムリアーナの制御はブライアンとジェネラの二人で行うしかなかった。
「ジェネラの言う通りだな。さて、次に向かうとしたらどこがいいか‥‥」
ブライアンは巨大なモニターに地球全域の地図を浮かび上がらせると、いくつもの大陸を一つ一つ指さす。そしてその指が日本を指さしたとき、傍らで見ていたジェネラは振球を左右に振った。
「その国はマチュアの住んでいた国です。手を出さない方がいいでしょう」
「そうなのか? もうあの女はいないのだろう?」
「ええ。ですが、いないのはマチュアだけであって、その子飼いの部下たちが待機しているとシャンタークから報告があったではありませんか」
「その報告の直後に蒸発してしまったからなぁ。守りは万全という所か‥‥しかし」
──プシューーーッ
制御室の扉が開き、空中に浮かんだソファーに座ってポルトロンが入ってくる。
「ポルトロン、もういいのか?」
「少し‥‥だけ。あのおんなの神威‥‥は・きけん、だから、手をだしてはダメ」
マチュアの神威を吸収したポルトロン。
その結果、肉体の八割が崩壊し、今は培養した仮初めの肉体に魔人核を移植しているだけに過ぎない。
魔族としての力の殆どを失い、それでも辛うじて生きているのは奇跡といえよう。
「あの女の神威から、記憶を紐解いだ・あの女より、怖いやつがいる。ストームという亜神、マチュアより強い、そして、私達は、あの男の逆鱗に触れた。日本に手を出すと、ストームが動く、今は、この世界の、グランアーク浸食率を上げる事、最優先‥‥」
「ああ、マチュアの死はカーマイン様もお喜びになっている。後は、この世界にグランアークを作り出し、ナイアール様の分身体の活性化を進めなくては」
ブライアンはポルトロンの方を向いてそう告げる。その言葉に満足したのか、ポルトロンも弱弱しく頷くと、くるっと向きを変えて、部屋から出て行く。
「カーマイン様の計画、第一段階のマチュア殺害は完了している。続いて第二段階、ナイアール様の活性化を始める。まずはこの地球をグランアークと同じ環境にし、星の何処かに眠っているナイアール様の分身体を探さなくてはならない」
「そのためにも、レムリアーナの鍵を探さないとねぇ。で、何処か宛てはあるの?」
「ない‥‥が、なければないで、まずは星の環境を変化させるとしよう‥‥」
ブライアンがモニターを見つめる。
そこには、レムリアーナの森のあちこちから飛び立つワイバーンと、それに乗った魔人、そして大量のシャンタークの姿が映し出されている。
ワイバーンの先頭には、深蒼色の重装騎士の姿をしたプロストが乗っている。
「いよいよプロストも出撃したか。大陸落としの異名を久しぶりに見られるようだな」
勝ち誇ったようにつぶやくブライアン。
そしてジェネラもまた、いつ来るかわからない敵襲に警戒の色を強めていた。
〇 〇 〇 〇 〇
同時期、アメリゴ合衆国・ワシントンDC・ホワイトハウス。
オーストラリアの悲報を受けて、アメリゴ合衆国は現在デフコン4を発令、同時にカルアド転移門への一時的避難準備も発動。国連ビルおよび国連保有の転移門近辺の警備難易度も上昇、陸海空軍および海兵隊の出撃準備も完了している。
対魔族用兵器こそないものの、ホワイトハウスにはアメリゴ所有の魔法鎧が4騎待機している。
そのホワイトハウス二階、イーストシッティングホールと呼ばれている部屋に、赤城は待機していた。
「‥‥相変わらずストームさんとの連絡は付かないですか‥‥さて、まずはこれを設置して‥‥」
拡張バッグからとりだした対魔族結界水晶をテーブルの上におくと、赤城は右手を前に差し出して魔導書を召喚する。
──フワッ
赤城の体内の魔力が徐々に膨れ上がり、魔導書が深紅に輝き始める。やがて魔導書の輝きが収まったころ、ホワイトハウスの敷地全域の結界化が完了した。
これは水晶を設置するための第一段階、マチュアやミア、アハツェンのような高度な儀式魔術を使用できない赤城の、苦肉の策である。
「さて、それでは‥‥やっぱりホールかなぁ」
水晶をもう一度拡張バッグに収めて、赤城は部屋から出る。
厳重な警戒態勢が敷かれているホワイトハウス内を、赤城は誰にも咎められる事なく歩いて行く。
それもその筈、今の赤城の服装は異世界大使館の正装ではない。
純白のローブに赤い宝石のはまった額冠、左手にはボルケイノドラゴンの骨から削り出した魔導杖が握られている。
そしてローブの上には幻影騎士団のマント、つまり、いまの赤城は異世界大使館職員ではなく、幻影騎士団のメンバーとして、ストームの命令でここに立っている。
「赤城殿、どちらに向かわれますか?」
大統領つきSPが、歩いている赤城に声を掛ける。すると、赤城も一度立ち止まり、ホールを軽く指差す。
「あそこに対魔族用結界水晶を設置したいのですが、大統領の許可は取っていただけますか?」
淡々と事務的に、それでいて笑顔で告げる赤城。
さんざんマチュアに連れ回されているので、ここ一番の度胸は座っている。
そしてSPもまた、大統領が異世界大使館職員と幻影騎士団の行動には一切制限を設けていない事を知っている。
なので、すぐにウェストウィングと呼ばれているホワイトハウスの西館に向かうと、そこにあるオーバルオフィスにいるロナルド大統領の許可を取りに向かう。
その僅か5分後には、ロナルド本人が赤城の前にやって来た。
「ミス・アカギ。結界を張ると聞いたのだが、それはどのような結界なのかね?」
「はい。これはマチュアさまが作った対魔族用結界を発動する水晶です。これが発動すると、半径100km以内の魔族はすべて蒸発し、結界を超えてやって来る事はありません。また、計算上は浮遊大陸の空間転移砲も防ぐ事が出来ます」
淡々と説明する赤城に、ロナルドは動揺する事なく頷く。
「それは一つしかないのかね?」
「ええ。マチュアさまからは、このアメリゴに一つ、ルシアに一つ、東京に一つ、そして異世界大使館に一つ設置するようにと命じられました。先日もお話しした通り、私がここに来た理由も、アメリゴに出現する魔族の殲滅ですので」
「そうか。それで、此処という事か。半径100kmという事は、かろうじてワシントンDC全域からボルティモアぐらいまでは守れるという事か」
「各国の政治の中枢を守るのですから、そこはご理解ください。それで、ホワイトハウスの一階、クロスホールの真ん中に設置したいのですが」
「よろしく頼む。もし必要なことがあれば言ってくれ、アメリゴは可能な限り助力する」
「ありがとうございます。では、早速‥‥」
すぐさま赤城は水晶の設置を始める。
拡張バッグから取り出し、魔法によって天井近くに浮かび上がらせると、その場で水晶をロックする。
そしてスッと杖を高く掲げると、そこから水晶の起動用魔力を注いでいく。
──キィィィィィィィン
やがて水晶が白く光り始めると、ホワイトハウスを中心とした半径100kmに結界が施された。
魔族以外には何の効力を持たない結界。
しかし魔族に対しては絶大な効果を発揮する。
町の彼方此方で突然もがき苦しみ、そして塵となって散っていく人間の姿が確認されたが、これはすぐに大統領からの公式発表で魔族の蒸発である事を市民は理解した。
結果、ホワイトハウス内でも5名の人間が蒸発し、今更ながらに警備の強化を考えさせられる一因となった。
そして時同じく、十六夜もルシアのクレムリンにて結界を発動、やはり政治中枢にまで忍び込んでいた魔族が次々と蒸発するという事態が起こっている。
これは全世界的に報道され、異世界大使館には対魔族結界水晶を譲渡してほしいという問い合わせも殺到、しかし予備が存在しないという大使館公式の発表により、より大きな混乱にはならなかった。
〇 〇 〇 〇 〇
そして現在、オーストラリア。
オーストラリア首相、アルフレッド・バートンは決断した。
国連軍により破壊されるのなら、先手を打って浮遊大陸を奪取すると。
総出撃命令が発令し、オーストラリア全軍が一斉に活動を開始。
残存する戦力の全てが、エアーズロック上空に浮遊している浮遊大陸に向かったのだが。
──チカッチカッチカッ
オーストラリア次世代戦闘機・F/A-18Eハイパーホーネット20機が対地爆装を行って出撃、まもなく爆撃目標である大陸前方の砲身にたどり着こうとした時、突然浮遊大陸は空間の狭間に沈み、オーストラリアから消滅した。
‥‥‥
‥‥
‥
同時刻、ワシントンDC上空
──ビシィィィィィィッ
高度3000m上空に突然亀裂が発生し、そこから最大長10km.最大幅4kmの浮遊大陸レムリアーナがゆっくりと降りてくる。
すぐさまアメリカ国防総省に連絡が入ると、アメリゴはデフコン5を発令、すぐさま各方面師団が行動を開始する。
時同じく、浮遊大陸レムリアーナの空間転移砲はホワイトハウスをターゲットに収めると、間髪入れずに砲撃を開始した‥‥のだが。
──ドッゴォォォォォ‥‥‥‥キィィィィィィィィィィィン
上空から斜めに撃ち落された白いエネルギーの本流。それはホワイトハウス上空300mで目に見えない障壁に命中すると、まるで霧のように力を失い、蒸散していった。
「し、初弾直撃コース‥‥防御しました!!」
第一報が執務室にいたロナルドに届く。
ここまで、浮遊大陸が姿を表してから僅か5分。
信じられない速度で奇襲攻撃を行った浮遊大陸の攻撃は、赤城の設置した対魔族結界により無効化されていた。
ホワイトハウス内は緊張に包まれたものの、赤城がそのままホワイトハウスの外に歩いて行くのを見て、やや落ち着きを取り戻し始める。
ロナルドもSPが制するのを止めて、外に向かって行く赤城の元に駆け寄って行った。
「ミス・アカギ。どうするのかね?」
「迎撃します。結界を見られたので、おそらくここから撤退するでしょう。ですから‥‥」
──ヒュヒュヒュヒユンッッッッッッ
赤城の周囲にいくつもの魔法陣が展開する。
「偉大なる魔術の始祖よ‥‥わが手に宿りて、無限の可能性を広げたまえ‥‥我が祖国、日本の力、神なる力よ、深紅の雨となりて、敵を撃て!!」
それはマチュアにも使えない古代魔術。
赤城がミアから学び、さらに地球の魔術を組み込んで作り上げた、赤城渾身の一撃である。
魔法陣から幾重もの光が空高く上っていく。
浮遊大陸から飛び出したワイバーン隊やシャンタークはそれをすべて避け、地上に向かって降下を開始した‥‥そのとき。
光の束は上空に届くと、そこからまるでシャワーのように分裂し、地上に向かって一斉に降り注いだ!!
「地球魔術、紅の止まない雨っっっっっっっ」
──ズドドドドドドドドドドドドトッッッッッッッッ
赤く輝く魔術の雨。それはまるで意志を持っているかのごとく、次々とワイバーン達を、シャンタークを貫いていく。
そして大量の魔術の雨は浮遊大陸にも力一杯降り注ぐと、その大地を炎に包んていった。
阿鼻叫喚ともとれる叫びがレムリアーナの地表に渦巻き、大地を削り浄化し、レムリアーナの大きさを半分まで破壊浄化していった‥‥。
‥‥‥
‥‥
‥
一体何が起こっているのか、レムリアーナのブライアン達は理解出来ていない。
オーストラリアの侵攻も終わり、次は日本ではなく世界の中枢であるアメリゴを落とそうと次元潜航でやって来た。
一撃でアメリゴ中枢を終わらせようと、空間転移ではなく蒸発させる為に空間転移砲を放ったのだが、それはホワイトハウス上空で何か結界のようなものに阻まれてしまった。
何だだあの結界はよう‥‥面倒くせぇ!!」
プロスト率いるワイバーン隊がレムリアーナから飛び立ち奇襲攻撃を行う。
目覚めて間もないシャンタークを大量に従え、レムリアーナから飛び立ったまではよかった。
「駄目だ、プロスト下がれ、地表から高濃度魔力反応が‥‥あれはまずい!!」
ブライアンが叫ぶと同時に、その高濃度魔力反応から幾重もの光が上空に向かって飛んで行く。
だが、プロスト達にはかすりもしなかった。
「ふん。いくら魔力反応が高くても、当たらなければどうというものではないんだよ‥‥そんな見え見えの攻撃なんてなぁぁぁ」
右手に巨大なランスを生み出し、さらに高濃度魔障を纏わせて急降下をするプロスト。だが、上空から降り注ぐ深紅の雨に気が付く事もなく、プロストは光に包まれて蒸発していった。
「だ、駄目だ、あれは危険だ‥‥マチュアの使徒か、何でこんな所まで出て来ているんだよ」
「落ち着けジェネラ、すぐに次元潜航を始めてくれ」
「まだ無理ですよ!! 魔力が足りないんです、あの雨で地表の魔力循環樹木まで焼き払われたんです!! 自然回復まで最低でも10分は掛かります!!」
まるで絶叫のようなジェネラ。
だが、そのジェネラとブライアンに希望の光が届き始めた。
大量の深紅の雨が止まると、それ以上の攻撃は行われなくなったのである。
慌ててブライアンは地上をモニターに映し出す。
そこには、詠唱を終えてふらふらとその場に崩れていく赤城の姿が映し出されていた。
「‥‥は、はは、ははははははっっっっっつ、魔障酔いだ、あの魔術師はおそらく魔障酔いを起こしたに違いない、ジェネラ、急いで離れろ、ここから離れるだけで構わない!!」
「了解です!!」
ブライアンの命令と同時に、レムリアーナはゆっくりと上昇を開始する。
そして地表全体を結界で覆うと、戦闘機の飛んで来れない遥か上空まで飛んで行った。
‥‥‥
‥‥
‥
「あう‥‥紅の止まない雨切れた‥‥」
たったの一発で、赤城の魔力は枯渇した。
ふらふらとその場に膝から崩れると、魔障酔いを起こして意識を失っていった。
遠くから、ロナルド大統領のSP達が駆け付けて来る。
そして赤城を担架に乗せると、ホワイトハウス内の医務室へと連れて行った‥‥。
対浮遊大陸、アメリゴ戦‥‥勝利。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






