混沌の影・その21・再生と逆鱗
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
魔族の大使館襲撃により、事態は思わぬ方向に進んでいる。
まさかのマチュアの再起不能、そして魔族側もライアーとグラッドンの二人を失う。
そしてマチュアから神威を始め様々な能力を奪ったポルトロンも意識が戻らず再起不能のまま。
これには魔族も異世界大使館も頭を抱えるしかなかった。
──浮遊大陸レムリアーナ
大陸中央にあるスティル城の円卓の間では、ブライアンが席について何かを思案している。
三つの席が空席となってしまった円卓、今はジェネラとプロスト、ブライアンの三人が席に座っている。
「‥‥強制転生結界を凌ぐとは。まさか、あのマチュアとかいう亜神は、混沌神様と並ぶ魔力を持っていたという事か?」
「そのようだなぁ。まあ、ライアーが殺されたのはマチュアじゃないんだろう?」
プロストが両手を広げて問いかける。すると、ジェネラが30cmもある水晶球を取り出して魔力を注ぎ始める。
──ブゥゥゥゥゥゥン
そこには、ポルトロンが繋げたままにしてあった『鏡の世界』を通じて、マチュアとストーム、ライアー、ポイポイ、グラッドンの戦闘が映し出されている。
しばしその光景をじっと見ている三人。
すると、グラッドンとライアーが殺されたところで、ブライアンは拳を握って力一杯テーブルを叩く。
──ダン!!
「あの水晶はなんだ? 我々魔族を一瞬で浄化する力なんて聞いた事もないぞ‥‥」
「まあまあブライアン。ここからが面白いところなんですよ」
そう宥めつつ水晶を見るように促すジェネラ。
そして水晶の中では、マチュアの下半身が塩の塊に変化して砕け散った光景が映し出されていた。
「はははははっ。こりぉあいい。あの女、自らの神威をすべて浄化の水晶球を作るのに使っちまったのかよ。ブライアン、もうマチュアは無視していいんじゃないか? こっちの世界の神じゃない亜神が神威を使い切ったんだ、待っているのは破滅だよ」
「プロスト、それはどういう事だ?」
「つまりなぁ、この世界ではマチュアという亜神を信じている存在はいないっていう事だよ。神々は、自らを信奉する存在があって始めて力を示す。一人でも信じる者がいれば、神の力は偉大で無限だ。だが、それは神にのみ適応される。亜神であるマチュアは実体を持った神のような存在、それにこっちの世界の住人じゃない。つまり」
そこまで告げてジェネラも頷く。
「マチュアを神として信じているものがこっちの世界にいない限り、マチュアは再生しない。それは、カリス・マレスにもその法則は当てはまるという事ですかぁ。なむなむ」
嬉しそうに手を合わせるジェネラ。
その説明を受けて、ようやくブライアンも笑みを浮かべた。
「なら、この戦いは勝ったも当然。急ぎカダスのフーユゥに鍵を探すように伝えろ、シャンタークをどんどん送り込んで、人間を攫いまくれ、何としても鍵を探し出すのだ」
──バッ
両手を広げて叫ぶブライアン。
するとプロストとジェネラは立ち上がり、部屋から出て行った。
そして残ったブライアンは、至急空間転移砲の準備を再開するように配下の者達に通達した。
〇 〇 〇 〇 〇
カナン・異世界大使館
地球から避難していた大使館職員の元に、ツヴァイからの報告が届けられていた。
「ま、マチュアさんが負けた‥‥嘘ですよね?」
両手で口元を押さえつつ、涙を流して問いかける高畑。そして吉成も隣にいるポイポイに質問をしていた。
「あのマチュアさんが負けるなんて、そんなの嘘でしょ?」
「‥‥ポイポイは守れなかったっぽい‥‥もう、二度とこんな事はしないと誓ったのに‥‥クロウカシスの時も、そして今回も‥‥」
──ギリギリギリッ
力一杯握った拳から血が滲む。
そして瞳を大きく開いたまま、ポイポイはボロボロと涙を溢れさせている。
「それで、今後の対応はツヴァイさんが引き受けるのですよね?」
「はい。マチュアさまはストームさまが連れていきまして。回復する見込みがあるかどうか、今回は怪しいとの事で。以後、大使館でのマチュアさまの代行は私が行いますので」
淡々と告げるツヴァイ。
そして赤城と十六夜は、その報告を聞いた後、スーッと大きく息を吸って、席に戻った。
「赤城さん、十六夜さん、ふたりは幻影騎士団なんでしょ? マチュアさんの事は心配じゃないの?」
吉成が叫ぶ。
だが、赤城は高畑と吉成の方を向いて。
「マチュアさんが不在でも、幻影騎士団は与えられた命令を遂行する事」
「それがマチュアさんやウォルフラム騎士団長、そしてポイ師匠に教えられた事ですわ。それに、私達は」
「「信じていますから」」
同時に告げる赤城と十六夜。そして三笠もコクコクと頷く。
「それじゃあ、女王さまの帰還までやる事はやっておきますか。私も女王親衛隊の一人ですから‥‥それでいいですね、ツヴァイさん」
眼鏡をグイッと直しつつ、三笠が問いかける。
その表情は今までのにこやかな笑みではない。
本気で怒っている時の、きつい笑顔である。
「ふぅ。私の出番ないじゃない。落ち込んでいるみんなを励まして動かさなきゃと思ったのですけどねぇ‥‥では、魔族についての情報をとにかく集めてください。ポイポイさんはカルアドの魔族の元に向かって、更なる情報を集めて‥‥でも、無理はしないように」
そう指示を飛ばすツヴァイ。
ポイポイもコクコクと頷いてすぐに転移門を使ってカルアドに向かう。
ツヴァイはマチュアの使っていた卓袱台に座ると、急ぎ深淵の書庫を展開して、この後の対策について情報をまとめ始めた。
〇 〇 〇 〇 〇
カリス・マレス、神界エーリュシオン
中央にある巨大な神殿・バルテノス。現在は8柱神の神殿以外にマチュアとストームの神殿が作られている。
その神殿の最も奥、創造神の間に作られている巨大なプールに、マチュアは静かに沈められている。
水面には霊花アンブロシアが浮かべられ、霊薬がゆっくりと注がれている。
その傍らには、秩序の女神ミスティと武神セルジオ、正神クルーラー、そして魔人イェリネックが集まっている。
それぞれが霊薬の入った壺を手に、ゆっくりとマチュアの眠っているプールに流し込んでいる。
「それで、マチュアは治るのか?」
腕を組んだままじっとその光景を見ているストームが、その場の神々に問いかける。
だが、どの神も表情が暗いまま。
「消滅の危機は脱しましたわ。けれど、これも一時凌ぎ、このまま霊薬が切れるとマチュアは消滅します」
「いかんせん、マチュアの立場があやふやすぎるのだよ。ハイエルフであり亜神、そして創造神の従属神でもあり、カルアドの秩序の女神でもある‥‥どれかに絞って、人々のの信心を集められるのなら、それは力となるのだが‥‥」
ミスティとセルジオが告げると、イェリネックも一言。
「けれど、マチュアはのう‥‥創造神の従属神として正式に神格化しても、カリス・マレスの民はその事実を知らぬから信心を集められぬ。亜神のままにするとすぐに消滅してしまう‥‥そしてカルアド女神に絞っても、かの地には新しい命が生まれておらぬ。ゆえに秩序の女神アーカムなど誰も信じぬのじゃ」
その言葉に、ストームは腕を組んで考える。
「なら、神の肉体を、神威をすべて失うと?」
「今のマチュアの魂を維持しているのは神威を持つ神の器。それを失うという事は、魂の消滅を意味する‥‥まったく、大切なものを守る為に、残り僅かの神威を全て使い切るとは‥‥」
クルーラーがストームに言い聞かせるように告げる。
つまり、今の時点では、マチュアを再生する術は存在しない。
「なら、マチュアが亜神である事をカリス・マレスの人々に伝えれば‥‥マチュアの神威は回復するのか?」
「うーん。それがねぇ‥‥マチュアさんは神ではないから、亜神といわれても信心は回収できないのよ。つまり、現状維持しつつ、創造神様から解決策を聞くしかないのよね」
──ダン!!
力いっぱい柱を殴りつけるストーム。
「なら、俺の神威を分け与えることは?」
「魂の質が違う。それこそ無駄な事だ!! それに、自らの神威を分け与えたとして、それでお前の力が失われたとしたらマチュアがどう思う?」
クルーラーがストームに向かって怒鳴りつけた。
これにはストームも頷くしかない。
「悪かった‥‥それじゃあ、マチュアの事は頼んでいいか?」
自分ではどうする事も出来ない。
そのもどかしさから、ストームはマチュアの事を神々に託すしかなかった。
その気持ちは神々も理解している。
「お前さんの大切な友達だ、創造神が戻って来たら対策を教えてもらうさ‥‥」
クルーラーがストームの肩を叩きつつ告げると、ストームは振り向いてその場から立ち去ってしまった。
「しかし、地球の神々はマチュア達異世界の亜神には干渉しないのう。いくら異世界の事には関心を持たぬとはいえ、これはあんまりではないのか?」
「イェリネック、うかつな事は言うものじゃない。我々世界の神々は、原則他の世界に干渉してはいけない。これは創造神様の決めた絶対不変のルールだ」
クルーラーに嗜められると、イェリネックもてへっと舌を出して作業を再開する。
いずれにしても、創造神の帰還まではマチュアを現状維持するしか手段がないのである。
‥‥‥
‥‥
‥
──シュンッ
ストームはエーリュシオンから異世界大使館・分館へと戻って来る。
事務室に入って来るストームを見て、事務員達は次々と立ち上がってストームの元に詰め寄る。
「マチュアさんは大丈夫ですか?」
「回復しますよね? 大丈夫ですよね?」
「剣聖ストーム様、マチュアさんは‥‥」
「ストーム元団長、マチュアさんの容体はどうですか‥‥」
──スーーッ
集まってきたメンツの顔を見て、ストームはゆっくりと息を吸い込むと。
──スパァァァァァァァァァァァァァァァァァァン
「突っ込みハリセン・無限刃だ‥‥すこし落ち着け」
スッとハリセンをしまい込んでから、空いている席にどっかりと座り込む。
「どうだ、落ち着いたか? 」
頭を擦りつつ、一同はコクリと頷いた。
ならばと、ストームは一言。
「包み隠さずいうとだな。現時点では再生不可能、マチュアの回復は望めない‥‥が、切り札が戻って来たら何とかなるかもしれない。という事で、現状維持なのでよろしく」
あっさりと爆弾宣言をするストーム。
これに驚いて口を開こうとする一行だが。
──パシンパシン
再びハリセンを取り出して手の中で鳴らしているストーム。
「そ、それなら、魔族対策の切り札が‥‥」
高畑がそう呟くと、ストームがグイッと親指で自分自身を指した。
「ここからは俺のターンだ。俺はな、俺の近くにいる大切なものを守る。マチュアのように世界全てなんて事は出来ない‥‥だがな、マチュアの存在も、俺の近くにいる大切な親友だ。それをあんな目に合わせた魔族には、この世界からの退場を願うとしよう‥‥」
そう笑いつつ告げているが、瞳は真剣そのもである。
その言葉に、瞳に、そして迫力に、一同背筋に冷たいものを感じ取っていた。
「さて。ツヴァイ‥‥幻影騎士団全員に召集命令だ。我、幻影騎士団統括・剣聖ストーム・フォンゼーンの名において、これより対魔族迎撃作戦を開始する。以上だ」
──シュンッ
一瞬で白銀の鎧に身を包むと、ストームは立ち上がって三笠を見る。
「という事だ、赤城と十六夜も借りる。大使館はこのまま対魔族戦から手を引いて、日常に戻ってもらう‥‥喧嘩するのは俺達の仕事だ」
その言葉に、三笠も静かに頷いていた。
「では。マチュア・フォン・ミナセ女王親衛隊次席の名において。幻影騎士団統括の命令に従います」
──ニイッ
口元に笑みを浮かべる三笠。
そしてストームは静かに部屋から出て行く。
行先は‥‥オーストラリア。
魔族の拠点・浮遊大陸レムリアーナ直下。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






