混沌の影・その20・予想外の連鎖
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
眠れないまま朝を迎える。
昨晩の襲撃は既に古屋から大使館職員全員に通達されている。
そのため、状況が安全になるまでは、大使館職員は全員カナン魔導連邦にある『異世界大使館・カナン分館』での勤務に切り替えられた。
グランドカナンにある異世界ギルド裏につくられた建物、一見すると異世界ギルドの倉庫にも見えるそれは、万が一の緊急時に使用できるように三笠の指示で作られていた。
内部は直通型転移門により電気、電話回線やLANケーブルも備え付けられており、大使館窓口勤務以外の全てがここで行えるようになっている。
「‥‥しっかし、マチュアさんがここまで追い込められるとは、今回の敵は予想の斜め上をいっていますねぇ」
淡々と呟いている三笠。
すると、他の職員たちも同意するらしく、頷くものやため息をつく者などがいる。
「うちのマチュアさんなら、どんな敵にだって戦えると思っていたのになぁ。まさか負けるなんて思っていませんでしたよ」
「待て待て高島、あれは俺たちを逃がす為に時間を稼いでくれていたんだ。本気のマチュアさんが負ける訳はないだろう?」
高島と古屋がそんな話をしているが、赤城と十六夜は努めて冷静に仕事をしている。
「赤城さんや十六夜さんは心配じゃないの? 幻影騎士団なんでしょ?」
そう問いかけてくる高畑だが、二人とも首を軽く捻っている。
「まあ、心配といえば心配ですけれど、マチュアさんの武勇伝はさんざん聞かされていますから」
「ええ。ポイ師匠やウォルフラム騎士団長から、マチュアさんがどれほど人外に強いかなんて聞かされていますわ。なら、今回も何とかしてくれると信じていますから‥‥」
「へぇ。なら安心していいか‥‥」
二人の言葉にホッとする高畑。
すると、三笠が軽く手をたたく。
──パンパン
「さ、そろそろ仕事に戻ってくださいね。館内の監視カメラの映像をもとに、ツヴァイさんとアハツェンさんに調査をしてもらうのですから。後、日本政府に今回の報告もね」
次々と指示をする三笠。
そして大使館職員達は、いつもの日常に戻っていった。
‥‥‥
‥‥
‥
一方、異世界大使館。
一階領事部の受付窓口では、マチュアが来客対応を行っている。
といても、予め異世界渡航旅券と異世界渡航回数券の受け取り申請をしていた人にそれを発行するだけの簡単な仕事であるが。
──ブゥゥゥゥゥゥゥン
ロビーの真ん中では、深淵の書庫が高速起動している。
先日の襲撃についての分析と調査、それを朝から行っている。
あまりにも敵の実力がわからない。
そんなものを相手にするのは恐怖以外の何物でもない。
「さてと、あとは夕方か。それまでは時間があるから、少し休むか‥‥」
ポリポリと頭を掻きつつ深淵の書庫の中に入っていく。
そして魔力で構築したリクライニングチェアーを作り出すと、そこにどっかりと身体を預ける。
──ピッピッ
『マチュアのコンディション‥‥生体エネルギー半減、魔力1/10、心力1/10、回復不可能‥‥神威8割喪失‥‥回復にはエーリュシオンへの帰還が必要、回復まで321日‥‥』
次々と表示されるマチュアの体調。
あの見えない攻撃の際、マチュアの力がごっそりと奪われていたのである。
「ふぅ。エナジードレイン系攻撃かぁ。これは受けた事がなかったから、対策練っていなかったんだよなぁ‥‥」
手のひらを見て軽く握る。
今のマチュアの能力でも、Sランク冒険者相手に引けを取る事はない。
だが、今回の襲撃をした魔族に対抗するには?
神威開放で身体を亜神にしたので、致命傷を負う事はなかった。だが、今はその神威を殆ど失っている。
その為、もしも次に同じ攻撃を受けたら、今度は死が待っている。
神威を完全に喪失した時のマチュアは、亜神ではなくただのハイエルフになっているから。
「マーチューアーさん、ポイポイ、護衛にきたっぽい」
深淵の書庫の後ろから、ポイポイが声をかける。するとマチュアも緊張の糸がほぐれたのか、フッと軽く笑みを浮かべる。
「おや、ポイポイさんか。助かったわぁ」
心の底からそう思う。
いきなりの襲撃で力の半分以上を失い、次に襲撃を受けたらただでは済まないことをマチュアは知っている。
その上で、まだ大使館を守るために深淵の書庫を使って、今回の攻撃と報告を受けた魔族についての解析を続けていたのである。
──ピッピッ
やがて深淵の書庫の解析が終わる。それを見て、マチュアもフムフムと何か納得している。
「魔力感知と結界中和能力、気配遮断、鏡の世界? 最後のはわからないが、残存魔力は鏡からか‥‥」
周囲に警戒しつつ、マチュアはロビーに設置ししてある鏡に近寄る。
そしてスッと鏡に手を当てると、そこからわずかな魔力の残滓を感じ取った。
「そこにいるっぽい?」
「うーん。いたっていうのが正解ね。鏡の中に入って、こちらを攻撃してくる。この手の魔術というか能力は厄介なんだよなぁ。そしてエナジードレイン。これが更に厄介なのよねぇ‥‥さて、どうするかなぁ」
そう呟きつつ、マチュアはもう一度深淵の書庫の中に戻る。
そして大きめの魔晶石を取り出すと、そこにゆっくりと魔力を注ぎ始める。
「ポイポイさん、しばらく周辺警戒お願い。大使館の防衛用水晶作るから」
──キィィィィィィィィィィィン
ゆっくりと魔力を注ぎつつ、神威により術式を刻み込む。
疲労しているマチュアにとっては、かなりきつい作業なのはポイポイにも理解出来る。
だが、マチュアがやるといった以上、ポイポイには止める事は出来ない。
「助っ人頼むっポイ‥‥もしもーし」
──ピッピッ
カリス・マレスに助っ人を頼む。
そうしているうちに、マチュアの意識が飛びそうになっていく。
「‥‥あと30‥‥25‥‥」
一つ一つ丁寧に術式を刻む。
完成度でいえば8割、のこり僅かで大使館防衛水晶が出来るという所で。
──バリィィィィィィィィィィィィィィィン
突然、大使館のロビーに何かが割れる音が聞こえてくる。
空間が硝子のように破壊され、中から二人の魔族が姿を現した。
「ポルトロンの言う通りだな。亜神マチュアは虫の息じゃねーか」
「力を半分以上奪ったっていうから、今のマチュアになら私達でも勝てるんじゃないかしら?」
空間から姿を現したのは、真っ赤な鎧を身に着けた女性騎士の姿の魔族・ライアーと大柄な男性戦士の魔族・グラッドン。
そしてすぐさまポイポイに向かって身構えるグラッドンが、右手のなかに稲妻を生み出す。
「マチュアさんはやらせないっぽい!!」
──ヒュヒュッ
すぐさま苦無をグラッドンの影に打ち込む。
「おおお、影を固定するか。これはすごいなぁ‥‥」
そう驚きつつ右手の稲妻で苦無を溶かしてしまう。
「そ、そんな、ポイポイの心力をまとった苦無を溶かすっぽい!!」
「この程度のオーラ、我が雷光の前には稚技に等しい。我が名はグラッドン、雷光のグラッドンと呼ばれておる‥‥さあ、貴殿も名乗りを挙げるがよい!!」
グラッドンはポイポイの方を向きなおし、堂々と名乗りを挙げた。
するとポイポイも両手の苦無をしまい込むと、グラッドンに向き直る。
「幻影騎士団・御庭番衆筆頭・黒夜叉のポイポイっぽい」
「うむ。では死合おうぞ‥‥」
刹那。
──キンガギィィィィン
高速で駆け出すポイポイと、全身を発光させてポイポイの横を付いていくグラツドン。
速度に自身のあったポイポイでさえ、そのグラッドンの動きに動揺してしまう。
「そ、そんな‥‥ポイポイについて来れるっぽい」
「うむ。我が速度は雷光、ゆえに光に近い‥‥その程度の速度しかだせずに筆頭とは‥‥」
──シュンッ
一瞬でポイポイの真正面に飛び出すと、グラッドンは手にした雷光を剣に変え、ポイポイに向かって切りつける。
それはポイポイの左右の足を切断したが、元々ポイポイの両足は心力によって生み出された義足。
すぐさま再生してトントンとステップを踏む。
「これは‥‥久し振りに本気で行くしかないっぽいね」
「それでいい。二人のうちの生き残った方が立つ。それこそ戦いの醍醐味よ」
そこからポイポイとグラッドンは尋常ならざる速度で切り結び始めた。
一方のマチュアはというと
──キンキンキィィィィン
深淵の書庫で水晶形成に集中する。
その外では、両手に銀色の双剣を携えたライアーが、高速で深淵の書庫に向かって切り掛かっている。
だが、マチュアにとっての切り札である深淵の書庫は、ただの鑑識魔方陣ではない。
守りについてはかなりの強度があり、今はマチュアの神威により更なる強度を維持している。
亜神クラスの攻撃でなくてはびくともしない。
「‥‥あと15‥‥」
ブツブツと術式を組み込む。
するとライアーもその手を止める。
「やっぱり正攻法ではダメね‥‥でも、あなたの能力についてはカーマイン様から教えてもらったし。あなた、今、神威使い果たしそうでしょ? ポルトロンの『サキュバスダガー』で切り付けられたんですもの、ステータスも何もかもボロボロのはずよ‥‥まあ、おかげでポルトロンもあなたの神威に当てられて今は身動き出来ないぐらい衰弱しているけれど‥‥」
「‥‥あと10‥‥」
残り10個の術式。
それを組み込むまで、マチュアの意識が、魔力が、神威が保つかどうか。
だが、ライアーはそんなこと気にもせず、深淵の書庫にそっと触れる。
──プゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
深淵の書庫の表面に、漆黒の結界を作り出す。
それはマチュアも一度だけ見たことのある結界。
かつて、ジ・アースの『灼熱の回廊』で、無貌の神の仕掛けた『強制転生の術式』。それが深淵の書庫を包み込んでいった。
「私の魔力は無貌の神ナイアール様やカーマイン様までは届かないわ。けれど、今のあなたにもそれを防ぐ手段はない。あなたの神威が尽きると深淵の書庫の結界は効力を失う。そして神威以外では、これを抑える事は出来ない‥‥そうよね?」
勝利に浸るライアー。
そしてポイポイもすぐにライアーに向かって間合いを詰めていくが、それはグラッドンによって妨害される。
「そこをどくっぽい!!」
「あー? それは出来ねぇなぁ。それにもう手遅れだ、あの結界は発動すると混沌神様、無貌の神ナイアールさま以外には止める事は出来ない」
そう呟くグラッドン。
──ミシミシッ
すると、深淵の書庫の表面に亀裂が生じる。
『強制転生の術式』による結界は、内部からいかなる者も逃げる事は出来ない。
前回のマチュアは持てる限りの裏技を駆使して脱出したものの、今は神威も底をつきかけ、能力も魔力も失い始めている。
この状態での脱出など不可能である。
それでもマチュアはニィッと笑う。
「‥‥3‥‥」
──ミシミシミシッ
亀裂から黒い瘴気が漏れてくる。
それはマチュアにまとわりつくと、その皮膚を、ローブを溶かし始める。
それでも、マチュアは術式を止めることはない。
「まだ抵抗できるの? あなた、もうすぐ死ぬわよ?」
完全勝利の余韻に浸るライアー。
だが、マチュアも口元に笑みを浮かべる。
「かもねぇ‥‥でも、わたしが消滅しても、あんたとそこの魔族も持っていくよ‥‥0‥‥」
──キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
深淵の書庫の中でマチュアの手の中の水晶が輝く。
それは周囲にまとわりついている『強制転生の術式』を溶かし始めると、少しずつ広がっていく。
──ジュッッッッッ
そしてその光がライアーの腕に触れたとき、その部分が蒸散した。
「痛っ!!」
とっさに後ろに下がるライアー。だがグラッドンはその光をまともに全身に浴びてしまう。
「なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
絶叫の中、グラッドンは蒸散し存在そのものが消滅した。
「創造神特製の浄化結界だよ。亜神クラスの魔族じゃないと、身体を形成している魔障は全て消滅するよ‥‥」
ニイィィッと笑うマチュア。
そしてライアーも慌ててその場から転移しようとするが、その影に向かってポイポイが苦無を飛ばす。
──ヒュンッ
「逃がさないっぽい!!」
「なっ、こんな事でぇぇ」
すぐさま足元の苦無に向かって双剣を叩き込む。ポイポイの影縫いの中でまだ体が動くのは凄い事であるが、それでも浄化の光はライア―の下半身を瞬時に消滅させた。
──ジュュュュュュュュュュュュュュュッ
「つうぅぅぅぅぅぅぅ。覚えていなさいょっ」
──シュン
そう吐き捨てるように叫んで姿を消すライアー。
だが。
──ドサッ
転移したはずのライアーが、空間から落ちてくる。
これにはライアーも驚愕の顔をしているが、ポイポイには目の前で何が起こっているのか瞬時に理解できた。
「ストームさん‥‥間に合ったっぽい」
転移門の向こうから駆け抜けてきたストーム。
すぐさまカリバーンを引き抜くと、断空剣という技で空間ごとライアーを叩き斬った。
その空間の隙間から落ちてきたライアーは、自分が何に斬り付けられたのか知る事なく、一瞬で浄化された。
「お、おう‥‥ストームか。助かったわ」
「ポイポイから連絡受けたわ。全く、後少し遅かったら死んでいたぞ」
──スッ
アーカイブの中からよろよろと現れたマチュアに拳を差し出す。これにはマチュアもいつものように拳を差し出し、打ち鳴らそうとして‥‥。
──ドシャッ
突然下半身が白い灰のように変質して崩れ、その場に倒れた。
「塩化現象か、本格的にやばい。ポイポイ、後はツヴァイに連絡して引き継がせろ。その水晶は敷地の真ん中に置いておけ‥‥」
「りょ、了解したっぽい!!」
そうポイポイが叫ぶやいなや、ストームはスッと何処かに転移した。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






