混沌の影・その14・とある魔族の空間転移砲
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
オーストラリアにあるカーネギー湖消失。
周辺の小さい都市やキャンプに訪れていた人々を巻き込んだこの大事件は、一瞬で全世界に広がっていく。
すぐさまオーストラリア空軍が24時間の戦闘態勢に入り、上空50kmに浮かぶ浮遊大陸レムリアーナに向かっての攻撃準備も始まった。
国連安保理事会でもこの事は緊急事態ととらえ、すぐさま国連軍の派遣とレムリアーナに対しての対策について、緊急招集が行われていた。
そして日本国では。
異世界大使館のロビーで、マチュアは大型テレビで流れているオーストラリア関連のニュースをじっと見ていた。
早朝から転移門を使ってカナンに避難したいという問い合わせが次々とあったものの、そもそも渡航制限のかかっている土地ゆえに全てを受け入れる事は出来ない。
また、カルアドにある瑞穂県に逃げたいという問い合わせも市ヶ谷駐屯地に殺到したらしく、それには小野寺防衛大臣が頭を抱えている所であった。
だが、異世界大使館のロビーは努めて静かで、異世界渡航旅券の受け取り手続きに訪れた人や、更新書き換えの客などがいる程度。
そもそも必要書類がない限り、敷地内に入る事も出来ないのである。
「あ~。こりゃあ異世界との戦争待ったなしかなぁ。ヒトラーの対処で手が足りないっていうのに、オーストラリアに回す兵力残っているのかぁ?」
シャクシャクとかき氷アイスを齧りつつ、マチュアの隣でハーゲンダッツの抹茶をのんびりと食べている三笠に問いかける。
ちなみにこの二人、本日は夏季休暇初日。
三笠は、ここから家族でカナンの別荘に向かうらしい。
「今の国連にはありませんよねぇ。でも、カナンに救援を求める事は出来ませんから、国連としても辛いところでしょうねぇ。異世界大使館の方針は?」
「イエス、侵略ノータッチ。地球のことは地球人で。カリス・マレスはタッチしませんよ。カナン魔導連邦に協力を求めてきても受けない。これは絶対条件ですから」
「ですよねぇ。ちなみに、外でいつでも出撃できるように待機しているポイポイさんとマチュアさんの魔法鎧は?」
「個人的に関与する」
シャクッとアイスを齧り、一気に飲み込む。
──キィィィィィィィィン
アイスクリーム頭痛がマチュアを襲う。
突然の激痛に、思わずソファーで転がりそうになるのだが、そこはぐっと我慢してこめかみに指を当てて耐えている。
「個人的関与ですか」
「そ。ソレスタルビーイングや獣戦機隊じゃないけれど、国家に縛られない戦力として関与する」
「はっはっはっ。そのソレスタルなんとかや獣戦機隊はわかりませんが、まあ、程々に。うかつに動いて蜂の巣をつつくような真似はしない方がいいですよ」
「それはわかっているんだけどね。それよりも‥‥あ」
──ピコピコピーン
『臨時ニュースを見申し上げます。現地時間午前10時30分、オーストラリア国防軍は上空に浮かぶ浮遊大陸を敵性存在と認定、攻撃を開始するとの声明を発表しました‥‥』
テレビに流れる緊急報道。
これでレムリアーナの魔族とオーストラリアは全面戦争待ったなしとなった。
「あっちゃあ‥‥オーストラリアが地図から消えるわ。こりゃあ早めに手を打たないとあかん。ポイポイさん、準備いい?」
事務局の手前にあるソファーでぐったりとしているポイポイにマチュアが声をかける。
日本の暑さに負けたらしく、体中のあちこちに保冷剤を張り付けて昼寝をしていた。
「ん~、何とか動けるっぼい」
「魔法鎧のコクピットは空調効いているから涼しいわ‥‥」
──ピュンッッッッ
マチュアの言葉が途切れるや否や、ポイポイが大使館の外に飛び出していった。
「そんじゃあ、後はよろしくねー」
事務局に残っている赤城と十六夜に向かって声を上げるマチュア。すると、赤城が受話器を手に取ったまま、マチュアをコイコイと呼んでいる。
「マチュアさん、小野寺大臣からホットラインですが」
「夏休みだと伝えて」
「それが、どうしても‥‥緊急だそうで」
やれやれ。
「まあ、そんじゃ仕方ないか。三笠さんも休暇をごゆっくり。戻るのはいつ頃で?」
「私以外は一段落するまでカナンですよ。私はカリス・マレスの国籍も持っていますから」
そう笑いながら告げる三笠に軽く手を振って、マチュアは事務局に向かって電話を受け取る。
「はい、間もなく夏休みのマチュアさんです」
『これは失礼。マム・マチュア、すまないが至急、国会と皇居に結界を施して欲しいのだが‥‥以前、ヒトラーの攻撃から守ってくれた、あの無敵の結界を』
「あ、無理っす。人手が足りません。私も今日から夏休みですし、幻影騎士団は今動けませんので」
『は、はぁ?』
「幻影騎士団は、騎士団長の命令で一部メンバーを除きベルナー領内で待機です。私はそれを動かせる権限はないですし」
『そ、そこをなんとかならないかね? あのオーストラリアを攻撃した光、あんなものが東京に打ち込まれたら日本の行政は確実に麻痺してしまうのだ。それに皇居が消滅でもしたら‥‥』
「では、天皇家のみなさんにカルアドへの避難をお勧めしますよ」
ここまで淡々とするマチュア。
これには電話の向こうの小野寺大臣も大慌て。どうにかしてマチュアを説得しようと試みるが、手が足りないのは事実。
こうなるとどうしようもない。
『し、しかし‥‥どうにかならないですか? 札幌だって、あんな攻撃にさらされたら消滅してしまうじゃないか』
「異世界大使館は常にあの時の結界を維持しておりまして。その直径も以前より大きくしてありますから、そうですねぇ‥‥半径5kmまでなら無傷で守り切る自信がありますよ。それに、地元の自衛隊とも連携とれていますから、緊急時にはすみやかに結界内に避難出来るようにしていますが何か?」
『なっ‥‥いつのまにそんなものを? 何故それを皇居や永田町に設置してくれないのかね?』
「ですから、レンタルなら自由にどうぞ。私は、私の居場所は全力で守りますし。地元あっての大使館と思っています。では、早急に瑞穂県までの避難をお勧めします。あの転移門は破壊不可能ですから、避難場所としてはよろしいかと?」
『‥‥また連絡します』
──ガチャッ
電話が切れると、マチュアは赤城に一言。
「私はこれから出掛けますので。もし私宛に電話が来たら、異世界ギルドのツヴァイに回してください。そん時にこれを渡しておいて」
──プゥゥゥン
これからの指示内容を収めた『知識のスフィア』を二つ作ると、それを赤城に手渡す。
「二つですか?」
「一つは赤城さんの。同じものを十六夜さんにも渡しておいて。そんじゃ行ってきます」
「はい、お気をつけて。オーストラリアとの時差は一時間ですから、それ程問題はないと思いますので」
にっこりとマチュアに告げる赤城。彼女には、この後のマチュアの行動が筒抜けになっている。
なので、マチュアも包み隠さずに一言。
「お土産は期待しないように‥‥」
それだけを告げて、外に出て行った。
〇 〇 〇 〇 〇
オーストラリア上空、高度70km。
有視界転移を繰り返して上空まで移動したマチュアとポイポイの魔法鎧。
そのまま飛行形態に可変すると、一気にオーストラリア上空まで飛んでいく。
ちなみに現在の高度は70000m、成層圏のさらに上、中間圏と呼ばれる高度を維持している。
この高さまで来ると翼での揚力などある訳はなく、空気密度も薄すぎる。
外気温も-90℃、こんな高度を飛行出来る地球の航空機は存在しない。
『マチュアさーん。これからどうするっぽい?』
インカムではなく、念話で会話を始めるポイポイとマチュア。
これなら距離も妨害電波も関係なく会話可能である。
「とりあえず隠蔽スキルを機体全周に張り巡らせて高度を落としましょ。後は上空から観察、可能ならどこかに着地したいんだけれど、それは今危険なのよねぇ‥‥」
『どうしてっぽい?』
「たぶん、もう、オーストラリア空軍の攻撃が始まっている思うから‥‥あまり近寄ると、巻き込まれそうなのよ」
──ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
マチュアのイーディアスⅢとポイポイの黒夜叉、二騎の魔法鎧が魔法陣に包まれる。
それと同時に、眼下で時折チカッ、チカッと何かが光る。
密閉されているので音は聞こえて来ないが、おそらくはオーストラリアのミサイル攻撃であると予測される。
そして高度が下がった時、その予測が当たりであった事をマチュアとポイポイは確信した。
大量のミサイル群が浮遊大陸上空から一斉に降り注ぐ。
だが、上空で待機していた飛竜と、その上に載っていた魔族が魔法陣を展開し、次々と飛んでくるミサイルを迎撃していた。
──ドゴォッ‥‥ドゴォォォォォッ
爆音と閃光が浮遊大陸上空に広がる。
やがてそれらが収まると、飛竜たちは一斉に大陸の外に向かって飛び出していった。
「ん、オーストラリア終わった‥‥という事で、ポイポイさん、いくよ」
『了解っぽい!!』
機体の先端を地上に向けると、イーディアスⅢと黒夜叉の背部魔導ブースターが全開になる。
──ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
ノズル後方の空間に起動用魔法陣が広がると、そこから魔力を噴出して加速する。
「んんんんんんんんんっっっっっっっぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
『ぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぃぉぃぉぃぃぃぃぃぃぃぃぃ』
その激しい加速度に悲鳴を上げるマチュアとポイポイだが、一気に地上に向かって降下しようとしている飛竜達を確認すると、イーディアスⅢと黒夜叉は素早く人型に変形する。
「そんじゃあ行きますよぉぉぉぉ」
──キィィィィン
イーディアスⅢの前方に魔方陣が次々と展開すると、マチュアは視線で飛竜達をロックオンする。
「魔導式・光学可変・理力の矢っっっっっっ」
合計6つの魔法から、次々と理力の矢が打ち出される。
この直撃を受けて、次々と飛竜たちが地上に向かって高度を下げる。
「いくっぽい!!」
──ガチャンッ
背部ウェポンラックから伸びたアーム。そこに備えつけられている30mm対戦車バルカンを腰だめに構える黒夜叉。
「心力開放・敵性ロック‥‥いっけぇぇぇぇぇぇっぽい」
──Broooooooooooooooooooooooooooom
高速回転しつつ弾丸をばら撒く黒夜叉。
その直撃を受けた飛竜は一瞬で肉片となり、背中に乗っていた魔族もバラバラに吹き飛ばされる。
「マチュアさんがアメリゴから横流ししてもらった『GAU-A10アヴェンジャーバルカン』っぽい。しかも弾頭と銃身には魔法処理を施した一品、これで貫けない装甲は20種類だけっぽい」
『大きな声でばらすなぁぁぁぁぁぁ。周りに人がいないからいいものの、それは禁句だっていっているでしょおがぁぁぁぁ』
思わず念話で絶叫するマチュア。
そのあとも次々と飛んでいる飛竜を撃墜していくと、地上に不時着した魔族と飛竜の処理はオーストラリア空軍に任せる事にする。
そして魔導式敵性防御レーダーで浮遊大陸から飛んでくる飛竜の姿がなくなった事を確認すると、一旦変形して上空に向かおうとするが。
──ARART‥‥
突然、イーディアスⅢのレーダーが危険を感知する。
「ターゲットロック確認、私かぁぁぁ」
素早く浮遊大陸にむかって両手を伸ばす。
それと同時に大陸の一部がキラッと輝くと、イーディアスⅢに衝撃が走った。
「深淵の書庫起動‥‥分析と対処っっっっ」
──ピッピッ
『謎の光‥‥空間転移砲と判明。現在のイーディアスⅢの結界により、空間転移は無効化。魔法による処理を施しているものは転移不可能‥‥ただし、その衝撃によりイーディアスⅢの機動力60%ダウン、次の攻撃には結界は起動しません』
「うひゃあ。広範囲転移っっっっっっ」
──シュンッ
明らかな命の危険。
その一瞬でマチュアはイーディアスⅢと黒夜叉を遥か上空に転移する。
──ギシギシギシギシッ
すると、機体が大きく軋め始める。
眼下の浮遊大陸は、ターゲットであるマチュアを見失ったらしく、それ以上の攻撃を仕掛けては来ない。
「うひゃあ。あの威力はシャレにならないぞと。ポイポイさん、一旦異世界大使館まで帰還するよ!!
」
『了解っぽい。転移よろしくー』
──ヒュンッ
すぐさまマチュアとポイポイは異世界大使館の中庭上空まで転移する。
そしてゆっくりと着地すると、マチュアのイーディアスⅢは脚部と腕が付け根から砕け散った。
──ガッゴォォォォン
そのまま崩れると、マチュアは開かなくなったコクピットから転移して外に出る。
近くに着地した黒夜叉からはポイポイが飛び出し、マチュアの無事を確認してほっとしている。
「あ、あれはまずいっぽい。あのぴかーっと光ったレーザーは何っぽい?」
動揺して語彙が足りなくなるポイポイ。
それにはマチュアも頭をぼりぼりと掻いている。
「深淵の書庫で調べた限りでは、空間転移砲って言っていたわ。かなりの高濃度の空間魔法の圧縮、それに機体の結界が対処しきれなくなっているわ‥‥こりゃあ、対空間魔法コーティングも考えないとだめかぁ」
すぐさま壊れたイーディアスⅢの修理を開始するマチュア。
修復の魔法陣を起動して足りない材料を放り込むと、すぐ上に表示された修復までの時間を見てとりあえずホッとする。
「12時間。よしよし、その間に私は対空間魔法の解析をするので、ポイポイは休憩待機ね」
「了解っぽい。食堂でアイス食べてくるっぼい」
シュタタタタッと走っていくポイポイ。
それを見送って事務局に戻った時、ちょうど赤城が電話対応をしている所であった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






