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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第一部 異世界転生者と王都動乱
36/701

ラグナの章・その8 王都動乱・皇帝の決断

 シルヴィーが齎した、王都の危機についての情報。

 そしてケルビム老の見た予知。

 二つの運命の歯車がかっちりと噛み合い、ゆっくりと回転を始めた。


「さて、緊急で申し訳ない。先日の『竜の襲来』について、新しい情報があるが、それはまず食事の後にでも‥‥」

 ラグナの五王と皇帝のみが入る事を許された、塔の最上階にある『五王の間』に、ラグナの五王と皇帝が座している。

 ケルビムはシルヴィー達の話を推考し、自分が行うべき最良の方法を考え出したのである。

「それは?」

「まあ、時刻も丁度昼。ゆっくりと食事でも取りながら話をしようではないか」

 とシルヴィーが持ってきたお土産の入ったバスケットから、『タンドリーサンドとザンギ串、揚げじゃが』を人数分の皿に取り分けて配る。

「あら、これはあなたの孫娘さんの所の露店よね。初日の料理が美味しかったので、つい毎日通っていたのよ」

 と、真紅のローブの女性・ミストが早速タンドリーサンドを食べ始める。

 それに続いてシュミッツとブリュンヒルデ、パルテノも食事を開始した。

 そして最後に皇帝レックスも一口味見をしてから、ゆっくりと食事を開始。

 ケルビムもまた、皆が食べ始めてからゆっくりと揚げじゃがを食べる。

「このザンギ串というのは中々美味いな。老の孫娘の露店らしいな。これの作り方をうちの料理人に教えて欲しいのだが」

「私は先日のクレープとかいうのがいいわ。ケルビム、お願い」

 とシュミッツとミストがケルビムに頼みこむ。

「して、ケルビムよ。今日この場に我等を集めたのは、ただ異国の珍しい料理を食べる為ではあるまい。先の話、そろそろ始めても良いのでは?」

 レックスが食事を終えて、ケルビムに話かける。

「陛下にはお見通しで。『竜の襲来』について。彼らの目的、そして求める贄について判明しました。まず、王都ラグナを襲う竜は『赤神竜ザンジバル』の眷属の一体、火竜ボルケイドです‥‥」


――ガタッ

 とパルテノが立ち上がる。

「どうしたパルテノ」

「い、いえ。どうぞお話を」

 シュミッツの問い掛けに、パルテノはゆっくりと椅子に腰掛ける。

(まさか、あの遺跡のドラゴンの死体が関係している?)

「して、そのボルケイドが求める贄というのは?」

「まあシュミッツ殿。その名前を明かす前に、一つ皆さんにお聞かせいただきたい。我らはその贄をドラゴンに差し出して怒りを鎮めるのですか? この王国の罪もない民を」

「その生命一つで、この国全ての民の命が助かるのだぞ‥‥」

 とシュミッツは叫ぶ。

「だが、その贄となるものが命乞いをした場合、我らは人として、この王国の代表として、その者に『死ね』と告げられるのですか? 王よ。我が国は助けを求める者には今まで救いの手を差し伸べてきました。それこそが勇者ラグナと巫女マリアが我々に伝えたこの国の真理です」

 ケルビムが悠然とその場にいる王に告げる。

「今、贄となるものを見捨てるという事は、その真理を捨てる事になります‥‥」

「ケルビム老、贄というのは、貴方の孫であるシルヴィーなのですね」

 パルテノが悲痛の叫びを上げる。

「マクシミリアンの娘か。もしその子を贄として差し出した場合、あの領地は統治者不在となり、近隣諸侯に分割されるか‥‥それも止むなしと言う所だ」

 シュミッツがそう呟く。

「ですが、王族の血を引くものならば、国民のために命を差し出すのは道理。それしかあの災害に勝てる見込みはないのです‥‥ケルビム、貴方も辛いでしょうが‥‥」

 ブリュンヒルデがそう告げた時、ケルビムは静かに手を上げる。

「先に告げておくが、贄というのはシルヴィーではない。その上で問いたい。贄となった者の家族や供に、どのような報酬を差し出さねばならぬのかと。命と引き換えに、我らは何を差し出せるのか。騎士ならば、それは国を、民を救うという栄誉が与えられる。だが、そうでない者には、何を与えなければならぬのか」


―― シーーーン

 ケルビムの言葉に、一同は沈黙する。

 人の命の価値を知っているからこその沈黙。

 贄と国民の全てを引き換えにという、シュミッツの言葉も一理ある。

 シュミッツは大を活かすために小を殺す。王であり騎士でもある彼なりの矜持を持っている。

「王国の為に命を差し出すのは騎士としての使命、そのシュミッツの言葉もわかります。ですが残された者の気持ちを考えると、そんな残酷な事は‥‥」

 ミストの言葉には、その場の誰もが考えさせられる。

 だが、人の上に立つ者としては、どう結論を出せばよいのか。

「このウィル大陸を守護している『黒神竜ラグナレク』は未だ目覚めたという報告は受けていない。『赤神竜ザンジバル』はこの世界全てを縄張りとする竜。先代皇帝の盟約によると王が活動期を迎えた際に、人の住処を襲わぬ代わりに尊き生贄を差し出せという‥‥」

 ブリュンヒルデがそう話を始める。

「その盟約を、赤神竜の眷属であるボルケイドがどこまで守るかという保証はない。ミスト、ザンジバルは既に目覚めているのか?」

「いえ。ザンジバルとラグナレクが目覚めるのはまだ先。まず眷属達が目覚めて活性化してからね。それでも、今から10年ぐらい先にはなるわ。もっとも彼らにとっては10年なんてほんの瞬き程度でしかないのだから」

 ミストはそう告げて、口を閉ざす。

「陛下。ご決断をお願いします‥‥」

 とケルビムは告げる。

「ケルビムよ。貴公の知る贄とやらに伝えよ。今より3日のうちに、この王都より離れよと。そして贄の家族達には望みの報酬を与えると‥‥。諸侯は、万が一の為に今より警戒態勢に入れ。以上だ」

 その言葉に、一行は立ち上がり、その場から消えていく。


 最後に部屋に残ったのは、ケルビムとパルテノ、そして皇帝レックスのみである。

「陛下にお伝えしたいことが御座います」

「この場に残っているという事は、そういう事であろう。構わぬ」

 ケルビムは、王の顔色を伺う。

 いつもの感情を押し殺した表情の皇帝である。

「では。贄の家族、つまり家族であり主君であり、そして友である者達の望みを伝えたいと思います。私は既に、彼らの望むものを知っていますので‥‥」

 と告げる。

 パルテノは、ケルビムがこの場に残っているのには何か理由があると感じて、ここに残っていたのである。

「よかろう。だがあと一人。三王の立会が欲しい。シュミッツを呼べ」

 と告げられ、間もなくシュミッツが再びこの場に戻ってくる。

「陛下、突然の呼び戻し、一体何があったのですか?」

「ケルビムが贄の家族達の報酬を告げたいと。三王の名において証人となれ。我は皇帝として、それを聞き届けよう‥‥これは貴族院の决定よりも上である」

 と告げられ、一同は静かに頭を下げる。

「して、老よ。贄の家族たちは何を望む」

「では。贄の家族達の代表として我、ケルビム・ラグナ・マリアが望みます。シルヴィー・ラグナ・マリア・ベルナーに今一度、ベルナー王国の復興と王位を授けて欲しいのです」


――ガタッ

 とシュミッツが立ち上がる。

「そういうことか。しかしあの王国は既に解体され、シルヴィーも‥‥そうか」

 と自己完結して椅子に座る。

「彼女が成人を迎えた際、かの領地と王家の血を守るためにマクドガルとの婚姻が貴族院で承認されていました。ですがマクドガルは帝国転覆を考え、悪魔と契約をした大罪人。貴族院では次の婚姻候補の選定に入っていると思われますが」

 パルテノが告げる。

「陛下、シルヴィーをベルナー王国の女王として任命して下さい。さすれば貴族院も何も言えますまい。それが贄の家族たちの願いです」

 ケルビムがそう告げる。

「クッ‥‥クククッ‥‥ケルビム。その贄とやらは、まさか竜と戦うのではないか?」

 笑いつつレックスが問い掛ける。

皇帝には、贄が誰なのか想像がついたのである。

「さて。贄としては差し出しますが、その後は贄がどこまで抵抗することやら。竜は、自身が死す時、自分を殺した者に『竜殺し』の烙印をその魂に刻みます。その者は竜に狙われやすくなりますからなぁ‥‥」

 してやったりという表情のケルビム。

「よかろう。三日の後、シルヴィー・ラグナ・マリア・ベルナーをベルナー王国の女王として任命し、名を『シルヴィー・ラグナマリア・ベルナー』とする。これは皇帝権限を持って行う事とする。ケルビム、シュミッツ、パルテノ、三王はこの場にて証人となれ!!」

 皇帝の勅令には、貴族院すら手を出すことが出来ない。

 そして新しく与えられた名は、今までの4つに分割された名ではなく、3つに分割された王家のものである。

 ケルビム・ラグナ・マリアのように3つの分割名は王族直系の証。

 つまり、シルヴィーがこの国の王族直系である事を証明された事になる。

 父の名字でもあり、自分たちの住まう領である『ベルナー』を大切にする、シルヴィーに対しての配慮であろう。


「「「ハッ!!」」」


 その場にいる三王が立ち上がり頭を下げる。

「残りの王にも通達せよ。ベルナー王国は五王のケルビムの元に繋がると。以上だ」

 と告げて皇帝は振り向き、そしてスッと消えた。

「は、は、は、謀ったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 皇帝が姿を消した直後、シュミッツはケルビムとパルテノに向かって叫んだ。

「はて、何の事ぢゃ?」

「私にもわかりませんねー」

 と笑いながら立ち上がる二人。

「ミストとブリュンヒルデだと、ここまで話が纏まらないの知っていたんだろう?」

「さーて、お前を選んだのは皇帝陛下だ。きっと陛下なりのお心があったのだろう? もしくは‥‥」

 と呟いて、ケルビムは扉に手をかけた。

「お前の皿の上には、皇帝よりも二つ多くザンギが乗っかっていたからかもしれぬぞ‥‥」

 と笑いながら告げて、スッと消えた。

「ま、まさかな‥‥」

 しばし腕を組んで考えていたものの、どうにも答えが出てこないので、シュミッツはその場を後にする事にした。



 ○ ○ ○ ○ ○  



 夕刻。 

 ケルビムに呼び出されて、再びシルヴィーは王城へと戻ってきた。

 マチュアの露店を手伝っていたのだが、丁度夕方の鐘が鳴ったので本日は閉店、後片付けをしている所であった。

 後片付けはアンジェラ達に任せて、シルヴィーとマチュアは王城にやってきたのである。

 そのまま真っすぐに皇帝の間まで案内される。

 その場には、五王全員と彼らの騎士団長が、静かに皇帝が来るのを待っていた。


――ザッ

 やがて皇帝レックス・ラグナ・マリアが玉座に着く。

「さて、シルヴィー・ベルナー、そしてマチュア、面を上げろ」

 力強い声が室内に響き渡る。

 その声に、シルヴィーとマチュアが頭を上げる。

(ああっ、武道大会のどの選手よりも怖いわ‥‥)

 ドキドキしながら顔を上げたマチュア。

「シルヴィー、貴殿が知る『竜の贄』に対して、三日以内にこの王都からの退去を命ずる。その後は贄が食い殺されようと、死に抗おうと我らは関与せぬ」

 シルヴィーにとっては、絶望的な言葉である。

 近日中に大会は再び開催するであろう。が、竜の襲来が来ると判って、大会を続ける事はないだろうともシルヴィーは思っていた。

 そして、この国外退去命令である。

「尚、贄を出す代償として、シルヴィーにはあるものをくれてやる‥‥」

 と告げた時、ミストが前に一歩出て、手にした書面を読み上げる。

「シルヴィ・ベルナー、今より三日後に、ベルナー領に王として就くことを命ずる。今より貴殿は『シルヴィー・ラグナマリア・ベルナー』を名乗る事。ベルナー辺境都市は三日後にベルナー王国となり、ケルビム殿の王国に連なる事とする」

 と告げて、書面をシルヴィーに手渡す。

「今まで大変でしたね。シルヴィ。貴方のお父様達もこれで浮かばれますわ」


――ポタッ‥‥ポタッ‥‥

「ですが‥‥駄目じゃ。妾は、友を売ってまで‥‥国を起こすことは出来ぬ。ストームは妾にとって、大切な友なのぢゃ。陛下‥‥それは駄目なのぢゃ‥‥」

 涙がこぼれ落ちるのを止める事なく、シルヴィは皇帝にそう告げた。

「シルヴィー。貴殿の幻影騎士団は、竜の眷属達より弱いのか?」

 と皇帝が呟く。

 それにはシルヴィーは、頭をブンブンと左右に振った。

「い、いえ‥‥しかし‥‥竜に手を出した事がわかると‥‥」

「まだ目覚めた竜は僅か。それにこちらに向かって来るのはボルケイド一体のみ。それを力でねじ伏せなさい。竜よりも上であることを証明すれば、ザンジバルはあなた達に手を出そうとは思わないでしょう‥‥」

 ブリュンヒルデがシルヴィーにそう告げる。

「それでも、シルヴィーは私達からの贈り物を受け取って貰えないのかな?」

優しく問いかけるレックス。

「いえ陛下。謹んで拝命受けさせて頂くのぢゃ。その上で、襲い来る竜の眷属を叩き潰してご覧に入れますのぢゃ」

 涙を拭い、笑顔で皇帝に告げるシルヴィー。

「それでいい。たかが竜の眷属ごとき、人の手で倒せない訳ではない。あの時はかなりの犠牲が出ていたが、過去にブリュンヒルデの騎士団によって討伐したという実績もあるのでな」

 と苦笑しつつ呟く。

「陛下、それは言わないで下さい‥‥」

 と告げて、皇帝は静かに立ち上がる。

「この件は明日の正午、帝国全土に皇帝権限において通達する。そろそろ貴族院にも喝を入れたかったのでな、以上だ下がってよし。ミスト、貴族院についての話がある。残れ」

 と告げられ、シルヴィーとマチュアは一礼をして外に出た。

「うむ、ど、どうしよう‥‥とうとうファンタジーの王道、ドラゴン退治が来ましたよ」

 とマチュアはドキドキしている。

「一刻もはやくストームに告げなくては。それから、ドラゴンをどうするのかぢゃ」

「そうですねー。まあ、一度屋敷に戻りますか」

 と廊下で話していると、五王が謁見の間から出てくる。

「まあ、わしが出来るのはここまでだ。頑張れよシルヴィー」

 とケルビムがシルヴィーに近づいて呟く。

「あ、ありがとうございますお祖父様。それと師匠、ミスト殿、シュミッツ殿、ブリュンヒルデ殿。この御礼はいつか必ず」

 と、全員に頭を下げるシルヴィー。

「お礼は‥‥そうねぇ。そこのマチュアさんを貸して頂戴。うちの料理長に色々と教えてあげて欲しいのよ」

「いやいや、俺のところが先だ。ザンギの作り方を伝授していただかないとな」

 ミストとシュミッツが言い争っている。

「さて、晴れて王家に戻りましたね。また『高位司祭』の勉強を始めますか? 何時でもいらしてくれて構いませんわよ」

 とパルテノが告げる。

 ブリュンヒルデは真っ直ぐにマチュアの元にやってくると、

「件の竜の眷属について、夜にでも屋敷にて説明してあげよう。私は『神槍ク・ヴァング』があったからどうにか戦うことが出来たが、あの鱗はそのへんの武具や魔法では貫く事が出来ない‥‥それと、君にはこの後で一つ、やって貰いたい事がある」 

「はぁ? この私にですか?」

 とマチュアは素っ頓狂な声を出す。

「ああ、ちょっとミストと一緒に出かけて欲しいところがあってな」

「という事で、マチュアさんをお借りしますね。貴方のトリックスターの腕を見込んで、ちょっとやって貰いたい事があるのよ」

 とミストが告げる。

「やって欲しい事ですか?」

「そ。マクドガルの背後にいて、色々と暗躍していた連中に喝を入れる必要があるからねぇ‥‥詳しくはこちらでお話ししましょう?」

 と、マチュアの返事を待たずにミストはマチュアを連れて行く。

「なになになに。私これからどうなるのよぉ‥‥」

「マチュア殿、いってらっしゃいなのぢゃー」

 とシルヴィーはマチュアを見送ると、一度屋敷へと戻っていった。

 

 

誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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[良い点] おもしろい [気になる点] 王が複数いるのはわかるけど、どの人が何を言ってるのかよくわからなかった。 会話に入る前段階で、その人物の容姿やちょっとした所作の描写があればなと感じた。 上記し…
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