裏世界の章・その21・希望をもたらすもの、敵対するもの
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──アルマロス領中央・領都アルマロス
ここは、後方に巨大な山脈を携えた山岳都市である。
人口は15万、この近辺の都市と比べると、倍、もしくは三倍以上の人口を誇る。
周辺は深い森林と湖、そして巨大鉱山もあり、資源面についてはかなり豊富な分類になる。それゆえにヴァンドール帝国に目を付けられ、あっという間に滅ぼされてしまった。
現在は元アルマロス公国の王城騎士団長であるダットスタットが領主として赴任しており、多少に食い違いはあれと、人々は以前の生活を少しずつ取り戻しつつあった。
「‥‥ここまで帰って来ましたねぇ‥‥」
正門を越えて街の中に入ってきたポイポイとユミル、メルセデスの三人。
オフィーリア領を出発してから一ヶ月、いくつもの領地を巡って協力を取り付け、やっとの思いでアルマロスまでやって来たのである。
ここに至るまでに協力を約束してくれた貴族は12、半分以上が男爵か子爵。伯爵家は二つ、侯爵家が一つ。残念ながら公爵家は全て捕らえられ、処刑か もしくは奴隷落ちしてしまったらしい。
ちなみにマチュアとアイリスも先日街に到着。ここまでの道中、アチコチの街で露店を開いていたのでかなり時間が掛かってしまった。
「さーて、この街では誰に会うっぽい?」
中央街道をのんびりと歩きながら、ポイポイはユミルとメルセデスに問い掛ける。すると、二人は同時に顔を見合わせ、そしてポイポイに威勢のいい返事を返す。
「商人ギルドと総合管理組合に向かいます。どちらも私の父が存命のときに懇意にしていただきました。メルセデスさんの家とも古い付き合いがありまして、この2つと協力体制が取れたら、後は日時を合わせて領主の館に向かう予定です」
きっぱりと告げるユミル。これにはメルセデスも頷いているが、ポイポイだけは渋い顔をしている。
ここまでの下準備、全てうまく話が進んでいる。
いや、うまく進み過ぎている。
いくら旧知の貴族や知人とはいえ、現在は後ろ盾も何もない、いわば奴隷落ちした小娘。
その二人がお家再興の為に動いていても、それを信用してここまで協力を約束してくれるものであろうか。
ポイポイの結論はNOである。
おそらくは、どこかに罠が張ってあるだろう。そしてそれは近い将来、ユミルたちに災いとして現れるであろう。
それでも、ポイポイは現在までアドバイスもせずに静観している。
決して見捨てていたのではない。誰がいつ裏切るのか、二人の護衛も行っている以上細かい調査まで手が回っていなかったのである。
結果として、その事実を確認する事もなくここまでやって来てしまったのは、ある意味ポイポイの落ち度と突っ込まれても仕方がない。
「ま、それじゃあついていくっぽいよ。最初はどこに?」
「まずは商人ギルドです。この都市のギルドマスターはシモニータ子爵が取り仕切っています。彼は王城に幾度となくやって来ては、父上に様々な助言を与えてくれた、いわば忠義の方です。必ずや協力してくれる事でしょう」
どこか嬉しそうなユミル。
そしてメルセデスも、ユミルの横でウンウンと頷いている。
「それじゃあ、急いでいくっぽい。あまり外を歩いていると、すぐに警備の騎士達に目をつけられるっぽい」
そのポイポイの言葉に従うように、一行はできるだけ人目に触れないように小道を進み、急いで商人ギルドに向かう事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
三階建ての巨大な施設。
アルマロスの商人ギルドは、この地域でも最も大きな施設である。
一階部分は商人達の持ち込んだ物を管理する倉庫、二階が一般開放されている事務室。そして三階には貴族や王族など、選ばれた人々しか入る事の出来ない個室になっている。
「ユミル・アルマロスと申します。ギルドマスターのシモニータ・ネッギ様に面会をお願いしたいのですが」
「はい、確認してきますので、少々お待ちください‥‥」
受付嬢が奥の事務室に向かう。
そしてすぐに戻って来ると、一行を三階の部屋に案内した。
広さで言うなら六畳ほど。テーブルが一つと椅子が6つ、いかにも事務室の延長といった感じの部屋である。
そこに案内された一行は、少しの間のんびりと待つ。といっても、ものの10分程度で、扉がノックされると、シモニータ子爵が室内に入ってくる。
中肉中背、歳にして50代の白髪の男性。長い髪は後ろでざっくりと縛りあげ、そして特徴的な右目に着けられている眼帯。その下に痛々しい傷が見えるところから、事故かなにかで右目を損傷したのであろう。
そしてその剥き出しになっている右腕上腕部に見える『一つ羽のクサリヘビ』の入れ墨。
ポイポイはそれをちらりと見たものの、腕に入れ墨をしている人などいくらでもいるので、そのままスルーしてしまった。
「ユミルさま、そしてメルセデスさんまで‥‥お久しぶりです。隷属してしまったという噂を聞いて心配していたのですが、無事のようで何よりです」
腕を広げて、やや大げさに告げるシモニータ。
「ええ。本当にご無沙汰していました。まあ、隷属しているのは事実ですし、この通り、今はこちらのポイポイさんの奴隷として活動しています」
──チラッ
首元に巻いてあるネッカチーフを少しずらして隷属の首輪を見せる二人。
そしてすぐに元に戻すと、正面に座っているシモニータの瞳をじっと見る。
やや驚いてポイポイを見たシモニータだが、すぐに瞳を落としてふっと笑みを浮かべると、ユミル達の方に向き直る。
「それでも。隷属していようと命あっての事です。それに、こちらのポイポイさんでしたか、主人としてはかなり自由にさせてもらっているようで何よりです。それで、本日はどのようなご用件で?」
あまり余計な話はせず、すぐに本題に切り替える。
この辺りは商人ギルドのマスターとしての手腕なのであろう。
すると、ユミルはバッグからいくつもの書面を取り出す。
「こちらは、私の活動に賛同していただける方のリストです。もし可能であるなら、シモニータさんにもご協力をお願いしたいのですが」
それはこの都市に来るまでに訪ねた貴族たちのリスト。そしてユミルの活動について協力する旨の署名が行われている。
その内容は至極簡単、ユミル・アルマロスが立ち上がり、このアルマロス領を奪還して再びアルマロス公国を復興するというものである。それに協力するという方々の署名が集められていた。
それを一つ一つ吟味するシモニータ。
少しの間、室内には緊張にも似た沈黙が流れていたのだが。
「ふぅ。ここまでよく頑張りましたね。ですが、私共商人ギルドは全ての面において公平中立を貫く立場、このような政治的クーデターとも取れる活動に賛同する訳には参りません」
まさかの辞退。
これにはユミルとメルセデスも動揺様の色を隠せないのだが、ポイポイはウンウンと頷いている。
「まあ、その通りっぽい。ユミルさん、シモニータ子爵の意見は当然っぽいよ」
「で、ですが!!」
「ですがも春日もないっぽい。このような独立宣言をギルドがバックアップする事は不可能っぽいよ。それこそ、この後向かう総合管理組合、そこでも反対されるに決まっているっぽい」
──コクリ
ポイポイの意見には、シモニータも笑顔で頷く。
「私達は、ここにアルマロス公国が復興する事を好ましいとも、好ましくないとも考えます。商人ギルドにとって守るべきは商人の自由、そして彼らの権利。ゆえに、我らは一切手を出す事は出来ません‥‥だからこそ、アルマロス公国が滅んでも尚、この地において商売を続ける事が出来るのです‥‥ご理解ください」
静かに頭を下げるシモニータ。これにはユミルも何も言えなくなってしまう。
「了解しました。シモニータ子爵さま、無理な頼み事を持ってきてしまって誠に申し訳ございません‥‥」
ユミルに変わってメルセデスが頭を下げると、慌ててユミルも頭を下げた。
「それでは失礼します。無駄かもしれませんけれど、この後は総合管理組合にも助力を仰いでみる事にしますので」
立ち上がって一礼すると、ユミルはシモニータにそう話しかけた。
「それは構いませんよ。何もしないで諦めるよりも、自身の納得する方法で行動し、そしてその答えに一喜一憂してください。ですが、総合管理組合は私よりも手強いですよ」
そう助言するシモニータに、ユミルはコクリと軽く頷いた。
そして部屋から出て行くと、シモニータは階段の下まで三人を見送って行った。
「さて。誠に残念ですが‥‥私達はノータッチですのでねぇ」
事務室に向かいつつ、シモニータは静かに呟く。
そして部屋に入って少しすると、シモニータのいる部屋の窓から、一つ羽のクサリヘビがどこかに飛んで行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「マチュア・さん。このあとは、どうするの?」
無事に隊商と別れたマチュアとアイリス。
のんびりと都市の中央に向かって歩いて行くと、その目的地に辿り着いた。
つい数刻前に、ユミルたちが訪ねていた商人ギルドである。
その開かれた入口に入っていくと、マチュアは堂々とカウンターに向かう。
「露店の申請をお願いします」
商人ギルドのカードを提示しながら、マチュアが受付嬢に話し掛ける。
「はい。露店ですね。取扱品目はどのようなもので?」
にこやかに問いかける受付嬢に、マチュアはゆっくりと説明を始める。
「日用雑貨と食品、それと魔術付与をお願いします」
受付嬢はふむふむと手形に必要事項を記載する。が、付与魔術の所で手が止まる。
「付与魔術といいますと?」
「一般の商品に魔術を付与して魔導具にするサービスです。例えば」
──ズルッ
収納バッグから空飛ぶ箒を取り出して、それを軽く浮かべて横すわりする。
その光景には、近くで手続きをしていた商人や一般の顧客も驚いている。
ドカドカと近寄って来ては、マチュアの座っている箒をジロジロと観察している。
「このように、ただの市販されている箒に魔術を付与して、空を飛ぶ箒を作り出すとか‥他にも、ただの市販品の武器をマジックウェポンにしたりとか‥‥そういうサービスを売ります。これでよろしいですか?」
コクコクと力いっぱい頷くと、すぐに手形を発行する。
「一日銀貨5枚です。何日間の申請でしょうか?」
「そうねぇ。じゃあ、10日程で」
ジャラっと金貨5枚を取り出して支払いを終えると、マチュアは三枚の手形を受け取った。食品取扱と日用雑貨販売、そして都市内での魔法使用許可も含めた付与魔術屋の許可手形である。
それをまた収納バッグに放り込むと、そのまま箒の後ろにアイリスを乗っけて、プカプカと建物から出て行く。
「あ、あの、それは売り物かね?」
「それは一体どうやって手に入れたのだ? 」
「それを売って欲しいのだが」
などなど、いつものように集まって来る商人達を全て無視して、マチュアとアイリスは手形に記されている露店の場所へと飛んで行った。
‥‥‥
‥‥
‥
都市中央、精霊王を祀っている霊廟と精霊教会の真正面にある大きな公園。
その一角に、マチュア達はやって来た。
「それで、どうして・露店なの?」
箒をしまって簡易キッチンを取り出すと、すぐさまご飯を炊き始める。
その隣では、寸胴で麻婆豆腐を温めているアイリスの姿がある。
「人目を引く為。それと、マジックアイテムの値下がりを危惧して、あいつらが動くかなーと思ってね。どのみち目立ったもの勝ち、危険だけど私自身が囮だからねぇ‥‥」
次々と米を研いでは、すぐさま炊き始める。
炊きあがったご飯は魔法の保温庫の中に放り込み、大量の木皿とスプーンを用意する。
今回の露店は麻婆丼である。
好みに応じて、花山椒も使用出来るようにした。
これだけ大量の香辛料を使っていると、やはり匂いにつられて来た人々が彼方此方から集まってくる。
「ここの露店は食べ物屋か。何を売っているのかな?」
「異国の料理、麻婆丼です。一皿銀貨一枚ですが、お食べになりますか?」
日本円で大体1000円の麻婆丼。
これまた高価に感じる者もいるが、この魅惑の香りに抗う事が出来ない人たちは、次々と殺到して購入して行く。
そして近くの芝生に座って食べ始めると、彼方此方から様々な反応が飛び交っていた。
その辛さに驚く者。
あまりにも美味くてお代わりする者。
味の秘密を探るべく、しっかりと確認しつつメモを取る者など。
様々な人達の反応があった。
そして、この大陸ではほとんど見かけないエルフの露店という事もあり、大勢の人々が殺到していたのだが。
「済まないが、道を開け給え!!」
列の後ろから並んでいる人々をのけてやって来る一団が見えて来た。
全身をフルプレートに包んだ騎士達がマチュアの前にやって来ると、正面からマチュアを見据えて叫ぶ。
「領主ダットスタット卿の勅命だ。貴殿はこれよりダットスタット城まで連行させてもらう。そこの元王女アイリスもだ。逆らうなら、手加減はしないがどうする?」
威風堂々と叫ぶ騎士。おそらくはこの一団のリーダーなのであろう。
それをじっと見据えると、マチュアはアイリスの方を見る。
「いやぁ、予想外に早かったわ‥‥という事で、王城に行くけど、一緒に行く?」
──コクコク
高速で頷くアイリス。
そもそも、アイリスも同行しろとのお達しであるのだが、マチュアがその気になればアイリスだけを逃がすのは訳ない。それでも確認の為にアイリスに問い掛けただけである。
「一緒・に・いく。マチュアさん・がいるから・大丈夫」
「そっか。じゃあ行こうか。という事で。一旦露店は閉めますね。また後で戻ってきたら再開しますので、それまでお待ち下さい」
スルッと寸胴と温蔵庫、キッチンを空間に収納すると、マチュアとアイリスは騎士団に取り囲まれたまま王城に向かう事になった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






