裏世界の章・その17・日常で本気出す
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
──ゴトゴトゴトゴト
早朝に村を出発した隊商は、翌日の昼にはオフィーリアに到着した。
ここで三日間滞在し、いよいよアルマロス領都であるアルマロスへと出発する。
道中は特に問題なく、モンスターや盗賊の襲撃なども瞬殺して、ついでに盗賊団までひっ捕らえてオフィーリアに到着した。
なお、盗賊団捕獲は面倒臭いので一切関与せず、護衛のキャシィたちに任せていたのだが、マチュアがやった方が早かったのではと後からブーイングが出た事は言うまでもなく……。
やがて馬車はオフィーリアの商業ギルド横にある停車場に止まる。
「それではお疲れ様でした。これより三の日、護衛の皆さんはゆっくりと体を休めてください。宿泊施設は用意してあります、三の日後の正午に出発しますので、それまでには集まってください」
カルロスが護衛達に説明をする。やがて一行は指定された宿へと歩いていく。
そしてマチュア達はと言うと。
「……はい、ギルドカードの確認完了です。ウィル大陸から遥々お疲れ様でした、露店はこの場所、期間は三日間ですね」
「ええ。一日銀貨五枚と言うことは、銀貨十五枚と……確認してください」
商業ギルドのカウンターで、マチュアは三日分の露店を契約している。本当ならすぐにでも領主の元に向かい、アイリスをユミル達に会わせたかったのだが。
マチュア達の任務は別ルートでの調査と、ユミルたちの動向を他者に知られない為の囮。
エルフの商人が露店を開いているというだけで、囮としての役割は十分である。
「アイリスはユミル達に会いたい?」
マチュアの後ろでじっと待っているアイリスに、マチュアは静かに問いかける。
すると、少しだけコクリと首を縦に振ったものの、すぐに左右にブンブンと振る。
アイリスなりに考えての事だろう。
「だい、じょうぶ。アイリスにはアイリスの、仕事、があるの、わかってる」
ニコッと笑いながら、アイリスは健気にも呟く。
やや無理をしている感じはするのだが、マチュアはアイリスの意思を尊重する事にした。
「そっか。どうしても無理になったら話してね。じゃあ行きますか」
──ブワサッ
空飛ぶ絨毯を空間収納から引っ張り出して飛び乗ると、アイリスもンショ、ンショとよじ登ってくる。
「そんじゃあ売り物を作りますか」
──ブゥゥゥン
絨毯の上で魔法陣を展開すると、空間収納から取り出した大量の白紙の羊皮紙を取り出す。
それを放り込んでから、ゆっくりと詠唱を開始する。
「アニメイト……羊皮紙の切断、魔法印の刻印と署名……文章の記載開始、内容は……」
一つ一つゆっくりと、間違えることなく指示を行う。
やがて三十分後には、大量の書面が作り出された。
「物品付与許可証?」
その一枚を手にして、アイリスがマチュアに問いかける。
「そ。今日から三日間は、魔法付与師のマチュアさんだ。露店でアイテムに魔力を付与する仕事だよ、これは優先許可証。これをカルロスさんに渡してきますか」
ニイッと笑いながら、マチュアは絨毯をのんびりと飛ばす。だが、既に絨毯の近くには大勢の人達が集まっている。
どうやら空飛ぶ絨毯の存在が、大勢の人々を魅了しているらしい。
中には商人らしい人達が血眼になって売って欲しいと話を持ちかけているが、いつものように全て無視である。
………
……
…
「ははぁ、成程。私のキャラバンで購入した商品に魔法処理をすると言う事ですか」
「そ。購入した物品を書類のここに書いて手渡すと。それを町の中の私の露店に持って来てくれれば、私がそこで魔法処理する。隊商の宣伝にもなるでしょ?」
淡々と説明するマチュア。
だが、カルロスは心配そうにマチュアを見る。
「これですと、マチュアさんの儲けはありませんよ?それに、こんなに目立つ事をしたら……」
そう呟いて、カルロスはハッと気づく。
目立つことをすると、オネスティの手の者が動くかもしれない。
彼らの知らない魔術を行使する存在、それも魔術付与師など、仲間に引き込めればどれほど有効か。
当然マチュアも目立つ為にこんな事をするのである、危険など百も承知。
「そんじゃ、そういう事ですので宜しく」
取り敢えず100枚の書類をカルロスに手渡すと、マチュアはアイリスの待っている絨毯に飛び乗って露店の場所まで飛んで行った。
………
……
…
都市中央の巨大な広場。
その中心には、四大精霊を従えた精霊王の彫像が配置されている。
その正面に絨毯を止めると、マチュアは一旦絨毯を仕舞って、一番大きな絨毯を取り出す。
「おおお、そんな巨大な空飛ぶ絨毯が‼︎」
ずっとマチュアを追いかけていた商人たちは驚くのだが、マチュアとアイリスは絨毯の端っこに座って、その上に商品を並べ始めた。
商品と言っても大したものはない。
この場所に来る前に、街の中の雑貨屋や武具屋で購入した普通売りの冒険者道具である。
ランタンや盗賊の七つ道具、大小様々なバッグや短剣、ソードなどなど。
それらを丁寧に並べ、購入価格の五倍の値札をつけて並べる。
そしてマチュアの前に付与の魔法陣を設置すると完了である。
「さ、どうぞお買い上げください‼︎」
にこやかに笑うマチュアだが、ただの店売りの商品が五倍の値段で並んでいるだけである。
集まっていた商人たちはやれやれと苦笑しながら去って行ったり、それよりも絨毯を売って欲しいと商談を持ちかけるが、そんな事は知った事ではない。
三十分後には、マチュアの前には誰もいなくなっている。
すると、アイリスがじっと精霊王の像を見つめているのに気がついた。
「ん?どうしたの?何か感じる?」
「ん。さっき、までは何も。でも今、は、精霊を感じる」
そうアイリスが告げるのならそうなのだろう。
マチュアは像に手を当てて、目を閉じて念じる。
(精霊王よ、ちょっと話を聞けや)
慇懃無礼とはこれいかに。
『……全く。少しは神格を持つものに敬意を表するとかないの?』
マチュアの脳裏に直接聞こえてくる精霊王の声。
(あ、これは失礼。わかっているとは思うけど……)
『はいはい。アイリスの能力『精霊王の加護』ね。それは先代勇者と共に旅をしていた精霊術師に与えた神々の祝福、遥かな血脈を辿ってアイリスに顕現したのよ』
はぁ?
そんな加護があったとはマチュアも初耳である。
(何とかならないの?これじゃあ余りにも可哀想なんだけど)
『楔なのよ。次代の精霊司祭の後継者となる為のね』
(精霊司祭?なにそれ)
『精霊王と直接言葉を交わせる、精霊信仰の最高責任者?王族の血脈と精霊術師の力を持つ者に与えられる力で、ここ500年はいなかったわねえ。それがアイリスの代になって顕現したのよ、これは創造神管轄なので私では無理よ』
これはまた、予想の斜め上の回答。
なら、今暫くはマチュアが見ているしかない。
(しっかし、この大陸が精霊信仰とは知らなかったわよ。私の魔術なんて、霞んでしまうじゃない。召喚した精霊だって、上位の存在にどうやったら勝てるか自信ないわよ)
ブツブツと呟くマチュアだが、精霊王は首を捻っている模様。
『あの、中級精霊以上でしたら、マチュアさんが命じれば攻撃してきませんよ?』
(へ?なして?)
『今のマチュアさん、神威解放していますよね。普段から自然解放されている5%に、さらに意図的に10%解放、合計15%の神威解放その1。中級以上の精霊は、神威を纏うものに攻撃出来ませんので』
お、おおう。
腹の底から絞り出すように呟く。
(自然解放ってなに?そんなの知らないわよ)
『マチュアさんは亜神、それも創造神の従属じゃないですか。普段から自然解放しているのですよ。意図的に抑える事はできませんけど、5%なら普通の人間相手なら誰にもわかりませんよ……』
ありゃ。
そんな事になっていたとは。
(なら、神威解放しなくていいのか。カット……とこれでも出てるの?)
自分で解放していた10%を切る。
それでも、自然発生する5%は出っぱなしになっているらしい。
『今のアイリスが落ち着いているのは、マチュアさんから発生する神威で、彼女の中の精霊が抑えられているからでしょうねぇ。それでも復讐の精霊は、アイリスの感情によってその鎖から逃れようとしたのです。怖いですなぁ』
(あ、なんかもう良いわ。そんで、何でそこにいるの?)
もう自分の事ながら呆れるしかない。
なら、これ以上怖いことを聞く前に話題を変えようとマチュアは思ったようである。
『私はこの像を通じて世界を見ているだけですよ。偶々ここにチャンネルが繋がった時に、マチュアさんが目の前にいただけですから。では、また何かありましたら、像に語り掛けてください』
ここで精霊王の像から神威が消滅した。
「さて、そんじゃあのんびりとしますか」
アイリスの頭をクシャクシャと撫でると、マチュアはのんびりと座って客が来るのを待つ事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あ、あの、隊商の方から聞いてきたのですが」
のんびりと座っていたマチュアのもとに、冒険者らしいローブ姿の女性がやってきた。
その手には、隊商で購入したらしいランタンと物品付与許可書が握られていた。
「あ、ほいほい。付与は一回金貨一枚、どうして欲しいのかな?」
そう問いかけながら、ランタンと物品付与許可書を受け取る。すると、その女性は少し考えてから。
「魔力で灯りが点くように出来ますか?オイルもいらないように」
「ほいほい、簡単だねぇ」
そう呟きながら、ランタンを魔法陣に設置すると、ゆっくりと魔力を注ぐ。
「アニメイト……ランタンを魔力付与型に改造……付与魔術は魔力制御と光球……はい簡単」
やがて魔法陣が消えると、ランタンを手渡す。
「これは……あ、そういう事でしたか」
受け取ったランタンに魔力を注ぐと、ぼうっと明かりが灯った。
その光景には、近くで見ていた冷やかしの客も驚いている。
「ありがとうございます。では金貨一枚でしたわね?」
嬉しそうにランタンをしまい込むと、代金の金貨をマチュアに支払う。
「ほいほい、まいどあり〜」
受け取った金貨は、後ろで会計を頼んたアイリスに手渡す。それを手元の金貨袋に入れると、アイリスも満足そうに頷いていた。
「な。なあ、俺のこのナイフなんだが、魔力を込めて魔法の短剣にしてくれないか?金貨なら一枚あるんだ」
すると、近くで冷やかしで見ていた客が、腰に下げられていたナイフを鞘ごと外した。
「あ、付与許可書が無いのでしたら一回白金貨一枚になりますが?」
「はぁ? さっきのは金貨一枚だったろ? どうしてそんなに値段が違うんだよ」
思わず切れる青年。だが、マチュアは傍らにおいてある付与許可証を手にとって一言。
「この許可証がないので、正式な金額を請求しただけですが? それともあなた、上位の付与魔術師にたかだか金貨一枚で魔法を付与させる気ですか?」
ニィッと笑いながら呟くマチュア。
すると、青年はわなわなと震えながらその場から立ち去っていく。
「まあ、ここまでは想定済みなんだけどなぁ、今ひとつ詰めが甘いわ」
ぼそっと呟くマチュアと、その後ろでマチュアのローブをツンツンと引っ張るアイリス。
「マチュアさ・ん。あっちからお客がき・ます」
アイリスの指さした方角、隊商の停まっている場所の辺りから、ニコニコと笑いながらお客らしき人達がやって来るのが見えた。
ならばとマチュアは腕をまくって、迎撃態勢に入った。
──そして5時間後
持ち込まれた付与許可証の枚数は実に70枚。いくつかの魔法陣を並行起動させる事で、一つの付与について大体10分程度で終わらせていった計算である。
そして一通りの付与が終わると、最初にナイフを付与しろと言った男がやってきた。
「はあはあはあはあ‥‥こ、これでいいんだろう? ほら、このナイフに付与を頼む」
そうつぶやきながらナイフと証明書を手渡してくるが、マチュアはナイフを返した。
「あの、お買い上げしたものはスモールバッグですよね? でしたら私はそのスモールバッグに付与はしますが、それ以外のものにはしませんよ? ほら、この証明書に書いてあるじゃないですか?」
そう説明しながら、証明書の備考欄を指差す。
すると青年は顔を真っ赤にしながらマチュアに向かって怒鳴りつけた。
「ふざけるな!!たかが付与魔術師ごときが、この街で俺に逆らっていいと思っているのか? いいからとっとと付与しろ!!」
カランとナイフを投げて寄こしたので、マチュアはハァ、とため息をつく。
「あのねぇ。あんたがどこの誰かなんてどうでもいいのよ。ルールはルール、私は商人。それを破る事なんて出来ないのよ? 判ったらとっととそのお粗末なナイフを仕舞ってどっかに行きなさい。商売の邪魔、わかる?」
──ガバッ!!
その言葉と同時に、青年は腰のロングソードを引き抜く。が、それよりも早くマチュアは踏み込んで、引き抜いたばかりのロングソードを取り上げた。
「ほらほら、あんたなんて大した実力じゃないんだから。たかが付与魔術師よりも遅い抜剣なんて意味ないわよ?」
ポイッと取り上げたロングソードを傍らに投げる。
そしてジッと青年の瞳を睨みつける。
『スキル・脅迫を有効化‥‥』
「二度は言わないわよ、商売の邪魔だから立ち去りなさい‥‥」
この手の抵抗力のない青年は、慌ててロングソードを拾って及び腰のまま立ち去って行く。
『スキル・脅迫を無効化‥‥』
すぐさま危険なスキルを無効化すると、マチュアはため息を吐きながら座る。
「全く、ありゃどこのボンボンだよ」
そう呟くと、近くで様子を見ていた商人がマチュアの元に来る。
「あれはオフィーリア男爵の三男坊だね。まあ、ああやって権力を傘に暴れているだけで、すぐに家に戻って男爵様に説教される所までがお約束ですよ」
はぁ。
どこの国にもいるのね、ロクでもないボンボンが。
「まあ、こっちに来ない事を祈りますよ‥‥何かお買い求めですか?」
「まあ、ですが、そちらの女の子を優先してあげてください」
そう商人が説明してくれると、付与証明書と竹箒を手にした女の子が立っていた。
「あ、あの、魔法でこの箒で飛べるように出来ますか?」
おっと、それこそ得意技。
ニィッと笑いながら、マチュアは子供限定の空飛ぶ箒を作ってあげると、それを目の前の女の子限定に設定して手渡した。
嬉しそうにそれを受け取ると、ひょいと座ってトロトロと飛んで行く少女。
その光景には、露店の周りの人々も驚いていたのだろうが既に時遅し。
隊商で販売している竹箒はあの子のが最後だった模様。
「さて、私は付与証明書を持っていないのですが、こちらの露店で購入したものは優先的に付与していただけるのですよね?」
ボソッとマチュアにのみ聞こえるように問いかける商人の老人。さすが長年商人をしていただけの事は有るらしく、目の付け所が実にシャープである。
「ん‥‥元よりそのつもり。で、どれを買いますか?」
しばし商品のラインナップを見ていると、傍らにおいてあったバッグをすべて手に取る。
「では、これをすべて。付与は収納バッグで、可能なら10チェストでお願いします」
「仕入れかな? でしたらギルドカードの提示をしてくれればいいですよ」
そうかまをかけてみると、老人はギルドカードをマチュアに手渡した。
「Bランク商人のベッケンバウアーさんですか。これはどうもどうも、では早速付与しましょう」
すぐさま空間収納拡張の付与を行うと、マチュアは全部で10コの収納バッグ類を手渡した。
これにはベッケンバウアーも大満足らしく、すぐに代金を支払って収納バッグをしまい込むと、マチュアにお礼をいって立ち去って行った。
──カラーン‥‥カラーン‥‥
やがて夕刻の鐘の音が響き渡ると、マチュアはすぐさま商品を収納バッグにしまい始める。
「さて、アイリスもお疲れ様。後は宿に戻って休みましょ? あまり相手してあげられなくて退屈だったでしょ?」
そう話しかけると、どうやらアイリスは背後にある精霊王の像を通して、色々な精霊と話をしていたらしい。
「精霊・と、お友達にな・れたから大丈夫」
ニイッとマチュアのマネをして笑うアイリス。なら一安心と大きめの絨毯を仕舞って移動用の小型絨毯を引っ張り出すと、アイリスをそこにひょいと乗せて‥‥。
「あ、マチュアさん発見っぽい!!」
偶然通りかかったポイポイとユミル、メルセデスの三人に見つかるマチュアであった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






