裏世界の章・その9・黒と銀とポイポイと
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大量のおやつを買い込んで、マチュアとアイリスは宿に戻って来る。
そして部屋に戻った二人は、床全体に広げられた大量の資料と羊皮紙を見て唖然とする。
「あ、フルーツの匂いっぽい!!」
「マチュアさんお帰りなさい。アイリス、マチュアさんを困らせたりしていない?」
「だ、だいじょぶ」
ユミルに問いかけられて、アイリスはそう告げながらベッドに走っていく。そしてテーブルに買って来たおやつや串焼きを並べると、マチュアも床に広げられている書類をじっと眺める。
「で、どんな感じ?」
「特に怪しいものがないっぽいのが怪しいっぽい」
「シーフの暗号文字は?」
「取引の時間とかのメモっぽい。それで、今晩、スラムで取引があるっぽいけど、これがなくなっているので、多分時間と日付が変えられている筈っぽいよ」
ひらひらとメモを振るポイポイ。するとメルセデスが、横に置いてあった一枚の羊皮紙をマチュアに差し出す。
「ここに出て来る人物ですが、殆どがヴァンドール王都に住まう貴族ばかりですね。先日のオークションで買い取った奴隷の行き先が記されています。そしてこちらのリストが、偶然ですがアルマロス公国領に送られる奴隷のリストでして‥‥」
「公国領? 今の領主は?」
そうメルセデスに問いかけるマチュア。すると、ユミルが暗い表情で口を開く。
「ダットスタッド伯爵です。元公国民の感情を荒立てないように、名目上はアルマロス領という名前になっています。ダットスタッド伯爵は、元アルマロス公国の騎士団長を務めていました‥‥」
「それでか‥‥成程ねぇ」
納得しながら書類に目を通していくマチュア。
「なら、まずはアルマロス公国に向かいますか。いきなり王都に行った所で、しっぽを出すとは思えないし。アルマロス公国領には奴隷商会はあるのかしら?」
そう問いかけると、今度はメルセデスが。
「メイディ商会という奴隷商会がありますが、これは犯罪奴隷と合法奴隷を扱っています。今回、公国領に送られるのも、どうやらメイディ商会が纏めて買い取ったようですから‥‥」
「ふぅん。なら、昨日のオークションではびっくりしたでしょうね、ユミル達が出品されていて」
そう問いかけると、ポイポイが一言。
「最初に高額つけたのが、多分そいつっぽい。で、いつ行くの?」
「うーーん。実は、さっきボーリック伯爵に見つかってねぇ、上手く誤魔化しているんだけれど、説得の効果が切れるとまた私達に目を付けそうだから‥‥」
なら、早く出発したい所である。
「さて、このあたりの地理は全くわからないんだけれど、この港町からアルマロス公国領へ向かうための最短ルートは?」
「港から船を使って北上するのが早いです。陸路ですと、途中で山脈越えをしなくてはならず、その手前に広がっている黒霧森林には、結構多くの魔物が徘徊しています。ゴブリンやオークの集落もありますので、女性だけで強行突破なんて不可能ですよ」
「それに、山脈越えも今は使える街道はありません。陸路で大きく迂回するか、もしくは船で海路を使うか、どちらかだけです」
なら、道筋は決定した。
「そんじゃ、海路でいきますか。船はこの街から出ているの?」
「ええ。ここは海路の交易都市でもありますから‥‥乗り合いになるとは思いますけれど」
「そんじゃ、あとで話をつけてきますか。ポイポイさん、三人の服と装備を纏めてきてくれる? 」
スッ、と懐から金貨の入った財布を取り出すと、それをポイポイに投げて寄こす。それを受け取ると、ポイポイもすぐに収納バッグに放り込むと、すぐさま立ち上がる。
「それじゃあ、買い物にいくっぽいよ。マチュアさん、装備はどこまで仕上げていいの?」
「まあ、そこそこに。途中で買い食いしてきても構わないわよ、私は海運ギルドに行って来るので」
そう説明して、全員同時に部屋から出ていく。そして宿の手前で左右に分かれると、マチュアは波止場へ、ポイポイと三人は商店街へと向かって行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
『‥‥失態ですね、ハッター』
「ま、誠に申し訳ございません」
スラムのハッター商会、その執務室では、ハッターが机に座って頭を下げている。
彼の目の前、机の上には、漆黒の翼を持つ『一枚羽のクサリヘビ』が静かに羽ばたいている。
そのクサリヘビは、まるで生きているように口を開いてハッターと話をしている所であった。
「ですが、書類と売上を盗んだ者の動向が未だ掴めず、証拠すら何も残っていない有様でして‥‥今現在も、手の者に色々と調べさせている所でしたが」
『言い訳ですね。まあ、ハッター商会に忍び込んで盗みを行うなど、この国の人間では考えらませんね。シーフギルドに問い合わせは?』
「すでに調査依頼は出しました。先程Aランクのマスターシーフに調査してもらいましたが、魔力の残滓すら残っていない始末でして」
『となると心力系ですか。技術型シーフは登録数も少ない筈。そちらは?』
「それも依頼済みです。それと‥‥昨晩、ボーリック伯爵の購入した奴隷が突如姿を消したそうで‥‥ひょっとしたら、それも関係があるのではないかと」
額から流れる脂汗を拭いつつ、ハッターは必死に弁護する。
本体ではなく使い魔によって会話を行っているだけなのに、届いて来る声に迫力負けしているのである。
『隷属の首輪は? その波長から探ればわかる事ぐらい知っているでしょう?』
「ええ。ですが、波長を辿る事が出来なく、その、消息不明でして‥‥探知の水晶球でも、その足取りを追いかける事が出来ませんでした」
『‥‥追って連絡をいれます。この件は帽子屋だけでは解決しそうにありませんね。武具屋にも連絡を入れておきます』
「ぶ、ちょっとお待ち下さい、それでは私の立場というものが」
『お黙りなさい。売上及び重要書類の消滅、売却した奴隷の逃亡とその行方を探す事が出来ない。あなたが白帽子であり続けられるか、審議が行われるでしょう‥‥では』
──ボヒュッ
クサリヘビは静かに口を閉じて一瞬で消滅する。
すると、ハッターは慌てて階下まで駆け下りていく。
広い受付のある事務室にやってくると、ハッターはその場にいる従業員に向かって叫んだ。
「誰でもいい、シュバルツとアルジャーンを呼んでこい」
「え? い、今何と?」
「シュバルツとアルジャーンだ!! 多少金が掛かっても構わん、あの二人に事件の解決を依頼する」
「は、はい、只今!!」
慌てて一人の従業員が立ち上がると、商会の外に飛び出していった。
そして30分後、黒衣に身を包んだ一組の男女が、ハッター商会の執務室にやって来るのであった。
‥‥‥
‥‥
‥
「よお、今回も依頼のご指名ありがとうございます」
黒い革ジャケットに身を包み、背中には巨大に両手剣を背負っているガタイのいい大男・シュバルツが、ハッターの目の前にやってきた。
その後ろには、同じく黒いローブを羽織っている、レザージャケットをきた銀髪の女性・アルジャーンが静かに立っている。
「ブラック&シルバーにご用命とは、どのようなお仕事でしょうか?」
ニッコリと笑う女性。
その姿をみて、ハッターはやや脂汗を流しているものの、先程よりは落ち着いた表情をしている。
「シュバルツとアルジャーンにご用命とは、かなり切羽詰まっていますねぇ。で、依頼内容は?」
シュバルツが問いかけると、ハッターは一枚の書類を差し出した。そこには、今回の依頼の内容である『盗み出された書類と売上金の回収、逃亡したエルフの奴隷の探索』について記されている。
それを受け取って、シュバルツはすぐさまアルジャーンに手渡す。
「報酬は、回収した売上金の半分でいいわ、どう?」
妖艶な笑みを浮かべてそう呟くアルジャーン。だが、そのとんでもなく高額な報酬に、ハッターは思わず椅子から立ち上がる。
「はっ、半分出せと?」
「ああ。この依頼は難易度が高い。天下のハッター商会から、一夜で売上と重要書類を盗み出した腕、同日に消息をたった奴隷エルフ。つながりがあるのは一目瞭然だ、それも、隷属の首輪を一瞬でも無力化出来る魔力の持ち主が相手となると、こちらもただでは済まないだろうな‥‥」
表情一つ変えずに、シュバルツはそう呟いた。それにはアルジャーンも瞳を閉じつつ頷いている。
「わ、わかった、それでいい。だが成功報酬だ、七の日以内に終わらせろ」
「ああ。では、これで失礼する」
シュバルツは踵を返して部屋から出ていく。そしてアルジャーンは金庫に近づくと、静かに詠唱を始める。
「時の精霊マクスウェル、この地において起こりし時間を遡り、我に見せ給え」
──シュゥゥゥゥゥッ
金庫全体が魔法陣に包まれる。
そしてその場で起こった出来事を、まるでビデオを逆再生するかのように映し出していた。
そして映像が先日の、ハッターが金庫に売上金をしまう所まで巻き戻ると、そこからゆっくりと再生を開始する。
「あ、相変わらずすごいな‥‥時間の支配者の二つ名は伊達ではないという所か」
「あら、お褒めに預かり光栄ね‥‥」
そうつぶやいているものの、アルジャーンはじっと再生される風景を眺める。少しでも怪しい所はないか、何かヒントになるものはないか‥‥。
やがて今現在まで再生が完了すると、アルジャーンはため息を一つ。
「ふぅ。何も見えないわ。となると、もっと前、そうね。オークションの時間まで遡るとか‥‥ここではだめね」
くるりと後ろを向いて、アルジャーンは部屋から出ていく。
ハッターが金庫に売上金を収める時、マチュアは影から影に移動した。
だが、金庫の影とハッターの影は交差していたため、そのまま影の中を移動していったのである。当然ハッターの視界には見える筈もない。
そしてアルジャーンにも、その瞬間は判断する事は出来なかった。
もしリアルタイムで見ていたのなら、ひょっとしたら僅かのゆらぎでも感じ取る事は出来たのかもしれない。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ふむふむ。これで大体の道具は買い終わったっぽい」
ヴァンドール帝国からアルマロス公国領へと向かう道中で必要な道具を大量購入したポイポイ一行。
ちなみにポイポイの収納バッグの中には、最低でも一ヶ月は生きていけるだけの食料や日用雑貨は常備している。だが、ユミル達の分までの余裕はない。
ならばとこれ見よがしに様々なものを買い込んだ結果、ユミルとメルセデスはラージザック2つずつ、アイリスもミドルザックひとつ分の日用雑貨を買い込んた。
「はあはあはあはあ‥‥こんなに大量に必要でしょうか」
「僭越ながらユミル様、この国から公国へと戻るのでしたら、これでも少ない方です。この後でマチュアさんと合流して、船に荷物を積み込めば楽になります」
息を切らせているユミルに、メルセデスが励ましながら歩いている。その横ではアイリスがキョロキョロと露店を見渡して‥‥。
──ドンッ
突然ユミルが通行人にぶつかって、そのまま転んでしまう。
「いたたたた‥‥」
「お、お嬢ちゃん、歩く時はちゃんと前を向いて歩いた方がいいぞ」
そう話しかけつつ、転んでいいるアイリスに手を差し出すシュバルツ。
彼もまた、商店街付近を散策しつつ、エルフを探して歩いていた。
「あ、どうもすいませんっぽい」
慌ててポイポイがシュバルツに駆け寄ると、頭を下げて謝った。
すると、シュバルツはポイポイとアイリス、そして後ろから駆け寄ってきたユミルとメルセデスを見る。
「ん、あんたの奴隷か。しっかりと見ていないと、事故に巻き込まれたら大変だからな」
「ご丁寧にありがとうっぽい」
シュバルツの忠告にも、ポイポイは素直にお礼を告げる。いつでも素直なのがポイポイのいい所である。
「じゃあな‥‥と、そうだ、このあたりでエルフを見かけなかったか?」
と、思い出したかのようにポイポイに問いかけるシュバルツ。すると、ポイポイは首を捻りつつ一言だけ。
「ポイポイの仲間にエルフいるけど、マチュアさんの事っぽい?」
「何? 仲間にいるのか‥‥と、マチュア?」
「そ。マチュアさん。知っているっぽい?」
そう問いかけると、シュバルツは腕を組んで何かを考え始めた。
「ん~、どこかで聞いたなぁ。マチュアマチュア‥‥お?」
ふと、思い出したシュバルツ。
──ポン
「そうだ、我が主であるアンダーソン殿が以前話していたな。人間でも、特にマチュアというエルフには気を付けろと‥‥」
シュバルツの仕えている主人はアンダーソン。かつて、北方大陸のシュトラーゼ公国において暗躍していた魔族、アンダーソンとアーカム。そのアンダーソン配下で活動しているのがシュバルツとアルジャーンである。
「お、アンダーソンさんなら、以前報告書で読んだことあるっぽい。北方大陸でマチュアさんにボロボロに負けた人っぽい」
正確にはストームに負けたのである。
マチュアはアーカムの相手をしていたので、アンダーソンにまで手を回している余裕はなかった筈。だが、そのポイポイの一言が、シュバルツの闘争本能に火を着けた。
「負けた? ふん、我が主人が、たかがエルフごときに負ける筈はない。おそらくマチュアとやらが、卑怯な手を使って勝ったに違いなハウアッ!!」
──ゴイィィィィン
鋭い剣幕でポイポイを怒鳴りつけているシュバルツだが、その股間を誰かが背後から力いっぱい蹴り上げた。
人間も魔族も、エルフもドワーフも、男性ならばそこはやはり弱点らしい。
股間を押さえて転がるシュバルツ。
「誰が汚い手を使ったっていうのよ。アンダーソンを倒したのはストーム、私の相手はアーカムだった筈よ」
はず。
実際に相手をしていたのはセプツェンであり、マチュア本人ではない。
「ぐぐっぐっはぁぁぁぁぁぁっっっっっ」
体を痙攣させつつ、シュバルツはどうにか立ち上がる。そして軽くトントンとジャンプすると、すぐさまマチュアの方を向いて睨みつける。
「こ、このエルフが、この俺を本気にさせたなぁ!!」
──ジャキン
すばやく背中から両手剣を引き抜くシュバルツ。
そして力いっぱい振りかぶってマチュアに一撃を振り下ろそうとして‥‥。
──ドゴォッ
カウンターでマチュアがシュバルツの懐に飛び込むと、裡門頂肘を力いっぱい叩き込む。
それは綺麗なカウンター。たった一撃でシュバルツは後方に吹っ飛ばされると、その場で意識を失ってしまった。
「全く。何て街なのよ、魔族が堂々と歩いているなんて聞いてないわよ‥‥と、ポイポイさん、船の都合がついたから行きましょ。夕方には出航するらしいから、今の内に乗船して体を休めておきましょ」
「了解っぽい」
そう返事を返して、ポイポイとマチュアは歩き始める。
その一部始終をポカーンと見ていたユミルたちだが、すぐさま正気を取り戻すとポイポイに向かって駆け足で近づいていった。
「あ、あの魔族の傭兵『ブラック&シルバー』のシュバルツを一撃で‥‥それってどういう事なの?」
「わ、わかりません。あの方は、マチュアさんは一体何者なのでしょう‥‥」
ユミルとメルセデスが動揺して呟いているが、アイリスはそんなのどこ吹く風と、急ぎ足でマチュア達に駆け寄って行った。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






