裏世界の章・その6・闇オークションとでっぷり貴族
都市中心部から少し外、外縁部にあるハッター商会の奴隷専用施設。
そこにある建物の中で、二番目に大きな、少しだけしっかりとした作りの建物の中にマチュア達は連れて来られた。
「週末、陰の日の夜にオークションがある。それまでは、お前達はここで生活してもらう、食事はここの窓から差し入れするし、室内では好きにしていて構わない。何分、お前達は高級商品なので、身ぎれいにしているように」
──ガチャッ
そう説明されて、マチュアとユミル、アイリス、そしてメルセデスは少し大きめの部屋に一緒に閉じ込められた。
廊下側の壁には食事を出し入れ出来る小窓、窓はないものの綺麗なベットが4つ置いてある。
テーブルなどの家具もちゃんと置いてあるのだが、自殺を防止するためか、鋭利なものや硬そうな金属物はおいてない。当然首吊り自殺を防止する為に天井にはフックになりそうなものもなく、魔術封じの魔法陣も設置されている。
「さてと‥‥遮音結界‥‥と」
──ブゥゥゥン
部屋の奥、ベッドのある場所に遮音結界を施すと、マチュアはそこに全員を呼び寄せた。
「アルフィンさん、先程魔法を使いましたよね? あれは効果ないのですか?」
ユミルが天井の魔法陣を指指すが、マチュアはにィッと笑う。
「あんな子供だましの魔法陣なんて効果ないわよ。この腕輪だって飾りみたいなもの。さて、まずはみんなの『隷属の首輪』と『魔封じの腕輪』を弱体化するからね」
そう説明してから、三人の首輪と腕輪の弱体化を始める。強烈な電撃ではなく、チクチクっとトゲが突く感じの反応に切り替え、腕輪の作り出す魔力の鎖も1mまで延長する。無力化するとボロが出るので、あくまでも弱体化である。
「さて、それじゃあここからが本番。話によると、私達は陰の日の深夜にオークションに出されます。そこで教えて欲しいんだけど、陰の日って何?」
そこからかよ。
まさかの質問に、三人は呆れた顔をする。
そしてメルセデスが、ヴァンドール大陸の暦について説明してくれた。
「大賢者ウォール様のもたらした暦ですよ。7の日を一週間と定め、それぞれが影、光、火、水、風、地、陰の日と呼びます。これが4つ集まると一月となり、月が12集まると一年です」
「へぇ。私のいた大陸では、7の日が4つで月になり、月が12個で年となる。日の個別の呼び方はないなぁ」
「精霊暦という呼び方なのですよ。その日が精霊力の高まる日なのです。そしてすべての精霊力の働かない日が陰の日でして、魔力が集まらないので、精霊魔術士は魔法の行使が難しくなるのですよ」
「へぇ。なら、精霊魔術士でない魔術師は最強だねぇ」
この言葉にも、三人はポカーンとしてしまう。
「アルフィンさん、普通の魔術師とは、付与魔術師ですか? 生活魔術師ですか?」
「どちらにしても、使い勝手の良いものではありませんよ。どちらも非戦闘系ですし」
ユメルとメルセデスが説明すると、アイリスがウンウンと頷いている。
「まてまて、この大陸の魔術体系はどうなっているんだ?」
ウィル大陸の魔術とは一線を画している。
確かにウィル大陸でも、魔術については精霊魔術が優位であり、マチュアの使うような黒魔術体系はあまり人気がない。それでも、『白銀の賢者』であるマチュアが好んで使っていた為、以前よりも知名度は上がっている。
だが、この大陸に至っては、黒魔術は存在していない扱いである。
「えーっと、私の使える魔術は黒魔術体系でして、なんというか、第三聖典とかわかります?」
「いえ。それがアルフィンさんの使える魔術なのですか。私達の大陸には伝えられていない魔術ですね」
「他大陸の冒険者が、そのような魔術を使っていたという話は聞いていますが、実際に見た事はありませんし、そもそも精霊の加護のない魔術は力を持ちません」
ありゃ。
これはまた面倒な。
それでも、だいたいの魔術体系は理解出来た。後は神聖魔術の体系の確認をする必要もある。
まったく、初めてこの世界に来た時みたいな感覚である。
「ユミル、この大陸を守護している神様は誰かしら?」
「神として天空に並ぶもの、精霊王アウレオース様です。それは、この大陸すべての守護神であり、小さな集落ではセルジオ様やミスティ様の加護を得るべく切磋琢磨していますが、大半はアウレオース様です」
「へぇ。なら、人の怪我を癒す魔術とかも、アウレオース様の加護なのね?」
「はい。といっても、私達には簡単な怪我の治療や弱い毒の解除などがせいぜいでして。全ての精霊を統べるアウレオース様は、人間にはあまり癒やしの加護を授けてはくれません」
「そのかわり、神樹から授かる『精霊の雫』で、怪我や病を癒すポーションを作り出す事が出来ます」
「死んだ人は生き返らせられる?」
「‥‥そんな事、神の奇跡以外、無理ですわ」
ん。
治癒魔術発達していない。という事は蘇生なんて出来ない。
魔法については少し自重していく必要があるのだが、もう手遅れである。
ユミルやメルセデスと話をしていても、先程の遮音結界を使った時の印象が強いのか、アイリスが目をキラキラと輝かせながらマチュアを見ている。
「アルフィン・さん・は、異国の魔術師・ですか」
辿々しく問いかけるアイリス。
「吟遊詩人よ。エルフだから魔法は使えるけれど、みんなのように精霊魔術はあまり使えないわ。下位精霊としか契約していないんだから」
──ガタガタッ
すると、三人が驚愕の表情で一斉に立ち上がる。
「せ、精霊と契約しているのですか?」
「精霊魔術って、精霊と契約して行使するのでしょう?」
「いえいえ、精霊との直接契約ではなく、触媒から精霊力を引き出して行使するものですよ。触媒がより精霊に近いほど、強力な魔術を使う事が出来るのでして、精霊と契約なんてそんな恐れ多いこと‥‥」
ん。
この大陸の魔術体系はウィル大陸よりも低い。
なら、必ずウィル大陸よりも優れている部分が必ずあるはず。
それがマチュアにはまだわからなかった。
そしてこの後も、三人との様々な話がくり返された。
それは、オークションの当日まで続けられ、マチュアはこの大陸の一般常識や、ウィルには存在していない『銃器』について話を聞く事が出来た。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
陰の日、オークション当日。
「‥‥とっても広いっぽい」
ポイポイは指定された建物にやって来た。
都市部の外縁に広がるスラム街。都市の城塞にもっとも近い区画が、この都市のスラムとなっている。犯罪の温床でもあるスラムの一角にあるハッター商会の倉庫、ここが裏オークションと呼ばれている『高級奴隷』の会場である。
正体を知られたくない者たちは様々な仮面を付けて参加しており、ポイポイも黒尽くめの姿にローブをかぶり、顔には白狐の仮面を付けている。
ぐるっと席を見渡すと、参加者はゆうに50を超える。ぞれぞれ顔なじみなのだろう、アチコチで楽しそうに歓談を行っていた。
──カツカツカツカツ
すると、純白のシルクハットをかぶった男が、正面中央にあるステージに現れた。
「ようこそいらっしゃいました。それではこれより、定例のオークションを始めたいと思います。今回入手した帽子は、それはもう希少価値の高い者や貴族の者、中には王族の者など様々。一人ずつ始めたいと思いますので、どうぞ最後までお楽しみください」
ハッター商会の執務机に座っていた人物が、シルクハットを外して頭を下げる。
彼こそハッター商会責任者のゾーン・ハッターである。
彼の口上が終わると、あちこちで拍手が起こる。
そしてステージに布の被せられた檻が次々と運び込まれると、早速オークションが始まった。
(ポイポイ、今どこにいるの?)
『オークション会場っぽいよ。マチュアさんを落札すればいいの?』
(可能なら、ユミル、アイリス、メルセデスの三人を最優先で。私はなんぼでも逃げられるから、いくらつぎ込んでも構わないから、確実に競り落として‥‥どうせ後でお金は回収するから)
『了解っぽい!!』
そんな念話を行ったとき、早速最初の檻の布が外された。
‥‥‥
‥‥
‥
次々と行われるオークション。
檻の中の女性達も観念したのか、諦めの表情で檻の中に立っている。
競り落とされた女性はステージの袖に移動され、全てが終わって手続きが終了した時点で引き渡されるらしい。
「それでは、次の帽子はこちらになります。隣国アルマロス公国の美姫、ユミル・アルマロスです」
ブワサッと布が外される。
すると、会場からは羨望の眼差しと好奇心、そして下卑た視線が一斉にユミルに注がれた。
「では、入札をお願いします!!」
そのハッターの掛け声で、次々と金額がコールされていく。
先程までの最高落札価格は金貨78枚であるにもかかわらず、ここにきていきなり白金貨での入札に変わっていた。
「28枚だ」
「うちは30枚だす」
「なら‥‥」
白金貨30枚まではポンポンと値段が上がっていったが、そこで止まった。
「白金貨30枚。それ以上はありませんか?」
「ぽい。32枚だすっぽい!!」
手を上げてポイポイが叫ぶ。
すると、先程30枚を宣言した、でっぷり貴族がポイポイを睨みつける。
「こ、この女‥33枚だ!!」
「35枚だすっぽい!!」
「な、なら‥‥36枚で」
「40枚!!」
腕を組んで高らかに宣言するポイポイ。
すると、係員の一人がポイポイの元に走る。支払能力の確認である。
だが、ポイポイはすぐさま方の袋から白金貨の入った袋を取り出して、係員に確認させる。
すると、両腕で丸く円を描いた係員を確認して、でっぷり貴族を見る。
「ど、ドロップだ!!」
「では、40枚でそちらの女性に落札です。では次に‥‥」
すぐさま係員に支払いを終えると、ポイホイは続いてアイリスとメルセデスの二人も高額で落札する。
そのたびに係員が走ってきて金額の確認を行うと、でっぷり貴族は殺気を帯びた視線でポイポイを睨みつけていた。
そして最後の檻、マチュアの入っていた檻の布が外されると、本日最高の称賛と羨望の眼差しが注がれた。
「我がヴァンドール大陸には存在しない、伝説の森の種族であるエルフです。ウィル大陸出身の吟遊詩人、その身分も高く、冒険者としての資質も高い。ではどうぞ!!」
本日最高の声で、ハッターが叫ぶ。
すると、すぐさま白金貨で30枚を軽く超えていった。
「35枚だ」
「う、うちは40枚だす‥‥街の中で背見たときから、今日はこの子に決めていたんだ」
「なら、うちは45枚で‥‥」
そう競り合っている参加者を一瞥し、そしてポイポイの方をちらりと振り向くでっぷり貴族。
すっと手を上げて一言。
「60枚だ!!」
なっ。
その金額には、会場のすべての参加者が絶句する。
そしてポイポイも手をあげようとしたが。
『まった、ポイポイは悔しそうに手を下げて‥‥私はその男に買い取ってもらいましょ』
(ふぁ?)
『一騒動起こしたいのよ。ポイポイは三人を買い取って手続きをしてから、どこかの宿にでも移動して。私は最後に引っ掻き回してから逃げるから』
(りょーかいっぽい)
上げかけた手を、悔しそうに下げるポイポイ。その姿を見て、でっぷり貴族は勝ち誇って前を見る。
「それでは、60枚で落札です‥‥本日は誠にありがとうございました。これで今月のオークションは終了します。またのご参加を、心よりお待ちしています」
最後にマチュアの檻が下げられてハッターがステージ上で頭を下げると、会場からは拍手が湧き上がっていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「さてと。それじゃあ‥‥」
すぐさまマチュアは檻の中に幻影結界を張り巡らす。外からはマチュアが落胆した表情で立ちすくんでいるように見せかけて、中では使い魔のハムスターを召喚していた。
「チッチチッッ」
「はいはい。变化で外見をアルフィンに変更、魔術封じの腕輪と隷属の首輪も移して‥‥」
次々と使い魔で偽物を作っていくと、マチュアはアルフィンの影の中に移動する。
「さて、ここで意識のスフィアを制作‥‥」
疑似感情である意識のスフィアを作り出すと、マチュアはそれをアルフィンに移植する。
含有魔力もアルフィンのものと同じように調整する。そして幻影と同じポーズを取らせると、すぐさま結界を解除した。
──ヒュンッ
ちょうど檻の外には先程のでっぷり貴族が立っていた。
「おお、ハッターよ。これ程のものを手に入れるとは大したものだな」
「いえいえ。この商品だけはぜひともボーリック伯爵に買い取ってもらいたかったのですよ。先の『アルマロスの至宝』を落とせなかったのは残念ですが」
「構わん。本物のエルフに比べたら、至宝ごとき。では、早速手続きを取る事にしよう」
そう告げてから、ジャラッと白金貨の入った袋をハッターに手渡す。それを確認すると、ハッターは右手に持っていた杖をアルフィンに向ける。
「権限の譲渡。ハッターよりボーリック伯爵へ‥‥」
──ブゥゥゥゥン
すると、アルフィンの首に着けられていた隷属の首輪が輝き、付け根の水晶球にボーリックの名が浮かび上がる。そして輝きが消えると、ハッターは杖を収めた。
「これで完了です。では、後はお好きなように」
ガチャッと檻を開けてアルフィンを引っ張り出すと、ボーリック伯爵はアルフィンの腕を掴んで建物の外に向かって歩き出した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
場所は変わって、中央区画・一般区の宿。
全ての手続を終えたポイポイが、三人の女性を引き連れて宿に戻って来た。
その間、三人娘は終始無言のまま、じっとポイポイに付き従っていたのである。
宿の最上階の一番広い部屋に入ると、ポイポイはスクロールを取り出して口に加え、両手で印をつないでいく。
「大気よ、その力を無力化し、音の広がりを断ち切れっぽい」
──ビシッ
遮音結界の巻物を発動して部屋全体を覆う。
そしてポイポイは椅子に座ると、ユミルたちに話しかけた。
「私の主人の命令で、あなた達を買い取ったっぽい。アルフィンさんって言えばわかるっぽい?」
まさかアルフィンの名前が出てくるとは思わなかったのだろう。
それまでの緊張感が一気にほぐれ、三人はその場に座り込んでしまった。
「で、では、私達は自由に?」
「あくまでも、三人はポイポイが買い取った奴隷という事にしておくっぽいよ。その隷属の首輪も、所有権はポイポイに移っているし。でも、アルフィンさんが、首輪の力を弱めたのでしょ? もう少ししたらアルフィンさんも合流するから、それまではここでゆっくりとするっぽいよ」
「グスッ‥‥ウワ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
緊張の糸が切れて、アイリスはその場で泣き叫ぶ。
その姿を、ユミルとメルセデスが抱きしめて慰めていた。
もう、虐げられた生活はない。
これで本当の自由になったのだと。
「後は、アルフィンさんがいつ戻ってくるか‥‥明日かな、明後日かな?」
首を捻りながら、ポイポイが部屋全体、廊下と窓の外まで闘気結界を広げていった。
あのでっぷり貴族の殺気が、この後で何かを起こすかもしれないと思ったから。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






