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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第10部・悪魔っ娘大騒動

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エデンの章・その10・商工会議所の攻防

 マチュアがカナン伯爵領に赴任して一月後。


 次々と暴かれていく不正行為に、心当たりのある人々は驚愕している。

 減税措置により、搾取される側であった殆どの人々は安堵の表情を浮かべているが、搾取する側としては到底納得出来る事ではない。


「はぁ。次の仕事は何だったかなぁ……」

「戸籍と言うものを作るのでしたよね?それは何ですか?」


 市内を視察しているマチュア。

 トロトロと絨毯に乗って飛んでいると、隣を馬でついて来るベクターが問いかけて来る。


 マルガレーテが司政官としての手腕を発揮してくれているので、マチュアの仕事は視察。

 街の中を飛び回り、領主としての顔を覚えてもらう。

 人々と直接話をして、困った事がないか聞いて回る。

 カナンでクィーンが行なっている事を、そのままなぞっているだけである。


「戸籍かぁ。簡単に言うと、家族や血筋の登録かな?」

「家族ですか……」

「そ。それを明確に記録する。子供が生まれたら出生届、死んだら死亡届を提出する。商工会議所に、戸籍課を作って、そこできちんと登録してもらおう。無届けの家は罰金、これで納税とかも明確にして」

「今でも、ある程度は登録されていますが」

「きちんと専門の部署を作ること。そこでは、それ以外の仕事はしない。業務内容を区分して、あれもこれもってやらない」


 淡々と説明しながら、商業区へと入っていく。

 後はいつものように、一件一件の店に向かって挨拶をすると、何か困った事はないか、要望はないかなどを聞いて歩く。

 魔族の領主という事もあって、皆一様に警戒しているのだが、それでも笑いながら話しているマチュアに、皆心を許し始めている。

 これが、マチュアの固有スキル『一期一会』の効果である。


 逢った時が別れの時、その気持ちを常に保ち続ける。

 それ故に、どんな者にも礼を尽くす事で、心から分かり合う事が出来る。

 広義の意味ではなく、古い茶道の教えの方であろう。

 故に、常に笑顔で話をしていると、相手も笑顔で答えてくれる。

『天衣無縫』のスキルとリンクして、マチュアのコミュニケーション能力を加速的に高めているのである。

 もっとも、マチュアはその効果を知る事はない。

 それ故、いつも通りに接しているだけである。


「市場原理を考えると……民間にも仕事を回した方がいい。信用に値する人達ならね……」

「民間に?」

「そういう事。金銭の絡む部分、例えば徴税とかは、領地の納税官などの役人の仕事としても、それ以外の部分なら、少しは回してもいいと思うよ」

「はぁ、そういうものですか」

「シカゴ学派って言ってね。競売入札制度もその一つと思っていいよ。まあ、明日の商工会議所での話し合いにもよるけれど」

 ニヤニヤと笑いつつ、商業区にあるヘスティア商工会議所へと向かった。


………

……


 商工会議所の議会場。

 そこには、領内の貴族を始め、様々な商会の重鎮も集まっている。

 税制改革を始めたマチュアが、競争入札を始めとする、さまざまな決まり事についての説明を行う為にやって来た。


「それでは、これより定例会議を始めます」

 初老の議長が演台に上がって宣言すると、彼方此方あちこちから拍手が起きた。


「まず、最初にご紹介します。新しくカナン伯爵領となったこの領地の領主、マチュア・カナン伯です」

 名を呼ばれたのでスッと立ち上がると、軽く一礼だけしてから席に座る。

 これには何も反応がないので、マチュアはのんびりと話を聞いている事にした。


「では、まずは最初の議題から……」

 最初のうちは近隣の領地や隣国との交易に関するもの、さまざまな商品の物価などについて、それらを取り扱うかどうかなどを話していた。


 そのうちに、話題が橋の修繕や荒れ果てた旧街道とかになると、今回は何処の商会が請け負うかなどの話も始まった。

 それはまた後程と言う事になると、今度はマチュアからの提案であった、領内においての、商工会議所でのさまざまな取り決めを教えて貰う番となった。


「初めまして。ヘスティア市場責任者のマグノリアです。カナン伯にはご機嫌麗しく……」

「丁寧なご挨拶ありがとうございます。マチュア・カナンです。では、まずは市場の仕組みについて、色々とお話を伺いたくてやって参りました」


 にこやかに笑うマチュアと、やや硬い表情のマグノリア。


「畏まりました。まず、何からご説明すれば宜しいですか?」

「まず、競りについて。ここのルールは王都と同じで?」

「いえ、ヘスティアは独自の競りのルールがございます。商会ランクによって、参加できる競りが違いまして」

「例えば?」

「そうですねぇ、例としてご説明しますと、サザシアの果実の競りがあった場合、一等級の商品は商会ランクの商人、二等級は交易ランク、三等級はそれ以下の商人の競りが認められています」


 この説明には、彼方此方あちこちのいい身なりの貴族や商人は頷いているが、奥の席に座っている商人達は不満そうである。


「あ、なら、そのランク制限は今度廃止するから」

「では、王都と同じ自由入札に戻すのですね?」

「そ。と言うことで、セリについては全て公平に宜しく」


──ダン‼︎

 これには、手前に座っていた貴族が机を叩いて立ち上がる。


「そんな事を勝手に決めないでもらいたい」

「悪いな、ここの領主は私だ。そもそもランクに応じた取引商品の制限なんて無用。競りは全てにおいて公平に。それが市場原理じゃないのか?」

「そ、それで良いのか?領主殿は、我々商会を敵に回してまで、自由な市場を開拓すると言うのか?」

「開拓も何も、王都と同じ。この領内だけ特別扱いなんてしないわ……それで儲からないって言うのなら、あんたらの努力が足りないだけ……と言う事で、特定商品の独占販売も禁止ね」


 これには、彼方此方あちこちの商会からも不平不満が出る。


「それは困ります。我が商会では、ある商品の独占販売によって財を成していた部分もあります……それを禁止されるとなると」

「その通りだ。貴方は商売の何たるかをわかっていない‼︎」

「伯爵と言えど、商人通しの話に口は出して欲しくはありません」


──ダン‼︎

 今度はマチュアが机を叩く。


「なら、エメラルドランクのカナン商会代表としても話をさせてもらおうか?その気になれば、ここの文句を言っている商会なんか潰すのは難しくないぞ?」

 商会カードを取り出してチラつかせる。


 予め調べてあった通り、ここの領内の商人はキャッツアイランクか大半、アレキサンドライトが二つしか存在せず、残りはオパールなどの個人商会である。


「そ、それは……」

「王都に行った事がある商人や商会なら知っている筈だ。うちの商品を格安で販売したら、おおよそ全ての商会は利益の殆どを失うぞ?うちはそれでも赤字にはならない……構わないんだな?」


 ニイッと笑うマチュア。

 これには殆どの人が度肝を抜かれた。


「……まあ、それは問題がありますので……」

「ええ、エメラルドランクの商会を敵に回してまで逆らう気など……」

「じ、自由な競りも良いものかと……」

「ええ、我が商会は、カナン伯の申し出を受け入れますが……」


 彼方此方あちこちでマチュアの申し出を受ける。

 だが、それでも引かない者もいる。


──スッ

 ゆっくりと手をあげる一人の女性。

「初めましてカナン伯。私は、領内の200家荘園を治めさせてもらっているリリアン・サラシーナと申します。我が荘園は、他の貴族の治める荘園にはない、独自の商品があります……」

 淡々と説明を始めるリリアン。

 まだ若い女性であるが、しっかりとした物言いで話を進めていく。


「それは絹織物です。これは他の地域では作り出す事が出来ない産物ですが、それの独占権を放棄しろと仰るのですか?」

「いや、そんなことは言わないけど?」


──ザワッ

 あっさりと否定するマチュアに、商人たちも驚く。


「むしろ、そう言う独自の売りを持っているのは大変結構。私が言いたいのは、その絹織物を一つの商会で全て買い求め、そこ以外では入手出来なくすると言う事。絹織物は、今はどうやって販売しているの?」

「殆どは大市場に卸しています。後、私の街、サラシーナ市の職人が彼方此方あちこちの個人店に卸しているだけでして……」

「それは、独占販売じゃなくてオンリーワン生産だからいいんでない?一つの商会で値段を釣り上げたりして価格を操作するのはダメ。ちゃんと市場に卸したものを、一つの商会が競りに参加して、努力して買い占めるのは構わないよ。そう言うのじゃない、市場を通さないで一つの商会に商品を全て卸すのはダメっていう事」


──スッ

 さらに別の商人が手を上げた。

「では、商会が職人と独自契約をして作り出している商品などは?これも独占契約に入るのでは?」

「まあね。けど、それは他所でも作れる物なの?」

「いえ、うちで扱っているのはガラス細工です。これは、職人を雇って、独自の技術を用いて作らせていますが」

「あ、そういうのはいいのよ。私が取り締まりたいのは、直接命に関わる部分、つまり食料品や薪などの燃料、ライフラインに対しての『悪質な独占販売』と不正な生産者の囲い込みの禁止ね」

「つまり、荘園の特産品はそれに該当しないという事ですか?」

「まあ……有り体に言えばそう。具体的に説明しますと……」


 そう告げてから、マチュアは後ろの壁に、予め用意した『独占禁止法』の概略を書いた羊皮紙を張り出した。

 日本の『私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律』を元に、ある程度は大雑把に作ったものである。

 同じものを大量に複製し、各商人にも配布する。

 ただし、羊皮紙ではなくコピー紙に複製したものである。

 それを参照しながら、一つ一つ説明を続ける。

 そして全ての説明が終わると、商人たちは皆、様々な反応をしている。


………

……


「こんな斬新な規則は聞いた事もないが……実に面白いではないか」

「商人と民、双方の利益に繋がるようにとは。確かに、民が栄えれば我々も儲かる。前任領主とカナン伯は、考え方が逆なのですなぁ」

「それと質問。この、公正取引委員会というのは、伯爵様が代表として行うのか?」


 その問いかけには、軽く頷く。


「正確には、私が選りすぐった人材に委任します。私は最終決定権を持ちますが、基本的にはお任せする予定です。まあ……嘘を見破る魔道具も持っていますし、違反した者を通報する魔道具なども『作れます』ので……」


──ゴクッ

 この説明には、誰となく息を飲む。

「あ。あの、いきなりこのような難しい規則を施行されて、もし間違って違反した場合とかも罪になりますか?」

「それは公正取引委員会が決定しますが、まあ、いきなり締め付けてもアレですので、ちゃんと警告なども行うようにしますね。警告を受けたらすぐに改定すること、それでも無視した場合は、次はちゃんと処分します。罰金だったり、市場の参加を一定期間行えなくしたり……」

「それは手厳しいですなぁ」

「まあね。けど、そういう事を皆が守っていれば、全て利益に還元されますよ。後日、各商会にも正式な書面で通達しますので」


 そう説明を終えると、また他商会の報告などが続く。

 そこでも、街道整備や河川の堤防修復などの話が盛り上がってくるが。


──スッ

「あ、あの、カナン伯、この整備などの事業は、現在は大商会が一手に引き受けていますが、これも競りでどうにか出来ないのですか?」


 おずおずと挙げられた手。

 そして勇気ある発言。

 これには、最前列の大商会や商人たちがざわめく。


「それこそ、公共事業は古い慣わしがある……いくらカナン伯でも、そこにはテコ入れしないでしょうなぁ」

 ニマニマと笑う最前列勢。

 ならばと、マチュアは壇上に立つと、次の羊皮紙を貼り付けていく。


「我がカナン伯爵領は、今後、公共事業全てを入札制度とします」

──ブホッ‼︎

 この宣言には、またしても最前列勢が噴き出した。


「そ、その入札制度とは一体何なのだ?」

「いやぁ、簡単な説明しますよ、では、資料を配布しますので……」


 綺麗に纏めてホチキスで固定した書類を配布する。

 そこで、マチュアは『競争入札』についての説明をゆっくりと始めた。

 基本的な競争入札は『売買・請負契約などにおいて最も有利な条件を示す者と契約を締結するために、多数の契約希望者に内容や入札金額を書いた文書を提出させて、内容や金額から契約者を決める』方法である。

 これを説明すると、彼方此方あちこちから様々な質問が行われた。


………

……


「あ。あの、これでは、資金力や技術を持たない商会は、この競争入札には参加できないのでは?」

「何をいうか、実に公平ではないか?」

「いやいや、流石はカナン伯。いい規則ですなぁ」

「これだと、大商会が口裏合わせて仕事を融通し合うのが目に見えていますわ」


 などなど。

 様々な意見が出てくるのは当たり前。

 だが、一人の商人の問いかけに、場の空気が変化する。

「それで、この『最低制限価格付き予定価格内最廉価格』とは?」

「あ、予め、こちらで予算や工事期間を精査して、このぐらいの金額ならっていう予定価格を決定します。これは私のみが書面に留めて、こう収納魔術フリーポータルに保管します。この金額以下で最低制限価格を上回る一番安い業者が、落札となりますので」


──ブホッ

 またしても吹き出す大商会チーム。


「そ。それなら、お互いに価格を取り決めて、仕事を融通しあう事が出来ないではないか?」

「それやると談合って言って、公正取引委員会で調査入りますよ。さっきもこの話はしましたよね?私の規則が施行された時点で、商会は共に切磋琢磨するライバルです」

「しかし、それでは工期や予算が合わない事も出るだろう?」

「あなたたち大商会の利点は、それらについてのノウハウを持っている事。予算をうまくやりくりして、小さな商会に下請けで仕事を回せば、それはやがて自分たちの利益に戻って来ますよ?」


 この瞬間、それまで文句を言ってきた大商会も、少しだけ襟を正した。

 お互いの顔を見合わせて、ゴホン、と咳払いしたり、目を合わせない者達もいる。


「まずは、今回の提案から始めましょう。後々には職人の技術を守るための『特許制度パテント』や、銀行制度も作りますが。まあ、まずはここまで」


──ペコッ

 そう説明して、マチュアは後ろに下がっていく。

 既に教会税は撤廃されており、人々の生活はわずかながらに有利になった。

 この後ものんびりとした話し合いが続けられると、夕方には会議は終了した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 数日後。

 カナン伯爵領・政務事務所では、新たに税務課と戸籍課が作られていた。

 税務課には、以前と同じくフランが就任し、戸籍課には新しく雇った職員がつく事になった。

 マチュアはベクターに指示をして、戸籍課の職員と共に領内を飛び回りながら、戸籍についての説明をするように命じた。

 そしてベクターは、マチュアから預かった簡易型クリアパッドを使って、領内の各地を巡り、一軒ずつ戸籍の登録を始めた。



「……マルガレーテ、今の所の状況で、何か問題はあるかな?」

 執務室の椅子に座って、呑気にティータイムを楽しんでいるマチュア。

 すると、マルガレーテも首を左右に振るだけである。


「特に何もありません。強いて言うなら、カナン伯爵領の新しい方針を、他の伯爵とかが興味本位で調べているぐらいですねぇ」

「へぇ。別に聞いてきたら教えてあげるのに……」

「それはほら、カナン伯に借りを作りたくはないのでしょうねぇ。少なくとも、この一月ほどで、カナン伯爵領内の人々の生活がほんの僅かだけど豊かになったのではという報告はありますね」


──スッ

 差し出された報告者を眺めると、全体的に消費が増えている。

 少しだが、領内の人々の生活が豊かになった証拠であろう。


「街道整備はどうなってるの?」

「初めての入札も終わりました。マンティス商会が落札し、現在は下請けの技術者が調査をしている所ですが、少し問題が発生したようで」

「問題?」

「はい。街道整備区画の一部が、南方森林地域に近接した位置にありまして。最近になって、コボルトの群れが村を作ったらしくて、街道を通る商人や冒険者を襲っているようです」


 まあ、ここまでは何処にでもある普通の事件。

 カナンやジ・アースでもありふれた話なのだが。


「そんなの、冒険者に依頼がいってないの?」

「……相手がただのコボルトなら良かったのですが。特異型の長がいるのを確認したそうです」

「特異型?そりゃなんだ?」

「ごく稀に存在する、魔族や亜神の加護を受けたコボルトです。それがいる群れ全ては、特異型の持つ恩恵にあずかれてしまいます。確認されたコボルトは、知的にもかなり高く、コボルトウィザードやコボルトプリーストも確認できています」


 なるほどねぇ。

 そりゃあ危険だわ。

 しかし、その程度のモンスター討伐にもいかないとは。

 この世界の冒険者、ゆるくない?


「ギルドに依頼は出ているのでしょ?」

「ええ。ですが、それよりも条件の良い依頼が最近は増えまして……」

「へぇ、どんな奴?」

「街道整備の作業員です。落札した商会が、作業員補充のために依頼を出したもので……コボルトの群れが確認されたのはその後なので、有力な冒険者が他の依頼期間と被って……」


──パチン

 思わず額を叩くマチュア。

「しまったぁぁ、そう来るかぁ」

「ええ。残った冒険者はランクが低くて、向かっても全滅必死、どうしたものかと」

「領内の騎士団……はダメか。しゃーない、私が行くしかないか」

「ええ、それと、王都からも召喚勇者様の招集状が届いていますが」


──スッ

 差し出された書簡には、王国の封蝋がしっかりと施されている。

 それを受け取り、指先から細く伸ばした魔力でピッ、と封を剥がすと、中身を取り出して読み始める。


「ふむふむ、南方の領土奪回の協力要請かぁ……」


 高校生チームにはまだ荷が重い。

 確実に相手を殺すと言う、戦争の風景を目の当たりにするから。

 しかし、ここで何もしないと、彼ら三人の帰還の制御球オーブに魔力が溜まらない。

 これはどうしたものか。

 マチュアが出張ると、頼られてしまい、彼らが帰るタイミングを失う。

 それだけは避けなくてはならない。

 最悪の手も考えてはあるのだが、それは下策中の下策、成功確率もとんでもなく低い。


「まあ、コボルトの群れは私が見て来ますわ。その後で、一度王都に戻ります。留守は任せて宜しいですね?」

「かしこまりました。それでは、こちらの地図をお持ちください」


 マルガレーテが差し出した地図には、コボルトの群れが村を作っている場所が記されている。

 斥候隊が確認してきたらしく、まさに奴らの村のすぐ外に街道の一つが通っている。


「ありがとさん。そんじゃあ行ってくるわ」


 地図を空間収納チェストに放り込んで、マチュアは屋敷を後にした。


………

……


 街道を進み、南方森林に入る。

 ここは果樹を始めとする、さまざまな森の恩恵を受けられる。

 森の奥にも小さいながら城塞に囲まれた街があり、そことヘスティアを繋ぐこの街道が、モンスターの襲撃で使えなくなるのは痛い。

 しばらく進むと、横に抜ける小道に入る。

 そこから先の広い草原が、コボルトたちの村らしい。


「……はぁ、村というかなんというか、街?」


 目の前には、石造りの巨大な城壁が立っており、その上に武装したコボルトが周囲を見渡している。


『ウォンオオゥゥウウウオゥ‼︎』

 マチュアを見たコボルトは、低い唸り声を上げてから、姿を消す。


「……まあ、普通は警戒するよなぁ……さて、どうしたものか」

 ポリポリと頬を掻くと、すぐさま城門の落し扉がキリキリと巻き上げられて行く。

──ガサガサッ

 開いた城門の向こうからは、軽装のレザーアーマーに身を包み、槍や剣を構えたコボルトたちが姿を現した。


「あ〜。深淵の書庫アーカイブを体内発動、言語翻訳開始と……もしもし、私の言葉がわかりますか?」

「魔族、真祖トゥルース、ここに何しに来たですか」

「おれ達、南からここにいけと言われた」

「ここの人間、好きにしていい、魔族に言われた」


 はぁ。

「南というと亜人種の国か。そこで、魔族にここに向かえと言われたのね?」

「そうだ。マキャベリさまいった」

「北の大地はコボルトにやると。だから、俺達来た」

「ここに村作った、もうすぐ仲間も来る」

「なのに、真祖トゥルースさま、ここに来た」

「ここも、俺たちの国はダメか?」


 あまり好戦的ではない雰囲気を感じる。

 なら、ここは丸め込もう。

──バッ

 一瞬でルナティクス装備に切り替えると、翼と尻尾を伸ばしてニィィッと笑う。


「よく来たなコボルト達よ、ここは人の国、そして私、マチュア・カナン伯爵領だ。君達コボルトを、私は受け入れよう。人間と共存し、共に繁栄を続けようではないか‼︎」


 雄弁に語るマチュア。

 すると、コボルトたちも装備を外し、マチュアの前に集まり始めた。

 ワラワラと集まった人数、およそ60ちょい。

 その中でも体躯のでかいコボルトが、マチュアの前に立つ。


「我々コボルトは、魔族の言葉には従う。マキャベリさまも魔族だが、三本ツノ、マチュアさまは真祖トゥルースさま、真祖トゥルースさまの方が偉い、真祖トゥルースさまの言葉は絶対……」

「俺達、人襲わない。森で狩りをする」

真祖トゥルースさま万歳」

「俺たち真祖トゥルースさまの領地に住むこと許された、人と共に生きる」


 尊敬の眼差しでマチュアを見ながら、それぞれが頭を下げる。

 なので、マチュアはとどめの 一押し。

 城門に魔力で『カナン伯爵の認めたコボルトの村、手出し無用』と書き記す。

 そしてコボルト達にも。


「この街道を通る人間は襲っては駄目。いいこと?ここは人間の領地、私は魔族だけどここを統治するように言われた。だから、人間には手出しをしないで」

「わかった。人のいない時に、森に狩りに行く」

「人から奪ったものは返す、小屋に入っている」

「ならよし。とりあえずはそれで終わらせるから。それじゃあ、人が襲って来たりしたら、城門を閉じてから……」


──ゴソゴソ

 取り出したる普通の水晶。

 これに念話を付与し、コボルトシャーマンに手渡す。

 それを受け取ると、シャーマンは不思議そうに見ているので。

「これに魔力を注ぐと私と話が出来るから。それで連絡して。人に襲われたり、緊急時にね」

「わかった。では、ありがたくいただきます」

 水晶を両手で掲げながら、シャーマンが頭を下げる。

 これでここは問題なし、マチュアは一旦街に戻ると、コボルトたちの件について、冒険者ギルドへと報告する事にした。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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