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エデンの章・その2・街の暮らしと冒険者と

──サクサクサクサク

 サザシア売りのおっちゃんの店の横で、マチュアはのんびりと、サザシアの皮を剥いている。

 ただ待っているだけではつまらないからと、何か手伝う事はないか尋ねてみたら、これなら出来るかいと聞かれたのが、サザシアの皮剥き。


──ザクザクザク

 拳大のパイナップルのような果実で、皮が硬い。

 やり方は一度見せてもらったので、後は大丈夫と告げてから、ミスリルの牛刀を空間収納チェストから引っ張り出して、サクサクと剥いている最中であった。


──ザクザク

「お嬢ちゃん、名前は何てえんだ?」

「ふえ?マチュアだけど?」

「へぇ、血統名リネージのない魔族は珍しいなぁ。隠し名か?まあいいや。しかし、皮剥くの上手いなぁ。俺よりも手際よくないか?」

 それは、包丁の切れ味が良いからだと言いたかったが、敢えて笑って誤魔化す。


──ザクザク

「それで、戦闘召喚って何ですか?」

「ああ、マチュアたち魔族の住む鏡刻界ミラーワーズの住人を召喚して、傭兵契約する為の魔法だよ」

「勇者召喚のようなもの?」

「はっはっはっ。構築する魔法陣は同じだが、詠唱構文が違う。それに、戦闘召喚は高位の魔術師なら詠唱可能だが、勇者召喚は選ばれた血筋にしか出来ないからなぁ」

 ほうほう。


「傭兵契約という事は、条件が合わないと契約できないの?」

「そ。金だったりレアな触媒だったり、モンスターの稀少部位だったりと、色々な条件がある。それが合わないと契約不可能で、魔族は帰還する。まあ、この時に隷属魔術を使って、強制的に魔族を奴隷化する奴もいるから。気を付けた方がいいぞ」


──サクサク

 皮を剥き終わったサザシアの実を、横の壺に入れていく。

 半分まで入れたら、ワインと蜂蜜を注ぎ込み、蓋をする。

 また別の壺を取り出して、サザシアの実を剥き始める。


「私のように、ふらふらとしている魔族は珍しいの?」

「隷属されていない、自我を持って生活している魔族は、こっちにはなかなかいないなぁ。傭兵の契約期間が終わって、鏡刻界ミラーワーズに戻らない魔族は滅多にいないし。……まあ、珍しいってだけで、いない訳じゃないから」

「なら、冒険者登録している魔族は?」

 そう問いかけると、驚いた顔をする店主。

 そんなに珍しいのかと首を捻るが。


「この国では殆ど聞かないなぁ。いるとしてもガーランド国かザナドゥぐらい、パルコ・ミラーは人類至上主義なので。戦闘召喚禁止だからなぁ……」

 ふむふむ。

 色々な話が聞けて満足である。

 そこまで理解出来たら、後は何とかやっていける。

「こっちの世界で、魔族って本当に珍しいんだね?」

「まあな。俺達人間よりも上位種で、魔素の薄いこっちじゃあ、本来の実力が出せないらしいし。それでも、人間の何倍も身体能力や魔力があるから……怖がられているのが普通だよ。特に……」


──スッ

 店主は、マチュアのツノを指差す。

「前に伸びる『フロントカバー』のツノは、魔族でも最上位種を示すんだぜ。一般の魔族は『バックスタイル』で、生えている場所は様々だけど、頭上もしくは後方に伸びるツノが一般的だな」


 他にも、左右に伸びる『サイドスタイル』や、額から前に伸びる『ユニホーン』、額上部や側頭部に小さくある『スモールホーン』などもある。

 本数は多ければ上位種で、最高の本数は五本。

 それでも、フロントカバーの一本ツノの方が上らしい。


「へぇ。ツノの形にもそんなのあるんだ」

「マチュアちゃんのは、フロントカバーというよりも『真祖トゥルースに近い形だよなぁ。まあ、俺達人間には殆ど関係ないから、心配しなくていいよ……と、客だな、ちょいと済まないな」


 そう話して、すぐさま店に戻る店主。

 そのまま忙しくなってきたので、マチュアはのんびりとサザシアの皮剥きを続けていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 やがて日が暮れ始める。

 丁度、店の方も今日の分が売り切れてしまった為、本日の営業はおしまいとなった。

 売り切れの看板を掛けてから、店主もマチュアの元にやって来て、のんびりと皮剥きを始める。



「しかし、魔族って便利だよなぁ。マチュアちゃんみたいに、収納魔術フリーポータルが使えるから」

「へ?」


 突然の振り。

 これにはマチュアも驚いた。


「さっき、包丁を取り出していただろう?あれは、魔族固有魔術の収納魔術フリーポータルじゃないのか?」

「そうだけど……へぇ。人は使えないのかぁ……」

 驚きの声を上げてみる。

 すると、店主もコクコクと頷いている。


「まあな。でも、高位魔術師が、収納魔術フリーポータルを解析して、カバンや大袋に同じ効果を付与出来るようにはなったが。それでも容量は小さいし、付与代金は高いし、レア度の高い触媒も必要だから……俺達なんで、一生掛かっても手に入らない代物だよ」


 ふむふむ。

 この世界で徘徊している魔族は希少である。

 それに、こんなに色々と教えてくれるこの人は、良い人認定をしてあげよう。


──ゴソゴソ

 空間収納チェストの中に手を突っ込んで、販売用に作った、そこそこの収納スペースを付与した拡張エクステバッグを探し出す。

 それをスポッと取り出すと、にこやかに店主に差し出す。


──ポン

「色々と教えてくれたからお礼。受け取って」

「へぇ。上質な皮を使っているなぁ……と、お、おお、おい、これって」

収納ポータルバッグだよ。私、魔族の錬金術師なので、この程度なら簡単に作れるんだよ。この世界の事を教えてくれたから、お礼にあげるよ」

 そう説明するものの、店主は袋をじっと見て考え込んでいる。


「魔族の価値観が、俺たち人間とは違うっていうのはよく聞くんだが。本当なんだなぁ……この収納ポータルバッグの価値を知っているか?」


──ブンブン

 力一杯、頭を左右に振る。

 すると、店主はハァァァァッと溜息をつく。


「こういったマジックアイテムを作れるのは、魔族とエルフのみ。それも、マチュアみたいな希少価値のある錬金術師のみだ。人間でも、長年研究している人はいるが、ここまで精巧なものは作れない。これ一つで、大白金貨五枚の価値はあるからな」


 つまり白金貨五十枚。

 白金貨一枚が金貨百枚として、金貨五千枚の価値。

 まだ為替レートがわかっていないが、カナンレートにすると五億円なり〜。


「ふぅん……」

 あんまり興味ないように返事をする。

 すると、店主が、収納ポータルバッグをマチュアに戻した。


「そういう事だよ。だから、これは取っておきな。俺の事なら気にしなくてもいい。客にサービスしている延長と思えばいいし、何より魔族と話するなんて久しぶりだからな」


 なら、素直に受け取ろう。

 拡張エクステバッグをしまうと、代わりにマフィンを四つ取り出して手渡す。

 そしてマチュアも一つ取り出すと、モグモグと食べ始めた。


「これは……パンか?それにしては柔らかいな」

「マフィンって言う、パンケーキですよ。これなら受け取ってもらえますよね?」

「まあな。こう言うのがいいんだよ……モグッ」

 一口食べると、店主の手が止まる。

 そしてマチュアをじっと見る。


「これは、どこで買ってきたんだ?」

「手作りですよ。私の手作り……」

「へぇ、なら良いか。こんなに美味いお菓子を売ってたら、うちの商売が成り立たなくなっちまう」

「サザシアの蜜漬けも美味しかったですよ……では、色々とありがとうございました」

 残りのマフィンを口に放り込むと、パン屑をパンパンと払って立ち上がる。


「良いってことよ。それじゃあ気をつけてな」

 威勢良く告げる店主に頭を下げると、マチュアはのんびりと街の中を歩いて行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 夜の帳がすっかり下りる。

 街の中にある街灯には、役所の巡回魔術師が、光球ライトの魔法を灯して歩いている。


 その明かりの中、マチュアは取り敢えず宿屋へと向かう。

 通りを歩いている人々に道を聞きながら、どうにかこうにか大きめの宿にやって来た。


「はぁはぁ……街、広すぎ。と、ここか、冒険者や商人御用達の宿は……」


 看板の文字は『黄金の夜明け亭』。

 おいおいマジかよと疑ってしまう名前だが、店内から聞こえてくる楽しそうな酔っ払いや客の声、吟遊詩人の歌声が聞こえて来る所を見ると、真っ当な酒場兼宿屋である事が伺える。


 開けっ放しの入り口をくぐると、予想通りに、一階は酒場を営業していた。

 広いホールには、大量のテーブルと酔っ払い、奥のステージでは、綺麗なエルフの歌姫が、のんびりと歌を歌っている。

 入ってすぐ直ぐ右に、宿の受付カウンターがあったので、まずはそこから。


「いらっしゃい、魔族の客とは珍しいなぁ。飯か?酒か?」

「いえ、泊まりで。一泊いくらですか?」

「一泊なら銀貨三枚。十日なら二十五枚だが、とうする?」

 お、連泊割引だ。

 なら、それに乗ってみよう。


「なら十日で。食事は?」

「別料金だよ。腹にさえ入れば良いなら、大銅貨五枚。後はまあ、メニューでも見て考えてくれ。部屋は三階の奥になるよ」


──コトッ


 部屋番号の刻まれた鍵を渡されると、すぐさま空間収納チェストから大銀貨二枚と銀貨五枚を取り出して支払う。

「へぇ。収納魔術フリーポータルか」

「お陰でこの通り、手ぶらでね。それじゃあ、ありがとね」

 横の階段をのんびりと登っていく。

 トントンと三階まで上がると、鍵に刻まれた部屋番号を確認して、部屋に入る。


「へぇ。大体六畳一間ぐらいの大きさかぁ」


 ベッドとテーブル、椅子がふたつ。

 クローゼットもあるが、それほど大きくはない。

 冒険者や商人が使えるようにと、フロア部分は大きめに取ってあるようだ。


──フワッ


 光球ライトの魔法で部屋を明るくすると、まずは室内の確認。


魔法感知ディテクトマジック……反応はない。次は……」


 範囲浄化ピュアリファイと広範囲適性防御、敵対者警告の三つを発動。

 さらに、深淵の書庫アーカイブを発動して、この三つを一つの魔法に合わせる。


深淵の書庫アーカイブ起動。範囲浄化と適性防御、敵対者警告の三つを一つに融合……警備保障アルソークを新たに作成……よしよし」


 これで、いつでも室内を監視できる。

 これでやる事は終わった。

 なので、次の仕事は一つ。


「ストーム式情報伝達術。通用するかわからないんだよなぁ……」


 テーブルで羊皮紙を広げると、今のマチュアの状況を事細かに書き込む。

 これを空間収納チェストに放り込むと、あとは返信が来るのをじっと待つ。

 ストームが異世界に迷い込んだ時の戦法なのだが、どこまで通用するのかわからない。


「……創造神の加護は残っているから、別世界という事はない筈……となると」


 もう一度、おさらい。

 創造神の八つの世界は次の通り。


 最初の転移先、カリス・マレス

 ストームの向かった地球、バルクフェルデス

 マチュアが大使を務める地球、フェルドアース

 真央と善の地球、ルーンスペース


 そして滅びし世界が次の四つ。

 銀の鍵の世界、カルアド

 虹の鍵の世界、ジ・アース

 クロゥリーの故郷、滅びし世界グランアーク

 そして残り一つ。


 マチュアの転移が通用しないとなると、滅びし世界かルーンスペースである事は確定。

 カルアドは人がいない、ジ・アースとは文化が異なる、地球ではないとなると、ここはグランアークか、もしくはもう一つ。


「むぅ。繋がらない可能性があるか……この状況を考えて、向こうの仕事は……あれ?」


 カナンの仕事はシスターズでなんとかなる。

 地球の仕事も、異世界大使館でどうとでもなる。

 ジ・アースについては職場放棄、レオニード達がいるからなんとでも……。


「あ、世界の天秤、皿持って来たまんまかな?」


 ウィンドウを開き、加護を確認する。

 すると、ジ・アースで手に入れたはずの加護が失われている。

 すぐさま空間収納チェストの中身も確認するが、世界の天秤の右皿は無くなっていた。


「うおぅ。という事は、近くのレオニードに移ったかな?なら良いか……あれ?」


 ふと考える。

 カナン、地球、ジ・アース……何処も、マチュアが居なくても普通に機能していると思われる。

 なので、もう開き直る事にした。


「うん。急いで帰るのやめた。取り合えずは帰る手段を探しつつ、のんびりと生きますかぁ」


──グゥゥゥゥ

 そう考えると、突然腹が減ってきた。


「まずは。この世界の食事を堪能しますか……」


 腹が減っては戦ができない。

 マチュアは部屋から出ていくと、まっすぐ一階の酒場へと降りて行った。


………

……


 階段から降りて酒場へと移動する。

 テーブルの隙間を歩いていると、時折、マチュアを見てギョッとしている人々がいる。

 だが、そんな事は気にせずに、適当な席に座ると。


「いらっしゃいませ。何か食べますか?」

「オススメはありますか?」

「ん〜、魔族の方が食べれそうなものですか?」

 そう告げると、店員が頭を捻りながら何かを考えている。


「あ、なら、エールとパンと、後は肉料理を下さい」


──ザワッ

「え? 食べれるのですか?」

 マチュアの話に、興味を持った客や店員が驚いている。

 なになに?

 魔族の食事って何?

 霞でも食べて生きてるの?


「え〜っと。私みたいな魔族が食べるものって、貴方達は何か知っているの?」

 素知らぬふりで問いかけてみると、帰ってくる答えにマチュア自身がビビった。


「ええ。以前は、戦闘召喚された傭兵魔族の方がたまにくることはありましたから。確か、魔族の食事って人の精気とか、魔力結晶体とかですよね?」

「……ふぁ」

「あ、果物は食べますよね?肉食すると狂化するので、私達の世界では肉食しないのが普通ですよね?後は……お酒は大丈夫と聞いてますし……」


──ピッピッ

『魔族について:情報不十分』

『狂化について:情報不十分』

『魔族の食事 :情報不十分』


 あ、ヘルプも機能しない。

 と言うか、情報が足りないのか。


「大丈夫よぉ。狂化なんてしないから」

「本当に?」

「本当よ。他の魔族は知らないけど、私は節度あるから」

「ええ。それでは……本当ですよね?」

 厨房に向かう途中に、店員が立ち止まって振り返り、再度マチュアに問いかける。


「本当本当。早くお願いね」


 それではと、店員は厨房に駆け込んでいく。

 暫くは店内の様子を伺いながら、のんびりと料理が届くのを待つ。

 店内のあちこちで、マチュアの事をヒソヒソと話している声も聞こえてくるが、そんなのは聞かぬ存ぜぬで押し通す。


──ゴトッ

「お待たせしました。エールとパンと、ティラクッカーの煮込みです」

 深めの皿に入っている、ホロホロになりそうなぐらい煮込まれた鳥のような肉。

 まずはエールで喉を潤すと、早速一口煮込みを食べる。


──パクッ

 薄口の塩味。

 何と野趣溢れる味わいであろう。


──スッ

 もう一味欲しいと感じたマチュアは、空間からマスタードと醤油の入っている壺を取り出す。

「後は。マヨネーズ……これをこうして……」

 皿の隅っこにマヨネーズとマスタードを盛り付け、中には少しだけ醤油を垂らす。


「ホムッ……ムグムグ……思った通りだ、美味い‼︎」


 見たことも聞いた事もない調味料。

 それを空間収納チェストから取り出して、味わいに変化を持たせる。

 そのマチュアの食べ方に、彼方此方あちこちからゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。


「エールのお代わりをください‼︎」

「はいは〜い。本当に狂化しないのですねぇ」

「そう話したでしょう?」


 そんな話をしながら、マスタードの追加をする。

 そしてエールが届くと、マチュアはすぐさま肉にマスタードをつけて口の中に放り込むと、すぐさまエールを喉に流し込む。


──コキュゴキュッ

「ぶはー。美味いわ……と、どうしたの?」


 マチュアが取り出した調味料の入っている壺を、じっと眺めている店員。

「この、いい香りのする壺はなんですか?」

 あまりにもマチュアが美味しそうに食べているのと、壺から流れてくる香りに、思わず食いついたらしい。


「これはマヨネーズ、これはマスタード。こっちは醤油だね。こっちの世界にはないの?」

「聞いたこともありません。食べ物ですか?」

「当然。人間でも食べられるわよ。食べてみる?」

 そう問いかけながら、一切れの肉にマスタードをつけて、フォークごと刺して渡す。


「え?食べても狂化しません?」

「人間が狂化するって聞いたことないわぁ、どうぞ?」

 そう告げられると、恐る恐るフォークを受け取って。


──パクッ


「モグモグ……あ、なんですかこれ?辛い。けど、お肉によく合う味ですねぇ?」

「そうでしょう。

「これだと、焼いた腸詰めとかにも合いそうですね」

「ええ。腸詰めがあるのなら、少し焼いてくれますか?」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 丁寧に頭を下げてから、厨房に走っていく。


 異世界転移三回目のベテラン転移者となると、新しい世界でやる事など何となく理解している。

 その上での、マチュアの方針は一つ。


『異世界の胃袋を掴む』


 古今東西のラノベを熟知している、マチュアの出した結論である。

 どれだけスキルや能力がチートしていても、料理ならばいくらでも誤魔化しが利く。


──ジュゥゥゥゥッ

 やがて、ソーセージの焼けた香ばしい香りが流れてくると、マチュアの目の前に焼き立ての腸詰めが運ばれてくる。

 横には茹でたジャガイモのようなものが添えられている。


「……これは。フォークではない‼︎」


──ズボッ

 空間収納チェストに手を突っ込むと、黒塗りの箸を取り出す。

 そして、衆人環視の中、巧みに箸を使い、マスタードやマヨネーズ、醤油を垂らしてのんびりと腸詰めを堪能していた。


 しばし食事を楽しんでいると、近くの席に座っていた商人のような出で立ちの人が、マチュアの元にやって来る。


「初めまして、魔族さん。私はマルイ・イマーイと言う交易商人です。お話よろしいですか?」

「あ、どもども、なんちゃって魔族のマチュアです」

「なんちゃって?それが貴方の血統リネージですか」

「ん……近い。固有識別?まあ、それは置いておくとして、マチュアで構いませんよ」

 気軽に、笑いながら話をしていると、彼方此方あちこちの席でも聞き耳を立てているのがわかった。


「先程から伺っていましたが、その壺に入っているものは何ですか?」

 興味津々に問いかけてくるので、マチュアはニイッと笑う。

「これはマヨネーズ、こっちはマスタード、これは醤油ですね……」

 すぐさま店員に取り皿を三つ頼むと、取り皿に小分けして商人の前に差し出す。

 ナイフを取り出して、焼きたての腸詰めを切り分けると、それも勧める。


「どうぞ味見してください。鮮度の関係で、マヨネーズは長期間や常温での保存はお勧めしません。ですが、醤油とマスタードはある程度の保存が利きます」

 淡々と説明する。

 すると、マルイも恐る恐る味見を始める。


──ピリッ

 初めて食べるのだろう、マスタードとマヨネーズの味わいに驚きの表情をしている。

 そして醤油の味見をすると、何かウンウンと感心している。


「ソイソースは東洋の醤に似ていますね。でも、こちらの方が上品でエグ味がない。マスタードとマヨネーズは初めての味わいです……うんうん」

 感心しているマルイ。

 すると、別の席の商人達も集まってきて、味見を始めた。

 皆一様に、ウンウンと唸ったり顔を見合わせてあーだこーだと話し始めた。


「……この三つの壺ですが、売る気はありますか?」

 ほら、食いついた。

「販売しても構いませんが、私としては後々は商人として、ギルドに登録したいと考えています」

「これの仕入れ先はどこです?」

「手作りです。全て私のオリジナル、仕込むのにはそれ程時間もかかりません。それで、これを買いたいのですか?」


──コトコトッ

 そう問いかけながら、それぞれ三つずつ、合計九つの壺を取り出して並べる。

 すると、商人達は集まってなにやら相談を始めた。


 やがて相談が終わったのか、代表者がマチュアに一言。

「では、纏めて九つ全て買い取ります。値段はおいくらになりますか?」

「さぁ?皆さんにとっての価値がどれぐらいなのか、見当もつきません。壺一つにつき、いくらの価値を付けてくれます?」


「一つにつき金貨一枚、全部で九枚では?」


──ピッピッ

『マヨネーズ:マチュアが作った手作りマヨネーズ。新鮮な卵などを使用するため、エデンではまず手に入れることができない。一壺、金貨十五枚』


 よしきた。

 商人達が値段をつけてくれたので、この世界での価値や金額が表示された。


(金貨十五枚ということは、大金貨一枚と金貨五枚。目測で計算して……銅貨一枚十円、銀貨一枚千円、金貨一枚十万円てところか……まだ流通していないから価値が高いだけで、数が回り始めたら、金貨一枚ぐらいなんだろうなぁ)


 そう考えて、こっそりと後ろの商人を見る。

 何名かは、マチュアに気づかれないようにニヤニヤと笑っている。


「壺一つ大金貨三枚、全部で大金貨二十七枚だね」


 力一杯吹っかける。

 すると、商人達も驚きの声を上げる。


「そんな値段では無理だ。赤字になってしまう」

「でも、相談して買いたいという話になったのでしょう?つまり買ってくれる相手がいる。なら、このあたりは妥当では?」

「いやいや……なら、金貨五枚では?」

「大金貨二枚と金貨五枚でしょ?桁が違うぜぃ」

「むぅ。少し待ってもらえますか?」

 スッと手を上げて、再び後ろに下がる。

 そしてあーだこーだと話をしているのを、マチュアはのんびりと待つ。


「では、壺一つ大金貨一枚。まとめて大金貨九枚では?」


 お、いい線持ってきた。

 なら、揺さぶろうではないか


「いいところに持ってくるなぁ。で、どの人が『鑑定眼』のスキル持ち?」


──ビクビクッ


 その場の商人達が驚きの顔を見せる。

 何名かは、一人の商人をチラチラッとみている。


「やっぱりねぇ。私も鑑定眼持ちなので、相場の有無はわかりますよ。それで、どうします?現在のこいつの価値は、金貨十五枚ですよ?」

「それは売値であり、こちらも商売を考えなくてはならない」

「けど、流通や原材料を無視して仕入れ出来ますよね?これを大金貨九枚で仕入れて、一つ金貨十五枚で売ったら、売値は金貨百三十五枚。四十五枚も儲けるじゃないですか?」


 そこまですぐさま告げると、彼方此方あちこちの商人が困惑している。


「な、何故そこまで計算が早いんだ?」

「魔族だからって馬鹿にしないでください。こう見えても暗算ぐらいはすぐに出来ますよ?さあ、どうしますか?」

 そう問いかけるが、やはり先程の値段は限界らしい。


「やはり、大金貨九枚だ……これ以上は無理だな」

「ではそれで結構。どうぞ」

 あっさりと条件を飲む。

 これが引き際だろうとマチュアも考えた。


 すると、すぐさま商人達は大金貨を取り出して支払う。

 それを一枚一枚確認してから、壺を九つ手渡す。


「毎度ありぃ。それでは、またの機会に是非どうぞ」

「ぁぁ。君がしっかりとした商才を持っているのは理解したよ。今後もよろしくお願いしよう」

 マルイ氏がそう告げるので、マチュアは軽く手を振った。

 そして別のテーブルに移動すると、商人達は自分達の取り分を話し合い始めた。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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