悪魔の章・その40・ルフト王の計略
マチュアと棚橋は、深淵の回廊から戻った後も、しばらくはカナン魔導連邦に留まっていた。
最初の数日は異世界大使館で仕事をして、そろそろ戻ってくるんじゃないかというタイミングで、馴染み亭に戻ってきた。
「ふぅ。やっぱりこっちの方がしっくり来るんだけどなぁ」
ベランダ席でのんびりとシードルを飲みながら、街行く人々を眺めている。
昔のカナンとは違う風景。
今はもう、ふつうに日本人やアメリゴ人が街中を歩いている。
国際的になったといえば聞こえがいいが、文明の破壊とも繋がりかねない。
それ故に電気や機械については導入は慎重にしている。
日本から帰ってきたカリス・マレスの人々も、機械の持ち帰りだけは慎重に扱っている。
それでもお土産として持ち帰る者がいるので、新しい基準を作る必要があるのかもしれない。
………
……
…
「……や、やっと帰ってこれた……」
「こんな所にいたのね……このくそ女‼︎」
フラッと馴染み亭の近くまでやって来た一組の男女と、その後ろを申し訳なさそうに付いて来る冒険者。
数日前に、マチュアと棚橋が救出に向かった地球人のカップル達が、ようやく自力で帰還したらしい。
「お〜お〜、目上の者を敬う事も出来ないアホカップルか。まあなんとでも言いなさいな。あんた達の異世界渡航旅券の有効期限はとっくに切れているでしょ。再発行は受け付けないから覚悟しなさい」
もう、相手するのも面倒臭い。
異世界ギルドでの出入国リストを確認しても、遭難した時点で有効期限は切れている。
こんなのに再発行なんてしたら、他の人達に迷惑が掛かる。
「何だ偉そうに……おれの親はな日本国の国会議員だ。おれに便宜を図っておかないと後悔するぞ」
ドヤ顔で叫ぶ男。
ならばとマチュアも一言。
「あんたの目の前にいる私は、このカナン魔導連邦の女王よ。世界最強の魔導師『白銀の賢者』よ……たかが日本国の国会議員の一人如きの言葉で、このカナンがどうこう出来るのならやってご覧なさい」
そう呟いて軽く微笑む。
これだけで、後ろの冒険者達は平伏し、更に頭を下げている。
そして、女の方もようやく事と次第が理解出来たらしく、カタカタと震え始めた。
「え……だって、この国の女王はもっとスラッと背が高くて、あなたとは全く体型も違うのに……え?」
確かに、今の外見は悪魔っ娘アバターの上にハイエルフマチュアの体を幻影投射している。
なので身長も16cmは小さいし、しかも巨乳。
「魔法で外見ぐらいいくらでも変えられるわよ。さて、どうします?『辻原孝之』くん、『鉄輪京子』さん」
名前を呼ばれると、鉄輪京子は慌てて走り去る。
だが、辻原はまだ偉そうに一言。
「こんな電気もない遅れている文明の女王なんてたかが知れてるよ。おれのお袋はな、国民から選ばれた議員だ。野蛮な国の女王と、文明国日本の議員。どっちが上なのか後悔させてやる‼︎」
そう吐き捨てて走り出したので……。
「術式呪詛……」
スッと辻原に手を伸ばして魔術を行使する。
すると、辻原の周囲に暗い霧が浮かび上がり、全身に纏わりつく。
「な、何しやがった‼︎」
叫びながらマチュアを振り向くので。
「呪いよ。あなたに呪いをかけてあげたの。男にとって最悪の呪い……それじゃあ頑張ってね」
ヒラヒラと手を振ると、黒い霧がスッと晴れる。
慌てて自分の体を調べているが、特に変わった所がないので辻原も安心して走り去った。
「あ、あの……マチュアさま……」
その場に残された冒険者達には、マチュアは何もしない。
「へ?とっととギルドに戻って報告したら?どうせ護衛任務なのでしょう?」
「は、はい……」
「それでは失礼します」
頭を下げていそいそとギルドに向かう一行。
それを見届けてから、マチュアは再びのんびりとした時間を過ごしていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
マチュアはジ・アースに戻ってきた。
辻原議員の息子の騒動で、カナンに一週間も滞在していた。
これはジ・アースでの七十日にも相当する為、マチュアは急ぎでアスタードに転移してレオニードとアレクトー、ラオラオと合流すると、ライトニング邸にゲートを繋いで向かう事にした。
「随分と留守にしていたようだが。何処で悪巧みをしていた?」
呆れた顔のボンキチ。
当初の予定の三十日どころか七十日も放置していたのだから、修行待ちの身としては堪らなかったのだろう。
逆にレオニードたちは、当初の倍以上も時間を取れたので大満足のようである。
「まあまあ、マチュアさんも忙しい身でしょうから。ここで責めても仕方ありませんよ。それよりもレオニード、修行の成果は出ましたか?」
間に入って仲裁するトイプー。
するとレオニードも肩を回して一言。
「思ったよりもいい感じだ。だが、マチュアさんの体術系とは異なる技術なので、これが通用するのかわからない……」
「それでも、私は第四聖典までを一通り学ぶことができましたし、ラオラオもかなり強くなりましたよ?」
──コクッ
アレクトーの話に頭を下げると、ラオラオの姿がスッと消える。
──ムンズ
だが、マチュアが手を伸ばして姿を消したラオラオの頭を掴む。
これには、その場の全員が驚いた。
ラオラオは全ての気配を遮断して歩いていたのだが、何故かマチュアにはお見通しであった。
これには捕まったラオラオ自身も驚いている。
「存在遮断の技とは。なかなかやるわねぇ」
「そ、それを捕まえるまーちゃんもなかなかだお‼︎」
「チッチッチッ。私の前ではその程度……と、次はボンキチとトイプーさんですよ、早く行って来てください」
まだゲートは開きっぱなし。
そのため荷物をまとめた二人をゲートに押し込むと、マチュアはすぐにゲートを閉じた。
「これでよし。レオニードさん、もし六十日しても私が戻らなかったら、直接迎えに行ってくれるかな?」
傍でライトニングと話をしているレオニードにそう告げる。
「ああ、それは構わないが。何処かに行くのか?」
「いや、単純に忘れそうだから。私、彼方此方フラフラと旅する癖があるから、六十日しても私がワルプルギスに居なかったら、その時はお願いしますね」
ああ、納得。
その場のレオニードやアレクトー、ラオラオもマチュアの言葉に頷くと、今度はライトニングがマチュアの前に出る。
「10の日前に、ルフト王から連絡がありました。至急、マチュアさんに登城しろとのお達しです。戻り次第と話しておりました」
そう告げてから、一通の書簡を取り出す。
それを軽く読んでみるが、いいから城に来いと言う、一方的な連絡である。
ここで断ってヘソを曲げられても困るので、マチュアは仕方なく頷く。
「そんじゃあ、今から行ってきますか。一体なんだろう、アイツ……」
ブツブツと文句を言いながら、マチュアは一旦酒場カナンへと戻る。
そこから王都シュピーゲル近くの街道へと転移すると、箒で一気に王都へと飛んで行った。
………
……
…
「これはこれは、マチュアさん、ようこそおいでくださいました」
王都から王城へと向かう。
城門から連絡を受けたマルコがいそいそとやって来て、マチュアに頭を下げる。
「いえいえ。頭をあげてくださいな」
「それでは失礼し……て?」
ふと気がつく。
以前はあったマチュアの中の世界の天秤のかけら。
それが全く感じられない。
「あ、あの、マチュアさま、一つ聞いてよろしいですか?」
動揺のあまり、マルコはマチュアに声をかけてしまう。
これが、彼の最初の失態であった。
「ん?」
「最近、何処かで討伐任務や争いごとに加担しましたか?それでその……負けたりとか……」
──?
思わずマルコを見て首を捻る。
この王の従者はなんでそんな事を聞くのか?
少しだけ考える。
すると、何故問いかけたのか、ひとつだけ思い当たる節があった。
「私は常勝無敗よ。マルコさん、まさか見えてたの?」
──ブワッ
顔中から汗が噴き出す。
両目が挙動不審なほどにぐるぐると回る。
「滅相も無い。わたしには見えてませんよ」
「ならいいわ。あれは預けたから、見えないでしょ?」
──ビクッ
「預けた?あの力をですか‼︎」
「力?」
にいっと笑いながら問い掛けるマチュア。
マルコ、二度目の失態である。
「あ、そ、その……」
「魔眼持ちなのね?まあ良いわよ。あれはある所に隠してある。誰にも手の届かない、わたしだけが知っている場所にね……それで、貴方はどっちにつくのかしら?」
「わ、わたしは……わたしは、強き王のしもべ、この国の王の配下でございます。では、こちらへ」
最後の言葉は、必死に自分に言い聞かせているのがわかる。
だからこそ、マチュアも何も問わない。
ニコニコと笑いながら、ルフト王の元に案内してもらった。
………
……
…
王城最上階・謁見の間。
その玉座で、ルフト王は現れたマチュアを見下ろしている。
「これは陛下。わたしにどのような御用で」
ニコニコと頭を下げるマチュア。
だが、跪く事なく挨拶だけで済ませるマチュアを、ルフト王は睨みつけている。
「我はこの国の王。この大陸を統べる王である。にも拘わらず、その態度はなんだ?」
明らかにご立腹。
でも、マチュアは一言。
「この大陸ではありません。東方以外の王でございます。東方には人の国、神聖アスタ公国があります。そして、かの領土はすでに大地母神ガイアの加護により浄化結界が施され、魔族はその地では人と同じ力しか持てません」
──ギラッ
さらにマチュアを睨む。
「認めぬ。そのような事、我は認めぬ」
「ですが陛下。武闘大会での私の得た報酬でございます。王が臣下の前で宣言した事、おいそれと撤回すると王の度量が疑われますよ」
正論をぶつける。
というか 、マチュアは既に煽るスタイルである。
「ぐっ……たしかに、貴様の言葉も正論……」
「では、恐れながら、本日はどのような御用でしょうか?」
丁寧に問い返す。
すると、ルフト王はマチュアに一言。
「灼熱の回廊。その三層より下の調査を命じる。回収した武具は全て王家が買い取る、可能な限りの階層を下って調べるが良い」
ほう。
噂では三層よりも下には誰も行ったことがない。
そこに向かえと、つまり死ねと。
それはそれで好都合。
だが、まだボンキチとトイプーの修行が終わっていない。
「恐れながら。私の信頼する仲間がまだ旅から戻っていません。噂では、あと30の日でワルプルギスに戻るとの事ですから、その後に皆で向かいたいと思います」
「仲間?」
「ええ。ライトニング卿の部下のヒト族のパーティーですが……」
ヒト族といえば、ルフト王は喜んで合流させてくれるだろう。
手練れのヒト族など、マチュアとも共に滅べば良いと考えているので。
「良かろう。なら、その者達が戻り次第、すぐに出発せよ‼︎」
にこやかに命じるルフト王。
なら、これに乗らないわけにはいかない。
まさに千載一遇のチャンス。
すぐさま頭を下げて、そのまま。
「陛下の温情ありがたく受け取ります。では、準備が出来次第、再び登城させて頂きます」
顔はルフト王からは見えないか。
今、マチュアはメチャクチャ悪い笑みを浮かべている。
「うむ。下がってよし‼︎」
「はっ‼︎」
再度一礼すると、マチュアは謁見の間から外に出る。
そして今の話をすぐに伝えるべく、ワルプルギスへと帰還した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ルフト王の話を全て説明すると、マチュアは30の日が過ぎたらボンキチたちを連れて戻るとだけ伝えると、一旦異世界大使館へと戻っていった。
ゲートルームを超えて事務局に向かう。
「まいど〜」
のんびりと挨拶をして卓袱台に座ると、三笠が書類を手にマチュアの元にやってきた。
「マチュアさん指名で、国会の異世界等関連委員会からの出席要請が来てますが」
そう説明して差し出された書類を受け取ると。
「辻原議員の差し金でしょ?」
「よくご存知で。何かやらかしました?」
「辻原議員のボケ息子が、女に良いところ見せようとして深淵の回廊に向かって、中で遭難したというので食料と水を差し入れして放置してきた」
──プッ
その言葉で十六夜が噴き出す。
「それ何階層ですか?」
「えーっと。現在の公式記録での最深部二十五階層だよ」
その返事には、十六夜は頭を捻る。
「また随分と浅いところで遭難なさったのですわね」
「……は?」
「私がポイポイ師匠との修行で潜ったのは、二人で50層超えてましたから……」
──ガクッ
全身から力が抜ける。
「はぁ。それなら二人に救助任務押し付ければよかったよぉ。そっか、二人だとそこまで行けるんだ」
その話に、赤城もそっと手を挙げる。
「あの、深淵の回廊って、幻影騎士団の訓練場なんですよ。私もズブロッカさんと二人で40層までは楽に行けますから」
──ハッ‼︎
慌てて三笠を見ると。
「月に一度の魔導騎士団訓練で行きますよ。20層まででしたら、一人で大丈夫ですね」
この化け物どもめ。
そう一瞬思ったが、そのトップのマチュアでも更に下には向かえるだろう。
「まあ良いわよ。で、何を提案するのやら」
「安全保障条約の締結についてですね。ずっと突っぱねていましたが、今回の件で、何としても結びたいらしいですよ」
「知らんわ……もう、面倒だから今から行ってくるわ」
──シュンッ
幻影の腕輪でハイエルフに戻る。
そして一瞬で国会議事堂横の転移門へと転移した。
………
……
…
季節はもうすぐ夏。
日差しのきつい中を、マチュアは箒に乗って議員会館へと飛んで行く。
そして一階の受付に向かうと、すぐさま要件を話し始めた。
「カナン魔導連邦のマチュア・ミナセです。異世界等関連委員会からの召集で来ました」
「は、はいっ、少々お待ちください」
すぐさま何処かに連絡する受付嬢。
すると。
「よお、見たことある服装だと思ったらマム・マチュアか……背が縮んだ?」
にこやかに笑う蒲生が、入り口から入ってくる。
その後ろには何名かの議員が付き従っていた。
「とある世界で呪われた。暫くはこの背丈なんですよ」
「へぇ。良いんじゃないか?しかし、こんな所で何してるんだ?」
マチュアの外見をあっさりと受け入れる蒲生。
ならばと、マチュアは一言。
「異世界等関連委員会からの招集。何が話したいんだか」
「……あ〜、あのボンクラの件か。息子がカナン魔導連邦で人道的配慮の欠けた対応をされたとかで、辻原が息巻いていたなぁ」
「あ、やっぱりダンジョンで放置して見殺しにした方が良かったかぁ……」
あっさりと呟くマチュアに、後ろの議員が眉を顰める。
「失礼ながら。今の話は聞き捨てなりませんが」
「冒険者が自己責任でダンジョンに篭ったものですから。遭難しました、なら助けに行きましょうなんて義理はありませんよ」
「ですが、人の命がかかっているのですよ?」
「知りませんよ。特に、今回のように格好つけたいだけでダンジョンに向かって、仲間たちが死んでも自分たちの身を守れっていう命令するようなボンクラ……寧ろ社会のゴミよ」
そこまで言うか。
「それを助けにいくのが日本人の美徳です」
「なら、今度からは日本から救援部隊を派遣しなさい……」
そんなやりとりの最中、受付嬢がマチュアを呼ぶ。
「マム・マチュア。国会議事堂の第二会議室までいらして欲しいとの事です」
「了解。それじゃあ蒲生さん、また今度。後ろの議員さんも、何処かでお会いしたらその時はまたね」
そう話してから、頭を下げることなく胸を張って外に出るマチュア。
「頭も下げずに……」
そう吐き捨てるように呟く議員。
「阿呆。立場が違うわ。お前は、天皇陛下に頭を下げろと言えるのか?」
「……」
「いいから行くぞ。自分たちの立場を押し付けるなよ。相手の立場や風習も考えてからものを言え」
そう説教されて、若手議員はスゴスゴと蒲生について行った。
………
……
…
国会議事堂の第二会議室。
既にこの日も会議は続けられている。
──ガチャッ
「カナン魔導連邦のマチュアです」
扉を開いて堂々と叫ぶと、すぐさま一人の議員がマチュアを、真ん中にある席へと案内した。
そして現在の議題についての書類が手渡されると、すぐに辻原議員が演台に立つ。
「先日、日本から向かった冒険者があるダンジョンで遭難した件ですが、マチュアさま、貴方は救助依頼を受けて尚、彼らを助けずにダンジョンに放置したそうですね?これは契約違反ではないのですか?」
あ、そこから来る。
なら、マチュアは立ち上がると、さっと目を通した書類を演台に叩きつける。
──バン‼︎
「私は、本日はこの書類の内容について話があると思ったのですが、そんな下らない質問、どこにも書いてありませんよ?」
「下らないですって?」
「ええ。冒険者は一度受けた依頼については、違約金を支払うことでその義務を放棄できます。私は、あまりにも酷い有様でしたので、義務を放棄しましたが。これは依頼主である日本大使館の棚橋氏も同意の上です」
そう説明して席に戻る。
「ですが、人道的見地から助けられた人を助けないと言うのはどうかと思いますよ」
「この依頼については、そもそも、日本国の辻原という青年が、とある女性に良いところを見せようとして受けたものです。彼と共に向かった冒険者からは二名ほど死者も出ています。にも拘わらず、私が救援に向かった時に早く助けろとか様々な暴言を吐くのですよ?」
ここで会議室が騒めく。
ならば駄目押し。
「感謝の言葉もなく。それに食事と水さえあれば、後は帰還可能と判断したので、それを置いて放り出しましたが……」
「結果的に、見捨てたのですよね?」
「あんたの息子も冒険者でしょうが。冒険者が自らの意思でダンジョンに篭ったんだ。私はね、そんな人達が死んでも気にもしません。それが冒険者の生き様ですから」
「何という……それが一国の代表の言葉ですか?」
「てめえこそ息子のしつけぐらいちゃんとしろ。目上の人に対しての礼儀作法、ちゃんと教えたのか?自分の母親が偉いからと我儘言いたい放題。では、そのボンクラの言葉を公開します……」
──スッ
すぐさまメモリーオーブを取り出すと、マチュアは記憶のスフィアで辻原息子との会話を記憶から引っ張り出す。
それをボリューム最大で、会議室に響く音で公開する。
『こんな電気もない遅れている文明の女王なんてたかが知れてるよ。おれのお袋はな、国民から選ばれた議員だ。野蛮な国の女王と、文明国日本の議員。どっちが上なのか後悔させてやる‼︎』
──カチッ
「え〜、辻原議員、何か弁明ありますか?貴方の息子と言葉では、貴方の方が私よりも偉いそうですが……」
この言葉には、辻原議員も真っ赤を通り越して真っ青になっている。
そして演台に立つと、マチュアに深々と頭を下げた。
「愚息の無礼、深くお詫び申し上げます……」
あら。
これはやり過ぎた。
「では私からも。カリス・マレスにも、辻原議員の息子さんのように、親が偉いからと傍若無人な振る舞いをする若者は結構見かけます。て、私はいつも声を上げて伝えます。偉いのは親で、あんたではない……辻原さんの謝罪は真摯に受け止めます。まあ、ボンボンも後悔してるでしょうから」
そう告げて、マチュアは席に戻る。
これでこの一件はおしまい。
そこから本格的な会議となる。
………
……
…
議題は安全保障条約について。
当然ながらカリス・マレス、カナン魔導連邦は批准しない。
「あの、カナン魔導連邦は、ラグナ・マリア帝国の一王国領でしかありません。ケルビム皇帝をすっ飛ばしての条約など結べる筈がないのですが」
そうマチュアが切り出すと、議会は大きくざわつき始めた。
「ですが、カナン魔導連邦と日本国では通商条約などは締結していますよね?」
「商人ギルドを通して許可は貰っていますし。カナン魔導連邦をテストケースとして、異世界との国交を結ぶ話も付いていますが、こと戦争に関与する件についてはダメですね」
きっぱりと言い切る。
「では、そのような軍事関連の責任者との話がつけば、道は開けるので?」
「そうですねぇ。ラグナ・マリア帝国の王室顧問みたいな方がいますから、そこに話は来るでしょう。その方の意見と、ラグナ・マリア帝国の六王会議により決定します」
そう伝えると、あちこちで騒めく声が聞こえる。
「では、その王室顧問を紹介してもらえますか?」
「現在の王室顧問は、ラグナ・マリア帝国の白銀の賢者が相談役としてついてますが、私に何かご用ですか?」
──ファ?
「……つまり、マチュア・ミナセ女王を説得出来なければ無理という事ですね?」
はい、希望は消えた。
たが、マチュアは悪魔ではあるが鬼ではない。
「この草案はダメです。日本国の都合しか書いてありません。ラグナ・マリア帝国が戦争に巻き込まれたら、一緒に戦うぐらいの気概がなければ無理です」
「日本国は戦争参加はできません。それは憲法違反となります」
「じゃあ無理。共に戦う国でなくては、後ろは任せられませんし、カナン魔導連邦の戦力を出す事は出来ません。冒険者ギルドで暫くは我慢しなさいな」
これには議員も言葉を詰まらせる。
日本がカナンと安保条約を結ぶためには、憲法改定から始めなくてはならない。
まず自衛隊を憲法で認める事を頑張っている日本にとっては、いきなり戦争参加についての憲法改定など不可能である。
その後もしばらくは意見交換が行われた。
地球人冒険者の遭難や消息不明については、自衛隊員に冒険者訓練施設で学んでもらい、実際に冒険を繰り返して冒険者としての実力をつけてもらう事になった。
もっとも装備は全てカリス・マレスのものに限定され、自衛隊員の宿泊施設は別途日本国で用意するなど、細かい取り決めを行う事になった。
そして依頼があった場合、冒険者としての活動を行ってもらう。
この法案は後日成立し、『特殊技術戦術部隊』、通称SATFが自衛隊で編成される。
陸海空に続く、新しい自衛隊である。
まあ、散々自衛隊が〜と叫んでいた野党も、これには口出ししなかったのは見事であろう。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






