悪魔の章・その36・お約束の武闘大会
マチュアがレオニード達をアスタートに放り出し……送り届けた翌日早朝。
「た〜のも〜」
貴族区正門前で、マチュアが横の警備騎士を呼んでいる。
「マッ‼︎」
──ゴゴゴゴゴゴゴゴ
マチュアの顔を見て、いきなり正門が開かれる。
そしてすぐさま騎士がマチュアの元にやって来た。
「本日は、ライトニング卿をおたずねですか?」
「そ。案内も何もいらないけど、今日から二十五の日は朝と夕方通るから、お願いします」
ペコッと頭を下げると、マチュアは箒に乗ってライトニングの屋敷へと向かう。
その途中で。
──ガラガラガラガラ
ライオネルの馬車が目の前から走って来る。
そしてマチュアを見ると、ゆっくりと速度を下げた。
「なんだなんだ?ここは貴族区で半魔族の来る場所じゃないぞ?」
「うっさいなぁ……ライトニングの護衛だよ。仕事なんだから通ってもいいだろう」
「まあ、仕事なら仕方ないか。近隣の貴族に迷惑かけるなよ、それじゃぁな」
それだけを告げて、ライオネルは走り去る。
「あいつの心臓は鋼が何かで出来てるのか?凄いなぁ……嫌いじゃないわ」
苦笑しながらライトニングの屋敷にやって来ると、マチュアは門番にマチュアが来たと伝えて欲しいと話す。
すぐさま門は開かれ、玄関の外でライトニングが待ち構えていた。
「これはマチュアさん、こんな早朝からどうしたのですか?」
かなり緊張している。
護衛がいないと、まだ慣れないのだろう。
「レオニードさん達は、今日から特訓に入りました。全員同時なので、今日から二十五の日、私がライトニングさんの警備と護衛を担当します」
──ペコッ
深々と頭を下げるマチュア。
すると、ライトニングは軽く目眩を覚える。
「マチュアさんが護衛とは最強ですが……正直、心臓に良くありませんよ。無礼な事をしたらどうしようかと不安になりますよ」
「いやいや、この格好ですからそろそろ慣れてくださいよ。それで、レオニードさんの仕事って何ですか?」
そう問いかけると、ライトニングもハァ、と溜息をつく。
「では、朝食を食べながらお話しします。こちらへどうぞ」
「それでは、失礼します」
にこやかに挨拶をして、マチュアはライトニング邸で朝食を呼ばれる。
そこで仕事の内容を確認すると、この日からマチュアは警備を始める。
それほど忙しい日々が続くわけでもなく、淡々と仕事をこなしていくだけ。
普段はマチュアが警備をしている事を隠すために、暗黒騎士のフルアーマーを身に纏う。
背中には炎帝剣を装備すると、久し振りの暗黒騎士を堪能する。
「はっはっはっ。両手剣二刀流ならモモン様なんだが、それは難しいからなぁ」
そんな事を呟きながらも、気が付くと二十五の日が経過していた。
………
……
…
早朝。
マチュアは家を出る前に、アスタートの酒場二階へと転移する。
「やあ、おはよう」
一階の酒場では、レオニード達がのんびりと食事をしていた。
心なしか、皆、身体付きや表情が違う。
引き締まったというか、精悍になったというか。
「ああ、今日が約束の日か。それじゃあ、あの地獄から解放されるのか」
「そうね。ようやく休めるのね」
「もう、あれから大変でしたのよ?お陰でかなりの魔術を使えるようになりましたけど」
レオニードやアレクトー、トイプーがホッとした顔をしている。
ラオラオとボンキチは、朝食を食べながらコックリコックリと居眠りをしている。
「こっちも楽しめたからよしという事で。一旦ワルプルギスに行って支度したら、ライトニング邸に集まってね。そこから全員まとめて移動しましょ〜」
そう説明してから、マチュアも席について朝食を食べる。
途中からはシャロンやフリージア、ステアも合流し、実に騒がしい朝食となった。
「それで、勇者育成訓練の成果は出たの?」
そうシャロンに問いかけると。
「ん〜、たった二十五の日では最強の勇者は無理ですけど、そこそこ頑張れる勇者には仕上がっていますね」
「具体的には、冒険者レベルで85前後までの実力は付いてますわよ」
「竜語魔術は一通り教えたから、あとは勉強ですな」
ほほう。
それなら良い。
「後はそうねぇ。レオニード、試合で私と当たらないように祈ってね」
「はは……そうですね」
乾いた笑いのレオニード。
やがて食事も終えると、いよいよワルプルギスへと帰還することになった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
シャイターン王都・大闘技場
これから十五の日を掛けて、大陸最強の英雄を決める。
最初の10日間は予選、一度に三十人が闘技場内に入り、最後の一人になるまで戦うバトルロイヤル。
午前と午後の二回行われ、決勝に進む二十人が決定する。
そのあとは予選免除された十二名も加えてのトーナメント、優勝者が決定する。
──ガラガラガラガラ
近郊までゲートを使ってやってきたマチュア達。
そのまま闘技場に向かって参加登録を行うと、ライトニング達は用意された宿へと向かう。
「それでは、試合当日にお会いしましょう」
「わたし達は応援なので。それでは失礼しますわ」
次々と挨拶すると、繁華街の方に向かう。
そしてマチュアの登録になったのだが。
「半魔族か。まず明日の予備予選からだな」
「ふぁっ‼︎」
「何処から声出したんだ。予選に参加できるのは魔族のみ、半魔族や亜人種は明日からの予備予選。朝までにここに来なさい」
一応は丁寧に説明してくれている。
なのでマチュアは渋々登録する。
「ワルプルギスのマチュアだね。それじゃあ明日の試合頑張ってね」
それだけを告げて、すぐに別の選手登録を始める。
「おや、私の宿は?」
近くの係員に問いかけるが、鼻で笑われて一言。
「半魔族の参加者には用意されていませんぜ。自分でなんとか用意した方が良いですぜ」
「おやぁ。それじゃあ失礼します……あっれ、待遇違うなぁ……」
頭を捻りながら、マチュアはのんびりと繁華街を歩いていく。
どの宿も半魔族や亜人種お断りなので、あちこちを歩き回ったのち、めんどくさくなって酒場カナンへ戻ってゆっくりと眠る事にした。
………
……
…
予備予選・初日。
朝から闘技場前は大賑わい。
ここぞとばかりに集まった半魔族や亜人種、その数百人以上。
「それでは予備予選を始めます。参加者は順番に並んでください。ゲートを通過する前に両手に鎖のついた枷を嵌めますので、それをつけたまま中に入ってください」
ほうほう。
中からは観客の声が聞こえてくる。
どうやら先に集まったメンバーの予選が始まったらしい。
中からは興奮した観客の声と、参加者達の悲鳴が聞こえてくる。
やがてそれも収まると、マチュア達のグループが闘技場へと向かう。
凄惨な光景。
大量の半魔族や亜人種の死体。
そして真正面に立って構えている、巨大な人影。
ゆうに5mを超える、牛の頭を持つ化け物。
ミノタウルスが、巨大な斧を持って立っていた。
「あ……予選を名乗った殺戮ショーだ」
参加者の中には、棄権して出ようとする者もいた。
だが、ガッチリと閉ざされたゲートの向こうで、騎士や戦士が槍を構えて立っている。
「予選は簡単。あのミノタウルスを倒したものが予選通過です。それでは頑張って下さい」
柵の向こうから聞こえる声。
それと同時に、ミノタウルスを抑えていた鎖が解き放たれた。
………
……
…
突進し、斧を振るい、目の前の命を血の塊に変えていく。
掴み、千切り、引き裂き、食らう。
武器を持たない参加者は、暴力という名の殺戮に身を任せるしかない。
巧みに逃げていたマチュアだが、気がつくと血の海の中にただ一人で立っていた。
「ふむ。一つ聞いて良い?」
柵の向こうの関係者に話しかける。
「なんだね?」
「これを倒したら、本予選?」
「あすの本予選前の最終予選がある。それを勝ち残れば、本予選だ」
よし、言質取った。
すぐさまミノタウルスに向き直ると、マチュアはトントンとステップを踏む。
──ブゥォォォォォ
走り込んでマチュアに向かって斧を振るうが、それをスッと躱すと、その右足首に向かって力一杯のローキック‼︎
──ブシュァァァ
綺麗にくるぶしの関節から千切れる。
バランスを崩してミノタウルスが倒れると、マチュアはすぐさま剥き出しの後頭部に向かってもう一発‼︎
──ガキグシャッ
頚椎を砕く。
これでミノタウルスは動かなくなった。
──シーン
こんな光景を誰が想像しただろう。
たったの二撃で、ミノタウルスが死んだ。
それも弱き半魔族の手によって。
──パチパチ……
小さな拍手。
やがてそれは大きな拍手と歓声に変わる。
ガラガラガラと柵が上がり、マチュアは勝者の権利として堂々とそこから出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日、予選の予選決勝。
まさかの展開に、大会本部も驚いていた。
予定では、先日の予選で半魔族達は全滅し、本日はデモンストレーション。
それなのに、マチュア一人が二日目にやってきた。
元々、半魔族が本予戦出場するとは思ってなかったらしく、予選の予選を通過しても本予戦枠など用意してない。
だが、昨日の盛り上がりがそれを許さない。
大会本部は急遽、翌日の予選バトルロイヤル第一試合を繰り上げて、マチュアを含めての予選とした。
──ガシャガシャ
マチュアは手首の鎖だけでなく、足にも鎖を嵌められた。
「これはどういう?」
「ハンディですよ。本日は如何なる武具の使用も許可されていますので、武器でも鎧でもご自由にお使いください。なお、この鎖を切ると負けになりますので」
それだけを告げると、係員は控え室から出ていく。
(この鎖、切れそうなんだよなぁ……強化……)
──ブゥゥゥン
手首と足首の鎖を魔法で強化し、そう簡単には切れなくする。
問題は武器だが……。
控え室にいるもの達は、みながっしりとした鎧や高級そうな武器を持ってきている。
ならば、遠慮はいらない。
テクテクと廊下に向かうと、通路にいる係員に話しかける。
「魔法は使って良いの?」
「構いませんよ。まあ、鎖で印が組めるかわかりませんけどね」
「相手の武器を奪っても良い?」
「はっはっはっ。落ちているものでもなんでもご自由にどうぞ」
その返答ににっこりと笑う。
よし、今日も言質取った。
するとマチュアは、嬉しそうに控え室に戻っていった。
………
……
…
次々と闘技場に案内される。
マチュアを含めて三十一名。
それが全員闘技場に入ると、全員が全員、マチュアを睨みつけた。
「あ、そういう事かぁ」
昨日の予選を見ていたものなら、まずは全員でマチュアを潰すぐらいは考えるだろう。
──ジャァァァァァーン
試合開始のドラがなる。
すると全員が、一斉にマチュアに向かう。
「そんじゃあ……」
スッ、と駆け寄った戦士の影に消えると、マチュアは次々と影を渡り歩いて長モノを構える重戦士に近寄る。
「スラッシュキーック‼︎」
派手に影から飛び出して、鳩尾に低空からのドロップキックを入れる。
それで体勢を崩した戦士の腕にさらに回し蹴りを入れると、その手からグレイブを叩き落とした。
──ガチッ
すぐさまグレイブを拾うと、マチュアは両腕で器用に構えた。
「私に長もの持たせたな……かかって来いやぁぁぁぁ」
そう叫びながらグレイブを振り回す。
間合いに入ってきたものは全て斬り伏せ、打ち倒す。
その姿はまさに戦鬼と呼ぶに相応しい。
そして試合開始から一刻。
最後の騎士もどきを叩き伏せて、マチュアは闘技場に一人で立っていた。
まさかの半魔族の本戦出場。
これには大会本部も血相を変えていた。
だが、結果を覆すことはできない。
マチュアは堂々と決勝トーナメント一番乗りを果たして、闘技場から下がっていった。
………
……
…
ここから本戦までの間、マチュアはずっとワルプルギスでのんびりとしていた。
どうせ大会本部からの闇討ちなどがあるだろうと考え、昼間だけは闘技場で試合を観戦し、夜になると何処からとなく酒場カナンへ帰ってくる。
そんな生活を続けながら、いよいよ大会決勝トーナメントの日がやって来た。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
本日は一回戦。
マチュアは第一試合の為、控え室に入っていた。
流石に本戦では下手な細工はない。
「……まあ、マチュアなら負ける事はないと思うけど、殺すなよ?」
控え室に様子を見に来たレオニードが、マチュアに声を掛ける。
「順当に進めば決勝かぁ。決勝まで進んだらどうしよう」
「あ、いや、本気でやって勝てる気はしませんので、うまくお願いしますよ」
「なら、決勝まで進んだら怪我で欠場にするよ。そんじゃあ、いってくるね」
ガッチリと漆黒の鎧と炎帝剣を装備したマチュア。
まっすぐに闘技場に入ると、目の前の戦士を前に一言。
「何で一回戦からあんたが相手かなぁ」
「抜かせ。この前の借りはしっかりと返すぞ」
マチュアの第一試合の相手。
アストラ・ビーステス。
仕組まれたわけでもなんでもない。
予選免除参加者の一回戦第一試合枠に、元々組み込まれていた。
「そんじゃあ、本気でやるから覚悟してね」
「上等だ‼︎」
──ジャァァァァァーン
試合開始のドラがなる。
それと同時にアストラは両手で剣を構えると、マチュアに向かって突撃した‼︎
「予選から貴様の戦い方は見ていたわ!この突進技……は……」
──ブゥゥゥン
マチュアの正面に十六の魔法陣が浮かび上がっている。
そこからゆっくりと燃え盛る槍が現れた時、アストラは両手を交差して身構えた。
「甘いわ‼︎」
──チュドドドドッ
一斉に飛んでいく燃え盛る槍。
それはアストラの足を重点に貫くと、アストラの動きを束縛した。
「クッソォォォ、これしきでぇぇぇ‼︎」
どうにか槍を引き抜こうとするが、槍をつかんだ手がジュゥゥゥゥッと焼ける。
「さて、それじゃあトドメと行きますか……」
スッと背中の炎帝剣の影にあった突っ込みハリセンを引き抜くと、マチュアは高速で間合いを詰めると、一気に四人に分散してダイナミックに殴り続けた。
──ズバババババババァァォァァ
ドンドンと意識が朦朧とし、やがてアストラは立ったまま気絶した。
──ジャァァァァァーン
「勝者、半魔族のマチュアっ‼︎」
勝ち名乗りに拳をあげると、マチュアは控え室に戻って行った。
………
……
…
第二回戦、第三回戦もマチュアは順当に勝ち進む。
そして第四回戦、準決勝の時に、それは起こった。
控え室でのんびりとしているマチュアの元に、大会本部の責任者の一人がやって来る。
「無事に準決勝進出おめでとうございます」
ニコニコと笑いながら、試合直前のマチュアに話しかける。
「はあ。これ勝ったら決勝ですから、頑張りますよ」
「でも。ここまで勝てば十分ではないですか?賞金も出ますし」
「いやいや、目指すは半魔族の優勝ですよ。どんな願いも叶うのでしょう?」
そう笑うと、責任者の表情が険しくなる。
「次の相手は、この街の貴族の息子さんなんですよ。それもシャイターン王家に連なる方です。そんな方が半魔族に負ける事になると、貴族が黙っていませんのですよ、分かりますよね?」
つまり、マチュアに負けろと言う。
ここでゴネても仕方ない。
試合に出られなくなるよりはマシである。
「そうねぇ。どれだけ払ってくれるの?」
ニィッと笑うマチュア。
すると金貨袋を一つ、マチュアの前に置いた。
「中身を見ても?」
「どうぞ……」
その瞬間に、男の口元がフッと緩んだ。
なので、マチュアはダミーで用意しておいた防具を入れる袋に、金貨袋を放り投げた。
──チッ
軽く舌打ちする音を、マチュアは聞き逃すはずがない。
「まあいいや。あんたを信用するよ、適当なところで上手くやればいいんだね?」
「ええ。それではお願いしますよ」
そう呟くと、責任者は控え室から出ていった。
そしてマチュアは、敢えてチュニック姿にローブという出で立ちをして、闘技場へと向かった。
………
……
…
──ワァァァァァッ
会場が喝采に湧き上がる。
ここまで両者ともに無敗、しかも一方的に相手を倒して来たのである。
すると、目の前の好青年がマチュアの前に進むと、スッと握手を求めた。
「おい、上手くやれよ。この国で生活したいのなら、無駄に暴れないで一方的にやられてくれよ……」
にこやかな笑顔でそう呟く。
するとマチュアも軽く微笑む。
「御心配な国で……」
──グッ
ガッチリと握手すると、両者ともに間合いを取る。
──ジャァァァァァーン
激しくドラが鳴り響くと、マチュアはスッ……と八極拳の構えを取る。
右半身に構え、マチュアお得意のフットワークを殺す。
すると、相手は躊躇なく間合いを詰めて切り掛かって来る。
──ヒュヒュヒュヒュンッ
鋭い剣戟をさらりと交わし、相手の手首を受け流す。
そして。
──ドゴォォォォォッ
一発震脚を極めると、そのまま裡門頂肘を相手の剥き出しの胸部に叩き込む。
鎧の胸当て部分が砕け散り、血を吐きながら倒れる。
僅か一発。
これには会場も静まり返る。
そして貴賓席で誰かが立ち上がると、マチュアに向かって何かを叫んでいる。
「あ、よく聞こえないが、雰囲気は理解した」
闘技場のあちこちの門が開くと、血反吐を吐いて転がっている青年を運んでいく。
そしてマチュアをじわじわと囲んでいくと。
──ジャァァァァァーン
「勝者、半魔族のマチュア‼︎」
同じ貴賓席のシャイターン王が叫ぶ。
これにはマチュアを囲んでいた兵士たちもゆっくりと下がると、マチュアは天に拳を突き上げて堂々と闘技場を後にする。
「き、貴様。こんな事をしてただで済むと思っているのか?」
先程マチュアにイカサマを持ちかけた責任者が、廊下で叫んでいる。
すぐ横には四人の冒険者が控えており、全員が武器を構えて立っていた。
──ガシャ──ン
闘技場へと続く、後ろの柵も降ろされる。
「せめて決勝だけはまともに出られなくしてあげますよ。半魔族が優勝などしたら、この栄誉ある大会に傷がついてしまいますからねぇ……」
そう呟いて後ろに下がると、冒険者たちが前に出る。
「悪いな。腕が足の骨を下砕かせて貰うわ」
「よく見たら可愛いじゃないか。一晩じっくりと可愛がってやるよ」
──ベロッ
下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりをしている男たち。
こんなの相手するのは面倒くさい。
「恐慌……」
正面から四人を睨みつける。
「ひっ!!」
──ガクガク……
この瞬間に、男達はその場にへたり込んで動けなくなる。
その横を、マチュアは悠々と進むと、奥で震えている責任者に近寄って一言。
「……まあ、あんまりおいたが過ぎると、後で酷い事になるからね……」
──トン
軽く肩を叩いてから、マチュアはのんびりと会場から出て行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
決勝当日。
マチュアは、前日のレオニードの試合を見ていなかった。
彼ならば楽勝で決勝に進むと思っていたのだが、まさかの準決勝での敗退。
対魔術戦を訓練していなかったレオニードは、相手の魔法剣士の幻術と体術によって翻弄され、僅かの差で敗れてしまった。
大会本部としても、ヒト族と半魔族の決勝など見たくはなかったらしい。
「……面目無い」
控え室にやってきたレオニードやアレクトー。
昨日の試合はかなり白熱したらしい。
「それでも、今までのレオニードとは動きが違いました。もう少し訓練期間があれば、確実に勝てたかと思いますよ」
「そうそう。ここまで来れただけでも大したものだお。だからまーちゃんが仇を取るお」
そう言われても。
「ん〜。予定が狂った。レオニードが優勝して望みを言えと伝えられたら、ヒト族に対しての粛清命令を取り消せと言えたんだけどなぁ……」
腕を組んでウロウロするマチュア。
「それをマチュアちゃんが話してはダメなの?」
「ん〜。ダメじゃないんだけど、何かヤダ。そういうのは私の仕事じゃない……もう帰ろうかな」
「「「「「いやいや‼︎それは無理」」」」」
全員同時の突っ込み。
それでも、マチュアはフラフラしている。
「もうね、パッと一撃で終わらせて、賞金もらって帰っていい?」
「本当にやる気が無くなったのか……」
「ヒト族と魔族の共存なのでしょう?」
「まーちゃん頑張るお」
必死にマチュアのやる気を引っ張りだす。
それでどうにかやる気が出ると、やれやれとハルバード一つ持って闘技場に立つ。
「それでは、両者共に、正々堂々と……」
決勝では、シャイターン王が貴賓席で試合開始を告げるらしい。
マチュアの前には、ガッチリと装備を着込んだ歴戦のオーガロードが立っている。
サンマルチノ王領の近衛騎士団の団長らしい。
「サンマルチノ王から話は聞いている。かなりの使い手らしいが、全力で掛かって来てくれ」
「あぅぅ。なんか良い方法ないかなぁ……」
あ、話聞いてない。
「良い方法?」
「いやいや、こっちの話。試合に集中しないと……」
パンパン
軽く両頬を打つと、ようやく意識がシャッキリとした。
「さて。そんじゃあ本気で行かせてもらいます。殺しはしないけど、殺す気で行くので……」
ニィッと笑ってから、マチュアは開始戦に立つ。
相手も笑いながら立つと、突然笑みが消えた。
「ははぁ。こりゃあ強いわ。A+はある……もしくはS-か。レオニードじゃまだ無理……」
──ジャァァァァァーン
ドラがなると同時に、両者共に前に出る。
──ズバァァァァア
横一線にハルバードを薙ぐマチュアだが、目の前の戦士に直撃するとブウンと掻き消えた。
「え?」
──ドゴォォォォォッ
その瞬間に、マチュアの横から痛打が叩き込まれる。
ざっくりと皮膚が裂け、血が溢れた。
──シュンッ
すると、すぐさま魔法で傷を塞ぐと、もう一度男の動きを眺める。
視線ではなく、魔力の動き。
すると、男の実体の横1mの空間から、さっきのオーガロードの魔力が感知された。
「あ〜」
──ドゴォォォォォッ
その位置めがけて、ハルバードの柄で力一杯ぶん殴る。
すると、目の前の実体が消えて、本体が姿を現した。
「第四聖典の幻影投影かぁ」
「な、何故わかった?これを見破るのは一流の魔術師でも不可能な筈だぞ」
動揺しながらも、再びフッと消える。
でも。
──ズバァァァァア
今度は真正面から胴体を一直線に切る。
紙一重でそれを躱すが、やはりそこで実体が現れる。
「そ、そんなバカな……」
すぐさま魔法を捨てて、剣戟一つに絞ってくる。
だが、そうなるとマチュアには敵う筈がない。
──ガキガキガキガキッ
次々とハルバードでラッシュを掛けると、相手の剣を破壊する。
更に鎧まで削り始めると、最後は全力のスタンスマッシュ‼︎
「これで終わりだぁぁぁ」
──ドゴォォォォォッ
最後の一撃を受けて、戦士は吹き飛ぶ。
そして立ち上がれなくなったのを確認すると、シャイターンが叫んだ。
──ザッ
「勝者、半魔族のマチュア。今大会の優勝はマチュアとする‼︎」
──ウォォォォォォ
闘技場が絶叫に包まれる。
大会運営本部は頭を抱え、賭けをしていた胴元は、マチュアの勝利が確定した瞬間に逃亡した。
まさかの半魔族優勝に、会場は騒然となっていた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






