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悪魔の章・その35・ルフトとマチュア

 ドラゴンランスの面々が街に戻ってから七の日が過ぎた。


 この日のマチュアは地球での仕事。

 ゲートを越えて大使館にやって来ると、いつものように卓袱台の前に座って書類を眺めている。


「ルシア連邦が、カルアドの領地拡大を申請してますが」

 斜め向かいに座って、マチュアとともに話をしている三笠が、いくつかの案件について問い合わせた。


「まあ、予想通り。見返りは?」

「色丹島の譲渡です。ルシアは山岳部にドームがあるのなら、それを譲渡して欲しいとの事ですが」

 ほら来た。

 ルシアが乗らないはずがない。

「国後を寄越せと話を進めてください。この前はあっちの条件に乗った。なら、今度はこっちの条件を飲めと」

 まあ、フーディンの事だから、そう話して来ると予測はついているだろう。

 それですぐに話を進めて、無駄に交渉の時間を取られたくないはず。


「それと、アメリゴ、日本も追加申請です。グランドブリテンとフランゼーヌからは、転移門ゲートの開通申請と異世界渡航旅券パスカードの発行申請が」

 ほら来た。

 この手の決定項はマチュアが持っている。

 ならばどうするか。

 出来るなら144分で仕事を終わらせたい。


「ルシアとの話し合いは?」

「年末までに異世界渡航旅券パスカードの発行は行います。最終段階ですが、受け入れ先のサムソンがまだ整っていないので、そこが確定してからですね」

「へぇ。ツヴァイと話をして、地球人アーシアンの受け入れ区画をラグナ・マリア帝国全域まで広げられるか相談してこいと。シルヴィーとミストも巻き込んで、六王会議まで話つけて来いって」

 マチュアの言葉を一字一句間違えずに書き留める。

「その上で、カナンには日本とフランゼーヌ、ベルナーにはアメリゴとグランドブリテンからの観光受け入れも準備させて」

「中国はどうしますか?」

「無視だ無視。私を襲撃した事実を全てもみ消して、頭も下げずに国連で殴って来るやつは知らん‼︎」

 あっさりと言い切る。

「カルアドのドーム都市の数は、私もまだ把握してないからなぁ。ドライ達の報告を待つか……、という事ですので、カルアドの件はここまで。ルシアとの協議が終わってから……日本とアメリゴどっちが先?」

「実は五分差でアメリゴです」

「アメリゴとの交渉に入ってください。よし次は?」


──サッ

 マチュアの前に出された書類。

 高嶋が持ってきた、オタカラトミーのマジカルソリットシステムの中間報告である。

「……システム部分を取り外し可能にして、筐体を様々なバージョンで販売したいと。うん、却下」

『ダメ』と書かれた魔法印をダン、と押す。

「販売の部分ですよね……」

「そ。高嶋くんや、何でダメなのわかって持って来るかなぁ」

「あっちが無茶言いますから。ダメ元で書いて来たので、ダメ印押して突き返したいのですよ」

 あ、そういう事。

「ならこれで良いわね。システム部分の構築は私しか出来ないから……この、アニメキャラクターの映像を写すのも、追加データ貰ってきて」

「了解です……」

「はい、次は?」


──スッ

「どう統合第三帝国の現状です。現在、予想外にヒトラーの侵攻を止める事が出来ず、先日も新しい都市が一つ陥落しました」

 吉成からの報告。

 これには赤城の確認サインも入っている。

「軍事的に落ちた?」

「いえ、都市がゲルマニアからの独立を宣言して、統合第三帝国に吸収合併されました。現在、第三帝国側の都市には機動兵器が配備されています」

 成程ねぇ。

 ゆっくりと地盤を固めていますか。

「防衛省からは、平和維持軍にカナン魔導連邦も参加してほしいと。国会では、カリス・マレスとカナン魔導連邦と安全保障条約を結びたいと」

「全て却下だぁ。地球においては、カナン魔導連邦もカリス・マレスも永世中立を宣言しろ。当然国連への正式加盟も却下だ、地球の事は地球で何とかしろと」


──ポン

 はい、またダメ印押しました。

「いくつかの国では、バチカン市国のように国内の領土をカナンに開放して独立した行政区を作るという提案もありますよ」

 赤城が手元の書類を眺めながらそう話すと、十六夜も別の書類をマチュアの元に手渡す。

「……ゲートの設置申請と、カルアドの移住申請……統合第三帝国か。ボツ」


──ダン‼︎

「エイブラハム・ゲオルグ・ヒトラー・セカンド、一体何を考えている?この戦時に何でカナンにこんなものを申請するかなぁ」

 やれやれと困った顔のマチュア。

「それがですね。普通にファックスと国際郵便で申請書類が届きまして……丁寧にお断り入れます?」

「他国のお断りと同じ。そして最後に付け足して。国際的に統合第三帝国が認められたなら、その時には再考するけどそれまでは保留だって」

「あ、却下じゃなく保留なんだ……了解です」

「順番待ちの原則。三笠さん、今の所の交渉順番待ちは?」

 そう問いかけると、三笠は自分の後ろのホワイトボードを見る。


異世界渡航旅券パスカードの発行とゲート待ちはルシア、サウスアラビア、フランゼーヌの順ですね。カルアド移民とドーム開放申請は新規ならグランドブリテン、サウスアラビア、香港です。追加申請はルシア、アメリゴ、日本ですよ」

 綺麗に書き込まれたホワイトボード。

 横の箱の中には、各国の国旗のマグネットが入っている。

「ん……って、これはパスカルさんか。カルアドの件はルシア以外は保留。異世界渡航旅券パスカードとゲート待ちは任せますわ」

 ホワイトボードを眺める。

 おおよその仕事はおしまい。

 後はのんびりと時間まで過ごす。

 予定だった。


「ん?なんだこれ?」

 どこぞの書籍関係社からの依頼。

「異世界写真集を出したいそうですよ。それの取材許可だそうで」

 面白そうだからじっくりと読み込む。

 風景や人物などの写真で、モデルになった人にはしっかりと撮影と掲載許可も取り、謝礼も払う。

 R18にはならないが、R15に引っかかるかどうかのラインであるが。

「まあ、いんでない?担当誰かつけて同行するのなら」


──ダン

 承認印を押す。

 すると、事務室の全員が驚いた。

「あ、あの……本当ですか?」

「ちゃんと最後まで読みました?」

 赤城も十六夜も驚いている。

「最後って、そんなに重要なこと書いてあった?」

 もう一度読み直す。

「風景と人物、エルフやドワーフ、ロリエッタ、悪魔っ子など様々な種族の女性や男性を紹介します。巻頭ピンナップは今、噂の悪魔っ子、読者プレゼントには写真集の中の女性を拡大した抱き枕カバー……ここかな?」


──コクコク

 全員がコクコクと頷く。

「でもさぁ、悪魔っ子ってどうするんだろうね。何処かの種族に衣装着せるのかな……」

 ここに来て、マチュアはようやく理解した。

「あ、あたしかな……悪魔っ子……」

「それ以外にありますか?」

「この前、ロビーで記念撮影していたじゃないですか?SNSで拡散して凄かったのですよ。問い合わせもありましたから」


──ツツ〜ッ

 冷や汗が流れる。

「それで、対応は?」

「マチュアさんが、新商品の開発テストをしていたとなっています。今、世間ではマチュアさんの事を『悪魔っ娘女王』と呼んでますからね」

「ふぁ〜」

「まあ、色々とありますけど、それは私よりもエロ嶋に聞いてください。専門なので」

「ふむふむ。そんじゃ、それ聞いてから帰るね。また……あっちの一ヶ月後にでも来るわ」

 その言葉に、三笠が指折り数える。

「ふむふむ。では、また明後日ですね」

「そ。時間の感覚がずれ込むのよ……」

 そう話してから、ヒラヒラと手を振って事務室から出る。

 ロビーには領事部に申請書類の手続きに来た人々がいたので、マチュアは軽く会釈して文化交流部へと向かった。


………

……


「高嶋くん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

「はぁ、なんでしょ?」

「悪魔っ娘モードの私の写真がSNSに流出した件で、何かあるんだって?」

 そう問われると、首を捻る。

「ん〜。あれかなぁ」

 クリアパッドを開いて起動すると、何処かのサイトを開いた。


 そこは抱き枕カバーの通販サイト。

 様々な漫画やアニメキャラクターを、有名絵師に発注して作っているらしい。


「ここのですね……これ」

──パッ

 画面一杯に映った抱き枕カバー。

 悪魔っ娘マチュアをイラスト化したものらしく、かなり扇情的に描かれている。

「……はぁ。デフォルメしてるから怒る気にもならんわ。高嶋くん、これ、異世界大使館名義で一つ注文しておいて」

「何に使うんですか?自分用?」

「そんなの気持ち悪いわ。相手がどういう反応するか見ものでしょ。到着しても、くれぐれも持って帰らないように」

「大丈夫ですよ。目の前にイラストよりエロい実物がいますから」

「……今度、君のエロい全身イラストをホモ絵師に書いてもらおう。それで抱き枕カバー作ったあげるよ。それが君のボーナスだ」


──スタスタスタスタ

 それをジト目で告げると、マチュアは急ぎ足でゲートルームに向かう。

 後ろで絶叫している高嶋を他所に、マチュアはジ・アースへと帰還した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 数日後。

 頼まれていたワルプルギスの特殊な結界も施し、のんびりと酒場カナンでマフィンを焼いている。

 因みに現在のワルプルギスでのマチュア達のイメージはこう。


 マチュアが悪魔だと

 信じる :99%

 信じない:1%


 マチュアが悪魔だと

 怖い  :95%

 怖くない:1%

 その他 :4%


 ヒト族は

 殺せ  :85%

 まあ許す:13%

 無視  :1%

 その他 :1%


 ヒト族になったドラゴンランスは

 殺せ  :53%

 まあ許す:39%

 無視  :3%

 その他 :5%


 予想外にドラゴンランスに対しては食いつきがいい。

 だが、マチュアはとなると、街の中では大半は怯えた目つき、昔から馴染んでいる人たちはまあ普通。

 怖がる人が大半を占めている。


──コンコン

 入口をノックする音がした。

「はいはい……何だボンキチか。なしたの?」

「マフィンを買いに来たんだが。四種八つだ」

「ほいほい。丁度焼きあがったのがあるから……」

 すぐさまボンキチの下げている二つのバスケットに入れると、オレンジジュースを一瓶おまけした。

 それを手渡して代金を受け取ると、ボンキチはすぐには帰らない。


「マチュア、頼みがある」

「ん?りんごジュースもか?」

「ヒト族の国で、俺を鍛えて欲しい。いや、鍛えてくれるように頼み込んで欲しい」

 スッと頭を下げる。

 丁寧に頼んで来るのなら、それを断るのもどうかと。

「鍛えるんなら全員。三十の日ごとに半数なら、多分強くしてもらえるよ。みんなと相談しておいで」


──コクツッ

 頭を下げて店から出るボンキチ。

 ならばついでにと、マフィンを二箱持って店から出る。


──ガラガラガラガラ

 すると、四頭建ての大型馬車がマチュアの目の前を駆け抜けていき、少し先でゆっくりと停止した。


──ガチャッ

 そして、綺麗なチュニックに身を包み、装飾された剣を下げた魔人が馬車から出て来る。

「そこの半魔族。それはなんだ?」

 どこの貴族かとといたくなるが、まあ、面倒なので。

「マフィンですが」

「マフィン?それは食べ物か?」

「ええ、そうですよ」

 ふむふむと納得している男性。

「よし、味見してやるから寄越せ」

「アホ、これは納品分だよ。見ず知らずの貴族に、タダであげる理由なんかないわ」

 そう話してから、男を無視してパスカル雑貨店に向かったが。


「待て、今、貴様なんといった?」

「アホ?」

 プライドが高いので、この一言でルフト・シュピーゲルは切れた。

 半魔族如きが、この俺をアホだと?

「許さん。そこになおれ、斬り殺してやるわ」


──ガチャッ

 すぐさま剣を引き抜く。

 すると、炎龍の剣が炎を上げた。

「あ〜の〜ね。どこの世界に納品予定の商品をポイポイあげるやつがいるのだよ。わかったらとっととどっかいきなさい。これだから貴族のボンボンは……」


──ヒュンッ

 素早く斬りかかる男。

 その切っ先の速度は、普通の冒険者には見えない。

 だが。


──パシッ

 腰を入れて剣を握る手に向かって回し蹴りをすると、そのまま剣を横に吹き飛ばした。

 両手で箱を持っているので手が使えないが、この程度の剣戟ならこれで十分。


 だが、男は驚きをあらわにした。

 まさか、自分の剣を見切る者がいるとは。

 しかもカウンターで剣を吹き飛ばしたりと、彼にとっての常識は覆された。


「フハハハハ……いいぞ貴様、半魔族にしてはやるでないか。俺はルフト・シュピーゲル、貴様を俺の配下として迎え入れてやろう」


──ン?

 そのセリフに、マチュアは思わずルフトの顔をまじまじと見る。

「皇王殺したのはあんたか。そうかそうか……じゃ‼︎」

 そう呟いて、マチュアはルフトを無視してパスカルの店へと向かうのだが。

「俺を無視するとはな……その罪は万死に値するぞ、神々の加護を得た魔人ルフトの力、思い知るがフベシッ‼︎」


──スパァァァァン

 素早くツッコミハリセンを引き抜くと、スタンアタックでルフトの顔面を痛打する。

 その一撃でルフトは意識を失い、慌てて飛び出した従者によって馬車に運ばれた。


──ガラガラガラガラ

 いつそのまま勢いよく走り出すと、馬車は真っ直ぐに貴族区へと走っていった。


………

……


「ほい、マフィンです」

「いつもお疲れ様です。代金は店長からお願いします」

 マフィンの納品をしてから、マチュアはパスカルの元で代金を受け取る。

「さっき外が騒がしかったけれど、何かあったのか?」

「ルフト王がマフィン寄越せって絡んできて!しかも部下にしてくれるっていうから」


──オオオオ

 他カウンター近くの人がマチュアを見る。

「力一杯ぶっ飛ばしてきた」

「ん」

 コクリと頷くパスカル。

 そしてキセルにタバコを詰めて火を付けると、のんびりと吹かす。

「ま、マチュアさん、何て事するんですか?相手は異世界から来た勇者ですよ?勝てると思っているのですか?」

「異世界からきた悪魔が勝てないとでも?」

 はぅあ。

 その自信満々はどこから来るのかと思うが。

 既に本日一勝をキープ。

「あ、そっか。そうですよね……」

 そう告げてあっさりと引く一同。

「さっきの威勢のいい音は、その武器か」


──スッ

 拡張エクステバッグから取り出したミスリル製ハリセン。

 それをパスカルに手渡す。


──ブンブン

 軽く振り回すと、パスカルは鑑定天秤で鑑定して見る。


『ツッコミハリセン:ミスリル製、非殺傷兵器、相手の心を穏やかにしたり、やる気を削ぐ。アンデットにも有効、第一階位アーティファクト、マチュア作』


「ふぅん。幾らで売る?」

「金貨一枚でいいよ」

「ん」


──コトッ

 カウンターに金貨を一枚置くと、パスカルはそれを後ろの拡張エクステバッグにしまい込む。

「それ、何に使うの?」

「マチュアが悪さしたら使う」

 あ、成程。

 流石のマチュアでも、何故かこれには抵抗できない。

「まあ、そうならないように気をつけますよ。それでは〜」

 笑いながら逃げるマチュア。

 それに軽く手を上げて返事をするパスカル。

 いつも通りの日常であった。


………

……


 ライトニング邸。

 各都市を巡回しているルフト・シュピーゲルは、北東部最後となるワルプルギスへとやって来た。

 お忍び視察でやって来たのだが、邸に来る途中の無礼な半魔族に気絶させられて、気が付くとライトニング邸の前にやって来ていた。


「……あの女はどこに行った?」

 苛々しながら、部下に問いかける。

「行方不明です。ルフト様が意識を失っている最中に、街のものに問い合わせたのですが……みな一様に口を閉ざしてまして……」

「何としても捕らえろ。大陸王である俺にあのような無礼、断じて許す訳にはいかない」

「ライトニング卿にも手配します。さあ、到着しましたよ」


──ガラガラガラガラ

 ゆっくりと馬車が敷地内に入る。

 正面玄関ではライトニングと、その横にドラゴンランスのメンバーが待っていた。

 ガチャッとドアが開いてルフト王が降りると、ライトニングに向かって開口一番。

「何故ヒト族がここにいる?討伐はどうなっている」

「その事で。我がワルプルギスは、ヒト族の国に対しての侵攻を停止しました」


──ピクッ

 若きルフト王の眉間が動く。

「詳しい事情を聞きたい」

「ではこちらへ」

 そう告げると、ライトニングはルフト王を普段は使わない貴賓室へと案内した。


………

……


「長旅お疲れ様でした。まずは喉を潤しください」

 上座に座るルフト王の前に、オレンジジュースとマフィンか置かれる。

 先ほどの芳しい香り。

 ルフトはマフィンを一つ手に取ると、端を千切って口に放り込む。


──モグッ

 ルフトにとってははじめての味。

 カッ‼︎と目を見開いて、ルフトは大口を開けてマフィンを食べる。

 時折喉を詰まらせそうになると、一緒においてあるオレンジジュースを飲む。


 しばらくの間、ルフト王は黙々とおやつタイムに突入していた。


(あれを初めて食べたら、そうだよなぁ)


 後ろで控えているレオニードとトイプーが頷く。


 やがて満足したのか、ルフト王はライトニングに話を振る。

「先の話、我は全土にヒト族を始めとする亜人種討伐を命じた。それに従わない理由は?」

 表情を変えずに淡々と告げる。

 ならばと、ライトニングも頭を下げてから。

「ヒト族の持つ技術には、我々魔族にも予想できない程のものがあります。特にマジックアイテムを製作する錬金術。これは失うには惜しいかと」

「それで?」

「ならば、我がワルプルギスはヒト族との交易を行い、双方の益となる事を選択しました。王よ、今一度ご再考願えれば幸いです」

 目の前で頭を下げるライトニング。

 それを見、後ろに立つレオニード達を見る。


「後十の日以内にヒト族を殲滅しろ、命令は変わらん……と、言いたい所だが」

 言葉を止めるルフト王。

 ライトニングの思いが届いたのかと思ったが。

 その次の言葉は絶望であった。

「後二十七の日、シャイターン王都で大陸統一武術大会が行われる。勝者には名誉と莫大な賞金が与えられるのだが、それに参加して優勝しろ。慣例上ではあるが、勝者は望みのものを一つ得る事が出来る」

 そう告げてから、ルフト王は立ち上がる。

「その蜜菓子を焼いた半魔族も強制参加させろ、わしに恥をかかせた事を後悔させてやる。どちらも優勝できなかった場合、ワルプルギスはヒト族と手を組んだとして殲滅対象とする」

 そう告げると、ルフト王は高らかに笑いながら屋敷を後にした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「……という事があったのだよ」

 その日の夜。

 酒場カナンのカウンターで、レオニードとトイプーがマチュアと話している。

「それで、マチュアさんはルフト王に何かやったのかしら?」

「無礼だから、街道のど真ん中でぶっ飛ばした。いきなりマフィンを寄越せとか、部下にしてやるっていうから断りまくって。そうしたらキレて襲いかかってきたからぶっ飛ばした」

 あっちゃあ。

 そんな事があったのか。


「……まあ、それは仕方ないか。それで、大会には俺が参加する事になったので、昼間にボンキチが話していた修行をお願いしたいのだが」

 そう繋がるのか。

 ふむふむと頭を振ると、マチュアは一言。

「まずは誰と誰?」

「俺とアレクトー、ラオラオで頼む」

 後ろのテーブルで食事をしているアレクトーとラオラオも頭を下げる。

「留守番はボンキチとトイプーだね。なら、もしなんかあったら私のとこに来て」

「宜しくお願いしますわ」

 トイプーとボンキチも頭を下げる。

 なら、話は早い方がいい。

 幸いなことに、店内はマチュアとドラゴンランスの面々のみ。


──ガタッ

 マチュアは窓の鎧戸を締めて、入り口のドアも鍵をかける。

「まさか、今からここで特訓か?」

「まっさかぁ」


──ブゥゥゥン

 突然目の前にゲートを開く。

 行き先はアスタートの酒場カナン隣。

「そんじゃあ、行こうか」

「何処へですか?それにこれは……第六聖典レジェンドの空間接続。それも単独で行えるなど」

 アレクトーが驚くので、マチュアは一言。

「こんなの簡単。さ、行きましょう」

 そうマチュアに促されて、一行は恐る恐るゲートを越えていった。


………

……


 暗い店内。

 マチュアは魔法で光球ライトを付けると、店内を明るくした。

「ここはどこなんだ?」

「神聖アスタ公国公都アスタート。そこの酒場カナンの隣だね」

「な、何だと?」

 慌てて全員が窓を開けて外を見る。

 魔法による明かりがあちこちに灯され、夜にもかかわらず大勢の人が歩いている。

 その光景は、ワルプルギスよりも魔法分便利であろう。


「信じられない……こんなにヒト族の文明が戻っているなんて」

「綺麗ですわ……魔法技術はやはりヒト族の方が上ですか」

 感動している一向に、マチュアは一言。

「そんじゃあ、明日からの訓練についての師匠を呼ぶね。ステア、フリージア、シャロン‼︎」


──シュンッ

 一瞬でマチュアの前に現れる三名。

「お帰りなさい、マチュア様。それで、本日はどのようなご用件ですか」

「勇者育成コースの調子は?」

 そう問いかけると、フリージアが一言。

「勇者は才能。基礎訓練で手間取っていますわ」

「あの連中は骨がない。いや、あるのだが」

 ステア、そんなボケはいらない。


「ここの五名も追加だ。ガイアとファーマスの加護を受けた」


──パン

 思わず手を叩くフリージア。

 そしてシャロンも嬉しそうである。

「そっちの騎士と戦士は鍛えがいがありそうね。ステア様はどう思いますか?」

「エルフの女の魔力は高い。どれ、私が竜語魔術を教えよう」

「なら、私はちっこいの二人ね。司祭とアサシン、どっちも最高位まで行けますわ」

 五人の周りを歩きながら値踏みするフリージアたち。

 その迫力に、レオニードたちも身動きが取れない。

「マチュアさん、この方々は?」

 どうにかレオニードが問いかけたので。

「元勇者のパーティメンバーと、混沌竜の方です」


──ザワッ

「今日から二十五の日で、レオニードさんとアレクトーさん、ラオラオは勇者育成コースで特訓です。フリージア、三人はとなりに部屋を用意してあげて、身の回りの簡単な事をお任せしますね」

 そう三人に頭を下げる。


「マチュアさま、前からおっしゃっていますが、人前で臣下に頭を下げるのはおやめください」

「我らカナンの名を持つものは、全て等しくマチュアさまの臣下です」

「我が主人よ、もっと胸を張りなさい‼︎」


 シャロンが、フリージアが、そしてステアがマチュアを諌める。

 その光景を、レオニードたちはポカーンと見ていた。

「は、ボンキチとトイプーは帰るよ。二十五の日が来たら迎えに来るから、その時はボンキチとトイプーが修行ね……いや、面倒いから、みんな今から修行。ライトニングの警備は私がするわ……そんじゃ」


──シュンッ

 一瞬で消えたマチュア。

 あまりにも一方的に決められた挙句、何も知らない所に置いてきぼりになった。

「え……えええええ?」

 ようやく状況が理解出来ると、五人は隣の酒場へと案内された。




誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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