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悪魔の章・その31・課税重税、ついでに差別

 ベルファスト王の死は、すぐさま大陸全土に広がって行った。


 そして七の日の後には、新たなる大陸王として勇者ルフト・シュピーゲルの名前が公布され、それまでのベルファストの家臣全てがルフトに忠誠を誓った。

 各都市にはルフトの名でさまざまな御触れが張り出され、その内容に人々は困惑するしかなかった。


 それまで各地方都市に課せられていた税が倍額以上に増やされ、どうしていいかわからない者たちが街の中に溢れ始めていた。

 そしてワルプルギスでも、この御触れに対してあちこちで噂が飛び交った。



「……ふぅ〜」

 キセルを吹かしながら、パスカルはカウンターの上に並んでいる買取希望の物品を眺めている。

 目の前の冒険者は、税金が払えないらしく、ダンジョンなどで入手したアイテムの買取を頼みに来たらしい。

「ポーションねぇ。中身は水で薄めて二つに分けているのかぁ」

「な、何でそんな事を?」

「鑑定天秤はそれぐらいお見通しだよ。という事ですので、これは買い取らない。こっちの指輪と腕輪は適正価格で買い取ってあげるよ」


──チッ

 ジャラッと置かれた銀貨を受け取って、舌打ちをして出て行く男。

 それを横目で見ながら、マチュアは次々とやって来る冒険者を眺めている。


「あれ?マチュアちゃんは税金対策大丈夫なの?」

 と、並んでいる冒険者が問いかけるので。

「カナン商会も酒場も、もう商人ギルドに納税済みだよ。御触れ見てからすぐに支払ったもんねぇ……」

「何かもう、俺たち市民を殺す気かーってなるよなぁ。そのうち大手商会が襲われたりするんじゃないのか?」

「うちは商会も倉庫も結界で保護してあるから、打ち壊しや強奪しょうとする人達がいても入れませんよーだ」

 敢えて大声で叫ぶ。

 これで冒険者たちはカナン商会の防御力は理解しただろう。

 噂が流れれば、カナン商会まで手を出す者など出て来なくなる。


「あ、マチュア、それうちも頼むな」

 買取中にも拘わらず、パスカルが横でスクロールを物色しているマチュアに金貨を五枚手渡した。

 それをニコニコと受け取ると、マチュアは早速羊皮紙を取り出し、『広範囲・敵性防御・持続』の魔法陣を作り出す。

 真面目に作ったもので、後はパスカルが魔力を注げば完成し起動する。


──パサッ

「出来たよ。魔法陣の真ん中に魔力を注げば起動するから」

 そう説明すると、パスカルはすぐさま魔法陣に魔力を注いで起動すると、魔法陣が激しく輝いた。


──ブゥゥゥン

「この魔法陣はどうすればいい?」

「後ろの壁に貼り付けると良い。剥がせなくなるけど、ずっと守ってくれるよ。七の日に一度、魔力を込めてね」

「ん」

 目を細めての一言は、パスカルの了解の合図。

 随分と忙しそうなので、マチュアはスクロール製作用の羊皮紙を大量に購入すると、それらを纏めて拡張エクステバッグに放り込んだ。

「そんじゃ、またね〜」

 手を振ってパスカル雑貨店から外に出ると、街の彼方此方あちこちがやはり落ち着きのないように感じる。


 街の中では、今や半魔族の姿は見えない。

 今の時点で粛清の対象となってしまったので、殺されて奪われても文句は言えない。

 それは騎士たちにも徹底され、半魔族は納税を証明する割符が無ければ投獄される。


──酒場カナン

「しっかし……ここまで徹底するとはねぇ。こりゃあ私も一時逃げた方がいいな」

 パスカル雑貨店から戻って来たマチュアは、取り敢えず店の中の荷物を次々と拡張エクステバッグにしまっていく。

 いくら納税を証明出来ても、どこで難癖付けて来るか分かったものではない。

 一刻程で全ての棚の酒や調理道具を木箱に収めると、全てを拡張エクステバッグに放り込む。

 そして拡張エクステバッグも空間収納チェストに放り込んで、普通のバッグを取り出して肩から下げる。


「そんじゃ、しばらくは留守にするよと」

──ギィィィィィィッ

 店から出ると、入口に『しばらくお休み』と書いた札を貼り付けると、マチュアはのんびりとカナン商会へと歩いて行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──ガラガラガラガラ

 カナン商会に近づくと、マチュアはすれ違う馬車や冒険者の大群に気が付いた。

 何か大きい討伐任務が出たのか?

 そんな事を考えて歩いていると、前の方からレオニードたちドラゴンランスのメンバーの姿が見えた。


「お、アレクトーさんやほやほ」

──ブンブン

 力一杯手を振ると、アレクトーはマチュアの元に駆け寄ってくる。

「よかった。マチュアちゃんは無事だったのね?」

「そりゃあもう。酒場は空にして閉めてきたし、カナン商会で指示を出して街から避難するよ」

 そう話すと、アレクトーはマチュアの肩を掴んで一言。

「街から出ちゃダメよ。街の外の半魔族とヒト族は全て粛清の対象になったから、納税証明があっても駄目だから」

「ふぁ?」

 久しぶりの声にならない声。

 するとボンキチがマチュアをじっと見る。

「悪い事は言わない、ここにいろ」

「おいらたちは、ヒト族の粛清に向かうんだよ。巻き込まれないようにしないとまずいからね」

「ええ。ですので、マチュアさんは街から出ないでくださいね」

 ラオラオもトイプーも、マチュアに街に留まるように告げる。

 けど、ヒト族の粛清と聞くと黙ってられない。


「そんな事を聞いて、黙っている訳にはいかないなぁ。ヒト族の粛清なら、一足先に逃げるように伝えるよ。こんな理不尽な話は納得出来ないからね」


──ヒュンッ

 すると、レオニードが抜刀してマチュアの前で新品の剣を振った。

「悪いが、ライトニング卿からも言われているのでね。マチュアから貰った剣ではなく、こっちをようやく解放する事が出来るからな」


──カチャン

 そう話してから、レオニードは剣を収める。

 そしてヒト族討伐部隊の人波に戻ると、真っ直ぐに正門へと歩いて行った。


「へぇ……こりゃあ困った事になったなぁ。急いで商会まで向かうか」

 レオニードたちと別れると、マチュアはすぐさまカナン商会に向かった。


………

……


 ルフト・シュピーゲルの御触書の直後、カナン商会は全ての納税を終え、従業員の生命権を購入した。

 これでカナン商会は何があっても盤石となったが、それよりもヒト族討伐部隊の動向が気になってしょうがない。


「フェザーさんはどこ?」

 入り口からすぐのカウンターでゴブリン嬢に問いかける。

 すると、ゴブリン嬢は二階へ続く階段を指差す。

「会議室で、近隣の商会の方と打ち合わせしていますよ。追加納税出来ない商会は、今回のヒト族討伐部隊の食料や物資を提供しろと言われたそうですから」

「はぁ。成程ねぇ。なら、ここで待ってますか」

 そう告げてから、いつものようにカウンターの隅っこでもぐもぐとティータイム。

 行き交う商人達も、カナン商会なら安全とやって来てくれている。

 この信頼を裏切る訳にはいかない。

「しっかし……何だろうなぁ、予定と違う進行は……」

 ぼーっとここ最近の動きを考える。

 人と魔族の融和どころか、まず人族が先に滅ぶわと、マチュアは口を酸っぱくして言いたくなって来て。


──ガヤガヤ

 しばらくすると、二階から大勢の商人が降りてくる。

 その中にはフェザーも混ざっており、全員が笑っている所を見ると、どうやら話し合いは無事に終わったようである。

 入り口まで商人たちを見送ると、フェザーはカウンターでお茶を飲んでいるマチュアに気がついた。


──スタスタ

「これはマチュア様。どうしたのですか?」

「街の中は半魔族にとって居心地が悪いので、田舎に暫く引き籠る。こっちは何とかなる?」

「ええ。特に問題はありませんので、緊急時には連絡します」


──チョイチョイ

 すると、マチュアはフェザーに耳を貸せと指で指示する。

 そしてこっそりと一言。

「ヒト族の粛清が始まった。最悪、私がルフト・シュピーゲルとやり合うかもしれないので、その時は頼むね」

「畏まりました。全ては御身のために」

 コソコソ話はここでおしまい。

 どうも外から見ると微笑ましいらしく、みなほっこりとした笑顔で見ている。

 話の内容はこれ以上ないぐらい血生臭いのだが。


 そんなこんなでカナン商会から外に出ると、マチュアは真っ直ぐに正門へと向かって……止められた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「誠に申し訳ありませんが、半魔族の都市外への出入りは禁じられていますので、マチュアさんも街に戻ってください」

 正門にやって来たマチュアを見て、警備の騎士がマチュアの前に立ってそう告げた。

「何でぇ?」

「外に出ても身の安全は保証できないのと、都市内部の半魔族がヒト族と内通する可能性があるからと、ライトニング卿からの命令です」


──ポン

 思わず手を打ってしまう。

 そうかそうか。

 あの御触れの内容では仕方ない。

「そかそか。それじゃあ仕方ないなぁ」

「マチュアさんを疑っているのではありませんよ。ただ、規則ですので一人でも例外を認める訳にはいかないのですよ」

 必死にそう説明してくれるので、マチュアも軽く頭を下げて街の中に戻る。

 そしてすぐさま酒場カナンに戻ると、しっかりと鍵を掛けて二階に上って行った。

「さて、たかがヒト族の討伐にわざわざ出向く筈がない。ならば……」

 まずは対抗策を考えるべく、マチュアは一度アスタートへと転移した。


………

……


──シュンッ

 酒場の自室に戻ると、悪魔っ娘モードに切り替えて階段を降りる。

「あら、マチュアさま。本日はこちらで仕事ですか?」

 今日はフロリダが酒場担当らしい。

 店内には大勢の客が集まって、のんびりと食事を楽しんでいる。

「そ。仕事は多分四日以内だと思うけど、先に手を打っておかないとならなくてね」


──ドダダダダダダッ

 店から飛び出して真っ直ぐにアマルテアの元に飛んでいく。

 街の中はすっかり人間の街並みと活気を取り戻しつつある。

 そんな中を、悪魔が箒に乗って飛んでいくのだから、事情を知らない人は大慌てである。

 彼方此方あちこちから悲鳴が上がるのだが、そんな事は構ってられない。

 一目散にアマルテアの屋敷に辿り着くと、マチュアは門番に一言。


「急務。アマルテアに取り次いで」

「ではこちらへどうぞ」

 あっさりと返答が返ってくる。

「へ?どういう事?」

「悪魔マチュアが来たら全てを無視して通して構わないと告げられてますので」

 あ、そういう事ね。

 ならばと門番の後ろについて屋敷に入ると、真っ直ぐに応接間にやってくる。


「すぐにいらっしゃいますので、どうぞお掛けください」

「それでは遠慮なく……」

 ゆっくりと腰を下ろして、すぐさまティーセットを空間収納チェストから取り出す。

 アプルティーとティラミス。

 それを皿に取り分けて置いておくと、ひとまずお先に食べ始める。

「モグモグ……あっまぁぁぁい……」

 ニィッと笑いながら美味しそうに食べていると、すぐにアマルテアもやってきた。

「これは悪魔マチュア様、大慌てでどうしましたか?」

 突然の来訪には、アマルテアも驚いている。

 なので、マチュアはまずは一杯とアプルティーを勧めた。


「まあまあ、まずは一杯どうぞ。あと、これはティラミスという菓子です」

「これはマチュア様自らとは。ありがたく頂きます」


──スッ

 軽く一口飲んで喉を潤したので、マチュアは早速本題に入る。


「アマルテア、まず最初にだけど皇王が変わったのは知っているか?」

「え、そうなのですか?」

 やや驚いた顔でマチュアの顔をじっと見る。

「という事は、新しい皇王は何処の王が就いたのですか」

「三王は変わらずだよ。新しく異世界の魔人が召喚されたんだ。名前はルフト・シュピーゲル、勇者召喚で呼び出された、最悪の勇者だよ」


──サーッ

 アマルテアの顔が真っ青になる。

 またしても、大厄災の恐怖が舞い降りるのかと思うと、生きた心地がしない。

「そ、それで、その勇者はまさか……」


──コクリ

 ゆっくりと頷くマチュア。

「まず最初に亜種族と半魔族、ヒト族の粛清を宣言した。後四日もすれば、結界の外にワルプルギスからやって来る討伐隊が到着するんだけどなぁ……」

 どうしよっかな〜。

 のように話しているマチュア。

「せっかく取り戻した文明が……また我々は滅びの道を歩むのですか?」

 絶望感に包まれたアマルテア。

 だが、何故かマチュアは余裕顔。

「アマルテア、今日から騎士団を強くする。ステア、フリージア、シャロン」


──シュンッ

 マチュアの背後にスッと姿をあらわす三人。

「すまないが、三人の持っている技術の全てを懸けて、この国の騎士団を鍛えて欲しい。その中から才能のあるやつを見つけて、人間の勇者を育成してくれないか?」

 その言葉に三人は頭を下げる。

 マチュアの言葉は絶対。

 故に逆らう事はない。

「では、早速向かいますか。アマルテアさん、騎士団まで案内してください」

「勇者の育成とは、三百年以上前ですから、腕が鈍ってなければ良いのですけれど」

 真面目なシャロンと笑いながら話しているフリージア。

 そしてステアはと言うと。


──ゴキゴキッ

 拳を鳴らして嬉しそうである。

「ワッハッハッ。私と五分に戦えるように鍛えてやるわ‼︎」

 すぐさま三人は立ち上がる。

 そしてアマルテアも三人に深々と頭を下げた。


「我々が魔族と戦うのですか……」

 覚悟を決めたアマルテアだが。

「んにゃ。戦うのは私。ここの騎士団とこれから作る勇者は、異世界の勇者ルフト・シュピーゲルを倒してもらう。それまでは私がヒト族を守ってあげるから……」

 ニコニコと笑うマチュア。

「と言う事で、アマルテアは功を焦る騎士を止める事、セシリアに事情を話す事。いい事、あんたたちは魔族とは戦っちゃ駄目だからね」

「わかりました。それでは早速向かうとします……しかし悪魔マチュア、あなたが魔族と戦ったら、もうワルプルギスには帰れないのでは?」

 ん〜。

 その言葉には腕を組んで考えてしまう。

 せっかくあそこまで盛り上げたのに、それを捨てるのも勿体ない。


「いや、普通に帰るけど。何とかなるしょ?」

 ならんならん。

 どうして何とかなると考えるのか、小一時間問い詰めたい。

「取り敢えずは、向こうの準備を終わらせてから、直接ミッドガルに出る。後はこっちで上手くやるから、こっちは任せるよ……最悪の時は三人にも手伝って貰うから」

 そう告げて、マチュアは再びワルプルギスの酒場カナンに戻った。


「……滅びから再生への道を示してくれたのも悪魔マチュア。なら、我々はその言葉に従いましょう……」

 アマルテアはそう呟くと、待っていた三人についていった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──シュンッ

 一瞬でアスタートからワルプルギスに戻って来たマチュア。

 自動換装も問題なく作動しているので、ツノオレモードのまま外に出る。

 時間などそれほど進んではいないので、まずはカナン商会に一旦戻る事にした。


「……フェザーさんや、一段落したらちょいと二階に来てくださいな」

 奥の机で書類を眺めているフェザーに楽しそうに告げると、マチュアは先に二階に上っていく。

 すぐさまいつも使っている部屋に入ると、再びティータイムの準備を開始。

 のんびりとした時間を過ごしていた。


 少しして扉がノックされると、フェザーが静かに入ってくる。

「大変お待たせしました。何かおありですか?」

「アリさ、大アリさ……って、これはフェザーにはわからないか。ヒト族の結界を守るのに本気を出すから、カナン商会の全権をフェザーに返します」

 きっぱりと言い切るフェザー。

 すると、やれやれと言わんばかりに溜息をつく。

「我が主人よ。返すではなく、お預かりします。権利全ては私の名義となりますが、マチュア様はカナン商会の代表である事に変わりはありません」

「きっと本気出したら、ここも罪に問われる可能性がある。その時は知らなかったで誤魔化せ、いいね」

「了解です。では早速切り替えに向かいますか。理由はどのように?」

 そう問われると考える。

 考えて思いついた事は一つ。


「半魔族が代表だと、今のルフト・シュピーゲル政権では迫害されるから、マチュアは引退すると」

「それですね……では」

 にこやかに部屋から出る二人。

 そのまま手続きを全て終わらせると、後のことはフェザーに任せて市街地をのんびりと進む。


 いつもなら騒がしい冒険者ギルドや隣の宿も

 暇な連中で溢れている繁華街も

 今日からは静かになっている。

 街の大半の冒険者は、ヒト族の結界に向かって侵攻している。

 もし結界を越えられる時は、本気で殺す気でやらなくてはならない。


──テクテク……

 ふと気がつくと、マチュアはパスカル雑貨店の前にやって来ていた。

「むぅ……」

 どうしようかなと考えて、マチュアはのんびりと店内に入る。

 いつものような店内。

 冒険者の姿こそないが、一般の客もちらほらと見えている。

 カウンターではパスカルが買い取りの相談をしており、いつものようにキセルを咥えたまま頭を振っている。


「まあ、銀貨三枚が良いところだよ。それでもかなり譲歩しているんだからな」

「そうか……ならそれでいい。買い取ってくれ」

 ジャラッとカウンターに銀貨三枚が置かれると、客はそれを持って外に出る。

 すると、買い取ったばかりの短剣を軽く眺めて横に置くと、マチュアに気がついたのかコイコイと呼んでいる。

「へ?どうしたの?」

「それはこっちのセリフだよ。何かあったのか?」

 心配そうにマチュアを見るパスカル。

 まるで今の心境が見えたかのように、話しかけている。

「ん〜、あった。あったんだけどなぁ……ん〜」

 腕を組んで考えているマチュアを見て、パスカルはフッと笑った。

「言葉にならず悩むのなら大丈夫だな。それは答えが出ていて、決断に困っているだけだよ」

 キセルの火皿を空にして、別のタバコを詰める。

 そして火を付けて軽く吹かす。


──モクモク

 ほのかに甘い香りが周囲に漂うと、パスカルはマチュアの顔をじっと見ている。

「明日はマフィンの配達をできるかな?」

「ん……と。今から少し多めに作るので、それを全部持ってくるよ。明日からは多分来れないから」

「そっか。じゃあ、明日の朝一で持っておいで。纏めて買い取るから……出来るだけ多くね」


──コクコク

 軽く頭を下げると、マチュアは真っ直ぐに酒場カナンに戻った。


 必要な道具を全部引っ張り出して、大量のマフィンとバターロール、クロワッサンを仕込み始める。

 暫く使わないだろうとしまっておいた平箱を全部取り出すと、竃に火を入れてゆっくりと焼き始める。

 酒場カナンの煙突や正面扉からも焼きたてのパンとマフィンの香りが漂い、通りすがりや近所の人が買いに来てくれる。

 本日は数の制限はない。

 次々と焼いては販売し、納品用の数はキープする。

 材料が足りなくなると商店街まで走って買い付け、また焼き始める。


 日が暮れる頃には、自分の予備とパスカル雑貨店の納品分も完成したので、マチュアは二階に戻って一休み。


 翌朝一番でパスカル雑貨店にやって来ると、食品関係のカウンターまで運んでいく。

 いつものようにキセルを咥えたパスカルが、マチュアを見かけて軽く頷く。

 二十枚の平箱全てを納品すると、食品担当の子と二人でパスカルの元まで平箱を運ぶ。


「こりゃまた、随分と作ったねぇ」

拡張エクステバッグに保管してね。時間は流れない筈だから」

「ん。ありがと」

 そう告げてから、パスカルは袋から金貨八枚を取り出す。

「ほら、いつもありがとうね。それで、いつ出るんだい?」

「今日、このあと。正門では止められるから無理やり飛んでいくと思う……」

「そっか。平箱二十枚なら十の日分か。切れる頃には戻って来れるかな?」

 ニイッと笑うパスカル。


 パスカルは優しい。

 どんな時でも、客の、友達の立場を考えている。

 昨日の短剣だってそう。

 引き取り価格なんて銀貨一枚がせいぜい。

 それを三枚で買い取った。


 気が付くと、マチュアの目からは涙が溢れている。

 正体を明かしても、きっとパスカルは同じように接してくれる。

 今まで、ずっと騙していてごめんなさい。


「ほらほら、泣いてないで。涙を拭いて早く出掛けなさい……うちは、いつまでも待っているからね。パスカル雑貨店は、旅人の為の店だ。困った事があったらいつでもおいで」


──コクコク

 何度も頷いてから、マチュアは涙を拭う。

「さて……それじゃあ行ってきます」

「ん」

 いつものように目を細めて一言。

 これでいい。

 いつもの日常。

 そのままマチュアは、パスカル雑貨店を後にすると、堂々と道の真ん中で転移した。




誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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