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悪魔の章・その30・王の決断、皇王の判断

 中央山脈の火山の活性化から数日後。


 シャイターン王国領王都にある王城の謁見の間は、静かな緊張に包まれている。

 室内には近衛騎士と執務官のボールマン、そして王座に座っているシャイターン王と、跪いているライトニング卿がいた。



「久し振りの謁見だな、ライトニング」

 旧友との再会を懐かしむように、シャイターンはライトニングを椅子の上から見下ろしている。

 言葉を受けたライトニングも、ゆっくりと頭を上げながら。

「ご無沙汰しています。陛下もご健在でなによりです」

 ウンウンとライトニングを見ているシャイターン。

 すると、ライトニングも意を決した表情となり、話を始めた。

「無礼を承知でお伺いしたいのですが。こたびのヒト族との交易、あれは後々に結界の向こうのヒト族を滅ぼす為の策であると考えて宜しいのですか?」


 やはりそう来たか。

 ヒト族の結界と最も近い都市であるワルプルギスの領主なら、そのような懸念が生まれるのは当たり前。

 シャイターンもいつかは問われると思ってはいたのだが、用意してある回答は一つ。


「ライトニングよ。我は、ヒト族の持つ叡智を失うのは惜しいと判断した。我だけでは無い、この大陸の三王すべてが、ヒト族との融和を考えている」

 この答えはライトニングの求めていたものではない。

「バカな!ヒト族は大厄災より前は我ら魔族を虐げていた存在。今更そのような事を我々が受け入れるとでも?」

「ライトニング、口を慎みなさい‼︎」

 すかさずボールマンがライトニングを嗜めるが、シャイターンは手を挙げてそれを止める。


「今すぐワルプルギスにヒト族を受け入れるのは無理だろう。だからこそ、交易許可証を発行し、ヒト族の結界の中に入る事を許可して貰ったのだ」

「この事は皇王はご存知ですか?」

「いや。三王の会議によるものだ。皇王ベルファストはヒト族の存在を根底から認めていない」

「ならば何故?」

 そのライトニングの言葉でボールマンが前に出るが、すぐにシャイターンは止める。

「何故だろうな。奪い合い殺し合い、そのような時代には終止符を打ちたくなった。これは近いうちに大陸全土に発令されるが、その前に皇王にも報告せねばならぬ事」


 陛下は本気でヒト族と魔族が共に住まう世界を作ろうとしている。

 心の中に恨みや嫉妬の感情が高まると、我々魔族でも亜種族のように大回帰に繋がるかもしれない。

 それを防ぐ為には、ヒト族の持つ穏やかな感情も必要なのか?

 それは我々も持っているが、それとはどう違うのだ?

 ライトニングには分からなくなって来た。

 それ故に、シャイターン王の決意の強さを確かめたくなる。


「陛下……もし、皇王ベルファストが人との融和を認めず、根絶やしにしろと命じたらどうなされますか?」

 答えは決まっている。

 皇王の命令に逆らう事など、我々魔族は出来ない。


 世界の天秤によって逆転した世界では、『天秤のカケラ』を持つ皇王の命令は絶対である。

 それは魂にも刻まれており、本能的に逆らう事が出来なくなっている。


 だが。

「その時は……三王で皇王を討つ覚悟もある」

 理解した。

 そうか、陛下は壊れてしまったのだ。

 シャイターン陛下も、グラントリ女王も、サンマルチノ王も、みな、何かが壊れてしまったのだ。

 そうでなくては、このような言葉を紡ぐ筈はない。

 どうして壊れたのか?

 それがわからない。


──フッ

 脳裏に浮かぶ顔。

 それは半魔族のマチュアの顔。

 まさか、ここにまで干渉しているのか?

 不安が膨れ上がる。

 そして、つい言葉に出してしまう。


「陛下……マチュアという半魔族はご存知ですか?」

「ボールマンから報告は受けている。こたびのヒト族との交易について、中間に立って色々と助力した者だな」

 報告…。

 なら、直接会ってはいない。

 それならいい、あの女を陛下に合わせては危険だ。

 少しでも、遠くに離さなくてはならない。


「私も報告は受けました。それ程の力を持つのなら、長きにわたり閉ざされていた大陸間貿易、カナン商会に任せてはいかがでしょう?」


 ヒト族との話し合いができるのなら、この大陸の近く、中央大陸との交易を任せるという名目で、ワルプルギスから引き離してしまいたい。

 船での旅ならば、一度向かうと早々に戻っては来れない。

 それに中央大陸『ク・リューナク』に住む魔族は殆どが魚人、『人魚族』と呼ばれている民である。

 他の魔族を嫌悪している故に交易ができなかった。

 こんな話が成功する筈はなく、運が良ければマチュアは旅先で殺害されるだろう。

 それがいい。


「ほう。ク・リューナクのリョクライ王家は、我ら大陸魔族を敵視している。折角の有能な半魔族をみすみす殺す気か?」

「半魔族ならば、すぐに殺される事はないでしょう。如何ですか?」

 この申し出には、シャイターンも考える。

 マチュアの求めるものが理解出来る。

 なら、人魚族と会って話をするのもアリかもしれない。


「成程、卿の話も一理ある。検討しよう」

「ありがとうございます……」


 これで謁見は終わり、ライトニングは退室する。

 問題は山積み、どうすれば良いか考えさせられる。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 謁見を終えたライトニングは、控えの間で待機していたドラゴンランスの面々の元に戻った。

 謁見の間までは、護衛を連れて行く事は許されていない。

 道中の危険回避の為に連れて来たのである。


「ライトニング卿、如何でしたか」

 そうレオニードが不安そうに問いかけるので、隠す必要もないとライトニングは謁見の間での出来事を全て語った。


「……信じられない。どうしてそのようなことを、陛下は仰ったのか」

「わからぬ。だが、皇王ベルファスト陛下を討つとなると……むぅぅぅぅ」

 レオニードもボンキチも理解出来ない。


 そうまでして、この大陸の人の覇権を認めるのか?

 ならば、これは急ぎ考えなくてはならない。

 そのような事は、この大陸で起こってはいけない。


「私は、この後すぐにベルファスト王領に向かう」

 ライトニングはそう告げる。

 大陸の一国家の、それも一地方領主になど会って貰えるはずがない。

「会ってどうするのです?マチュアさんの事を相談するのですか?」

 トイプーが問い掛けるが、ライトニングは頭を振る。

「いや、カナン商会はもうすぐ大陸間交易認可を得てク・リューナクに向かう。責任者としてマチュアも同行する事になるから、それはないのだが……不安なのだよ」


 人との融和などと言うシャイターン王を諌めてもらう。

 それだけが目的である。


「それで、いつ頃向かうのですか?」

「このまま、真っ直ぐに南へ向かう街道を使って行こうと思う。七の日もあれば着くだろう」

 そう告げて立ち上がる。

 少しゆっくりし過ぎた、直ぐにでも向かわねばならない。

 そう考えて立ち上がると、ここに来る時に使用した二台の馬車に分乗して王城外に向かうのだが。

 跳ね橋を越えて王城外門、警備騎士の横を走った時。


──ヒュゥゥゥンッ

 ほぼ顔パスで、馬車の横を入れ違いに入城するマチュアの姿があった。

 いつものように箒に座り、のんびりと飛んで行く。

 その姿を、ライトニングとドラゴンランスは目を丸くして見ていた。


──ツツッッッッッ

 ライトニングは背筋に冷や汗が流れるのを感じる。

 彼でさえ、王城に入るには厳重なチェックがある。

 それを、それこそ軽い会釈程度で通過して行く。


「と、止めてくれ‼︎直ぐに王城に引き返してくれ」


 ライトニングが御者に怒鳴りつける。

 するとゆっくりと馬車は旋回し、王城へと引き返した。


………

……


 いつものように王城に入ると、正面入り口の横にある通用口の前に、ボールマンとメイド達が立っている。

 この日のマチュアの用事は『納品』。

 月に一度、ティータイムとは関係なくマフィンやパン、瓶入りジュースの納品を行う為にやって来ている。

 本当なら取りに来いと言いたいところだが、熱々のを食べたいと言うシャイターンのワガママを聞いてやる事にしている。


「これはこれは、わざわざご足労頂きまして」

「別にいいよ。どうせこの後は、中央山脈の噴火を見に行こうとしたんだから、ちょっと遠回りなだけだよ」

 そう話しながら、拡張エクステバッグからマフィンの入っている平箱を取り出した時……。


──ガラガラガラガラ

 マチュアとボールマンの真横に、ライトニングの乗っている馬車が止まる。

 そして急ぎドアを開けてライトニングやレオニードが飛び出す。

「マチュアさん、貴方はこんなところで何をしているのです。正門のチェックも受けず、どうして……」

「それには俺も……あれ?」

 ライトニングとレオニードの前では、今、正にマフィンの平箱を手渡している最中である。


「へ?」

「……ライトニング卿。一体どうしたと言うのですか?」

 何が何だかわからないマチュアと、やれやれと困った顔のボールマン。


 謁見室でのやりとりから、ライトニングがマチュアに対して良からぬ印象を持っているのはわかる。

 それを危惧しての行為である事ぐらいは、すぐに理解した。


「な、何って、マフィンとパンの納品……」

 そう話しているマチュアと、平箱を受け取って後ろのメイドに渡すボールマン。

 その後も、クロワッサン二箱とバターロール二箱、麻袋に入った瓶ジュース十本を手渡すと、マチュアは金貨の入った袋をボールマンから受け取った。

「それでは、また三十の日にお願いしますね」

 空箱と空瓶をマチュアに手渡しながら、ボールマンが告げる。

 マチュアもそれを受け取って拡張エクステバッグに収めると、ボールマンに会釈して箒に乗る。


「あ、あれ、本当に納品……」

 動揺するライトニングと、馬車の中で笑いを堪える一行。

 レオニードなど、やれやれと言う顔で馬車に戻った。


「当然ですよ。そもそもマチュア・カナンのカナン商会は王室御用達、チェックを受けずに入れても問題はありませんよ……ライトニング卿、心配性も程々にお願いします」

 やれやれと困った顔のボールマン。

 そのまま人数分のバターロールを箱から出して、馬車の中にいるレオニードに手渡す。

「それでは、お気を付けてくださいね」

 そう話してボールマンは入り口から戻って行く。


 ふと気がつくと、マチュアが馬車の横をふわふわ飛んで待っている。

「途中までご一緒します?王都東門から先は飛んで帰りますけど」

「そうですね。そうしましょう……色々あり過ぎて、少し疲れているのかもしれませんね」

 馬車に乗ってどっかりと座る。

 すると、マチュアは馬車の中のアレクトーに簡易型の蘇生の杖を一本手渡した。

「???」

「魔力を込め直したから、今度は十五回まで使える。これはあげるから、大切に使ってね」

 その言葉には、馬車の中のライトニングでさえ驚いている。

「そんなに簡単にアーティファクトをあげられるものなのか?」

「む。誰彼かまわずなんてあげませんよ。ライトニングさんだから話しますけど、これぐらいなら七の日あれば作れます。カナン商会で売る気になれば売れますけど……売らない」

「どうしてだね?」

 奇跡を起こすアーティファクト。

 それが七の日で作れるのなら、売らない理由はない。

 なのにどうして?


「軍事利用されるから嫌だ。アレクトーさんなら、そんな事しないからあげる」

 この言葉で、ライトニングはふと聴きたくなった。

「ヒト族にはあげるのか?」

「友達ならね。人だから魔族だからって差別は嫌いだからしないけど、友達と敵の認識ぐらいはあるから……」

 それだけ話して、マチュアは箒で馬車の後ろをついて行く。


 やがて馬車はゆっくりと王都南方の門へとやって来る。

 そこから南下して、中央山脈の皇都へと向かうらしい。


「それでは、ここから私たちは皇都に向かうので。マチュアさんも気を付けてください」

 ライトニングがそう話すと、マチュアは心配そうに皆を見る。

「あの、火山がいつ噴火するかわからないので、危険を感じたらすぐに逃げてくださいね」

「火山ですか。あの山が噴火するのではと、王都でも噂にはなっているようですが。大厄災より300年、一度もそんな伝説を見たことはないのです」

「けど、もう噴煙も上がってますから、いつ噴火してもおかしくはないのですよ。もし急がないのでしたら、後日にした方が良いかと」

 その言葉には、ライトニングも静かに頷く。

「まあ、わたしには強い味方が大勢います。マチュアさんから頂いたアレクトーの杖も有りますので、大丈夫ですよ。それでは」

 さう告げて、ライトニングたちを乗せた馬車はガラガラと走っていく。

 それを見送ってから、マチュアは南東へと向かう街道に分かれて、真っ直ぐに進んで行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──苛々苛々

 皇都王城。

 ベルファストは未だ届かない報告にイライラしている。

 ここ数日の間訪れる、この不気味な大地の振動。

 すぐ横、中央山脈のグラントリノ山は、振動の後に突然黒い煙を吹き上げた。


「マルコ、報告はどうした?」

 この振動の原因を探るべく、王城から続く横穴へと調査に向かったマルコら冒険者の報告を待っていた。

 目の前の巨大な鏡には、その横穴から続く灼熱回廊の内部が映し出されている。


「……陛下……」

 回廊はいくつかの区画に分かれており、その一部は頑丈な鉄格子によって仕切られ牢獄のように使われている。

 第三層から下は迷宮化されており、ベルファストでさえもその奥へと向かう事は難しい。


 その第二層にある特別牢獄、そこでマルコは信じられないものを見た。

 300も前の日、異世界から召喚したヒト族。

 ボロボロの囚人服を身に纏った銀髪の青年。

 切れ長の瞳と白い肌、側頭部から生えた細いツノは後方に伸びている。


 ベルファストの再生の秘技によって魔人へと生まれ変わった勇者ルフト・シュピーゲルは、ベルファストが『使えない勇者』と吐き捨てて灼熱回廊に幽閉した。

 最初にガイアから与えられた神の祝福ギフトは『粛清の拳』、殴りつけた対象をガイア教徒へと改宗させるものである。

 そのようなものは使えないと、後日改めて洗脳を施そうと投獄しておいたのだが、ここに来てルフトは新たなる加護を受けて目覚めた。

 脱獄して回廊を徘徊し、宝具である『炎龍の籠手』を手に入れたルフトは、次の獲物を求めて彷徨っていた。


──シュゥゥッ

 ガントレットから放たれる熱量はルフトの身体からも吹き出し、床を、壁を溶かしながら歩いている。


「陛下‼︎ルフトが牢獄を抜けて彷徨っています……炎龍の籠手をつけて、あらゆるものを溶かしながら……ああ、陛下、お逃げください」

 念話で叫びながらマルコは走った。

 ルフトは、マルコを視界に捉えた時に笑ったのである。


──スッ

 目の前で、必死の形相で逃げるマルコ。

 そのマルコを庇うように、数名の騎士も走っている。


「使えない不良品……君達は僕の事をそう話したよね?」

 掌を上に向ける。

 ボウッと燃え盛る球体が生み出されると、ルフトはまず左右の騎士めがけてそれを投げつける。


──パチッ……ゴゥゥゥゥゥッ

 球は騎士にぶつかった瞬間に業火を発して騎士を包み込み、一瞬で相手を絶命たらしめた。


「ヒッ、ヒィィィ‼︎ベルファスト様、陛下、おたすけください‼︎」

 叫びながらマルコは回廊と謁見の間の空間を繋いだ。

 そしてベルファストの待つ部屋まで駆け抜けると、窓辺に立つ王の元に駆け寄った。

「助けを求めるのは構わぬ。それは弱きものの権利。だがマルコよ、迂闊すぎるぞ」


──カツ……カツ……

 ゆっくりと部屋へと戻る。

 そこには、マルコが開いた空間が閉じられずに残っており、今、ゆっくりとルフトが回廊から出て来たところであった。


「背徳の勇者ルフト・シュピーゲル。ここは貴様が土足で入って良い場所ではない。早急に立ち去れ‼︎」

 魔力を込めた右手をルフトに向ける。


──ヴン‼︎

 そここら放たれた衝撃波は、ルフトを少しずつだが回廊に向かって押し込み始める。

「流石は世界を統べる四皇の一角……でしたよね。この程度の力ぐらいなければ、神の啓示を受けた私には通用しませんよ」

 両腕を目の前で交差すると、炎龍の籠手は真っ赤に輝く。


──ゴゥゥゥゥゥッ

 ルフトの全身を炎が包み込むと、床が、壁が熱によって溶け、蒸発し始めた。

「貴様、炎龍の力をものにしたのか……」

「そうだよ……それじゃあな……あんなところに幽閉してくれて有難うな。お陰で手に入れたよ、全てを滅する力をな‼︎」


──ダッ‼︎

 素早くベルファストの間合いに飛び込むと、右拳をベルファストの胸元に叩きつける。


──ドゴォォォォォッ

 僅か一発。

 たったそれだけなのに、ベルファストの全身は炎に包み込まれた。

「これしきの炎に敗れるとでも思っているのかぁ」


──ゴゥゥゥゥゥッ

 全身に魔力を込めたベルファストの叫び。

 それで全身の炎が打ち消された……。

 が。


 ──ボゥゥゥゥッ

 消えたのはほんの僅か、再び全身が燃え上がる。

「何だと、炎が消えないというのか……」

 ベルファストは慌てふためき、水や風の魔術を駆使して炎を沈静化しようともがくが、全身を襲う炎にやがて膝をつく。

「炎龍の炎は怒りの業火、おいそれと消せるものじゃない。それに、俺、勇者なものでね……」


──ブゥン

 右腕の籠手が輝いて剣となる。

 それを両手で構えると、倒れているベルファストを滅多斬りにし始めた。


──ザシュッザシュッ

 肩から背中から胸から。

 全身のいたる所を切りつけられ、突き刺され、真っ赤な鮮血が噴き出している。


 本物の勇者と魔人の差。

 それをはっきりと理解した時、ベルファストは既に絶命していた。


「ふん。この程度が魔族の支配者か。大したことないなぁ……」

 ドカッと死体を蹴り上げると、落下中のベルファストをそのまま窓の外まで蹴り飛ばした。

「ヒィッッッ‼︎」

 窓の外で震えるマルコの横を飛び、ベルファストは真っ直ぐに地面へと落ちて行く。


「陛下……そんな……」

 悲嘆に暮れるマルコ。

 だが、その首筋にルフトの剣がトン、と突きつけられた。


──チャキッ

 すぐさま身構えるマルコ。

 だが、振り向いた瞬間に、マルコも死を覚悟した。

 目の前の存在が、マルコにも死をもたらす存在である事を理解した。

「ここまで案内有難うよ。今日からここは俺の城だ。お前は俺に仕えろ、そうすれば命は奪う事はない……」


──カチン

 左手の籠手が鞘となり、ルフトは剣を収めて腰に帯びた。

「わ、わたしは……」

 ガクガクと震えるマルコ。

 目の前のそれは、忠誠を誓ったベルファストの命を奪った勇者。

 本来なら、それは敵である。

 だが。

 魔族の本能が、マルコをその場に跪かせた。


 強者こそが正義


 そして、目の前のルフトから感じられる、ベルファストと同じ力のカケラ。

 世界の天秤の受け皿は、四つに分けられた時に形なき力として四体の皇王に継承された。

 だが、ベルファストを倒したルフトが、皮肉にもその力まで受け継いだ。

 これを持つものは絶対の存在。

 逆らうことは誰にもできない。


「は、初めまして新たなる王。我が名はマルコ、この国の執務全てを執り行ってます。本日より私を、貴方様の手足としてお使いください……」

 それで十分。

 ルフトは満足そうな笑みを浮かべて、部屋へと戻る。


「まずは掃除だ。そしてこの国の偉いやつらを全て集めろ……」

 立ち上がり頭を下げると、マルコは静かに部屋から出て行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 ライトニングと別れたマチュアは、噴煙の上がる山脈東方へと飛んできた。

 街道を回り、ベルファスト王国領の中継都市に入ったとき、マチュアは全身に寒気が走った。


──ザワッ

「うわぁ……この気配、この前のベルファストの地下のやつだな……前よりも強い力を発しているから……」

 そこでマチュアは首を捻る。

 なんで強くなってる?

「あぁぁぁぁ。そういう事か、ガイアとファーマス、あそこの化け物に加護を与えたのか……って、待て待て」

 つまり、そこに勇者ルフト・シュピーゲルがいるという事。

「まあ、フェイクステータスで只の半魔族だから、私は問題ない。バレてもただの半魔族。とっとと用事を終わらせて……駄目やん、迂闊に動いたらバレるじゃん……」

 クルッと箒の向きを変える。

 そして元々飛んでいた街道に戻ると、予定変更でワルプルギスへと戻って行った。


………

……


 ライトニングは、目の前で起こった光景が信じられなかった。

 ベルファスト王都にやって来た時、王都内のあちこちには御触れが掲示されていた。


 ────────────────────────


            告


 永きに亘り大陸を統治していた皇王ベルファストは、勇者ルフト・シュピーゲルによって討伐された。

 よってこの大陸に住まう全ての者はルフトのものとなり、忠誠を誓うものとする。


 ・魔族の王ルフトの住まう地には、余計な血は必要としない。

 故に亜種族、ヒト族及びその血の流れるものは全て粛清の対象とする。


 ・魔族の中でも、選ばれし上位種族のみ生きる事を赦す。

 先の粛清の後、下位種族の粛清も行う。


 ・なお、上記の者は生命権を買うことにより、粛清を免除される。


 ────────────────────────


 簡単な御触れと、ベルファストのつけていた『冠の残骸』が並べられている。

 他の掲示板では、やはり破壊されたベルファストの装身具や武具が一緒に並べられており、王が討伐された事を証明していた。


「こんなバカな話があるか……」

 数日前から発布されていたらしく、都市の中はやや混乱に満ち溢れているものの逆らう者はいない。

 いや、そのように見えているだけなのだろう。


『この国で生きたければ、命を買え』


 この御触書は、そう民に告げているのである。


「ライトニング卿、急ぎワルプルギスへ戻りましょう。恐らくは、既にワルプルギスにも届いているかと思われます」

 レオニードが呆然としているライトニングに語りかける。

「ん……あ、ああ……そうだな、ワルプルギスの様子も心配だな……」

 そう告げてから、ライトニングはすぐさま馬車に乗ると、ワルプルギスへと走り出した。


 もう、マチュアがどうこうという場合ではない。

 この大陸の未来がどうなるのか、それを見届けてから考えなくてはならない。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。完結設定 まだ続きます。

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