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悪魔の章・その24・続、仁義なき戦い

 ライオネル商会。


 城塞都市ワルプルギス第二位の大商会。

 元々は、冒険者であった先々代が遺跡などから発掘したマジックアイテムを販売した事から始まった商会。

 先代ライオネルになって今の地位までのし上がったが、奴隷に関する事件で殺害された。

 当時まだ若かった当代のライオネルが商会を継承し、イスュタル商会と手を組む事で更なる発展が見えていた。


 このまま順当に進むと、国内で五つの商会にしか与えられないと言う王室御用達を手に入れる事が出来たのだが、何故か二流のカナン商会に王室御用達を奪われる。


 その後、不慮の事故によりカナン商会の代表であるマチュア・カナンが死亡し、王室御用達はライオネル商会に渡る予定であったが、マチュア・カナンは無事生還。

 それどころか、商才のある当代になってからカナン商会はメキメキと台頭し、もはやライオネル商会を追い越したとまで噂されている。


 今年は大回帰が発生した為、冒険者を多く抱えていたライオネル商会の元に商隊参加の申し込みがあったものの、その商隊もまさかの内部の裏切りによって崩壊。

 通りすがりのカナン商会が窮地を救ったのである。


 カナン商会では、自商会限定ではあるが独自に魔法の箒と拡張エクステバッグを使った高速輸送が行われ、遥か遠くのグラントリ王国との取引さえも一日で終わらせている。

 危険な街道を通らなくても常に在庫を持つ事が出来た為、カナン商会は安定した地位に辿り着く事が出来た。


………

……


「納得がいかぁぁぁぁん。王室御用達を長年経験して来たイスュタル商会がヒト族交易許可証を得るのなら納得はいく。だが、どうしてカナン商会がその権利を得るのだ?」

 ライオネル商会の事務室で、ライオネルは王都から届けられた親書を見て思わず叫ぶ。

 どうしてあんな奴の商会が選ばれるのか納得がいかない。

 ならばどうするか。

「あの半魔族が強いのはわかった。だが、商会自体はそれほど強くない……なら……」

 またしても悪巧みを思いつく。

「グラハムを呼べ、急ぎ用事があると伝えろ‼︎」

 そう叫んでグラハムを呼びつけると、険しい顔から一変して優しい顔になる。

「旦那様、急用と伺いましたが……」

「ああ、貴様に大切な用がある。実はな……」

 こっそりと耳打ちする。

 証拠は一切残したくない。

 そして、それを聞いたグラハムは背筋に寒気を覚える。


「そ、それは、商会としてやってはいけない事では」

「なあに。これが成功したら、カナン商会は壊滅だ。今度こそ奴の持つ権利を全て奪ってやる。金はいくら掛かっても構わん、徹底的にやれ」

 そう告げて、ライオネルはグラハムを送り出す。

「あの小娘の泣き顔が今から楽しみだわ。自分たちの荷物、預かっている荷物、全てが倉庫ごと燃えたら……その責任は計り知れないだろう……」

 敵商会倉庫の焼き討ち。

 あまりの下策に、グラハムも苦笑いするしかない。

 だが、これは主人の命令。

 それでも、グラハムは命の恩人であるマチュアを裏切りたくはない。

 どうしていいかわからない。

 結論が出ないまま、時間は経過していった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 パスカル雑貨店。

 一階店舗奥の倉庫では、パスカルや冒険者立ち会いのもと、マチュアが魔法実験している。


──カキコカキコ

 壁一面を覆い尽くす巨大な魔法陣。

 こんなもの必要ないのだが、今後もあちこちから頼まれるのが嫌なので、とにかく面倒で大変なんですよーという周囲に対しての説明も果たしている。


 これを書くのに三十分。

 そして壁の正面に立つと、マチュアは両手を魔法陣に付けた。

「あ、パスカルさん、壁吹き飛んだらごめんなさい」


──ブッ

 あちこちの冒険者が力一杯吹き出すが、パスカルはキセルを咥えたまま頷いている。

「うむ。やってくれ」

「それでは‼︎」

 壁に魔力を注ぐとそれに反応して魔法陣が輝く。

 すると、壁がゆっくりと奥にずれていく。

 本来そこには奥などない。壁の文様が空間の向こうにずれ、パスカル雑貨店の一階と同じ広さの異空間が完成したのである。

 壁も床も石造りの空間。

 マチュアは最後に奥の壁に向かうと、この空間をロックした。

 これで新しい倉庫も完成である。


──オオオオオオオオオッッッッ

 見ていた者達が声を上げて驚く。

 そしてマチュアも汗をぬぐいながら、パスカルに一言。

「いやぁ、成功すると思わなかったですよ」

「ん。報酬は?」

「白金貨一枚でいいよ」

 その声を聞いて、パスカルはすぐに白金貨一枚をマチュアに手渡すと、広い空間を歩いていく。

「あ、ここに壁が欲しいが、どうしたら良い?」

「何処?」

「ここで半分に仕切りたいのだが」

 パスカルの話に合わせて床に壁を作る指定をする。

 後は魔法の『石壁作成ストーンウォール』を発動し、永続化パーマネントで固定する。

 それを繰り返してしっかりとした倉庫を作ると、パスカルはニイッと笑った。

「ありがとうよ。これで長年困っていた店内の改装が終わったよ。ありがとうな」

 笑いながらマチュアに話しかけているパスカル。

 ここまでの笑顔はなかなか見せないのだが、マチュアが来てからは時折、思い出すように笑っているらしい。


「いえいえ、これでうちの商会も広くできますよ」

「ん?ひょっとしてうちで実験したのか?」

「実験は酒場カナンで。大型実験はやってなかったので、どうしようかなーと」

「ん。なら良い」

 キセルを取り出して吹かす。

 そして荷物の引越し作業はマーベルに任せて、パスカルはいつもの席でのんびりとしていた。


………

……


 深夜。

 倉庫の扉が閉ざされたカナン商会。

 商業区にあるカナン商会の倉庫近くには、いくつもの商会の建物も隣接している。

 その日は世界を照らす月が欠ける夜。

 いつもより暗くなり、誰も好んで外を歩くことはない。

 そんな中を、四つの人影が走っている。

 そらはカナン商会の周りに移動すると、やがて消えていった。


──メラッ

 カナン商会の倉庫から火の手が上がる。

 それはすぐさま巨大な炎となり、あちこちの倉庫へと飛び火した。

 そして火力は勢いを増し、カナン商会およびその倉庫、近接する倉庫の全てを燃やし尽くした。


………

……


 早朝。

 カナン商会跡地にやって来たマチュアは、残骸しか残っていないその場所で呆然とした。

「フェザーさん、大切な書類とかは?」

「それは全て屋敷ですが、こうなるともう……」

 がっくりと肩を落とすフェザー。

 集まって来た従業員の中には、泣いているものまである。

 これからどうすれば良いのか、全く先が見えなくなったらしい。


「これは大変な事になりましたなぁ……これでは王室御用達の仕事や、ヒト族交易許可証も無駄になるではありませんか……どうです?我が商会でその権利を買い取りましょうか?」

 にこやかに話し掛けてくるライオネル。

 その少し後ろでは、グラハムが下を向いている。

「ははぁ……そういう事か」

 ライオネルを見ながら、マチュアはのんびりと店の前に向かう。


「やった事ないなぁ……」

 そう呟きながら、拡張エクステバッグから羊皮紙を取り出すと、魔法陣を書き出す。

 その中には、ライオネルに対するありったけの罵詈雑言を書き込むと、それに魔力を付与する。

「はっはっはっ。お得意の魔法陣ですか。それでどうするのですか?」

 実に楽しそうなライオネル。

 だが、そんなの相手する暇はない。


物品修復レストレーション……燃えさししかないから、空間に時間逆行も行くか……)


 光り輝く羊皮紙を焼け落ちた商会跡地に投げると、一瞬で商会と倉庫全体を包む魔法陣が完成する。

 その中で、燃えおちた残骸の時間が戻され、さらに物品修復レストレーションの魔法で元の姿に戻り始める。


(無詠唱発動。発動対象はライオネル、起動条件は彼がライオネル商会に戻ってから。生命体以外の近くの可燃物に対して超火炎ザ・バーニングを発動……)


 軽く指を鳴らして発動すると、マチュアは近くにやって来た騎士の元に駆け寄った。

「カナン商会のマチュアです。昨晩何があったのですか?」

「火付けの可能性があります。これは、魔法ですか?」

「はい。まあ、これぐらいなら魔法で元に戻せるので、大した事はないんですけど……」

 そう呟いて、こっそりとライオネルの方を見る。

 すると、マチュアの方を見て真っ赤になっている。

「魔法ですか?」

「はい。魔法陣の効果です。私はツノオレですので、第二聖典セカンドまでしか使えないので、代わりに魔法陣を使って……」

 そんな話をしていると、ライオネルが振り向いて自分の商会に戻っていく。


「それでは、後はお任せして宜しいですか?」

 書き込みを終えた騎士がマチュアに問いかけるが、マチュアは頭を左右に振る。

「あの、心配なので、もう少しいて貰って良いですか?」

「はっはっ。まあ、構いませんよ」

 そのままマチュアは騎士の横でずっと修復中の建物を見ていた。

 すると。


──ゴゥゥゥゥゥッ

 少ししてから、ライオネル商会が燃え上がった。

 どうやら事務室から出火したらしく、炎は一気に建物全体に広がっていった。

 従業員やライオネルは這々の体で逃げたのだが、もう建物は半分以上燃えている。

「魔術師、早くこれを消せ。水の魔法があるだろが」

「はっ、はいっ‼︎」

 すぐさま水の球を生み出して飛ばす者や、差し出した手から水を飛ばす者達がいる。

 だが、その程度では炎は消えない。

「何をしている‼︎何のために貴様たちを雇ったと思っているんだ!」

 絶叫するライオネルだが、叫んだ所で炎が消える事はない。

「ダメです。私たちの第三聖典ザ・サードでは全く消えません。これはそれ以上の魔法によるものです‼︎」

「ええぃ、そんな魔法を使うものがここにいるとでも」

 そう叫んだ刹那、ライオネルはマチュアを思い出す。

 そしてマチュアのいるであろうカナン商会へと全速で走っていった。


………

……


 魔法陣によって修復が進むカナン商会。

 すでに建物の七割が直り、後少しで全てが終わる。

「後もう少しですか。さっきもライオネル商会で火の手が上がったそうですから、私はそろそろそちらに向かいたいのですが」

 そう騎士がマチュアに告げた時、その向こうから物凄い形相で走ってくるライオネルの姿か見えた。

 なので。

「そうですね。あちらも心配ですので、それでは」

 そう騎士が告げた瞬間、その横からライオネルがマチュアを掴み上げると、地面に向かって力一杯叩きつけた‼︎


──ドガッ

「貴様か、貴様がわしの商会を燃やしたのだな、一体どうやって燃やしたんだ‼︎」

 倒れているマチュアを何度も蹴る。

 二度、三度、四度……。

 そのライオネルを、数名の騎士が背後から取り押さえる。

「何をしているんです、マチュアさんはずっと私と話をしていたんです。貴方の商会を燃やしになんて行ける筈がないでしょう‼︎」

「煩い黙れ、こいつはきっと何かしたんだ、吐け、吐きやがれ‼︎」

 力一杯腕を振り回し、騎士を振り切ってフェザーに抱き抱えられているマチュアに向かった時。


──ドガァァァッ

 一瞬でマチュアとライオネルの間に入ると、スタンスマッシュを同時に叩き込むレオニードとボンキチ。

「マチュアさん、今治しますよ。軽治療ライトヒール……」


──シュゥゥッ

 トイプーが魔法でマチュアの怪我を癒す。


「今、貴方の商会の前を通りましたが、あれは第四聖典ザ・フォースの通常魔法です。マチュアちゃんの使える魔法や魔法陣ではありません‼︎」

 アレクトーも騎士のそばから出て来て、ライオネルに叫ぶ。

 すると、騎士たちがライオネルを拘束した。

「詳しい話は詰所で行きますよ。あんな子供になんて事を……」

「グッハッ……アノゴムズメメェェェ」

 麻痺している為、まともに喋れない。

 そのまま騎士に連行されるのを見て、マチュアは目を閉じる。


(痛覚遮断かけてよかったぁぁぁ……不意打ちだと一発は入ったろうな……まあ、気絶するか……)


 スッとマチュアも意識を閉じる。

 すると、ドラゴンランスのメンバーが、近くのフェザーの屋敷までマチュアを運んで行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──パチッ

 目が醒める。

 見たことのある部屋。

 以前、フェザーを脅して書類を書かせた部屋。

 そこのベッドで、マチュアは眠っていたらしい。

「まあ、夕方か……」

 ヨイショと体を起こすと、怪我の状況を確認。

「トイプーさんやるなぁ。怪我も何も残ってないや」

 傷一つ無くなっていたので、部屋から出ようとして……帽子がない事に気が付いた。

「ふぁ?ぼ、帽子がない?」

 むしろその方が危険である。

 慌てて辺りを見渡すと、破れている帽子があったので、慌てて新しいのを取り出した。

「あ、マチュアちゃん目が覚めた?」


──ズボッ

 慌てて帽子を被る。

 すると、アレクトーが普通に入って来た。

 その後ろからはトイプーやラオラオ、フェザーが入ってくる。


「あ、あの、帽子が脱げてて……その……」

 最悪はバラしてしまうしかない。

 だが。

「ライオネルに蹴られて破れかかったのよ。フェザーさんがすぐにローブの裾を切って固定してたわ。大丈夫、ツノオレは見えてないからね?」


──ホッ。

 それは良かった。

 チラッとフェザーを見ると、ニコニコと笑っている。

 ナイスだフェザー。

 家族想いが功を成したぞ。

「怪我はトイプーさんが?」

「そうですわ。まあ、こう見えてもワルプルギスで二人しかいない治療師ですから」

「ありがとうございました……怖かったぁぁぁ」

 もう少し遅かったら、切れて殺していたかもしれない。

 その前にレオニードとボンキチが飛び込んでくれて助かった。


「あれ、ボンキチとレオニードは?」

「詰所よ。スタンスマッシュは打ち込んだ人しか解除できないから、騎士団の人が呼びに来たわよ。でも、すぐに釈放されるんだろうなぁ」

 そう説明してくれるアレクトー。

 すると、フェザーもマチュアに話し掛ける。

「元気になられたようだから、私は店に戻るよ。後はゆっくりと休んでいなさい。皆さんも後は大丈夫ですから、仲間さんの元に向かうといいですよ」

 そう話すと、フェザーは部屋から出ていった。

「そうね。では、私達も戻るわね、ごゆっくり」

「よく休むのですよ?」

「またくるお」

 そう話してアレクトーたちも部屋から出ていった。


 ベットに横になる。

(さ〜て。ここまで追い詰められると、後はどうするのかなぁ……切り札まで使わせるとは)

 ぼーっと考える。


 マチュアに対する暴行程度ではせいぜい注意程度。

 だが、自分の商会が燃え上がり、それをライバル商会のせいにして暴行を行ったという事実は消えない。

 商会の財産である倉庫が離れていたので、事務所用の建物で被害は済んでいる。

 時間はかかるが、ライオネル商会は再生する。


「ん。何かして来たら何かしよう」

 そう告げて、マチュアはのんびりと眠りについた。


………

……


 ん。

 一体どれぐらい眠っていただろう。

 目が醒めると、傍にはフェザーが座っていた。

 その背後には、バラキ、シュテン、ラセツの姿もある。

「んーヨイショ。心配掛けたなぁ」

 体を伸ばしてそう話し掛けると、全員が立ち上がって頭を下げる。

「正直、どうして良いのか判断に困りました。まあ、帽子は危ない所でしたが、ちゃんと秘密は守りましたので」

「助かったよ。ありがとね」

「臣下として当然です。しかし、ライオネルがあそこまで激昂するとは」

「今後の対応はどうしますか?」

 フェザーが問いかけるが、マチュアは一言。

「放置。商会の人間として対応して。迂闊にこっちから手を出すとボロが出るから、受け手に回っていいと思う」

「それではマチュアのメンツが」

「私はいいのよ。まあ、私に暴行したことで、奴は社会的にはもう信頼を失っているし。今回の商会再建で、カナン商会にはいくつも切り札があるとみんなは考えてくれる」

 この時点でマチュアの勝ち。

 後は自然とライオネル商会から顧客が離れる。


「フェザー達はカナン商会の人間として戦ってください。私たちにはやましい事なんて一切無いのです。ライオネルは、私が色々と考えるから。はい、解散」

 そう話してから、マチュアはベッドから飛び起きて着替える。

 すると、フェザーたちも商会に戻る事にしたらしい。

 マチュアも途中までついていくと、酒場カナンへと戻って行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 翌日、マチュアはカナン商会の火災で延焼した近隣の倉庫を再生していた。

 巻き込んでしまったので、その責任を取ったのである。

 半ばな諦めていた商会もこれには驚き、カナン商会にも仕事を取り次いでくれる事になった。

 ライオネルは一晩だけ詰所の中で拘束され、翌朝には解放された。

 燃えさしすら残っていない事務所の前で、ライオネルが空に向かって絶叫していたという話があったが、それがマチュアの耳に届くのは数日後である。



「こんにちは、マチュアさん」

 ニョキニョキと修復する建物の前で、のんびりとホットドッグを食べていたマチュア。

 そこにイスュタル・アンバーがやってきた。

「おや、食べる?」

 後ろの護衛の分も取り出すと、缶コーラと一緒に手渡した。

「ええ、折角ですから、頂きましょう。ほら、皆さんもお礼を」

 そう促されて、護衛のオーガたちも一斉にマチュアに頭を下げる。


──モグッ……モグモグ

 旨そうに食べるマチュアたち。

 そしてコーラで喉を潤して一本食べ終わると、マチュアはおかわりの二本目に突入する。

「食べる?」

 そう問いかけると、イスュタルはお腹のあたりをさする。

「もう一本お願いします。お金は払いますから、人数分で」

 この前のようにジャラッと金銀銅貨を出すと、マチュアは銀貨を一枚だけ受け取って、また人数分のホットドッグと缶コーラを取り出して手渡す。


「では頂きます。それと、うちの倉庫の修繕までしていただいて、ありがとうございます」


──モグッ……

「ん、ゴクッ……ぷはー。これ、イスュタルさんのとこなんだ。そりゃ知らなかったわ」

「はっはっはっ、相変わらずですねぇ」

 そう笑ってから、イスュタル達は暫くホットドッグを楽しむ。

 やがて食べ終わってウェットティッシュで手を拭くと、イスュタルはのんびりと立ち上がって伸びをしている。

「ん〜。やっぱりここの空気はいいですね。王都はもう、雰囲気が悪くて」

「そうなん?」

「そうなん?あ、そうなんですか?ですね。どこの商会もですね、相手の商会の足を引っ張る事ばかりですよ。お互いに協力するという事はしませんね」

 何と殺伐とした世界。

 そんな所では商売なんてしたくはない。


「もしカナン商会が王都に来るというのでしたら、私が商人ギルドと交易ギルドに紹介状を書きますよ?今は新参の商会は受け入れていませんけれど、それぐらいの力はありますので」

 丁寧にマチュアを王都にスカウトする。

 こんな栄誉はない。

 なので、マチュアの返事は一つ。

「ん、断る」

「まあ二つ返事ですよね。では早速紹介状を……って、今、断りました?」

 驚いた顔のイスュタル。

 だが、マチュアはその返事にコクリと頷く。

「ん、断った」

「何故ですか?王都で商売ができるのは栄誉なことです」

「なら、その権利をライオネルに上げて。それで良いから」

 まさかライバル商会に権利を譲るとは思ってなかったのか?

 それとも。

 マチュアはイスュタルの反応を見て、それを判断した。


「そ、そうですね。では、ライオネルに話を持って行きますか」

 目を伏せてそう告げるイスュタル。

 すると、マチュアはイスュタルに問いかけた。

「私をこの街から追い出したいのは、ライオネルの為?」

 この突然の問い掛けには、イスュタルの目が少し泳いだ。

 口元も締まると、すぐにいつもの笑みになる。


「どうしてですか?確かにライオネルとは長い間切磋琢磨してきましたが。彼の為にカナン商会をここから出して何の利益があると言うのですか?」

「さぁ?それは分からない。でもね、この世界、出る杭は打たれるから。特に、うちの商会みたいに特殊な商売や身を守る方法を持っていると、彼方此方あちこちから狙われるのよ」

 マチュアがのんびりと空を見ながら呟くと。

 イスュタルも話を続ける。

「ライオネル商会とは取引をしました。ワルプルギスからカナン商会を追い出すことが出来るなら、王都にあるライオネル商会の持つ利権の一部を譲渡してくれると……」

「それで、何とかなりそうなの?」

「無理ですね。この倉庫の中のものの価値はそれ以上です。ライオネル商会とは手を切る事にしましょう」


──ホッ

 思わず胸を下ろす。

 そのマチュアを見て、イスュタルはフッフッと笑う。

「今回来た理由はもう一つあったのですけどそれは諦めて帰りますよ」

「ヒト族交易許可証かな?」

「ええ。ですが、そっちはカナン商会で独占してて下さい。ライオネル商会やその他の商会が持つよりは安全そうですからね」

 そう告げるとイスュタルは立ち上がる。

 ちょうど倉庫の修復が終わったので、マチュアに頭を下げて倉庫に戻って行った。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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