ストームの章・その12 大会はまだですが、やることはあるのです
ストーム単体の章はこれでおしまい。
次からはいよいよ二人が合流するはずです。
幕間は挟みません。
王都ラグナ。
大陸最強と謳われる【ラグナ・マリア帝国】の王都であり、幾重にも施された巨大な魔法障壁によって、外敵から都市を守っている堅牢な都市である。
このラグナを中心に、8方向に向かって大きな街道が伸びている。
その先には様々な中継都市があり、更にそこから辺境都市へと街道は続く。
普段はこの街道から多くの商人や冒険者達が集うのだが、この時期は少し様子が違っている。
間もなく始まる『竜王祭』を見物に来る為に、他の都市からも定期馬車が巡回しているのである。
そんな光景を横目に眺めつつ、ストーム達を乗せた馬車がゆっくりと北部正門から入っていく。
「‥‥これは凄い。ここまで巨大な門とは思わなかった」
高さにして15mはあろう正門を眺めつつ、そう告げるストーム。
「うむ。これはな、王都にのみ配置されている『あるもの』の為に高いのぢゃ」
と自慢そうに告げるシルヴィー。
「それは?」
「ゴーレムぢゃ。この都市の地下には、『魔導王国スタイファー』の遺産と呼ばれている巨大なゴーレムが安置されている。有事には、そのゴーレムが起動して、この国を守る仕掛けになっているのぢゃ」
「あ、そのゴーレムは人が乗って動かすのか?」
それは男の浪漫である。
「そんな訳なかろう。ゴーレムは制御球によって外から命令を与えて動かすのぢゃ」
「そうか。それは残念だな‥‥で、これからどうするんだ?」
と問い掛ける。
「このまま貴族街へと向かう。そこは妾達のような貴族のみが使用できる施設があってな、王都に滞在している間は、妾達はそこで体を休める事になる。実は貴族街には、ベルナー家所有の屋敷があるのぢゃ」
「そこには鍛冶工房か火炉はあるのか?」
と問い掛けるが。
「残念ながらない。という事で、貴族街ではなく一般区の方で鍛冶仕事はしなくてはならぬ。大丈夫か?」
「ま、それならそれで。街の中の炉を借りるとするか‥‥」
そのまま貴族街へと向かう途中、一行はラグナの神聖教会へと向かった。
目的は一つ、スコット団長の腕の接合のためである。
巨大な教会。
サムソンのおよそ5倍はあろうその教会は、入り口の左右にそれぞれ『正義の神クルーラー』と『武神セルジオ』の像が立っている。
「おお、不動明王像のような感じだな」
偶然かどうかは定かではないが、クルーラーの口は『阿』、セルジオの口は『吽』の形をしている。
その像の間にある道を通り、奥の神殿へと向かっていく。
この日はかなり大勢の信者が訪れており、神殿内の彼方此方に修道女や修道士の姿が見えていた。
一行はまっすぐ奥にある中央祭壇へと向かうと、祭壇に立っている一人の女性に頭を下げた。
綺麗な純白のローブを羽織っている修道女である。
「ご無沙汰しています、マザー・パルテノ。お元気でしたか」
パルテノと呼ばれた女性はニコリと微笑むと、祭壇から降りてきてシルヴィーをそっと抱きしめる。
「シルヴィーもお元気そうで何よりです。ここに来るという事は、どなたかお怪我を?」
そうシルヴィーに問い掛ける。
シルヴィーはそのままストームの方を向くと、ストームは装備袋からバックパックを取り出し、中から無限袋を引っ張り出す。
この中に、スコット団長の腕や足を収めた袋一式が収められているのである。
無限袋の内部は時間が止まっているので、ひょっとしたら腕や足の接合は可能かもと思ったらしい。
「なるほど。では少々お借りします」
と袋を手に取り、中に収められている腕と脚を見る。
「切断されてから時間は経っていますね。時の止まっている袋の中に収められていたのが救いだったのかもしれません。ですが、私の力でも、以前のように再生するのは難しいですね」
と告げて、スコットを祭壇に呼ぶ。
「誠に申し訳ない。まさかラグナの巫女殿にお願いするとは思っていなかったのです」
と丁寧にお礼を告げるスコット。
話によると、王都ラグナの修道院長は、歴代『巫女』の称号を授けられるらしい。
「いえ。それでは開始します。まずは腕からですね」
とスコットの切り落とされた腕を手に取ると、体の方の切断面にそっと当てる。
「【範囲集中・治癒】‥‥」
と、二つの切断面が淡い光に包まれる。
そしてお互いの筋繊維が伸び始め絡み合い、接合を開始する。
そのままの状態で10分程すると、腕は完全に接合した。
「こ、これは。流石は巫女殿です」
「お世辞は要りませんよ。では脚も繋いでしまいましょう」
と全く同じ手順で、切断された脚も繋いでいく。
脚は部位が大きいのか、完全に接合するまでに20分ほどかかってしまったようだ。
うっすらと切断された痕は残っているものの、スコットの腕と脚は元通りの形に戻ったのである。
「これは凄いな。綺麗に接合できている‥‥」
「切断された時の処置が良かったのと、時間が停止していたのが幸いしました。ですが接合しただけで、元のように動かせるまでは時間がかかります。何はともあれ、おめでとうございます」
とパルテノが説明してくれると、スコットは何度も礼を返している。
「師よ、この度は誠に助かりましたのぢゃ。お礼はどれぐらいすればよいのぢゃろう」
とシルヴィーがパルテノに問いかけたが、彼女は頭を左右に振る。
「シルヴィー、今、貴方は私を師と呼んでくれましたね。僅か1年とは言え‥‥今でも私の事をそう思ってくれるのでしたら、お礼なんていりませんよ。大切な弟子の頼み事ですから」
その言葉に、シルヴィーは涙ぐむ。
「ほらほら、笑って下さい。せっかくの可愛いお顔が台無しですわよ」
「グスッ‥‥もう大丈夫ぢゃ」
涙を拭いながらパルテノに告げる。
と遠くからパルテノを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あら、また呼び出しですわ。それじゃあ失礼します。皆さんはごゆっくりと、この街を楽しんで下さいね」
と一礼して、パルテノは別の信者の元へと向かっていく。
「流石はラグナの巫女と呼ばれているだけの事はある。しかし‥‥」
とスコットは腕を軽く叩く。
「話の通りだと実戦は無理だろう。まあ、スコットは今回の大武道大会は諦めてくれ。こっちでなんとかするから」
とストームが呟く。
「その通りぢゃ。今は焦らず体を休めるがよい。という事で、早速商人ギルドに向かうぞ。例のマチュアとやらの登録をしなくてはならないのぢゃからな」
威勢よくシルヴィーが叫ぶと、そのまま一行は教会を後にした。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ商人ギルドは、この王都ラグナの商業区の一角にある巨大な建物である。
どれだけ大きいかというと。
「これは凄いな。郊外の大型ショッピングセンターみたいだな」
というストームの言葉で、大体想像は付くだろう。
建物自体は3階建て、一階はあちこちに開けっ放しの入口がある。
建物の右側は馬車でも楽々と入る大きさの入り口がいくつもあり、隊商などはここから中に入って荷物の積み下ろしをするのであろう。
よく見ると、一階の受付カウンターの一つで、先日会ったアルバート商会のカレンも話をしている所であった。
「おうおう、久しぶりの光景ぢゃな。さて、大武道大会の受付は何処ぢゃな」
キョロキョロと周囲を見渡し、それらしい場所を見つけるシルヴィー。
「お、あそこぢゃな。では参ろう」
という事で、ストームもシルヴィーの後ろに付いてカウンターへと向かっていく。
そして一枚の『金色のプレート』をシルヴィーは取り出し、カウンターに提示する。
「シルヴィー・ラグナ・マリア・ベルナーぢゃ。此度の大武道大会の選手登録に参った。登録する選手はBクラスのトリックスター、名前はマチュアと申す。すぐに照会を頼みたい」
と告げられ、受付嬢は大慌てする。
王家としての地位は剥奪されてしまったとは言え、シルヴィーは今でも公爵の地位を持っているのである。
「は、はい。只今。いえ、少々お待ち下さい」
水晶球と羊皮紙を取り出し、手続きを開始する‥‥が。
「ベルナー卿、該当する冒険者は1名いらっしゃいますが、すでに二人の貴族の推薦が入っています。ベルナー卿を加えると3名の推薦となりますね。まだ本人の同意がないので登録はされていませんが」
「どういう事ぢゃ?」
つまり、『司祭クラスの魔術を操るトリックスター』の存在を、誰かが何処かで聞いたのだろう。Bクラスの冒険者は貴族の推薦がなければ大会登録ができないことを逆手に取って、先に受付で推薦しますという申請を行い、後から直接交渉に入ろうというのである。
有り体にいうと、先行予約という所である。
「ふむふむ。それで、このような場合はどうすればいいのぢゃ?」
「あとは直接本人と交渉して、本人の同意があった場合はその方を連れてきて正式登録となります。このマチュアという方は、数日前に来た『ギャロップ商会』の護衛ですよね? 契約は此処までとなっていますから、また何処かの隊商と契約して‥‥あらら」
受付嬢の話を途中まで聞いて、シルヴィー達は別のカウンターへと走っていく。
目的の場所は『露店』の申請受付カウンター。
もしマチュアならば、この竜王祭で露店を出さない筈がない。
そう考えたストームと、ベルナー領でのやり方を知っているシルヴィーはほぼ同時に露店の申請受付にたどり着いた。
「人を探しておる!!」
再び金色のプレートを取り出し提示する。
「は、はい。ベルナー卿、どなたをお探しですか?」
慌てて対応する受付嬢。
「うむ、お探しぢゃ」
「露店商だ、商人ギルドの登録名はマチュアとなっている筈だ。どの場所で露店を出しているか教えて欲しい」
とストームも問い掛ける。
「マチュアさんですね。本日は空いている場所がないので露店は出していませんね。明日の場所予約は行っていますけれど」
――おおっと
「そ、そうか。ちなみに明日の場所は教えて貰えるか?」
「それは構いませんよ」
すると職員は大きめの地図を取り出して広げる。
そこには細かい数字と名前が羅列してあり、受付嬢はマチュアに発行されている登録番号を一つ一つ調べている。
「明日からはここですね。中央通りの、この場所です。近くに共同の井戸と排水口がありますから、すぐ判ると思いますよ」
そう説明を受けるストームとシルヴィー。
「ふむ。これなら明日にでもいけると思う」
じっと地図を見ると、それを【GPSコマンド】で取り込む。
「もう覚えたのか? 凄いのう‥‥」
「という事で、これで今日やる事は全て終わったな。俺は鍛冶ギルドにでも挨拶にいってくるが、シルヴィーはどうする?」
そう問い掛けてみるが。
「妾は屋敷にでも戻って一休みぢゃ。スコット、護衛を頼むぞ、一緒にいるだけで十分ぢゃ」
「了解しました」
という事で、シルヴィーたちは一足先にここで借りた屋敷へと戻っていった。
○ ○ ○ ○ ○
鍛冶ギルドは、商人ギルドから少し離れた場所にあった。
大量の煙突が立っているその光景は、昭和の時代の工場にも似た光景である。
建物に近づくに連れて、槌を叩く音が響いてくる。
「久しぶりの鍛冶場だなぁ。では早速」
入り口を通って受付へと向かう。
「おや、いらっしゃいませ。今日は何の用ですか? 製作依頼? 研ぎ? それとも登録ですか?」
バリトンボイスでつり目の受付がストームに問い掛ける。
「炉を貸して貰いたい」
と『鍛冶ギルドカード』を取り出して提出する。
「個人の使用許可ですね。では担当に代わりますので」
と入れ替わりに威勢のいいドワーフがやってくる。
「ほう、シルバーかい。今空きがあるから構わないぜ。使用料と燃料代合わせて銀貨4枚だ」
ニコニコと説明する担当のドワーフ。
「意外と安いな。竜王祭が終わるまでだと幾らかかる?」
「そうだなぁ。開催まで3日、祭りが8日であわせて11日だ。全部なら金貨4枚にまけてやるがどうする?」
「それで頼む」
と懐の財布から金貨4枚を取り出して渡すと、木札を1枚手渡された。
「そこの番号があんたの炉だ。個室になっているから思う存分使ってくれ。インゴットや鉱石の販売もしているが必要か?」
それらについては特に必要はない。
が、そろそろ懐が寂しくなってくるので。
「作った武器は買い取りしているのか?」
「ああ。今の売れ筋はバスタードソードとメイス、ロングソード、レイピアだな。ランクによって値段は変わるので、売れるものを造りたいならしっかりとな」
と説明を受ける。
「了解した。後で一振り持ってくる」
と告げて、ストームは個室になっている鍛冶場へと入っていくと、作業台に道具を並べる。
「それじゃあ始めますか」
と告げて【ムルキベルの篭手と槌】を取り出し装備する。
無限袋からミスリルのインゴットを取り出し、それを火を付けた炉にくべると、ミスリルが融解する手前まで熱する。
その間は、じっくりとトレーニングの時間だ。
軽くストレッチを行ってから、ゆっくりとピストルスクワットと呼ばれる脚の鍛錬。
それが終わる頃にはミスリルが融解寸前まで熱されるので、『ストーム式鍛造術』でロングソードを作り出す。
まずはいつもの『金属の菊練り』である。
――ギュッギュッ
しばしミスリルを練り込む。
やがていい感じの硬さと粘り気が出来てきたので、次は火に掛けて叩く鍛造を開始する。
心鉄を組み込まない、折り曲げ式鍛造。
これでもかなりの強度と威力は発揮する。
――キィィィンキィィィィン
鈍重な音ではなく、透き通った金属音が周囲に響く。
しっかりと魔法を付与するのも忘れない。
「よし。仕上げで『斬属性保護』は付けられるから‥‥」
ムルキベルの槌を振るいつつ、刀身が燃えるイメージを叩き込む。
と、ロングソードの峰の中央に、燃え盛る炎がすうっと浮かび上がってくる。
「これで仕上げれば‥‥」
と焼入れを行い、一旦休憩を挟んで、最後の研ぎに入る。
――シャァァァァァ、シャァァァァァァッッ
軽快な音が工房内に響く。
本来ならば、この工程だと3本は仕上げられるが、今日はこの後ゆっくりと休みたいので1本を砥ぎまで終わらせる事にした。
「‥‥よし」
という事で仕上がったロングソード。刀身90cm,付与した魔法は『斬属性保護』『炎の剣』『衝撃波』の3つである。
『炎の剣』は、刀身に魔法の炎を生み出す。
『衝撃波』は、剣の威力を遠くの敵にまで飛ばすことが出来る。
この二つでどれだけの金額で引き取って貰えるのか、それも知りたかったのだ。
「では、これを持っていってみるか」
と、工房の炉を消火してから道具をまとめて仕舞うと、買い取りカウンターへと向かった。
「ああ、あんたか。何かずっと凄い音がしていたなぁ。近くの鍛冶場の連中が気になって仕方なかったらしい。あんたの鍛冶場の近くをウロウロしていたよ。ほら、今でもな」
と笑いながらストームの後ろを見る。
そこには5、6人のドワーフがこちらをチラチラと見ていた。
「それではこいつの買取価格を教えてください。付与した魔法は3つです」
その時点で、チラチラと見ていたドワーフ達が駆け寄って来る。
「何だと? この短時間で3つだと?」
「それにミスリルのロングソードか。ここまで精錬度合いの高いミスリルは久しぶりに見たぞ」
「それよりも魔法じゃ。付与する儀式には最低でも半日は掛かる。一体どうやって?」
次々と質問して来るが、いつもの一言で話を中断する。
「企業秘密ですので」
と笑いながら告げる。
カウンターでは、ストームの作り出したロングソードの鑑定を行っているが、暫くして出た一言が。
「はぁ‥‥」
というため息一つであった。
「ん? 旦那、どうしたんだい?」
と後ろで騒いでいるドワーフの一人が、受付カウンターに近づいていく。
「ストームさん、いいかい?」
と俺に許可を求めて来たので、大体何をしたいかは理解できた。
「構わないぜ」
「そうか。なら」
とストームの叩き上げたロングソードを手にしてカウンターの外に出る。
そして飾ってあった鎧に向かって、離れたところからロングソードを振った!!
――キィィィィィィィン
衝撃波が鎧に向かって飛び、鎧を真っ二つにした。
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」」」
見ていたドワーフたちが、驚愕の声を上げる。
「さて、それじゃあ本番いくとするか」
そう告げた途端、ロングソードの刀身が炎に包まれた。
そして別の鎧にターゲットを定めると、力いっぱい振るう。
――シュンッッッッッッ
三日月型の炎の刃が、衝撃波となって鎧に突き刺さり分断した。
しかも切断面は真っ赤に溶け落ちている。
「さて、買い取りの値段か。難しいのう」
とカウンターに戻って腕を組む買い取り担当のドワーフ。
なお、後ろで見ていたドワーフ達は、顎が外れたかのように大口を開けている。
「鑑定結果はA+、一般的な価値ならば金貨で2000から3000。となると買い取りは金貨1000枚という所じゃが‥‥鑑定結果はあくまでも参考にしかならぬ。という事でストーム殿」
真剣な表情でこちらを見るドワーフ。
「買い取りは金貨2500でどうだ? 支払いは白金貨25枚だ」
「良し売った!!」
ガシッと握手を交わすストームとドワーフの主人。
そのまま白金貨を受け取ると枚数を確認し、懐の財布へとしまい込む。
「のうストーム殿、大口の注文は受けてないのか?」
買い取りカウンターの中から主人が問い掛けるが。
「一日3本しか作れなくてねぇ。やりたくても出来ないんですよ」
「そうか。惜しいなぁ。さっきのこれは、暫くはここの店に飾っておく事にするよ。目利きのいい貴族か冒険者にでも売るかもなぁ」
と笑いながら告げていた。
そしてその日は、やることも終わったので貴族街へと戻ると、シルヴィーの屋敷でゆっくりと休む事にした。
明日にはマッチュが見つかるだろうと信じて。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






