悪魔の章・その22・招かざれる客人
いつものような、のんびりした日々。
神聖アスタ公国では一つ目の交易都市の整備に続き、二つ目の中継都市ティタンの整備も始まる。
人材はララック解放でかなり増えたので、整備速度もかなり早い。
道具の買い付けでグラントリ一家が忙しなくワルプルギスにやって来ている事以外、日常は平和であった。
「りんごジュースは納品してくれないのか?」
パスカル雑貨店にマフィンを届けに来たマチュアに、パスカルが問いかける。
「は?一瓶なら。あれは田舎に帰らないと無理。今度纏めて持って来ますから、それでどうですか?」
「ん、それで頼むよ……」
そう話しながらキセルに火をつける。
──プカーッ
のんびりと煙を吐き出して、店内を見渡す。
どこもかしこも品物が多すぎて手狭になっている。
「マチュア、ちょっといいか?」
いつもの無茶振りかと、マチュアは期待する。
そして常連も何が起こるのかと、ワクワクしている。
「ん?久しぶりの無茶振り?」
「マチュアは魔法陣で色々と出来るよな?」
──コクコク
首を縦に振る。
最近のワルプルギスの中でのマチュアの評価は、カナン商会代表の魔法陣使い。
商会にくる商人もそう考えているらしく、たまに無茶振りされる事もある。
「なら、魔法陣で、この店を大きく出来るか?」
──ブーッ
話を聞いていた冒険者達は吹き出す。
いくらなんでもこれは無理だろう。
そもそも、マチュアでさえやった事は無い。
考えた事すら無かった。
「ん?」
マチュアでも頭を捻る。
「どういう風に?」
「そうだなぁ。もっとフロアーを大きくして、倉庫も巨大に。店員をゴーレムで作ってくれると嬉しいなぁ」
史上最大の無茶振り。
だが、ゴーレムは出来る。
「むぅぅぅぅ」
脳内で魔法式を組み立てる。
可能なのは空間倉庫。
拡張バッグの要領で、どこかの壁に空間を広げる。
生命体も通行可能にして、空間デザインも木造と石造りにしよう。
こっちの店内は今使っている倉庫も店にすれば良い。
「流石に無理か。いや、悪かったね?」
「えーっと、壁の向こうに倉庫を作って、今の倉庫を店に改装するぐらいなら」
「「「「出来るのかよ‼︎」」」」
店内の客全員のツッコミ。
困り果てて諦めるだろうと考えていたのかと、誰もが思った。
「それじゃあゴーレムの店員は?」
「あ、それは今すぐにでも作れるけど、人雇った方が良いよ?」
そう話して、足元に魔法陣を描く。
今回も適当なデタラメ魔法陣、漢字と英語、ドイツ語を交えてのアニソンの歌詞を書き込んでいく。
(アニメイト、ゴーレム生成、データはメモリーオーブから……自立しない、命令型、でも成長する……)
魔法陣の真ん中にメモリーオーブをセットして、拡張バッグから鉄のインゴットを取り出す。
(サイズは1m50cm、外見は……パスカルさんで)
「これで準備オッケー。それじゃあ始めるよ」
そう話して、魔法陣に魔力を注ぐ。
するとインゴットが溶け始めたので、メモリーオーブは回収。
「後は少し放っておくとゴーレム出来るよ」
額の汗を拭いながらそう話すと、パスカルは白金貨の入った袋を取り出す。
「代金は?」
「金貨十枚でいいよ」
──ジャラッ
一括払いでマチュアに手渡す。
しばらくすると、魔法陣の中にはマチュアと同じサイズのパスカルが生み出された。
まだ起動はしていない。
最後の仕上げが待っている。
「私にそっくりだなぁ。で、どうするんだ?」
「名前をつけてあげてください。後はパスカルさんの命令に忠実ですが、服は着せてあげてね」
すると、パスカルもローブを取って来て、ゴーレムに話しかける。
「君の名前はマーベル。目を開けてくれないか?」
──パチっ
ゆっくりと目を開ける。
「こんにちは。私はマーベル、あなたがわたしの主人ですね?」
マーベルがパスカルに笑いながら話しかける。
「まずはこのローブを着ておくれ。後は色々と教えるからね」
そう話すと、マーベルはいそいそと着替え始める。
「なぁ、この外見って変えられるのか?」
そりゃあ自在に。
でもやらない。
「わたしの知る限りの人には出来るけど、大きさはわたしの背と同じ。大きくも小さくも出来ない」
「微妙だなぁ。ま、これはこれでいいか。娘が出来たみたいで良いなぁ」
いつもよりもホッコリとした笑いのパスカル。
「あ、これも無闇矢鱈に作るなと言われてるので皆さんごめんなさい」
「それはいいよ。面白いもの見れたから」
「気が向いたら考えてね」
そう話してくれるのでありがたい。
「雑貨屋の改築はまた今度。では研究してきますので」
そう挨拶をして、マチュアは酒場カナンへと戻っていく。
「……この魔法陣って、マチュアちゃん以外に起動できるのかなぁ?」
床のゴーレム生成魔法陣を眺めている冒険者たちが、羊皮紙に書き写しながら呟く。
「わたしの魔法の師匠が、以前の内部拡張の魔法陣を試したらしいのだけど、魔法文字の理がわからなくて断念したわ」
「そうそう。俺もよ、パーティメンバーの魔術師に見せたんだけど、笑われたんだよ。これでそんな事が出来るのかって」
皆さん頑張っているようで。
そんな話を聞きながら、パスカルはマーベルに店内を案内し、仕事を教えてあげていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日の夕方。
酒場カナンでのんびりと居眠りしているマチュア。
ヒトと魔族の共存計画がのんびりすぎる程ゆっくりと進行しているので、毎日街の中を遊びまわっていた。
日本に戻ると、それだけで軽く二、三日進んでしまうので、ある程度仕事が溜まった頃に戻ろうと考えている。
──コンコン
「ふぁ?柏木くん何の用事?」
あ、その夢か。
ソファーから飛び起きて入口に向かう。
扉を開くと、ミミズク型の獣人がそこには立っていた。
貴族らしく綺麗な身なりをしており、スティッキを手に立っている。
「どちら様ですか?今日は気が向いたら開けますよ?」
そう話しかけると、ミミズク紳士はゆっくりと頭を下げる。
「初めまして。皇王ベルファスト様の使いでやって参りましたマルコと申します」
「これはご丁寧に。カナン商会のマチュアです。本日はどのようなご用件で」
出て来た名前が気まずいので、やや警戒する。
まさかこんなに早く来るとは思っていなかった。
「皇王が是非とも、貴方とお会いしたいと仰るので。お迎えに参りました」
「あら。では準備して来ますので」
少し間合いを外そうと下がる。
すると、マルコは手にしたスティッキで床をコーンと鳴らした。
「準備が出来たらこちらへどうぞ」
そう話して酒場から出ると、そこには赤い絨毯が伸びた回廊が見えていた。
ほんの一瞬で、マルコは酒場の入り口と何処かの空間を繋げたのである。
「これはこれは、歩く暇が省かれましたか……」
少し冷や汗が流れる。
空間接続をあっさりと行う相手。
しかも、それが配下であるという事実。
シャイターンやグラントリのような相手ではない。
本気で掛からなければならない相手である。
いつもの服装に拡張バッグを斜めに掛ける。
当然中身はマフィンなどの食べ物と魔法の箒だけにして、残りは空間収納に移動する。
それでマルコの前に立つ。
「では行きましょうか。忘れ物はございませんか?」
「ええ。ではお願いしますね?」
マチュアがそう話すと、マルコが先頭になって回廊に踏み出す。
マチュアもそれに続いて踏み出すと、酒場カナンとの繋がりが消え、前後に回廊が広がっていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──カツーン……カツーン……
ゆっくりと歩くマルコとマチュア。
一体どれぐらい歩いただろう。
この回廊を歩いていると、マチュアへ段々と時間の感覚が麻痺してきた。
壁にはボウッと燭台が固定されており、ロウソクの灯りが回廊を照らしている。
「あの、まだですか?」
そう前を歩くマルコなら話しかけた時。
──グルッ
マルコの頭が百八十度回転してマチュアを見た。
「もう間も無くですので」
──グルッ
再び元に戻る。その動きにマチュアの心臓がドッキドッキと高鳴っていく。
「あ、そか、そうだよね……頭、後ろ向くよね……怖っ」
そう呟いていると、やがて目の前に巨大な扉が現れた。
高さは2m程の両開き扉。
鍵が掛かっている様子はないが、扉全体から、明らかに魔力を発散している。
「ここですか?」
「ええ。この向こうが中央山脈に繋がります。それでは」
──ギギギィィィィ
ゆっくりと扉を押し上げる。
すると、廊下とは違う明るい部屋。
豪華な装飾が施された王の間であろう。
少しだけ高い台座の上に、豪華な玉座が設置されている。
窓からは明かりが差し込み、その傍らには円形のテーブルと椅子が用意されている。
そして、窓の外にあるベランダで、ひとりの老人が外を眺めていた。
背はそれほど高くない。
せいぜいマチュアよりも10cmほど高いだけ。
スーツのような綺麗な服を身につけ、外にはローブを羽織っている。
白髪混じりの老人、それがマチュアの最初のイメージである。
(うん、この二人はそんなに強くないが……なんだろう、これ?)
目の前のベルファストやマリオとは違う、とんでもなく強い気配。
マチュアでさえ、その気配には寒気を感じる。
「ベルファスト様、半魔族のマチュア様をお連れしました」
マルコが頭を下げながらそう告げると、ベルファストはコクリと頷いて、室内に入ってくる。
そしてマチュアを見て、ウンウンと更に頷いている。
「君と会うのは初めてだな。シャイターンやグラントリ、サンマルチノと会談したというのは聞かせてもらったよ」
ゆっくりとマチュアの周りを歩く。
まるで値踏みをしているように。
「どなたからお聞きになりました?」
「サンマルチノからだ。面白い半魔族がいると聞いてね。興味があったので招待させて貰った……詳しく調べさせてもらうよ」
マチュアの正面に立ってマチュアの目を見る。
すると、今まではなかった額の瞳がゆっくりと開く。
──ピッピッ
『ベルファスト:魔人族、悪魔ルナティクスが魔力から作り上げた人造生命体、魔術師lv99……精神支配が発動してます』
(へぇ。ならかかったフリで)
──トローン
マチュアが視線をだらしなくする。
トローンとした目と緩んだ顔。
(フェイクステータス発動、私の能力値表示を半魔族標準まで下げる。精神支配を表示)
これで、万が一相手がステータスを読む事が出来ても問題ない。
「さて、マチュアといったな。お前は何者だ」
ゆっくりと問いかけながら、ベルファストは窓際のテーブルに向かうと、席に座って返事を待っている。
「わたしはマチュア、フェザー・マスケットとカメリアの間に生まれた半魔族です」
マチュアお得意のでっち上げ発言。
何処まで通用するのか楽しみらしい。
「何が出来る?」
「魔法を一通り、第二聖典まで覚えています。また、マジックアイテムの作製、古代魔法語による魔法陣を発動し、物品に魔法を付与する事が出来ます」
体術は内緒。
「お前のステータスを見させてもらう」
「どうぞ……」
そう返事をした瞬間、マチュアは体の中身を隅々まで見通された気がした。
だが、ベルファストは静かに頷いている。
「極めて普通の半魔族か。ただ、肉体の鍛え方は労働者のそれに近い。冒険者レベルも6と、普通だな」
あまり興味がなさそうに呟いている。
「サンマルチノを凌ぐ力、グラントリを超える魔力はどのようにして得るのか?」
「予め、魔法陣により自らの肉体にステータスアップの加護を施します。一度の付与で最大二刻、魔人族を凌ぐ力を得ることができますが、一度使うと15の日は使えなくなります」
さあ、何処まで続く、この茶番。
「その拡張バッグもお前が作ったのか?」
「はい。材料を吟味し、魔法陣の中でゆっくりと魔力を縫い込めます。一つのバックを作るのに300の日を必要とします」
「中身は何が?」
「わたしが作ったマフィンという菓子と、魔法の箒が入っています」
ふむふむ。
そこまで調べるのか。
「それを出してみたまえ」
「はい……」
ゆっくりと魔法の箒を取り出すと、横で控えていたマルコがそれを手に取って、ベルファストに差し出す。
その後も、マチュアはマフィンを四つ取り出すと、それもマリオがベルファストに差し出す。
──ゴクッ
マルコが喉を鳴らすので、ベルファストがまずはマリオに手渡す。
「先に食べてみろ、そして感想を述べよ。恐らくこれが、サンマルチノが褒めていた菓子であろう」
「はっ。僭越ながら、食べさせていただきます」
頭を下げてから、マルコが一口齧る。
──モグッ……
マルコにとっては初めての味わい。
食べたのが紅茶マフィンだったので、口の中に紅茶の香りが広がっていく。
さらに一口。
もう一口……。
マルコが気付いた時には、一つ目のマフィンは全て食べ尽くしていた。
──ハッ‼︎
「こ、これは、私としたことが……」
すぐに謝罪するとマルコ。
だが、ベルファストは軽く笑うだけ。
「お前が我を忘れて食べるとはな。どれ……」
チョコチップマフィンを千切って、一口食べて見る。
──モグモグ……ゴクッ
「ふん。サンマルチノが話していた通り、摩訶不思議な味だ。この娘、付与魔術とこの奇妙な菓子で、三王を虜にしたか……」
クククッと笑いながら席を立つ。
そしてマチュアの前を立つと、何かを考えている。
「マルコ、お前の率直な感想を述べよ」
「はっ。この娘は、三王を虜にするほどの力を持っています。生かしておくと危険であると思いますが……」
ここでマルコが考え込む。
「構わん、話してみよ」
「この女を始末する事は、逆に三王に謀反の意思を植え付ける事になるかと」
──クックツクッ
マルコの返答を聞きながら、ベルファストは笑う。
「それに、この菓子が食べられなくなるのが惜しいのだろう?」
「い、いえ、そのような事は……はい」
「構わんよ。暫しこの女は放っておく。危険は感じられないから、監視も必要ないだろう。マルコ、貴様がたまに菓子を買いに行くという理由で様子を見てきたら良い」
そう話して、ベルファストはマチュアの後ろに空間を作る。
赤い絨毯の敷かれた回廊。
マチュアがここに来る時に通った道。
「後ろを向いて真っ直ぐ歩け。そこに貴様の店がある。そこに辿り着いた時、ここに来た事も、我に出会った事も全て忘れよ……」
──クルッ
その言葉の通り、マチュアは振り向いて真っ直ぐに歩き始める。
やがて目の前に酒場が見えると、マチュアはそこに踏み込んで。
………
……
…
「ふぁ?」
素っ頓狂な声を上げる。
きょろきょろと辺りを見渡すと、何もなかったかのようにソファーに横になる。
(面倒だから、フェイクステータスはアクティブ。魔力感知……なし、GPSコマンド、対監視……見られている形跡もない)
慎重に一つずつ調べる。
(対監視とフェイクステータスはアクティブ、これで遠くから見られてもわかるし、ステータスを読まれても誤魔化せると……)
目を瞑って眠ったふり。
ここからは相手との騙し合い。
ギリギリまで、ヒト族と魔族の共存を知られないようにする。
(それにしても、ベルファストとか言うのはそれ程怖くなかったんだよなぁ……寧ろ)
あの城の中で感じた、もう一つの強い力。
そっちの方が、正直怖い。
(まあいいか。今度行く時にでも、探してみるとするか)
そう考えると、やがてマチュアは眠くなって来たので、今日は眠る事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌朝。
いつものようにマフィンやパンを焼いて箱に収めると、マチュアはパスカル雑貨店に向かうのに玄関に向かった。
すると、そこに昨日置いて来た箒が置いてあるのに気がついた。
「あれ?いつ置いていったのかな?」
首を捻りながら拡張バッグに放り込むと、すぐさま箒を調べる。
──ピッピッ
『魔法の箒:マチュア作、第十階位アーティファクト、神器』
(慎重だなぁ。まあ、そうでなくては始まらないと)
そのあとは何事もなくパスカル雑貨店に向かうと、その日は酒場でのんびりと過ごしていた。
──コンコン
店内で取り置き用のマフィンを仕上げている最中。
またしても店をノックする音がする。
「どなたですか?まだ仕込み中ですよ」
そとに向かって話しかけながら、マチュアは扉を開く。
──ドカドカッ
すると、黒服を着たオーガの男女と、イケゴブリンが店内に乱入する。
一瞬のうちにオーガはマチュアの身体を床を押さえ込むと、もう一人の女オーガが、カウンターに置いてあった拡張バッグをイケゴブリンに手渡す。
──クックックッ……
「どうだ?上から押さえつけられるのは。お前のおかげで、俺は家を出されることになった。完全寮制の、それも親の権力の届かない学院に入る事になったんだ……この俺が、庶民と一緒に学べだとさ」
ふぅん。
面白いから、この寸劇を見ていよう。
「三年間、ずっと庶民と一緒。専用のメイドも護衛もなく、全て自分でやらねばならない。わかるか、この屈辱が……」
知らんわ。
そもそもが、自分のせいじゃないか。
「せめてもの駄賃に、お前からこれを貰ってやろうと思ってな。まさか半魔族如きが女王の知り合いとは思わなかったが、ここでお前は死ぬんだからどうでもいいよなぁ……」
そう話しながら、オルファンはマチュアに近寄った。
「どれ!ツノオレは折れているツノを見られたら死ぬほど屈辱的なんだろう?おまえはこれけら屈辱にまみれて死ぬんだよ……」
「や、それはダメだ……取るな、とったら殺すぞ」
──ククククク
「そうだ、その屈辱的な顔を見たかったんだ……そらよっ‼︎」
──バッ
力一杯、マチュアの頭から帽子を引き離す。
すると、側頭部から伸びるツノが露わになった。
「は、はははっ……そんな飾りツノなんかつけやがって、おい、それも取っちまえ‼︎」
オルファンがそう叫ぶが、オーガはすぐさまマチュアから逃げるように離れる。
「あ……いや、そんな……」
本能で察したのだろう。
ツノが見えるようになると、アバターの残忍性のスイッチが入る。
「だから、外すなど言ったんだ……上には上がいる、それを、あの時に理解できなかったオルファンの負けだ」
真面目な顔で二人のオーガを睨みつける。
──ヒッ‼︎
これだけで、護衛のオーガは身動きが取れなくなっている。
──カチッ
指を弾いて酒場の鍵を全て掛けると、マチュアは埃を払いながら立ち上がった。
「ふぅ。ここまで性根が腐っているとはねぇ」
ガキガキッ
頭を左右に振りながら、右拳に力を入れる。
関節が鳴り、目つきが鋭くなる。
「お、おい、早くその飾りを取っちまえよ……どうしたお前たち、俺の命令だぞ‼︎」
そう叫ぶものの、命令に従わずに震えている護衛を見て、オルファンもようやく状況を理解し始めたらしい。
──スルッ
ローブを脱ぎ捨てて、翼と尻尾を生やす。
そこには、悪魔ルナティクスの姿が現れた。
「あ〜、このスタイルも久しぶりだわ。そこのお二人さん、ちょっと手伝ってもらえる?」
そのマチュアの言葉にコクコクと頷くと、マチュアはオルファンを指差す。
すると、オーガたちはオルファンを取り押さえた。
「さて、何か言いたい事はあるかしら?ツノオレでなくて残念ねぇ」
クスクスと笑ってから、マチュアはオルファンを見下ろす。
「そ、それは本物か?」
「ええ。私はね、悪魔ルナティクスの体を持つ悪魔よ。さて、どうしようかなぁ」
腕を組んで考えると、女オーガのアリアがマチュアに向かって一言。
「あ、悪魔マチュア、お願いします、寛大な処置をお願いします」
震えながらも、オルファンを守るために声を出したアリア。
「でもねぇ……この世界で私の正体がバレるとまずい事が起こるからなぁ」
ふと考える。
「オルファン、あなたから記憶を奪います」
──パチン
何のことはない
オルファンがここに来たことを、忘却で忘れて貰う。
そして護衛を見て、マチュアは話し始める。
「これで、あの街で私とグラントリが親しかった訳がわかったわよね?」
「は、はい……」
「どうかお許しください……」
言葉を発することしかできない。
動いたら、殺される。
その恐怖心しか、二人には存在しなくなっていた。
「超爆発」
──パチン
三人の額に魔法の文様が浮かび上がり、スッと消える。
「あなたたちの頭の中に、爆発の紋章を刻んだわ。もし、あなた達が私のことをバラしたら殺す」
ここだと言わんばかりに、残忍な笑みを浮かべて見る。
こんな感じかな?
頭を少しだけ傾げて、ニィィィッと笑って見た。
もう、護衛はコクコクと首を縦に振るだけである。
「それともう一つ。このボンクラの教育を命じます。こんなのがあの街の統治者の息子なんて笑えてしまうけど、グラントリに迷惑がかかるから……」
そう話してから、マチュアは一通の書面を認める。
オルファンをもっとしっかりと躾けろと、貴族のなさねばならない事を勘違いさせるなと。
護衛には教育係を命じて、もっと厳しくしろと。
そして従わなければ、グラントリに話をして街の統治者の任を解くと。
──ポン
カナン商会の印とマチュアのサインを入れて完成。
それをアリアに手渡す。
「街で私を見ても頭は下げるな、今までのように普通にしろと伝えておくように。それはあんたらも同じだからな」
もう、首を縦に振るしかない。
今回は本当に超爆発の術印を組み込んでみた。
使う為ではなく、実験として。
「さ、そのボンクラは間も無く眼を覚ますから、とっとと連れて出て行きなさい」
そう話してから、ひょいと帽子を拾って被ると、尻尾も翼も収納して服を着る。
マチュアから残忍性がスッと消えて、残念性のスイッチが入る。
「ふう。どっちが本当の私なんだか……」
そう呟くと、アリアがオルファンを担ぐ。
「そっちの男のオーガ、名前は?」
「わ、わたしは……」
──ダン
マチュアは軽く足踏みする。
「あ……俺はエムディだ……じゃあ世話になった」
口調を戻せというマチュアの意思は伝わった。
「私はアリア……それでは失礼する」
──ギィッ
扉を開いて外に出ると、待機していた馬車に乗り込んで走っていく。
「さ〜て。あの紋章、発動するのかなぁ」
マチュアの命令に背くと発動するように仕掛けてある。
相手が人間ならそんな事はしないが、亜人種相手なら容赦はない。
それに、従っていれば問題はないのである。
「さ、パン焼きの続きだなっと……レオニード達も忙しそうだし、実に平和だ」
扉は開けっぱなし。
焼きたてのパンの匂いが外に流れると、近所の冒険者も買いにやって来る。
パスカル雑貨店と同じ値段、一人一個。
これがパスカルと約束したルールであった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。