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悪魔の章・その19・煮ても焼いても食えない

 いつものようにパスカル雑貨店にマフィンを配達する。

 その後は、新しい配達先のライトニング卿の家へパンを届ける。

 更にカナン商会に向かい、朝一の客に焼きたてのマフィンのサービス。

 すっかりパン屋さんを行っているマチュアである。

 それでもライトニング卿の所は7の日に一度纏めて、カナン商会朝のサービスは10の日に一度なので、それ程忙しくない。

 毎朝届けるパスカル雑貨店の方が忙しい。


──ゼイゼイゼイゼイ

 朝の配布が終わって店の外の隅っこで缶コーラを飲んでいるマチュア。

 ホットドッグと缶コーラで朝ごはんの代わりとしていたのだが。


「これが、あのライオネルを黙らせたカナン商会の主人とはねぇ」

 軽くマチュアを小馬鹿にしたように話しかける人物が一人。


 左右にオーガの護衛をつけたホブゴブリンの商人、イスュタル商会の主人である。

 イスュタル・アンバー、貴族で爵位持ち、王都に拠点を置いてシャイターン王国の物流の要と呼ばれている人物の彼が、何でここにいるのかと。


「どちら様?」

「初めまして。イスュタル商会筆頭を務めますイスュタル・アンバーと申します。若き筆頭さん、今後ともよろしく」

 ニッコリと笑いながら挨拶する。

 なら、さっきの小馬鹿にしたあれはなんだ?

「これはどうも。カナン商会筆頭のマチュアです。これ、食べます?」

 いつものノリでホットドッグを取り出して手渡すと、イスュタルも軽く頭を下げた。

「では折角ですので頂きますよ。このまま齧り付くので?」

 そう問いかけた瞬間。


──ガブッ

 マチュアが大きな口を開けて齧り付く。

 ならばとイスュタルもマチュアを真似て齧り付くと、マチュアに軽く笑いかける。

「ふぅむ。パンの間に茹でた腸詰め、その上は二つのソース、酸っぱいこれはザゥラーの漬物ですか」

 もりもりと食べるイスュタル。

 そしてふと思い出し。

「マチュアさん、お金を払いますので、後二人分お願いしたいのですが」


──ジャラッ

 金銀銅貨を何枚かマチュアに見せると、マチュアは銀貨を一枚だけ受け取って、ホットドッグを二本と缶コーラを四つ取り出す。

「ホットドッグにはこれだよ。ボールマンさんも絶賛していた」


──シュワァァァ

 開け方を教えてグビッとマチュアが飲むと、イスュタルと護衛も真似て飲む。

 初めての味わいで動揺する三人だが、すぐに慣れたらしくて楽しく食べている。


 やがて全て食べ終わると、マチュアはイスュタルにウェットティッシュを差し出した。

「これで指を拭くといいよ」

「ありがとう。そして先程は失礼しました。商会代表がこのような場所で食事などと思いましたが、現場での食事ならこれほど理に適ったものはない」

「いえいえ、下品でだらしない食べ方なんですけどね」

「忙しい現場を考えたものですよ。これは貴方が考案したもので?」

 その問いかけには正直に答えよう。


「いえ、私が考案したものではありません。私はある方のレシピを参考に作っているだけですので」

「このマフィンもですか?」

 そう問いながら、傍のバックから焼きたてのマフィンを取り出す。

「私の故郷にある普通のお菓子ですよ。独占する気はありませんので、作るのならどうぞ」

 そう話しかけるが、イスュタルは頭を左右に振る。

「どちらもカナン商会の商品ですよね。真似る事は出来ないので行いませんよ。今日はお願いに参りまして」

 おや。

 それならばとマチュアは立ち上がる。

「それではこちらへ」

「いえいえ、そんな畏まった契約とかではありませんよ。貴方が武具を壊れなくする魔法を開発したと聞きまして」

 ははぁ。

 それで釘を刺しにきたのか。


「ええ。もう少しで完成しますが」

「それのカナン商会での販売をやめていただきたい。その代わり、うちとライオネル商会で持っている武具販売の独占権を返上して自由市場にします」

 ふぁ?

 何を話しているこの人は?

 思わずマチュアも頭を捻るのだが。

「その魔術は鍛冶屋を潰しますよ。なので鍛治組合から泣きつかれたのですよ。それで、カナン商会にだけ利権を捨てろとはいえないので、我々も鍛冶屋の利権を守るのに自由市場にしますので」

 あ、この人危険だ。

 真面目な人だ。

 むしろ大歓迎なのだが。


「んーと、破壊負荷耐性は付けない代わりに切れ味が良くなるやつとかは?」

「ん?それだと研ぎ師の仕事が減りませんか?」

「そっか。ならどうするかなぁ。魔法陣勿体無いんだよなあ……」

 腕を組んで考える。

 なら、イスュタルならどうする?


──ポン

 と手を叩く。

「私の魔法陣では、様々な力を武具に付与できます。イスュタルさんが考える、鍛冶屋や研ぎ師を脅かさないものってありますか?」

 ふると、イスュタルは顎に手を当てて考える。

「例えば、飛び道具なら射程が伸びるとか、武器なら魔法によって属性をつけるとか」

 ふむふむ。

 それならば、問題はないだろう。

「なら、暫くは属性付与と射程向上で販売しますよ。売り上げの4割はイスュタルさんの取り分で良い?」

「へ?」

 今度はイスュタルが首を捻る。

「何故私が?」

「よし、なら五割だ」

「いえいえ。私は魔法付与なんてできませんよ。なのに何故、配分が来るのです?」

「考えたのはイスュタルさんですよ。属性と距離の発想はなかった。なので、受け取る権利はあるのでは?」

 にこやかに笑うマチュア。


──プッ

 すると、イスュタルはおもわず笑ってしまう。

「カナン商会の人気が上がった理由がわかりましたよ。マチュアさん、私への配当は、ここに来た時にマフィンとホットドッグにして貰えますか?」

 グッ。

 思わずサムズアップする。

 すると、イスュタルも真似てサムズアップ。

「これは?」

「問題なし、とか、いいよ、とか、がんばったね。って合図です」

 そう説明すると、イスュタルは改めてサムズアップする。


──スッ

 そしてマチュアは、拡張エクステバッグからマフィンやクロワッサンなどが一杯入ったバスケットを三つ取り出して、イスュタルと護衛の二人に手渡した。

「気分がいいから、おみやげをどうぞ。いつもここにいるとは限らないから、バスケットはあげます‼︎」

「お土産と差し出されたものを固辞するわけにはいきませんね。ではありがたく頂きますね」

 すっ、と受け取ると、イスュタルは最後に軽く会釈して立ち去った。


 それを見届けてから、マチュアは酒場カナンへと戻ることにした。

「うっわ、ガチの商人怖いわ……あの人は敵に回さないようにしよう」

 武具の販売も考え方によっては全て均等に利益を分散する為とも考えられる。

 ラグナ・マリア帝国鍛治工廠のやり方と同じ。

 それを廃止する事よりもマチュアの魔法陣の危険性を感じたようである。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 パスカル雑貨店には、20日程田舎に帰ると告げておき、マチュアは急ぎ大使館に戻って来た。

 地球時間では、まだマチュアの出張は一月経っていない。

 その間にもちょくちょく戻って来ているので、大使館のスタンスは以前と全く変わらない。

 マチュアの外見以外は。


「それでよぉ〜。久し振りに札幌出張に来たと思ったら、何でマム・マチュアが堕天したんだ?」

 大使館事務局の応接間で、蒲生副大臣が三笠と話をしている。

 マチュアはというと、文化交流部に試作型マジカルソリッドを手渡して使い方を説明している。


「瑞穂県はどうですか?」

「まあ、色々と問題はある。あの世界の技術力を調べるのに、学者連中が都市部の解体を止めるんだわ。全体的に作業は難航、今は周辺の土地を区画整備して、そこにベッドタウンを作る造成計画が進んでる」


──グイッ

 カナン製ハーブティーを飲みながら、蒲生が説明する。

 だが、三笠はその程度では揺るがない。

「大変ですねえ。もうすぐ衆議院選挙もありますから、何処が政権を取るのか楽しみですよ」

「まあ、うちの圧勝は間違いないが、他が何処まで食い込んで来るか……いょう、悪魔さん元気か」

 ドタバタと事務局に戻ってくるマチュアに、蒲生が挨拶する。

「おや蒲生さん出張?交渉?泣き落とし?」

「ん、一と三。阿倍野さんが泣いてたぞ、オンネチセの別荘申請が通らなかったって」

 そう言われて、ふとマチュアは思い出す。

「目を通さないでメモにしたわ。今度あげますから許してって伝えてください」

「それとよ、小野寺さんが国連にカナン騎士団の出向をお願いしたいとさ」

 また来たか。

「断る‼︎今の私ならここから小野寺さんを呪うことも出来ますよ」

「例えば」

「かっぱハゲにする」

 うわ、こわ。

「魔法でハゲ治らないかなぁ。ほら、小説であっただろ、ハゲを治す薬にエリクサー入れる奴」

 んんん?

 それって〇コーダさん?

 似たものはこっちにもあるのか。

「また無茶な。ハゲ治すんなら、頭皮全て剥がしてからの再生魔術、それでもホルモンバランスの問題もあるから……五分五分ですよ?」

「そりゃあ分が悪いな。まあ伝えておくよ」

「はいはい、それじゃあ急ぎますので」

 ドタバタと文化交流部に戻っていくマチュア。

 そのまま三笠と蒲生は打ち合わせを続けていく。


………

……


 文化交流部。

 隣に開発用の部屋を有している、大使館でもふた部屋使っている贅沢な場所。

 そもそも大使館の建物の大き過ぎて、殆どの部屋を持て余していたのだから、これで丁度いいぐらい。

 その開発室で、古屋と高嶋が黙々とデュエルを続けている。


「今のところ問題はないと。担当は高嶋くん?」

「そっす。キンデュエは担当を交代しました。備品管理は全て俺っすよ」

 自信満々に話している高嶋。

 ならここは安全なのだが。

「同じオタカラトミーで、アニメの変身グッズに幻想の腕輪を組み込みたいという話もありますよ?」

「へぇ。特撮?ヒーロー?」

 そう問いかけると、高嶋が企画書をマチュアに見せる。

「新しい魔法少女シリーズ。原点に帰って二人です。タイトルは『二人はマスキュラ‼︎』なかなか……どーしました?

 」


──ゲフッゲフッ

 いきなりむせこむマチュア。

 それはまさかの。

「あ、いや、もう大丈夫よ。それで、どっちがキュアフィジーク?」

「この黒いのがキュアフィジークのフランク、こっちがキュアバルクのケビンです。栄養食品やプロテインメーカーも提供に加わりますが」

 それは正に勝負所である。

 すると、マチュアがジーッとポスターを見る。

「どうしました?」

「ボディービルダーのコスチュームは、このランニングシャツと筋肉?」


──ハッ‼︎

 そんなもの自前で何とかしろレベル。

 この企画はこれでおしまい。

 しかし惜しかったな、二人はマスキュラ。


「しかし、これを量産ねぇ」

 マチュアが手にしているのは『幻想の腕輪』。

 今年の東京イベントで女の子に人気のグッズである。

 文化交流部の会議でこれの量産が決定し、三笠が承認した。

 つまり、マチュアは量産しなくてはならない。

「ええ。今、中に登録するコスチュームの選別が始まってまして、裏コマンドも正式に表登録します」

 つまり獣人モードが出来るのである。

「そこで、何かいいコスチュームありませんか?」

「はぁ?」

 突然マチュアに話を振る高嶋だが、純粋に仕事として聞いている。

 ならマチュアも真面目に考える。

 ウィンドウを開いて換装データを追加し、それで良いものを考えようというのである。


──シュルルルルッ

 尻尾と翼を消してローブを脱ぐ。

 この時点で高嶋と古屋が鼻を抑える。

「ちょ、マチュアさん、その格好本当にハイエース事案」

「確実に攫われますって」

 そう叫ぶ二人。

 ならばと、まずは白銀の賢者スタイルに換装。


──シュンッ

「どや。滅多に見せない白銀の賢者だ」

「地味ですよね」

「女の子の好きなデザインではないなぁ……」

 などなど、新人女性職員の南 成美さんのダメ出しが炸裂。

 そして何故かマチュアは隅っこでいじける。

「ダサくて悪かったな。実用本位の、世界最強の装備だぞ。全力出したら地球も壊せるぞ」

「何怖いこと話していますか。次行きましょう」

 そう言われて、マチュアは自分の装備でいくつか換装していく。

 フリフリ派手な装備は持ってないが、格好いい装備なら自信がある。

 女騎士モードやカナンの女王モード、ファンタジーの店員さんなど、そこそこ良いものをお披露目する。

「しかし、ロリ巨乳悪魔っ子は超えられないかぁ」

 そう高嶋が呟くので。

 予備の幻想の腕輪にロリ巨乳悪魔っ子装備を登録して、素早く高嶋の腕に腕輪をつける。


──ガチャッ

「な。何するのですか?」

「おっと、ロック。これで外れなくして……裏コマンド起動!」


──ピキィィィーン

 一瞬で高嶋の頭にツノが生える。

 翼も尻尾も生えてくると、服装が体にバッチリのハイレグボディースーツに変わる。

「うぉはっ‼︎」

 いきなりの変身にしゃがみこむ高嶋。

「まっ、マチュアさん‼︎」

「君の好きなロリ巨乳悪魔っ子装備だよ。ロリでなくなって、巨乳は男の場合は筋肉マッチョになるのか」

 ふむふむと確認する。

 恥ずかしそうな高嶋の周りをぐるぐると回り見渡すと一言。

「ふむ。半端ないもっこり感。しかも玉がはみ出る……」

「ごめんなさい、もうロリ巨乳言いません」

 泣きそうな高嶋。

 なのでブレスレットを外してテーブルに置く。


──コトッ

「こ、こんな恥ずかしい事……俺、クッ殺の気持ちがわかりましたよ」

「そうだろそうだろう。その気持ちがわかったら、今後は……」


──ピキィィィーン

 突然、南の全身が輝く。

 そしてマチュアのようなロリ巨乳悪魔っ子ではなく、大人の魅力の美乳悪魔っ子に変身する。

「きゃぁ……」

 叫びながらしゃがみこむ南。

 だが、テーブルの影から頭だけ出すと。

「あ、あの、これはアリだと思います……」

「ボディースーツをもう少し露出の少ないものにして、女の子は女の子らしい悪魔っ子。後は対になる天使とセットで」

 すぐさまマチュアがデザインをする。

 その間に南もブレスレットを外してマチュアと打ち合わせ。

 ある程度のコンセプトが決まったので、これをデザイナーに発注する事で話がまとまった。


「さて、そろそろ帰るかな……あれ、ブレスレットがない。南ちゃんどこかしまった?」

 キョロキョロとブレスレットを見渡すマチュアだが、何処にも見当たらない。

「あれ、ブレスレットならさっき高嶋さんが持っていきましたよ?」

 そう古屋が言うので、高嶋を探しに部屋から出た時。


──ドドドドドッ

 全力で逃げる高嶋と、どうやらブレスレットを騙されてつけたらしい赤城が高嶋を追いかけている。

 巨乳を超えた爆乳エロ悪魔。

 子なんて表現が似合わない妖艶な悪魔が高嶋を追いかけていった。

「……うわエッロいなぁ……」

「マチュアさんまで、勘弁してください‼︎」

 その場にしゃがみ込んだ赤城からブレスレットを取り外すと、真っ赤になった赤城をよしよしと慰める。


 なお、高嶋改めエロ嶋は、向こう半年間の赤城の夜勤も代行する事になった。

「私と全く同じ外見にして半年間勤務するのとどっちが良い?」

 これがとどめであった事は言うまでもない。

 そして、マチュアはのんびりとした時間を過ごしてからジ・アースに戻ろうとした時。


──ヒョイ

 何故か、ロビーにある巨大な鏡の前で立ち止まる。

 そして、ジーッと鏡を見ていると、思わずニィッと笑う。


「まあ……そこにいる誰か、何でいるのかわからないけど、上手くやっていきましょうよ……」


 思わず出た独り言。

 それが何かわからない、誰に告げたのかもわからない。

 ただ、自分の中にいる誰かに、マチュアはそう呟いていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 日本からジ・アースに戻って来て。

 現地時間では20日が経過していた。

 転移先はワルプルギス外の草原地帯、そこから箒に乗ってのんびりと帰って行く。

 正門を越えて冒険者区画に向かうと、まずはパスカル雑貨店にやって来た。


「パスカルさんただ〜いまっ」

 にこやかに入店してカウンターに向かうと、いつものようにキセル片手にのんびりとしていた。

「よう。おかえり。田舎はどうだった?」

「みんな元気でしたよ。これはお土産です」

 ガサゴソと小さい壺を取り出す。

 ウォルトコでパイプ用の刻みたばこを購入して詰め替えたものである。

 これも数種類を大量に購入してある。

「お、これは済まないなぁ…この香りはタバコかい?」

「そ。リクエスト通りに」

「リーエクスト?また魔術か?」

 ん〜。

 腕を組んで考える。

 言葉や単語が、自動翻訳出来るものと出来ないものがある。

 まあ、そのうち慣れるだろうと思ったのだが、マジ、が通用するときと通用しない時があるのにも頭を捻る。


「方言なのかなぁ……ま、いいや。ご注文どおりのタバコですよ。師匠が宜しくだそうです」

「そうかい。ありがとうね」

 そう話してから、早速小さく丸めると、キセルの先の火皿につめる。


──パチっ

 指先に小さな火をともしてタバコに着けると、まずは一服。


──モクモク

「プハー。なんじゃこりゃ?すごく美味しいじゃないか?」

 お喜びで何よりです。

 タバコを吸わないマチュアには、タバコの味なんてわからない。

 なので店員のオススメを買って来ただけである。

 嬉しそうに吸っているので、物は試しにもう一つの壺も出してみる。

「こっちも試します?カナン商会で販売しようか考えてたんですよ」

 こっちはメンソールの刻みタバコ。

 それじゃあ遠慮なくと指先で摘んで丸めると、火をつけて一服。


──モクモク

「ぷっはぁ。何じゃこりゃ?スースーするぞ?」

「薄荷の葉が混ざってましてねぇ。これ売れる?」

「うちで買う。いくらで卸す?」


(原価は900円だったかな?)

「銀貨一枚。どう?」

「無理しない。二枚出すよ」


──パチン

 すぐさま銀貨を二枚マチュアに差し出す。

 すると、早速メンソールをまた火皿に入れて火をつけた。

「プハー。これはいいや。味が違うから楽しめるなぁ」

 実に楽しそうで何よりです。

「そう言えば、私が留守の間に何か変わった事はありました?」

「そうさなぁ。中央山脈の亜人が麓に降りて来て、彼方此方あちこちの街を襲っているらしいからなぁ。冒険者ギルドも大忙しみたいだよ」

「亜人って?」

「はぁ?マチュアの村はどれだけ平和なんだよ。亜人を知らないとは。ケンタウロスやリザードマンは出なかったのか?」


──ポン

 軽く手を叩く。

「魔族でも人でもない存在かぁ。いたいた、でもなんでここに来て襲撃してるのかな?」

「基本は蛮族だかね。けど、普段は皇王が統治する大陸王都の近衛騎士によってしっかりと監視されているんだが、ひょっとして『大回帰』の時期なのかなぁ」

 キセルを吹かしながら、何気なくパスカルが呟く。

 しかし、その単語はマチュアも聞いた事がない。

 いつものように頭を傾げると、パスカルはニィッと笑った。

「半魔族は大回帰しないから、マチュアは安心していいよ」

「大回帰って何?」


──シーン……

 一瞬の沈黙。

 そして。

「うわぁぁぁぁ、そこからか。大回帰って言うのは、大陸に住まう全ての種に起こる、『本能の回帰』って奴らしいのよ。つまりな?」


 ジ・アースでは、世界の天秤によって人間と亜人種の『文明その他の置換』が行われた。

 結果として今は人間=ヒト族と呼ばれて虐げられているのだが、無理な置換は種族の魂に変異を起こした。

 置換前の種の本能がある時期を境に暴走し、自我を持ったまま、支配本能や破壊的衝動に駆り立てられる。

 魔族とヒト族に分類されるものには起こらないが、それ以外には発生する。

 こうなると、その種族は粛清対象となり、最悪は集落や都市一つが殲滅される事もあるらしい。


「それって、発生したら種族全てがそうなるの?」

「いや、地方だな。東の地域のリザードマンが大回帰を起こしたとしても、ほかの地域のリザードマンも全てなるわけではない。その住まう土地や地域の環境も関わっているんじゃないかなぁ」


──コンコン

 タバコ盆に灰を落として、パスカルは静かに立ち上がる。

 奥の棚から地図を取り出して広げると、マチュアに分かりやすいようにあちこちの地域を指差して印をつけると、亜人種がどの辺りに住んでいるのか説明した。

「ほら、カナン商会代表なら、商売で必要になるはずだ、持ってけ」

 ポン、と丸めた地図でマチュアの頭を叩く。

「お金はなんぼじゃらほい?」

「タバコのお礼。早く商会に戻ってきな」

 ならばとマチュアは頭を下げる。

 そして、すぐさまカナン商会に飛んで行った。


………

……


 カナン商会にも亜人種による襲撃事件の話は届いていた。

 どうやらワルプルギスに向かう商隊も襲撃を受けたらしく、到着する積荷が半分しか届いていないらしい。

 急ぎの商品でもないのだが、次の便が届くまでは品薄になってしまう。


「おお、マチュアさん、大回帰が始まりましたよ‼︎」

 対応に追われていたフェザーが、マチュアの姿を見て走ってくる。

「ほい、この地図の印が亜人種の集落や街らしいから、それを避けた商隊通路を確保して。カナン商会の馬車の護衛はもう手配しているんでしょ?」

「万事抜かりなく。この地図があれば大丈夫でしょう」

 ややホッとした顔をするフェザー。

「前回の大回帰の時はカナン商会が傾きかかりましたからなぁ」

「へぇ。そんなに頻繁に起こるの?」

「いえいえ、以前は二十年も前ですよ。その前はもっと前ですが、古い記憶だと五年おきとかもあったようでして」

 ふむふむ。

 自然災害のようだから放置しよう。

 そもそも、そんなものはマチュアがどうこうするものではない。


「届いてない商品でも在庫があるものはいつも通り、品薄だからって値段は上げない。カナン商会は常に平常運転で」

「へいじょ?今なんと?」

「あ、いつも通り。品薄だから値段を上げたりしない。それで釣り上げて儲けようとしている商会は無視。勝手に儲けさせてやればいい。私の仕事ある?」

 そうフェザーに問いかけるが、フェザー自身も腕を組んでしまう。

「従業員にお菓子でも差し出してください。久し振りの大回帰で、皆不安になってますから」

「ならお昼ご飯でも作るか……」

 そう話してから、マチュアは厨房に向かう。

 拡張エクステバッグの中をゴソゴソと調べると、かなりの寸胴が入れてあるのに気がついた。


「あ〜。あっちの酒場も、最近は自給自足だからなぁ」

 ならば余っているものを探す。

 簡単なものでいいやと、コーンポタージュやミネストローネなどのスープ類をいくつも用意し、木のお椀に次々と注ぎ込む。

 そしてひょいとカウンターを覗き込んで二人ほどコイコイと呼びつけると、大量のスープを運ぶように伝えた。

 マチュアもお椀の載っているトレーを持って、いそいそとホールに出ると。

「大回帰ごときにはカナン商会は負けないぞ。これ飲んで元気つけて‼︎外の商人や商隊の人にも配って来て‼︎」

「はい‼︎」

 すぐさま、急ぎの仕事でない者たちはスープを配り始める。

 この世界にない、初めての味で商人たちもしばし不安を忘れる事が出来た。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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