悪魔の章・その7・悪魔が来たりて騒がしい
久し振りの大使館。
ゲートルームを出てのんびりと厨房に入ると、シンクの中に空になった寸胴を入れる。
「マスター・マチュア、その出で立ちはどうしたのですか?」
仕込みをしている咲夜がそう問いかけるので。
「どや、小悪魔、可愛いやろ」
「エロいです。ハイエース事案です。ファンタジーだと頭から袋被せられて攫われる事案が発生します」
そう一言告げて仕込みを続ける。
恐ろしく具体的だなぁ。
――ガチャッ
保存庫に入ると、みっちりと寸胴が詰まっている。
「うはぁ、ダブっているの少し貰うよ」
次々と二つある寸胴を空間収納に放り込む。
そして半分ほど空にすると、マチュアは厨房に戻ってくる。
「随分と仕込んだなぁ」
「それが命令ですから……」
そう話している今でも、コンロには5つの寸胴が置いてある。
「今仕込んでいるのは、豚の角煮と筑前炊き、ドラゴンのホロホロ煮、スープカレー、そしてラー油です」
淡々と説明する咲夜。
「そっか。寸胴一杯の辣油って、お前馬鹿だろ‼︎」
「そんな事はありません。大使館の皆さんにどんなものが食べたいのか教えて貰い、参考として様々な書籍を読んで参考にしました」
そこで辣油か。
鉄鍋のなんだかだな。
「まあ無理しない。もし保管庫が一杯になったら、寸胴が空になったら追加してくれればいいよ。それ以外の指示は十六夜さんと赤城さん、三笠さんに聞いて」
サブマスター権限を追加設定する。
そしてマチュアは保管庫からティラミスを取り出すと、久し振りのアプルティを用意して、事務局に戻っていく。
――ヒッ‼︎
すると、事務局の空気が凍りつく。
事情を知ってる三人以外は、全く身動きが取れなくなっている。
特にカナンからやってきた職員には、この格好は恐怖の対象でしかない。
「マチュアさん、またそんな格好で……」
「あのエロチームに見つかったら、厄介ですわよ?」
「まあ、部署が違うから早々来ないでしょ?」
そんな話をしていると、ようやく職員たちも中身がマチュアと理解したらしい。
「失礼します。三笠さん、この前のしんせ……え?」
頭を掻きながら事務局に入ってきた高嶋。
すぐ目の前に童顔ロリ巨乳悪魔が立っているのを見て、思わず凍りつく。
――カチーン
「高嶋くん、どうしましたか?」
すぐさま三笠が話しかけると。
「三笠さん、このロリ巨乳悪魔くださフベシッ」
――スパァァァァン
マチュアの尻尾が突っ込みハリセンを引き抜き、高嶋の後頭部を痛打。
「うひゃぁ、この速度はマチュアさん?」
「そうだよ、見て分からないか?」
「わかりません‼︎俺好みのロリ巨乳悪魔っ子です。ついに堕天しました?」
――シュンッ
一瞬で元の姿に戻る。
戻れない。
「あ、あれ?元の姿に戻れない。どういうこと?」
慌ててアバターを確認するが、説明には一言。
『固定済みアバター。クエスト完了まで外す事は出来ない』
嘘だろ?
この前は何ともなかったよね?
ウィンドウのあちこちを確認すると、ヘルプに説明が書いてあった。
『ジ・アース到着時点のアバターがクエストアバターとなります』
「ぬうぉぉぉぉぉ。あのバカ神さまぁぁぁ」
頭を抱えて身をよじっている。
その光景に、高嶋は鼻の下を伸ばしてにやけている。
「堕天したマチュアさん、可愛くて萌える……」
「ばーか。堕天なんかするかよ、早く仕事しなさい」
「ふぁい……」
トボトボと三笠の元に向かう高嶋。
そしてマチュアも悪魔の姿のまま卓袱台に向かうと、溜まっている仕事を確認する。
急ぎの仕事はない。
国連関係の仕事も順調。
問題は、このヒトラーのやり方。
まだ僅かではあるが、ゲルマニアは統合第三帝国に吸収されつつある。
マチュアの知っているアドルフ・ヒトラーとはやり方が違う。
飴と鞭を巧みに使い、市民たちを次々と自陣営に取り込んでいく。
統合第三帝国の庇護下の都市は生活と安全が保障されている。
市外からの物流が停止さているのは頂けないが、おおむね良好な状態を築いている。
「機動兵器を用いた戦闘で一度不利になり、その後に何事もなかったかのように姿を現す。これで通常戦力が無意味である事を証明してからの、政治的な手腕で周辺をまとめる……うわ、これは勝てんぞ?」
思わす呟くマチュア。
すると三笠がマチュアに一言。
「それ故に、国連はカナンに騎士団の派遣を依頼してますよ。どうにかヒトラーを止めてもらえないかと」
「ふぅん。却下。そんな戦力はない」
「ええ。常にお断りしてますよ。最近は小野寺さんが、直接マチュアさんに話ししたいと言ってますが」
トントンと書類を指で叩く三笠。
「私と話しても無駄なの判らないかなぁ。政治的圧力も効かないの知ってるでしょ?」
「泣き脅しかと」
「そんなもの知らん、後は……」
暫し書類を眺める。
「歯舞諸島、ハワイ、渡島大島の建築は順調ですね。カルアド関係の書類もそこにありますが」
へぇ。
そっちはマチュアでなくてはわからないから、すぐにそっちの確認を開始する。
「……なんでオンネチセへの引越し申請があるんだ?」
専用の書類はない。
どうやらあちこちの書類を参考に作った手作りの書類である。
それも100通を超えている。
「あ、うちの職員がオンネチセの紹介動画をアップして、こうなりました」
「成程。勿体無いから裁断してメモ帳にして」
全て却下。
オンネチセは職員とマチュアの知り合いのための街であ
る。
「マチュアさん、その申請書の中に議員とかのものもありますが、良いのですか?」
「例外は認めない。誰から聞いたんだか……ひょっとして蒲生さんか?」
それらの書類はすぐに十六夜が真っ二つにする。
裁断機などいらない。
「で、オンネチセの環境システムや文字、技術についての情報開示請求ねぇ」
次々と出てくる申請書。
それらも軽く目を通して、すぐに十六夜に回す。
「はい、追加のメモ用紙」
「後ほど纏めてやりますね」
はいよろしく。
――キンコーンキンコーン
そんなこんなで一通りの書類を確認すると、ちょうど昼休みになる。
――ドドドダドダドッ
遠くから誰かが走ってくる音がする。
そして足音の主である古屋が事務局にやってくると、開口一発。
「ロリ巨乳悪魔っ子が職員になったって本当ですか?うちにください、ていうか俺が教育係になります」
あちゃあ。
こいつも残念な男だったのか。
「うぉわっ、本当にロリ巨乳悪魔っ子だ。カリス・マレス職員枠ではじめての悪魔ですか。高嶋の話した通りだ……うわ、どうしよう……キンデュエの『ドジっ子悪魔カレン』とそっくりだ」
うわ。
他の職員がドン引きしている。
ならばと、マチュアはハイエルフの外見アバターを『幻想の腕輪』の裏コマンドに登録。
すぐさま装備してマチュアに変化する。
ーーシュンッ
「あ〜着せ替えアバターは有効かぁ。それで、誰がドジっ子悪魔だって?」
額に怒筋を出しながら古屋に問いかける。
「あ、あら、ドジっ子悪魔がハイエルフの女王になった……」
ーーガタッ
「さて、私は食事にしますか」
「私もこれで……」
笑いながら部屋から出て行く事務局員。
「そう言えば、マチュアさん出張に行くはずでは?」
「そうだよ。これから必要機材の購入でウォルトコ行ってくるよ。総務行ってお金貰ってくるわ」
そう話をすると、マチュアは総務に向かう。
そこで経費としてかなりの金額を現金で預かる。
「いゃあ、悪いねぇ」
「別に構いませんよ。大使館のお金って、名義的には大使館ですが、殆どマチュアさんの個人財産としてマチュアさん名義の口座なんですよね」
高千穂が笑いながら呟く。
「あ、そうなるの?」
「異世界人のマチュアさんの個人資産ですので、課税対象外なんですよね」
しっかりとしてらっしゃる事。
目の前の帯で止められている束を次々と空間収納に放り込む。
その光景には、総務職員も目を丸くする。
「しかし、こんなに大金、何を買うのです?」
「ウォルトコで生活用具関係と食料。あと工具やら釘やら、テクノロジーの低そうなもの」
ふぅん。
高千穂が笑いながら頷いている。
「マチュアさんはあれですね、異世界落ちものの小説を地で行ってますよね?」
――ドキッ
「あはは……この世界の物語かな?そういう話を聞いた事はありますけれど」
もう笑うしかない。
笑うしかなければ、後は逃げるだけ。
「それじゃあ、時間もないからそろそろ行くわ……あれ?」
ふと総務部のホワイトボードをみる。
そして日付を確認するが、マチュアがジ・アースに行った日から変わっていない。
ーーピッ
『時間経過について:地球、カリス・マレスとジ・アースの時間経過比は1対10。ジ・アースの10日が両世界の一日と同じ』
ふぁ。
ことごとく期待を裏切ってくれる世界。
そこまでネットゲームのような設定とは、マチュアも思っていなかった。
この後はまたウォルトコで必要なものを大量購入すると、マチュアは虹の鍵でジ・アースの城塞都市ワルプルギスへと戻って行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ただーいまっと」
いつもの宿屋のいつもの部屋。
戻ってくると幻想の腕輪は効力を失っている。
それを外して空間収納にしまうと、マチュアは何事も無かったのを確認して一階に降りていく。
――ザワザワサワッ
すぐ隣の冒険者ギルドに向かうと、どうもカウンターが騒がしい。
「んんん?なんかあったのですか?」
人混みを掻き分けてマチュアがやって来ると、ギルドマスターが頭を抱えている。
「これはどうも。マチュアさん、貴方の依頼なのですが、受けてから探しにいくのではなく、エルフを見つけてきたので依頼を受けたいという方が大勢来てまして……」
――ソーッ
ゆっくりと振り向くと、大勢の冒険者パーティが、これまたエルフを連れてやって来ている。
「こりゃあ参ったなぁ……どれ、それじゃあ私がエルフが本物かテストしてあげよう……」
『アクティブスキル:エルフ語』
この世界の叡智を持つらしい悪魔のスキル。
要は全ての言語を理解できる。
考え方によっては、実に当たり前のスキルである。
『一旦みなさん下がってください。そしてエルフだけ、私の前に並んでくれますか?』
そうエルフ語で話してみる。
だが、誰も下がることはなく、誰も前に出ない。
――ハァ
軽くため息をつく。
「ギルドマスター、依頼で嘘ついたらどうなるの?嘘ついて依頼をクリアしようとしたら?」
「レベルドレイン、悪質な場合は資格取り消しだな」
ふぅん。
「範囲型・魔力の鎖、全対象」
――チャキィィィン
突然、その場の冒険者や偽エルフの足が魔法の鎖で捕らわれる。
「なっ、何だこれは?」
「こんな魔法見た事も聞いた事もないぞ‼︎」
「動けない、どういう事だ、説明しろ」
まるで暴動が発生しそうなので。
マチュアは種明かし。
「私、さっきエルフ語で話しかけたんですけど……何て話したか理解してますか?」
………
……
…
少しの沈黙ののち、一斉に振り向いて逃げようとする。
だが、足が固定されているので逃げられる筈がない。
――カァァァァッ
その光景に、真っ赤になって怒鳴るギルドマスター。
「貴様たち、一定期間、冒険者資格を停止する‼︎」
その怒声と同時に、その場の全員の体が淡く輝く。
『ペナルティ:ギルド員資格の半年間停止』
その場の全員にこれが付与されていた。
怒鳴るだけでこれが出来るとは、ギルドマスター、恐るべし。
ならばと魔力の鎖を解除する。
「うぉつ」
突然歩けるようになると、どの冒険者もカウンターに走って行く。
これは何かの間違いだとか
この町で生まれ育ったエルフだとか
とにかく言い訳がましい事この上ない。
まあ、目を細めてエルフを見ると、どいつもこいつも変化の魔術でエルフになっているだけである。
「さて、見苦しいので、後10数えたら魔術中和を詠唱しま〜す。いーち、にー、さーん」
――ウワァァァァァ
一斉に立ち去る冒険者たち。
それでも何組かは残っている。
そして魔術中和を発動した時、残っているエルフの付けている指輪が次々と砕け散り、オークやゴブリンに戻っていく。
「そ、そんなバカな」
「第四級の変化の指輪だぞ、半魔族に破壊出来る筈が」
――ハッ
ドドドドドッ
残った者達も逃げて行く。
それを見ていた隣の酒場の冒険者達は大爆笑である。
「まったく嘆かわしい。見たところどいつもこいつも20レベル以下、何で楽して稼ぎたいかなぁ」
ギルドマスターがカウンターで頬杖をついて呟く。
「私よりもレベル高いのになぁ……」
――キョトン
その言葉に、ギルドマスターが驚いている。
「マチュアは何レベルだ?」
そう問われて、ギルドカードを提示する。
レベル表示は3+。
なので嬉しそうに。
「3レベル‼︎」
――はぁ〜
深くため息をつくギルドマスター。
「3レベルの半魔族が第三聖典の大地の鎖を使うとは……世も末だわ」
「あ、あれ第三聖典なんだ。知らなかったわ」
「その後の魔力中和は第四聖典だぞ。どこで学んだ?
「田舎のじっちゃんの持ってた本」
適当なことを言う。
だが、素直に信じているようだ。
「そっか。お前の父親は魔人族かなんかなんだろうなぁ。何でお前3レベルなんだ?」
「依頼受けた事ない」
「そっか……仕事しろ」
「うん、ごめんなさい」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
大量の掲示板を眺めるマチュア。
成り行きで依頼を受けることになったので、ボーっと依頼を探している。
「モンスター討伐はあるけど亜人種討伐はないか……周りがそうだから、そうだよなぁ」
腕を組んでウンウンと考えていると。
――ヒョイ
襟首を掴まれて、後ろに運ばれる。
「ふぁ?」
目の前にはオーガのパーティ。
どうやらマチュアが邪魔らしい。
「何しますか‼︎」
「この辺りの依頼は危険が多い。低レベルのレベリングなら後二つ向こうの掲示板だ。そっちなら危なくないぞ」
あら、外見によらずお優しい。
なのでそっちを見に行くが。
「……まあ、どこの世界も一緒かぁ」
薬草採集
都市部のゴミ拾い
下水のドブさらい
子守り
砦までの荷物運び
隊商護衛
etc
「予想通りとはいえ……お?」
いきなり一枚の依頼書をひっぺがす。
それを持ってカウンターに向かう。
「これ受けます‼︎」
「ん?ああ、少し前にあった東方森林のヒト族砦の調査か。ライトニング卿のパーティが殲滅した跡地の調査、ヒト族の手掛かりとかあったら回収するように」
――ポン
受領印を押されると、マチュアは一目散に目的地へと向かった。
………
……
…
鬱蒼と茂った森。
その奥地にあるヒト族の砦。
元々は小さな村だった場所に城砦を築いたらしい。
村を囲む壁は破壊され、内部の建物も半分以上が焼け落ちている。
腐り果て、獣に食い散らかされたらしい白骨死体があちこちに散乱し、人など既に存在しない。
「ここがヒト族の砦。本当に掠奪された後みたいだなぁ」
のんびりと歩いて回る。
燃やされていない破壊されただけの建物を調べると、崩れ落ちた下に武器や防具が残されているのを見つけた。
「まだ残っているものもあるか」
普通の大袋を取り出し、その辺の武具を放り込む。
更に別の残骸を調べて見ると、そこは雑貨屋だったらしく壊れ打ち捨てられた日用雑貨が大量に転がっている。
どれも使い物にはならない。
残った家々も調べて回るが、斬り捨てられたらしい白骨死体が彼方此方に転がっている。
「男の死体か……こうなると元が誰なのかはわからないのか」
目を凝らしても、どの白骨死体も個人を特定出来ない。
そのまま夕方まで調べていると、日が暮れる前に街に戻りたいので、急ぎ街の近くに転移した。
………
……
…
「随分と早いなあ」
――ポン
日が暮れてから城門に入り、真っ直ぐにギルドに向かう。
そこで依頼完了報告と回収してきた剣を手渡すと、ギルドマスターは完了印を押してくれた。
「これが報酬の金貨二枚な。剣は回収対象だからうちで預かるよ」
「それは構いません。重いし使わない……それよりも、あの砦はヒト族の生き残りはいなかったの?」
それが疑問である。
どの白骨死体も、その大きさから成年男性以上、女性や子供の白骨は残っていない。
「生き残りのヒト族は奴隷商人が買い取って売り飛ばしたぞ。男は鉱山へ、女はその鉱山の娼館へ。残った子供は……ああ、この前マチュアが宿に連れこもうとしていただろう?」
???
??
?
「ふぁ‼︎」
言葉が詰まる。
ロータスとフロリダの仇は、この前マチュアが助けたライトニング卿とドラゴンランスであるらしい。
「ああああああ……やっちまったぁぁぁ」
――ブワッ
涙が溢れる。
どうもこの悪魔アバターはマチュアの精神年齢を少し引き落としているかもしれない。
「ななんだなんだ、おい、頼むから泣き止んでくれ」
側から見ると、ギルドマスターが少女を泣かせている。
「ううう、依頼完了ありがとうございました……」
トボトボと歩いて出ていく。
どんな顔してロータス達に会ったら良いのか分からない。
気分を紛らわせるために公園に向かおうとしたら。
――タッタッタッタッ
「いたいた、マチュアさん‼︎」
「探しましたわ。中々見つからなくて心配してましたのよ」
レオニードとアレクトーが嬉しそうに走ってくる。
それに気づいて足を止めると、マチュアは突然アレクトーに抱きしめられた。
「喜んでください。マチュアさんから買い取ったソーマから蘇生薬が完成したのですよ。それで先程、ライトニング卿が生き返りました‼︎」
――ボロボロボロボロ
マチュアの瞳から大粒の涙が溢れる。
「はうわぁぁぁぁん‼︎」
マチュアの鳴き声が響く。
すると、アレクトーがマチュアを優しく抱きしめた。
悔しナミダなのに、嬉し涙と勘違いされている。
「泣くほど嬉しいなんて……ライトニング卿は、マチュアさんにも是非お礼を言いたいそうですよ。後日宿まで迎えの馬車が来 行きますので」
くっそお。
もう一度殺すか?
そんな事を考えるが、マチュアが泣き止み始めると、アレクトーとレオニードももう一度頭を下げて立ち去っていく。
「くっそ、このアバターは感情の起伏がおかしい。少しオーバーに反応するぞ」
ぐしぐしと鼻を鳴らしながら、マチュアは近くの露店で焼き鳥を購入。
ベンチで食べながらウィンドウを開く。
「アバター説明。タイプ悪魔……」
ーーピッ
『悪魔ルナティクスアバター:300年戦争時、暗黒大陸のグランドアザーン帝国国王アル・ラギア・グラールによって召喚された異世界悪魔のアバター。
使用時は感情の起伏に変化が起こる。ツノが外に出ているときは残虐属性が発動し、ツノを隠しているときは泣き虫ドジっ子残念属性が発動する。それぞれの状態で専用のコマンドスキルが存在する』
「なあガイアよ。今度腹を割って話しようや」
その説明を見て呆気に取られる。
そのまま暫くはやけ食いモード。
10本食べて落ち着く頃には、日もすっかり落ちている。
公園向こうの繁華街では、貴族や商人、冒険者が大勢繰り出しているのが見える。
違うのは、そこにいる種族。
ヒトではない、俗に言う亜人種。
それが大手を振って歩いている。
「また奴隷商人のとこに奴隷いるか探しにいくか」
気晴らしに商店街を歩いていく。
すると、何処の店もマチュアを見てそわそわしている。
「あ、まだありますので〜」
次々と断りながら服飾店の前を通る。
そのまま通り過ぎようとして、ふと足を止めた。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めで?」
「ん、全部買う。大人と子供、男女別に分けてください、全部買います‼︎」
「毎度ありぃ♪」
実に嬉しそうな店主。
そして綺麗に折りたたんだ衣服をいくつもの袋に詰めて、マチュアに差し出す。
「しめて金貨で十六枚でお願いします」
「はい、ではこれでお願いします」
拡張バッグから金貨を取り出して支払うと、マチュアは受け取った荷物を全てしまう。
「どうもありがとうございます。しかし、お客さんのバッグはあれですか、内部拡張の加護が与えられているのですか……」
あ、この世界では普通にあるみたいです。
ならば堂々と。
「ええ。そこそこに入りますよ。じゃなければ、買い占めなんて出来ませんよ」
にこやかに笑うマチュアだが。
「まあ、お客さんの収納力でしたら、恐らくそれは第一階位のアーティファクトかと。使いのものにそのようなものを授けるとは、貴方の主人はどのようなお方で?」
「えーっと……詳しくはお伝え出来ませんので。それでは失礼しますー」
スタコラサッサと逃げるように歩いていく。
………
……
…
暫く歩いて町外れの家畜市場にやって来ると、商人はマチュアを見て揉み手をしながらやって来た。
「これはこれはマチュア様。先日お買い上げいただいた奴隷はどうですか?」
「しっかりと働いてくれてますよ。今日はいないのですね?」
周囲を見渡しながら、奴隷がいないのを確認する。
そうそういつでもいるものではないようだ。
「ヒト族の奴隷は中々手に入りませんよ。先日の砦襲撃みたいな事がない限りは。何か他に要り用でしたらご用意しますが」
そうは言っても、すぐに思いつくかと言うと、思いつかない。
キョロキョロと周囲を見渡して見ても、ここは家畜市場、奴隷以外など牛や鶏のような家畜しかいない。
牛や鶏。
――パン
思わず両手を合わせるマチュア。
ならば、これしかない。
「牛を下さい。オス一頭とメスを二頭で」
「お、そう来ましたか。では早速〆て来ましょう」
繋がれているロープを引っ張って、と畜場へと連れて行こうとするので。
「ちょいと待った‼︎生きたまま買います」
そう叫んで商人の元に走る。
「生きたままですか。血抜きなどは慣れないと難しいですよ」
「大丈夫ですよ。という事ですので、お値段は?」
「はぁ。金貨三十枚ですが、宜しいのですか?」
――ジャラッ
纏めて三十枚支払うと、マチュアは牛に繋がっているロープを受け取る。
「家畜は馬以外は都市部には連れて行けませんぞ?」
ならば。
「こっちの裏門から一度出ますので、お願いします」
商人にそう告げると、ニコニコしながら裏門に向かう。
そして門番に話をすると、裏門がゆっくりと開いた。
「マチュア殿、こちらからどうぞ。ですが、裏門からどちらまで?」
そう商人が問いかけるので、マチュアはニィッと笑う。
「我が主人の使いが近くまで来てくれる手筈ですので、ではこれで」
そう告げてから、マチュアは門番に銀貨を十枚ずつ手渡す。
「お礼は頂けません」
「まあ、そう言わずに受け取っていただけませんか。私が無理を言って門を開けてもらったのに、ご迷惑をおかけした貴方たちにお礼をしていないと私が主人に折檻されてしまいます」
ニコリと笑うと、門番たちも納得してくれた。
「そうですか。では、お嬢ちゃんの安全のため受け取りましょう」
笑いながら受け取って貰うと、マチュアは早速門から外に出て行った。
そしてしばらく森の中を歩き回ると、ゲートを開いて酒場の外へと帰って行った。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






