ストームの章・その10 暗躍する影の序
今回は、影で色々悪巧みしている人たちの話です。
テレビでも見ているようにお楽しみ下さい。
今宵の侯爵は、たいそうご立腹である。
いつもなら、食事は楽しく食べるのがマナーであると告げているアレン・マクドガル侯爵が、食事中に執事によって齎された報告を耳にして立腹状態なのである。
「グラン。君は執事としては大変優秀だ。今、君がもたらした報告は私にとって最も大切な案件の一つ。報告書は私の執務室に置いておきたまえ」
ワインを飲みながら、そう告げるアレン。
「はっ。それでは失礼します」
グランと呼ばれた執事は頭を下げてその場を後にする。
その姿を見届けると、アレンは目の前に並べれられている料理を一つずつ吟味した。
料理とは、彼にとって一つの芸術である。
前菜から始まる穏やかなハーモニー。
それを愉しむこの時間が、彼にとっての至福でもあったのだ。
「侯爵様、何かあったのですか?」
アレンとテーブルを挟んで前に座り、食事をしている女性が静かに問い掛ける。
彼女は『マクドガル領』にあるシーフギルドの長。
本名は誰も判らなく、ギルドではカーマインと呼ばれている。
名前の如く、洋紅色の髪が特徴的な女性で、身体のラインが分かりそうなドレスを着込み、何処か妖艶な雰囲気を醸し出している。
彼女の所属しているシーフギルドとは、冒険者ギルドにシーフの持つ技術や知識を与え、その代償として冒険者ギルドなどの依頼報酬から少しだけ、技術講習料を回収しているのである。
最も、それは表向きの冒険者ギルドとの連携であり、その裏で何をしているかは敢えて秘密である。
「いや、色々とあってな。自分の思い通りに動かない案件というのは、実に厄介でね‥‥」
そう話しながら食事を続けるアレン。
「そうなの。ひょっとして私に力になれることはあるかしら?」
静かにアレンを見つめるカーマイン。
「そうだな。邪魔な存在がいる事は確かだが‥‥ここからは個人的な呟きだ」
スッと立ち上がると、アレンは窓辺にゆっくりと歩みよっていく。
「ベルナー領の騎士団長。そしてそこに加担しているらしい鍛冶師。竜王祭に行われる大武道大会に参加するやもしれぬ。大会を盛り上げてくれる事は大いに結講だが、優勝だけはして欲しくないものだな‥‥」
そう呟いて、手にしたワインをグッと飲み干す。
「フフッ。独り言の割には、随分と具体的なお名前ですこと」
口元に妖艶な笑みを浮かべて、カーマインはゆっくりと席を立つ。
そしてアレンの元に寄ると、静かに会釈を返す。
「本日は美味しいディナーをありがとうございました。私はこの後で、デザートでも頂いてきますので」
そう告げて、カーマインは部屋の外へと出ていく。
それを見届けてから、アレンは再び席につくと、最後に運ばれるであろうデザートを楽しみに待っていた。
「さて。中々思い通りには行かないようだが。もう少し手駒が欲しい所だな」
と呟いて、アレンもまた部屋の外へと出ていった。
○ ○ ○ ○ ○
マクドガル領は、東方を海に面した小さい辺境国である。
大陸から伸びた小さい半島部分と、それに繋がる平原がマクドガル領である。
皇帝陛下から『王国』という名前を告げる事は許されなかっただけでなく、『マクドガル辺境国』という屈辱的な名前を与えられている。
領地の西側には、かつては王国であったベルナー領があり、マクドガル領で取れる新鮮な海産物はその殆どがベルナー領に運ばれていた。
漁業以外はこれといって珍しい特産物はなく、近くにはダンジョンや遺跡等もないので、この地を訪れる冒険者というのは殆どいない。
それでも、港から船で2時間ほどの位置にある小さい島には、時折冒険者がやってくる。
そこに『古代魔導王国スタイファー』の遺跡が存在し、そこから産出される魔導器等を、領主であるマクドガル卿が買い取っているのだ。
最も、その事実を知っている者は殆ど存在せず、マクドガル卿と契約を結んだ冒険者以外は、この事実を知る者はいない。
そのスタイファー遺跡の最下層。
マクドガル卿に雇われた冒険者たちも、未だ足を踏み入れることができない空間。
大量の魔導器や、何に使うか分からない様々な魔法物品が安置されている場所に、カーマインは立っていた。
薄衣一枚の衣服と、背中から生えている蝙蝠のような翼。そして頭部には、黒くねじれた角が左右一対生えている。
その姿は、伝承の中に出てくる夢魔そのものである。
「クスクスクス‥‥。さて、この子達はどこまで頑張ってくれるかしら?」
カーマインは目の前に広がる魔法陣をじっと見つめている。
広大な空間の中心に広がる球形の立体魔法陣と、その周囲に散乱している大量の死骸。
その中にはキマイラやマンティコア、ケルベロスなどのSクラスモンスターなども転がっていた。
そして、それらの死骸の中でも最も大きく、異質な存在。
体長10m程度の、大量のドラゴンの死骸が其処に転がっている。
「これで、新たなる仮初の肉体と、それに受肉する魂は完成したわ。さあ、目覚めなさい」
カーマインは魔法陣の中心に右手をかざし、『肉の塊』に向かって話しかける。
それは禍々しく蠢くと、やがて人の形を作り始めた。
そして魔法陣がスッと消滅すると、そこには一人の少年が立っていた。
年の頃は17、8歳ぐらいだろう。
一糸まとわぬ姿で、静かに立ち止まっている。
「コ、ココハ?」
「お帰りなさい坊や。貴方は、ここにあった魔法陣の力で、あなた達の住む世界とは別のこの世界にやってきたの‥‥」
スッ。と角と翼を消して、少年の近くに歩み寄り始める。
「ボ、ボクハダレ‥‥ナニモワカラナイ」
「可哀想に。記憶を失ってしまったね。少しずつ教えてあげるわ。貴方が誰なのか、そしてこれから何をすればいいのか‥‥」
そっと少年を抱きしめると、その頬に口づけするカーマイン。
「ア、アナタハダレナノ」
明らかに、今の状態に動揺している少年。
「私は。貴方をこの世界に呼んであげた人。カーマインっていうのよ。貴方の名前は‥‥ラグナよ」
「ラグナ‥‥ボクハラグナ‥‥」
「そうよ。これから貴方に色々な事を教えてあげる。貴方は異世界から来た勇者なのだから‥‥」
そしてラグナと名付けた少年の手を取る。
残り僅かの時間で、この子を『偽りの勇者』に仕立て上げなくてはならない。
「コレカラ、ボクハドウスルノ?」
「貴方は優しい子。今から私の言うことを聞いて頂戴。今、この世界はとある悪魔によって滅びの道を歩いているの……悪魔の名前は‥‥シルヴィー。人の姿をしているけれど、それは偽りの姿なの‥‥」
一つずつの言葉に韻を含ませて、話しかける。
時間はあまりない。
その間に、この純真無垢なラグナにどれだけの事を教え込ませられるか‥‥。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ・マリア帝国の王都ラグナ。
巨大な城塞と魔法結界によって守られた、ウィル大陸最大の都市である。
50万人以上の人々が、この都市に住んで生活を営んでいる。そしてここには、人だけでなく様々な種族が集まっていた。
その中央にある王城の最上階、『五王の間』と呼ばれている部屋に、彼らは集まっていた。
「ここに集まるのは久しぶりですね。今日は一体どういう事で私達を呼んだのですか?」
真紅のローブに身を包んだ壮年の女性が、玉座に座っている男性に問い掛ける。
その玉座に座っている者こそ、この『ラグナ・マリア帝国』の皇帝『レックス・ラグナ・マリア』である。
「不穏な動きがある」
と蒼いローブに身を包んだ老人が、静かに口を開いた。
「‥‥魔族の影が見えたと、我が手の者からの報告があった」
その老人『ケルビム』は、細い瞳を静かに開き、集まっている者達に聞こえるように告げた。
「魔族の活性期にはまだ早いと思いますが、ケルビム老、貴方の予知眼には何が?」
純白のローブに身を包んだ修道士らしき女性が、ケルビム老と呼ぶ蒼いローブの老人に問い掛ける。
「竜王祭。その祭りの中で、燃え盛る炎。このラグナ・マリア全てが炎に包まれる」
「馬鹿な。このラグナ・マリアの結界は完璧だ。都市全てを包む炎など、物理的にありえん」
漆黒のローブの男性が立ち上がり、ケルビム老に告げる。
「いえ、シュミッツ殿、その炎には、私は見覚えがありますわ」
漆黒のローブの男性『シュミッツ』に向かって、銀の鎧を着た女性が告げた。
「ブリュンヒルデ殿には、それが何かお分かりなのですか?」
ブリュンヒルデと呼ばれた銀鎧の女性が、自分に対してそう問いかけた、真紅のローブを着た女性の方を向く。
「ミスト殿。貴方にもわかっている筈ですわ」
真紅のローブの女性『ミスト』は、しばし考えた後、ハッと気がつく。
「左様。赤神竜の眷属たちが目覚める‥‥。来たる竜王祭、かの竜は我らに供物を求めてくる‥‥」
とケルビム老が静かに告げる。
「供物とは‥‥贄か」
「左様。探さねばならない。清き魂を持った贄を。時間はあまりない‥‥」
そのケルビム老の言葉に、一同が頷く。
「今年の竜王祭、禍々しい胤が幾つか見える。阻止しなくてはならない。災いは全て。そして帝国に仇名す者には滅びを」
レックス・ラグナ・マリアが静かに告げると、その場にいた一同が静かに立ち上がり、皇帝に向かって一礼する。
そして自分たちの座っていた席の後ろにある扉へと向かうと、その扉に触れた。
――スッ
と扉に触れたものが消えていく。
転移魔法によって、この部屋と外の部屋とは繋がっているようだ。
そして最後に残った純白のローブの女性に向かって、レックスが静かに口を開いた。
「パルテノよ。スタイファーの忌まわしき遺産に動きがある。調べよ。そして万が一の時は‥‥」
「判りましたわ。お父様。それではこれで‥‥」
と告げて、パルテノもまた扉に触れて、消えていく。
「‥‥神よ。この忌まわしき災厄から、この世界を救い給え‥‥」
レックスが静かに告げると、そのまま姿が消えていった。
後には何もない。ただ六角形のテーブルと王座があるだけである。
○ ○ ○ ○ ○
カーマインとの晩餐から一週間後。
屋敷の執務室で仕事をしていたマクドガル侯爵の元に、再びカーマインがやってきた。
その傍らには、一人の少年を連れて。
「その子は? まさかカーマインの子供とでも言うまい?」
クックックッと笑いつつ、カーマインに問い掛ける。
「だとすると、この子の父親は貴方ということで宜しいかしら?」
「ふん。人と交わっても子を成さないのが、魔族ではなかったのか?」
「随分な言い方ね。愛さえあれば出来るわよ。ただ、貴方とは愛もなかったのでね‥‥。この子は貴方の望んでいた子よ。異世界からの召喚。それによって降りてきた勇者という事にして頂戴」
そう告げると、子供の背中をポン、と叩く。
「ハジメマシテ、ボクハ『ラグナ』。コノセカイヲホロボソウトシテイルアクマ『シルヴィー』ヲタオスタメニキマシタ」
感情の篭っていない声。
それを聞いたマクドガルは、背筋が凍りついたような感覚に陥ってしまった。
まるで伝説にある『煉獄』と呼ばれる世界からきた、悪魔のような冷たい瞳。
そして体から発している夥しい程の魔障。
「だ、大丈夫なのか?」
と心配そうに告げるマクドガルの目の前で、カーマインはパチンッと指を鳴らす。
と、まるで氷のような表情をしていたラグナの顔に、笑みが戻っていく。
瞳は子供のそれに戻り、体から発していた魔障も全て消えた。
そこには、何処にでもいるような子供が立っている。
顔中の血色もよくなり、周囲をキョトンッと見回している。
「ラグナ君、貴方の雇い主よ。自己紹介しなさい」
「はい、判りました」
とカーマインの方を向いてそう告げると、改めてマクドガルの方を向き、静かに頭を下げた。
「初めまして、ラグナと申します。この世界ではない異世界から、召喚の儀によってやって参りました」
その変化に、マクドガルは驚きの表情をしていた。
「そうか、ラグナ君がこの世界に来た理由は分かるか?」
「この世界に危険が近づいているという事しか。でも安心して下さい。どんなに手強い敵であろうと、この僕が排除してみせます」
と胸をドン、と叩いて告げる。
「そうか‥‥判った、頑張ってくれ給え。もう下がっていいぞ。グラン、この子に甘い菓子と紅茶を頼む」
と告げると、ラグナは頭を下げてその場から退室する。
「完璧だ。あの子を大武道大会に登録する。私の邪魔をするものは、全て公の場で排除してやる‥‥」
口元に笑みを浮かべつつ、そうカーマインに告げた。
「では登録の方をよろしくお願いします。私はあの子と共に、王都へと向かいますので」
そしてカーマインも下がっていく。
「もうすぐ全てが手に入る。完璧だ‥‥レックスよ、今はまだその玉座に座っていろ、もうすぐそこは俺の席になるのだから‥‥」
室内にマクドガルの笑い声だけが、いつまでも響いていた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






