変革の章・その28・まあ、ない事はない
はい、勝手にコラボシリーズ第二弾です。
物語の中でマチュアがで会った漂流者は、こちらの物語のグルメマスターです。
すでに退会してしまったので、作品自体は残っていませんが。
足跡として、この場には残しておきます。
『世界最強のグルメマスター ーnine of Treasureー』
創造神様は、池ヶ原 龍斗さんです。
次は誰にしようかな。
豊園通り商店街に出店する予定のアルバート商会。
そこに荷物を搬入しに来たカレンとシルヴィーは、まさかアルバート商会が事務所荒らしに遭っているとは思わなかった。
すぐに警察に手配を頼んだが、どうなるかは運次第である。
――少し前、カナン魔導連邦
いつものように、のんびりと朝食を食べているマチュア。
出勤時間前のモーニング、今日のメニューはベーコンエッグとトーストのセット。
「お待たせしました。それでは‥‥おや?」
朝食を持ってきたジェイクが、ふと外を見る。
それにはマチュアも気が付く。
先程までは、そこには誰も居なかった筈なのに、今は一人の男性が立っている。
キョロキョロと周囲を見渡すと、どうやらマチュアに気が付いたらしく、ゆっくりと近づいてくる。
――ぐーきゅるるるる
すると突然、彼の腹の虫が何かを訴え始めた。
マチュアが美味しそうに食べているベーコンエッグとトーストをじっと眺めている。
「ん?はろはろ。貴方は観光かな?」
そう話しかけて見るが、視線はじっとマチュアの料理を見ている。
日本人かな?と思ったのはその格好。
模様のないシンプルな白ワイシャツと黒ズボンを身につけ、肩に緋色のエプロンを丸めて担いでいる。
カナン地方では珍しい炎の如き瞳とボサボサの茶色の髪、そしてマチュアが見てわかった、その引き締まった体躯。
冒険者なら装備とか何らかの荷物は持っているのだが、そういったものは見当たらない。
すると。
「観光?いや、俺は確か、エルロックとマーケットに向かう途中だったのだが……」
火道光夜は、目の前のマチュアに話し掛けながら、周りをキョロキョロを見渡す。
彼の相棒であるエルロックの姿も見当たらないし、さっきまで歩いていたロンドン風の風景でもない。
――ぐーきゅるるるる
何だ、この空腹感は?
光夜は、その原因がマチュアの食べているものにあると考える。
だが、どう見ても普通のベーコンエッグ。
そんな物が、グルメマスターである光夜の感覚神経を揺さぶったのか?
そう頭の中でグルグルと考えていると。
――カチャツ
エルフの女性の目の前に、もう一人前の料理が置かれた。
ジェイクは彼を見て、こうなるだろうと用意して来たのである。
「私はこの酒場、馴染み亭の主人のマチュアです。取り敢えずこちらはサービスしますので、どうぞ召し上がってください」
ニッコリと微笑むと、マチュアは目の前の男に朝食を勧める。
「あ、いや、申し訳ないが、余分な金がないんだ。これからマーケットに向かって、ホーンマンモスの肉を買い付けないとならないのでね」
「あら、ならこれはサービスしますよ。そのホーンマンモスの事を教えてくれればね」
ふむ。
そんな程度でいいのなら。
光夜はこの提案を受け入れ、マチュアの前に座る。
「それでは、せっかくの暖かい料理、冷めてしまっては失礼にあたるので……俺は火道光夜、光夜でいい」
そう挨拶をして、光夜は静かに食事を始める。
何処にでもある普通のベーコンエッグ。
だが、一口食べて、その違いがわかった。
絹のように滑らかな口当たり、しっかりと火が通っている半熟玉子は、スッと口の中で溶けるように消えていく。
このさっぱりとした味が、この後に齧ったベーコンの旨味を増幅する。
ピリッと辛い。
黒胡椒と天然塩が、このベーコンの旨味をゆっくりと引き立たせている。
弾力性のある肉質は、不思議なことに歯を立てるとスッと切れていく。
食用に育てられた肉ではない、野生の肉。
さまざまな食材を学んでいた光夜でも、この肉の正体は分からない……。
マチュアの目の前で黙々と食事をしている男。
マチュアには、この男が料理に携わっている事がすぐにわかった。
一口一口、初めて食べる食事を、脳内で解析する。
その素材や調味料、工程などを、自分の知る知識と照らし合わせていく。
それが一流の料理人の癖である事を知っている。
「それにしても……」
無詠唱で発動した深淵の書庫がはじき出した、目の前の存在。
それは『概念の結合体』である。
概念ゆえ肉体はない。
だが、意思を持っている為、肉体を構築出来る。
解析結果から察すると、光夜が見ているマチュアの世界の風景は白昼夢。
恐らく彼自身の世界の何処かで、0に近い確率で起こった奇跡。
ここで彼が体験した事は、恐らく彼も覚えていない。
0.1秒の、ほんの瞬き以下の体験として、記憶の隅で忘れられる。
――ハッ‼︎
ふと、マチュアは目の前の彼がマチュアに声を掛けていたのに気が付いた。
「これは何の肉なんだ?」
「あ、それは魔法竜シルバードラゴンの頬肉よ。中々希少部位なんだけど、面白いからベーコンにしたのだけど……」
――ダン
丁度食べ終わった光夜が立ち上がり、マチュアに頭を下げる。
「頼む、この食材を少し譲ってくれないか……金なら……」
そう告げて光夜は財布を取り出そうとする。
それを、マチュアは手を止めて制する。
「そのお金はホーンマンモスを買うお金でしょう? お金は今度で良いわよ。ジェイク、あのベーコン、ひと塊り持って来てくれる?」
その言葉が届くと、ジェイクはすぐに大きめのバッグに入ったベーコンの塊を持って来た。
「済まない。しかし、何処で道を間違ったかな。確かマーケットに向かっていた筈なんだが」
「まあまあ。この奇跡を喜びましょうよ。貴方みたいな『本物』の料理人に会ったのは久し振りだわ」
ニッコリと笑うマチュア。
すると、光夜はスッとマチュアに右手を指し出す。
「近いうちに代金は支払いにくる。グルメマスターの名にかけてな」
「そうね。でも、今度は私がご馳走になりに行こうかな?」
「いつでも来てくれ。最高の料理を作ってやるよ」
ガッチリと握手をして、光夜はベーコンの入った袋を担いでいく。
白昼夢なら、あれは持って帰れない。
光夜の姿がスッと消えて、荷物はそこに落ちる。
さようなら、何処かの世界のグルメマスター。
もう会う事はないでしょうけれどね。
――スッ
やがて光夜の姿が消える。
向こうの世界の、ほんの瞬き程度の時間の旅。
‥‥‥
‥‥
‥
「あ、あれ?」
マチュアは光夜が消えた場所を探す。
ベーコンを入れたバッグがない。
落ちない。
光夜が持って帰った。
「……深淵の書庫っ、可能性の検索‼︎」
すぐさま古今東西の事象を探す。
しかし、導き出された答えは一つ。
『あのベーコンは、何らかの道筋で、あっちの光夜に届く可能性がある』
でも、それは食材として偶然見つけるだけ。
マチュアとの記憶を思い出す可能性は、ほぼ0%。
「へぇ。天狼様も洒落たイタズラするわねぇ」
そう呟くと、マチュアは異世界ギルドへと向かう。
そして、ギルドから大使館に向かう時、血相を変えて走ってくるシルヴィーの姿が見えた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
――スタスタッ
箒に乗ってマチュアがカレンの元にやって来る。
後ろにはシルヴィーもちょこんと乗っていた。
警察が来た時、シルヴィーはすぐにマチュアを呼びに行った。
馴染み亭のベランダで居眠りしていた所を呼んで来たのである。
「話は聞いたけど……これはまた、何もかもなくなっているなぁ」
やれやれという顔で店舗内を見渡す。
その後ろではカレンも困った顔をしていた。
「これ、犯人を捕まえて鉱山に送らないと納得しませんわ」
「あ、無理無理。日本の法律なので、ただの窃盗罪。初犯なら2年以内の懲役、常連でも5年って所だよ」
「我がアルバート商会に手を出すとは大したものですわ……まあ、後は警察という所から連絡が来るのを待たないとなりませんけれど」
やや落ち込み気味のカレン。
すると、シルヴィーがカレンの横で頭をポンポンと叩いた。
「大丈夫ぢゃ、妾がついておる」
お、シルヴィーがカレンを慰めるとは。
うんうん、シルヴィーも成長したなぁと納得していると、そのまんまマチュアの方を向いて一言。
「幻影騎士団よ‼︎」
「煩いわ、私にここの泥棒探しなさいってか?」
「うむ。カレンが困っておるし、ついでにカレンや妾たちに手を出したらどうなるか思い知らせてやるのフベシッ‼︎」
――スパァァァァン
「そういうのは職権乱用。幻影騎士団の名前で命令するんじゃない。何とかならないか聞きなさい‼︎」
力一杯のツッコミハリセン。
「あうあう、言ってみたかっただけぢゃ。マチュアよ、どうにかならぬか?」
そう心配そうにマチュアを見上げるシルヴィー。
その後ろでは、シルヴィーの肩に手を当てるカレン。
「友達が困っているのを見過ごす事は出来ないからね。ではやってみますか。白川一曹、魔法等関連法何条何項だったっけ、えーっと魔法による自衛について、確か補足の12を適用します」
すぐに魂の護符を白川一曹に提示する。
「確認しました。存分に」
その言葉でマチュアはすぐさま魔法陣を起動する。
「初めて使うんだよなぁ……過去視……」
魔法陣の外の世界が変化する。
時間が過去へと遡っていく。
魔力を調整して遡る時間を早めると、丁度深夜三時頃、トラックがアルバート商会に止まるのを確認する。
「ナンバーは……と、ふむふむ」
四人の男たちがトラックから降りて来ると、シャッターをこじ開けて扉の鍵も開けている。
これはなかなか本格的な犯罪者だなぁと感心していると。
「沈黙の風よ。このあたりの音を消し去り給え」
――ブワッ
下級の精霊魔法。
風の精霊に問いかけて、音を伝えない空間を生み出す。
それを地球人が使ったのである。
「顔は覚えた。さて、今度は早送りと……」
周囲の映像が高速で進めると、泥棒たちはアルバート商会の荷物を抱えて、すぐ近くの使われていない商店に向かう。
閉じてあるシャッターを鍵で開けると、トラックと使われていない商店の二つに盗品を分別して運んでいく。
やがて全てが終わると、トラックはどこかに走り去って行った。
――ブゥゥゥン
魔法陣が消滅する。
いつのまにか、マチュア達の周囲には商店街の人々が集まっていた。
それならば。
「あ、あの店って、誰のですか?」
いつも大使館に来る上ケ島ミートの若旦那を見つけてので問いかけると。
「あそこは元は岩波書店だった所だよ。大手の書店が彼方此方に出来たし、爺さんも年取ったんで店を閉めたんだよ。マチュアさん達が来る一年前ぐらいにね」
「そ、今は貸店舗で、商店街裏のグランド不動産が管理しているよ」
高木酒店の女将さんが補足してくれる。
確かに岩波さんは、老夫婦で大使館の催しには良く来る。
二階と店の奥が住居になっているのだが、はて?
「岩波さんは、どっか出掛けてるの?」
「息子さんが旅行券をプレゼントしたらしくて、月曜には帰って来るはずだよ。留守も息子さんが家にいるし、仕事場もさっき話したグランド不動産に勤務しているから近所だし爺さん達も安心だよなぁ」
ふむ。
意外と話は早かったな。
そう考えているが、残念なことに魔法は証拠にならない。
「マチュア、何かわかったのか?」
「まあ、全部。けど魔法なので証拠能力ないから何も出来ないけど」
――ブゥゥゥン
マチュアは記憶のスフィアを生み出す。
さっきの過去視によって見た映像全てをスフィアに閉じ込めると、それを白川一曹に手渡す。
「これは?」
「白川一曹は魔法、使えます?」
「異世界大使館守衛勤務条件で、一定量の魔力は必要です。それと査察団としてカナンにも行きました」
おおう。
さすがはエリート。
ならば話は早い。
「それ、魔力で出来ています。取り込めますか?」
「たまにマチュアさんが庭でやっているやつですよね?確かこう……」
スフィアを両手で包み込み、掌に魔力を流し込む。
すると記憶のスフィアが白川一曹の頭の中に溶け込んでいく。
「成程。ですが、これは証拠にはならず、わたしには逮捕権はありません」
「いいのいいの。トラックで運ばれたのは全て家電関係、大切なカナンの商品はそこにしまってあるから。現行犯って、逮捕権いらないよね?」
「ええ。確か、刑事訴訟法213条で認められた権利ですが」
「ならいいわ。カレン、店舗内に魔法の結界施すよ。泥棒よけで良いよね」
そう話してから、マチュアはカレンを呼ぶ。
「まあ、家電製品は時間かかるけど、カナンから持ってきたものはすぐに取り返してあげるわ。どれ、店に結界施しましょ」
そう話してから、アルバート商会全体を魔法が包み込む。
なんとことはない敵性感知結界だが、アラームが鳴り響くようにしている。
「そんじゃ、今日持って来たものを店の中に入れて大使館に帰りましょ」
そう話してから、マチュアとシルヴィー、カレンは店内に入っていく。
そして空になっている棚に持ってきた商品の箱を置いていくと、夜にはちゃんとシャッターを閉める。
そこでマチュアはシャッターの鍵に結界のオンオフ機能を施し、シルヴィーの鍵以外で開けるとアラームが鳴るようにしたのである。
「これでよろしいのかしら?また泥棒が来たらどうするのですか?」
「半端ないアラームが鳴るから、周りの家の人が目を覚まして飛んで来る。大使館でも聞こえるレベルだよ?」
ニコニコと笑いながら大使館に戻る一行。
そこで白川一曹も守衛室に戻ると、マチュアはカレンとシルヴィーをカナンに見送った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日、深夜二時
人気のない商店街。
岩波書店の前にトラックが止まる。
すると、一人の男が降りてきて、ゆっくりと詠唱を開始した。
「沈黙の風よ。この辺りの音を消し去り給え。本当にカナンさまさまだよ、こんな便利な魔法が覚えられるなんて」
「そんな事よりも早く積み込むよ。時間ないんだから」
四人の人物が岩波書店のシャッターを開けると、中に入っていく。
(白川一曹聞こえますか?マチュアです。念話で話してます、岩波書店に泥棒が入りました、足止めしますので警察に不審者がいると伝えてください)
守衛室で待機していた白川一曹に念話で話しかけると、マチュアは影の中を移動してトラックの真下にやって来る。
「後輪でいいか。大地の鎖……」
トラックの後輪を魔法の鎖でロックする。
これでトラックは走り出すことができない。
そんな事は知らず、次々と荷物を乗せていく四人だが、商店街に通報を受けた警官がやって来るのを確認した。
「あれか。そこのトラック、ちょっと動かないでくださいね」
そう大声で叫ぶ警官。
すると四人組は積んでいる最中の荷物を捨てて、トラックと荷台に乗り込む。
その異変に気が付いた警官も一気に走り出すが、犯人達は余裕を持ってアクセルを踏み込むが。
――ギュルルルルル
タイヤが高速回転し煙を吐き出す。
「お次は、ドアにマジックロックと……」
これで運転席の二人は出ることもできない。
そして警官がトラックに到着する直前に、荷台の二人は飛び降りて逃げようとしたので。
――フラッ
マチュアは近くの影から出て、逃げて来る二人の前に立つ。
「きゃぁぁぁ、殺されるぅぅぅぅっ」
そう叫んでから、二人に向かって大地の鎖を発動。
勢いよく転んだ二人は意識を失った。
やがて遠くからパトカーのサイレンが鳴り響くと、マチュアは二人の犯人の近くで警官を手招きした。
――パチン
到着前に大地の鎖も解除して、気絶している二人を指差す。
「殺されるかと思った。怖かったですよ」
そう怯えたふりをするのだが。
「はぁ……マム・マチュア、こんな時間に何しているんですか?」
見慣れた交番勤務の巡査部長に突っ込まれる。
「え?そこのコンビニまでチューハイ買いに行く所ですが。いきなりこの人達が走ってきて、すごい形相だったので殺されるかと思いました」
そう話しながら、パトカーの警官もトラックに向かったのでパチンとマジックロックも解除する。
「まあ、それなら良いのですが。何か被害ありますか?」
「怖かったぐらいですね。この人たちは何者ですか?」
「不審者の通報がありました。それ以上は言えませんので、では失礼します」
そう説明して、二人の警官とともに気絶している犯人を確保する巡査部長。
ここから先は警察の仕事、マチュアはのんびりと缶チューハイと肉まんを大量に購入して大使館に戻っていった。
………
……
…
「へぇ、そんな事があったのですか」
月曜日の朝、新聞で大規模な事務所荒らしの組織が検挙されたというニュースが一面を飾っている。
背後には大手不動産が関与しており、シャッター商店街で事務所荒らしをした後、自社の管理しているテナントの中に盗品を隠す。
ほとぼりが冷めてから引越し業者を装って運び出し、売り捌いていたという。
岩波書店の息子さんはその事を知らなかったのだが、偶然知ってしまい脅されていたらしい。
アルバート商会の商品も無事に戻り、家電製品も別の倉庫から全て押収。
無事に開店を迎える事が出来た。
全ては万事解決、これで円満に収まると思ったのだが。
「ぬぁぁぁ。次はどこの店だあ」
商店街を歩いているマチュア。
アルバート商会の魔法によるセキュリティをカレンが自慢したらしく、あちこちの店からもお願いしますと頼まれてしまった。
「次は子熊のベーカリーです。シャッターと店の入り口、勝手口の魔法処理です」
高畑が申込書を読み上げる。
「三箇所ね。はいはいやりますよ〜」
もうやけっぱち状態。
それでも丸一日掛けて、マチュアは商店街全てのセキュリティを魔法処理することにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
12月20日。
久し振りに異世界大使館には全ての職員が揃っていた。
珍しく朝一番の朝礼、そこで三笠執務官は異世界大使館内部組織刷新と人員配置の変更を説明した。
「現在の政治部は事務局となります。新しく国際政治部、文化交流部の二つを設立し、領事部は現行の領事部と総務部に分割します」
壁に張り出された新しい部署を確認すると、それぞれが机ごと引っ越しを開始する。
「うっはぁ、俺と古屋は文化交流部かぁ……あれ?」
高嶋が新しい人事を見て頭を捻る。
政治部と領事部から各部署に人員が配置され、足りない分は異世界政策局、異世界ギルドの双方から補充、さらにこの時期としては異例の一般募集による追加配置が行われた。
「国際政治部の部長が吉成さんだろ?その補佐官が高畑さんと池田さん、文化交流部の部長が古屋くんで補佐が俺、政治部の部長に池田さんで補佐がデビット。事務局は三笠さんが大使館代表執務官と兼任で補佐が十六夜さんと赤城さんになっているが、マチュアさんは?」
その人事にマチュアの名前がない。
異世界との繋がりを作った第一功労者の名前がどこにもないのである。
「あ、あれ?そう言えば名前がないが、どういう事?」
彼方此方の職員からも、この人員配置に問題を感じていたが。
ひょこっとマチュアが自分の執務室から出て来たので取り敢えずホッとしている。
「マチュアさん、この人員配置にマチュアさんの名前がないのですよ?」
大慌ての職員たち。
だが、マチュアは努めて平然と。
「あるわけないでしょ?カナンの女王に大使なんでやらせておく訳にはいかないって日本政府からお咎めが来たんだから。私は大使館特別責任者で役職はなし。外交官としての権限である特命全権大使は残ってるけど、実務は全て異世界大使であるツヴァイと三笠さん、公使のフィリップさんに全て預けるようにと言われたのよ」
話を聞くと納得。
先の三人も外務省から新たに任命し直され、権限を得る事ができた。
それでも、三笠さんは楽が出来ないなぁと笑いながら文句を言っている。
「さあさあ、とっとと仕事しなさいな。特別責任者になったからって甘いことは言わないわよ。むしろ覚悟しろ」
――プッ
思わず吹き出す職員たち。
ならばとマチュアに問いかける者までいる。
「具体的にはどうなりますか?」
「男性職員はちんこ切る……いや、サイズを小豆大にして立たなくする。女性は胸のサイズを二つ下げてやる‼︎」
その言葉で全員が走り出す。
マチュアならやりかねないと、全力で引越し作業を始めた。
「さてと。事務局は変わらないからいいなぁ」
机の配置も何もかも変更なし。
マチュアの席は卓袱台で変わらず、新しく異世界ギルドから二人と政策局から二人が加わる。
「そう言えば、事務局の仕事は何なのですか?」
赤城は席についてそう問いかけると、となりの十六夜も頷いている。
「全てのセクションの統括管理。後は各国の大統領の遊び相手?」
国連関係の仕事などは全て国際政治部が、国内の仕事は文化交流部が行うため、今までの雑務を全て削り落とした外交が仕事となる。
「基本は今までと変わりませんよ。国内向けの仕事やゲームや箒、絨毯、魔法鎧の販売が文化部として分かれたのと、国連関係及び冒険者ギルドの依頼調整、対外国交渉などが国際政治部になっただけです」
三笠の説明で納得する二人。
「それに各部署八人体制、領事部だけは12人体制だからそれほど忙しくないのよねぇ」
大使館職員は全部で37名。
普通なら諸外国でそれぞれ行う仕事を日本で統括しているのだからこんなものである。
「でも、人件費高くなりますよね?」
「高い部署は国際政治部と事務局。外に出ない文化交流部と総務部、領事部は据え置き。貯金は四桁あるから大丈夫ですよ」
にこやかに笑うマチュア。
「でも、四桁って、そんなに多くないですよ?」
十六夜が心配そうに問いかけるので。
ならばとマチュアも話し出す。
「三千億円あったらしばらく持つでしょ?」
「 「へ?」」
赤城と十六夜がキョトンとする。
「それ、へ?」
「四桁ってそっちですか」
「そうよ。箒と絨毯の販売分。がっつり儲かった」
「そんな金額の税金、考えただけでも怖いですよ」
赤城が恐る恐る問いかける。
常識的に考えても、その金額はかなり持っていかれる。
法人税なども考慮すると莫大な金額になるはずなのだが。
「大使館には外交特権があるのよ。不可侵権と免税。これがあるので、カナンの収入には日本国は関与できない。まあ、なんだかんだと払う必要はあるけど、数億円程度なのよ。因みに土地代も非課税だし、三笠さんなんて、カナンの爵位と土地持っているので外交特権で課税免除項目一杯あるよ」
――スッ
すると、赤城が手を挙げる。
「私もそれ申請します‼︎カナンの爵位持ってます」
あ。
ミナト・フォン・アカギの士爵持ってましたか。
「来年度申請の時に必要な書類を総務部まで持っていくこと。ちゃんと日本政府に申請する正式なやつだから」
「わっ、私も欲しいですわ、カナンの爵位。是非ともわたしにも」
慌てて十六夜も手を挙げるので。
マチュアは一言だけ。
「なら、幻影騎士団かツヴァイの所に行ってきて、入団申請して来なさいな。それで許可貰えたら、ミナセ女王の名で叙任してあげるわ」
恐らくは魔導騎士団は無理と言われる。
けど、幻影騎士団なら、ポイポイの推薦を受けられるので試験は免除であろう。
ジョブも忍者になっているので、それはそれで問題はない。
「では次の休みの時にでも行ってきますわ」
鼻歌交じりに仕事を再開する十六夜。
そして赤城も簡単な雑務に戻っていく。
「マチュアさんはのんびり好きな事していいのですよ。緊急時の切り札で動いてくれればそれで問題はありません」
自分の席でのんびりとしている三笠がそういうので、マチュアは卓袱台に魔法陣を作っている。
――キィィィン
その中に完成したばかりの水晶鍵を乗せていくと、最後の調整を始めた。
「さてと……魔力量の調整と、ロックエリアの拡大……よし」
すぐさま魔法陣を消すと、鍵を三笠と赤城、十六夜に手渡す。
「これは?」
「綺麗な鍵ですねぇ」
嬉しそうに話しているので、マチュアは水晶鍵の扱い方を説明する。
「こっちが国際政治部用、こっちが文化交流部用。これが総務部と領事部のやつで、使い方も効果も同じ。ちがうのは、登録できる数ね」
そう話して赤城と十六夜に、区分された大量の鍵を手渡す。
「総務・領事部は登録数10。文化交流部は15、国際政治部と事務局は30箇所の登録が可能。騎士団員はなんと100箇所も登録できるという」
説明を聞いただけでも鳥肌ものなのに、騎士団員の100箇所は尋常ではない。
「尚、騎士団員のはカナンやカリス・マレスも登録できます。作る扉に浄化結界つけてあるから検疫フリーですな」
「そらそれはわたしも欲しいです」
手を挙げる十六夜に、マチュアは一言。
「もう十六夜さんのもそれよ。とっととポイポイの推薦貰ってきなさい」
「はい‼︎」
本日一番の元気である。
「それじゃあ、各部署に配って来てね。魂の護符で叩いたら登録出来るからその場でやって貰って」
その説明を受けて、二人は急ぎ鍵を持って行った。
そして事務室には、三笠とマチュア二人だけになる。
「来年の1月からは、研修明けの新職員もやって来ます。そうなるとまた騒がしくなりますね」
三笠が楽しそうに話してくる。
「そうだねぇ。わたしがカナンからここに来てもう二年。しっかりと架け橋は作ったし、後継者も出来た」
そのマチュアの言葉に、三笠はスッと席を立ってマチュアの元に向かう。
「二年間、お疲れ様でした。日本とカリス・マレスの架け橋、わたしとフィリップさん、ツヴァイさんがしっかりと受け継ぎます」
胸に手を当てて宣言する三笠。
その光景に、マチュアは笑っている。
「いつから気付いていたの?」
「女王陛下として、この地球にやって来た時からいつかはこの日が来ると思っていました。確定したのは、マチュアさんの正体がバレた日です」
その言葉に、マチュアはやれやれと言う顔をする。
「二年間わたしの下で働いたんだから、私のやり方は分かるわよね?」
「それはもう。後はお任せください」
そのまま頭を下げると、すぐに席に戻る。
そしてのんびりしているマチュアだが。
「待った三笠さん、私、ずっとここに来ない訳じゃないからね?」
慌てて立ち上がる。
ついしんみりしてしまい、みんなとの別れの言葉まで考え始めていたのだが、ふと現実に戻って来た。
「まだやる事がありますからねぇ。ここに常設ではなく巡回ポイントの一つに変わるだけですよね?」
「そ、そう言う事。びっくりしたわ、追い出されるかと思っていたわよ」
額の汗をぬぐって厨房に向かう。
そしてティラミスとアプルティを二セット持ってくると、三笠の席に一セット置いた。
「後は任せたわよ、三笠執務官殿」
「ハッハッ。マチュアさん自らとは光栄ですね。了解しましたよ……カルアドの件はマチュアさんしか出来ないので、当面はそっちを専門で受け持ってください」
――チン‼︎
そう告げて、マチュアとアプルティで乾杯する三笠。
「まあ、永遠にいなくなる訳じゃなし」
「非常勤なだけ。いつでも会えますからねぇ」
室内の雰囲気を察して、十六夜と赤城は部屋の外で佇んでいた。
もうすぐカリス・マレスがやって来て二度目のクリスマスがやってくる。
アメリゴはクリスマスと同時に異世界渡航旅券の発券が開始される。
年明けには歯舞諸島の渡航も開始、まだまだマチュアがゆっくりと休める条件は揃わないようで。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






