表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第9部 三つの世界の物語
230/701

変革の章・その3 優しい世界と厳しい世界

 既に夜の7時。

 にも関わらず、大使館の敷地には大勢の子供達が集まっていた。


「さて、小学生の完全帰宅時間から二時間経ってもやって来るということは、何かあったのかな?」

 集まって来た子供達に、ウッドデッキに座っているツヴァイが問いかけるが、子供達はもじもじとしている。

「あ、あの、マチュアさんはいないのですか?」

「出張でいないのよ。私はツヴァイっていうの、マチュアさんの代行だから大丈夫よ」

 マチュアの代行と聞いてホッとしたのか、子供達は次々と口を開いた。

「うちのじーちゃんをカナンに避難させて‼︎」

「うちのトーチャンとカーチャンもお願いします」

「ポチとタロを助けて‥‥カナンに逃がして」

 涙を流しながら、ツヴァイに話している子供達。

 みんな必死に、どうにかしてほしいと口々に話している。

 どうやらゲルマニアの件を聞いたらしい。

 子供なりに考えて、みんなで集まって大使館に来たらしい。

 この街は優しい街だ。

 お互いがお互いを尊重する。

 ネットなどでは顔を合わせないもの同士が喧嘩したり、お互いを陥れたりしている。

 だが、実際に顔を付き合わせて生活している人たちは、多少の喧嘩沙汰はあれど、心の中は優しさで満ちている。


――ポンポン

 ツヴァイは子供達一人一人の頭をポンポンと叩く。

「大丈夫よ。避難しなくてもいいようにしてあげる。マチュアさんから、みんなを守って欲しいと言われてるから、みんなは今まで通りに生活していて大丈夫ですよ」


――グスッ‥‥

 ずっと我慢していたのだろう。

 ひとり、また一人と、声を殺すように泣き始める。

 その子供達を抱きしめながら、ツヴァイはしばらくは子供達を慰めていた。

 やがて、柵の外に子供達の親の姿が見えてくる。

「ほら、みんな迎えに来たよ。後は大使館のお姉さん達に任せなさい‼︎」

 そう話して親達に事情を話す。

 それに納得したのか、子供達は軽く怒られる程度で帰って行った。


‥‥‥

‥‥


「さて、大使館のお姉さん達、子供達に町を守るって話したので頑張りましょう」

 事務室に戻ったツヴァイの開口一番。

 これには一同笑い始めた。

 皆気持ちは同じらしい。

「出来る限りはやりますよ」

「取り敢えず、今日の業務は完了です。夜勤には高嶋が残りますので」

 高嶋と三笠が告げたので。

「なら、私も残りましょう。緊急対応なら二人は必要ですよね?」

 ニッコリと笑うツヴァイに、高嶋は顔が真っ赤になる。

 多少ながら、高嶋はツヴァイに対して恋愛感情でもあったのだろう。

 そして、それは確か古屋も同じである。

 ツヴァイが残ると話した時、古屋は少しながらムッとした表情を見せた。

「そそそそれは‥‥良いのですか?」

「構わないわよ。何か問題でも?」

「いえいえ、寧ろ光栄です。夜の事務所で二人なんて‥‥神様ありがとう!!」

 そう両手を組んで天を仰ぐ高嶋だが。

 そうは問屋が卸さないと、古屋が挙手。

「はーいはい、やはり女性が夜勤に就くのは問題が、いや、高嶋ばかりに格好いい所を見させるわけにはグハォァァァァっ」


――ズドォォォォン

 すぐさま手を上げて叫ぶ古屋に向かって、高嶋が渾身の麻痺強撃スタンブローを叩き込んだ。

 それで3mほど後方に吹き飛ぶ古屋。

 冒険者としての訓練をしていなかったら怪我では済まなかったであろうが、そこはそれ、同僚の打たれ強さなど知っている。

「まあ、ここは私にお任せを。ツヴァイさんは私、高嶋がお守りしますよ」

 ニイッと笑う高嶋。

 そこにツヴァイが冒険者カードを見せる。

 ふむふむと表示されている部分を読んで、高嶋がサーッと青い顔になった。

「へ? ツヴァイさんのカード? Sランクのオールラウンダー?」

「私を守れるのはマチュア様とストーム様ぐらいよ。大丈夫、万が一の時は守ってあげるから」

「は‥‥ははは‥‥お願いします」

 がっくりと肩を落とす高嶋。

 そしてツヴァイは意識を失っている古屋を起こすと、みんなを見送って夜勤を始めた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 ヒトラーの宣告から一日。

 国連安全保障理事会は、全会一致でゲルマニアに国連軍の派兵を決定。

 すぐさまゲルマニア連邦安全保障アカデミーに通知されると、近隣諸国からも軍が活動を開始。

 ゲルマニアへの派兵準備が始まった。

 ルシア連邦安全保障会議やアメリゴ国防総省などの軍事的ポジションもすぐさま行動を開始し、いつでも戦闘に入れるようにと各方面の準備が始まった。


 そんな中、アメリゴのとある空軍基地。

 アリゾナにあるアメリゴ空軍基地の一つ、その地下施設では、先日回収した未確認機の解体調査が進められていた。

 次々と解析されたデータが中央管制室のモニターに表示される。

 それらを別の部署がさらに詳細まで解析し、部品や機体各部の金属パーツなど、それらの材料となるものか何処から流出しているのかを調べている。

「司令、現場までの解析データです。魔術による開発の跡はありません、完全地球製です‥‥全ての部品の流通ラインから、開発されたのは恐らく秦朝共和国と推察されます」

 まだ若い青年将校が、基地司令のゲーリー・ウィリアムズ准将に報告する。

 手渡されたファイルを見て、ゲーリーは自らの禿頭を抱えたくなった。

 ロナルド大統領の推察が的中したのである。

「捕虜は? パイロットからの自白はどうなっている?」

「黙秘を行なっていたので自白剤を投与。ですが、どんな質問にも『Ruhm dem Dritten Reich』『Sieg Reich!』の二つの言葉しか帰って来ません」

「第三帝国万歳、そして帝国に勝利を‥‥あの忌まわしい盲信者達が蘇ったのか‥‥これで秦朝共和国と統合第三帝国のつながりの証拠となった‥‥後は私の仕事だ、引き続き解析を頼む」

「はっ‼︎」

 すぐさま席に戻る将校。

 それを見送ると、ゲーリーは自室へと戻る。

 この報告を国防総省へと送る為に。


 ‥‥‥

 ‥‥

 ‥


 当日、ホワイトハウス。

 昼のランチを楽しんだ後、ロナルドはホワイトハウス内のグリーンルームでのんびりとしていた。

 正確には各エリアからの報告待ち、必要な指示は全て行なってある。

――コンコン

「構わない。入りたまえ」

「失礼します‥‥」

 許可を貰って室内に入って来たのは、大統領補佐官のアレクサンダー・フォード。

 まだ40代半ばで補佐官に上り詰めた、元海兵隊員である。

 切れ長の目を少しでも和らげようと丸メガネを掛けているのだが、そのアンバランスさが定評となっている。

「国防総省と日本の異世界大使館からのメッセージです」

「すぐ戻る‥‥」

 そう話して、ロナルドは執務室へと戻る。

 そして先に戻っていたアレクサンダーから書類を受け取ると、すぐに目を通した。

「‥‥魔法鎧メイガスアーマーの配備はやはり無理か。これはまあ予測通りだ」

「連絡では貸与できる残存機が無いと。どうしても必要なら日本政府に揺さぶりをかけるという事も出来ますが」

「それがマム・マチュアの耳に入った時に、君が全責任を取るのならやりたまえ」

「失礼しました。では、この件は諦めましょう‥‥問題は国防総省の方です」

 その言葉でじっくりと書簡を読み始める。

 やがて全ての文章を読んだ後、ロナルドはしばし目を閉じて考える。


「アメリゴ艦隊総軍のジェームズ・フォレスターに連絡。第七艦隊を秦朝共和国近海に展開、有事の際には秦朝共和国に対して攻撃を開始するよう‥‥国防長官にこの事は伝達、国連軍の派兵準備も含めて‥‥アメリゴ合衆国は、緊急警戒態勢、デフコン2を発令する」

 ロナルド大統領の宣言の後、必要な書簡にサインをすると、すぐさま各部署に大統領宣言が伝えられた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 その少し後、日本。

 永田町・各回議事堂の議員会館では、頭を抱えている人物が居た。

「第七艦隊が太平洋から日本近海に到達、のち日本海側から秦朝共和国に接近‥‥また厄介な事を」

 在日本アメリゴ大使館経由でホワイトハウスとアメリゴ国防総省から届けられた文章を読んで、小野寺防衛大臣は頭を抱えている。

 領海外を通過しての、秦朝共和国への攻撃準備に等しい行動。

 アメリゴ第七艦隊の基地がある事で、日本国も秦朝共和国から敵対国家認定を受けるのは間違いない。

 これを受け入れる事は、事実上の宣戦布告と受け取るしかない事である。


「小野寺さん、覚悟決めましょうや‥‥ゲルマニア連邦が第三帝国を名乗る組織の手に落ちるかどうか。アメリゴが動くのはその結果次第なんだろう?」

 ソファーに座って葉巻を吸いながら、蒲生副総理が小野寺に話しかける。

「事は緊急要件ですよ。許可を出すのは簡単ですよ、私の名前で司令書を発令するだけですから。問題はその後です‥‥これは映画の世界でもなく、実際に起こっている事態なんですよ、特に秦朝共和国なんて日本の隣にあるんですから」

 淡々と地図を見て、ブツブツと呟いている小野寺。

「今頃ゲルマニアは混乱状態だよ。国連と在ゲルマニア日本大使館からは、首都ベルリンからの脱出者が後を絶たないとかで、治安維持が大変らしいからなぁ‥‥」

 プカーッと煙を吐きながら、蒲生がのんびりと話している。

 手元にある資料を眺めながら、蒲生はこの後の国会での答弁を考えていた。

 どうせ用意していない質問をして、答えられないのを放送したいのだろう。

 それを見越しての回答書である。


「マム・マチュアに援助要請したくなりますよ。もっと早めに安全保障も締結すればよかったのですよ」

「野党が煩いし、カナンが受け入れてくれるかも判らないしな。カナンとはまだ国交しか繋げてないんだぜ? 成立しているのは異世界等関連法と魔法等関連法だけだからな」

「国連には登録していないので難民受け入れに関しての申請も不可能‥‥どうして早く安全保障条約を結ばなかったのですかねぇ」

「反対しまくったのは手前のとこの議員だろうが。時期尚早の一点張り、お陰で政府が提案した法案で異世界等関連法に盛り込めたのは『カナンと日本の両国国民の入国』と『関税その他の輸出入に関する事項』『為替についての事項』の三つだけだろうが。まあ、安全保障条約なんてカナンが結ぶとは思えんがな」

 それを言われると、小野寺も言葉が詰まる。


 犯罪の抑止などは全て異世界等関連法の『法律の適用範囲についての基本条項』という項目に含まれており、魔法に関することは全て魔法等関連法に組み込まれている。

 後の法律改正によって、『特殊飛行許可等申請』や『異世界生物の持ち込みについての特殊検疫義務』『生鮮食品等輸入についての追加申請と検疫等』『魔法物品に対しての著作権についての設定及び特許申請に対しての特権審査義務』などが組み込まれていた。

 全てマチュアが蒲生を通してねじ込んだ条項であり、カナンにとってかなり有利な条項になっている。


「さて、そろそろ時間だな。また野党の口煩い文句を聞かんとならん。小野寺さんも大変だろうが頑張ってくれや」

 そう話してから、蒲生副総理は部屋から出て行った。

「いざ戦争となると憲法違反だと文句を言う‥‥まったく、言う方は簡単でいいですよねぇ‥‥誰が国民を守っていると思っているんだろう‥‥」

 ブツブツと言いながら、小野寺も書類を纏めて部屋から出て行った。


‥‥‥

‥‥


 ヒトラーの宣告翌日も、日本の国会は騒がしい。

「ゲルマニア近郊にPKO法に基づいての人的援助などを行う予定であるという報告を聞きましたが、自衛隊が国連軍と統合第三帝国との間に入って業務を行わなければならない危険性をどう考えていますか?」

「もしゲルマニア全域が第三帝国によって統治された場合、国連軍が派兵される可能性がありますね? 自衛隊は国連軍としては派遣出来ないと考えられますが」

「自衛隊はそもそも違憲であり、それを派遣することは国内的に如何かと思われますが、それについてはどう思いますか?」

 などなど、一部はこれみよがしに自衛隊を叩きまくっているのだが、これには蒲生副総理も切れている。

「さて。日本は今までと同じ態度で動きます。以上です」

 あっさりと一言告げると、蒲生は席に戻る。

 これには野党は黙っていない。

「それは答えになっていません。今までと同じならゲルマニア派遣はないという事ですね。国連軍として戦争協力を行って日本が危険になるのは本末転倒ではないのですか?」

 これには蒲生も切れた。

 肩で風を切るように演台に上がると、マイクを握りしめて口元に持ってくる。


「人道支援を行って何が悪いんだよぉ。困った人達を助けるのが日本の美徳だろうが‥‥お前たちはアレか? 隣で困っている子供がいたら、殺されそうになっている人をみたら放っておくのか?」

「それは関係ない話ではないですか?戦争協力について問うているのです」

「関係あるだろうが。まず先に答えろや、すぐ真横で、今にも殺されそうになっている人が居たら助けないのか? 助けてと手を差し伸べている人が居て、それを放置するのか?」

「そ、それは‥‥すぐに警察に連絡して‥‥」

「それで警察が来るまで子供が生きている保証は? 違うだろうが。助けることが出来るのなら、すぐに動けや。力がないなら近くの人に助けを求めろ。それも人道支援だろうが。日本はいつから事なかれ主義が当たり前になったんだ? 」

 この蒲生節には、全ての議員が沈黙した。

「違うだろう。今、すぐ近くではないかもしれないが、人が蹂躙されるかもしれないんだ。だったら助ける。助けてくれといっているんだ、助けてやろうじゃねぇか‥‥違うかい? 理屈じゃないんだよ。それこそが日本人の心意気ってやつだろうが!!」

 蒲生に食いついていた議員が下がる。

 だが、まだ食いつく人はいる。


「もし、第三帝国がゲルマニアを統一した後はどうするのですか? 日本は敵対国家となるのですよ」

 その問いかけには小野寺防衛大臣が立ちあがる。

(さて、私も覚悟を決めますか‥‥)

 ふと右手の指先を見つめる。

 昔は出来なかったが、今でははっきりと指先に魔力が集まっているのが判る。

(出来ない‥‥ではない、出来る‥‥)

 すっと演台に向うと、マイクに向かって一言。

「まず、ゲルマニアを守るために国連軍が派兵されます。我が日本国からも自衛隊を派兵します。その為、敵対国となりますが、自衛隊は日本を守る為に活動を行います」

「その自衛隊が違憲であると思われます。そもそも日本国は自衛隊を保有するべきではない。それは判っていますか? 自衛隊の存在は違憲なのです」

 そう来るのぐらいは予想済み。

 その質問も想定内。

 だからこそ、小野寺はぐっと拳を握った。

(ここはマム・マチュアの力を借りますか‥‥)

 ゆっくりと小野寺防衛大臣は演台に立つ。

「では、貴方が自衛隊を違憲というのでしたら、この議会の直後に自衛隊は全活動を停止します。その上で、憲法改正法案の提案を議会にお願いします。軍備にかかる憲法改正が成立し、施行されたら、自衛隊関連法案の提出を行います。それが施行されるまで、自衛隊は全ての活動を停止しますが宜しいですね?」

 この言葉には議員達がざわついた。


 いくら自衛隊が違憲と言われていても、その活動は災害支援や様々な分野に広がっている。

 それを全て止めるというのである。

 つまり、現在の日本の保持している陸海空全ての警戒システや監視衛星などの機能は止まる。

 もし今の話が成立するのならば、この議会の直後に日本は組織的な防衛力を持たない事になる。


「それはあまりにも違います。私が言っているのは自衛隊の活動ではなくですね‥‥自衛隊の軍事力が違憲であり、日本は軍事力を持ってはいけないという事でして‥‥」

「ですから、止めます。良いですね? では、この議会の後で、私は各方面隊全てに指令書を発令します。同時に私も休暇に入らせていだきますので宜しいですね? 方面隊が止まれば私もヒマになりますので」 

 小野寺防衛大臣はマチュアのようなカナン式交渉術にはいった。

 いつの間にか立場が逆転した議員は、ここで委員長に手を上げた。

「職務放棄されるという事ですね。この件はかなり高度な決断を要します。次の防衛大臣が決まった次回までの課題として良いのですか?」

「委員長。高度でも何でもないですよ。認めるのか認めないのか。そうして議論を先延ばしにするのは止めましょうよ。今この放送を多くの国民も見ていますよ‥‥さあ、答えをどうぞ!! 自衛隊を認めるか認めないか‥‥『貴方の回答』をお願いします」


 小野寺の戦法は一つ。

 話をすり替えて、日本の防衛を人質にとっての交渉である。

 そして反対派議員にとっては屈辱の選択である。

「もし違憲であると私が我を通したら」

「私が指揮権を持って発令します。まあ、その結果日本国がゲルマニアに攻められても、仕方ないでしょうがねぇ」

「それは職務怠慢です。貴方は貴方の職務を遂行するべきでしょうが」

「ですから、自衛隊が違憲なら動きませんって、動けは憲法に違反。なら、私は憲法を遵守するだけです。後はあなた達のお得意な『話し合いによる道義的な解決』でよろしいのでは?」

 これには反対派議員達も言葉を噤む。

 野次すら飛んで来ない。 

「もしそれが通用しない相手ならどうするのですか?」

「それこそ私があなた達に聞きたいのですよ。今までさんざん違憲だ違憲だといっておいて、いざ話し合いが通用しなかったら自衛隊はどうしたですか? そんな都合がいい話なんてないのでは?」

 そう告げると、反対派議員はスッと手を上げる。

「委員長、一度休憩をお願いしたい。党内で意見をまとめて来ます」

「休憩を認めます‥‥では今から1時間の休憩に入ります」

 その委員長の言葉で議会は一旦休憩に入った。


 ‥‥‥

 ‥‥

 ‥


「ふぅ‥‥寿命が縮みますよ」

 控室に戻った小野寺防衛大臣は心臓あたりをおさえてドキドキしている。

 その前では蒲生がケタケタと笑っていた。

「やりゃあ出来るじゃねぇかよ。その意気だ、あのお嬢ちゃんを見習ってもう少し心臓鍛えときな」

「そうですねぇ。これで引くとは思えませんよ。この話で次にくる切符は『議員辞職勧告決議』ですかね?」

 何処か楽しそうな小野寺。

「防衛大臣が本来の業務である防衛を著しく阻害する発言をした‥‥って所か」

「それならそれで。広義にせよ狭義にせよ、私としては非常にやり甲斐がありますから。さて、お茶でもして来ますよ」

 そう告げて、小野寺は席を立って部屋から出ていった。


 ‥‥‥

 ‥‥

 ‥


「それでは議会を再開します‥‥」

 委員長の発言をきいて、先程の反対議員が演台に立つ。

「先程の話の続きです。小野寺防衛大臣は大臣としての職務を放棄して、法律に違反する発言をしていました。これは明らかに公務員としての義務に違反しているとみなされます。小野寺防衛大臣の罷免を求めます」

 そうくるかと、小野寺防衛大臣も笑っている。

「な、何がおかしいのですか? 先程の貴方の言葉は法律遵守は不要であると言っているに等しい。それは全ての国民が報道を通じて聞いています」

 ならばと小野寺も手を上げる。

「私がいつ職務を放棄したのか教えてほしいですね。それよりも、あなた達が休憩前に話をしていた事についての論議に戻しましょう。確か、自衛隊は違憲であるかどうか‥‥でしたよね?」

「話がすり替わっています。そんな事よりも、今は貴方の」

「そんなこと? 今、貴方は大切な憲法についての審議に対して『そんなこと』と申しましたね? 委員長、これは私としては見逃す事はできませんが‥‥まあいいでしょう、では話を戻しましょう。私の罷免要求こそ、そんな事どうでもいい話です。いま、国民が知りたいのは、誰が日本を守ってくれるのかです。違憲であるというのでしたら、先程もお話したとおり自衛隊の活動を停止します」

 ニィッと笑う小野寺。

 この時点で、話のすり替えが成功し、反対派の敗北は確定である。

 敵対国家を作り上げなければ、この話は机上の空論レベルでズルズルと引きずられる。

 だが、今は違う。

 事実はどうであろうとも、明らかな敵と認識されうる存在がある。

 そしてそれが日本に来ないとも限らない。

 国連軍が全てを終わらせてくれるというのなら、それで構わないのだが、そんな保証はどこにもない。

 ここで違憲と言い切ってしまえば、今度はその全責任は反対派に掛かって来る。

 話し合いで全てを解決しなくてはならない。

 そしてそんな事を、国民が求めているのか‥‥。

 結論ではNoである。

 それが肯定されているのなら、とっくに自衛隊など消滅している。

「じ、自衛隊を‥‥違憲ではなくす為に‥‥その為の憲法改正案を‥‥審議しましょう‥‥」

 屈辱的敗退。

 この瞬間、反対派議員は苦渋の選択を飲み込んでしまった。


「ありがとうございます。では、防衛大臣としては、迅速かつ速やかに、本来持つ防衛力として力を尽くす事をお約束します」

 拍手喝采の中、小野寺防衛大臣は席に戻る。

 やがて次の審議が始まったが、既に野党の勢いは失われていた。 



 ○ ○ ○ ○ ○ 



「うわぁ‥‥小野寺さん、上手い事誤魔化して圧勝ですよ」

 休憩時間の異世界大使館。

 ロビーでは、ツヴァイがカナンより呼び寄せたアハツェンと共に結界制御球の最終調整を開始していた。

 そして他の職員たちも、昼食を取りながらロビーで国会中継を見ていた所である。

「昔の小野寺さんは、どこか引き気味で守り一辺倒だったのに、随分と強気だなぁ」

「まるでマチュアさんみたいですわね」

 その十六夜の言葉には、一同納得。

「そうか。あの強気な話し方」

「敵を作ってもびくともしない度胸」

「いくらでも切り札のある素振りなんてまさしく」


「「「マチュアさんだ」」」 


 あはは。

 女性職員の言葉には、ツヴァイもアハツェンも笑うしかなかった。

「さて、これで完了ですね。必要なデータはメモリーオーブに保存してありますが、量産しておきますか?」

  そのアハツェンの問いかけに、ツヴァイは腕を組んで考える。

「そうだねぇ‥‥いくつつくれる? 」

「王城倉庫にある対ドラゴン用の予備と、その材料を回せば20程‥‥いかがいたしましょう」

「いや、要請がない限りは必要ない。なので5つだけ作ったら持って来て欲しい。頼めますか?」

 その言葉には、ニッコリと微笑む。

「かしこまりました。では一旦失礼します。それではお嬢様方、また後日」

 丁寧に頭を下げると、アハツェンは転移門ゲートの向こうへと帰っていった。

「す、素敵ですわ。あの方を是非執事として雇いたいわ」

「ええ。あの気品に満ちた物腰。これこそ紳士」

「それに引き換え、うちの若いのは‥‥」

 突然話を振られて、高嶋と古屋が動揺している。

 食べかけのサンドイッチを皿に置くと

「お、俺達だって、年を取ったらそれなりになぁ!!」

「そうだ、これでも俺達は冒険者ランクならC。とうとうマイナス評価もなくなったんだ。ただの紳士ごときに遅れを取る事はない!!」

 偉そうにギルドカードを取り出して一同に見せるが。

「アハツェンは錬金術師Sランクだよ? 冒険者としてなら魔術師のAランク。そろそろ二人はギルドカードで張り合うのは止めなさい」

 そうツヴァイに窘められる。

 そして休憩時間も終わると、一行は仕事に戻った。


 ‥‥‥

 ‥‥

 ‥


「三笠さんツヴァイさん、ちょっと見て欲しいのですが」

 池田がクリアパッドを持ってツヴァイ達の元にやって来る。

 そこには、現在のヨーロッパの人口推移とそれに伴う物資の流通についてのデータが表示されている。

 この争乱直前で、保存の利く食料や日用雑貨などが急騰し、数も不足し始めているのである。

 明らかに買い占めている国や、露骨に輸出を抑えている国が出始めているのである。

「よく調べたわねぇ‥‥」

「まあ、蛇の道は蛇ではないですけど、公設秘書時代に培った情報収集能力です。問題は、これによって欧州、ゲルマニアの近隣国家まで危機に陥っていく可能性が否定出来ないという所です。何といいますか、兵糧攻めみたいですよ」

 ゲルマニアが第三帝国となっても、兵士を養うだけの国力を削ってしまえば怖くないという事なのだろう。

 こんなバカげた作戦を何処の国が行っているのか知りたい所である。

「これを率先して行っているのはどこですか?」

 そう三笠が問い掛けるが。

「欧州連合・安全保障政策委員会による決議です。ゲルマニア及び隣国に対しての貿易輸出規制が緊急発令されています」


 まだゲルマニアの回答期限まで5日ある。

 にもかかわらず、欧州連合はゲルマニアが統合第三帝国になるとみて、事前準備を始めたのである。

 これに伴い、ゲルマニアの隣国であるポーランドとチェコ、オーストリア、スイス、フランスとルクセンブルク、ベルギー、オランダのうち輸出国であるフランスを除く7カ国が輸入規制を受けていた。

 これには8カ国が反対したのだが、5日後までの一時的決議として採択する事になってしまったのである。


「本格的にヨーロッパがきな臭くなりましたねぇ。このままだと、本当に世界大戦まで発展しますよ」

 やれやれと三笠が呟いている。

 これにはツヴァイも頭を抱えるしか無い。

「取り敢えずは、この完成した一つを設置することにしましょう‥‥」

 そう話しながら、高嶋と古屋の力を借りして、ツヴァイは大使館左の庭の中央に小さな台座を作ると、そこに結界制御球を設置する。

「それではいきますよ‥‥」

 両手を結界制御球に翳すと、ツヴァイは静かに詠唱を開始する。

――ボウゥゥゥゥゥゥゥッ

 すると結界制御球が青く輝き始める。

 この輝きが青い限り、結界の力は維持されている。

 魔力が不足して来ると、この色が徐々に赤く染まっていくのだが、完全に青色が抜けるまでに魔力を注げば維持され続ける。


 そしてある程度の魔力を注入すると、ツヴァイは結界制御球から離れた。

 これで大使館を中心とした半径2kmは、カナン式防衛結界によって護られたのである。

誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 2シリーズ絶賛発売中 ▼▼▼  
表紙絵 表紙絵
  ▲▲▲ 2シリーズ絶賛発売中 ▲▲▲  
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ