日常の章・その17 世界魔法協会にいってみよう
アメリゴ・ニューヨーク。
マンハッタンの一角にある小さな劇場、その二階にある大きめの事務室が、今回渡米したマチュアの目的の場所であった。
赤城がインターネットで調べてくれた世界魔法協会。
その本部事務局がマンハッタンにあると聞いて、マチュアはアポを取ってやって来たのである。
「‥‥普通の商社だねぃ」
劇場を見上げて呟いているマチュアに、同行した赤城がコクコクと頷いている。
「はぁ‥‥まさか私まで出張扱いで来るとは思いませんでしたよ。まだ面会時間まで三時間もありますよ?」
「それはそれ、この辺りを散策するとしましょう」
ニッコリと笑いながら、マチュアは赤城と共にメインストリートを歩く。
街行く人はマチュアを見て気軽に手を振る。
まだアメリゴではマチュア達カリス・マレスの人々は珍しいのである。
「マチュアさんはアメリゴでは有名人ですよね。アメリゴには大使館を置かないのですか?」
「いらないいらない。カリス・マレスから異世界に来ているんだから、日本に一つで十分だよ。それにしても、マンハッタンは人が多いなぁ。右から外人さん、外人さん、一つ飛ばして‥‥は? 」
などと日本の某お笑い芸人ネタを振っていたが、一つ飛ばした先にいた存在に、マチュアは目を見張ってしまう。
――ギッギッ
椅子に座っているアメリゴ人の横、地上から1mほどのところを一体のガーゴイルが飛んでいる。
しかも、それは周囲の人には全く見えていないらしい。
「どうしました? 」
「い、いや、ちょっとまってね‥‥」
静かに深淵の書庫を起動して解析する。
モンスター分類: 生体型石像
魔法によって作られた疑似生命体
使い魔に分類
メイド・イン・アメリゴ
「はあ。最後の表示がよく分からん。赤城さん、魔力感知を目に集中して発動できる? 」
「ええ。部位集中するのですよね‥‥目と‥‥うわぁ」
突然後に下がって身構える赤城。
するとガーゴイルも赤城を認識したらしく、ニィッと笑っている。
「ま、マチュアさん、あれはガーゴイルですよね? 」
「そうなのよ。そこが問題なのよねぇ‥‥私達以外には見えていない、それでいて私達をしっかりと認識している‥‥私でもあんなの作ったことないわよ」
腕を組んで頭を撚る。
――ブワサッ!!
すると、ガーゴイルはスーッと飛び上がって上昇すると、世界魔法教会の入っている劇場に向かって飛んでいった。
「こんな招待は予想外ですねぇ。赤城さん、敵性防御と抵抗力上昇、自分にかけておいてね」
「まさか地球で防御魔法使うことになるとは思っていませんよ‥‥と」
すぐさま右手を前方に差し出し、魔導書を召喚する赤城。
パラパラとページをめくって指定された魔法を探し出すと、ゆっくりと詠唱を開始する。
その横では、敵性防御と全体増幅、状態異常耐性強化、の3つの魔術を一つにした『戦闘様式』という魔術をマチュアが発動していた。
――シュンッ
足元に魔法陣が広がると、そこから無数の茨の蔦が出現してマチュアの全身にまとわりつく。
そして蔦が輝くと同時に、白亜のローブを身に纏ったマチュアの姿が現れた。
「これ、やっぱり派手だよなぁ」
クルッと回って衣服の乱れを確認するが、その光景に赤城が驚いている。
「その魔法は上級ですか? これに乗ってますか? 」
「まっさかぁ。自分で作ったんですよ。既存の魔術を3つ複合しただけ。そのうち出来るかもね」
などと説明しているが、マチュアと赤城の回りにはいつしか大勢の人垣が出来上がり、マチュアたちに拍手していた。
「本物のマジシャンですか‥‥」
「映画の世界が目の前にあるなんて」
「ミスエルフ、是非わたしにも魔法を教えて欲しい」
次々と湧き上がる賛辞に、マチュアも赤城も動揺してしまう。
慌てて両手を目の前に伸ばして振りながら
「そ、それは出来ません。わたしは弟子を取らないし、この子はまだ未熟です。ここは失礼しますね」
とだけ告げて、すぐさま箒を取り出して上昇する。
赤城も同じように箒に跨ると、すぐさまマチュアの後を追いかけて上昇した。
「思わぬところで歓迎されましたねぇ」
「そうねぇ。周りの観客もそうだけど、あのガーゴイルの主人も気になるわ。この地球にもいるものね、かなり上位の魔術師が」
腕を組んで考えながら、マチュアは赤城に返答する。
だが、赤城も首を捻るだけである。
「私も初めてですよ。神話や映画、アニメでは魔法使いの存在はありますけれど、実在するなんて聞いた事はないですからねぇ」
「いやいや、神話にも書かれているんなら実在したんでしょ? その上で、今の人間には使えないだけ。魔力回路が開いていないんだから」
「という事は、今の私なら、地球の魔法も使えるという事ですか?」
それには首を捻ってしまう。
「この世界の魔導書を見てからだなぁ。見られたら深淵の書庫て解析して、私が理解出来れば赤城さんの魔導書にも新しい魔術として書き込んであげられるけれど」
「それは楽しみですねぇ‥‥さて、どうします?」
足元には大勢の人が集まり始めている。
中にはニューヨーク市警のパトカーまでやって来ている。
「一旦パトカーまで行きますか。赤城さんの箒は」
「アメリゴ運輸省登録済みですよ。ステッカーも貼ってありますし、外交団ナンバーと国際ナンバープレートは交換してありますよ」
予め準備してあったので問題はない。
ならばとマチュアと赤城はゆっくりと降下して、パトカーまで向かう事にした。
――スーッ
「ハイ、ミスエルフとミスメイジ。ナンバー照会だけさせて貰えるかな?」
パトカーから出てきた二人の警官。
そのうちの一人は、以前マチュアが飛行禁止で捕まった警官であった。
「あら、今回はちゃんとしているわよ。これが飛行許可証で、こっちが国際免許。これで良いかしら?」
差し出された二枚のカードを受け取って確認する警官。
少しして確認が取れたのか、カードをマチュアに戻した。
「OK、良い旅を。それと、今日はサインを貰っていいかな?」
笑いながらマジックとジャンパーを取り出してマチュアに見せる。
これを断る理由などない。
「ええ。今日のサインは罰金が発生しないから構わないわよ」
すぐさま受け取ったマジックでサインを書き込む。
もう一人の同僚も同じくジャンパーを持ってきたので、そっちにもサインを書き込むと、マチュアと赤城は手を振ってもう一度空に飛んで行った。
‥‥‥
‥‥
‥
――モグモグ
劇場の入っているビルの上空で絨毯を広げ、のんびりとティータイムを楽しんでいる赤城とマチュア。
ここまで高度を上げると、地上から見上げる者はいるがやって来れる者はいない。
「しかし面白いなぁ。世界魔法協会の真上で、絨毯を広げてお茶飲んでるのに、慌てて飛び出してくる気配は無しか」
「余裕なのか、気付いていないのか、どちらでしょうね?」
「これだけ魔力を発しているのに、気付いていなかったらモグリの魔法使いですよ。それとも余裕を見せているのか、どちらかでは?」
ズズズッとカップに残っているハーブティーを飲み干す。
それに合わせて、赤城もティーセットをバッグにしまい込む。
「赤城さんのバッグって、魂とリンクしていたっけ?」
「はて? して貰ったようなしてないような?」
すぐさま調べると、どこかのタイミングでリンクさせていたのに気がついた。
「うん、問題ないね、それじゃあ行きましょうか」
スーッと絨毯の高度を下げ、劇場ビルの一階まで降りる。
そこで絨毯をしまうと、マチュアと赤城はビルの中へと入って行く。
エレベータで指定された階まで上がると、目の前の受付にゆっくりと歩いて行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「14時に約束していたマチュアです。こちらが身分証明ですが」
そう説明しながらマチュアと赤城は魂の護符をシュンッと取り出して提示する。
すると、受付にいた女性がニッコリと微笑んで一言。
「お待ちしていました、マスター・マチュア、マスター・アカギ。こちらへどうぞ」
カウンターから出て、廊下の先にある扉まで案内する。
そして軽くノックした時、扉がガチャッと開いた。
扉の前には、黒いローブを身につけた老人が立っている。
年にして70前後、白髪の男性。
いかにも魔法使いという姿にマチュアと赤城もやや驚いている。
「初めまして。そしてようこそ世界魔法協会へ。こちらへどうぞ」
「ご丁寧にありがとうございます」
老人に促されるまま、二人は室内に入っていく。
そこは窓一つない部屋。
大きめの会議室に、巨大な円卓。
そこに二十人程の人々が座っている。
全員がローブを着用し、素顔かわからないようにマスクを着けている。
奥の壁には、巨大なタペストリー。
描かれているのは『地球に絡みつく双頭の蛇と、中央に掲げられた杖』。
それにはマチュアも見覚えがない。
ゲスト席に案内されたマチュアは、軽く一礼して椅子についた。
やがて、正面中央に座っていた女性がスッと立ち上がり、ゆっくりと頭を下げる。
「本日は、私達世界魔法協会にいらして頂いてありがとうございます。世界魔法協会の代表を務めていますフランシス・イヴリース・リガルディーです。協会名は『ジ・エンプレス』と申します」
再度頭を下げて席に着く。
ならばとマチュアも挨拶。
「はじめまして。異世界大使館のマチュアです。所属は異世界ギルド、冒険者ランクはA、クラスはトリックスター。こちらはうちの大使館職員の赤城です。冒険者ランクはB、クラスはスペルキャスターです」
すぐさま赤城も頭を下げる。
「初めまして。ご紹介に預かりました赤城です」
ニコリと微笑んで挨拶。
数多くの外交経験で身につけた外交術の一つである。
「それはそれは。こちらにいらっしゃるのは、世界各地の秘密結社や魔法信仰団体の代表です。立場上、素顔と本名を明かさないのはご理解頂きたい。名前の代わりに、協会名を示すタロットカードをそれぞれの前に置いてあるので」
そう言われると、それぞれの代表の前には大きめのタロットカードが並べられている。
「さて、本日マチュアさんにいらして貰ったのは他でもありません。私達地球に住む魔法使いにとって、異世界の魔法とは全くわからない世界。色々と教えて欲しいのです」
そのフランシスの言葉に、一同はコクコクと頷いている。
「教えて欲しいというのは、どこまででしょうか?」
「私達が異世界の魔法を使いたいという好奇心はあります。が、それよりも魔法の成り立ちや原理を教えて頂きたい」
ザ・チャリオットのカードが置かれている若い男性が、頭を下げながら告げた。
「その程度でしたら構いませんが、そのかわり、私も皆さんに教えて欲しい事があります」
「私達に出来る事なら、それは何でしょうか?」
ならばとマチュアは一言。
「世界魔法協会に保存されている魔導書を見せて頂けますか? できるならエドワード・アレグザンダー・クロウリーの原書を」
――ダン‼︎
突然二人の男性が立ち上がる。
「我らが魔法協会の始祖たるマスター・クロウリーの書を見せろとは、異世界の魔法使いは恐れを知らないのか?」
「あれは私達でも見ることは許されていない。それを見せろとは」
ザ・スターとザ・ハーミットが立ち上がり、マチュアを指差して怒鳴っているが。
「二人とも座りなさい。マチュアさん、協会員の非礼をお許しください。マスター・クロウリーの書は私達にも大切なもの、おいそれと外に出す事は出来ないのです」
こうなる事は織り込み済みのマチュア。
ならばと、話を続ける。
「では、他に魔導書があれば。可能な限り実在する、術式の書かれたものがいいですね。それならば、私も皆さんに魔法を説明出来ますが」
「それでしたらお持ちしますね。少々お待ちください」
そう話してから、フランシスが席を立ち、隣の部屋に向かう。
『さて、向こうはどういう感じのものを出して来ますかねぇ』
そう隣に座っている赤城に、カリス・マレスの魔法言語で話しかける。
すると赤城も理解したらしく、同じく魔法言語で。
『マチュアさん煽りすぎですよ。いくらなんでも、原書は無理に決まっています』
『けれど原書が存在する事はわかったわよね? それだけで充分よ。それに、この会話だって、何処かで録音されているに決まっているし』
『コモン語でしたら解析されていますよ? 』
『だから魔法言語。でも、何人かは必死に聞き取ろうとしていますわよ?』
そんな話をしていると、大きめの金属ケースを手にしたフランシスが戻ってきた。
「ここに一冊の魔導書があります。後はマチュアさんが私達に魔法の何たるかを説明していただければ、これはお見せ出来ますが」
「そうですね。では始めますか。簡単な基礎中の基礎から始めましょう。赤城さんは助手でお願いします」
そう話してから、マチュアはゆっくりと立ち上がって話を始める。
‥‥‥
‥‥
‥
二時間後。
その場にいた魔法使いたちは、顔面蒼白で座っている。
正確にはフランシスを含めた三名以外。
ザ・ハーミットとザ・チャリオット、そしてフランシスの三名は魔導回路が開き、以前クイーンがやってみせた水生成の魔法を会得するに至ったのである。
だが、残りの人達はてんで駄目。
自称魔法使いであるにも関わらず、初歩中の初歩すら行えない。
「そんなばかな‥‥我々が‥‥」
「これは間違いだ。私は本当に魔法が使えるんだ‥‥」
あちこちからブツブツと呟く声が聞こえてくる。
だが、マチュアはそんな事知らないと言わんばかりに話を始める。
「あのですねぇ。今説明した方法で、子供でさえ魔導回路を開ける人が出てくるんですよ? 開かなかった人は魔法の存在を信じていないんですよ?」
「そんなばかな事があるか‼︎ 我々には魔導書から得た知識がある」
「なら、もっと勉強しなさい‥‥さて、フランシスさん私と赤城さんを魔術師として認めていただけたかしら?」
そう問いかけると、フランシスは静かに頷いて、目の前のケースを開く。
「これをどうぞ。ここから持ち出す事は出来ませんが、目を通す程度でしたら。本物の魔導書、『天使ラジエルの書』です。それも原書ですので」
「それでは‥‥」
マチュアは目の前に天使ラジエルの書を置くと、ゆっくりと指先で魔法陣を描く。
言葉にはしないものの、深淵の書庫を起動して天使ラジエルの書を解析したのである。
――ブゥゥゥン
(ははぁ。本当の魔導書ですか‥‥これはいけますねぇ)
一通りの解析、そして魔術としての吸収。
それらを終えると、マチュアは書を開くことなくフランシスに戻した。
「読まれないのですか?」
「ええ。魔術によって理解しました。それほど難しい魔術ではありませんね。ですが、魔力回路を開き、正しい魔術用法が出来なければ扱う事は出来ませんわ」
そう説明する。
「失礼、マスター・マチュアはラジエルの書を理解したと言いましたが、それは本当ですか?」
ザ・ラバーの名を持つ女性がマチュアに問いかけてくる。
「ええ。例えば黄道十二星座からの力の貸与。こういう感じですね」
すぐさま目の前に魔法文字を指先で綴る。
『我、輝く天秤を持って告げる。偉大なる金星の丘より水星の海へ、汝の力を示したまえ‼︎』
すると、マチュアの右腕が輝き、小さな竜巻を纏い始める。
――ザワザワザワッ
それを見ていたものたちは懐疑心に包まれたらしいが、ザ・ラバーはボロボロと涙を流している。
「間違い無いです。私にも出来なかった風の加護。詠唱文も完璧です‥‥私は、あなたをマスターと認めます」
それだけを告げて、ラバーは椅子に座る。
「マスター・マチュア。貴方は書を見ることなく理解し、それを使う事が出来たのですか?」
ザ・ハーミットが手を上げて問いかけるので。
「私は魔力で記されているものを読み取ります。それをすぐに理解し、行使する事が出来ます」
「な、ならば、これは? この帯に記されているものは?」
ハーミットが慌てて懐から古い帯を取り出してマチュアの元へと持ってくる。
司祭が身につける飾り帯であり、一般的にはストラと呼ばれているものである。
そして目の前のストラには、意味不明な文字が記されていた。
「さてさて‥‥」
すぐさま深淵の書庫を起動して右手を添える。
(ははぁ。赤い竜の原書の一節かぁ)
古くは悪魔や精霊を使役する為に作られた魔導書。
その一節が記されている。
「これは駄目ですよ。記されているのはある悪魔の名前と、それを使役するための神秘の杖の作り方ですよね?」
――ガクガク
その言葉にハーミットは震えだした。
まさか本物とは彼自身も信じていなかったのだろう。
「マスター・マチュア。貴方はそれを作ることは出来ますか?」
「嫌ですよ、こんな物騒なもの。作れますし似たものは持っています。けれど教えませんよ? そもそも、今すぐに焼捨てたいレベルの代物ですから」
そう話してから、マチュアはハーミットにストラを戻した。
「まあ、私の力は理解いただけましたよね? 私としても皆さんの中に本物の魔術師が居たことに驚いています。今後も精進してください」
そう話してマチュアは席に着いた。
彼方此方で何かを相談している。
時折マチュアと赤城をチラッと見るが、すぐに目を逸らしてしまう。
すると、ザ・テンパランスが手を挙げる。
「マチュアさんが本物の魔術師である事は理解できました。隣のアカギさんも、魔術師であると仰いましたが、それは事実でしょうか?」
「ええ。お見せして‥‥いいですか?」
横に座っているマチュアをチラッと見る赤城。
するとマチュアも笑いながらコクコクと頷く。
「では‥‥」
スッと立ち上がって一歩下がる赤城。
いつものように右手を差し出して魔導書を生み出すと、ゆっくりと魔法言語で詠唱を始める。
――ボウッ
空中で魔導書を固定し、右手に青白い炎を生み出す。
「ウィル・オ・ウィスプと言えば理解していただけますか?」
その赤城の説明に、数名の魔法使いは立ち上がって赤城の元にやってくる。
赤城の作り出したウィル・オ・ウィスプは妖精の炎、鬼火や幽霊の類では無い。
近寄った魔法使いはそれを確認すると、赤城から炎を受け取った。
「間違い無いです。書物に記された妖精の炎、赤城さんもマスターと認めます。しかし、生きている内に本物を見る事が出来るとは」
自らの力では生み出せない事を告げた魔法使い。
すると赤城も炎を消して一言。
「私も一応はマスター・マチュアの弟子になりますから」
「な、なら、私も師事したい‥‥」
「私もです。是非」
彼方此方から手が上がるが、マチュアはそれを制する。
「残念ですが、皆さんはこの世界の魔法使い。この世界の法に則って、魔法を鍛え学んでください。魔力回路を開く所までは同じようですので、そこから先は勉学です」
ゆっくりと話をする。
そして。
「幸いなことに、皆さんから見せていただいた魔導書などは全て本物、それがあれば、時間は掛かりますが本当の魔術師になれますよ」
――パチパチパチパチッ
彼方此方から拍手が湧き上がる。
すると、いつのまにか席を立っていたフランシスが、古い書物を持ってきた。
「皆さんがマチュアさんをマスターと認めました。ならば、これを見る事についても、誰も咎めることはないでしょう」
そう告げて、フランシスはマチュアの目の前に書物を置く。
「これは?」
「マスター・クロウリーが受け継いだ書。それに彼自身の魔術が記された、クロウリーの『ソロモンの名を冠する魔術書』です」
――ザワッ
目の前の書物から異様なほどの魔力を感じる。
マチュアでさえも、ゴクリと息を飲むクラスの魔導書。
それが目の前に置いてある。
「それでは‥‥」
三度深淵の書庫を起動する。
そして右手でそっと触れた時、マチュアの脳裏に大量の記憶が流れてくる。
星に伝えられし魔法。
その原理、各種の魔術道具とその製作方法、儀式、七つの惑星霊の力を借りる為の術式等、異世界との交信と渡航について‥‥。
時間にして3分。
マチュアは頭の中を整理するのに一杯である。
クロウリーが存在した世界は、カリス・マレスではなく、マチュアのいた地球でもなければこの世界の地球でもない。
彼は、今は滅んでしまった世界からやってきた。
その世界が滅ぶ原因を作ったものこそ、1000年前にその世界からやってきた『魂の修練者』である彼である。
クロウリーの名前は、この世界での名前。
本名はイスカリオテと呼ばれていた。
彼は無貌の神によって加護を与えられ、この地球に『魂の修練者』としてやってきた。
だが、彼は故郷の世界を救う事なく、己が知識欲を高めるために世界を放浪していた。
やがて古き魔導書を探し出し、不老の肉体を得ると、様々な時代に姿を現しては、歴史を影から動かしていた。
彼が表の世界に現れたのはクロウリーの名を名乗った時代。
その時に、この書を書き残し、後継者に力を与えて自害した。
その後継者が何者かはわからないが、その者はこの書物に記されたある魔術を修得し、それを書物から消し去って姿を消した。
それがなんであるか、誰なのかマチュアにはわからない。
記されていたはずの弟子の名前すら、そこには残っていない。
フランシスはクロウリーの血を受け継ぎ、書に記されている事を守りながら、この世界魔術協会を設立した。
だが、この書に書かれていることは古い魔術と日記、そして彼の残した黄金の夜明け団の教義にしか『見えない』のである。
魔力分解して再構築しなくては、これは理解出来ない。
そしてマチュアは知ってしまった。
「ふぅ。これはまた有難いものですね」
そう告げながら、マチュアは額から流れる汗を拭う。
「私には理解出来ない魔術の原理、分かりましたか?」
心配そうに問いかけるフランシスに、マチュアはゴクリと頷くか。
「私には理解出来ましたが、教える事は出来ません。それは、受け継いだみなさんの仕事です。ただ、彼の生涯は全て知る事が出来ました‥‥本当の魔術師である事も」
その言葉だけでフランシスは満足だったのであろう。
目の前の書物を手に取ると、マチュアに頭を下げる。
「ありがとうございます」
そして書物を納めに部屋から出ると、すぐに戻ってくる。
「さて、最後にお伺いしますが。ここにいる方々で、ガーゴイルを使役する方法を実践した方、もしくは知っている方はいらっしゃいますか?」
そう問いかけてみるが、誰も手をあげることはない。
「ゴーレムならば錬金術の範囲ですが、それも今は失われた技術、今は手探りで先人たちの残した文献などから調べている所です」
誰かがそう告げた時、彼方此方で同意の声が上がる。
「そうでしたか。では、今日はこれで失礼して宜しいですか?」
「ええ、本日は色々と教えて頂きありがとうございました。マスター・マチュア、そしてマスター・アカギに感謝します。協会から、マチュアさんにはザ・フール、アカギさんにはザ・ジャッジメントの名を進呈します」
フランシスがそう告げると、二人の女性がマチュアと、赤城にストラを持ってくる。
一つは0、そして一つにはXXの数字が記されている。
「宜しいのですか?」
「わ、私まで‥‥」
「ええ、世界魔術協会は、マスター・マチュアとマスター・アカギを名誉会員として歓迎します。もし宜しければ、これからも御助力お願いします」
そう言われると二人も満更ではない。
「では、この世界の摂理の範囲で、お手伝いしましょう」
「カリス・マレスの魔術については、私でも説明出来ますので」
そう告げて頭を下げると、マチュアと赤城は拍手で見送られた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。