日常の章その14 壊れた日常という侵攻する何か
無事に拐われた日本人を救出して数日後。
異世界大使館では、新しく配属された職員の紹介が行われていた。
「と、いう事で、本日から異世界ギルドからツヴァイとイェーガーが大使館に正式に配属しました」
異世界大使館での朝礼で、マチュアはツヴァイを皆に紹介する。
パチパチと拍手する政治部職員達。
ツヴァイについては皆熟知しているが、虎族獣人女性のイェーガーについては誰も知らない。
かつてマチュアと共に冒険者をしていたこともあり、カナン魔導王国においては正門衛兵も勤めていた事もある。
「ツヴァイです。宜しくお願いします。職務は特務全権大使です」
「同じくイェーガーだ。特務駐在騎士だ。よろしくな」
丁寧に頭を下げるツヴァイと、ざっくばらんなイェーガー。
綺麗なワンピースに身を包む金髪女性であるツヴァイと、身体にフィットするレザーアーマーとズボンを着用するイェーガー。
実に対極的な二人である。
「あれ? マチュアさんは何処かに移るのですか?」
そう吉成が頭を捻ると、他の職員たちもウンウンと頷く。
「いやいや、私もここだよ。ほら、担当区域の分担と緊急時対応でね。私一人でアメリゴやらルシアやら面倒臭い」
ああ、なるほどという顔で納得する一同。
「では、ツヴァイさんはマチュアさんの席で。イェーガーさんは高嶋君の隣にお願いします」
「判りました」
「ここか? ここだな」
指定された席に向うと、ツヴァイもイェーガーも席に座って仕事の準備。
ツヴァイには三笠がサポート、イェーガーにはその他の職員がサポートに入る。
「あれ? マチュアさんの席は?」
赤城がそう問いかけている横で、マチュアはいつもこたつのあった場所に卓袱台を配置している。
「へ? 私の席ならあっち、大使館室があるから、そこかここの卓袱台。この大使館敷地が私の席ですよ」
楽しそうに告げているマチュアに、一同はやれやれという顔で笑っている。
「という事で、早速ですがマチュアさん指定の仕事ですよ」
三笠が書類の束を手に卓袱台の前に腰掛ける。
しっかりとお茶の道具も忘れない。
「へ? 何々?」
「魔法鎧の訓練要請ですね。島松駐屯地隣の演習場で、来週頭の日曜日。カナン魔導騎士団指定です」
ふむふむと手渡された書類を眺めつつ、指先で印鑑代わりの魔法による紋章を記している。
「ほいほい。なら前日に現地入りして、日曜日に演習ね。メンバーはこっちで選抜するけど、多分この前の三人でいいでしょう?」
「それで宜しいかと。ではすぐに返信しておきますので」
淡々と事務手続きを進める三笠。
「しかし、段々と慣れて来ているみたいだねぇ」
「自動車メーカーや貿易関係の商社では、来年度の新入社員募集条件に魔法知識等経験枠があるそうですよ」
「そう、それですよ。どこの企業も魔法についての知識を保有したいそうで。高レベルの魔法関係クラスにはボーナスもあるそうで。うちもそういうのありませんか?」
十六夜と古屋が楽しそうに話しているが、マチュアはふむふむと相槌を打っているだけである。
「ふぅん。冒険者ランクボーナスは危険手当に加算されているけど?」
「ありゃ、そうですか」
「それ以外にないですか? こう、どかっと大金稼ぐというか、報酬で」
高嶋と古屋はいつものノリである。
「だから、一緒にダンジョンいきましょ? 稼げるよー」
「だっ‥‥それは遠慮しますよ」
「そうそう。せめてオープンフィールドでお願いします」
ならば。
「ミドルドラゴンの討伐でもいく?」
「あの、何でいつもドラゴン退治しに行きたがるのですか?」
「ドラゴンは稼げるから。一攫千金だよ?」
そんな話が出来るぐらい、異世界大使館はつとめて平和であった。
○ ○ ○ ○ ○
そして日曜日。
前日に島松駐屯地を訪れたマチュアとファイズ、ジョセフィーヌ、マリアの三名。
この日のスケジュールは、午前中に二式機動装甲騎士との模擬演習。
カナン魔導騎士団と装甲騎士第一小隊との実戦である。
以前の富士総火演のようなフラッグ戦であり、今回も先にフラッグを破壊すれば勝ち。
今回はあちこちのテレビ局も許可を貰って取材にやって来ている。
中には生中継で放送している局もあるらしい。
『それでは、訓練始めっ!!』
特設本部で待機していた田辺陸将からの通信が届くと、一斉に機体が動き始める。
今回は自衛隊がやや有利、作戦を全て本部から受け取り、それに合わせて機体を運用している。
「へぇ。ここまで統制が取れると自衛隊って厄介よねぇ‥‥ファイズ、マリア、本気でいいわよ。ジョセフィーヌはバックアップで」
『ファイズ了解です』
『マリア了解だにゃ』
『ジョセフィーヌ、承りました』
すぐさまマチュアの指示を受けると、突然ファイズとマリア機がスッと消える。
機体ごと隠蔽したのである。
これで形勢は逆転。
如何なる電子機器でも魔法による隠蔽を見破るのは難しい。
潜水艦のソナーを使った探査でもなければ、中々見抜く事が出来ない。
そのまま一進一退から騎士団優勢になった時。
それは突然現れた。
――ビシッ
演習地の上空に小さな亀裂が走る。
ずっと真下の騎士団と陸上自衛隊の演武を見ている者達には分からなかった。
そしてマチュアでさえ、それに気づくのが一歩遅れた。
――ブゥゥゥン‥‥ブゥゥゥン
「警戒態勢?どう言うこと?」
イーディアスの魔力センサーが上空に空間の歪みを確認する。
それを見た刹那、マチュアは叫んだ‼︎
「全機警戒、実戦モードに移行」
すぐさま演習場を覆っていた結界の強度を上げる。
――ブゥゥゥゥゥゥン
すると、亀裂からゆっくりと人型のロボットが姿を現した。
魔法鎧のようにも見えなくはないが、明らかに別物である。
むしろ地球産のアニメなどにも出てきそうな機動兵器である。
全高18mほどの人型兵器。
それが、ゆっくりと地上に降りてきた。
「二式機動装甲騎士は後方に下がって‼︎」
――ピッピッ
『マチュアさん、あれは何ですか?打ち合わせにありませんが』
「田辺陸将、私にもわかりません。ただ、あれは敵です」
『敵だと?詳しく教えてくれないか』
「私にもわからないから困っているんですよ。後衛の避難誘導、あれは騎士団で押さえます!」
――ピッピッ
その言葉が届いていたのか、ファイズたちは三騎が高速で上昇する。
「さて、どこのどなたか知りませんが、敵対するならば手加減はしません」
ファイズがそう叫ぶと、異形の機体はファイズに向かって襲いかかる。
――ブゥゥゥン
両腕で構えた巨大な槍を高速で突いてくる。
だが、それは間に割り込んだマリア騎が盾にで受け流していく。
――ガギガギガギガギン
魔法で強度を上げているので傷もつかないが、その出力は魔法鎧よりも上である。
さらに背部にある巨大なブースターを全開にして、マリア騎に対しての攻撃を続けてくる。
「に。にゃあぁ‼︎」
素早く間合いから離れたが、すぐに槍の間合いまで詰めてくる。
かなり熟練した武器捌きである。
「マチュア様、代わります」
イーディアスの横にジョセフィーヌが着地すると、すぐさま強度の高い防壁を展開する。
「任せたよっ‼︎」
素早く上昇すると、マチュアは空間から30mm魔導機関砲を取り出した。
そして正体不明機の斜め下に回ると、すぐさま両腕で構える。
「悪いけど手加減なんてしないから‥‥」
――BROOOOOOOM
次々と飛び出す魔力弾。
相手もブースターを巧みに操作してかわしていくが、両脚が吹き飛び右腕が破壊され、やがて魔法弾が背部ブースターを掠めた時点で機体がフラフラと墜落していく。
「‥‥ファイズ、マリア、敵機の確認。私は周辺警戒に回る」
すぐさま周囲を確認する。
だが、他に敵らしい存在は確認できない。
――ピッピッ
『二式機動装甲騎士も調査に回す、援護を頼みます』
「いや。まだ駄目です!」
――ピッピッ
地上では、ファイズ達と共に、墜落した機体の近くで調査のために近づいていく二式機動装甲騎士の姿も見える。
「マリア、ファイズ、二式を止めろ‼︎まだ安全が確認できて」
――プスッ‥‥カッ‼︎
マチュアが叫ぶと同時に、所属不明機の背部から小さな爆発が起こり。
――ドッゴォォォォォォン
機体が大爆発した。
その爆発半径には、ファイズ達以外にも二式機動装甲騎士もあった。
「‥‥各騎、二式を探して。あの爆発に耐えている自信ないわ‥‥」
もうもうと立ち上がる煙。
あちこちで火がつき何かが燃えている。
そして未確認機の近くにいた二式機動装甲騎士は、爆風をもろに受けて大地に倒れている。
『‥‥マリアだにゃ、二式確認。無傷ではないが形は残っているにゃ』
『至急回収して後方に。全騎周辺警戒と二式の回収に努めて』
マチュアの指示で三騎の二式機動装甲騎士が後方に運ばれていく。
この後は自衛隊による周辺調査などが行われ、演習は中止となった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
自衛隊島松駐屯地本部。
そこは、今までにない緊張に包まれている。
「さて、先ほどの未確認機について説明して貰えるかな?」
田辺陸将が目の前で椅子に座っているマチュアに問い掛けるが。
「それはこっちの台詞ですよ。こっちの人間は魔法使えないんじゃなかったですか?それも私でさえ使った事もない未知の魔法を」
「それはどういう事だね?人型兵器はカナンで開発したのではないのか?」
「単独で空間引き裂いて突破する機体なんて作れるはずないでしょ? 私の転移とは明らかに違うんですよ? しかもあれ、魔法じゃなく内燃機関じゃないですか?」
――ズズズズッ
マチュアも田辺陸将も一旦お茶を飲む。
「現在、自衛隊で未確認機の残骸を調べている。それの結果を待つとしよう」
「そうしてくださいな。二式のパイロットは無事ですか?」
「ああ。軽い鞭打ちだけだ。あれだけの爆発なら、巻き込まれて機体がバラバラになっていてもおかしくはないのだが」
その話にはフン、と鼻を鳴らす。
「私の魔法を舐めないで下さい。魔法鎧の最も優れているのは生存力。中の人間を守る為の防御力は完璧ですよ」
「それは助かる。しかし‥‥」
横のモニターに映された戦闘中の映像を見ながら、田辺陸将以外の自衛官も頭を抱えている。
「陸将、これは解析班に回しますが、魔法鎧とは違いますね?」
観測班の一人がモニターをトントンと指差しながら話している。
「どういう事だ?」
「この背部にあるブースターですね。このノズル、中東の戦闘機のアフターバーナーですね。焔の色からもジェット燃料と思われますし、装甲の継ぎ目が磨かれて見えませんが、多分ジェット戦闘機の開発技術と一緒ですね?」
ピッピッとモニターを進める。
機体の顔がアップになると、頭部にあった黒いカバーの奥に電子機器が見えている。
「こことか、あとここも」
両手の指が大きく拡大される。
綺麗にラバーコートされていて継ぎ目がわからないが、関節部が隆起して中のフレームが見え隠れしている。
「確かに地球の技術に見えるな‥‥」
「ええ。もしこれをマチュアさんが作ったとしたら、雑で適当な事するなぁと笑っちゃいますよ」
観測班がそこまで分かるぐらいだから、本当に適当なのだろう。
しかし、こんなものをどこの国が作るのか?
今度はそこに引っかかる。
「マチュアさんは、我が日本以外に魔法鎧の技術を見せましたか?」
「サウスアラビアのムハンマド皇太子が一騎持ってるわよ。二騎目の注文も受けているけど、まだ作ってもいないわ」
「他には?」
「中のフレームまで見てるのは、先週の自動車メーカーの説明会ぐらいだわ。後は、よく中庭で開いてメンテナンスしているけど、これを見た所で作れるとは思えないわよ」
淡々と説明する。
そして最後に一言。
「空間を切り裂いての転移なんて魔術、私は知らないわよ。座標指定して空間を繋げて来るなんて、うちの転移門よりも面倒臭いし、一回ごとに空間割ってたら環境に悪いわ」
「まあ、いきなりマチュアさんを疑った事は謝ります。後は詳しい調査が終わり次第、連絡をしますので」
「そうして下さいな。では私達は一旦撤収しますので。二式機動装甲騎士は回収して宜しいですか?」
「今回の事故について詳しく調べたい。機体の違いとかも説明出来ると思うので、暫く借りていて良いですか?」
確かに、預けていても問題はないだろう。
「では、きちんと管理して下さいね。さっきのポンコツ機体よりも、こいつを盗まれて悪用される方が怖いので」
「未確認機をポンコツ呼ばわりとは。では、詳しい調査が始まり次第、すぐに連絡しますので」
ピッと敬礼すると、マチュアも敬礼し返す。
そして本部から出ると、ファイズ達と共に札幌の大使館へ転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日のニュースはバラエティ豊かである。
異世界カナンが本格的に侵攻を開始したとか、自衛隊とカナンが合同で作っていた秘密兵器が暴走したとか。
アメリゴやルシアが、カナンの技術を手に入れて本格的に兵器開発したとか。
終いには、新たなる異世界からの侵攻とまで話している放送局もある。
「それで朝からこの状態ですか‥‥」
次々と送られてくるファックス。
そして電話の山。
その対応で大忙しである。
しかも女性陣がお盆休みに入ったので、事務室には高嶋と古屋、三笠、急ぎカナンから駆けつけたベネット・桜木、そしてマチュアの四人しかいない。
――プルルルルル‥‥プルルルルル‥‥ガチャッ
「はい、異世界大使館政治部です‥‥はい、少々お待ちください。マチュアさん、蒲生さんです」
「あ〜そろそろと思ったわ」
お茶を一口飲んでから、マチュアは受話器を手に取る。
――ガチャッ
「はい、マチュアですが」
『よお、元気か?』
「身体はね。心はもう、何というか面倒い」
『まあ有名税として諦めろや。明日だが国会に来れるか?椎名議員から直接指名だ』
「何となく分かりますよ。10時ですか?」
『ああ、そんじゃあ頼むわ』
――ガチャッ
「おおう。私明日国会ね。参考人招致されたわ」
「まあ分かりますよ。後は任せてください」
「本当にもう、あの未確認機が何者かわからないのが嫌だわ」
マリアとファイズ、そして自分の機体から映像データを回収。
それをクリアパッドで確認していると、ふと、未確認機のあちこちに、細かい擦り傷があるのに気がついた。
「ん?何だこれ?」
拡大してみるが原因不明。
仕方ないのでそこは諦めて、別の映像を見ている。
そして一通り眺めてからのマチュアの感想は一つ。
「地球産の機体だよなぁ。破片と残骸からデータを得ているだろうから調べていたら分かると思うけど‥‥今の技術じゃないんだよなぁ」
淡々と感想を告げる。
「それってどういう事ですか?」
「私もロボット工学者じゃないからはっきりとは言えないんだけれど。今のテクノロジーでこれを作るのは、魔法のサポートがないと難しい。でも、魔法による補強や強化は見えないんだよ」
頭を捻りながら呟く。
「つまりはまあ、よくわからないのですね?」
あっさりと話す三笠に、マチュアもコクコクと頷くしかなかった。
「今日はもう考えるのやめた‥‥高嶋くん、異世界大使館からの公式見解で、先日の自衛隊演習地における未知の機体の乱入については、異世界大使館は一切関わりがありませんとHPに上げておいて?」
「はい。すぐに清書してトップに差し込んでおきます」
「古屋くんは今の話を文章化して、各報道局とファックス送ってくれた人たちにデータで一斉送信。以降は自動対応で全て対処」
「電話は先程切り替えておきましたので」
三笠さんやはり早い。
「そして大使館の外にはプロの市民と‥‥」
どこで話を聞いてきたのか、大使館の外では『異世界に帰れ』という横断幕を下げた団体が叫んでいる。
「‥‥マチュアさん、ひょっとして防音結界張ってます?」
「柵の外の音は聞こえないし、柵の高さまではスモーク掛かっていて見えないし。つとめて平和だわ」
そう話しながらファックスを一つ一つ読んでいく。
――プルルルルル‥‥プルルルルル‥‥ガチャッ
「はい、異世界大使館です‥‥少々お待ちください。マチュアさん、小野寺さんです」
「よしきた、こっちこそ本命」
手を叩いて叫ぶと、すぐさま受話器を取る。
――ガチャッ
「お待たせしました、マチュアです」
『小野寺です。先日はお疲れ様でした』
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。何かわかりましたか?」
『簡単に説明しますね。残骸とその材質を簡単に調べましたが表面にはカーボン複合材、内部フレームはチタン合金とFRPのモノコックフレーム。センサーらしきものやエンジンの部品については不明ですが、アメリゴの戦闘機らしき部品やらルシアの部品やらが見え隠れしていますね』
「では、うちは関与していないとわかりましたか?」
『明日の国会で正式に発表したいのですが、魔法らしき方法で出現しているので、異世界大使館は関与していないが魔法が関与しているとは考えられますので。まあ暫くは風当たりが強くなるので』
「それは仕方ないですねぇ。まあ、そこまでわかれば大丈夫ですよ」
『パイロットの死体も見つかったのですが、損傷が酷くでねぇ。壊れてはいたがヘッドマウントディスプレイまでしっかりとつけていたので、魔法鎧という線は消えたという事です。ではまた明日の国会で』
「連絡ありがとうございます。それでは」
――ガチャッ
「さて、楽しくなってきたなぁ‥‥ですか?」
「明日の国会が荒れるなぁ?ですか?」
「頑張ってくださいね」
三笠と高嶋、古屋が次々とマチュアに話しかける。
「う‥‥なんで分かるの?」
「「「顔に出てます」」」
「ありゃ、それはいけない。でもまあ、そういう事なので」
それだけを告げてから、マチュアも再び仕事に戻る。
明日の国会が楽しみである。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
朝一で国会議事堂にやってきたマチュアと池田。
小野寺防衛大臣との打ち合わせの後、いつものように池田が秘書官としてマチュアの補佐を務める。
「今日もよろしくお願いしますね」
「ご安心を、既に蒲生さんの秘書官が必要なフリップとかを全て用意してくれています。映像証拠の申請も通っていますので、問題はないそうです」
「流石は出来ますねえ。その秘書も引き抜こうかな?」
「あまり引き抜くと怒られますよ?」
そう問われて、マチュアはコクコクと頷いている。
そんなことを笑いながら話していると、ついにマチュアの出番になった。
見慣れた国会風景。
座り慣れた席。
そして渋い顔をしている椎名議員。
まずは椎名議員が演台に立つ。
「先日の島松駐屯地において、未確認のロボットが突然現れて演習場を襲撃した件ですが、まずはマチュアさんの意見をお願いします」
お?
いきなり叩いては来ない。
ならばとマチュアは大量のフリップを演台の横に並べる。
「現在までに陸上自衛隊で解析調査した結果です。正直申しまして、私たち異世界の技術は一切入っていません。全て地球産の材料です。出現した方法は魔法のように見えますが、あれは私も知らない魔法ですので」
そこで一拍置く。
「この件について、私達カリス・マレスとカナン、異世界大使館は関与していません」
ふふん。
キッパリと言い切った。
さあどう出る椎名議員。
「了解しました。では、マチュア大使の言葉を信じます。委員長、社共党は以上です」
「え?」
思わず口に出たマチュア。
ならばと椎名が壇上でマチュアに一言。
「いままで散々ギャーギャーやり合ってきましたから、貴方が違うとはっきり言うのならば違うのでしょう?」
「ええ。自信を持って」
「では以上です」
凄く拍子抜けにも感じるが、全ての証拠を突きつけた上での答弁である。
だが、この後は質が悪かった。
ひとりの議員が演台に立つ。
「私は無党派なのですが。確かパイロットの死体は発見出来ましたよね?蘇生して証言や話を聞く事は出来たのでは?」
いきなりそこから来るとは予想外。
「異世界関連法及び魔法等関連法において、魔法を行使しての発言や証拠は、証拠として認めないと明記されています」
「正式な手続きを行えば可能ですよね?何故行わないのですか?」
ムッ。
久し振りにマチュアが切れそうになる。
「あのね〜。命ですよ?人の命。それを勝手に蘇生して、やれ証拠だ何だかんだと聞き出すのですか?」
「今回の件においては必要な事ではないですか?」
「もしそれがまかり通るなら、犯罪で殺された人を蘇生して、犯人を教えろと言うのもありになるじゃないですか?」
「それもありではないですか?蘇生というのはそういうものでしょう?」
「貴方は命をなんだと思っているんです?殺された瞬間の痛みや恐怖は魂に残るんですよ?それを抱きしめて生きろと?」
「カウンセリングなど、この世界には精神を癒す機関がいくらでも存在します。今一度、蘇生についての条項を改正するべきでしょうねぇ」
「精神は癒せても心は癒せないですよ。もしそのような改正が成立しても、私は一切蘇生なんてしませんからね‥‥人の命をなんだと思っているんですか?」
「まあ、大切な証言者である事には変わりありませんので、検討してください。以上です」
そのままムスッとした態度で席に戻る議員。
マチュアもまた席に戻ると、後は簡単な答弁を行なってから退席した。
‥‥…
‥‥
…
「何だあの若い議員。人の命をなんだと思っているんだろう‥‥」
控え室に戻っても、マチュアは怒りが収まらない。
椅子に座って空間からポットを取り出すと、ハーブティーをゆっくりと飲む。
「‥‥ぷはー。さて、帰りますか」
「あれ?もう怒りが収まりました?」
「収まってないけど、あいつはもう知らん。そもそもこっちの世界の蘇生なんてやった事ないから、わからないんだよなぁ」
しみじみと話す。
「異世界では、蘇生は難しくないのですか?」
「まさか。基本的には、死んだ人間は生き返らないよ。蘇生なんて、私を含めて極一部の人しか使えないし、それこそ死んで10分以内とかでないと成功しないよ?」
「でも、マチュアさんは灰からでも蘇生できるんですよね?」
「程度によるけどね。まあ、不可能ではないと思うよ‥‥だからって過去の英雄や剣豪を蘇生してくれって言われたら断るよ」
「そうなのですか?」
「まあ、魂が転生してるだろうからなぁ。転生したら蘇生は無理だよ。だから、あの死体を蘇生しても成功するかなんで分からないし」
輪廻転生が理解できるなら、マチュアの言葉の意味もわかる。
そして池田は理解している方であった。
「椎名議員があっさりと終わったのはびっくりだけど、まあ、あれだけ証拠を用意したらそうなのかなあ」
「あの人は意外としたたかですよ。今回の件はマチュアさんやカナンを叩く気は無かったようですし、単純にカナンの出方を見たかっただけでしょうねぇ」
「それならいいか。いつも喧嘩するんじゃないからね。妥協できるとこはこっちも妥協するし。さて、ご飯食べてきますね。後は私の出番はないでしょう?」
そう問いかけてみると、池田はスケジュールを確認する。
「はい。本日はこれで終わりですね。私は残務処理をしてから帰りますので」
「はい、ではまたね〜」
お互いに頭を下げると、マチュアはとりあえずの空腹を紛らわせる為に昼食を食べられる場所を探す。
‥‥‥
‥‥
‥
「まずはカレーかなぁ。久し振りの他人の作ったカレーだ」
国会議事堂の近くにはざまざまな飲食店がある。
その中でも人気のカレーショップを見つけると、マチュアはそこに入店する。
「いらっしゃいませ〜お好きな席へどうぞ」
すぐさま空いている席に着くと、店員がおしぼりと水を持ってくる。
「ご注文はお決まりですか?」
「え〜っと。オススメはなんですか?」
「本日のオススメは夏野菜のカレーです。エルフの方でも大丈夫ですよ?」
おおっと。
こっちの地球は『エルフ=野菜しか食べない』という図式なのか?
「ではそれでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
暫しのんびりとカレーが来るのを待つ。
暇なのでクリアパッドで国会中継を見ているが、既に正体不明のロボットの話は終わって別の話で盛り上がっている。
「なんだろ‥‥国の危機より政権が大事なのか?」
そう思ってしまう。
ネットニュースでは、未確認戦闘ロボットは カナンの侵略兵器だとか、日本国と裏で手を組んで戦略兵器を開発しているとか言いたい放題である。
それでもカナンや異世界を援護する俳優やタレントも大勢いる。
「お待たせしました。夏野菜のカレーです、ごゆっくりどうぞ」
運ばれてきたカレーはそれ程スパイスがきつく感じない。
だが、しっかりとカレーの味を出していた。
のんびりとカレーを食べつつ、マチュアはこれからどうするか考えていた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






