日常の章・その10 マニア垂涎の戦いと。
日曜日。
この日のスケジュールは、午前中の二式機動装甲騎士との模擬戦闘。
カナン魔導騎士団と装甲騎士第一小隊との実践である。
ルールはフラッグ戦、先にフラッグを破壊すれば勝ち。
自衛隊は実弾ではなく演習用の模擬弾を使用、騎士団もそれに準じて威力が0の魔法弾を用いる。
観客席の前ではマチュアが結界を張り巡らし、流れ弾や破片が飛んでいかないようにしているので、騎士団は三名での戦闘である。
『それでは、只今よりカナン魔導騎士団と陸上自衛隊北部方面師団・装甲騎士第一小隊との模擬戦を行います』
――ファァァァン
開始の挨拶の後、戦闘開始の音が響く。
ここでは自衛隊がかなり不利かと思いきや、統率のとれた連携が魔導騎士団を押している。
それでも機体出力と慣れでは騎士団がはるかに上、やがて自衛隊は全機が陣地まで押し込まれてしまっていた。
「マリアは左舷を、ジョゼは右舷を頼む」
真ん中から30mm魔導機関砲を構えたファイズ騎がスーッと滑り込むように飛んで来ると、隊長騎である角田一曹の25mm機関銃をスラスラと避けていく。
「はいはい、背後がお留守だにゃ♪」
ファイズ騎に翻弄されている角田騎の背後に高速で回り込んだマリア騎が、両手で構えたハルバードを力一杯叩き込む。
――ガッゴォォォォォン
前方につんのめった角田騎に向かって、マリア騎はジャンプして止めの一撃。
それで二式は沈黙する。
「角田っっっ。貴様の死は無駄にはしない‼︎」
模擬弾なので死にません。
ノリノリでジョセフィーヌの前に回った大越一曹の機体が、両手で構えた25mm機関銃をフルオートで撃ってくる。
「これがマチュア様の話していた飛び道具ですねぇ」
だが、機関銃を向けられた瞬間に機体前方に理力の盾を生み出すと、それで機関銃の弾丸を受け止める。
25mm程度では、理力の盾はビクともしない。
すると、ジョセフィーヌ騎が右手で印を組み上げると、両肩の辺りに魔法陣が浮かび上がった。
「英霊よ、我が手に集いて、形を成しなさい‥‥焔の槍っっっ」
――シュンッ
ジョセフィーヌ騎の周囲に次々と焔の槍が生み出されると、
それは大越騎に次々と突き刺さる。
やがて全身を串刺しにされた大越騎も沈黙する。
「成程、うちが残り二騎、騎士団が三騎。勝ち目はまずないですか」
素早く走り出してジョセフィーヌ騎との間合いを詰める斎藤二曹。
「ファンタジーの王道、魔法使いは近接に弱いと相場は決まって‥‥」
腰に下げていたナイフを引き抜くと、ジョセフィーヌ騎に向かって斬りかかる。
――シュンッ
だが、ジョセフィーヌ騎は力一杯大地を蹴ると、10m程ジャンプした。
「そ、そんなバカな」
急いでナイフを納めて銃を引き抜いて構えるが、その背後からファイズ騎が30mm魔導機関砲を連射する。
――BROOOOM
「う、うわぁぁぁぁ‼︎」
全身に威力0の弾が突き刺さると、戦闘不能を告げるゲージが点滅する。
「ちっ。ここまで差があるとは参ったなぁ」
ここで斎藤二曹もギブアップ。
残りは小田原三曹だが、既にマリア騎に両腕を掴まれて身動きが取れない。
――ギシギシッ
「そろそろ諦めるにゃ。魔力係数が違いすぎるにゃ‥‥あれ?」
――トン‥‥
さらっと腕を掴み返すと、小田原三曹はマリア騎を払腰て投げ飛ばした。
――ダァァァァン
力一杯地面に叩きつけると、腰のナイフを胸部にペシペシと当てる。
これでマリア騎も行動不能。
「そんなバカにゃぁぁぁ」
「ふう。先輩たちの敵討ちをしないと」
――ドッゴォォォォォォ
立ち上がって身構えた刹那。
ファイズ騎が背後から鉄山靠を小田原騎に叩き込む。
この衝撃で機体は緊急停止。
自衛隊チームは全滅し、模擬戦闘の幕は閉じた。
「完敗ですよ。慣れもありましたが、本部からの作戦指示をうまく使えていませんでしたから」
笑いながら田辺陸将がマチュアに連絡するが。
「まあ、それでもあの動きは怖いわぁ。チーム戦の怖さは、ドラゴンの軍勢より怖いですよ」
本物の人型兵器の戦闘に、観客も大分盛り上がっていた。
――プシュッ
「騎士団整列‼︎」
胸部ハッチを開いてマチュアが出て来ると、マチュアの掛け声に魔導騎士団全騎がマチュアの前に整列した。
そして観客席に向かって騎士の礼を行うと、そのまま退場する。
続いて自衛隊騎も並んで礼を行うと、同じように退場した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
休憩後の撮影会。
昨日よりも大勢の客が詰め寄せている。
実戦で動くのを見たせいなのだろう、観客以外にも企業がCM撮影に使いたいとか、イベントで展示したいなど、数多くの問い合わせがあった。
「そういうのは企画書を大使館に送ってくださいね。ここでは説明も受付もしませんので」
マチュアが企業担当に告げてから、自身も撮影会に参加する。
それは夕方の4時、撮影会終了時間まで続いた。
そして撮影会終了後、総火演のプログラムも全て終了。
最後のあいさつも終えて、観客たちは帰路につく。
自衛隊も設営を解体して撤収準備に入った時。
「マチュアさん、二式機動装甲騎士なのですが、当面の間、北部方面師団に貸与して頂けませんか?」
最後の挨拶に来た田辺陸将が、同じく撤収準備をしているマチュアに話しかける。
「私は構いませんが、防衛省の正式な手続きを踏んでくださいね。小野寺防衛大臣に怒られるので」
「それは約束するよ。戻り次第手続きは行う。どうもうちの選抜メンバーが、やられっぱなしは納得が行かんと燃えていてねぇ」
――プッ
笑いながら話している田辺陸将に、マチュアも思わす笑ってしまう。
「まあ、二式機動装甲騎士でも生身でも、うちの騎士団が負けるとは思いませんけどね」
「いや、生身の戦闘なら我々自衛隊も負けはしないが。魔法鎧は慣れていない分、カナン魔導騎士団に分があったと私は推察している」
へぇ。
中々の自信である。
そうでなくては国防の要とは言えない。
しかしカナン魔導騎士団の練度も高い。
生身の戦闘なら、どちらが有利かはやって見ないとわからない。
「まあ、生身の訓練も必要ならば応じますよ。私は一人でも相手する自信ありますし」
「その時はお願いしますよ」
高らかに笑うマチュアと田辺陸将。
すると。
「話は聞きました。今の田辺陸将への発言は明らかに我々自衛隊を挑発する行為ではないですか‼︎」
血相を変えて走って来る自衛隊員。
「へ?そうなの?」
田辺陸将の方を向いて問いかけるが、陸将もやれやれという表情をしている。
「軽い冗談じゃないですか。そんなに本気にしなくてもいいわよ」
「いえ、是非私と試合って下さい。その上で私が勝ったら、正式に謝罪して下さい」
血眼になって叫ぶ隊員を、田辺陸将も止めようとするが。
「まあ、良いわよ。貴方名前は?」
「太田です。自分は太田二曹、真剣の扱いも長けています」
「田辺陸将、何処か場所ありますか?」
「まあ、演習場の中なら。しかし大丈夫かね?」
マチュアを心配する陸将だが、後ろでウンウンと頷いている魔導騎士団は一言。
「我々が束になっても勝てませんから。太田二曹、殺す気でかかって下さいよ」
あっさりと話すファイズ。
「全く。なら、今からでいいな。太田二曹、日本刀は使うなよ」
「徒手で問題ありません。マチュアさんこそ、武器でも防具でも好きに使っていいですよ?」
「お、それは助かりますが、私は魔法も使わないので。素手と素手、それで行きましょう」
ニコニコと笑うマチュア。
そして演習場に着くと、マチュアはローブを外してチュニックとズボンに換装した。
‥‥…
‥‥
…
「ルールは簡単、相手が動かなくなるかギブアップするまで。太田二曹は後ほど反省文の提出だ」
審判を務めるのは白川一佐。
いつも大使館でお世話になっているのだが、今日は参謀の一人として見学に来ていた。
急遽行われた、マチュアと太田二曹の徒手による演習に駆り出されたのである。
「それでは始めっ‼︎」
高々と掲げていた右手を素早く下ろす。
それと同時に太田二曹はマチュアに向かってタックルして来る。
「現代格闘を知らないファンタジーの住人に、異世界のグハァッ」
――ドッゴォォォォォォ
突進して来る太田二曹の頭めがけて裡門頂肘を叩き込む。
この一撃で太田二曹は後方に吹き飛ぶ。
「カナン魔導騎士団諸君。ついでに徒手の技のレクチャーも始めます。このように足を取りに来る敵には、カウンターで対抗しましょう」
淡々とファイズ達に話し始めるマチュア。
太田二曹は額をざっくりと切り、血が流れている。
「太田二曹、ギブアップですか?」
「まだまだ。今のはラッキーパンチだ。たまたま上手くいったからと言って、いい気になるなよ」
血を拭ってからタンタンとステップを踏む太田二曹。
ならばとマチュアはべた足でゆっくりと構えた。
「こいつっ‼︎」
――シュシュシュッ
素早く殴りかかる太田二曹。ジャブやフック、ストレートを巧みに混ぜ合わせて来る。
「おおうおう、素人でない動きだ」
――パシパシパシッ
一つ一つの攻撃を体捌きと腕、肘で受け流す。
大纏と呼ばれているマチュアの防御技の一つ。
そしてそこから踏み込むと、太田二曹の体に向かって無数の掌打を叩き入れた。
猛虎硬爬山と呼ばれる、マチュアの三大近接技の一つである。
――ババババババババババジッ
次々と打ち込まれる掌打に翻弄される太田二曹。
さらにマチュアは震脚から鉄山靠を叩き込む。
――ドッゴォォォォォォ
それで太田二曹は遥か後方に吹き飛ばされ、意識を失った。
「凄い‥‥八極拳を使いこなすハイエルフだ‥‥」
自衛隊員の誰かが呟く。
太田二曹の元に数名の隊員が駆けていくと、太田二曹を抱えて医療班の元に走っていく。
「手加減してこれなので、本気でやったらどうなったかわからないですよねぇ」
「マチュアさん優しいですよ」
「うんうん。本気なら最初の肘撃で頭が吹き飛んでたにゃ」
ファイズ達が田辺陸将に説明する中、マチュアはローブに換装して戻ってきた。
「今聞いたのだが、あれで手加減なのか?」
「私、生身でも魔法鎧でも10式戦車でも破壊できますよ。現代格闘を知らないって言ってましたので、こっちの世界の体術しか使ってませんので」
「やれやれ。自衛隊員に冒険者経験をさせるのもありかもしれないな」
そう話しながら本部へと向かう一行。
かくしてマチュア達にとって初めての富士総合火力演習は幕を閉じた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「あれ?マチュアさん、今日は休みではないのですか?」
総火演翌日の月曜日。
事務室に戻っで来たマチュアに、三笠が問い掛けている。
「‥‥代休か。私の出番は終わったからすっかり忘れてた‥‥まあいいや、ここでのんびりとしますよ」
のんびりと椅子に座ると、厨房から持ってきたティラミスとオレンジジュースで一息いれる。
「アメリゴから、魔法鎧の貸し出し申請来てますよ。どうしますか?」
「ん〜どっちでも良いんだよなあ。日本にだけ貸し出してアメリゴに貸さないと文句言われそうだからなぁ」
暫し考えるマチュア。
「三笠さん、アメリゴ海兵隊基地で、日本にある部隊にのみ貸し出すって返答して。魔法鎧・ゼロツーを四騎だけ、日本からの持ち出しは禁止ってね。レンタル料は年間で一騎一億とウォルトコのお菓子十二ヶ月分で」
――プッ
後付けの条件に吐き出す高嶋。
「マチュアさんって、たまに可愛いんですよねえ」
「う、うるさい、お菓子好きなんだからいいでしょ?」
「11億にして、1億円でお菓子かうとかは?」
「それは駄目ですよ。お菓子十二ヶ月分が相手に対しての緩さなんですよ。これは交渉のやり方です」
淡々と三笠が話すと、マチュアはウンウンと頷いている。
「じゃあ、後はのんびりしているので宜しくお願いしますね」
そう話してから、机の上のファックスに目を通すと、マチュアは一つ一つ吟味する。
「‥‥あ、三笠さん、来月から来る子に、ここの机使ってもらいますので。二人も、来月からは先輩だからね。一人職員を雇ったので」
池田恵秘書官は、無事に公設秘書をやめて大使館勤務となる。
来週九月から本格的に勤務である。
「え?女性ですか?」
「可愛い子?」
新しくやってくる職員に心躍らせる高嶋と古屋。
マチュアも腕を組んで考えて、出た言葉は一言。
「女教師系?」
「またマニアックですね。独身かな?」
「彼氏いないといいなぁ」
「‥‥あんたたち、それ以上騒ぐとセクハラだよ?」
「「さーせん」」
「まあまあ。それでどなたが来るのですか?」
「蒲生副総理の第二公設秘書。池田さんが正式に来ます」
――ビクッ
その説明に三笠はニコニコと笑う。
既に面接を終えているのだが、そもそも池田さんとは面識がある。
「池田さんは以前、北海道庁の政策局に居たんですよ。二人ともよく知っているはずですよね?」
努めて冷静に告げる。
「そうですねー。池田さんかぁ‥‥」
「さ、仕事するか‥‥」
突然テンションが下がる二人。
「知り合いとわかると、この切り替えの早さ。あんたたち大物だよ‥‥高嶋くんは明日、MINACO本社行ってきて。キンデュエの契約ね」
「秋のステップフェアですね。わかりました」
「私は明日、旅行代理店の説明会かぁ。これで代理店を通して異世界に行けるようになると、一旦私の仕事はお終いと。近日中にカナンからも職員を二人ほど補充しますので」
――ガバッ‥‥スパァァァァン
すぐに反応する高嶋と古屋に、マチュアは素早くツッコミハリセンを叩き込む。
「ま、まだ何も言ってません」
「言う気満々だったでしょ。当日まで秘密だから」
「ええっ、そんな御無体な‥‥」
「いいのいいの。さて、私はちょいと領事部に行って来ますね」
そう懇願する二人を放置して、マチュアは机から離れると金庫からあるものを取り出して領事部に向かった。
――ガチャッ
しばらくして、いくつかの袋を手に、マチュアは政治部に戻って来る。
「さてと。では三笠さん、夏季報酬です。お疲れ様でした」
「あ、今日でしたか。ありがとうございます」
頭を下げて金貨袋を受け取る三笠。
異世界大使館には、ボーナスという概念がない。
日本でないのと、カナンにもそういう風習がないからである。
今年になって、一部の職員から問い合わせがあったので、ならばとマチュアが用意したらしい。
「一般の会社のボーナスは七月だけど、大使館は八月なんですね。ありがとうございます」
「金貨袋とは、実にカナンしてますなぁ。ありがとうございます」
受け取って振ると、ジャラジャラと小銭の音がする。
「ま、マチュアさん?本当にボーナス?」
「嫌なら返せ。不服か?」
笑いながら高嶋に返事を返す。
「いえいえめっそうもない」
そう返事をするものの、三笠は袋から貨幣を取り出して数える。
「随分と奮発しましたね。良いのですか?」
「まあ、ドラゴンの素材を向こうで売り飛ばして稼いだからね。お裾分けですよ」
三笠の机の上には、白金貨2枚と金貨50枚。
「はぁ、俺は金貨60枚と銀貨1枚、日本円で60万1千円。いい金額ですね」
「俺も同じだ。マチュアさん、助かります」
そう話していると、三笠が一言。
「それ、銀貨ではなく白金貨ですよ。ボーナス160万です」
――ザワッ
慌てて銀貨をよく見る。
たしかに大きさも重さも、輝きも何もかも銀貨と違う。
「ま、マチュアさん、これ‥‥良いのですか?」
「毎回あると思うなよ。今年は当たり年と思いなさい。領事部でもそう説明したら、冬にもドラゴン退治して来て下さいだってさ」
「ぜ、是非行って来てください」
「その時は政治部で行くから覚悟してね。冬のボーナス稼ぎにダンジョンに」
そう笑っているが、本気でやりかねない。
そう考えた二人はすぐに金貨袋をカバンにしまい込んだ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
札幌市中央区にある、巨大なショッピングモール。
カデル88と呼ばれている複合施設の大きめの会議室に、マチュアはやって来ている。
集まっているのは国内の旅行代理店の責任者や担当者。
少し前に送った異世界観光に関するアンケート結果を見て、ここならは信用できると説明会に選ばれた会社である。
「さて、皆さんおはようございます。本日は異世界大使館による、異世界観光許可に関しての説明会を行います」
淡々と話を始める池田。
大使館員になっての初めての仕事である。
サポートには赤城とマチュアが付き、横でのんびりとしている。
「それではまず、手元の資料をご覧下さい‥‥」
池田があらかじめ作成した資料とプロジェクター、そして手作りのサンプルを確認しながら、集まった担当者は静かに池田の説明を聞いている。
『赤城さん、私暇なんですけど』
『ええ。流石は元公設秘書、恐ろしい程の能力です。サポートの私も暇ですよ』
『そうだよなぁ。すごく優秀で、やること無いや。まあ、池田さんの手腕を見てますか‥‥』
ブレスレットの念話モードで話をしているマチュアと赤城。
やがて一通りの説明が終わると、質問が始まったのだが。
「今回、旅行代理店を選別するにあたっての条件ですが、カリス・マレスの文字の読み書き、会話とあります。これは講習会もしくはそれらを可能とするマジックアイテムの貸与はありますか?」
「ありません。すでに異世界政策局のHPで公開されています。ですので、そちらで学んでください」
きっぱりと言い切る池田。
「今回選ばれるのは一社と聞いていますが、今後増える可能性はありますか?」
「わかりません。何分初めてのケースです。一社で不足になったら考えますが、現在の人数制限では、増やす事はないかと思います」
ふむ。
テキスト通りの返答である。
「今回発行される異世界渡航旅券と異世界回数券ですが、私達がそれを手に入れる場合、どこまで値段が下がりますか?」
「これは私ではなんとも。赤城さんお願いします」
名前を呼ばれたので、赤城がテーブルに向かう。
「さて。異世界大使館からの異世界渡航旅券の提示額は片道一万円、こちらの異世界渡航回数券は、チャージ1につき一万円です。ここからはみなさんの入札です」
赤城の説明が始まると、マチュアと池田は投票箱と落札金額を書くための用紙を用意した。
「なお、異世界渡航旅券異世界渡航回数券共に、定額は片道三万円、往復は五万円で提供しています。異世界大使館領事部では、共に二万円、往復三万円までは下げられると考えていますので、それらを踏まえての入札をお願いします。一時間後に入札を開始しますので、宜しくおねがいします」
丁寧に頭を下げる赤城。
「希望落札価格に近い社が権利を得るのですか?」
「いえ、一番高い金額を提示した社が第一交渉権、第二交渉権まで決定します。これによって、二社に依頼するかもしれませんので、宜しくおねがいします」
これで前半は終了。
すぐさま各社が部屋から飛び出して、自社に割り当てられた控え室に走っていく。
「はっはっ。流石は池田さん、説明上手いわ」
そう話しながら、空間から大使館職員用のショルダーバッグを取り出す。
「はい、これが池田さんの備品ね。こっちが魂の護符、これが異世界渡航旅券。赤城さんに聞いてすぐに登録して」
手渡されたバッグからクリアパッドと双方向翻訳指輪も取り出して登録する。
後は初期設定、赤城と一緒に登録をしていると、マチュアはのんびりと空いているテーブルに座ってティータイムを始めた。
「あ、赤城さん、マチュアさんがティータイムを始めましたが。まだ勤務時間ですよね?」
「え〜っと、カナン式勤務ですので、池田さんも慣れてください。早めに慣れないと疲れますよ」
――モグモグ‥‥
焼きたてのアップルパイとダージリンティーを楽しんでいるマチュア。
「さて、各社ともに何処まで数字を弾いてくるか勝負だなぁ」
「落札予定価格がなく、上限無しなら何処も最高価格で仕掛けてきますよね?」
「社員の人件費や諸経費。その他を乗せないとならない。自社で全て被るような事は出来ないからね」
池田と赤城の分も用意してから、マチュアは二人のカップにもダージリンティーを注いだ。
「最低買取価格は一万円だけど、それだと大使館で購入する価格と一万しか変わらない。大使館定価は最低二万、どうするのかな〜」
高く買ってくれる所に売る。
だが、高く買い過ぎると経費を掛けられない。
そこの見極めが大切である。
‥‥…
‥‥
…
一時間の休憩の後、各社が会議室に戻ってくる。
儲けを取るか権利を取るか。
「それでは各社、名前を呼んだ順に投票箱へどうぞ‥‥JRツアーコンサルタントさん‥‥」
池田がリスト順に名前を呼ぶ。
そして提示金額を示した用紙を箱に収めると、席に戻る。
やがて全ての入札が終わると、マチュアが箱を開く。
一枚、また一枚と開札しながら提示金額を公開する。
そして‥‥
「第一交渉権はHokkaidoTravel Bureau。『HTBツーリスト』、第2交渉権は『旅の友ツアーコンサルタント』です」
――うわぁぁ
あちこちから悲痛な声がする。
HTBと旅の友の金額差はわずか200円。
旅の友と次点の差は100円。
悔やんでも悔やみきれないだろう。
「では、こちらがカナンでの観光に関する詳細資料です。これを元に、企画を提示してください。これは旅の友社にもお渡ししますので」
池田が分厚い書類の収められたファイルを手渡す。
「それでは、本日はありがとうございました。またの機会がありましたら、その時にはご連絡差し上げます」
最後はマチュアの挨拶で終了する。
そして数日後、異世界大使館に二つの社から観光に関する提案が届けられると、早速検討会が行われた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






