日常の章・その7 夏休みの宿題
八月。
札幌の気温は33度前後をうろついている。
今日はマチュアはウッドデッキで仕事ではなく、事務室でのんびりとしている。
日光浴なんてした事なかったので油断したらしく、現在は肌の露出を抑えてローブを着込んでいる。
「むぁぁぉぁ。これ脱ぎたいぃぃぃぃ」
「駄目ですよ。日焼けが水膨れしてたんですから。エルフは紫外線に弱いとは知りませんでしたよ」
「ぬぁぁぉぁぁぁ。ダークエルフ化してるぅぅぅぅ」
などと叫んでいるのもご愛嬌。
中治癒の魔法で痛みはないのだが、綺麗に日焼けしてダークエルフのようになっている。
なので、皮が剥けるまではローブをしっかりと着込んで、UVケアも万全。
「しっかし、日焼けは魔法で治らないとは。しかもレジストあげても紫外線に負けるとは。地球恐るべし」
「そこまでは完璧ではないのですね。まあ、以前話していた魔法も万能ではないという所ですよ」
高畑が笑いながら説明する。
すると、庭が妙に騒がしい。
「なんだなんだ?」
窓の外を眺めると、あちこちに子供達の姿がある。
正面玄関右には魔法鎧が配置されているのだが、その前に集まって絵を描いているらしい。
「君達は何をしてるのかな?」
窓を開けて子供達に問いかける高畑。
すると、子供達が高畑の方を向いて、屈託のない笑顔で笑っていた。
「夏休みの宿題です。絵を描いて提出するので、メーガスを描いてます。駄目ですか?」
「だそうですよ」
振り向いてマチュアに問いかけると、手をヒラヒラさせているマチュア。
「構わん構わん。お昼にアイスでもあげて」
「お昼になったらアイスクリームあげるね。日射病と熱射病には気をつけて、暑くなったら日陰に隠れるんだよ?」
「はい。これ、コクピット開けられますか?」
「え〜っと、ちょっと待ってね。赤城さんの機体、胸部ハッチ開けます?」
「今開けて来ますね」
ガタンと席を立って外に向かう赤城。
「うちでも子供達が困り果てていましたよ。夏休みの宿題で、魔法について書いてましたけと果たしてどこまで許可が出るのか‥‥」
三笠が笑いながら話していると、各々が自分の夏休みを思い出して話し始めている。
「マチュアさんの夏休みって?」
「ないない。カリス・マレスにはそんな風習がないのよ。そもそも学校なんて、魔導学院しか知らないし、カナンの学校なんて最近になって日曜学校が出来たぐらいなんだから」
カナンの子供達は、毎日が日曜日。
親の手伝いをする子も多いが、かなり自由に生きている。
「だいたい物心がついたら家の手伝い、家事、大きくなり始めたら狩りの勉強や戦い方、魔法を学んだり。そうやって大きくなってから、自分の才能を生かした道に進むのよ」
「夏休みは知らないのですか」
「こっちに来た時に勉強したわよ。日本の風習なんてもう全部覚えているわ。盆暮れ正月、だからみんなもお盆休みがあるじゃない」
それらは全て真央の記憶。
勉強したと話せば、だいたい何でも通用する。
――パタパタパタパタ
庭を走り回る子供たち。
どうやら自然公園で昆虫採集をしていた子供達までやって来たようだ。
夏休み期間は、夕方五時まで大使館は敷地内を開放しているので、大人も子供も遊びに来れるようになっている。
そのため急遽、マチュアがウッドデッキやベンチを手作りで追加した程である。
手伝っていたのは三笠と高嶋、古屋の三人。
マチュアがカナンから持ってきた木材で作ったのだが、ここで予想外の事態が発生していた。
「う、うわ、なんだこれ?」
子供達が何かに驚いている。
「さて、今度は何かな?」
そーっと高畑が窓の外を覗き込んで、そして窓から逃げた。
「ま、マチュアさん、やばいです、映画の世界です」
「はぁ、なにが‥‥」
――ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
マチュアが窓の外を見た時、ちょうど目の前を体長30cm程のカブトムシが飛んでいた。
「あー、ジャイアントビートルか。久しぶりに見たなぁ〜」
のほほんと笑うマチュアだが、いきなり血相をかえて走り出す。
――ドタタタタタタッ
「まてまて、あれがいるのはカナン南方だぞ?なんでここに?」
急ぎ正面玄関から飛びだして、敷地全体に結界を施す。
生き物は襲わないので生態系を破壊することはないが、あれを駆除するのはかなり難しい。
体表を強靭な攻殻で包んでいるので、ナイフごときは跳ね返す。
「あ、マチュアさん、あれ噛みつかない?」
「噛みつかないよ。果物や木の樹液が餌だから、日本のカブトムシと同じ。あれどこにいたの?」
「あっちの木が置いてあるところにいたよ」
子供達が指差したのは、マチュアが持ってきた材木が置いてある場所。
その地面から、また一匹蛹から孵化して出てきた。
「ありゃ、ジャイアントビートルって木に卵産むの忘れてたわ」
モゾモゾと出てくるジャイアントビートルを両手で掴むと、バジッと魔法で拘束する。
だが、それでもヨロヨロと動いている。
「拘束魔法って、昆虫には効果弱いんだよなぁ」
ポリポリと頭を掻いていると。
――ポコッ‥‥ポコッ‥‥
一匹、また一匹と孵化して地面に現れるジャイアントビートルの群れ。
子供達は見たこともない巨大な昆虫に大喜びだが、そんな事は言ってられない。
――ピッ
「政治部の冒険者一行、手が空いてたら助けて〜」
――ピッ
マチュアからの、まさかのエマージェンシー。
これには三笠を除く全員が飛び出してくるのだが。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ」
「ウォァァァァァ」
そして飛び交うジャイアントビートルを見て、吉成と古屋が大使館に逃げた‼︎
「ごめんなさい、私、虫ダメです」
「お、俺も駄目‥‥カブトムシ怖い」
突然二人がドロップアウト宣言。
残る冒険者はマチュアを含めて五名。
「ま、マチュアさん、私は子供達に結界を施します‼︎」
いそいそと子供達の元に向かう赤城。
右手を前に差し出して魔導書を生み出すと同時に、服装が黒い導師のローブに変化する。
マチュアのお古だが、魔力を増幅し消費魔力を抑える働きがある。
「我が元に、守りの壁を与え給え‥‥自動防壁っ‼︎」
これで赤城が結界に意識を集中している間は、結界が消える事はない。
「幽玄騎士っっっ」
高畑の前に騎士が出現する。
すぐさま興奮して飛んでくるジャイアントビートルの前に出ると、盾を構えて弾き返した。
――ガギィィィィィン
「うわぁ‼︎ミスリルの盾が凹んだぁぁぁ」
「そいつのツノはミスリル並みだからね」
マチュアはすぐさま拘束の矢を生み出すと、飛んでいるジャイアントビートルに撃ち込む。
――フラフラフラフラッ
飛行能力が低下して、地面に降りるジャイアントビートル。
――スコーン
その影に、闘気で作り上げたクナイを飛ばして影を縫い込める十六夜。
そのまま頭上を飛び交うジャイアントビートルを見上げるが、高度が高すぎて影ができても薄すぎてしまう。
「この影の色だと固定できないわ。高嶋くん、あれ落とせる?」
少し離れた所で孤軍奮闘している高嶋に話しかけるが。
「う、うわ、うわぁぁぁ」
飛んでいるジャイアントビートルに向かってロングソードを振り、衝撃波を飛ばす高嶋。
だが、それは体表で弾かれる。
「高嶋くん、飛び道具それだけなの?上の奴落とせない?」
十六夜が叫ぶが、
「お、俺は、近接スキルしか無いんですよ‼︎剣術も衝撃波と凶撃、乱打の三つです‼︎」
まあ、Cランクだからなぁ。
「よし分かった、高嶋くんは後日ストームの所で特訓だ」
「い、嫌だぁぁぁぁ」
叫びながらジャイアントビートルの正面に立つと、カウンターで真っ直ぐにロングソードを振り落とす。
――ガガガカァッ
一撃で大地にジャイアントビートルを叩き落とすと、そのツノを掴んでウロウロする。
「マチュアさん、これ、これどうします」
――ブゥゥゥン
足元に魔法陣を作ると、マチュアはそこを指差す。
「一方通行の結界トラップだから、ここに放り込んで」
「はい、おれは回収に回ります」
「十六夜さんは地面に『光玉』作って。より明るい光に集まるから」
――ヒュン
マチュアの指示で光玉を作ると、それを地面に落とす。
カッ‼︎と輝くと、そこに向かってジャイアントビートルが集まってくる。
「この高さなら行けますわ」
すぐさま影を縫い付けると、マチュアも拘束の矢ではなく衝撃の矢を放つ。
これなら昆虫にも効果があるが、射程が短いのが難点。
高畑も騎士を高くジャンプさせて上空から範囲型のスタン攻撃を叩き込む。
「こ、これならどうですかぁ‼︎」
――ビシィィィッ
二匹が脚をピクピクさせて地面に落ちる。
こうなるとこちらのもの。
十六夜と高畑、マチュアが落としたジャイアントビートルを、高嶋が回収する。
一時間もすると、結界の中にジャイアントビートルが十八匹ほど入れられていた。
「ハァハァ‥‥マチュアさん、これって冒険者の依頼としては難易度どれぐらいですか?」
「私も知りたいですよ。もう騎士を維持できないです」
「流石に影縫いの連続は心力に限界がきますわ」
「俺はそうでもないぞ?」
あっさりと笑う高嶋。
「あなたはカブトムシ捕まえただけでしょ?」
高畑に突っ込まれて逃げる高嶋。
「まあ、冒険者ランクCの依頼、報酬は一人金貨二枚ぐらいかな?むしろカブトムシの買取が無傷なら金貨で最低五枚だから、ここのやつだけで90万円ですなぁ。ちなみに日本政府からは、生きたままの異世界の生物の販売と持ち込みは禁止されているので」
「ここは?」
「この敷地はカナン。だから文句は言わせないよ。他の大使館なら、運び込むまでのルートは日本なので無理だけど、転移門でダイレクトに運び込めるからねぇ」
そんな話をしていると。
何人かの子供がマチュアの所にやってくる。
「あ、あの、あのカブトムシは貰えないですか?」
「あれはここの建物から出したら怒られるのよ、ごめんね」
「そうですか。あれを昆虫標本にしたら、絶対にウケるんだけどなぁ」
「死んで処理したらあげるよ。一週間待ってて」
「本当ですか?お願いします」
「僕もください、お願いします」
次々とやってくる子供達。
ならば仕方ない。
「全員、来週末において。それまで処理しておくから」
はーいと返事をして帰っていく虫取りチーム。
スケッチチームもようやく作業を再開したので、マチュア達も事務所に戻っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「それにしても、あんなに大きいとは」
「あの程度ならまだまだ。もっと巨大なものもあるよ」
呑気に話をする高嶋とマチュア。
「でもあれですよね?カブトムシの巨大な奴がいるのなら、蝉の巨大な奴も居そうですよね。例えば、樹木から卵が孵化して地面に潜って‥‥二百年ぐらいしたら地上に登って来るとか。鳴き声がとんでもなく大きくて‥‥幼虫は樹木を枯らし、成虫は人を襲う‥‥なんてね」
「それは映画の見過ぎですわ」
「そうそう。それこそ大災害じゃないですか?」
「怖いこと言わないでくださいよ。ねぇ、マチュアさん‥‥マチュアさん?」
吉成がそう話しかけた時、マチュアは顔面蒼白になっていた。
――サ〜ッ
「今の高嶋君の話だけど‥‥それ本当にいるから‥‥」
慌てて庭に駆け出すと、地面に向かって魔法で調査を始めた。
「生命感知‥‥対象は‥‥」
一つ一つ設定すると、地面の底に一匹反応あり。
「マチュアさん、まさか居ませんよね?」
赤城が窓から問いかけると、マチュアは足元を指差す。
「この下にいるわ。でも二百年後だからいいか?」
「良くないです。とっとと駆逐してください‥‥でもどうやって?」
頭を捻る赤城。
ならばとマチュアは高嶋を呼んだ。
「高嶋君、ちょっと来なさい」
「俺っすか?はあ、なんでしょうか」
ぐるっと正面玄関を出てマチュアの元に来ると、マチュアは高嶋にアースダイブを施す。
――ズブズブッ‥‥
「う、うわ、いきなり何するのですか?」
「潜って捕まえて来て。真っ直ぐ真下に12mだから」
「ええええええ?俺が?」
「その蝉の幼虫、強くないし無害。なのでよろしく」
やれやれという表情で地面に潜る。
そしてすぐさま地上に上がって来る。
「ぷはー。マチュアさん、呼吸が続かない。無理、12mも素潜りできない。途中で溺れて埋まります」
「ありゃ、それは参ったわ‥‥ブレッシングかけるね」
――ヒュン
水の中などでも呼吸可能になるブレッシング。
正確には口の中に空気を生み出す魔法なので、アースダイブでも行けるであろう。
「ではもう一度、行ってきますよ」
――ドボン
ゆっくりと地面に潜る。
どんどんと潜っていく。
しばらく潜る。
不思議な事に、目は開けられるし前も見える。
魔法による感覚なのだろうが、これは便利である。
やがて目の前に、大きさ10cm程の蝉の幼虫を見つけた。
(これかぁ‥‥怖いわ)
両手で包み込むように捕まえると、高嶋は地表に戻っていく。
「‥‥ぷはー」
地面から顔を出して新鮮な空気を肺に届ける。
「お、いた?」
「これですよね?」
スッと手を伸ばして、蝉の幼虫をマチュアに手渡す。
それを確認すると、マチュアはニコニコと笑っている。
「これこれ。良かった、ほっといたら来年ぐらいには自然公園が全滅しているわ」
「そんなにですか?」
「ええ。魔障が薄いこの世界なら、どんな植物でもこいつに養分吸われたら回復しないわよ。カナンだから全く問題ないのよ。さて、とっとと殺しますか」
そう呟いた時、子供達の何人かがマチュアを見てフルフルと頭を左右に振っている。
――ジーッ
真剣にマチュアを見る子供達。
それに根負けしたのか、マチュアはため息をつく。
「はぁ〜っ。カナンの森に返して来るわ。それでいいでしょう?」
瞳をキラキラと輝かせながら、子供達は頷いた。
マチュアは両手で蝉の幼虫を潰さないように持つと、大使館に戻ってカナンへと旅立って行った。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
その日は、子供達と約束していたジャイアントビートルを渡す日である。
仕事の都合により土曜日となってしまったが、子供達は集まって待っていた。
「さて、それじゃあ始めますか。ここに集まってくださいな」
子供達をウッドデッキに集めると、予め処理して外骨格だけになったジャイアントビートルを空間から取り出す。
結界の中に熱風を送り込んで殺処分した後、カラカラに乾かして内臓全てを取り除いた。
後は消毒してから雑菌や寄生虫の有無を確認、口に入れても安全なレベルまで処理を施した。
「マチュアさん、これ、バラバラだよ?」
一つ一つのパーツを箱に収めてある。
それを一人一箱ずつ渡す。
用意していた数よりも集まっている人数が多かったのだが、貰えなかった子供も友達と一緒に作っているのでよしとしよう。
「それじゃあ組み立てますか。ここに綿と針金があります。予め殻には見えない位置に穴が空いているので、中に綿を詰めてから針金で固定します」
説明しながら始めると、大人も子供も夢中になって組み立て始める。
大人も子供も。
大人?
「あ、あれ?どちらの保護者さん?」
慌てて大人の集団に問いかける。
すると代表らしい人が、マチュアに名刺を差し出した。
「日本ビートル協会です。カナン大使館で本日、異世界のカブトムシの標本を作ると聞いたので参加させていただきました」
「成る程。情報元はboyaitterですか?」
「ええ。飛び入り参加させていただきます」
ほう。
それは別に構わないが。
子供を退けてまでするのは駄目でしょう。
「そうですか。では、足りない子供も居ますので、残った数でお願いしますね」
そう説明してから、大人達の所から足りなかった子供達に配布する。
さらに風邪を引いて来れなかった子供の保護者にも配布すると、ビートル協会にも残りの三つを配布する。
「残念ですがビートル協会さんには三つでお願いしますね」
「いえいえ、突然参加させて貰ったのですから。子供の分を残さずこちらで回収して申し訳ありません」
丁寧にマチュアに頭を下げる代表。
「まあまあ。うちのイベントは常に子供最優先、そこだけは理解してください。では始めますので」
そこからはのんびりと作業を進める。
分からない部分はビートル協会の人がサポートして、午後には無事に巨大な標本が完成した。
マチュアにお礼を言って帰る大人や子供達。
それを見送ると、マチュアはのんびりと後片付け。
来週は男性陣全員がお盆休み、事務室は女性のみ。
近所の子供たちも大勢帰省するので、大使館は静かなものである。
「明日からはカナンも観光客ラッシュかぁ。初めてのお盆ラッシュ、あいつら大丈夫かなぁ」
領事部が発行した異世界渡航旅券の枚数は現在までで20万。
一度に渡航できるカナンでの収容人数は2500人なので、指定日に行けるかどうかは先着順。
一度行くと、次の申請はまだ行ってない人が最優先となり、指定日に行きたくても行けない事が多い。
コツを掴んだ人は、朝一でインターネットの異世界政策局のホームページから混雑状況を確認して、そのまま申請するらしい。
「‥‥土曜日のシフト。本当に暇だわ」
窓を開けて電話を外まで伸ばす。
ウッドデッキに電話を置いて呼び出し音も最大にすると、日射しの下でのんびりと昼寝。
他国の大使が見たら卒倒しそうな勤務状況である。
――ガヤガヤ
何やら音がする。
「ファ?ベネリが復活したのでNAVISに電話して‥‥」
怖い夢見るなよ。
そこの方達動いたらマチュアの出番なくなるからやめなさい。
「あ、起こしちまったか。マチュアさん、庭借りるよ?」
入り口を挟んで左側で、テーブルを搬入している町内会の人々。
「誰かと思ったら町内会長の立花さんか。どしたの?」
「三笠さんから許可貰ってますぜ。大人だけのビヤホールだよ、本日夕方から夜まで。これが申請書ね」
受け取った書類には三笠とマチュアのサインもある。
「あ〜今日か。どうぞどうぞ、好きにしていいよ。後片付けだけお願いしますね」
そう話してから、マチュアは『光球』をいくつか空に打ち出して固定する。
気がつくと商店街の酒屋がビールサーバーを持ち込み、自家用発電機に繋いでいる。
肉屋と魚屋がバーベキューセットを用意すると、炭をおこして色々と焼き始める。
――ゴクッ
「お肉提供するので、私も混ぜて?」
楽しそうな雰囲気に負ける。
気が付くと近所の親子も集まって来ている。
「うちの肉は鮮度いいよ。どんな肉だい?」
「この前取ってきたドラゴンの腿肉。どう?」
その説明を聞いた酒屋の奥さんが、マチュアにビールを持ってくる。
「はい、まずは一杯どうぞ」
――ゴクッ‥‥ゴクッ‥‥
「ぷはー。生き返るわぁ。あ、これをお願いしますね」
空間から、切り出しておいたドラゴンの腿肉を取り出して手渡す。
その重さ、実に15kg。
「マチュアさん、これは多過ぎるって」
「余ったら持って帰っていいよ。売らないでね?」
「ドラゴンの腿肉なんて、誰も信じないですよ。さて、それじゃあ焼きますか」
早速始まった焼肉パーティ。
材料は全て地元商店街の持ち寄りで無料。
参加する為には大使館に入らなくてはならず、原則として近隣の住民と商店街の人々などなど、かなり範囲は狭められている。
それでもかなりの人が集まり、パーティを楽しんでいた。
――プルルルルル‥‥プルルルルル
政治部直通回線が鳴り響く。
「あ〜っ、これが鳴るときは大抵面倒臭いことになる。また蒲生さんに違いない‼︎」
焼きたてのサーロインを食べようとした時に掛かってくる電話。
こういう時は碌な事がない。
急いで事務室に戻ると、夜勤の領事部の人が事務室から出てきた。
「政治部に電話です。蒲生副総理から‥‥」
「やっぱりかぁ。後はこっちでやるから、手が空いてるなら宴会に顔出しておいで」
はい、と返事をして外に向かう職員を見送って、マチュアは事務室に入って電話を取る。
――ガチャッ
「肉返せ」
『お、その声はマチュアさんか。都合いいなぁ、実はお願いがあってな‥‥肉ってなんだ?』
「今、商店街の宴会してたんですよ?焼きたてのサーロインステーキ。今度奢ってくださいね?」
『何だか八つ当たりされているような気がするのだが。明日の昼にだが、四人程カナンに行きたいという人がいてな。都合付かないか?』
「ちょっと調べますね‥‥明日は‥‥無理ですよ…許容量オーバーですね」
『そこを何とか頼みたいんだがなぁ。職権濫用になるのは判っているんだが』
「誰なんですか?そもそも異世界渡航旅券申請通ってますか?」
『全く。高度に政治的な部分もあってな、無理を承知で頼めないか?』
「‥‥見返りは?私にルールを破らせるのなら、それなりの見返りはありますよね?」
『何が望みか教えてくれればな。可能な限り手を打ってやる』
「神戸とか横浜とか長崎とか。あちこちに中華街ありますよね?」
『中華料理でも食べたいのか?ならいい店を教えるぞ。招待でもしてやる』
「なら、異世界カナンと日本国、移住可能にしてもらえますか?カナンの人々が住める土地を下さい」
『‥‥そりゃあ本気で言ってるのか?』
「ええ。本気も本気、冗談なんて申しませんわよ。なんなら無人島でも未開の土地でも構いませんわ。すぐに開拓して街を作りますから」
『‥‥詳細は書類に起こして俺に送ってくれ。審議に掛けてやる。すぐには結果は出ないが良いだろう?』
「ええ。日本から異世界に引っ越したいという方も大勢いますから、移住許可についてもお願いしますね。それで、四名ってどなたですか?」
『実は‥‥と、‥‥、その息子夫婦だが』
「蒲生さん、いくら私がカナンの人間でも、日本の事は勉強しています。それ、断れないじゃないですか‼︎」
『お、なら頼めるか?出来れば迎えに行って欲しいんだが。住所も説明するぞ、東京都千代田区千代田1-1-1だ。半蔵門に向かってくれれば、向こうの人が案内してくれるから、後は宜しく頼む』
「‥‥日帰りですよね?。護衛は?」
『そっちの騎士団に任せるよ、では頼むな』
――ガチャッ
事務室が沈黙する。
今までにない疲労感が、マチュアを襲った。
「‥‥まあ、いつも通りでいいか。ならこっちもそれなりの出迎えさせてもらいましょう」
何が悪巧みしている。
そしてマチュアも外に戻ると、宴会に参加する事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






