地球の章・その8 それは良い騙し討ち
ニューヨーク国際連盟本部。
そこで行われている事務局総会で、マチュアは質疑応答を楽しんでいた。
中国代表を始め、最後は12国の代表がマチュアによって魂の護符を作れるようになったので、各国もこれは認めざるを得ない。
「この魂の護符だが、偽造は可能ではないか?」
ゲルマニア代表が、手元にある自分の魂の護符を取り出して問いかけるが。
「消せるか消せないか試すのが早いかと。一定距離以上離れれば消滅するものですので、それを偽造出来るのでしょうか? それならパスポートとやらはもっと簡単に偽造できますよね?」
「では、これを発行できるのは貴方だけか?」
「異世界にある各都市の教会。そこの高位司祭なら誰でも生み出せますが、作る際に手を加える事は出来ません。私も彼らも、神の意志と力を代行しているだけですから」
それで納得したらしいゲルマニア。
しかし今度はルシア連邦がかみつく。
「神などという目に見えない存在を信じろと?」
「‥‥この世界の、敬虔なるルシア連邦の言葉とは思えませんねぇ。神は如何なる世界にも存在しますよ。ここで神について話すと神学者と討論になるのでしませんが。なんでしたら見せますか?神の奇跡」
にっこりと笑うマチュア。
「どうやって。死者でも生き返らせるのか?」
そう問われると、マチュアは天井を見上げる。
その上の遥かなる世界に意識を集中すると、神意がこの世界にも存在しているのを感じる。
(GPSコマンド起動‥‥ここの世界の神さま、人の命を、運命を、私が操って良いのですか?)
静かに心の中で問いかける。
届いた意識は、否定ではなく肯定。
ならば、私も真意には従おう。
そう考えると、マチュアはゆっくりと息を吸い込み、そして吐いた。
「そうですねぇ。私、出来ますよ?死者の蘇生。それこそ骨一本でも残っていればね。正確には私クラスの司祭ならば、ですけど‥‥」
「それは死者に対する冒涜ではないのか?命を、魂をそんな都合よく蘇生するなど‥‥」
「その言葉の中には、神を信じているという意思も感じますね。なら、百歩譲ってけが人の治療などいかが?その気になればこの世界では治療不可能とされているものまで直して見せますよ?」
「もし魔法でそのようなことが可能なら‥‥医者は全て廃業になるな」
「ですから日本では、魔法等関連法によって魔術による治療行為に対する決まりもあります。基本、私が治療する場合は保険適用外で高くつくそうですよ。保険についてですが、魂の護符か異世界渡航旅券を所持していれば負担3割になるそうですし、正式な治療依頼などは病院で行うなどの決まりもあります」
モニターには、英語に訳された魔法等関連法が表示されている。
(まあ、辻ヒールについては、報酬取らなければ違法にならないけどね)
「ご覧の通り、私たち異世界を受け入れる為に日本は半年の時間を掛けて私たちと綿密な打ち合わせをしました。両者にとって最も損をしない道をです。両者が得をする道など私は望まないが、損をしなければそれでいいとも思います」
マチュアは締めに入る。
ここで話を終わらせないと、いつまでたっても質疑など終わらない。
それこそ一週間もここに滞在しなくてはならなくなる。
「みなさんの質問では、私達の世界から何かを得ようとするだけ。なら、皆さんはカナンに、カリス・マレスに何を提供してくれますか? この後も私達と対話をしたいのなら、まず私達の願いを一つ聞き入れてください」
――スッ
手の中に魂の護符と異世界渡航旅券を生み出して掲げる。
「魂の護符と異世界渡航旅券を国際的身分証明書として認可する。まずはここから始めましょう。すでにこれを認めてくれた二つの国とは、私たちは対話の準備を始めています。以上です」
ゆっくりと頭を下げるマチュア。
シーンとした会議室から、一つ、また一つと拍手が起こる。
スタンディングオベーションとまではいかないが、殆どの代表がマチュアの言葉と勇気をたたえていた。
「では、国連事務総長より、事務局総会での決議を行います。異世界カリス・マレスはこの地球において国土を有しない。国連憲章としてはそのような地域は地球では国家としては認めません。カナン魔導連邦王国も然り。これに異存のない国はチェックボタンを」
その言葉にはほぼ同意らしい。
この世界での国連憲章とは、そういうものだろう。
領土を持たない国は、国にあらずである。
「ですが、私たちが近い将来、遥か宇宙に進出した場合。例えば月。そこに人が住まい国をなした場合。地球ではない土地である月の人々を、住む世界が違うからとはねつけるような地球ではありたくありませんね?」
真剣に事務総長の言葉に耳を傾ける。
「国連は、異世界カリス・マレスの国連参加を強制はできない。ですが、手を取り合う隣人国家としてなら私達は認め合う事が出来るでしょう‥‥ようこそカリス・マレスの代表、私は国連代表として、貴方達異世界を歓迎します」
予想外の展開。
この言葉には、マチュアも高畑も涙を流した。
「この地球には、国連に加盟していない国もあります。ですが、だからといって国として認めていない訳ではありません、そんな国が一つ増えただけなのです。まずはそこからですよ?」
マチュアも立ち上がると、一言。
「ありがとうございます‥‥」
それ以上の言葉はなかった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
会議も終わり。
貴賓室でボーッとしているマチュア。
「やられた‥‥敗北感しかないわぁ」
嬉しそうにそう呟く。
「敗北なのですか?」
「あの国連事務総長はアメリゴ人だよ。ロナルドから何か言われていたんだよ、きっと」
「あ、援護射撃の件ですか?」
「まあね。これでとりあえずは魂の護符と異世界渡航旅券の国際的身分証明書としての立場も得る事が出来た。この後が大変だよ」
クリアパットを開いて、今回の議事録全てを再生するマチュア。
「明日からはここの事務室を借りて提出書類の作成。サンプルの提出が出来ないのは痛いが、それは担当官に魂の護符を作って貰う方向性で‥‥」
そう説明すると、高畑もクリアパットを開く。
「私のとマチュアさんのでは少し違いますね?」
「まあ、そっちは量産前提の、こっちの世界のタブレットの延長。私のは私の使える魔術が数々納めたスーパーコンピューター。それだけ」
事実、深淵の書庫はマチュアのクリアパットでしか使えない。
簡易版を組み込もうとしたが、消費魔力が膨大すぎて普通の人では起動もしないらしい。
「仕事が増えますかぁ。問い合わせが殺到しそうですね」
「世界中継ですからねぇ。ま、日本に帰ってから考えますか。という事ですので高畑みのり一等書記官、アメリゴとの窓口を貴方に任命します‥‥これでよし」
――サーッ
高畑の顔色が真っ青になる。
「ま、マチュアさん無理無理、私にそんな大役できませんよ」
「いいからやりなさい。私も三笠執務官もサポートはするから。異世界大使館で貴方はアメリゴ関係の仕事をしていればいい。少しは私に楽させなさいよ」
しばし考える高畑。
そしてマチュアの前に立つと、丁寧に頭を下げた。
「高畑みのり一等書記官、アメリゴとカリス・マレスとの架け橋として尽力します」
「はいはい。それじゃあ行きましょうか?」
スッと立ち上がるマチュア。
「何処にですか?」
「何処にって、晩餐会。事務局総会参加の代表の集まってるやつ。この後あるのよ?正装しないと」
そう話すと、高畑も頭を捻る。
「あ、あのマチュアさん、なら、私お願いがありまして‥‥」
「ふぁ?なにかしら?」
「実は‥‥」
‥‥‥
‥‥
‥
夜。
マジソンスクエアのとあるホテルで、各国の代表を交えた晩餐会が執り行われた。
この場では国同士の確執など忘れて、楽しいひと時を過ごしている。
――ガチャッ
ゆっくりと扉が開くと、マチュアは白亜のローブを身につけて現れた。
金の刺繍にカナンの国章が刻まれた、王国直属のカナン魔導騎士団の正装である。
そして高畑も。
――カシャン
全身をミスリルのフルプレートに包み、カナンの国章の入ったサーコートを着用している。
ヘルメットを腰に抱えて、ゆっくりと室内に入る。
その光景に、参加者達は息を飲む。
そして。
――シュンッ
一瞬で二人の服装がチュニック姿に変化する。
異世界ギルドの職員の正装である。
「本日はお招きいただきありがとうございます。時間のある限りゆっくりと楽しませてもらいます」
「という事です。みなさんも固い場所以外でも聞きたい事はあるでしょう?気楽にいきましょう」
高畑とマチュアがそう話すと、立食形式の晩餐会は始まった。
(さ〜て。ルシアと中国、ゲルマニアはどう動くかな?)
まだ謝罪を受けていない三国。
そこの動向が心配であるが。
『本日はお疲れ様でした』
いきなりゲルマニア代表がマチュアに軽く会釈する。
『いえいえ、こちらこそ中々楽しかったですよ?』
『それはきついお言葉を。近日中に大使館に良き一報が入れられるように尽力しますよ。それでは』
軽い挨拶。
その後のあちこちの代表がマチュアの元を訪れる。
一人一人に丁寧に挨拶をしては、軽く質問に答えていく。
何処の国でもそうなのだが、やはり自然破壊や土地の問題についての質問は後を絶たない。
そして何よりも宗教対立。
真央達のいた地球でもあった、一神教であるキリストの解釈対立はここの世界でも起こっている。
まあ、カトリックとプロテスタントの問題のようではあるが、ここにはあまり触れてはいけないとマチュアは感じた。
やがて時間となり、各国の代表も晩餐会の会場を後にした。
この後、各国に戻り今回の議題について討論するのだろう。
カナンを、異世界を受け入れるのかどうするのか。
その答えはまだ来ないが、いずれ異世界大使館にも何らかの話が来ると思う。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
魂の護符と異世界渡航旅券に関する申請書類の作成などで、国連本部で3日間の仕事をしていた二人。
そののち、マチュアと高畑はニューヨークで残り2日間の休暇を楽しんだ。
日本に戻ってからは、マチュアは毎日クリアパットでの情報収集を続けている。
各国からの問い合わせは、電話ではなく公式文書として大使館に届くようにしてあった。
「あの、マチュアさん?」
古屋と高嶋が、ソファーでクリアパットを見ているマチュアに話しかける。
「ん?なに?」
「実はお願い事がありまして‥‥」
なにかおずおすと話しかける二人。
「備品ならやらんぞ」
「そ、そんな‥‥高畑さんや赤城さんにだけマジックアイテムを渡して、僕達には無しですか?」
「無いな、下がってよし」
「そ、そんな‥どうしてですか?」
食い下がる二人。
ならばとマチュアは一言。
「海外業務に必要だから配給したまで。欲しいなら高島は中国、古屋はケマルマニアの外交官になりなさい。その覚悟はあるかな?」
「赤城さんは何故持ってるのですか?」
――キラーン
二人の後ろでフフン、と配給されたばかりの備品を持つ赤城。
「赤城さんもアメリゴ担当の一等書記官に登録申請している。さぁ、何処に行きたい?」
ニイッと笑うマチュア。
「何処‥‥えええ?外交官が前提条件ですか?」
「まあ、まだ二人には務まるとも思えないし。当面は国内広報を全面的に任せるよ。三笠執務官ともそれで話は付いてるからね」
「了解です‥‥とほほ」
しょんぼりと席に戻る二人。
そして赤城からクリアパットを見せてもらうと、溜息をついている。
「私と十六夜さんは?」
吉成が届いたばかりの書類をマチュアの元に持ってくると、そうマチュアに問いかけた。
「二人にはサウスアラビアを担当して欲しいのよ。本当なら男性二人に頼みたいところだけど、国内ではどうしても女性担当は舐められるからねぇ」
にこやかに説明するマチュア。
まだ日本では女性が担当となると甘く見られる風習が残っているようだ。
「登録書類は先方に提出してあるから、届き次第現地に行ってきて」
「はい、わかりました」
「それじゃあこれ、先に渡しておきますね」
レザー製のショルダーバッグを二つ取り出すと、それを十六夜と吉成に渡す。
「あの、登録方法は?」
「赤城さんがやってる最中だから一緒に聞いてきて‥‥って、まだ恨めしそうにこっち見てるし」
ジトーっとマチュアを見る古屋と高嶋。
「女尊男卑だぁ。マチュアさんは同性に優しすぎる」
「三笠執務官も持ってるよ?」
「「なんでだぁぁぁぁ」」
絶叫する二人。
「だってねぇ。私はマチュアさんの補佐を務めることもありますから」
にこやかに告げる三笠。
「マチュアさん、俺達も海外業務に就きます‼︎」
「全力でやらせて貰いますので」
おお、高島と古屋が燃えている。
「なら、向こうとの話し合いが始まったらお願いね。それまでは広報担当。頑張ってね」
「はい。それであの‥‥」
「わかったわよ。本当に物欲の塊ねぇ」
やれやれと笑いながら備品の詰まったショルダーバッグを取り出して二人に渡す。
「これで、俺たちもマジックアイテムゲットだぜ」
「ああ、念願のマジックアイテム‥‥」
感動でむせび泣く二人。
それを放置して、マチュアは届いた書類を眺める。
「へぇ。魂の護符と異世界渡航旅券が申請通るらしいね。呼び方は『ソウルプレート』と『パスカード』だって」
そのマチュアの言葉にガッツポーズを取る職員たち。
「それはいつからですか?」
「まてまて。国連から各国に一斉通知が行われて、指定期日までに返答を貰うらしいよ。そこで批准する国でしか使えないけど、まあ、大方いけるかと」
大方予想通り。
常任理事国の半分以上は反対するだろうという予測もある。
「それはおめでとうございます」
三笠もマチュアにそう話すと、正面のこたつに入る。
「あ、執務官ずるいですよ。そこはマチュアさんの指定席です」
高畑がそう叫ぶ。
「いーえいえ。役職専用ですよ。もしくは年長者専用」
「これ、私と三笠さんで買ったものですから。私物よ私物」
それで良いのかと思うが、このゆるさこそ異世界大使館。
そのままマチュアはクリアパットを開くと、静かに情報収集を続けていた。
「‥‥予想通りだねぇ。動くの早いわ」
クリアパットでほ、国連安全保障理事会の映像が映っている。
提出された議題はカリス・マレスについて。
異世界からの侵攻は地球に害をなすという事で、カリス・マレスを国連安全保障理事会にて監視する必要があるという名目らしい。
これが成立すると、日本の転移門を含むエリアに対して、国連軍を派遣するというものである。
明らかに一方的な物言いであるが、決議の際はルシア連邦と中国が賛成、アメリゴとフランセーズは拒否、グランドブリテンは棄権という立場を表明した。
結果としてこの議題は成立しなかったものの、カリス・マレスを取り巻く環境では、ルシア連邦と中国は完全に敵対意思を示している。
「まあ、予想よりも良い結果だねぇ」
「そうなんですか?」
炬燵に入っているマチュアと三笠にお茶を持ってきた赤城が話しかける。
「まあね。最悪はアメリゴだけが拒否かと思ったのよ。このフランセーズ? という国はカリス・マレスを受け入れてくれたみたいだし、グランドブリテンは棄権。つまりこの議題には関与したくないのよ」
「はぁ。それでも良い結果なのですか」
「そりゃあもう。常任理事国が一国でも拒否したら、その審議はおしまいになるからね。多数決じゃ無いのよ」
故に、アメリゴとの立場を大切にしなくてはならない。
「へぇ。高畑さん重大任務ですねぇ」
「君もだよ。おなじアメリゴ担当一等書記官、頑張りなさい」
「はいっ。あ、明日の夜はどうしますか?」
話を切り替える赤城。
マチュアは赤城の言葉に頭を捻っている。
「はて?」
「はて、じゃありませんよ。水曜どうだろう?の放送ですよ?カナンのロケのやつ。明日が第一回放送なので、ここのロビーでみんなで見ましょうって」
――ポン
「あー、そかそか。いいんでない?」
「ロビーでお酒飲んでいいですか? おつまみは私達も作りますので」
「どーぞどーぞ。仕事後だからご自由に。私も一緒に見ますか」
「では、そう伝えておきますね」
楽しそうに告げると、赤城は皆の元に戻っていく。
「はぁ。こういうのんびりしたのが一番良いわ」
ガチャガチャと魔導制御球を調整しながら、マチュアはゆっくりと時間が過ぎていくのを楽しんでいた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
その日は完全に宴会状態。
何処から持ってきたのか、古屋がホームカラオケセットまで用意していた。
領事部と政治部合同の、『水曜どうだろう?』を見る会。
大量の酒とツマミを用意して、全員が大いに盛り上がっている。
カナンに報道が正式に入ったのは国交締結後の一度、KHKがカナンを紹介したいという事で許可を出した。
二時間の特番で放送されたが、かなりの反響があった。
それ以降は、今回のHTN社の水曜どうだろう班が初である。
予告では、最新話としてまたサイコロの旅をしている姿が映っているが、異世界の様子を見せていない。
どう見ても国内の何処かにしか見えないように細工している。
「さて、そろそろですね‥‥」
三笠の声でカラオケも一旦中断。
全員が静かに画面を眺めた。
『はい、おまたせしました、水曜どうだろうの最新作。今回僕たちが向かうのは何処か?』
大泉がチェインメイルとサーコートという出で立ちで、放送局横の広い公園に姿をあらわした。
その背後では、ミスター鈴位が魔法使いのローブを着て、箒に跨って駆け回っている。
『史上最大のサイコロの旅、いよいよ第一回放送です‼︎』
――チャチャーン♪
いつものノリ。
そして始まる藤村デォレクターの話。
赤城とマチュアが画面に映った時、全員が爆笑した。
そこからはトントン拍子で話が進む。
カナンに向かう前、神聖教会での魂の護符の登録、そして最初のサイコロの旅。
出た目は3、冒険者関連施設での一日講習。
その日の講師はゼクスが担当、黙々と勉強漬けの一日である。
夜に宿に行くと、酒を飲んだ大泉とミスター鈴位がまたまた大暴走。
そんな感じで話はトントンと進んで行く。
第一回は特番で一時間だったので、終わった時間は深夜の1時半。
それでも、全員がその出来に満足であった。
‥‥‥
‥‥
‥
「こ、これは腹が捻れる‥‥もう駄目苦しいわ」
コロコロと転がりながら笑うマチュア。
「さあさあ、そろそろお開きですよ。洗い物は厨房に戻して明日朝一でお願いしますね。ゴミだけを片付けて今日はもう寝ましょう」
三笠が手を叩きながらその場を〆る。
「もう寝ましょうって‥‥ここでですか?」
「ハアハア、ようやく落ち着いたわ‥‥今日は転移門使ってカナンのホテルで休みましょ。明日はカナンから出勤するか、朝一で自宅に戻って着替えてくるか。今帰るなら、タクシーだよ?」
そのマチュアの言葉に、ほぼ全員がサウスカナンのホテルで一泊を選んだ。
三笠はタクシーで帰宅、近所組はマチュアが絨毯で送って行く。
そして一晩ぐっすりと眠った一行は、翌日に恐怖を味わうことになった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「‥‥ファックスの紙って何処だ?」
早朝。
ファックスで送られてきた大量の申請と問い合わせに、マチュアは頭を抱えている。
すでに用紙切れランプが点滅、留守電こそ無いのだが、ひっきりなしに電話がなっている。
全て自動音声ガイダンスであちこちに回っているが、担当呼び出しになると担当者不在で電話が終わる。
「まだ7時かぁ。誰もいないよなぁ‥‥紙何処だ?」
備品庫でファックス用紙を探し出し、どうにかこうにか交換する。
メモリーに残っている分が次々と排出されると、また用紙切れが起こる。
「また100枚か。え〜っと‥‥これはマジックアイテムにしても仕方ないか‥‥今日は一日、全員でこの対応か?」
用紙を補充してから、マチュアは厨房に昨日置いていった食器の洗浄を行う。
二日酔いチームのことも考えて、朝はお腹に優しい朝粥定食。
ほぼ全員分の食事を作り終わる頃、ロビーにある転移門から、職員たちが次々とやってきた。
「あ、おはようございまーす。シャワー借りて良いですか?」
「カナンの宿に露天風呂あったでしょ?」
「お湯を作る魔道具が調子悪いそうで、修理してましたよ?」
「ありゃ、ならどうぞお好きに。厨房におかゆ作ってあるからそれ食べてね」
手をヒラヒラしながら呟くと、マチュアは事務室に戻って炬燵に潜り込む。
まとめて置いたファックスを軽く眺めると、またよくこんな企画作ったなぁというものまで出てくる。
「はぁ。カナンの温泉巡り?あったかな?」
あります。
「お笑い芸人の冒険者体験?死ぬぞ‥‥」
死にますね。
「映画の企画もあるのか。ふむ‥‥異世界落ちもので引きこもりが勇者になる‥‥はて?」
頭を捻るマチュア。
「こっちも異世界落ちものかぁ。って、アメリゴの映画会社?」
でかいのも来ましたか。
「はぅ‥‥AVの企画まで来てる。リアルでオークとか触手モノやったらマジで死ぬぞ?本物のオークを知らんのか?」
カリス・マレスのオークは筋骨隆々。
まるまるとした『でっぷり豚体型』ではなく、油断するとマジで殺しにかかってくるタイプ。
「あ、藤村Dからのお礼の連絡も来てるか。よしよし」
なんとなくご満悦のマチュア。
そんなのを見ていると、気がついたら皆の出勤時間。
三笠も先にマチュアが目を通したファックスを整理している。
「マチュアさん、この中で一つでも通して良い企画ありますか?」
三笠も炬燵に入ってファックスを眺めると、向かいのマチュアに問いかける。
「いや、映画とドラマは全て駄目。死を感じる企画もね。一歩間違ったら死ぬ企画は全面却下で」
「異世界グルメツアーなどは?」
ほう、そんなのもあるのか?
「どんな奴?」
「現代のアンティークショップを経営するオーナーが、仕事先で見つけた店でご飯を食べるだけの番組ですね。特番で異世界にアンティークを仕入れに行って‥‥という感じですかねぇ」
ふむ。
何となくわかるようなわからないような。
少し混沌としたグルメである。
「採用に近い保留で」
「こっちのボツは断りのファックス入れますか。広報の仕事ですね」
「そ。困った時の古屋・高嶋組だ。私は午後から赤煉瓦行ってくる」
「はいはい。今日でしたか」
本日正午。
カナンからの査察団第一便がやってくる。
ラグナ・マリア各国から選抜された親善大使。
その案内をマチュアが担当したのである。
「では、それまではマチュアさんも私とファックスの選抜しますか?」
「英気を養って昼寝という選択は?」
「だーめですね。こちらは?」
そうニコニコとしながらファックスの内容を精査する。
その炬燵組の仕事風景を眺めながら、電話組は次々と電話対応を開始していた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






