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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第七部 これからの日常

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異世界の章・その11 氷菓子とパスポート

 

 日本国から戻って来た後、マチュアはすぐさま自分の部屋で深淵の書庫アーカイブを起動、異世界で身を守る為にゼクスに渡していたペンダントの改良を行っていた。

「はてさて。ここの所を上手く改良して‥‥派手な魔法は入れないけど、命の危険に関して働くセーフティ。まあ、こんな所かな?」

  次々と細かい設定をすると、マチュアはすぐさま完成した術式を小さなミスリル製のプレートに付与する。

 財布にも入れられそうな、名刺大より少し小さめのプレート。

 カナン魔導連邦の国章を刻み込んだ逸品である。

「さて、量産開始と。とりあえず100枚作って‥‥」

 量産化の魔法陣の中に全て放り込むと、早速魔法陣を起動する。

「4時間15分‥‥まあいいか」

 そのまま時間が来るまで、マチュアはいつものように深淵の書庫アーカイブの中で昼寝をする。


 しばしゆっくりと眠っていたが、ふと何か視線を感じたので意識が戻ってきた。

――ジーーーーーッ

 目の前の量産化魔法陣を眺めているシルヴィー。

 いつのまにか遊びに来ていたらしい。

「おや。シルヴィー、どうしたの?」

 何処で貰ってきたのか、その手にはマチュアたちが北海道で貰ってきたお土産のカップアイスが握られていた。

「このアイスクリイムというのは美味しいのう。マチュアは作れないのか?」

「作れますけれど。久し振りに会ったと思ったらアイスの催促ですか?」

「いや、異世界ギルドにさっき登録してきてのう。Bランクじゃったのが、妾も異世界に遊びにいけるのか?」

「ああ、そういうことですか。行けますけど、まだダメですよ?」

 その言葉にがっくりと肩を落とす。

 そして下からマチュアを見ると、瞳をうるうるとしている。

「どうしても駄目なのかえ?」


――スパァァァァァァン

 その頭を軽くツッコミハリセンでしばくマチュア。

「そういう技をどこで覚えたのですか?」

「異世界ギルド員の娘が教えてくれたぞ? 日本という国で意中の相手を落とす戦法と」

「ははあ、ミヌエットだな。どこでそんな情報を‥‥機内の雑誌かよ」

 心当たりはそれぐらい。

「駄目なのか?」

「えーっと。まずその戦法が効くのは、シルヴィーに好意を持っている異性です。ストームにでも使ってみて下さい。あまり多用すると効果がありませんので」

「ふむふむ。マチュアは詳しいのう」

「詳しいというかなんというか‥‥まあ、いいじゃないですか」

「そうかそうか。では今度色々と教えてもらうことにしようぞ」

 にこやかにアイスの続きを食べ始めるシルヴィー。

「それで、ストームとの仲は進展したのですか?」

「それなのぢゃがなぁ‥‥進展したようなしていないような。複雑ぢゃ」

 腕を組んで考えるシルヴィーだが。

「何かあったの?」

「何にもない。いつも通りぢゃよ」

「それも凄いなぁ‥‥」

 逆に感心してしまう。

 すると。


――ドタトドタドタドタッ

 突然階段を駆け上がってくる音がする。

 そしてマチュアの部屋の扉が開くと、カレンが部屋にやってきた。

「マチュア、ちょっと相談に乗って‥‥あらシルヴィー?」

「うむ。どうしたのぢゃ?」

「い、いや、その‥‥」

 突然真っ赤になってシドロモドロするカレン。

 その反応で、大体何しに来たのか想像はついた。

「はぁ。あの朴念仁に見せてやりたいわ。二人ともストームの事で相談に来るとは可愛いものですねぇ」

「そ、そんな事私は」

「妾はそうぢゃったぞ?」

 照れるカレンと開き直るシルヴィー。

「なら私もですわ。どうやったらストームを振り向かせる事が出来るか教えていただきたいのです」

「マチュアはストームとの付き合いがながいのぢゃろ?」

 その真剣な問いかけに、マチュアは腕を組んで考える。

「そうさねぇ。献身的で、細かい所に気付いてくれてそれでいてさり気なく。押し付ける事はしないが、常に一緒に居る訳でもない‥‥」

 ふむふむ。

 一つ一つを指折り数えている二人。

「ストームに出来ない事でサポートが出来るぐらいでいいと思うよ」

「ま、マチュア、妾はストームと常にいる事は出来ぬぞ。わらわにも女王としての勤めがあるので」 

「私もですわ。アルバート商会の仕事はやることが多いのですわ。全てを任せられる者がまだ育っていませんし‥‥」

 そう二人同時に叫ぶのだが、それを私に言ってどうする?

 ゴーレムでも作って欲しいのか?


「ええっと、例えばだけど、二人で私が私がって争うよりも、ストームに会いに行く日を決めれば良いのでは? 毎日だと彼奴も何か感づくだろうし、ふたりともストームの元に行かない日も作ったりしてね」

「そうぢゃなぁ。妾はそれでも構わないが」

「私もですわ。特に異存はありませんけれど」

 そう呟いている二人。

 すると、ふとマチュアは思い出した。

「あれ? クッコロはどうするの?」

「クッコロはサムソンで仕事しているぞ。今日はストームも鍛冶師の仕事をしているから、最近はクッコロが一番ストームの力になっておる」

「ええ。私も注文とかで店に行きますけれど、あの方は店員という立場を甘んじて受け入れていますわ。私達のように派手なアプローチはしていませんし‥‥」

 あ、それやばい。

 さっき説明したアプローチ方法完璧にマスターしているタイプだ。

 それも天然で。

「成程ねぇ。まあ、さっき言った方法以外では、あとはストームのサポートが出来るほどの冒険者だ。近接ではなく後方支援がベスト」

「それはマチュアぢゃ!! 妾たちには無理ぢゃ」

「そうですわ。それが出来たら苦労はしていませんわよ」

 そう力説されると。

 残る方法は一つしか無い。

 ずばり、胃袋を掴む。

「はいはい。ではストームの好きそうなお菓子の作り方を伝授しますよ」

 ゆっくりと立ちあがると、マチュアは頭を捻る。

 この世界に来てからストームは食べた事がないもの。

 それでいて、二人に作れそうな。

 そうなると、選択肢は一つだけ。


「それじゃあ、特別に美味しいものの作り方を教えてあげる。ただし、これは誰にも教えちゃダメだよ」

「それは了解しますわ。けれど、マチュアのレベルの菓子なんて、私達に作れるかどうか」

「うむ。それは簡単なのか?」

  ちょっと不安そうな二人。

 それでもやるしか無いとマチュアに続いて厨房に入っていく。

「さて。ちょいと待っててね」

 冷蔵室から生クリームとタマゴをとってくるマチュア。

 そして木桶に氷を大量に放り込むと、そのまま放置した。

「ふむふむ。これはなにをつくるのぢゃ?」

「まあ見ていなさいと‥‥」

 鍋に牛乳を入れて溶かし、沸騰寸前まで温める。

「あ、カレンとシルヴィー、そこのタマゴを割って黄身だけをボウルに入れてちょうだい」


――パカッパカッ

 次々と黄身をボウルに入れると、そこに砂糖を加えるマチュア。

「それじゃあ、これに砂糖を加えてよく混ぜます。混ぜる道具はこれ、マチュア直伝のホイッパーです」

 手製ホイッパーを二人に手渡すと、シルヴィーとカレンは必死に卵黄と砂糖を合わせてかき混ぜる。

 やがて色が白っぽくなると、マチュアは先程温めてあった牛乳をそのボールに注ぎ込んだ。

「ほうほう。ここからどうするのぢゃ?」

「混ぜてね。それからこの鍋に入れて火に掛けるんですけれど、火を入れすぎると固まるので滑らかになる程度でよろしく」

 この工程が一番難しいらしい。

 次々とやってみては火を入れすぎて固くなる。

 黄身の部分だけが固まって分離するなど、中々大変そうである。

 それでも3回もやると、二人とも理解したらしくクリーム状になった。

「はあはあはあはあ。もう手が疲れましたわ」

「その通りぢゃ」

「そんな泣き言を言ってもダメですよー。それじゃあこれを冷ましておいて、今の内に生クリームを泡立てます」

 いま完成したクリームは冷蔵室に持っていってよく冷やす。

 そして別のボウルに生クリームを入れてホイッパーを手渡すと、さっき作った氷の入った木桶にそれを浮かべる。

「大体こんな感じね」

 マチュアは手本としてカチャカチャとかき回し始める。

 力一杯やるのではなく、リズミカルにやる事で力を入れなくても簡単に泡立てられる。

「ふむふむふむふむ」

「へぇ‥‥意外と簡単なのですねぇ」

 余裕を見せている二人。

 そして綺麗に泡立ったら、先程冷蔵津で冷やしていたクリームを取り出して少しずつゆっくりと混ぜ合わせた。

「これは均一に混ぜるだけね。力を入れてガチャガチャ混ぜると全て台無しになるからやさしく‥‥」

 綺麗に混ぜ合わせたクリームは、口の広い壺に収めて冷凍室に持っていく。

「あとはどうするのぢゃ?」

「これでお終い。固まったら試食してみましょうかね」

「え? これだけなの?」

「そうだよ。だから誰にも教えないでねっていっているの。簡単で誰にでも作れるから、マネされるとうちのメニューに出来ない」

 笑いながら説明するマチュア。

「まあ、これだけの機材が普通はありませんし、冷凍室なんてないので無理ですわよ」

「その通りぢゃ。作りたくなったらここに来てよいのか?」

「サムソン馴染み亭の厨房を使っていいですよ。あそこにも同じ機材全部ありますから」

 そう話しながら、マチュアはシルヴィーとカレンを連れてベランダ席に移動した。

 そのあとは簡単な雑談をしていたが、一時間もすると先程冷やしたクリームも固まったので、それを壺ごと持ってきて試食を始める。


「こっちがシルヴィーの、こっちはカレンの、そして私が作ったのがこれね。一緒に作ったけれど、味見をすればどう違うかは判るでしょ?」

 少し黄色いアイスクリーム。

 バニラビーンズが入れば完璧なのだが、これはこの地では手に入らない。

『調味料創造』の魔術で作れなくはないが、使う事はないと半ばほったらかしていた。

「食べ方は?」

 スプーンで掬って食べて下さい。まずはカレンの奴ね 


――スッ

 三人共できたてのアイスクリームを掬って口に運ぶ。

 タマゴとクリームの味わいが口の中で解けていく。

「ま、マチュア、これはさっきのおみやげぢゃな!! 味わいが違うが美味しいぞ」

「へぇ。こんな菓子があるのですね。暑い日には最高‥‥あ」

 カレンは気がついた。

 鍛冶場は熱く水分が失われる。

 作業が終わった時にこれを差し出したら、喜んでくれる事は間違いない。

「そのとおり。ストームは喜ぶと思うよ。カレンのは、クリームのベースで少し火を入れ過ぎで滑らかさが弱い。ここを抑えるといい。ては次はシルヴィーのだね」


――シャクッ

 再び味見を始める。

 カレンのとは違い、味わいはとても上品だが、少し固い。

「わ、妾のは硬いぞ?」

「ですねぇ。でも滑らかに融けますわ」

「そうだねぇ。泡立てたクリームを混ぜた時に混ぜ過ぎて少し泡が消えたんですよ。そこを直せばよいでしょう」

 ふむふむ。

 二人とも自分の足りない部分を頭の中に叩き込む。

 そして次はマチュアの作ったアイスクリームだが。


――スーッ

 綺麗に口の中で融けていく。

 まるで雲や雪を口に含んだように。

 その味わいにシルヴィーもカレンも絶句する。

「ま、負けた‥‥」

「白銀の賢者相手に勝てるとは思っていませんでしたが‥‥ここまで違うとは‥‥」

 少しは近いものが作れると思ったのだろう。

 が、まったく味わいが違う。

「前にも話したけれど、初めてでここまで作れたら大したものだよ。サムソンの厨房は二人で好きに使っていいから、何ぼでも練習していいよ。その代わりちゃんと片付けだけはしておいてね」

「はい。助かりますわ」

「あうあう。わかったのぢゃ」

「それじゃあ、ついでにいいものの作り方も教えましょうか‥‥」


 アイスクリームが出来たのなら、次はシャーベット。

 果物の果汁を、火にかけてアルコール分を飛ばしたワインに加え、はちみつで甘さを調整する。

 それを凍らせるだけなのだが、少し固まっては混ぜて凍らせる。

 それを幾度も繰り返してシャーベットを作る。

 これはアイスクリーム程難しくはないので、すぐに試作は完成した。

「今日はこれで満足ぢゃ。では厨房を借りて練習するとしようぞ」

「ではシルヴィー様、行きましょうか」

 にこやかに話しながら馴染み亭をあとにする二人。

 それを見送ってから、マチュアは自分が作った分のアイスクリームとシャーベットの作り方を厨房のキャリコたちにも説明した。


「しかし。なんでこう、身体が休まる事がないのでしょうかねぇ‥‥」

「さあ? もう少し人に任せてもいいと思いますよ?」

「人にかぁ。もうゴーレムは作りたくないしなあ。どうするかなぁ」

 カウンターに向かいながらブツブツと呟くマチュアだが。

「いや、ゴーレムではなくて。何かこう。こういう時はズレているんですよねぇ。商人ギルドの人材斡旋で人を探すとか、冒険者ギルドに依頼を出すとかないのですか?」


――ポロッ

 目からウロコが落ちる。

「あ、すっかり忘れてたわ」

「なんでも一人でやるから時間がないのですよ?もう少し任せられる人材を育成してもいいでしょう?」

「ここは全て任せてあるから上手くいっているんだよなぁ」

「そうですよ。ジェイクさんが取りまとめてくれたのと、マチュア様が基盤を作ってくれたから、ここは安定しているのですよ。それに」

――ゴン

 エールの入ったマグカップをマチュアの前に置くと、ジェイクも一言。

「このカナンを国として作ったのもマチュア様です。最初は一人で頑張っていましたが、今は殆ど任せているではないですか」

「まあね。私は基本楽をしたいのよ。だから基盤だけ作って、流れが整ったら任せる。今も昔も同じだよ」

「それで良いのですよ。信頼出来る人に任せる。それで良いじゃないですか」

「一言言ってくれれば、私達も動けますよ」

 メアリーとジョセフィーヌもマチュアに話しかける。

 思わず感極まって泣きそうになるが、そこはしっかりと我慢する。


 グイッとエールを一気に飲み干すと、マチュアは席を立つ。

「それじゃあ人材斡旋してもらってきますかぁ」

 拳をゴキゴキと鳴らしながら、マチュアは馴染み亭から出て行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 のんびりと箒に跨って、マチュアは商人ギルドにやってくる。

「お疲れ様です。順番が来ましたらお呼びしますので、そちらの席でお待ちください」

 見たことのない新人ギルド員が、カウンターの中でマチュアに声をかける。

 よく見ると、いくつかの隊商がやって来たらしく、少し順番待ちのようだ。

「へぇ。見たことない隊商だなぁ。何処の国だろう?」

 服装から察すると中東系。

 腰に下げているシミターと防寒用の白いマントが特徴的である。


「カナンも色んな人が来るようになったなぁ。カナン辺境国の港町から来たんだろうなぁ」

 ボーっと人々が出入りしている光景を眺めているうちに、気が付くとウトウトと眠ってしまっていた。

「‥‥ゅあさん、マチュアさん、そろそろ起きてくださいよぉ〜」

 誰かが身体をゆさゆさと揺さぶっている。

「ふぁ?サンパるかん?」

 またなんの夢を見ていたのかと突っ込まれそうな寝言で目を覚ます。

「ようやく起きましたか。何度も呼びかけたのに起きてくれないから、順番飛ばしちゃいましたよ?」

 やれやれと言う表情でそう説明する新人ちゃん。

「あら、そんなに寝てた?」

「そろそろ夕方の鐘が鳴りますよ。それまでには用件を聞かないと。本当に寝坊助さんですねぇ」

 マチュアに向かって堂々とお小言を告げる受付。

 その光景を、マチュアを知っている他の職員はハラハラと見ていた。

「はぁ、誠に申し訳ない」

「なら、早く受付しますからこっちに来てくださいね」

 ペコリと頭を下げて、マチュアは受付に座る。


「それで、本日はどのような事ですか?」

「ええっと、人材斡旋をお願いしたくて」

「成程。技術職ですか?具体的にはどのような方をお望みで?」

 その言葉に、マチュアは腕を組んで考える。


(私が全てを任せられるのはシスターズ。その下で動けるような万能な‥‥)


「呆れた。どんな人が必要かも考えていないのですか?」

「い、いや、具体的にはあるんだよ。戦闘も可能で、なおかつ事務職や実務職もできて、それでいて外交的な人が欲しい」

 要望をまとめながら受付嬢は考える。

「家の中で動ける人ですか?」

「いえ、異世界ギルドの職員に適切な追加人材が欲しくて。勤務地が異世界政策局って言う、地球なのですよ」

「ふぅん。取り敢えずギルドカードを提示してください」

 スッとマチュアは異世界ギルドのカードを取り出したが。

「そっちではなくて商人ギルドのカードですよ」

「あ、ああらそうね、そうよね。こちらで」

 金色に輝くSランクカード。

 それを渡して確認すると、受付嬢は詳細を羊皮紙に書き込んだ。

「これだけの条件の人材はなかなかいないですよ。王城勤務のカナン魔導騎士団レベルの人材になりますので、紹介料も報酬も高くつきますよ」

「まあ、そこは何とかしますので。それで居ますか?」

「正直言いますと、このレベルに近い方はいますが、先に募集している所もありますので。順番に紹介しますので、定期的にこちらに来てくださいね」

 ダン、と承認印を羊皮紙に押すと、受付嬢は書面を横の棚に入れた。

「は、はい。ではまあ明日にでも来ますので」

「はいそうして下さい。では次の方‥‥」

 そのままマチュアは商人ギルドから出る。


「ま、マチュア様っっ」

 箒に跨って異世界ギルドに向かおうとした時、商人ギルドの横にある扉からギルドマスターが飛び出して来た。

「おや、これはどうも。どうしました?」

「先程は受付が無礼な対応で申し訳ありません‥‥急ぎでしたらすぐにでも」

「いや、順番待ちだから、のんびりと待つよ〜。あの子に怒られちゃった」

 笑うマチュアに、ギルドマスターも頭を下げるが。

「いやぁ、居眠りして仕事の邪魔しちゃったのは私だからねぇ。怒られるのも無理はない。それじゃあ、私も仕事に戻りますので、くれぐれも順番飛ばしたりしないでね。あの子の仕事なんだから」

「はい。それでは」

 そう頭を下げると、マチュアは馴染み亭で荷物を回収してから、異世界ギルドに向かった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「ツヴァイ〜、それとフィリップさんは私の執務室に来て」

 異世界ギルドに到着すると、マチュアは事務室で二人にそう声を掛ける。

「はい、只今」

「了解しました」

 すぐさま二人は執務室に向かう。

 そして部屋に入って一礼した時、マチュアはバッグから出来立てのカードを取り出して並べていた。

「これは?」

「異世界ギルド発行の『異世界渡航旅券』。これに血を垂らしたら、魂の護符(プレートのように自在に取り出し可能になるのよ」

 ふむふむ。

 一枚ずつ手に取ると、それを眺めたりしている。

 ツヴァイは静かに頷くとすぐに自身の体内に取り込み、魂のスフィアと同調させた。

 フィリップも近くのペーパーナイフで指先を刺すと、血を一滴垂らした。


――ホワワワン

 カードに波紋が現れてすぐに消える。

 所持者欄に名前が浮かび上がり、これで登録は完了した。


「成程。他にも色々な力が付与されていますね」

「ええ。弾除けの加護と回復力強化、転移門ゲートの使用権限もつけたので、これ持ってたら誰でも転移門ゲートを通れますよ。万が一に所有者の命に危険があった場合には、すぐさまこっちの制御球オーブに連絡が入りますし」

 要はカナン発行のパスポートである。

「それで、これをどうするので?」

「異世界ギルドの職員全員と、日本の異世界政策局職員に登録を義務付ける。これを持っている限り、自由に転移門ゲートを行き来して構わない」

 その言葉には、フィリップとツヴァイも驚いた。

「い、いや、マチュア様、それはまたいきなりな」

「そうですよ。一体何があったんですか?」

「具体的には、あっちの職員とこっちの職員にも、相互の仕事を少し覚えて欲しい。自分の世界優先だけど、相手先に出向して手伝いぐらいは出来るようにね」

 実に具体的な方針である。

「ツヴァイは30枚持って異世界政策局に行って説明、可能ならその場にいる人にすぐに登録してもらって来て。フィリップは今の職員用に10枚と、新しく10人増やすからその分と予備合わせて30枚。私は外交用に35枚持つので」

 チャッチャッと分けていく。

 すると3枚残る。

「これは?」

「1枚はアハツェンに回しておいて。転移門ゲート使用権限のみ付与した量産型を作って欲しいと。それは販売用としてあっちとこっちで後日売ります。一回きりと10回、半年、一年使用可能の4種類を作ってもらって来て」

 アハツェン向けの指示はツヴァイが頷くと、すぐに転移した。

「それにしても、随分と決断しましたね。綿密に計算したのですか」

「まっさかぁ。職員は特権で自由に出入り出来れば、やりがいはあるでしょう?魔力が足りなくて来たくても来れない人は回数制限つきの渡航旅券を買えばいい。魂レベルでの登録だから盗んでも使えない」

「新しい職員は日本国に出向させる為ですね」

 そのフィリップの言葉に、マチュアは静かに頷いた。


「所持者の危険感知水晶はあっちにも置いておくさ。反応があったら向こうの警察なり職員に動いて貰えばいい」

「こちらで反応した場合は?」

「職員かツヴァイ、どっちも無理そうなら王城に連絡して。私の所に回してもいいけど、それは最後にしてね」

 そう話をしていると、ツヴァイが部屋に戻ってくる。

「マチュア様、アハツェンが頭を捻っていましたよ。こんな複雑なもの作れるかって」

「ああ、出来る出来る。完成したら見本として異世界政策局に持っていくわ。まずは手元のこれから始めましょう」

 マチュアも一枚登録すると、アルフィンに姿を変える。

「よし、変化したらそれに合わせて切り替わる。魂の護符(プレートと同じだわ」

 装備も魔法騎士装備に切り替えると、早速指示を出す。

「それじゃあフィリップさんは中をお願いします。私はツヴァイと日本に行ってきます」

「了解しました。それではお気をつけて」

 丁寧に頭を下げると、全員が部屋から出てきた。

 そしてアルフィンとツヴァイはそのまま転移門ゲートを通って日本へと向かった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 転移門ゲートの中の白亜の空間。

 ツヴァイとアルフィンはそこをのんびりと歩いている。

「いきなりここまで進めて、どうしたのですか?」

「どうって言われてもねぇ」

「私の予測では、この旅券や人材の相互交換などは、まだ二、三ヶ月先でしたよ?」

 そのツヴァイの言葉に、指折り数えるアルフィン。

「いや、私もそう考えた。が、ここまで手を進めると、日本の動きも早くなるだろうなぁと思ってね。日本以外の国に対しての牽制でもある」

 そう話すが、ツヴァイは一言。

「あのコックですか?あの子を守るのに必要以上の渡航旅券を作って、それを手渡すためにこの作戦なのでしょう?」


――クルリ

 ゆっくりとアルフィンはツヴァイの方を向く。

「なんでバレた?」

「分かりますよ。私の記憶はあなたの記憶です。赤城湊、マチュア様がミナセマオだった時代の知り合いですよね?」

「まあねぇ。この世界ではないから外見も違う。赤城湊は、あの子は大学生時代に私の居酒屋でバイトしていた子なんだよ。時節も違うし外見も違うけどね」

 日本に向かう扉の前まで来ると、アルフィンは手をかざす。

「わかった事は一つ。この世界の私は死んでいる。違う世界の違う私だけどね。だから私がなんとかしてあげたいというのは、ちょっと違うんだけどね」

「良いんじゃないですか? 貴方は女王、わがままは許される立場ですよ」

「まあね。で、ツヴァイは一通りの交渉頼むわ。私は護衛として付いて来たのでね」

 スッとアルフィンとツヴァイの姿が扉に吸い込まれると、二人は赤煉瓦庁舎前に姿を表した。


 ちょうど扉を撮影しようとしていた外国人は、二人の姿に歓喜していた。

「カナンの方ですか?」

 周囲を警備していた自衛隊の隊員がアルフィン達に問いかける。

「ええ。カナン魔導連邦、異世界ギルドのツヴァイです。土方知事に面会をお願いしたい」

 堂々と話すツヴァイ。

 暫くすると、異世界政策局の三笠部長がやって来る。

「ツヴァイ様と、そちらはアルフィン様ですね。土方知事からお話を伺っています。まずはこちらへどうぞ」

 その言葉に従って、アルフィンとツヴァイは赤煉瓦庁舎の中へと入って行った。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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