カムイの章・その7 予想外に危険でした
エルドラ東部の簡易野戦病院から、ストームはトラックに乗ってエルドラまで移動を開始した。
ストームとランス大尉は後ろの席に座り、じっと沈黙を保っている。
1時間程車に揺られていると、ふとランスがストームに話しかけた。
「ああ、先程の治療室での話だが。ストーム君は死者を蘇らせる事は可能かね?」
その問いかけに、ストームは驚くことはない。
「何だ、やっぱり聞いていたのか」
「というか、声が大きすぎる。防空壕では声は反射するからな。それでどうなんだ?」
「まあ、不可能じゃねーけどな。やらねーよ」
「それはどうしてかね?」
「死者は生き返らない。自然の摂理だろう? この世界では俺以外にそれが出来るのか?」
そう問い返すと、ランスは顎に手を当てて考える。
「ふむ。言われてみれば確かに。ストーム君は神の奇跡が使える。ならば死者の蘇生も可能だが、それは使わないという認識でいいのかね?」
「ご自由にどうぞ」
「その神の奇跡は、人に伝える事は出来るのかな?」
「‥‥随分と気になるようだな」
咄嗟にランスを見るストーム。
だが、ランスの様子を見ると、純粋に好奇心で問いかけているのがすぐにわかった。
「それも不可能ではない。だが、素質がなければ出来ない。だけど死者の蘇生は俺以外には不可能だ」
その言葉に、ランスはふとストームを見る。
「素質はどうやって見抜くのかな?」
「あー、ならランスの素質を見てやるか?」
掌に光の輪を生み出すと、それをランスの頭上に放り投げる。
「ちょ、ちょっと待ち給え。それは危険では無いのか?」
「そんな事があるかよ‥‥」
――ヒュゥン
ランスの頭上の輪はゆっくりと回りながらランスの全てを感知する。
そしてストームの元に戻ると、ストームはその結果に驚いた。
「ほぅ。ランスさんは魔術師の素養があるのか」
「なんですと? そんな事まで判るのかね」
「ああ。だが残念な事に魔術師のノウハウを教えるのは難しい。どっちかというと俺は精霊魔術師の分野でね。それならば俺でも教える事は出来るなぁ」
その言葉にランスは一瞬口を開く。
だが、すぐに襟を正すと椅子に座り直して前を向いた。
「そうか‥‥まあ、心に留めておこう。ガスター軍曹、この車内での会話は極秘事項なのでよろしく」
「はっ!!」
元気よく告げる運転手のガスター。
「よろしい。では、今暫くは色々と話を聞かせて頂きたいものだな」
「まあ、それは構わないが、喉が乾いた。ちょっと失礼するよ」
そう話しなから、ストームは空間からティーポットとマグカップを取り出すと、緑茶を二つ注ぐ。
その一つをランスに差し出すと、すぐさま握り飯も二つ取り出して差し出した。
「おおっ‥‥こ、これも魔術かな?」
差し出されたカップと握り飯を手にするランス。
表面上は冷静を装っているが、ランスの手足がガクガクと震えている。
「まあそんな所と思ってくれ。熱いうちに食べないと不味くなるぞ」
そう告げてから、ストームはまず緑茶を一杯飲むと、すぐさま握り飯を齧る。
――ハムッ‥‥モグモグ
程良い塩味と、中に入っている塩ジャケの旨味が口の中で広がる。
「うんめぇー!!」
黙々と食べては飲む。
やがて一つ目をペロッと食べ終わると、もう一つを空間から取り出して食べ始める。
「‥‥改めて確認するが、食べても問題はないのだな?」
「ああ。食ったからといって死ぬ事もない。現に俺は食べているだろう?」
そう告げストームの言葉を信じたのか、ランスは目を閉じて一口そっと齧る。
――モグッ‥‥
モグモグと味を確認すると、ランスは突然瞳を丸くしてストームを見る。
その表情に、ストームもニィッと笑って自分のを食べ始めた。
「これはストーム君の国の食べ物なのかな?」
黙々と食べているランスに、ストームもコクコクと頷く。
「外だったら豚汁とか色々と出せたんだけれどな」
ズズズと緑茶を飲みながら一息入れる。
そのストームに合わせて、ランスもまたズズスと緑茶を飲み干した。
――ゴクッ
運転席からも、喉が鳴る音が聞こえてくる。
それに気がついたのか、ランスはストームの方をチラッと見る。
「まあ、片手でも運転は出来るか。ほらよ」
握り飯をさらに取り出して、運転しているガスターに後ろから差し出す。
「ガスター。食べても構わん。ここはストーム君の好意に甘えたまえ」
そのランスの言葉で、ガスターはトラックを一旦止めると、ストームから握り飯と緑茶を受けとってゆっくりと食べ始める。
「美味しいです。こんな食べ物があるとは思いませんでした‥‥」
「そうかそうか。それは良かった」
腕を組んで満足するストーム。
そして最後のひとかけらを喉に流し込むと、ガスターは再びトラックを走らせた。
○ ○ ○ ○ ○
エルドラ郊外にある広大な軍の敷地。
そこでトラックはゆっくりと巨大な飛行船の元に走って行く。
「おおう‥‥これは見た事ある筈なんだがなぁ」
全長230m、硬式飛行船に分類される大型飛行船。
地球で言うところの、第二次大戦時にドイツが飛ばした飛行船にかなり近い。
その真下近くでトラックは止まると、ランス大尉とガスター軍曹が飛行船に向かって近寄っていく。
「発進準備は?」
「何時でもいけます。お客様は何方に?」
飛行船の搭乗員が敬礼をしながらランスと話をしている。
「ストーム君。我々はこれから飛行船でゲーニッヒに向かうが。君はどうやって飛んで行くのかね?」
そうランスに問われると、ストームは空間から絨毯を取り出す。
そしてそれを草むらに広げると、そこにあぐらをかいて座った。
「まさかとは思うが」
「そのまさかですね」
――フワッ
いきなり絨毯が飛び上がると、飛行船の下にゆっくりと飛んでいく。
「その不思議な絨毯で付いて来るのかね?」
「ええ。この飛行船はどれぐらいの速度で飛びますか?」
ランスに問い掛けるストーム。
「我軍の飛行船グラーフ・ツェッペリンは巡航速度で時速80km。その絨毯で付いてこれますか?」
「あー。全然大丈夫。こいつ時速300km出るので」
笑いながら呟くストームだが、グラーフ・ツェッペリンの搭乗員たちは驚きのあまり引きつっている。
「そ、それでは並行で付いて来たまえ。しかしホッとしたよ」
ストームにそう話しているランスに、ストームは頭を撚る。
「ホッとしたというと?」
「我が軍の最新鋭戦闘機シュバルツシュミットの速度には追いついていないのでね」
「そのシュバルツの速度は?」
「巡航速度で時速650km。大陸で我がシュバルツに並ぶ戦闘機はないだろう」
実に嬉しそうある。
「流石にそれは無理だわ。まあ、俺は空中戦よりも地上の方が得意でね。相棒なら空中戦でいけるだろうけれどね」
そんなことを話しながら、やがて出発の時間になったらしく乗組員が次々と準備を開始する。
ランスとガスターも飛行船に乗り込むと、やがて牽引ロープが外されてグラーフ・ツェッペリンは空へと舞い上がっていく。
「それじゃあ行きますか‥‥」
ストームもそのまま高度を上げると、寒さを抑えるためと万が一の襲撃に備えて、『耐冷結界』と『矢避け』の術式を発動した。
そしてグラーフ・ツェッペリンの横に並ぶと、そのまましばらくはのんびりとした空の旅を満喫していった。
5時間の空の旅。
夕方になると、空を綺麗な夜景が包み始める。
「おうおう。これは凄い景色だなぁ‥‥」
絨毯の上であぐらをかいて、バッグから取り出したカレーを食べながら飛んでいる。
もしマチュアがこの光景を見たら、もれなく絨毯の上に卓袱台を設置していたであろう。
そんな光景が広がっている。
グラーフ・ツェッペリンの窓からは好奇心でストームの方を観察しているものもいるが、やはり彼らには信じられない光景なのであろう。
「全く。これで俺が魔導科学を広めたら、〇ーニャちゃん探しに行くぞ」
それはなんて幼女な戦記ですか。
「‥‥やっべ、あの創造神の事だ、ここにも『魂の修練』でやってきている奴がいるかもなぁ‥‥」
それは当たらずとも、やっぱり遠い。
そのまま空間に手を突っ込んで、手紙が届いていないか確認する。
どうやら新しい手紙が届いているらしく、それを引っ張り出してゆっくりと目を通すが。
「‥‥サムソンはMK2が防衛に入ったか。シュミッツとパルテノの所はほぼ壊滅状態と‥‥カナンが避難民の受け入れをしていて‥‥お?」
最後に書いてあるのはアハツェンからの報告。
『時と空間を支配する天狼の許可なくしては移動不可能。こちらで用意できるのは、神槍の力を回復するための魔道具の開発のみゆえ、今暫くは時間が欲しい』
「よし。流石マチュアのところのゴーレムだな。アハツェンは新しいゴーレムか‥‥」
手紙を畳んで空間にしまっておく。
そして食事の後片付けをした時、グラーフ・ツェッペリンがゆっくりと着地準備を始めていた。
そーっと地上を確認すると、どうやら眼下にはゲーニッヒの航空施設があるらしい。
誘導灯が灯され、そこにゆっくりと降りていくグラーフ・ツェッペリン。
「なら、おれの位置もあそこかな?」
そう呟きながら、グラーフ・ツェッペリンの動きに合わせてゆっくりと着地する。
そして着地して絨毯を丸めていると、ストームの元に一台の車がやって来た。
――ポイっ
と絨毯を空間に放り込むと、ストームは車から降りてくる人物をじっと観察する。
「ランス大尉ご苦労です。では、ストーム殿はこちらへ」
そう告げていた男の肩章は二本線に星がふたつ。
ランスが頭を下げているという事は、一つ上の星2つ。
「中佐殿ですか」
「おや、判るかね? フリードリッヒだ。これから君を総統府へ案内します」
「それは構わないのだが、そこで俺は何をすればいいんだ?」
「現状のゲーニッヒの戦局はあまりいいものではない。そこで、君の力と知恵を貸して頂きたい」
そう告げられると、ストームは首を捻る。
「それは聞いていた事と話が違うのでは? 俺はここで戦術を見せて欲しいと言われただけだ。悪いが戦争に参加する気はない」
やや不機嫌そうに告げてみるストームだが、フリードリッヒもウンウンと頷いている。
「まあ、それなら晩餐会に参加すると思って付いて来てくれると助かる。招待しておいて、連れて来れませんでしたと報告したら私もどうなるかわからないのでね」
そう呟きながら、再度ストームに車に乗るように促すが。
「後ろから付いて行く。車には乗らない」
もう一度絨毯を取り出して広げると、そこに飛び乗るストーム。
「それでも構わないよ。なら付いて来てくれたまえ」
そう告げて車に出発するように告げているフリードリッヒ。
「全くきな臭いわ。風の精霊よ、我に矢を避ける結界を施したまえ」
一瞬だけストームの周囲に小さい竜巻が発生する。
これでストームの周囲には『飛び道具』から身を守るための結界が施された。
「拳銃や機関銃に何処まで対応できるか見物ではあるが‥‥まあなんとかなるか」
そう呟いて、ストームもフリードリッヒの車の後ろを付いて行った。
○ ○ ○ ○ ○
ゲーニッヒ首都・総統府。
広大な敷地と豊かな緑に包まれた巨大な屋敷。
元々は王城か何かであったのだろう、周囲をぐるりと城壁に囲まれ、その上には兵士が常に待機している。
その正門からフリードリッヒの車が入っていくと、ストームもまた後ろに付いて行った。
そして正面玄関前に車が停まると、兵士たちがフリードリッヒを迎えにやって来る。
玄関に一列に整列する兵士達の中を、フリードリッヒは優雅に歩き始めた。
「では、ストーム殿もこちらへどうぞ」
「ああ、ちょっと待ってろ」
くるくると絨毯を丸めて空間に放り込むと、普段着のまま屋敷の中に入っていく。
「それで、これから何処に?」
「晩餐会の会場だよ。総統閣下は大切な客人をもてなす時は、そこに案内するように命令されているからね」
「ふぅん。悪いが、おれは食わないからな」
「それは構わないさ」
そう話をしていると、どうやら晩餐会を行う大きな食堂にやってくる。
様々な調度品がバランスよく配置されている。
そこに長いテーブルが置いてあり、銀食器がきれいに並べられている。
「では、ストーム君はここに。私はその向かいに座るとしよう」
そう告げられて、取り敢えず席に着くストーム。
やがて部屋の奥から黒い軍服に身を包んだ男が入ってくると、フリードリッヒは立ち上がって右手を斜め前に上げた。
これがこの国の敬礼なのだろうと思ったが、ストームは無視して座り続けている。
「殆んどドイツだが‥‥総統閣下は‥‥」
まだ若々しい顔つき。
キリッと精悍な表情に切れ長の目。
口元も凛々しく閉じている姿は、まさに総統閣下の威厳を保っている。
そして席の前に立つと、スッと右手を胸元まで上げる。
「よし」
たった一言告げると、フリードリッヒは手を戻して席に着く。
「さて、君がストーム君だったかな? 東部エルドラの報告は聞いている。助力に感謝する」
その言葉と同時に、食事が運び込まれる。
一般的にフルコースのように順番に運ばれて来るのではなく、一通りを纏めて並べていく感じである。
「まずはゆっくりとくつろぎ給え」
その言葉でフリードリッヒも総統閣下も食事を始めるが、ストームはじっと目の前の食事を鑑定する。
(‥‥単体では問題はないが、食べ合わせで麻痺症状を引き起こす‥‥ふぅん)
目の前のフリードリッヒの食べているものもチラッとみて鑑定するが、麻痺症状を起こすような食材は入っていない。
「マチュアなら詳しいんだろうなぁ‥‥では失礼して」
僧侶の魔術で抵抗値を高めておくと、とりあえずパンと肉料理を食べる。
麻痺毒の材料の入っているものには一切手を付けずに、それでいて楽しそうに食べている。
「‥‥ほう。ストームくんは魚はダメかね?」
「麻痺毒の入っている食べ物なんて食べませんよ、総統閣下」
挑発気味に告げるストーム。
このあたりの性格はマチュアとどっこいどっこいか、もしくは上である。
「その力も神の授けしものかね?」
「へぇ。そんな報告受けているのか。まあ間違いではないな‥‥で、俺をどうしようというんだ?」
「エルドラの件は感謝をしている。が、生身で戦車と戦闘機を破壊できる人間なら、手元に置きたいと思うのが当たり前ではないかね?」
努めて冷静に告げている総統。
だが、ストームも負けてはいない。
「気持ちは判るが。それは俺以外にしてくれ。俺はあんたの為に戦う気は毛頭ないんでね」
「そうか、それは残念だな」
スッと総統が手を上げると同時に、ストームの背後の壁から機関銃の銃撃音が響く。
どうやら、壁に掛けてあったタペストリーの後ろに兵士が待機していたらしい。
――Broooooooom
激しい機関銃の轟音と薬莢の飛び散る音。
だが、ストームはそれを無視して平然とパンを食べている。
全ての銃弾はストームの周囲に張り巡らされている『気流の壁』によって全て阻まれていたのである。
「なんだと‥‥」
怪訝そうな顔になる総統だが、ストームは空中に浮いている銃弾を一つ摘んで観察している。
「はあ。念入りに30mm機関砲かよ。戦闘機に積むようなものをそこに配置してまで、俺が怖かったのか?」
「保険だよ。手を貸してもらえない場合、次に考えるのは他国に戦力として渡らないように排除するだけだろう?」
すかさず正面のフリードリッヒがテーブルの下に隠してあったらしいサーベルを引き抜いて突き刺してくる。
――ヒョンッ
だが、ストームにはその動きがとてもゆっくりに見える。
すかさず右手にミスリルの篭手を装着すると、それでサーベルを弾き飛ばした。
――ガキィィィィン
弾かれたサーベルを構え直し、素早く飛び上がって斬りかかるフリードリッヒだが。その全てをストームは篭手で弾いている。
「さて、銃もダメ、近接もダメ。次はどんな手を使ってくる?」
そう笑うストームだが。
総統は変わらず椅子に座っている。
「では、数ならば?」
食堂の前後の扉が次々と開くと、全身を黒いプロテクターに包まれた兵士が飛び込んでくる。
そして銃を一斉に構えると、ストームに向かってフルバーストで打ち込んでいった。
――Broooooom
再び硝煙と焼けた薬莢の匂いが周囲に立ち込めると、突然銃声がやんで兵士がナイフを引き抜いて走ってくる。
――シュンッ
ストームも素早く聖騎士装備に切り替えると、走ってくる兵士たちに向かって『バースト・無限刃』を浴びせた!!
――ドッゴォォォォォッ
その衝撃で5名の兵士がプロテクターを破壊されて後方に吹き飛ぶ。
そのままストームは落ちている銃を拾うと、それを空間に放り込む。
「この化け物め!!このゲーニッヒには貴様の安住の地はないと思え!!」
総統閣下がストームを指差しながら叫ぶが、もうどうでもいい。
「それじゃあ、そろそろ帰るわ‥‥今日ここまでやった事は褒めてやるけど、今度俺に手を出したら、本気でこの国を潰すから覚悟しろよ」
『恐怖』を発動してその場の全員に恐怖を刻みつけると、ストームはそのまま無防備な状態で屋敷の外に向かつて歩く。
途中、落ちている銃器をひょいひょいとバッグに放り込むと、入口から外に出た。
――カッ!!
外に出たストームに向かって、幾つもの照明灯が当てられる。
よく見ると、そこには巨大な戦車が待ち構えていた。
「来たぞ!! 総統命令だ、撃てぇぇぇぇぇ」
砲口はピッタリとストームに向けられたまま、その怒声と同時に戦車の主砲が火を吹いた!!
――ドッゴォォォォォォォォォォォォッ
激しい轟音と同時に、屋敷の入口を貫通した主砲は建物を貫通した。
だが、ストームの姿は近くにはない。
一瞬で戦車の砲塔の横に縮地で距離を詰めると、砲身をトントンと叩いている。
「形状はドイツの四号F2ってところか。なら、もう少し訓練をした方がいい。砲手の殺気で撃つ瞬間が判るぞ」
――キインッ
すかさずロングソードで砲身を切断すると、すぐさま絨毯を広げて飛び乗る。
「それじゃあ俺はこれで失礼する。『本物の総統閣下』に宜しく伝えてくれ」
それだけを告げると、ストームは一気に上昇して、その場から離れていった。
○ ○ ○ ○ ○
ゆっくりと絨毯で空を飛ぶストーム。
今すぐにもラグナ・マリアに戻りたいのだが、天狼の結界は強靱無比、とてもじゃないが突破することはできない。
「チートステータスとスキルの怖さを理解したわ。現実ならもう何度死んでいるのか分からないな」
鎧を身に纏い盾と剣を構えて戦車に突っ込む。
一撃で戦車を破壊し、飛んでくる戦闘機の機銃を盾で受け止める。
30mm機関砲を無傷で受け止める風の結界と、瞬時に間合いを詰める縮地。
そして合金鋼すらバターのように切断する武器とそれを自在に操る力。
その全てが、この世界の人間にとっては驚異以外の何者でもない。
「マチュアが全力で魔法を使わないっていう意味が分かるな。この世界では、俺はただの化け物だ‥‥」
ふらふらと飛んでいるストームだが、ふと気がつくと東部エルドラの野戦病院跡にやってきているのに気がついた。
眼下では、空飛ぶ絨毯に驚いた人たちが防空壕に避難している姿が見える。
そして護衛の兵士達が、ストームに向かって機関銃を身構えている。
すると。
「おーい、ストーム君か〜。何かあったのかね〜」
地上では、ヴェンドスがストームに向かって下から手を振っていた。
その動きで、兵士達も機関銃をおろしてストームに会釈する。
――スーッ
ゆっくりと高度を下げて、地上から1mの辺りを飛んでいるストーム。
そこに、防空壕から出てきた看護婦や歩けるまで元気になった患者達が集まってくる。
「ストームさん、首都はどうでしたか?」
ミナが急ぎ足で駆けつけてくると、ストームにそう問いかけている。
「うーん‥‥」
腕を組んで考えながらチラッと兵士達の姿を見るが、彼らは何も報告を聞いていないらしい。
「まあ、簡単に言うとだ!!総統閣下と喧嘩して殺されかかったので暴れて帰ってきた」
あっさりと告げるストームだが、その場の皆は驚きの表情である。
兵士達もお互いを見るが、まだそのまま態度を変える様子もない。
「そんな事をしたら、ゲーニッヒに居られなくなりますよ」
「ええ。ストーム君の知識はかなり進んでいますから、是非ともゲーニッヒの医学に貢献して欲しかったのですよ」
ミナとヴェンドスがそう話すが、ストームは頭を左右に振る。
「力を貸せと言われてね。断ったら全力で殺されそうになった。だからもうここには居られないんだ」
ポンポンとミアの頭を叩くストーム。
「では、ここに来たのは?」
「そこなんだよなぁ。絨毯に乗ってふらふらと飛んで居ただけなんだけどなぁ。気が付いたらここだったんだが」
――ブゥォォォォォォォォォォン
ふと、遠くから戦闘機のプロペラ音が近づいてくるのに気がついた。
「まあ、ここに来るとは思っているんだろうな。それじゃあ行くわ」
素早く魔法の箒を引っ張り出すと、それに跨って魔力を注ぐ。
以前では出来なかった魔力のコントロールも、精霊師になってからは簡単に出来る。
「ミナ、君に与えた力は使うな。その力を総統閣下は恐れている‥‥いいな!!」
そう叫ぶと、ストームは箒に乗って空高く舞い上がる。
後方からは四機の戦闘機が隊列を組んで飛んでくる。
「あれが多分シュバルツシュミットだな。風の精霊よ、我が周囲に弾除けの結界を与え給え。光の精霊よ、我に仇なす力を遮る壁となれ」
次々と精霊魔術を発動するストーム。
そしてシュバルツシュミットの射程内に入ると、さぐさま全力で逃げの体勢を取った。
「足場がないと剣も触れないし。取り敢えずは奴らの航続距離に期待するか」
そう呟くと、ストームは徐々に加速を開始する。
気がつくと後方から追いかけてきていたシュバルツシュミットの姿が消え、海が眼前に広がった。
「方角的には西北西に向かっているか。地球と同じなら、この向こうがイギリスっぽい国だな‥‥」
徐々に速度を落とし、ストームは海を越える。
そしてすっかり日が暮れる頃、ストームは新しい陸地にたどり着いていた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






