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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第六部 竜魔戦争と呼ばれる時代へ
129/701

バイアスの章・その15 ドラゴンフェスティバル


 ベルナー城。

 マチュアツヴァイはカツカツと幻影騎士団の詰所である円卓の間にやって来る。

 現在の幻影騎士団はシルヴィーの命令で王都待機となっている。

 ポイポイからの連絡はすぐに六王全てに伝えられ、各国では対ドラゴンの迎撃準備が行われていた。


――ガチャッ

 扉を開いて室内を見渡す。

 そこには、見回りに出ていなかった班目とヴォルフラムの二人が、シルヴィーとともに待機していた。

「おや?」

 驚いた顔でマチュア(ツヴァイ)を見る斑目。

「ただ今戻りました。さて、ちょっとこの場をお借りしますね」

 それだけを告げると、マチュアツヴァイはシルヴィーの頭をポンポンポンと叩く。

「どうやら無事に帰還しましたか。ポイポイの報告でかなり心配していましたよ」

「うむ。参謀殿が負けるとは思ってもいなかったが、やはり無事であったか」

 にこやかに告げているヴォルフラムと班目に笑いながら頷くと、マチュアツヴァイはシルヴィーに静かに話しかける。

「シルヴィー、ちょっと辛いかもしれないけれどしっかりと聞いてね」

 そう話してから、マチュアツヴァイは空間から彫像に変化したセシールを、取り出した。

「セ、セシール叔母様。これはどうなったのぢゃ!!」

「敵に囚われて、遺跡の鍵として使われていました。ですが大丈夫。必ず元に戻してみせますよ」

 そう告げられると、シルヴィーは涙をぐっと堪えた。

「そうかありがとうぢゃ。‥‥一つ教えて欲しいのぢゃが‥‥」

 真剣な表情でシルヴィーはマチュアを見る。

「ええ、私に答えられることでしたら」

「何故、マチュアはここに来なかったのぢゃ?」

 その問いには、ツヴァイも驚く。

 その場に居合わせたヴォルフラムと班目も、慌ててマチュアを見るが、シルヴィーはじっとマチュアを見ていた。


(やはり、シルヴィーにはわかりますか)

 

「そうですか。シルヴィー様にはわかるのですか」

「どれだけマチュアと付き合っていると思うのぢゃ?」

 少しだけ笑顔でシルヴィーは告げる。

 だが、既に瞳には涙が浮かび上がっている。

 もう、シルヴィーは直感で理解したのだろう。

「では。シルヴィー様、今日から私がマチュアです‥‥そういう事なのです」

 その言葉だけは聞きたくはなかった。

 堪えきれなかった涙が、瞳から涙が溢れた。


「ふぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 シルヴィーの声にもならない絶叫が室内に響く。

 そのままマチュアツヴァイはシルヴィーを抱きしめる。

「ヴォルフラムさん、幻影騎士団は全て貴方に委任します。私はこれから王都ベルナーに対ドラゴン用の結界を張ります。もしマチュア様の予測があっているとしたら、次に狙われるのはシルヴィー様ですから」

 そのマチュアツヴァイの言葉には、ヴォルフラムと班目も動揺する。

「そ。それはどうして‥‥」

「妾の中に流れる血の事ぢゃな‥‥昔‥母上から聞いておった‥‥」

 マチュア(ツヴァイ)の腕の中で、ボソッと呟くシルヴィー。

 その言葉には、マチュアツヴァイも静かに頷く。

「判っていたのですか?」

「セシール殿が攫われたと聞いた時、嫌な予感がしたのぢゃ。それに飛竜の襲撃も。スタイファーは竜族を使役する力を持っていると伝えられているから‥‥」

「そうですか。結界を施すための魔道具はマチュア様が集めてくださいました。私は早速準備に向かいますので」

 そう告げて立ち上がると、シルヴィーはマチュアツヴァイの裾を掴む。

「頼む‥‥マチュアも助けてくれるか?」

 その言葉にはマチュアツヴァイは静かに頷く。

 シスターズ達ゴーレムでは、蘇生の魔術は使えない。

 だが、それでもマチュアツヴァイはユックリと首を縦に振る。

「マチュア様はシルヴィーの騎士ですから、必ず帰って来ますよ」

 そう告げて、マチュアツヴァイは部屋から出て行った‥‥。


「シルヴィー様。この件は」

「よいか、今この場で聞いた話はここだけの話、何もなかったのぢゃ。二人とも、すまぬが叔母上を地下の宝物庫まで連れてきてたもれ。ここは危ない」

「はいはい。それじゃあ運ぶとしましょうか」

「うむ‥‥」

 そう告げると、ウォルフラムと班目はセシールを地下まで運んでいった。

 そしてシルヴィーも、涙をぐっと拭き取って歩き始める。

 シルヴィーには、これからやらなければならない事があるのだから。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 カナン魔導王国・王都カナン

「いっそげー!!」

 城内はかなりの喧騒に包まれている。

 マチュアの死亡についてはクィーンのみが心に留め、今はドラゴン襲来のための結界の準備を始めていた。


「そうですなぁ。こことこの場所にはこの水晶を安置してください‥‥」

 謁見の間で、アハツェンは対ドラゴン用結界に必要な魔道具を作っていた。

 目の前にはラグナ・マリア全土の王都の地図が並べられている。

 その一つ一つに合わせて、アハツェンは適切な結界発生用の魔道具を作り出していたのである。

「アハツェン、カナンは全て設置完了だ。次は何をしたらいい?」

 ファイズが数名の冒険者を連れてアハツェンの元にやってくる。

「でしたら、そこの箱全てを馬車に乗せて王都ラグナに運び出してください」

――コンコン

「これ全部か?」

「ええ。そこに指示書もありますので、ファイズは王都ラグナの結界の設置をお願いします」

「了解したっ!!」

 すぐさま冒険者達に指示を飛ばすと、ファイズも箱を掴んで外に飛び出した。


 そして王城の外では。

「これが各城門の結界発生用魔道具です。魔術師の皆さんは、この指示書をよく熟読してください。ドラゴン襲撃の際、皆さんの魔力がこの王都を、守る力になるのです」

 集まっている魔術師達に、ゼクスが結界についての説明を行なっている。

「ゼクスさん、ドラゴンはいつ来るのですか?」

「それは分からない。けど、来るのはほぼ確実ですね。今の内に結界の張り方を覚えておけば、このカナンは大丈夫ですよ」

「冒険者ギルドでは、今の内に国外の、北に逃げた方がいいという話もあります。本当に守れるのですか?」

 心配そうに問いかける女性もいるが。

「このカナン魔導王国は、他国の追従を許さない程の魔導知識を蓄えています。マチュア女王はスタイファーの失われた魔術から、ドラゴンを防ぐ結界を導き出しました」

 そのゼクスの言葉に、集まっている人々は安堵の表情を見せる。


 このカナンとサムソン、ベルナーの三国はそれ程騒動にはなっていないが、ラグナ・マリアの他国では、かなりの騒動になっている。

 ドラゴンが襲来するという噂や、その為の結界を施すという噂までがどこからか漏洩した為、各国王都にはかなりの難民が集まっている。

 カナン王城にも、その噂を聞きつけて彼方此方あちこちの商人達が庇護してもらうべく女王に陳情している。


「ふう。もう大変ですよ」

 一通りの謁見が終わり、最後にカレンの番となったので、ミナセ女王はテーブルでゆったりとティータイムを楽しんでいる。

「最近は忙しそうですね。何かお手伝いする事はありますか?」

「そうね。1日だけ女王を代わって頂戴」

「私が女王になったら、カナンは傾きますよ。女王の良き友人として、ゆっくりと休む事を提案しますわ」

「そうねぇ。この騒動が収まったら考えるわ」

 ズズズッとハーブティを口に運ぶと、マチュアクィーンはテーブルに向かって溜息をつく。

「アルバート商会としては、近隣の村から避難して来る人達の為の日用雑貨を放出する準備はしていますので、必要ならばいつでも仰ってくださいね」

「魔法でご飯が作れたらなーって思うわよ。誰かドラゴン倒してくれないかな」

「それこそマチュアの出番じゃないのかしら?ドラゴンスレイヤーなんでしょ?」

 笑いながらそう告げるカレンだが。

 マチュアクィーンはニィッと笑うだけであった。

「一体ずつだけならね。いっぱい来ると流石に無理だわ〜」

 空になったティーカップにハーブティーを注いでいると、部屋の奥からミスト・ラグナ・マリアが姿を表す。

「ミナセ女王、ちょっといいか?」

「はいはーい。という事で、ちょっと仕事して来るわぁ」

 そうカレンに告げると、マチュアクィーンはミストと共に奥の執務室へと向かった。

「では私はこれで。引き続き避難民のための資材や食料を調達してきますわ」

 そう告げて、カレンも謁見の間から出ていった。


「私の王都では結界の設置はほぼ完了した。後はどうすれば良い?」

「そうね。なら王都ラグナの設置の手伝いと、当面の食料の確保をお願いします。それとシュミッツ城の守りの強化、Sクラスの冒険者の配置もお願いできるかしら?」

 淡々と告げるマチュアクィーン

 その説明を聞いていると、ミストがジワーッと涙を浮かべる。

「どどどどどどうしたの?」

「本当にマチュアじゃないのよね。どう?蘇生出来そうなの?」

「死体も何もかも全て暗黒大陸ですよ。どうやって回収すれば良いのですか?それに蘇生を使えたのはマチュア様本人のみ、私達はマチュア様のコピーでありますが、神の加護は限りなく受けていないのです」

 そう説明すると、ミストは涙を拭った。

「そう。で、ストームは?こんな時こその剣聖でしょう?」

「サムソンではその剣聖様が陣頭指揮を取っていますよ。あの国が一番元気ですよ。何かあってもストームが指揮をして戦えますから」

 そんな話をしながら、マチュアクィーンはミストと細かい部分の打ち合わせを行っていた。

 いつドラゴンが襲来しても怖くないように、全てを守るために。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 その日。

 バイアス連邦王都では、次々とやって来る南方での被害報告に悩まされていた。

 城内は慌ただしい雰囲気に包まれ、状況を整理できずに右往左往する執務官や侍女で溢れかえっている。

 そんな中、謁見の間では、クフィル国王が次々と届けられる報告に頭を抱えていた。


「報告します。バイアス連邦南方マカルハマ藩国が大量の飛龍と亜竜族に襲撃を受けた模様です。早馬での報告では、竜族は王都を攻め滅ぼすと、暫しその場に滞在しているとのこと」

 騎士の報告を聞いて、クフィルは頭を抱えている。

「またしても竜族か。その中にベネリの姿はなかったのか?」

「はい。報告では、その場にはいなかった模様ですが、本当にベネリ様が関わっているのですか?」

「そうでなければ、誰がこのような事をしでかすと言うのだ?」

 キッ、と騎士を強く睨み付けると、クフィルは立ち上がってその場に居合わせた騎士に向かって叫ぶ。

「いいか、この一件は必ずベネリが関与しているに決まっている。一刻も早く奴の首根っこを捕まえてこの場に連れてこい!!」

「はっ!!」

 その場の空気が一瞬だけ凍りついたが、すぐさま騎士達は謁見の間から飛び出していった。

「しかし。竜族を味方につけたとして、何故バイアスの属国を襲撃する必要がある?」

「陛下、ベネリ様は謀反を起こしたのではないでしょうか?」

「そんな馬鹿な事があるか」

 拳をギリギリと握りしめながら、クフィルが騎士の言葉を否定したが。


――キィィィィィィン

 突然、謁見の間の一角に虹色の輝きが発生する。

「な、何だ!!一体何が起こった」

 周囲の騎士達が慌ててクフィル国王の前に立ち楯を構える。

 やがて虹色の輝きは人型になり、すっとベネリとバルバロ、そして二人の護衛を務める四人の亜竜の騎士が姿を表した。

「久しいな親父殿」

 そう話しかけながら王座へと近づいていくベネリ。

 その姿は、以前この場であったベネリとは様子も雰囲気も違う。

「今更どの面を下げて戻って来た。南方の竜族襲撃は、貴様の差し金か?」

「あの竜達は勝手に暴れているだけだ。たまたま進行方向にあったからだろうさ。奴らも長旅で腹を減らしていただろうからなぁ」

 悪びれもなく、相変わらず両手を振りながら語るベネリ。

 だが、その言葉が、動きが、クフィルを激昂させる。

「腹をだと!!あの国は我がバイアス連邦の属国ではないか!!その国の国民達を‥‥食料扱いか!!」

「親父殿。彼らは俺の配下だ。つまりはこのバイアス連邦の民だ。これから起こる出来事の前では、そんな瑣末なこと事を気にする事は無い」

「貴様正気か!!斬れ、あの男を斬れ!!もう貴様など息子でもない」


――ガチャッ

 クフィルの前に立っていた騎士達が素早く抜刀し、ベネリに向かって走り出す。

 だが、その速度よりも亜竜の騎士達が抜刀し、駆けつけて来る騎士達を全てなぎ払ってしまった。

「お、おのれ‥‥」

 拳を握りしめて震えるクフィル。

「見たか親父殿。この力こそが正義だ。これこそが新しいバイアスの力だ。これであのラグナ・マリアを潰す事が出来る‥‥クッククク‥‥」

 狂気に囚われたかのようなベリネ。

 だが、これが彼にとっての正義である。

 高笑いしたベネリはすぐさま真顔に戻ると、クフィルの元に歩み寄る。

 懐から一本のチョーカーを取り出すと、それをクフィルに見せる。

「これは古代の魔道具だ。これがあれば、どんな人間も自在に操ることができる‥‥」

「それを私に使うのか?」

「そんな事はしたくない。が、親父の心積もり一つだ。連邦国王の座を譲れ‥‥俺がバイアスを支配する。バイアスが世界を支配する。どうだ、最高だろう!!」

 狂気に歪んだ笑顔で、ベネリが叫ぶように語りかける。

 その姿に、室内にいた執事や執務官は怯えるだけであった。


「500年続いたバイアス連邦も。今日で終わりか‥‥」

 クフィルは静かにそう告げる。

「心なき傀儡になるぐらいなら、全ての責務を受けてやろう。しかしベネリよ、これだけは覚えておけ」

 ゆっくりと立ち上がりながら頭の略冠を外すと、それを王座に放り投げるクフィル。

「ラグナ・マリアには剣聖と賢者がいる。貴様の企みなど、必ず阻止されるぞ」

 そう吐き捨てるように告げるクフィル。

 その横を優雅に歩きながら王座に向かうと、置いてある略冠を指でクルクルと回しながら座るベネリ。

「その賢者マチュアも、水神竜クロウカシスに負けて死んだよ。魔力を中和するあの『術師殺しのブレス』でね」

「な。なんだと‥‥」

「親父殿にも見せたかったなぁ。結界で逃げる事も出来ない賢者が、あのブレスで燃え尽きるさまは最高だったぞ。側近の幻影騎士団も一人、俺が殺したしなぁ‥‥」

 高笑いするベネリ。

 絶望がクフィルを襲い、目眩を覚えて床に崩れる。

「そこの侍女。先王はお疲れのようだ、部屋で休ませてくれ。執務官、先王は体調を崩して王の座を息子の私に譲ったらしい」

 次々と指示を飛ばすベネリ。


「三日の後に公布しろ。私ベネリ・バイアス9世が新たなるバイアスの王になったと。そしてラグナ・マリア全土に対して宣戦布告を行う!!やつらの希望であった白銀の賢者マチュアの死も同時に公表するが良い!!」

 その言葉に執務官達は慌てて部屋を出る。

「バルバロ、貴殿に『竜騎兵団ドラグーン』の騎士団長を命ずる。南方で暴れている亜竜族を率いて戻って来い」

「そうですな。やつらは放っておけば全ての人間を根絶やしに仕兼ねません。さて、我らが竜騎兵団は何処に駐留すれば宜しいでしょうか?」

 腕を組み顎をポリポリと掻くバルバロ。

「王都からあまり離れない方がいい。竜騎兵団から選抜して騎士団を結成し、その者達は王都に、残りはいくつかの部隊を編成して隣領のベルファーレに向かえ」

 人を使う事には慣れているベネリ。

 その日は一日中、バイアス騎士団や元老院を招集して新しい王の元、さまざまな取り決めや指示を出していった。


‥‥‥

‥‥


 三日後。

 バイアス王都・セッツァー。

 その中心にあるバイアス城正門前広場には、大勢の人々が集まっている。

 事前に公布された先王の退位と新騎士団の編成、そして新王ベネリの宣誓式が行われるとあって、かなりの人だかりになっていた。


――パーパラパッパッパァァァ

 突然登場からラッパの音が響き渡る。

 それと同時に、王城の最上階に広がるベランダに、正装したベネリが姿を現した。

 バッと右手を斜め前に掲げると、そのまま腰に手を当てる仕草をする。

左手には、王家の者のみが身につける事を許された錫杖が握られている。


「余が新しくバイアス連邦を統べるベネリ・バイアス9世である。我は先王に習い、このバイアス連邦を豊かな国とする事を約束する」

 風の精霊の力で、ベネリの声は広場全体に広がる。

「このウィル大陸は我らが先祖、魔導王国スタイファーの民の土地であった。だが、野蛮なるラグナの民がこの地を支配し、スタイファーの民は遥か南方へと追いやられてしまった‥‥それからスタイファーの民は、いつか必ず故郷を取り戻すことを誓い、大陸の各地へと散って行った‥‥」

 広場にベネリの声だけが響いている。

 皆、ベネリの声に耳を傾けているのである。

「それから幾星霜。ラグナの民はこの大陸の三分の二を掌握し、我が物顔で暮らしている。だが、それも今日まで‥‥我は古き友の力を得る事が出来た!!」

 上空から、鎧に身を包んだ亜竜騎士がベネリの左右に着地し、跪いた。

「我は宣言する。ラグナ・マリアを滅ぼし、我らの大陸を全て取り戻すと!!我はラグナ・マリアに対して宣戦布告する」

 歓声が上がり、人々は歓喜に満ち溢れた表情をしている。

 ベネリの握る錫杖の力で、ベネリの声は人々の心に響いていた。

 所有者に圧倒的なカリスマと、支配力を与える錫杖。

 先王は使わなかった力であるが、ベネリは容赦なく使ったのである。

「ラグナ・マリアを守る剣聖と賢者はたとえ竜の力でも敵うとは限らない。だが、水神竜クロウカシスの力で、賢者マチュアは死んだ!!この事実こそ、我らがラグナ・マリアに勝利するという確約であろう!!」

 会場は興奮の坩堝となっていた。

 もう誰もベネリを止める者はいない。

「我に続け!!我に貴様達の力を貸してくれ!!バイアス連邦の為に!!」

 右の拳を振り上げて叫ぶベネリ。

 広場に今は連呼されるベネリの名前が響いている。

 それでベネリは満足であった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 ラグナ・マリア王都。

 ラグナ城の六王の間は、重い空気に包まれていた。

「さて。バイアス連邦が正式に宣戦布告を行ってきた」

 レックスが無表情にそう話すと、シュミッツがダン、とテーブルを叩く。

「ならば、我が国で奴らを迎え撃ちます。ラグナ・マリアに弓を引いた事を後悔させてみましょう」

「しかしシュミッツ、ドラゴン対策はどうする。折角マチュアと幻影騎士団が持ってきた対ドラゴン用の結界。あれは城塞でなければ効果は発揮されない。城塞で篭っていては、満足に戦う事は出来ないじゃろう?」

「むぅ。しかしケルビム殿。やつらはマチュアの死を公開し、更に士気を高めたというではいか!!そのような輩が攻めて来るとなると、城塞で篭るよりは街道で待ち伏せして戦力を削らなくてはならぬかと」

「そのマチュアの死は、ミナセ女王が表に出ると全て嘘となります。その瞬間に彼らの士気はかなり下がるはず‥‥」

 ブリュンヒルデが手を上げてシュミッツに進言する。

 だが、ミストはその意見には反対である。

「逆にミナセ女王が出ることで、敵が躍起になって潰しに来る事も考えられますし。何よりカナンからミナセ女王が離れるのはまずいでしょう?」

「各国の冒険者達を雇い入れて、シュミッツにて敵全てを撃退すれば良い!!」

「この脳筋っ。対ドラゴンの結界維持のために、シュミッツの所に魔術師は派遣できないわよ」

 ミストの叫びが室内に響く。

「もし、ここにストームとマチュアが居てくれたら‥‥」

 パルテノが寂しそうにそう呟くが。

 ガタッ、とシルヴィーが立ち上がる。


「考えても見よ!!そのような他力本願がこのラグナ・マリアを弱くするのぢゃ」

「シルヴィー? その他力本願って何?」

「我が騎士団の班目殿がおっしゃっていた。もしここにマチュアがいたら?もしストームが来てくれたら?そのように今いない者に力を求めるなというのぢゃ」

 その言葉には、レックス以外の五王が頭を下げる。

「今ある力で考えなくてはならなぬ。幸いなことに、バイアス連邦の竜騎兵団に対しては、マチュアの残した結界で完全に防げる。ならば守りを堅牢にし、各個撃破でいくしかなかろう‥‥」

 それだけを告げて、シルヴィーは席に座った。

「各個撃破といっても、そんな力は」

「ティルナノーグの戦いを思い出すのぢゃ。今にして思えば、あの戦いはこの日のための布石であったかもしれぬ。但し、今回は幻影騎士団はどこにも貸し出しはせぬ。ベルナーの守りに着く」

「帝国屈強の騎士団を守りにだと?正気か?」

 シュミッツが叫ぶが、ケルビムとレックスは頷く。

「それでいい。シルヴィー、己が運命を受け入れたか」

 そのレックスの言葉に、シルヴィーはゆっくりと言葉を紡いだ。

「我が体に流れるスタイファーの血。これをバイアスに差し出すことはできぬ。スタイファー最後の王家の者として、最後まで足掻いて見せましょう」


――ガタッ

 このシルヴィーの言葉には、ケルビムとレックス以外の全ての王が立ち上がった。

「そ、それは本当なのですか?」

 パルテノが慌てて問い掛ける。

「これだけは秘密にしていなさいと母上にも告げられていた。じゃが、そんな事を言っている場合ではない‥‥」

「レックス皇帝はそのことを?」

「知っていた。だからこそ、シルヴィーを領地に留めていた。それゆえ、次に奴らが求めてくるものも知っている」

 そう告げるレックス。

「それは‥‥」

「スタイファー王家の遺産。ティルナノーグの『方舟』と匹敵すると伝えられている『竜の紋章』。それだけは渡してはならない」

 そう告げると、レックスはゆっくりと立ちあがる。

「各国に通達。バイアス連邦はまだシルヴィーの事はわかっていない。決して悟られないように。対ドラゴン戦の結界を維持することを最優先、第一防衛線はシュミッツ領内。シュミッツ領からの避難民は近隣の国で引き取れ。もう時間はない、急ぐのだ!!」

 その声に一同頭を下げて部屋から出る。


 そして残っていたケルビムは、レックスの元にゆっくりと近づいていった。

「皇帝。この戦い、勝てると思いますか?」

「わかっている‥‥奇跡を信じろ‥‥ラグナ・マリアは勇者の生まれる地、奇跡に満ち溢れているからな‥‥」



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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