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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第六部 竜魔戦争と呼ばれる時代へ

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バイアスの章・その8 堪忍袋は全部で幾つ?

 マチュアがモーゼルと共にスタイファー遺跡に調査に出かけた日の翌日。


 午前中の講義を全てパスして、マチュアはスタイファーの扉の解除方法を模索していた。

「はぅ。流石は古代の遺産。鍵を持つものは出入り自由なのは理解した‥‥鍵かぁ」

 深淵の書庫アーカイブのデータベースにもない。


「寧ろ、ここの書庫の方が情報は膨大にある。午後からはそこに篭るとするかぁ」

 そんな事を考えていると、学院正門の広場が妙に騒がしい。あちこちに貴族の馬車が止まり、簡易テントを設営している。

「はあ。何か行事なんてあったかな?」

 そんな事を考えていると。

「マチュア、決闘の準備はもう直ぐ出来るから首を洗って待っていろ!!」

 威勢のいいグースの声が窓の外から聞こえてくる。

「あー、そうかそうか。決闘の日か~まあ適当に流すとしますか」

 納得しながらマチュアは窓の外に顔を出す。

「で、決闘方法は?」

「それは時間になったら説明する。いいな、逃げるなよ?」

 グースの左目が青く腫れ上がっているのが気になるが、どうせ親父に殴られたのだろうと納得しておく。

「あーはいはい」

 右手をヒラヒラとしながらマチュアは扉を閉める。

 そして昼までの時間を再び解析に費やすと、マチュアは白衣のローブを身に纏って正門前広場に向かう。



――ワーーーッ

 広場の中央には結界柱と呼ばれる柱が建てられている。

 あれを中心に結界を張ることができるようだ。

 そしてすこし距離を取ると、生徒たちが座っている席と貴族たちの貴賓席がある。

 そことは別に、街の人たちもやってきて見学をしているらしい。

 あちこちに出店ができており、そこそこに繁盛しているようだ。


「さて、時間ですのでマチュアとグースは柱に向かってください」

 ホーリックスが声を風に乗せて周囲に響かせると、マチュアは柱に向かった。

 グースもそこに向かうと、あちこちから完全装備の冒険者や騎士がグースの近くに立つ。

 その数、実に十人。

「んんんん?」

 マチュアはあっけに取られて数を確認すると、グースが一言。

「決闘の方法だ。本人もしくは代理人による戦闘。代理人の人数は10名まで、全員が立てなくなるか降参すると終了だ。なお、この決闘は魔法は抜きで行うとする!!」

 既にグースは満面の笑みを浮かべている。

 その背後には、やや機嫌の悪い貴族が座っていた。

「いいか、これで負けたら貴様は勘当だ。二度と我が一族の名を名乗る事は許さんからな!!」

 貴族の怒鳴り声が周囲に響く。

「分かっているって親父よお。で、マチュアは代理人は立てないのか?」

 ニヤニヤと笑うグース。

「ふむふむ。魔法は禁止と。それはどうやって確認するのかな?」

「結界の中は魔術無効化空間にしてもらうように手筈は整えてあるぜ。結界の中では魔術は発動しないのさ」

「つまり、中に入った時点で魔術は無効化されていると。体術は? 魔法の物品は?」

 そう問いかけると。

「使えるものなら使ってみろよ!!」

「オッケー。使えるものならね。今の言葉なら使っても反則負けにはならないよね? 魔法も発動するのなら使って良いのか」

「だから使えるならな。じゃああばよ」

 それだけを告げて柱から離れるグース。

 やがてホーリックスが柱に近づくと、決闘の宣誓を行った。

「これより魔導学院の名誉の決闘を行う。賭けられるのはマチュアの魔道具全てとグースの家名。マチュアが負けた場合は全ての魔道具をグースが得るが、負けた場合はグースは勘当されただの市民となる」

 それだけを告げると、ホーリックスは柱から離れる。

 そして結界の範囲外らしいところに移動すると、結界が発動する。

 グースの配下たちはニヤニヤと笑いながら武器を構えるが、マチュアはローブのままボーっと冒険者たちを眺めている。


「それでは始めっ!!」

 ホーリックスの言葉に一斉に飛び出す冒険者。

「悪いなお嬢さん。あんたを再起不能にしろと言われてな」

 両手斧を持った戦士がブウンと斧を振り落とす。

 だが、それを素早く躱すと男の鳩尾に拳を叩き込む。

 これで戦士は崩れて意識を失った。

「あと九人。さあドンドンかかって来なさい!!」

 トントンとステップを踏むマチュアに騎士と剣士が走り込む。

 同じ顔の女性による連携攻撃だが、その剣戟の隙間をマチュアはするりと抜けていく。


――ヒュンッ

 瞬時にミスリルナックルを換装すると、騎士の鎧をまず破壊した。

「悪いわねえ、武具破壊(アーマーブレイク)っ!!」

 豪快な破壊音と同時に、女性騎士の鎧が吹き飛びあられもない姿になる。

「キャァァァァァッ。無理、もう降参!!」

絶叫する騎士に素早く着ていたローブをかけると、今度は剣士に向かって一言。

「ごめんね、貴方の着ているレザーアーマーだと全裸になるから!!」

 腕をブンブンと回しながら剣士に近づくマチュア。

「ま。参りました、私の負けでいいわよっ」

 そう叫びながら、剣士は武器を放棄して結界ギリギリまで逃げる。

「よしよし、これで三人ね。あと七人っ」

 マチュアは瞬時に修練拳術士(ミスティック)に換装すると、一人の重装騎士に近寄る。

「死ぬ気か貴様っっっ」

 力一杯両手剣を振り落とす騎士だが、マチュアは剣の峰に拳を叩き込んで横に弾くと、気力の篭った乱打を叩き込む。

 騎士の胴鎧がどんどん変形し、ついにはその痛みに耐えきれずに意識を失う。

「この両手剣借りるよ〜。あと六人っっつ」

 つま先で両手剣を弾くと、それを素早く右手で受ける。


――カツカツカツカツ

 その戦いを外で見たいたグースは、次々にやられていく冒険者にイライラとしていた。

 そして傍らで戦いを見ていた審判達の元に詰め寄っていく。

「審判達、マチュアは反則だろう?どう見ても魔術で身体能力を上げているだろうが!!」

 結界の外でグースが叫ぶが。

「さて。結界の中では魔術は発動しないですし、体術は有効ですので反則ではありません」

「そもそも、出来るものならやってみろとグース君が言ったので、中で魔法を使っても反則にはなりませんよ?」

 審判である学院長とホーリックスの二人がそう説明する。

「まあ、マチュア君の魔力なら、結界を中和して魔術ぐらいは使えるでしょう。あのヤミクモ導師の弟子だからなぁ」

「という事だ。それに、私達が見ている限りでは未だに魔術は使っていないぞ。ほら、グース君は見ていなくていいのか?」

 ホーリックスに告げられて、慌てて結界の中を見るグース。

 気がつくと、中に残っているのはあと二人。


「さーて、そろそろ身体も温まって来たから、本気出しますよお」

 今度は暗黒騎士にジョブチェンジすると、全身真紅の鎧に身を包む。

 そして武器はご存知の魔剣ザンジバル。

 それを何処かの勇者ロボバリスティック風に構えると、残った騎士を睨みつける。

「その鎧の紋章は、この街の巡回騎士だね。だったら手加減しないよ?騎士の立場でこんな喧嘩に顔を出すんだから覚悟は出来ているよね?」

 そう呟くマチュアだが。

 騎士の一人は盾と剣を構えてマチュアに一礼する。

「むしろ、これ程の魔導騎士と手合わせできるのは光栄の極み。正々堂々とお願いします」

 騎士の一礼。

 そしてゆっくりと構えるのを見ると、マチュアも静かに頷く。

「その心意気や良し!!ヤミクモ導師の隠れ弟子マチュア、参ります」

 そう叫ぶと同時に両者間合いを詰める。

 高速で両手剣を振り回すマチュアと、それを盾で受け止めながら攻撃の手を緩めない騎士。

 もし鎧が普通のものであったらマチュアは負けていたであろう。

 それぐらい鋭い攻撃である。

 たが、幾度となく打ち合ううちに、盾が破壊され騎士の剣も砕け散る。


――バギィィィィッ

 完全に武器が砕け散ると、そのまま騎士の鎧まで破壊するマチュア。

 そしてカチャッと両手剣を身構えると一言。

「ふう。まだやりますか?」

「いえ。完敗です。ありがとうございました」

 両手を上げて、目の前の騎士はにこやかに敗北宣言した。


 ここまでくると残りの冒険者は一人。

 それもローブを着た老齢の術師だが。

「あのー、魔法使えませんけどどうしますか?」

 そうマチュアが問いかけると、術師は杖を構えて詠唱を開始した。

――ブゥゥゥゥゥゥゥン

 術士の身につけていた『増幅の護符』が次々と輝き、結果中和空間を作り始める。

「ちょっと待ったぁぁぁぁ。グース、魔法使うと反則じゃないのか!!」

「さあねえ。俺は使えるものなら使ってみろといつたぞ?」

「よし言質取った。なら加減しないっ。審判の先生っ、この術師、今魔法の詠唱反応ありましたよね?」

 そう叫ぶマチュアに、学院長とホーリックスが頷く。

「先に詠唱反応が出たのはグース君の方だ。遠慮するな」

 その学院長の言葉にマチュアは頷く。

 そして素早く学院のローブに換装すると、周囲の結界を『却下(リジェルト)』で破壊する。

 マチュアの足元に巨大な魔法陣を展開し、静かに詠唱を開始する。

「さて。私がヤミクモ導師から学んだ魔法体系はいくつかあります。古代魔法言語、錬金術、一般魔術‥‥」

 マチュアが嘘八百を語っている最中にも、目の前の術師は次々と『光の矢』を放つ。

――シュッ

 だが、全て結界の手前で弾かれる。

「こ、この私の魔法が弾かれるだと?」

「はい。私が自分で勉強し学んだのは『古代魔法王国スタイファー』の秘術。そしてこれがそうです」

――ゴゴゴゴゴゴ

 魔法陣の中から腕を組んだままの姿ガイナックスポーズで現れるグレーターデーモン。

 この光景には、彼方此方あちこちから悲鳴が上がった。

 目の前の術師も腰を抜かして両手を上げて敗北宣言をすると、グレーターデーモンは魔法陣の中に戻っていく。


「そこまでっ。勝者マチュア!!」

 学院長が決闘の勝者を宣言すると、生徒達からは喝采が沸き起こる。

 柱の結界も消滅し、あちこちからマチュアを讃えるために生徒達が集まってくるが。

「ふざけるな、こんな事は無効だ!!」

 グースが力一杯叫ぶ。

「なあ、そうだろう?マチュアが最初強かったのは魔法を使ったからだろう?この決闘は魔法抜きだった筈だ!!」

 両手を振りながら力説するグース。

「あのねぇ。あんた最初に話したわよね?魔法に関しては『出来るものならやってみろ』って」

「ああ言ったさ。だが、それで反則にはならないとは言ってない。そうだろうみんな!!」

 周囲の観客にアピールするグース。

 だが、みんなの反応は冷たい。

「その理論なら、まず試合開始前にマチュア君は魔術を行使していない。試合中もだ。グース君の雇った魔術師が先に魔術の詠唱反応を出した。その時点で君の負けだ。諦めたまえ」

 冷たく言い放つ学院長。

 だが、グースはまだ叫ぶ。

「俺の負けなら、この魔導学院の寄付は受けられないぞ?いいのか?俺の親父は学院の高額寄付者だ。もう寄付も受けられなくなるぞ?」

「もう良い‥‥」

 グースの背後で、彼の父親が静かに告げる。

「お、親父も何か言ってくれよ!!そうだ、この試合は無効だ、親父の騎士団を貸してくれ!!今度こそ勝てる!!」

 半ば泣きながら叫ぶグースだが。

「‥‥君は確かグース君だったかな? 君の父親はそこそこに権力を持っているようだが、それと自分の実力を勘違いしては困る」

 グースの父親はそれだけを告げると、椅子から立ち上がって馬車に向かった。


『マチュア君といったかな?話があるので夜に屋敷に来て欲しい』


 グースの父親が、馬車に乗るときにチラリとマチュアの脳裏に直接語りかける。

 憤怒や怒声ではない、優しい口調である。

「はあ。構いませんが」

 思わず口にしてしまうが、慌てて手で口を隠す。

 突然の念話には、さすがのマチュアでも驚きであった。

 その後は何も語る事なく、馬車はその場から離れていく。

 広場の中央で、グースだけが呆然と立ち尽くしていた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 午後の講義はいつも通り。

 古代魔法学と、失われた魔術(ロストマジック)についての講義であったが、今更という事でマチュアは受けずに書庫でスタイファーに関する書物や碑文を調べていた。

「解読の手間はないけど、読むのが大変だわさ〜」

 次々と広げては読破する。

 本当ならモーゼルもいた方が捗るのだが、ロストマジックとなると是非話を聞きたいらしく講義を受けている。


――ビシィッ

 突然、書庫全体の時間が止まったような感覚が発生する。

「解析‥‥空間遮断型結界かぁ。どこのどいつだ?ジャーマンだ?」

 訳のわからない事を呟きながら、周囲を見渡すマチュア。

 すると、書庫の入り口に、昼間戦った術師が立っている。

「ふむぅ。この結界まで瞬時に見抜くとはなぁ。流石はヤミクモ導師の隠れ弟子というところか」

「それはどうも。それで、あなたはどちら様で?」

 古びたローブを身に纏い、捻れた杖をついている初老の男性。

「いやいや、怪しいものではないぞ、ホレ」

 手の中に冒険者カードを生み出すと、老人はマチュアに投げて寄越した。

――パシッ

「え、Sクラスの竜魔術師ドラゴンルーラー?」

 その表示には、流石のマチュアもビビる。


 マチュアの強さは地球でのオンラインゲームの強さが反映されている。

 だが、竜魔術師についてはスキルもクラスも習得できていない。

 ゲーム世界のNPCにのみ設定されているクラスで、マチュアの賢者のさらに上位である。


「は、はは。お名前はマグナス・ドラグーンですか。そんな凄い方が、私に何用で?」

「お前さんに興味があってな。なに、攻撃したり捕まえたりという事はないから安心するのだ」

 ヒョイとカードを手元に戻すと、マグナスは近くの椅子に座る。

「興味と言いますと?」

「お前さん、バイアスと喧嘩するのか?」

 実に簡単に、単刀直入に問い掛けるマグナス。

 単刀直入は、マチュアの得意技。

 だが、それを先にやられるとちょいと気圧される。

「さあ。喧嘩を売られたら買いますけれど」

「そうか。もし君がバイアス連邦と喧嘩をする事があっても、我々は一切干渉しない。だが、水神竜クロウカシスは君達に牙を剥く。頭の上でドンパチを起こそうと構わぬが、我々の眷属には手を出さぬ事だ」

 瞳を細くしながらマグナスが告げる。

 それは黒く輝く竜の瞳。

 いつものマチュアなら辛口を叩くところであるが、完全にマグナスの迫力に飲み込まれていた。

「あ、ああ。マグナス殿の‥‥黒神竜ラグナレクの眷属には手を出さない‥‥それでいいんでしょう?」

 そう告げると、マグナスは再び元の瞳に戻る。

「よろしい。では、私はまた世界を旅するとしよう‥‥それではな」


――シュンッ

 唐突に結界が解除される。

 そこは先程までいた書庫の風景。

 マチュアだけが立ち上がり、全身汗だらけになっていたのである。 

「ハァハァハァハァ‥‥どこかで聞いた事あると思ったらそういう事かよ‥‥」

 傍らに置かれているスタイファーの書。

 そこに記されている『竜を操る秘術』の説明文に書かれていたマグナスの名前。

 『黒神竜ラグナレク』の側近である『影竜マグナス』。

 マチュアの元にやってきたのは、彼の実体化した意識体。

 あの姿で世界を旅しているのだろう。

 竜骨山脈の遥か地下で眠っているラグナレクの目覚めが来るまで。



 ○ ○ ○ ○ ○



 その日の夜。

 マチュアは寮を出てグースの実家である『ボンバドール家』へと向かった。

 魔法の絨毯にのってのんびりと街の中を飛んでいると、彼方此方あちこちからマチュアに声を掛けて来る者がいた。

「昼間はスカッとしたぞ。ありがとうよ」

「これで少しは反省しただろうさ」

「まあ、あそこまでやられたら、もうグースも落ち着くだろうなぁ‥‥」

 などなど、親の権力を振り回して好き勝手していた者に対しての評価は大体こんなものである。

「はぁ~本当に貴族なんて滅ぼしたいよぉ―」

 トボトボと空を飛ぶという妙技を行いながら、マチュアは郊外近くにある屋敷の前までやってくる。

 すると、屋敷正門近くをウロウロしている怪しい人影を発見する。

「‥‥まさか、グース?」

「はっ!! だ、誰かと思ったらマチュアかよ!! てめえ俺の家に何のようだ!!」

 相変わらず威勢がいい。

「もうグースの家じゃないでしょう? 私は屋敷の主人に招待されたの。だからどいて頂戴」

「ふ・ざ・け・る・なっ。なら俺も一緒に行かせてもらう!!」

 もう面倒臭い事この上ない。

 すると、マチュアとグースの声を聞いて、警備をしていた騎士が格子状の正門の向こうに現れる。

「マチュア様ですか。どうぞ‥‥と、そこの君も、邪魔臭いのだが一体何の用かね?」

 冷たくグースをあしらう騎士だが。

「なっ、ガリアス、てめぇ誰に口聞いているんだ? 俺はこの家の跡取り息子だぞ」

「さて。勘当された息子というのは聞いていますが、あなたでしたか。マチュア様、そんなガキは無視して上からどうぞ」


――スス――――ッ

 エレベーターのように上に登ると、そのまま正門を越えていくマチュア。

「それ以上屋敷の近くをウロウロしていると、巡回騎士に通報しますので。ではこちらへどうぞ‥‥」

 その言葉に、グースはその場に崩れ落ちていった。

「あのー。随分と気合の入った演技ですねぇ」

 ボソッとマチュアがガリアスと呼ばれた騎士に問い掛けるが。

「全てはグース様の為ですから。ではどうぞ」

 少しだけ悲しそうに、ガリアスはそう告げていた。


 案内されたのは実に綺麗な応接間である。

 華美ではなく、それでいて質素でもない。

 じつに『丁度いい』贅沢さである。

「これはどうも。昼間は愚息が迷惑を掛けたな」

 グースの父であるボンバドール卿は、丁寧に頭を下げるとマチュアにそう告げる。

「いえいえ。まあ、こんな事だろうと思いましたよ」 

 やれやれという顔をしながら、マチュアは勧められて椅子に座る。

「あれはなんというかその。出来の悪い息子でして。親の権力を自分の力と勘違いして好き勝手やっていまして‥‥」

「そうですよねぇ。取り巻きも碌な者じゃないし」

「ああ、あの子達は息子の金に寄せられれてきただけです。我が家から勘当されてから、グースには近づいていませんな」


 侍女がいいタイミングでティーセットを持ってくると、それをマチュアとボンバドールに差し出す。

 それを受け取って一口飲むと、マチュアは一言。

「アプルの実ですね。いい味です」

「それがすぐに分かるとはな。さて、一つ教えてほしいのだが、グースは改心すると思うかな?」

 それだけを聞きたいとは思えないが一言。

「本人の心意気次第ですねぇ。何か目標を見せて、それが成し遂げられたら勘当を解くとでも言えばいいのでは?」

 そう告げると、ボンバドールは腕を組む。

「ふむぅ、やはりそうなるか」

「卿、ここに招待していただいたのはその話ですか?」

「いや、グースが散々迷惑をかけたので、その謝罪だ。真に申し訳なかった」

 両手を膝に置くと、腰を折るように深く頭を下げる。

 間違いを間違いと謝罪するのはも、貴族としては立派である。

 大抵は面子を潰したくないから適当に謝るか、書面で謝罪するだけであるのに。 

「ありがとうございます。もう面を上げて下さい」

「そうか。マチュア君がそれでいいのなら」

「ええ。してお父君は、グースを本当に勘当するのですか?」

「各方面にはグースを勘当した旨を書面で通達する。私が勘当を解くまでは、一切我が家の力を行使できない事もな」

 それを聞くと、マチュアは静かに頷いた。

「今も屋敷の外にいますよ?」

「放っておけ。まだ魔導学院に戻れば卒業までは衣食住は保証されているのだ。それまでにどうするかをグースが考えればいい」

 なんだかんだいっても、グースの事は心配なのであろう。

 だが、あの高慢なプライドはそう簡単に治ることはない。

 むしろこれから学院の中で反動が返ってくる事は必至である。


「耐えられますかねぇ? 今までとは立場が全く逆になるのですよ?」

「さあな。自分で蒔いた種だ。まあ、これからの彼奴の生き方には期待するがな。やつには自分を見つめ直すいい機会だったのだ」

 そんな会話を暫し続けているマチュアとボンバドール。


 グースについては最低でも黒ローブを維持し、バイアス連邦王都の魔導騎士団に編入できれば勘当を解く方向で考えるらしい。

 バイアス魔導騎士団は魔導学院でも最低限、赤ローブと白刺繍を持って卒業できなくてはならない。

 それが入団の最低レベルだとボンバドールが説明してくれた。


 そんな会話をしていると結構な時間になったので、マチュアはそろそろ学院に戻る事にした。

「では、私はこれで失礼します。それにしてもボンバドール卿も礼節のある貴族なのですね」

「何がだ?」

「私が持っている魔道具について、見せろとか寄越せとか売ってくれと言ってこない貴族は珍しいですよ」

「それは君が入手した君の切り札でもあるのだろう? 大切なものなら故郷の屋敷に置いておくか外には出さない。それを出すことで自分の力をある程度周囲に教える事も出来るからな。それをおいそれと寄越せとはいわんよ。私もそういう切り札は持っているからね」

 この人、かなりのやり手である。

 それだけに息子が残念である。

 

 やがてボンバドールは屋敷の外までマチュアを見送りに出るが。

「お、親父。頼むからもう一度だけチャンスを‥‥」

 柵を握りしめながら、グースが叫ぶ。

 そんな息子にゆっくりと近づくと一言。

「ならばチャンスをやろう」

「よ、よし。これでそいつに、マチュアに復讐できる!! 覚えておけマチュア」

「何を言っているのだ?」

 冷徹にグースを見下すボンバドール。

 その言葉に、グースもビクッと身体を震わせた。

「ど、どういう?」

「貴様にやるチャンスは勘当を解く為のものだ。それを為すまでは貴様など知らぬ。我が家の力を行使できないように各方面に回状も出す。今日の昼の時点で、貴様はボンバドール家の者ではない」

 直接告げられると、グースは全身から力が抜けた。

「そ、そうか‥‥」

「但し、貴様が無事に魔導学院を卒業し、王都の魔導騎士団に所属する事が出来たら、その時には勘当を解いてやる。せいぜい精進しろ。ではマチュア君、遅くまで済まなかったね」

「いえいえ。美味しい食事をありがとうございました。それでは失礼します」


――ファサッ

 頭を下げた後、バッグから絨毯を取り出すと、マチュアはそれに飛び乗る。

 そしてゆっくりと高度をあげると、マチュアは街道に向かって飛んでいく。

 街道に出た辺りでしばし浮遊していると、後ろからグースが歩いて来るのが見えた。

「はーい、グース君。少しは反省したかしら?」

「煩い。放っておいてくれ」

「少しは親父さんに感謝しなさい。チャンスはくれたのですからね。バイアス連邦の男爵は一代限りで、当主がなくなると一般市民に戻るのですってね。その前に魔導騎士団に入る事が出来れば、貴方は士爵の士称号を得る事が出来るそうよ」

 そのマチュアの言葉に、グースはハッとする。

「さっきそういう話をしていたのよ。私が学院にいる間、分からないことがあったら何時でも教えてあげる。けれど、私はいきなりいなくなる事もあるからね‥‥明日から頑張ってねー」

 そう告げて、マチュアはゆっくりと飛び始める。

 その背後でグースがボソッと呟いたのを、マチュアは聞き逃さなかった。


『あ、ありがとうよ‥‥』



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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