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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第六部 竜魔戦争と呼ばれる時代へ

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バイアスの章・その7 我儘息子と真剣な息子

 ホーリックの講義が終わってから、マチュアは魔道具見たさに集まってきた生徒たちから逃げて寮の自室に飛び込んだ。

 学生寮の三階は研究棟も兼ねているため、選ばれた生徒以外はまず勝手に上がることは許されていないのが救いであるのだが。


――ゴンゴン

 力強く扉をノックする音が聞こえてくる。

『マチュアさーん。アンナですー。シャルロッテ様がどうしてもお話があるとかで、とりあえずここを開けてくださーい』

「ふぅ。今日は誰にも会いたくはないので、明日にでもと伝えてください。後、魔道具を譲って欲しいという話なら、全力でお断りしますとも伝えてくださいね」

『あ、は、はい、わかりました。そう伝えておきますので』 

 マチュアに釘を刺されてから、アンナは動揺して声がうわずっていた。

 どうやら図星のようである。 

「やっぱりか。あの調子だと、多分外にもいるな?」

 そーっと鎧戸の隙間から外を見る。

 案の定、正門前広場を横切ってこちらに向かって来るグース達の姿が見えた。

 ならばどうするか。

「むぅ。一般の女子は絨毯に乗せてあげたり話をすればまだなんとかなる。けれど、あの三人組はしつこいし、なによりシャルロッテもなぁ‥‥」

 散々自分の家柄をひけらかしているものの、実力行使には出てこないシャルロッテ。

 そのあたりはグースよりもましである。

 ならば、先手必勝とマチュアは箒を取り出して跨ると、鎧戸を開いて外に出た。


――ヒュンッ!!

 その姿に、寮の入口あたりに居た生徒はマチュアを見て驚いているが、それよりもグース達が駆けつけて来るのが見えた。

「マチュア、その魔道具を俺に寄越せ!!」

「ははーん。次の言葉はアレか? それは俺が持つのがふさわしいか?」

 散々言われてきた言葉を、そっくりとグースにぶつけてみる。

 すると、グースの顔が真っ赤に染まった。

「う、うるさい。お前なんて、親父に言ったらどうなるかわかっているのか?」

「だーかーらー、偉いのはあんたじゃなくて親父。まさか親父に泣きついてなんとかしてもらうの? そんなヘタレなの?」

「ヘタレがなにか分からないが、俺を侮辱したのは良く判る。いいだろう、ここは決闘だ。貴様の魔道具を掛けて決闘を申し込む」

「で、私が勝ったら何をくれるの?」

「貴様にやるものなどない!! 貴族とは持つものである。庶民に対して施すなどある筈がない」

 そう告げるのなら。

 マチュアはふと考えた。

「ならあんたの親父にも話を通して頂戴。決闘はこの学院で一般公開し、もし貴方が負けたら家の名前に泥を塗るということであんたは勘当してもらう。それならいいわよ?」

「ふっ、ふざけるな!! どうして俺が勘当されないとならないのだ?」

「だってそうでしょ? 女性の私物を決闘という名目で奪おうというのですもの。まさか負けるのが怖いのかしら?」

 ここまで煽ると十分である。

「という事で、あんたにも百害あって一利なし。素直に諦めなさい。それじゃあ私は忙しいのでね」

――スーッ

 それだけを告げて、学院の外に向かおうとするが。

「い、いいだろう。なら今のお前の話を聞こうじゃないか!! いつだ、いつ勝負するというのだ!!」

「ありゃ本気なの?」

 今度はマチュアが動揺するが、自分が言い出したことなので諦める。

「それなら明日の正午、この場所で。あんたの親父にもくるように伝えなさい。私はホーリック講師に話を通しておくので」

「決闘方法は俺が決めていいか?」

 魔法では敵わないとみたグース。

 一体どんな事を考えて来るか分からない。

「まあいいわよ。ではまた明日ね』

 それだけを告げると、一度ホーリック講師のいる研究室に向かい明日の一件を説明した。

 この学院では昔からよくある伝統なので、特に異存がないという返事を聞くと、マチュアはニコニコしながらホーリックの元を立ち去り、高速で市街地から離れていく。



 ○ ○ ○ ○ ○


 

 街道から少し離れた森。

 その一角で、マチュアは箒に座ったままイヤリングに触れる。


――ピッピッ

「マチュアだ。ツヴァイ、現在の帝都の様子を教えてほしい。連絡は聞いているだろう?」

『ええ。クィーンからの連絡はマチュア・ゴーレム(シスターズ)には一斉通信ですので。ですが、帝都元老院や貴族院では、亜竜族を使った遊撃事件の事など一言も出て来ていません』

「成程ねぇ。どう考える? 」

『元老院と貴族院については、毎日取り憑く対象を変えて情報収集を行っていますが、いまだ根回しが多少進行しただけです。思うに、誰かが勝手に行動しているフシがあります』

「二つの議院で名前は出ているが姿が見えていない人物はいる?」

『議員については全て網羅しました。王族ではこれから潜入しなくてはなりませんが、そっちに手を出すと元老院の動向が見えなくなります』

「口惜しいねぇ。第三王子モーゼルには接触して色々と話をしている所。そろそろこっちにも動きはあると思うから、そうね‥‥3日ほど王城に潜入して調べてみて」   

『了解しました』

――ピッピッ


 ふぅ。

 溜息をつきながら、マチュアはいくつかの疑問について考える。

 何故セシールが拐われたのか?

 まず彼女を攫うというメリットがバイアス連邦には見えない。

 領主セシール不在でも、所属がサムソンならばすぐに代行が立つので領内はそれほど揺るがない。

 ならば?

 セシールでなければならない理由がある。

 それが何なのか?


「今現在、バイアス連邦が行なっているのは何処かを攻めるための準備。恐らくはラグナ・マリアだろう。その為の隣国への根回しと、兵器として運用する為の魔道具の回収という所だろう」

 ギリギリと爪を噛みながら頭を活性化する。

 余りにも情報が少なく、しかも、断片的であるために迂闊に動くことができない。

「モーゼルから何か引き出せれば良いのだが。いや、モーゼルもどこまで信用して良いか‥‥」

グルグルと頭の中で様々なことが回る。


――ピッピッ

「マチュアです。ニアマイアー領の件はどうなっていますか」

『こちらゼクス。飛竜二匹と亜竜族二人、騎士とその配下による奇襲の線が濃厚です』

「たった6人でか?」

『はい。飛竜の炎のブレスは上空からなので防ぎようがありません。地上の騎士も亜竜族には手も足も出なかったそうです。ですが、亜竜族が一体と騎士の配下が殺されています』

「‥‥亜竜族の鱗はミスリルでもなければ傷はつかない。ミスリル装備を持っているものによる攻撃と考えるのが妥当でしょうねぇ」

『配下は確かに騎士による攻撃ですが‥‥』


 ゼクスは自分が見聞した全てを説明する。


「‥‥亜竜族を引きちぎれるだけの化け物がいるか。それと高位の魔術師。けれどそれは敵ではない」

『デットリースピークで殺されていた配下らしきものがバイアス連邦の者であることは確定です』

「死者に口無し、証拠として突きつけるには弱いけど手柄だ‥‥」

『証拠品として紋章の入っていた指輪を押さえてあります。紋章鑑定師の到着を待って確定しますが』

「尻尾切りされるだけだろうな。引き続き調査を頼む。で、ファイズは?」

『復興の指示を。ですが、時折都市の地図を見ながら何かを唸ってます』

「はぁ。何かに気付いているのか。まあ、そのままにしておいて。奴は戦術面から何かを調べているのだろうさ」

『了解しました。では作業に戻ります』

――ピッピッ


「さて。最近は持ちネタが無くてねぇ。これ以上ゴーレムは作れないし、ストームの反応はロストしてるし。魔導通信の届かない所なんてあったかな?それとも壊されたのかな」

 そんな事を考えながら、マチュアは箒に乗って学院へと戻ることにした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 その日はまったく何も出来ない。

 夕方。

 寮内の食堂ではマチュアの周りを大勢の生徒が取り囲み、魔道具を見せてくれとせがんで来る。

 冒険者ギルドとかならば適当にあしらっても問題はないが、ここの生徒達は冒険の経験などない未成年ばかり。

 魔道具など触れる機会がないのだろう。

「マチュア様!今度私も絨毯に乗せてください」

「私も私も!!」

「あーはいはい。機会があったらね〜」

 次々と手を上げてアピールしてくる生徒達に適当に相槌を打つと、マチュアは逃げるように部屋に戻っていった。


――バーン

「待っていたわよマチュアさん!!」

 階段を上がって部屋まで戻ってくると、扉の前で仁王立ちしているシャルロッテとバッタリと出会ってしまう。

 その傍にはアンナの姿もあった。

「はぁ。本当にご苦労様。それじゃあね」

 横を通り過ぎると、マチュアは扉に手をかける。

「お待ちなさい。あなたの持っている魔道具、私に見せてくれても構わないですわ。時間の無駄ではありますが、特別に見てあげましょう!!」

「はいはい。シャルロッテはブレないね。私に無駄な時間を割くのなら、少しでも勉強しなさいよ」

 扉をあけて中に入るマチュア。

「シャルロッテ様、違いますよぉ〜」

「わ、分かっているわ。マチュアさんちょっとお待ちなさい!!」


――ハァ

 溜息しか出ない。

「ですから何の御用ですか?」

「わ、わた、私に‥‥貴女の魔道具などを、見せ、見、み‥‥」

 何かを言いたいが言葉に出ない。

 見た感じだと、多分シャルロッテの左右には天使と悪魔がいて、何かを囁いているのだろう。

 どっちが勝つのか見ものである。

「アンナ、私が言えるわけないでしょう!!マチュアさんの魔道具を見せて欲しいなんて、色々なお話を聞かせてもらいたいなんて!!」

 言ってる言ってる。

 悪魔が勝って天使が負けたが、それ以上の天然が勝利をつかんだ模様。

「まったく。素直じゃないのよねえ。どうぞ、アンナも、階段でこそこそとしているステファニーさんも」

 いきなり名前を呼ばれて飛び出すステファニー。

「ど、どうしてわかったのかしら?」

「私の魔力をなめない事ね。周囲に誰がいるかなんてすぐわかるわよ」

 嘘である。

 頭からピョコンと伸びた髪‥‥アホ毛‥‥が見え隠れしていただけである。

「そ。そう?ではせっかくですので」

「ステファニーと一緒だなんて。まあいいわ、本日の主賓は私ですのよ、そこの所をしっかりと理解して頂けるならば」

「あ、シャルロッテは見たくないと?」

そのマチュアの言葉に動揺するシャルロッテ。

「嘘ですわ、さあ、ステファニーさん一緒にお話を聞かせてもらおうではないですか?」

「クスクス。相変わらずですねぇ。では、失礼します」

そのまま消灯時間までは、魔道具を囲んでのティータイムとなった。

三階の部屋には消灯時間はない。

ステファニーとシャルロッテは二階の部屋なので、時間が来ると寮母がアンナを含めた三人を探しに来た。

まだまだ話したかったが、時間ならばと三人は部屋に戻る。

「さて。それでは出かけてきますか」

外出用の普段使いのローブと箒を手に、マチュアは寮から出る。

「こんな時間にですか?」

「研究で外に出ます。音が結構うるさいので、森にでも行ってきますわ」

心配そうな事務の女性。

だが、マチュアは冒険者カードを見せると一言。

「狼や野盗の類なら敵ではありませんので」

「そうですね。ではお気をつけて」

そう見送られると、マチュアはこっそりと学院正門へと歩いていく。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 正門に辿り着いて暫く夜空を眺める。

 マチュアの予想ならば、そろそろ姿を現すであろう。

 そのために、わざわざ男子寮から見える場所を選んで正門まで遠回りしてきたのである。

「マチュアさん?」

 遠くからマチュアを呼ぶ声が聞こえる。

 宵闇に目が慣れたので、その声の主がモーゼルであることはすぐに理解できた。

「ふう。やっと来た。今日は来ないのかと思っていましたよ」

「そ、そうなのですか?私が来ると思って?」

 少し慌てながらそう話すモーゼル。

「講義室を出る時に、モーゼルが何かを言いたそうだったからね。いつもの雰囲気ではなく、こう、切羽詰まった感じで」

「そうですか。いえ、そうですね‥‥マチュアさん、今日見せていた空飛ぶ絨毯、どれぐらいの速度が出ますか?」

「うーん。最高速度なら時速320km。一時間あれば馬車の1日分の距離を飛べるけど?」

 その言葉でモーゼルは悲しそうな顔をする。

「今から連れて行って欲しい所があるんです。いえ、マチュアさんに一緒に来て欲しい所があるんです」

「それは何処?」

「道案内はします。バイアス連邦の秘密の発掘現場です。後は現地で説明しますので、どうかお願いします」

 力強く頭を下げるモーゼル。

「そうなの。まあいいわ、現地に着いたら詳しい話をしてくれるのでしょ?」

 そう告げながら、マチュアはバックから絨毯を取り出すと、こっそりとローブの中の装備だけを賢者モードに換装した。

「申し訳ないけれど、道順がわからないから後ろから指示をしてね?」

 絨毯を広げながら、マチュアはモーゼルに後ろに乗り込むように説明すると、高度を取って街道の上を飛ぶ。


 街灯などない自然の闇。

 月明かりのみが周囲を照らす世界。


 そこを高速で飛んでいくマチュア。

 全速で大体三時間、その気になれば北海道の端から端まで往復で飛べる距離。

 東京と大阪を往復するようなものである。


‥‥‥

‥‥


 やがて山岳部に辿り着くと、その中腹にある遺跡の発掘現場へと着地する。

 人気がない静かな場所。

 地下へと続く崩れた階段と、その横に作られた簡易な建物。

 鎧戸が閉まっているので中に誰かいるのかわからないが、隙間からは僅かながら灯りが見える。

「ここからは静かに。こっちです」

「なら、ちょっと待ってね。足に『沈黙』と」

 マチュアとモーゼルの足に沈黙の魔術を付与すると、そのまま階段に向かう。

 内部は真っ暗で何も見えないが、灯をともすのは危険である。

 だが、モーゼルは背中に背負っていたバックからランタンを取り出す。

「使うのは中に入ってから。という事で、見るだけならこれでいいわ。『夜目ナイトビジョン』と」

 次々と無詠唱で魔術を発動し付与するマチュアに、モーゼルは驚きの表情をする。

 が、すぐに階段を駆け下りると、暫くは通路を真っ直ぐに進む。

 やがて広い空間に辿り着くと、モーゼルは真っ直ぐ正面にある巨大な扉に向かって駆けて行った。


「しかし。ここの場所に発掘現場があるのは不味いわねぇ。ここ、ラグナ・マリア領よね?」

 シュミッツの話していた山岳部の遺跡。

 そこにバイアス連邦が乗り込んで来て調査をしているのである。

「ええ。マチュアさん、これを見てください」

 大理石のように白く輝く両開きの扉。

 アーチ状の飾りが作られており、その中央には綺麗なローブを着た女性の彫像が組み込まれている。


「ふぅん。これって、スタイファー遺跡よね?扉はしっかりとした結界魔術、何人も通さないっていう事かぁ。ホーリックス講師の話通りね」

 すたすたと近寄って扉に触れる。


――ブゥゥゥゥン

 マチュアの手が触れた場所に水の波紋のようなものが広がる。

 予想していたよりも強力な結界。

 これを中和するとなると、かなりの時間を要する。

 その扉の横には、大量の文字が刻まれている。

 全てがスタイファーの神代文字、今の時代には伝えられていない碑文である。

「マチュアさん、これが読めますか?」

「どれどれ。扉の地下、竜を従えさせる宝玉ありと。『神竜の杖』、『赤竜の剣』『黒竜の楯』『白竜の鎧』『水竜の羽衣』。選ばれし者のみがそれをつける事を許す」

 スラスラと読み解くと、マチュアは暫くの間、考える。

「そ、そこまで分かるのですか。今まで誰も読めなかったのに」

「うん。ここに書かれているのは、遥かな昔の戦記だね。混沌から目覚めた真魔族と戦うために、竜族から力を借りた英雄の物語。ラグナ・マリア創世よりも遥かに過去の物語だよ」

「そうですか。扉を開く方法は書いてありますか?」

「あるよ。スタイファー王家のみ。魔力中和が出来るぐらいの魔力があるならば別だけど。鍵が血、強力な魔導師の血が必要だねぃ」

「で、では、扉を閉じる方法はありますか?」

「さて、ちょっと待ってね」

 ゆっくりと調べるマチュア。

 急いで読み飛ばしたり、間違った解釈を防ぐ為であるが。


(まさか‥‥ねぇ)


 一通り調べるが、一度開いた扉を閉じるのも王家のみ。

 マチュアなら中和して入る事は出来ても、閉じる事は出来ない。

「駄目だあ。閉じるのも王家のみ。そこまで厳重なんだ。で、ここは既に調査に入った跡があるね?」

 その問いかけにモーゼルは静かに頷く。

「はい。既に内部にある黒竜の鎧と水竜の羽衣は国が回収したと聞いてます。ですが、残りを回収することは出来なかったそうです」

「恐らくは守護者かな?」

「多分‥‥マチュアさん、どうにかこの門を閉じる方法を探してください‥‥お願いです‥‥母を、救いたいのです‥‥」

 真剣な表情でマチュアに懇願するモーゼル。

 双眸からは涙が溢れ、拳は力強く握り締められている。

「母?」

「はい。もう隠し立てしません。わたしの本名ははモーゼル・バイアス。バイアス連邦の第三皇太子です。私の父は、バイアス連邦地下のスタイファー遺跡を発掘し、古代の遺産を入手する為に様々なことを画策しました」

「ふぅん。それで、この扉を閉めるのとあなたの母親を助け出すのと、どういう関係‥‥へ?」

 慌ててマチュアは扉を見る。

 アーチの上、女性の彫像を眺めると、マチュアはモーゼルに向き直った。

「まさかとは思うけど‥‥」

「はい。私の父は、門を開くためにスタイファーの血を持つ母を生贄にしました‥‥」

 ギリリと握りしめた拳から血が滴る。

「そんな‥‥どうやって?」

 慌ててマチュアは壁を調べなおす。

 そこで見落としていた部分があった。


 王族の魂は如何なる者よりも尊い鍵である

 扉を蘇らせるためには、尊き鍵を示せ


「ここかぁ!!」

――ダンッ

 力一杯拳を叩きこむマチュア。

 モーゼルの母親は扉に手をかざした時、肉体も魂も扉に、この遺跡に囚われてしまったのである。

「モーゼル、今から見る事は他言無用。いいね?」

「は、はいっ!!」

 マチュアの剣幕に押されて、モーゼルは慌てて返事を返す。

「深淵の書庫アーカイブ発動。遺跡の文字碑文を全て記憶、モーゼルの母親を助ける方法を見つけて‥‥」

 突然マチュアが立体起動した魔法陣に包まれるのを、モーゼルは驚きの表情でみる。

 その中では、マチュアは次々と表示される古代魔法語による解析結果をじっと眺めていた。


「贄の代行‥‥遺跡中枢の守護者の破壊‥‥待て待て、この遺跡は王家の残したもの、開ける度に生贄が必要なのか?」

 ブツブツと呟きながら調べているマチュア。

 すると、モーゼルは階上から誰かが降りてくるのに気がついた。

「ま、マチュアさん、誰か来ます」

「うっそ!!モーゼルこっちに来て」

 慌ててモーゼルを深淵の書庫アーカイブに引っ張り込むと、そのまま深淵の書庫アーカイブごと影の中に沈み込む。

「しまったぁ。上で何が起こっているか全くわからないや」

「声は?」

「届かない聞こえない。影の中は魔力も生命力も全て遮断されているから」

 その代わり外の出来事も判らない。

 ツヴァイなどは、よくこの状況で情報収集していると思うが、必要な時は外に出て『隠蔽ステルス』で行動しているからなのであろうとマチュアは思っていた。

 しばらくして、マチュアはそーっと頭だけを影から出す。

 階段を上がる足音が聞こえてくるが、特に内部には変わった事はない。

「よし。浮上と‥‥」

 深淵の書庫アーカイブごと床の上に戻ると、ふとマチュアは考える。

「モーゼル、今日は一度戻ります。必要な情報は大体回収しましたけど、あの扉の向こうに行かないと母親を助ける事は出来ないわ」

「そ。そうですか‥‥」

 悲しそうなモーゼルだが、これ以上ここで調べていてもいつか見つかる可能性がある。

 ならば、一度戦略的撤退である。

「いいこと?私が使った魔術については全て他言無用。約束を破ったら今後は力を貸さないからね」

「はいっ!!」

 そう返事を返したので、マチュアは先日向かった森の中に転移する。


――スッ

「さ、ここからなら絨毯で帰れるわね? 行きましょうか?」

「ちょっと待ってください!!いまの魔法は?」

「さっきも話したでしょ?スタイファーの失われた魔術の一つ、転移よ」

 それだけを告げるとマチュアはモーゼルと学院の門の内側で別れ、そのまま自分の部屋に歩いて帰っていった。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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