バイアスの章・その1 まだまだ日常は手放さない
という事で、第六部の開幕です。
そこそこに長編になりそうな予感がしていますので、みなさんはごゆっくりとお付き合いください。
ここに一冊の本があります。
これは、かつてウィル大陸全てを巻き込んだ『竜魔戦争』と呼ばれる戦争の『半分』の歴史が収められています。
どうして半分なのか、それは単純なこと。
これには書かれていないもう一つの真実があったからです。
それでは、吟遊詩人のミィン・メーインの残した最後の文献について、ゆっくりとお話しましょう。
○ ○ ○ ○ ○
「平和やね~」
馴染み亭の特等席。
入り口すぐ横のベランダ席で、マチュアは昼間からのんびりとエールを飲んでいる。
シュトラーゼ公国から戻ってから、暫くは女王業をしっかりと務めてきた。
周辺諸国や国内貴族との対話、商人たちとの税率や転移門に関する話し合い、新しくカナンに移ってきた者達の為に、未だ未開であった森林区画の開発計画を行うなど、おおよそ出来る事は大体指示してきた。
シュトラーゼでの出来事は全て『記憶のスフィア』を形成し、クィーンやマチュア・ゴーレムに手渡してあるので記憶のすり合わせも完璧。
となると、いよいよ持って暇を弄んでいる。
先日までは厨房で色々と料理を作っていたので、今日はのどかな休日という所であろう。
「あーー、本当に平和だこと」
「そうですわね。ギルドの依頼は最近になってまた増えているそうですけれど、このカナン辺りはつとめて平和ですわ」
ウェイトレスのメアリーがエールのおかわりと茹でた腸詰めを運んできた。
それをテーブルに並べると、バッグからマスタードの入った壺を取り出して皿の隅っこにそっと乗せる。
「さーて。それでは‥‥ハグッ!!」
茹でたて熱々の腸詰めにかじりつき、よく冷えたエールを一気に喉に流し込む。
「ングッングッ‥‥ぷはーーーーっと、旨し!!」
表通りを歩いていた者達は、そのマチュアの様子を見て喉を鳴らす。
――ゴクッ
「おじょーさん、席は空いているかな?」
「ヘイ、マチュア、後で3人で行くから席空けといてくれ!!」
「ほいほいと。おじさんは中に席がありますよ。メアリー、今から一人と、少ししてからホイ三兄弟が来るから席取っておいて」
「了解しましたー。こちらへどうぞ」
と元気よくメアリーが接客をしている。
その光景を見て、のんびりとエールを飲んでいると。
「昼間から酒とは、これまたよい身分ぢゃの~」
マチュアの背後からシルヴィーの声がする。
「ファ? こりゃ珍しい。シルヴィー、今日はどうしたの?」
「今日は仕事ぢゃ」
「へー、シルヴィーが仕事とはねぇ。一体何があったの?」
そう告げると、シルヴィーはマチュアの耳元で一言。
「幻影騎士団は夕方の鐘までにベルナー城に集合ぢゃ」
ニマニマと笑うシルヴィー。
だが、その一言でマチュアの酔いは醒めた。
「は、はぃ?」
「だから仕事ぢゃよ、参謀殿」
「あーー、また何か起きたのかぁ。少しは休ませてくださいよっと」
そう呟きながら、マチュアはシルヴィーと共に二階の礼拝室に向かう。
そしてイヤリングに手を当てると、マチュア・ゴーレムに一斉通信を入れる。
「こちらマチュア。これより幻影騎士団として活動を開始する。ツヴァイはいつものように私の影に、その他はいつものとおりカナンをお願いします」
『『『『『『了解しました』』』』』』
一斉に返事が来ると、マチュアは白銀の賢者モードに換装する。
そして転移の祭壇から一気にベルナー城へと飛んでいった。
○ ○ ○ ○ ○
久し振りのベルナー城。
ここは相変わらず中庭に転移の祭壇が設置されていた。
シルヴィーと共に転移してやってくると、祭壇の近くにいた騎士が丁寧に頭を下げる。
「お疲れ様です、女王陛下」
「うむ。しかしいつも言っているではないか。もっとこう‥‥堅苦しいのは嫌いなのぢゃ」
「ですが、ユーリ様が女王に対しての礼節を守りなさいということです」
「‥‥まあよい。先にマチュア殿を円卓の間へ案内してたもれ」
円卓?
それってアーサー王伝説じゃなかろうか?
そんなことを考えていると。
「了解しました。それではマチュア様、どうぞこちらへ」
「あっ、はい」
そう告げられて、騎士はマチュアを王城内の最上階に作られた部屋へと案内した。
何度も来た事のある王城だが、この部屋に来たのは初めてである。
案内された部屋の前までやってくると、騎士は静かに頭を下げるだけであった。
「あの、ここが円卓の間?」
「はい。幻影騎士団の詰め所です。私はここから先は入る事を許されていませんので、これで失礼します」
そう礼をすると、騎士は階段の手前まで戻っていく。
「はぁ。何かかたっ苦しいねぇ。暫く来ないうちに雰囲気が変わっているぞ?」
そんなことを呟きながら、マチュアは静かに扉を開ける。
そこはかなり大きい部屋であった。
室内の中央には巨大な円卓が一つ。
壁際と窓辺には、ゆったりと出来るようにテーブルセットも置かれている。
そして円卓の近くでは、執務官の机が一つ置かれていた。
「何じゃこりゃ? 幻影騎士団はこんなにかたっ苦しい騎士団ではないぞ?」
そう呟きながら、マチュアは円卓の適当な席に座ると空中からティーセットを取り出してのんびりとハーブティーを楽しむ。
茶菓子はバターと砂糖をたっぷりと使ったエミリア特製のバタークッキー。
これが意外と癖になる。
――ズズズズズッ
とのんびりとしていると、扉が開いてウォルフラムとアンジェラが入ってくる。
「いょーーーう。久し振りだねぃ」
「こ、これはマチュア様、お久しぶりです」
「お元気そうで何よりですわ」
「いやー、本当にね」
そんな挨拶をしながら、マチュアはいそいそとティーセットを出して二人にもハーブティーを差し出した。
「マチュア様、そのような事は私がやりますわ」
「いいからいいから。ここは私に任せてね」
次々とハーブティーを入れていくと、さらに騒がしいご一行様がやってくる。
――ガチャッ
「ハーブ茶とはまた風流な。マチュア殿、ご無沙汰しています」
斑目が頭を下げながら室内に入ると、適当な席に座る。
さらに。
「まーちゅーあーさーーーーん、おひさしぶりっぽい!!」
「おお、これはご無沙汰たでしたぞ。お元気そうで何よりぢゃ」
「マチュアさん、お久しぶりですわ」
ポイポイさんとワイルドターキー、そしてズブロッカまでやってくる。
こうなるとマチュアも大慌て。
「アンジェ、ティーセットここに置くから皆の分注いで。私はお茶菓子を出すから」
「はい。了解しましたわ」
昔ながらの呼び方でアンジェラを呼ぶ。
それに笑いながら返事をすると、アンジェラは皆のハーブティーのセットを並べていく。
「んぐっ‥‥喉がつまるぅぅぅぅ」
既に美味しいものを発見したポイポイがつまみ食いを行っている。
どんどんと胸元を叩いているので、少し冷ましてあったハーブティーを差し出すと、それを一気に喉に流し込んだ。
「んぐっ‥‥ぷはーーー生き返ったっぽーい」
「まったく。別に急いで食べなくてもなくならんぞ。この食いしん坊め」
「全く。幻影騎士団一の食いしん坊ですからねぇ」
そんな笑い声が聞こえていると。
――ガチャッ
と扉が開き、シルヴィーともう一人の女性が室内に入ってくる。
「全く。いつまで馬鹿騒ぎをしているのですか‥‥ここは談話室ではないのですよ?」
そう窘めるように告げる女性。
「まあまあ、幻影騎士団だけなんだから構わないじゃない」
そうマチュアが告げると。
「貴方は誰ですか? ここは幻影騎士団の詰め所ですよ。部外者は出ていって頂きたいのですが」
うぉう。
そう来るとは思わなかった。
慌てて女性の背後に居るシルヴィーを見ると、必死に笑いを堪えているのが判る。
「えーーっと‥‥」
そのまま他の騎士団の面々を見るが、皆笑いを堪えながらそっぽを向いている。
どうやらこの女性が、全ての元凶のようである。
「あの、貴方は?」
「私はユーリ・アンバーといいます。ラグナ王都から派遣された騎士団専属の執務官です。幻影騎士団は団長と副団長が共に不在、団員も適当に仕事をしていて騎士団とはいえません。なので、私が直接指示を出して、騎士団の綱紀粛正を行っているのです。判って頂けたら、そのまま部屋から出ていってください」
堂々と、まったく物怖じしないユーリに、マチュアは中々頼もしさを感じた。
「あらそう。ならばユーリ・アンバーに幻影騎士団副団長のマチュアとして命じます。とりあえず執務席に戻りなさい」
瞳を細くして呟くマチュア。
その言葉に、ユーリの顔が真っ青になった。
「ま、マチュア副騎士団長殿とは、その‥‥」
「まあ、いいんじゃない? 締めるところは締める。それはいいと思うわよ」
そのまま上座に座ると、マチュアはユーリにもティーセットとクッキーを差し出す。
「何か意見はありますか?」
「はい。では、敢えて言わせていただくと、幻影騎士団とは一体何をしているのか判らないのです。この国のロイヤルガードや他の国の騎士団などは常日頃から規律を重んじ、礼節を正し、常に民の手本となるべく切磋琢磨しています」
そこは一歩も引かないユーリ。
「ですが幻影騎士団はどうなのですか?」
「シルヴィーの私設騎士団にして、帝国ナンバー2の実力を持つ騎士団かな?仕事だって各種ギルドや各国の騎士団、貴族からの依頼があるから。それをこなしているだけでしょ?」
ズズズとハーブティーを飲みながら、マチュアが告げる。
「そ、それでいいのですか?」
「先程ユーリの伝えたことは、表立って活動しているロイヤルガードや騎士団がすればいい。私たちはシルヴィーの剣であり盾である。他の騎士団に対しての恐怖であればそれでいい。幻影騎士団はベルナー王家の騎士であると同時に、皇帝親衛隊に継ぐ権限を持っている事もお忘れなく」
ゆっくりと告げると、他の騎士団員も全員頷く。
「それに、幻影騎士団が本気で動くことがあったら、それこそ大陸全土や世界全体を揺るがす大事件ぐらいになるよ?」
「り、了解しました。では私の役目はこれまでですね‥‥」
そう呟いて立ち上がろうとするが。
「ということで、ユーリ・アンバーに命じます。引き続き幻影騎士団の執務官を続けて下さい。締めすぎると嫌な顔するけれど。そこそこに締めるのは構わないわ」
「という事ぢゃ。これで一件落着、引き続き頼むぞよ」
シルヴィーがユーリにそう告げると、ユーリも降参したらしく頭を下げる。
「それならば構いませんが、皆さんは堅っ苦しいのは嫌いでは?」
「強制は嫌だが、皆で決めた事ならば異存はないぞ」
班目の言葉にも一理ある。
「それでは、これからは皆さんのやり方を覚えながら、良き方に締めていきましょう」
――キラーーーン
とユーリの右目の片眼鏡が輝く。
「はいはい。これで話は終わりましたので、早速本題に入りましよう」
ウォルフラムがそう告げると、全員が席につく。
そしてシルヴィーがマチュアの横に座ると、全員が立ち上がって一礼する。
これにはマチュアも素早く反応し、皆と同じく一礼した。
「さて、いつものとおりにしたいのぢゃが、ここに座るとそんな事はいえないようぢゃな。実はとある事情で潜入調査を行う事になったのぢゃ」
「潜入調査とは、また厄介な仕事がきましたなぁ」
「普段は騎士団の教育係とか、護衛任務などですのに」
斑目とアンジェラがちょっと不安そうに問い掛けるが。
「それで、いま現在、手の空いているものはだれぢゃ?」
そう問われると、その場の面々は次々と口を開く。
「私とアンジェラは、ベルナー城の滞在期間ですから動けません」
「同じくですわ」
ウォルフラムとアンジェラが挙手して告げる。
「拙者は、サムソンの冒険者ギルドに侍の指南役で出向せねばならぬ」
そういうことで、斑目も消えた。
「では、ポイポイたちは?」
シルヴィーがそう問い掛けると。
「儂とズブロッカ、ポイポイの三人はティルナノーグの冒険者ギルドから技術要請がはいっているのじゃ」
「侍と精霊魔術師、それとスカウトの技術講習があるのですよ」
「ということっぽい」
シルヴィーに問われてそう返答を返す三人。
「ストームが欠席なのは痛いのう。マチュア、何か聞いているか?」
「ここだけの話ですが、多分今頃は北方大陸で神様相手に喧嘩しています」
――ブッ!!
その場の全員が一瞬で固まる。
「か、神様ぢゃと?」
「正確には亜神かな? 私もこの前までは魔族と喧嘩してきたし」
「もうよい。幻影騎士団でもストームとマチュアは例外なのは十分にわかっているわ‥‥ほら見るのぢゃ!!」
そうシルヴィーが告げながら、執務席で議事録を取っているユーリを見る。
彼女は、呆然とした表情で幻影騎士団を見ていた。
「あ、あれ? みなさんちゃんと働いているのですか」
「当然ぢゃ。ここにいる幻影騎士団の冒険者クラスは全員S。そんじょそこらの冒険者では歯が立たないのぢゃよ? だから彼方此方に技術講師として派遣したりしているのぢゃ」
えっへんとえらそうに告げるシルヴィー。
それよりも驚いたのは。
「あ、あれ?? 全員Sになったの?」
「正確にはA+ですわ。S認定はポイポイさんとウォルフラムだけですね」
アンジェラがそう話すと、申し訳無さそうなウォルフラムと偉そうなポイポイさんがいた。
「はぁ。あんた達いつのまに?」
呆れた声でそう問い掛けるマチュア。
「色々と任務をこなしていたら、いつのまにか」
「ポイポイは、ずっとティルナノーグの試しの回廊で訓練していたっぽい」
とんでもない実力者が揃っている幻影騎士団。
「ありゃー。うちの騎士団抜かれたわ」
あきれた表情でぼやくマチュア。
そこにシルヴィーが止めを刺しに来た。
「カナン魔導騎士団はどのように?」
「トップ4はSだけど、その他はA。だからここの連中よりは弱いなぁ」
「ちょっとまつのぢゃ、カナン魔導騎士団は一体何人いるのぢゃ?」
「はぁ。王城勤務者は全て騎士団員ですが」
「「「「はぁ?」」」」
ポイポイと斑目以外が驚く。
「拙者とポイポイは、一度技術指南でカナンに出向した事があるので知っていたが?」
「そのとおりっぽい」
うんうんと頷く二人。
「そっかー」
「ちなみにマチュアさんを抜いたっぽい? 」
あえて挑戦してくるポイポイだが。
「ほら。こう見えてもトリプルSのトリックスターだ。抜けるものなら抜いてみなさい」
そう告げて円卓にギルドカードを置く。
「どうみてもシルバーっぽいいぃぃぃぃぃぃぃぃ? ミスリルプレートっぽい」
流石に全員が凍りつく。
「レインボーカードのSSよりも上があるなんて。伝説でしか知らないな」
「そうね。過去にSSSなんてクラスいたかしら?」
ウォルフラムとアンジェラがそう呟くが。
「居たわよ。過去に三人だけ」
「うんうん。ポイポイもそれは知っているっぽい」
そう呟いた時、マチュアは慌てて手をパンパンと叩く。
――パンパンッ
「はいはーい。もうその話はお終い。で、誰が潜入調査するのかしら?」
そう問いかけてみると、全員がマチュアを見る。
「‥‥まさかぁ?」
とりあえず笑ってみるマチュアだが。
「そうだなぁ。手が空いているのは副団長だけかぁ」
「左様。ここは参謀殿自ら潜入していただいて、他の団員達の手本となるべく」
「けれど、マチュア様は、カナンの女王の仕事もありますから、国を空けておく事なんて出来ないでしょう?」
ウォルフラムと斑目、アンジェラがそう問いかけているが。
「いゃあ。別に国は私の代行をしているものがいるからなんとか‥‥ちょっとまった!!」
「今確かにおっしゃったのう」
髭を撫でながらワイルドターキーが呟くと、横に座っていたズブロッカも頷く。
「ポイポイも一緒に行ってあげたいけれど、任務だから行けないっぽい。マチュアさん、頑張ってねー」
頼みの綱のポイポイにも裏切られる。
副騎士団長相手といえども、一切手加減がないのが幻影騎士団である。
「という事ぢゃ。任務内容は南方のバイアス連邦に潜入して、何が起こっているのか調査するのぢゃ」
「またざっくばらんな」
「そのザック・バランさんは何処の誰ぢゃ?」
「人名ではありませんよ。ざっくばらんは和国の言葉ですよ。で、それで何が起こっているというか、何かヒントはないのですか?」
そう問い掛けると、シルヴィーも腕を組んで唸る。
「まあ、詳しくはシュミッツ殿が知っている。先日の六王会議で出た議題の一つが『バイアス連邦に不穏な動きあり』だったのぢゃ。レックス皇帝もその案件の調査を幻影騎士団に命じたのぢゃ」
「そうか‥‥レックス皇帝の命じた依頼かぁ‥‥それってかーなーりやばい案件じゃないかよ!!」
思わず本音を出すマチュア。
だが、既に時遅しである。
「まずはシュミッツ殿の元に行って来るのぢゃ。そこで詳しい話を聞いてみて欲しい。わらわは幻影騎士団から数名派遣するという話をしていただけぢゃからな?」
頭を抱えているマチュア。
まさかこんな話とは思わなかった。
「気楽に時間つぶしが出来る依頼かと思ったら、気楽どころか命が掛かっているような気がしますがねぇ‥‥それに私一人ですか?」
「まさかぢゃよ」
そのシルヴィーの言葉にマチュアは落ち着きを取り戻す。
「それで、後はどなたが? 」
「マチュアの知り合いの忍者の子がいたぢゃろう? エンジとかいう子が」
「あれは私のゴーレムじゃないですか!! 結局一人なんですね? 判りましたよ行ってきますよ」
もう観念したマチュアだが。
「正直に言うと。マチュア以外はラグナ・マリアに留まっていて欲しいのぢゃ。有事には動いて貰わないといけないから」
「でしょうね。では早速行ってきますよ」
シルヴィーの頭をぽんぽんと叩くと、マチュアは一瞬でシュミッツの住むシュミッツ城地下の転移魔法陣へと転移していった。
○ ○ ○ ○ ○
ラグナ・マリア帝国最南端にあるシュミッツ王国領。
王都シュミッツ地下に作られた転移門にマチュアはやってきた。
――ジジジッ‥‥パシュッ
魔力による放電現象が発生し、マチュアの体が発動光に包まれて輝く。
やがてそれも収まると、跪いていたマチュアがゆっくりと立ち上がる。
「デデッデーン‥‥て、ターミネーターかよ。これどうなっているんだ?」
慌ててマチュアは魔法陣に手を当てて損傷していないか確認する。
が、特におかしいところはない。
「あっれー?これどうなってるんだ?」
魔法陣の上をウロウロとするマチュア。
すると、転移門を監視している騎士が慌ててマチュアの元に駆けつけた。
「どなたかと思いましたらマチュア様ですか。お疲れ様です」
「はいはーい。で、これ誰が弄った?」
「シュミッツ殿の要請で、ミスト殿が派手な転移魔法の視覚効果をつけました。王族とその周辺の方が来られたらすぐに確認できるようにとの事です」
「そういう事だ。久しいなマチュア」
ゆっくりと階段を降りながら、シュミッツがマチュアに話しかける。
「成程。執務室にいても分かるようにですか。幻影騎士団参謀マチュア、シルヴィーの命令で馳せ参じました」
「なぬ?幻影騎士団が来るとは聞いていたが、本当にマチュアが来るとはな」
「ははは。暇だったの私だけなのですよ。それで、今回の潜入調査についてですが、詳しい話をお聞かせいただきたいのですが」
「まあ、それは私の部屋で話そう。しかし、一番暇な騎士団員が一国の女王とはなぁ。つくづく幻影騎士団がおかしく見えるわ」
「まあ、そんなものでしょう?」
などと他愛ない会話を続けながら、二人はシュミッツの執務室にやって来る。
そして二人とも椅子に座ると、シュミッツがゆっくりと話を始めた。
「バイアス連邦が不審な動きをしている。かの国はシュミッツ王国領の一部と国境を接しているのだが、竜骨山脈の左脚山岳部辺りの土地は元々はバイアス連邦所有だから返還せよというのだ」
ゆっくりと言葉を選びながら説明するシュミッツ。
それをマチュアは頭の中に叩き込んでいく。
「その辺りの土地は、なにか特別な地区なのですか?」
「ああ。殆どが森林と山岳部で人は住んでいない。が、あちこちに魔導王国スタイファーの名残と思われる遺跡群がある。恐らくはそれが目的であろう」
「へぇ‥‥」
軽く返事はするものの、バイアス連邦の目的が古代魔法王国の遺産であることは確かである。
が、本当にそんなものがあるのかどうか眉唾であった。
「まあ、それとは別件だが、バイアス連邦王家の第三皇子がシルヴィーをたいそう気に入ったらしくてな。例の竜王祭の時にお忍びで貴族と偽って見ていたらしい」
――ポン
と、手を叩くマチュア。
「あのー。そっちが本当の調査依頼じゃないのですか?」
「いや、どっちとも取れない。このタイミングでの話となると、何か繋がりがあるかもしれないからな」
「まあ、適当に調べてみますよ。それで第三皇子とはどこに行ったら会えますか?」
空間からティーセットを引っ張り出して並べると、ハーブティーをシュミッツに差し出す。
「済まないな。マチュアの入れるハーブティーが絶妙でな。第三皇子のモーゼルは、今は王立魔導学院の寄宿舎にいる。成績はかーなーり悪い」
「え〜っと。質問しますが、シルヴィーから聞いた話の潜入調査って、バイアス連邦に潜入するのではなく魔導学院に潜入という事ですか?」
「そこは任せる。バイアス連邦の調査が本来の目的だが、そのパイプとしてモーゼルと知り合いになるのもいい」
「全く。そうなると本当に私にしか出来ないじゃないですか」
やれやれと諦め気味に告げるが。
シュミッツはにこやかに話をする。
「これが当面の資金と、バイアス連邦王立魔導学院、通称『フリードリッヒ魔導学院』の入学推薦状だ。宜しく頼むぞ」
各種貨幣の入った袋と丸められた一通の書面を差し出すシュミッツ。
「やっぱり潜入調査って学院じゃないですか!!わざわざこんな書面まで用意して」
「まあな。推薦状はラグナ・マリアの魔道士で先導者でもあるヤミクモ女史にお願いした。簡単な試験ぐらいはあると思うが、マチュアなら大丈夫だろう?」
「全く。それじゃあ行ってきますよ。定期的に連絡は入れますので」
ブツブツと文句を言いながら、マチュアは空間からバックパックを取り出して受け取った袋と書面を放り込む。
そして魔術師の初期装備に換装すると、部屋から出ていった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






