北方大陸の章・その12 後始末かとおもいきや
大量の料理を作り終えて、エンジ邸の一同は応接間で一休みしていた。
マチュアは自分のバッグの分とストームのバッグの分、そしてジョセフィーヌに持たせておく為の分を3日がかりで仕上げたのである。
寸胴だけでも30以上、さらにサンドイッチやらティーセットやら、各種デザートやらを、ストーム以外の全員で作り続けていたのである。
その甲斐もあって、暫くは冒険先でもバリエーション豊富な食事を摂ることができる。
「さてと。エンジはイーストエンドでアルファの様子を見てきて頂戴。私は王城に顔を出してくるから」
『了解しました』
丁寧にそう説明すると、エンジはコクリと頭を下げて屋敷から出掛ける。
「マチュア様、このシュトラーゼでの仕事は終わったのですか?」
「いやぁ。まだだよ。むしろここからが本番だね。それじゃあ行ってくる」
手をヒラヒラと振りながら、マチュアは屋敷を出ると王城区の入り口へと向かった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ミナセ女王、本日はお忍びですか?」
王城区正門前で、魔法の絨毯に乗ってやってきたマチュアに騎士が問いかける。
ついうっかり、マチュアは商人モードでやって来たのである。
「あ、あらら。ちょっと待ってくださいね」
――シュンッ
一瞬で女王モードに換装すると、改めて騎士を見る。
「これで宜しいですか?」
「ご自由な格好でどうぞ。大公からはミナセ女王は無条件で通せとのお達しです。二人、女王陛下の先導を頼む」
「「はっ!!」」
隊長らしき騎士の命令で、二人の騎士が馬を出してマチュアの前に立つ。
「王城まで先導します」
「はい。それではよろしくお願いします」
マチュアがニコリと笑いながら返事をすると、二人の騎士は慌てて敬礼をして馬を歩かせる。
そしてそのまま街道をゆっくりと進む。
以前通った時は、アンダーソン大公との交渉について色々と考えていた為、あまり風景を眺めてはいなかった。
だが、今はゆっくりと風景を楽しむことができる。
そう考えると、このシュトラーゼ公国の文化の高さはかなりのものである。
「綺麗な石畳の歩道と、馬車や馬が通るための車道がしっかりと整備されている。都市部もきちんと区画整理がされていて、ガス灯があちこちにあるのか‥‥」
「ええ。全て王城にある書庫に収めてあった古い文献を解読して作ったものらしいです」
マチュアの声が届いたのか、一人の騎士が振り向きながら説明してくれた。
「そうなのですか。是非一度見てみたいものですね」
「書庫は国家機密ですよ。残念ですが」
あら残念。
まあ、カナンの魔導技術も国家機密なのでそういうものなのだろう。
やがて馬車は王城へと続く跳ね橋を越えて、王城正門にやって来た。
そこで絨毯をしまうと、マチュアは騎士に案内されて謁見の間へと通された。
玉座から降り、階下に立ってアンダーソン大公は待っていた。
「これはアンダーソン大公。御元気そうで何よりです」
「ミナセ女王か。貴女には何と礼を尽くして良いか分からん。改めて礼を言う」
軽く会釈すると、アンダーソンは窓辺にあるテーブルに向かう。
カナンにも同じようなものがあるため、マチュアは驚く事なくすんなりと席に着く。
「ミナセ女王、ご無沙汰ですわ」
用意してあったティーセットからハーブティを注ぐと、アーカムがマチュアに差し出す。
「あら、まだいたの?」
――ヒクッ
そのマチュアの声に、頬をビクつかせるアーカム。
「一年だけよ。その時までは休戦で構わないわよ」
「フッフーン。良いわよ。あんたぐらい強くないと、私も本気になれないからね。その時は直接私に喧嘩を売りに来てね」
「約束通りカナンには手を出しませんよ。私はね‥‥」
「まあ、それは後日勝手にやりたまえ。さて、礼を告げた事だし、早速本題に入ろう」
アンダーソンの顔が王に変わる。
ならばとマチュアも女王としての威厳を保ちつつ、ゆっくりと話を始める。
「ラマダ公国やククルカンの事を持ち出す気はありません。まあ、ゼフォンに乗っ取られていても意識はあったのでしょう?カナンには手を出さないで頂きたい」
「ゼフォンは私の意思も代行していた。だからこそ、我々はウィル侵攻の手を止めることはない」
「どうしてもと言うのなら開戦となりますが?」
マチュアにとってもこの返事は予想外。
ここは一旦引くところだろう?
とも考えたが、アンダーソンは強硬である。
「ならばそれも止むなし。この北方グラシェード大陸平定の折には、我がシュトラーゼ公国はウィル大陸侵攻を開始する!!」
力強い宣誓。
一国の女王に対しての宣誓ならば、これは明らかな宣戦布告である。
「良いでしょう。その時は我がカナンも全軍を持って迎撃させて‥‥大陸平定後?」
ふと、先ほどの宣誓に疑問を感じる。
「うむ。未だグラシェード大陸は戦禍の中にある。大陸南方はシュトラーゼ公国が属国として吸収したものの、中原と北方は未だ動乱の最中にある」
やれやれと言う感じでアンダーソンは告げる。
「それらを纏め上げなくては、シュトラーゼがウィル大陸侵攻を開始した時に後ろから襲われかねん。まずは足元を固める」
頷きながら告げるアンダーソンだが。
「あの、大公?それって貴方が生きている間に終わりますか?」
恐る恐る問いかけてみるが、アンダーソンは表情一つ変えることない。
「さあな。大陸侵攻の障害である北方諸国が厄介でな。それに今年は確か、氷壁の結界に綻びが出来る。神器争奪の為に、不可侵条約を破棄するもの達が出ないとも限らん」
「そうね。この前見て来たけれど、氷壁周辺の地域にはかなりの国が騎士団を駐留していたわね。あれが一斉に動くとなると、かなり厄介よ」
アンダーソンに続いてアーカムも告げる。
「と言うことだ。ウィル大陸侵攻は我がシュトラーゼ公国の五百年の悲願、私の代で止めることは出来ない。いずれ侵攻の準備ができたならば正式に宣戦布告を通達する。これで異存はあるまい?」
表情一つ変えないアンダーソンに、マチュアはパン、と、両手を叩く。
「よろしい。アンダーソン公王の名で正式に宣戦布告が通達された時には、こちらも精一杯防衛させて貰うわ。それまでは、別に国交を開いても構わないわよね?」
「国交も断る。そのような馴れ合いは行わない。今まで通りにシュトラーゼに来るなら構わないし、出ていくのも止める気はない。今まで通りだ」
「あったま硬いわねぇ。ラマダ公国とククルカン王国の件についても、まだ正式な謝罪を受けてないわよ?」
「謝る必要がどこにあると?この世界は弱肉強食。文句があるなら軍を率いて攻めて来るがよい。最も、カナンは他国に対しての侵攻などしないだろうがな」
一筋縄ではいかない。
こちらの考えをある程度理解しているアーカムが、どうやら正式に参謀についているのである。
「いや〜頭にくる。まあ、そう来るのならラマダとククルカンの件は不問にするわよ。元々ラマダは私とはあまり関係なかったからね」
「当然だ、賢い選択だな。では話はこれまでだな。まあ、シュトラーゼで過ごしていて困ったことがあったならいつでも来い。ミナセ女王とその従者達は外交特権としての保護を受ける事が出来るからな」
それだけを告げると、アンダーソンは席を立って部屋から出ていく。
「はぁ。つまりは?」
「戦争はするが、こちらが宣戦布告するまでは手を出さない、いつ出来るか分からない。シュトラーゼにいる間に何かあったら相談してくれ。以上ね」
ガクッとテーブルに顔を埋めるマチュア。
「恐ろしいツンデレだな」
「デレてもいませんけれどね。では、私もこれで」
立ち上がるアーカムにマチュアは慌てて近寄ると、スッと手を差し出す。
「握手で仲直り?」
ガシッと差し出された手を握るアーカムだが。
「まっさかー、GPSコマンド起動。さっきの話の氷壁の位置情報貰うわよ!!」
「ふざけないで!!」
素早く手を払うアーカムだが。
マチュアは一瞬でアーカムの情報のいくつかを引き出した。
「へぇ。貴方はゴーレム作れないのか」
「材料がないのよ。それに、材料があったとしても、制御が出来るかどうか分からないのよ」
「へぇ。なら、これは貸しにしてあげるわ」
そう話しながら、マチュアはバックパックから未完成のミスリルゴーレムを取り出すと、深淵の書庫で微調整を行う。
その光景を、アーカムはじっと見えた。
やがて調整が終わると、マチュアはゴーレムをアーカムに差し出す。
「そろそろその子の体を解放して。このゴーレムになら憑依できるでしょう?」
「そんな事が?」
ソーッとゴーレムに触れるアーカム。
そしてアスタロッテの身体から黒い霧が吹き出してゴーレムに憑依する。
――ムクムクッ
とゴーレムの外見がクリスティナの外見に戻っていくと、アーカムは侍女の姿に換装した。
「驚いたわねぇ。ここまでゴーレム技術を確立していたなんて」
「まだまだよ。変形合体まで持っていかないと、完全なゴーレムではないわよ」
「ふぅん。まあいいわ。新しい体をありがとうね」
壮大な浪漫であるが、アーカムには理解できない。
知識はあるが、そこに浪漫を求めるのはどうかと。
そして意識を失っているアスタロッテを抱き抱えると、アーカムは部屋から出て行った。
「さて。当面の平和を確保する事ができたし、ようやく遊べるか」
やれやれという感じで立ち上がると、マチュアも謁見室から外に出る。
そして待機していた騎士に案内して貰うと、王城を後にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「で、こうなったのね」
屋敷に戻ってきたマチュアの前には、畏まって震えているアルファと、ようやく魔障酔いから解放されたクリスティナが正座している。
「あの、えっと、その、マチュア様がミナセ女王とは知らずにご無礼を‥‥」
「わ、私も、いつもサムソンにいる馴染み亭の主人がミナセ女王とは知らずにご無礼を‥‥」
二人とも真っ青になって座っている。
その傍には、エンジが困った顔をして椅子に座っていた。
「エンジ、どういう事かしら?」
「どうって、他愛のないカナン名物の正座ですが何か」
――スバァァァァァン
久しぶりの魔導ハリセンが炸裂する。
「どうしてこうなったのよ?」
「えーっと、アルファを探して一連の報告をしてね、直接マチュアに報告したいっていうから連れて来てあげたのよ。で、クリスティナはさっき意識を取り戻して、どうしてここにいるのか判らなかったのをエミリアが事細かに説明して‥‥」
――ハァ。
ため息ひとつ告げるマチュア。
「それでエミリアは?」
「ジョセフィーヌが説教してます。あの子、意外とアホの子なので」
「もういいわ。二人も正座はやめて普通に座ってね」
瞬時に服装をラフなチュニックに着替えると、いつものマチュアに戻る。
「で、ですが‥‥」
「そんな恐れ多いです」
――ガチャッ
「おーい、食料取りに来たぞ。って、なんでクリスティナは正座してる?」
オドオドしている二人に追い討ちをかけるように、ストームがやってくる。
「まあ、色々とあってねぇ。こちらはアルファ、イーストエンドの食材に大量の魔障が注がれていたのを浄化してもらっていたのよ。で、うちのアホの子が私の正体をバラしたのよー」
「ふぅん。別にマチュアの正体が何者かなんて関係ないんだけどな。じゃあ料理貰っていくぜ」
「ジョセフィーヌに預けてあるから、貰ってって」
とストームが厨房に向かうのを確認すると、改めて二人を見る。
「まず、私はのんびりと平穏な生活がしたいのよ。女王になる前の自由な生活がね。といって、今の責任ある立場を無責任に放棄なんてできない」
この説明には、二人は大きく頷く。
「なので、私が女王の正装や白銀の賢者モードの時以外は、普通に接して欲しいのよ。普段から二人が畏まってると正体がバレるのよ」
その話でようやく理解してくれたらしい。
クリスティナとアルファの二人は大きく頷くと、ようやく正座から戻り椅子に座る。
「そ、それにしても驚きで‥‥すよ。まさか馴染み亭の主人が女王だなんて」
「クリスティナなら分かるでしょ。サムソンの私は錬金術師のマチュアですよ。アルファ、報告はエンジから聞いたわ。取り敢えずはこれで仕事はおしまい。貴方を雇った契約はここまでだから、教会で洗礼を受けて立派な修道女になってね」
「は、はい。ありがとうごさいました」
これで全ては一件落着。
ここに滞在する理由なんてどこにも見えないが、一応ここはシュトラーゼ公国の活動拠点にしたい。
――ブゥン
手の中に転移の祭壇を作る旗を生み出すと、奥からジョセフィーヌを呼ぶ。
「ジョセフィーヌ、ちょいと用事よ〜」
「は、はい。どのような御用で?」
パタパタと走ってくるジョセフィーヌに、マチュアは旗を手渡す。
「建築ギルドに向かって、この屋敷を買い取りたいから値段を教えろと伝えて。で、適正価格なら、纏めて支払って来て」
バックから白金貨の入った袋を取り出すと、それをジョセフィーヌに預ける。
「ではいってまいります」
軽く頭を下げてから、ジョセフィーヌは部屋から出る。
それと入れ替わりに、ストームが応接間に入って来た。
「話は終わったのか?」
ターキーサンドを齧りながら、ストームがクリスティナ達に話しかける。
そのストームの姿を見て、内心ホッとするクリスティナ。
「どうにか落ち着いたわ。本当に驚いたわよ。死ぬかと思ったわ」
「は、はい。えっと、その、驚きでした」
何とか落ち着く二人だが。
マチュアはニイッと笑う。
「まだまだ驚くことはあるんだけどねぇ」
「まあ、こいつと一緒にいるとこんな事ばっかりだからな。クリスティナは後で、マチュアに転移で送って貰えばいいさ」
「転移?」
「そ。うちのカナンとシルヴィーのベルナー、ストームのサムソンは全部転移門で繋がっているのよ」
さらっと告げるマチュアだが。
――スパァァァァァン
「お、ま、え、バラすなよ!!」
剣聖のハリセンがマチュアの顔面に直撃。
そして恐る恐るクリスティナに振り向くと、彼女は顔面蒼白で頭を下げている。
「ストー‥‥フ、フォンゼーン陛下とは、どうかお許しを‥‥」
国王の名前すべてを思い出したクリスティナ。
まさか、いつも酒場で飲んで馬鹿騒ぎしていた鍛冶屋が、自分の住む国の王だとは思っていなかった。
マチュアが女王である事以上の驚きである。
「あー、もういいわ。多分マチュアから話聞いているんだろうから、俺も普段着の時は鍛冶屋のストームで頼む」
深々と頭を下げるストーム。
「そんな勿体無い、いえ、いつも通りで、頭を上げてください」
動揺しているクリスティナとアルファが落ち着くまで5分。
その後は、 何とかいつもの平穏を取り戻して、暫し楽しいお茶会を堪能していた。
‥‥‥
‥‥
‥
あれから数日。
ストームは連日一般区にある雑貨屋に足を運び、マチュアは午前中は貴族や商人からの来訪責めにあっていた。
アンダーソン大公は以前と変わらずマチュアの事など殆ど無視、女王として姿を見せない限りは話をしないと一貫した態度を取っていた。
アルファについては、マチュアが書いてくれた紹介状をゼオン教会の枢機卿に手渡したことで、昨日から教会で働いている。
全てが順風満帆である。
そうだと良かった。
「ふぅ。ジョセフィーヌ、今日のこの後のスケジュールは?」
「特にありませんわ。午後からはご自由に」
ニコリと笑いながら話をするジョセフィーヌ。
「そお?ならちょっと出かけてくるわ」
賢者モードに換装し、ローブだけ普段使いのものに交換する。
これでノーマル賢者モードになるので、正体不明の魔術師で話は通る。
「それで、どちらへ?」
「北方氷壁。夕方には戻るから」
それだけを告げると、マチュアは一瞬で転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
――ヒュンッ
アーカムの知識から回収した氷壁の座標軸を参考に、マチュアははるか上空に転移した。
そこは突風吹きすさぶ極寒の地。
気温、約−30度。
まだ、バナナで釘が打てない温度である。
「ちょ、高すぎた。箒っと」
予備の箒を取り出して落下中に跨る。
それで墜落死を防ぐと、今度は耐冷処理である。
「耐冷防御っと、維持に切り替えて‥‥お、寒くなくなったぞ?」
そのまま高度を下げながら、上空から氷壁を眺める。
眼下には、小高い山一つが巨大な氷に包まれている光景が広がっていた。
氷は円柱状に垂直に切り立ち、何者もの侵入を拒んでいた。
円柱の直径は約8km、その周囲を大森林が囲っている。
その森林にも、東西南北四方に何処かの軍が駐留しているのが見えた。
「やれやれ。このサイズとは思わなかったよ」
ゆっくりと周囲を飛びながら高度を下げる。
時折氷壁に近づこうと試みるが、魔法による結界と氷壁の周囲を巡る魔法の暴風のお陰で自由に飛ぶことも出来ず、マチュアの行く手は阻まれてしまった。
止むを得ず、マチュアは高度を下げながら降りられる場所を探すと、一旦そこに着地した。
そして箒に座ったまま、氷壁を観察していたが。
「そこの貴様。どこの所属だ!!」
付近の森から数名の軽装した冒険者が姿を現した。
手にクロスボウを構え、マチュアを威嚇している。
「通りすがりの冒険商人です。儲け話がないか飛んでいた所ですが何か?」
「飛んでいた?何を言っている。今からそちらに向かうから、ギルドカードを出しておけ」
マチュアを威嚇したまま、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
殺気を感じないところから、仕掛けてくる気はないようである。
やがて一人の冒険者がマチュアの前にやってくると、ギルドカードを受け取って確認する。
「登録クラスを確認しろ」
「隊長、商人ですよ。問題なしです」
その言葉で隊長は仲間に武器を降ろすように指示する。
「さて、これで疑いは晴れましたか?」
「ああ、済まなかった。が、商人や冒険者なら、ここがどんな場所か分かっているだろう?」
「氷壁で、中になんかあるという事だけは知っていますけど。それがどんなものかなんて知らないのですよ」
これは事実。
『神殺しの神槍』とは聞いていたが、それが何であるかなんでマチュアは聞いてもいない。
「そうか。まあ、一介の商人風情が顔を突っ込んで良い案件ではないからな。あまり氷壁には近づくな、我々は氷壁に近づく奴を殺せと命令されているからな」
「はいはい。そもそもあの暴風を突破なんて出来ませんよ。それじゃあね」
――フワッ
と空に飛び上がると、マチュアは氷壁から距離を取ってぐるりと回り始める。
足元からは、先程の冒険者達がマチュアを追い掛けて何かを叫んでいたが知った事ではない。
やがて森が途切れたあたりで、マチュアは小さい集落を見つけた。
何人もの村人が飛んでいるマチュアを指差して何かを叫んでいる。
「あちゃー、言葉が通じないぞ」
慌てて深淵の書庫を発動し、聞こえてくる声をサンプルとしてデータ解析をする。
と、深淵の書庫の中に、彼らの言語があるのを確認したので、自動翻訳に切り替えた。
「よしよし。さて、話を聞きたいなぁ」
ゆっくりと高度を下げると、マチュアは村のはずれに着地する。
そこに弓を携えた男たちがやってくると、マチュアに向かって身構えた。
「何者だ!!」
「どこの国の兵士だ? 協定を破るのか?」
「名を名乗れ!!」
次々と叫ぶように話しかけてくるので、まずは相手を落ち浮かせよう。
「私はマチュアという冒険商人です。この界隈には、商品になる資源がないか探しに来ました」
身振り手振りも交えて話していると、どうやら分かってもらえたのか武器を収めた。
「そうか、それは失礼した。私はイァンクという。この村の長を務めている。何処の国にも所属していない商人なら歓迎しよう」
「ほっ。それは助かります。て、この村はなんという村ですか?」
「そうか、ここはニシコタンだ。インカルシペを守護する村の一つで、近隣の国とは不可侵の協定を結んでいる」
「インカルシペ?」
知らない単語が飛んでくると、マチュアも頭を傾げる。
「ああ、あれがインカルシペだ」
とイァンクが指差した先には、先程の巨大氷壁がそそり立っている。
「あー、あれかぁー」
思わず氷壁を向いて頭を下げるマチュア。
その様子に、イァンクや他の人々も笑っている。
「まだ結界が強いし、カムイシュネも今日は見えない。カムイモシリからカムイがやって来ていないから、礼をしても何もないぞ」
何を言っているのかさっぱりわからん。
「あの、簡単に説明してもらえますか?」
「ああ。カムイシュネはあのインカルシペの中にある神殿に灯る篝火だ。カムイモシリは神殿の向こうにある神の世界、カムイは神を表すが、我々の種族の名でもある。ここは寒い、一度我が家にいこう」
丁寧に説明を受けながら、マチュアはイァンクの家へと案内される事となった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






