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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第五部 暗躍する北方大陸
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北方大陸の章・その8 みんな悪い事考えてます

 マチュアが謁見の間を出てから。

 室内ではアンダーソン大公とアーカムの二人が差し向かいでテーブルを挟んでいた。


「アーカム、話が違うぞ。まだあの女は生きていたではないか?」

 アンダーソンは腕を組んだまま、腹立ちを抑えずに目の前にいるアーカムに告げる。

 だが、アーカムは涼しい顔をしながら返事を返した。

「まあ、あの女なら、考えれば解毒ぐらいはするでしょう。けれど、呪詛毒の解毒まで気づいていたとはねぇ」

「どういう事だ?」

「あの女の体を蝕んでいたのは、メレスの植物から生成した毒。ただし、ちょっと改良してあってね。私が組み込んだ範囲型呪詛と同調させてあるのよ。解毒だと呪詛が残って体内に浸透するのよ。だから解毒と解呪、ふたつの複合魔法を使わないとダメ」

 ほう。

 アーカムの説明を聞いて、アンダーソンの溜飲も多少下がる。

「それでね、浸透した呪詛は本人の魔力の高まりと、あるキーワードで爆発的に体内で増殖、魔術師にとって致命的な『体内魔力回路』と呼ばれている魔力の順回路を閉鎖していくのよ」

「あー、端的に説明頼む。アーカムの話は判らない事が多過ぎる」

 どちらかというと脳筋のアンダーソン。

「まあ、簡単にいうと、時間が経つ毎に衰弱して、やがて死に至る。あの呪詛を只の呪いと考えて解呪しようとしても不可能。但し、呪詛毒という毒の解毒を思いついたら、体内の免疫でワクチンを作れるから解毒可能なのよ」

 ぽりぽりと頭を掻きながら、アンダーソンが立ち上がった。

 ワクチンと言われても、全く分からない。

「つまりは、あいつは解毒に成功して、反撃に出たという事か。なら、とっとと始末した方がいいだろう?」


――パン!!

 と拳を打ち鳴らすと、扉に向かうアンダーソンだが。

 アーカムはその手前にスッと転移すると、アンダーソンを制した。

「ちょっと待って頂戴。私の予測よりもあの女の方が早く対処した。恐らくはアンダーソンが動くのまで計算している筈よ。さっきの謁見で、私とアンダーソンが魔族なのはバレたみたいだけど、だからと言って手を出してなんて来れないわよ」

「そうか?」

「ええ。どうせ今晩にでも乗り込んでくるわよ。ただ、私の知っている事と少し違うのよねぇ‥‥」

 頭を捻りながら、アーカムが呟く。

 何処と無く嬉しそうで、そして悔しそうでもある。

 その雰囲気に、アンダーソンも頭を捻る。

「少し違う?どういう事だ」

「後ろで控えていた騎士ね。あの性能を引き出すのは私では出来なかったのよ‥‥」


――パチンッ

 と指を鳴らすと、アーカムの影から三人の人物が姿を現した。

 以前にマチュアを襲った、黒ずくめの三人組である。

「なんだ。アーカムの作った操り人形ではないか。これがどうした?」

「メレスではミスリルは手に入らなかったのよ。だからこちらの世界の人間と鉄を素材にして作ったんだけれどね。これでも、あの女のミスリルゴーレムと同等の戦闘力はあるのよ。元々の冒険者時代の戦闘強度はAなのだから」

「そいつらが三位一体の攻撃をした時の戦闘強度はSだろう?なら、たかがミスリルとやらのゴーレム一体程度、大したことはないだろうが?」

 一旦椅子に戻ると、アンダーソンはアーカムにそう問いかけていた。

 それを聞いて、アーカムもまた三人を影に戻すと、席に座った。


「駄目ね。あの後ろの騎士が本気で掛かってきたら、この子達なんて一瞬で解体されるわよ。それに呪詛毒を解除したあの女、以前よりも戦闘強度が上がっているのよ」

「ほう。中々やりがいがあるなぁ」

 アーカムの話を聞いてニヤニヤと笑うアンダーソン。

 戦闘狂という言葉がよく似合うタイプである。 

「人間は突然成長するから厄介なのよねぇ。まるでスーパーサイヤ人みたい」

 アーカムもまた、楽しそうに笑いながら目の前に映し出されているものをじっと眺める。

 それはアンダーソンには認識できない、アーカムの能力。

 マチュアやストームと同じように、アーカムもウィンドゥを展開している。

「駄目ね。ここずっと見ていたけど、スキルの追加もステータスの変動もない。あの女みたいな空間収納も出来ないわねぇ」

 目の前のウィンドウを操作しながら、アーカムが悔しそうに呟く。

 アンダーソンには、何を言っているか、何をしているか理解できない。


「アンダーソン、私たち魔族が強くなる方法は、なんでしたっけ?」

「手っ取り早いのは強い奴を倒すかな?倒した相手の魔族核を取り込んで吸収すると強くなる。もう死んじまったが、ほら、ファウストとかいうのがやった方法だろう?」

「そうね。私もカミュラを殺して魔族核を奪ったのだから」

「だろう?」

 自慢げに呟くアンダーソンだが。

 アーカムは頭を左右に振った。

「けど、私の中にはカミュラの知識はあっても、何故か魔族核は形成されていない。どうしてかしら‥‥」

「生まれついての魔族でなければ魔族核は存在しない。後から付け足すこともできるが、アーカムはやらなかったのか?」

「やったわよ。でも定着しなかった。お陰様で、私はこちらの世界に来れなかったのよ?肉体構成が出来なくてね‥‥」

 握りしめた拳が震える。

 それを察知して、アンダーソンが笑う。

「ハ――ッハッハッ。だが、今のアーカムは肉体を得ているではないか?その身体はもう魔族核を形成したのだろう?」

「メフィストが依代を使って召喚してくれたからどうにかなっているけれどねぇ。最初の依代は一週間持たなかったのよ?」

「そうなのか?」

「ええ。何故か私の精神体を受け入れる身体はないのよ。いくら深淵の書庫アーカイブで調べても、カミュラから取り込んだ魔族核も定着しなかったし、この肉体も魔族核は形成したけれど、いつまで安定するかわからないのよ」

 口惜しそうに呟くアーカム。

 だが、口元には相変わらず悪そうな笑みを浮かべている。

「まあ、まずはあの女だ。ウィル大陸に進出するにしても、今の所はこの地盤を固めるさ。アンダーソンの記憶では、ウィル大陸侵攻はこの国の悲願らしいから、それは叶えてやるとするよ」

「そうね。シュトラーゼ公国が魔族の国になってからでも遅くはないわ。ティルナノーグでは失敗したけれど、『大いなる遺産』は『箱舟』だけではないからね」


「なら、さっきの宣戦布告はまずかったのか?」

「貴方はいつもそう。まあ、この後の話でどうなるか見ものね」

「何れにしてもだ。我々の正体に気がついたあの女だけは始末しないと」

「早ければ今晩にでも来るでしょうから、メフィストにでも軽く足止めして貰って実力を測ってみましょう?  話はその後で十分よ」

 それで話は終わった。

 二人はゆっくりと立ち上がると、謁見室を後にする。

 部屋の外ではいつものアンダーソン大公と侍女のアーカムに戻り、退屈な日常を始めることにした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 さて。

 アレクトー伯爵の突然の来訪と楽しい晩餐を終えた翌日。

 マチュアとエンジツヴァイは応接間で朝食をとると、今後のことについて色々と考えていたところである。

「まったく。やはり危惧していた通りに喧嘩売りましたよね?」

「まて、あの状況は違うだろう?どう見ても売られた喧嘩を買っただけだろ?」

「当初は国交と貿易で話を終える予定ではなかったのですか?まあ、あの一方的な物言いに切れずに冷静に話をしていたのは褒めてあげましょう」

 目の前のハーブティを飲みながらエンジツヴァイがそう話しているが、やはり表情は明るくない。

「問題は、あの大公だなぁ。リチャードみたいな単純脳筋なら話は楽なんだけど、俗にいう中世の侵略戦争だろ?弱肉強食、弱いものを取り込んで強くなる。それが愚かな行為だと声をあげても、誰も聞きゃしない」


 国を豊かにする為の戦い。

 マチュアのいた元の世界でも、そのような戦いは数多くあった。

 だからこそ、そんな愚かな戦いは望んではいない。

 が、話し合いで全てを解決できるとも思っていない。

 そんなジレンマが頭の中をグルグルと回っていたのだが。


――コンコン‥‥ガチャッ

「失礼します。マチュア様、お客様ですがどうしますか?」

 エミリアがハーブティのお代わりを持ってくると、そうマチュアに問い掛ける。

「こんな早朝から誰?隣の貴族?」

「いえ、シュトラーゼ元老院の方です。それと貴族院の方々もご一緒しています」

 突然の来訪。

 しかもこのタイミングである。

「まあ、何をしに来たのかは知らないけど。ジョセフィーヌに警戒態勢と告げといて。エミリアはここにお客さんを案内したら人数分のティーセットを」

「私はここで」

 エンジツヴァイは壁際の椅子に移動すると、そこに腰掛けてじっとしている。

「そうだね。と、来たようだな」


――シュンッ

 女王モードに換装すると、マチュアは椅子に座って静かにしている。

 やがて六名の人物が部屋にやって来ると、マチュアの前で跪いた。

 そこには先日教会で会ったミハイルの姿も見えた。

「先日は誠に申し訳ありません。本日は、ミナセ女王にお願いがあってやってまいりました」

 真ん中で跪いている貴族が頭を上げながらマチュアに告げる。

「ほほう。願いとは?構わぬから申してみろ」

 声のトーンを若干落としながら、マチュアは事務的に話す。

「はい。シュトラーゼ元老院と貴族院、両院の願いはカナン魔導王国との和平です。可能であるならば国交を結びたいとも考えています」

 震える声で話す貴族。

「先ほど王城でアンダーソン大公と話をしたが、彼方は侵略する気満々だったぞ?話が違うではないか?」

「はっ!!そ、そうですか」

「そうですかも何も、正面切って宣戦布告されたようなものだ。それを今更国交などと‥‥あの大公が頭を下げない限り、和平の話などする気もない」

 そうゆっくりと話しているマチュアだが、目の前の貴族たちが落胆するのを見て突き放す気もない。

「どうして意見の相違が出ているのだ?元老院と貴族院が決定した事を大公が突っぱねて走ったという事か?」

 そのマチュアの言葉に、全員が頭を上げた。


「以前の大公は、ここまで無策な事はしませんでした」

「確かに領土を豊かにする為の戦争は行なっていますし、今も尚、北方諸国を取り込む為に色々と画策はしているようです」

「ですが、ウィル大陸に進出などと言う意見はありませんでした」

「あのアーカムという侍女がアンダーソン大公の侍女になってから、話がおかしくなって来たのです」

 次々と話をする貴族たち。

「あー、あの侍女かぁ。あれは不味いわ。かなりの策士だね」

 マチュアも何となく話が見えて来る。

 が、まだそれには触れない。

「メフィスト卿が連れてきたアーカムは確かに叡智溢れる方です。彼女が来てからは、膠着した戦場も次々と解決し、幾つもの国がシュトラーゼの属国となりました。ですが、手を広げ過ぎなのです」

 そこで貴族たちの言葉も詰まる。

 少しして、ミハイルが口を開いた。


「大公は、アーカムの意見しか聞かなくなりました。どこの者とも知れない冒険者を城内に招き入れて要所に配置したり、失われし魔術で異界の魔物を召喚し、戦場に送り込んだり‥‥」

「我ら元老院と貴族院は、これまで国の為に尽くして来ました、ですが、最近では話し合いの場を持っても、大公は聞き入れてくれません‥‥」

 ここに来て皆の不平不満が爆発した。

「その事は、大公の耳に入れたのか?元老院と貴族院の意見として」

 やれやれとマチュアも口を開くが。

「はい。ですが嘲笑されて終わりです。私達の声は、もう大公には届かないのです‥‥」

 貴族たちは悔しそうに拳を握るが、どこにも振るう事が出来ず震えている。


「話は理解した。が、貴殿らの話は全てこの国の話、他国の、それも大陸の違う国の女王である私では力になれないぞ?」

「分かっております。ですが、私たちはあるツテから、ミナセ女王の話を知ることができました。ククルカン王国の内部抗争を収め、大陸屈強のラマダ公国との戦争を防いだと」

「そのお力で、我らシュトラーゼもお救いください!!」

 チラッと壁際にいるエンジツヴァイを見る。

 流石のエンジツヴァイでも、この話には呆れているようだ。


 自国の浄化のために、他国の女王に首を差し出すようなものである。

 ぶっちゃけるなら、カナンで何とかして欲しいという事でもあろう。

 そんな自分勝手なと考えたが、魔族相手となると普通の冒険者では無理。

 幸いなことにマチュアは対魔族相手の戦闘は経験豊富。

 対処方法も全て知っている。


「一つ教えて欲しい。私が動くとなると、この国自体が大きく変わる事になる。現大公を討ち滅ぼしたとして、そのあとは誰がこの国を纏める?」

「それならば、我ら元老院と貴族院が責任を持って」

 息を吹き返したかのような笑みで、目の前のもの達が告げたが。

 マチュアは表情を曇らせた。

「だろうな‥‥。もし私がこの国の大公を倒してカナンの属国とすると、貴族院と元老院は解体するよ。自分たちの権利を守るのに固執した元老院を見せられたからね。国を治めるのは私の国から派遣する。執務官も全てだ。ゼオン教会も閉鎖、隣国に対し大きく門を開く」

「それは余りにも‥‥」

 一人の貴族がそう呟くが、マチュアはキッときつい視線を貴族に送る。

「余りにも何だ? 敗戦国とは搾取される立場に等しい。が、私はそんな事はしたくないし、ここに住んでいる人たちの生活も守ってあげないといけない。今一度、ここで話した事を再度集まって話してみなさい。それでもと言うのなら、力を貸すことも考えてあげるわ」


 最後はにこやかに笑いながら告げたが、貴族達の表情は凍りついていた。

 アンダーソン大公の元でも、カナンの属国となっても、元老院と貴族院は美味しい蜜を吸う事はできない。

「一つお尋ねします。カナン魔導王国では、元老院や貴族院はどのような立場にあるのですか?」

「国の施政はどのように維持されているのですか?」

 やはりそこか。

 だが、それには簡単な答えがある。

「カナン魔導王国には元老院は存在しません。国の政治などは全て王城の宰相や執務官に一任しています。カナンは贈賄や汚職には厳しい国でね」

 ニイッと笑うマチュア。

「もしそんな事が発覚したら、爵位剥奪財産没収。犯罪者奴隷として強制労働だよ?」

「それに、それらを取り締まる騎士団は屈強揃い。誤魔化しきれるものではなくてね」

 マチュアの言葉にエンジツヴァイが援護射撃である。

 これには貴族達も青ざめた。

「では話はこれまでです。本日は皆さんと有意義な意見交換が出来てとても楽しかったですわ。良いお返事を待っていますので‥‥そうですねぇ。明後日の正午までお待ちしていますわ」

 そう告げると、貴族達は深々と頭を下げて慌てて屋敷を後にした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「分かってるよ。また余計な事背負い込んだと思っているんだろう?」

 壁際でニヤニヤしているエンジツヴァイが、マチュアの方を見ている。

「いえ、予想の範囲内でしたので内心ホッとしています。夜にも向かうのでしょう?」

「まあ、あいつらとも腹を割って話そう」

 そう呟いた時、エミリアがティーセットを持ってくる。

「あらら?お客様達はお帰りでしたか」

「おっそ――い!!ジョセフィーヌは何処に?こういう来客の時はジョセフィーヌに指示を貰わないと」

「来客の前に買い物に出ました。私は夕食の仕込みがありましたので」

「あー、そういう事か。ん、分かったわ。次からはもう少し早くしてね」

「は、はいっ!!」

 手にしたティーセットを応接間のテーブルの上に置くと、エミリアは厨房に戻って行った。


――ズズズズッ

 とエミリアの置いていったティーセットで紅茶を淹れる。

「うん?相変わらず温いお湯ですなぁ。まだまだだのう」

「まあ、のんびりと見ることにしましょう。それにしても、先程の元老達の持ってくる答えが気になりますが?」

「そお?答えは出ないよ?」

 マチュアはにこやかに話す。

 が、エンジにはまだ理解できていない。

「ほう。では、あの方達は元老院に戻ってもこちらに話を持ってくる事はないと」

「既得権を守る為にはね。それに、あの人達、自分達の事しか考えていなかったし。話し合いの中で、誰も民の事など話していなかったでしょ?」

 その言葉にエンジツヴァイは頷く。

「元老院と貴族院解体の話をした時の私に向けられた視線。あれはダメな例ですよ。まあククルカンの元老院よりはまだマシかな?」

「自分達の都合の悪い大公を排除したいという所で一緒です。結局本質は変わらないのですよ」

「何だろう。もう放ったらかしてカナンに帰りたくなって来たわ」

 突然とんでも無い事をいう。

 が、その気持ちはエンジツヴァイには判らなくもない。

「はいはい。取り敢えず今日の夜にはアレクトー伯爵が招待してくれた晩餐会があるでしょ?その後に王城に侵入するのですから、それから考えましょうね」

「そうだね。エンジツヴァイちょっと済まないけれど、夕方迄にドレッドノート枢機卿っていうの調べて来て。そこの商会が配給している食材の件で、黒なのか白なのかはっきりとさせたいからね」

「はいはい。では行ってまいりますよ」

 スッと影の中に消えると、エンジツヴァイは影から影へと伝って消えていった。


‥‥‥

‥‥


 貴族区の商店街の一角に、ドレッドノート枢機卿のノーマン商会はある。

 屋敷の外で影から出たエンジツヴァイは、そこそこ身なりの良い服装に換装すると、魔法の絨毯に乗ってノーマン商会に向かう。

 歩いても追いつける速度で飛んでいると、ノーマン商会の店員が建物の外に出てくる。

「お嬢さん、うちに何か御用かな?」

 丁寧な物言いでエンジツヴァイに話しかけているが、視線は絨毯をチラチラッと見ているのである。

「最近こちらに越してきたのですが、街の中にどんな店があるのか散歩がてら調べていたのですよ」

「ああ、成程ねぇ。お嬢さんの家はお抱えの料理人とか居るのかな?」

「はい。料理も出来る侍女が二人います」

「それなら、うちもお得意様になるね。うちは食材の卸しをしていてね、新鮮な食材をこの貴族区の屋敷に売っているんだよ」

「ほえ〜そうなんですか。ちょっと見ていいですか?」

「ああ、構わないよ」

「それでは失礼します〜」

 そう話しながら絨毯から降りてバックパックにそれをしまうと、店員の目が丸くなる。

 目の前にまさか魔道具が二つもあると思わなかったのだろう。


「お、お嬢さん、そのバックパックも魔道具なのかね?」

「はぁ。そうですけれど。特に珍しくないですよね?」

 あっけらかーんと告げるエンジ。

 だが、店員は首を左右に振っていた。

「と、とんでもない。生まれつき魔道具に囲まれていたのかー。それは凄いなぁ。と、こっちが野菜でこっちが海産物ね。流石に川のものしかなくて、海のものは加工品になるんだよねぇ‥‥」

 一つ一つ説明をすると、奥にある籠から魔障が発しているのが判る。

「あれ? あちらの籠は?」

「あれは昨日の売れ残りだね。大体2日分の食材の残りを纏めて、イーストエンドの廃墟街に持っていくんだよ。これもゼオン様の思し召し、貧しい者達には施しを行いなさいってね」

 胸の前で手を組んで、目を閉じて神に祈る。

「そ、そうですかー。あれは全て売れ残りですか?」

「ああ。ちゃんとゼオン様の加護が届くように、教会から預かっている聖水をふりかけてあるんだよ。ほら、これがそうさ」

 そう話して、近くに置いてあった小瓶を手にとってエンジツヴァイに見せる。


(無詠唱でサーチ‥‥ああ、これは真っ黒です‥‥)


 エンジツヴァイの目では、そのビンの中には高濃度の魔障が込められている。

 しかも、以前ジャスクード男爵の体内からえぐり出した魔族核の実のようなものが中に浮かんでいる。

「その中のものは?」

「ああ、これは神々の果実と言われているマルムの実だよ。これを浸けておいた水は清められて、立派な聖水になるそうだよ。この貴族区に出回っている食材には、全て聖水が振りかけられているよ」

 その刹那、エンジツヴァイは並んでいる食材をしっかりと見る。

 ほんの僅かだが、自然ではない魔障を感じ取ることが出来た。

 軽く見ただけでは見逃してしまうほど薄い魔障だが、それが体内で蓄積されると後々とんでもない事になるだろう。


「そうでしたか。では、私はこれで‥‥」

「ああ。美味しい食材を揃えておくから、今度は侍女さんと一緒においでよ」

「判りました。それでは‥‥」

 そう頭を下げると、エンジツヴァイはそのまま商店街の食材を扱っている店の全てを見て回る事にした。




誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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