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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第五部 暗躍する北方大陸
101/701

北方大陸の章・その1 疑わしきはまだ罰せられない

第五部のスタートです。

過去のシリーズほど長くはないですので、ゆっくりと楽しんで下さい。

 さて。

 シュトラーゼ公国の隣国にあるマドラー王国。

 その港町ノーウェルから東方に向かう街道の終着点が、シュトラーゼ公国の西にある城外都市と呼ばれるイーストエンド城塞都市である。

 国境にあるやや大きめの城塞をくぐり抜けるのには、誰でも通行税を金貨3枚支払うことで通行許可が降りる。

 その先にある、シュトラーゼ公国王都をぐるりと囲む城塞の外側にあるのが城外都市イーストエンド。

 この都市は外敵から公国を守るためと、許可なく公国に侵入しようとする密入国者を防ぐ働きをしている。


「へぇ〜。これまたガッチリとした正門ですこと。こんなのどうやって強硬突破するのか見てみたいなぁ」

 高さ30mの城壁に、ぴっちりと閉ざされた高さ5mの正門。

 その横では、出入国手続きを行うための事務所のような建物がある。

 マチュアはこの西城外塞都市イーストエンドに到着すると、魔法の箒に跨ってトロトロと飛んでいた。

 当然ながら、かなり多くの視線を集めているが、いつものように無視である。


「そこのお嬢さん、旅の方ですか?」

 突然、そこそこにいい装備の騎士が話しかけてくる。

 年格好から大体20歳後半ぐらい、公国の正騎士という感じではなく、むしろ軟派な冒険者という感じであろう。

「はぁ、旅人でございますが、私に何か御用で?」

 取り敢えずは箒を止めると、いつでも逃げられる体勢で問い返した。

「もし、貴方が商人でしたら、是非この私を護衛に雇って頂きたいのですが」

 あー、成程。

 つまり仕事が欲しいのですね。

「折角の申し出誠に嬉しいのですが、生憎と護衛は間に合っていますので」

 静かに頭を下げながら、再び移動を開始するマチュア。

 そんなマチュアを、騎士は慌てて呼び止めるが。

「ちょ、ちょっと待ってください。見た所護衛の姿はないようですが?」

「私、こう見えてもBクラスの冒険者でもありますので。では」

「いやいや、一人では危険ですよ」

「生憎と素性の分からない人に護衛を頼む事はしませんので。では‥‥」

 徐々にスピードを上げて騎士を撒くと、一旦酒場に向かうことにした。

 

 街道筋を眺めながら、マチュアはそこそこに大きい酒場を見つける。

「よし、取り敢えずはあそこでいっか。情報収集は冒険者の基本だからね」

 箒をバックパックに放り込んで酒場に入ると、丁度空いていたカウンターに向かって座る。

「おや、冒険者かい?」

「兼業商人ですが。取り敢えず果実酒とパン、腸詰めを下さいな」

「ああ、商人と冒険者どっちもか。この辺りは護衛や屋敷の侍女の仕事を探している冒険者があちこちにいるから気をつけたほうがいいぜ」


――ゴトッ

 そう告げられてしばらくすると、皿に乗せられた腸詰めとパン、果実酒が目の前に置かれる。

 それをゆっくりと食べながら、店内をグルーッと見渡すと、あちこちで冒険者のような人達が食事を摂っている。

「なんで護衛の仕事を探しているのですか?」

「ああ。あんたは外の人か。シュトラーゼ公国は入国審査が厳しくてな。Cクラス以下の冒険者は入国手数料がとんでもなく高いんだ。旅の商人でもDクラス以下は入国税が高くてねぇ。ただ、護衛という任務なら同行している商人のランクでは割引されるらしくてな」

 ははーん。

 それでさっきの騎士も護衛で雇って欲しかったのか。


――モグモグ

 暫し昼食を堪能するマチュア。

 一通り食べ終わったら、果実酒のお代わりを貰って一息入れる。

「あのー、すいません、商人さんですか?」

 暫くすると、綺麗な身なりの女性がマチュアの元にやってきた。

 レザーのジャケットとスボン姿、両腰にショートソードを携えている剣士のような女性が、にこやかにマチュアに話しかけてきた。

「はい。何か御用でしょうか?」

「もし公国の商人様でしたら、私を従業員か侍女として雇って欲しいのですよ。掃除洗濯炊事なんでも出来ます。冒険者資格もCですが持っています。どうでしょうか?」

 ハキハキとした、実に良い子である。

 このような子なら、王城や馴染み亭に欲しいところだ。が、ここは異国。

 公国の中に入ってから考えるとしよう。

「あいにくと旅の商人でして、申し訳ございません」

「そうですか。もし何かありましたら、いつでも声をかけてくださいね」

 そう話しながら頭を下げて、その女性は奥に戻っていった。


「成程ねぇ。何としても門の中に入りたいのか」

 腕を組んで納得しながら、追加の果実酒を飲む。

「あのー。護衛いりませんか?」

 すると今度はローブを着た魔道士っぽい女性が話しかけてきた。

 見た所、まだ17歳程度の魔道士なのかなと考える。

「お嬢ちゃんも門の中に入りたいの?」

「はい。ゼオン教会で洗礼を受けたいのです。ですが、教会は公国民以外の者には厳しく、力ある者しか受け入れてはくれないのです」


 はて。

 全く分からない。

「門の中にはいるだけなら、入国審査を受ければ良いのでは?」

「その審査が厳しくて、 私のような駆け出しの冒険者では審査が通らないのですよ」

 ふむふむ。

 先程の酒場の親父の話だなと納得する。

「なら、審査が通るぐらいに依頼をこなして、レベルを上げるのが良いのでは?」

「それは、そうなのですが‥‥いえ、申し訳ありませんでした」

 ぺこりと頭を下げて、自分のいた席に戻っていく。

「まあ、あんたも外から来たのなら、審査を受けると良く分かるよ。この壁の向こうは選ばれた者の国で、選ばれなかった国民は壁の外で生活しているのさ」

 カウンターの中の店員が、楽しそうにマチュアに説明している。

「選民思想ってやつですか。これは参ったなぁ‥‥」

 そう笑ってみたものの、ようやく自分に向けられている大量の視線の意味がわかった。


 シュトラーゼ公国民以外の完全な排除、一部特権階級のみが住まうことの許された都市、そしてゼオン教という宗教。

 ぶっちゃけて言うと、正直気に入らないのは事実。

 だからと言って排除して良いものかと考えるとこれまた難しい。

 国が違えばルールも違う。

 気に入らないから排除というのは野蛮な行為である。


「まあ、うちに手を出して来た分だけは頭下げさせてやるか」

 ボソッと呟きながら支払い分の銀貨をカウンターに置くと、バックパックを背負って立ち上がる。

「ご馳走さまー。それじゃあね」

「ああ、釣りはいらないのか?」

「適当に振舞っておいて。あんまり多くないけどね」

 そう告げて手を振りながら店を出ると、再び箒を取り出して跨がる。

 まずは入国審査をしている事務所へと向かう事にした。



 ◯ ◯ ◯ ◯◯ 



 昼も過ぎると、入国審査を受け付けている事務所の付近には大勢の人が集まっている。

 マチュアも入国するためには手続きを行わなくてはならない。

 フラーっと魔法の箒に乗って飛んで来ると、やはり冒険者や商人、貴族っぽい人たちがマチュアの元にやってくる。

「そ、そこの箒に乗ったお嬢さん、護衛はいりませんか?」

「その箒を売ってくださらぬか?」

「他にも魔道具をお持ちか?もしそうなら譲って欲しいのだが」

 そういう声が彼方此方から聞こえてくるが、全て無視である。

 一人ひとり丁寧に対処していては時間がなくなる。

「魔道具はこっちの商売道具だからね。おいそれと売る事はしないよ。と言う事で〜」

 適当にあしらいながら事務所に入ると、空いているカウンターに向かう。

「お、あっちが空いているか‥‥すいませーん、入国したいのですが、手続きはどのように?」

 空いているカウンターで、目の前に座っているエルフの男性に問いかけてみる。

「入国の目的はどのような事でしょうか」

「商売です。異国の食べ物や珍しい魔道具を売りに来ました」


――ホウ?

 一瞬だが、受付の眉がピクリと動いたのを見逃さない。

「商人ギルドカードの提示をお願いします。後、護衛がいるのでしたら護衛の方のカードも提示してください」

「ほいほい。これでいいですね?」

 パチっとカウンターにギルドカードを置く。

「生憎と護衛を付けるほど弱くはなくてね」

 そう告げてみるが、受付の視線はマチュアの斜め後ろにむいていた。


「では、後ろの魔道士の女性は?」


――ハァ?

 慌てて後ろを振り向くと、先程の女性が申し訳なさそうに立っている。

 先程の酒場で、マチュアに護衛に雇ってほしいと言ってきた少女である。

「あ、あの、わたし‥‥」

 オズオズと告げているが、かなり切羽詰ったような表情をしている。


(まったく。でも、ここまでするのなら、余程の理由なんだろうなぁ)


 マチュアのお人好しが起動してしまった。

「全く。とっととギルドカード出して!!」

「は、はいっ」

 そのマチュアの声に、慌てて冒険者ギルドカードを取り出してカウンターに置く少女。

「まあ、商人ギルドカードの確認は出来ましたが、取り敢えずどのような商品を扱うのか見せて頂きたいのですが」

「全てですか?」

「いえ、いくつかで結構ですよ。レベルの上がりやすい商人ギルドカードを入手して、商売と言って入ろうとする者達が後を絶ちませんので」

 やれやれと言う感じで話している。

 それ程までに、ここに入ろうとするものがいるのだろう。

 実際に、マチュアも疑われていると感じたので。


――ゴトゴトッ

 バックパックの中から次々と魔道具と調味料の入った壺、そしてマルムの実を出すと、立ち上がって箒に跨り浮かび上がる。


――オオオオオオオオオッッッッッ

 そのマチュアの姿に、事務所の彼方此方から驚きの声が上がる。

 目の前の受付も仰天したらしく、口をパクパクとしていた。

「全て商品です。主な品物はこの壺の調味料ですけどね。で、もう片付けて良いですか?」


――コクコクコク

 頭を縦に振る受付を見て、マチュアはマルムの実以外を片付けると、後ろの女性にマルムの実を手渡す。

「まあ、食べて良いよ。強くなりたいって願いながら食べると強くなれるかもよ」

「は、はい。有難うございます」

 丁寧にお礼を言いながらシャクッと齧る。


――ホワァァァン

 一瞬だが、女性の姿が淡く輝いたのをマチュアは見逃さなかった。

(ほう? 認められましたか。なら、冒険者としての技量も上がっているのかな?)

 そんなことを考えていると、受付も手続きをほぼ終えたらしい。

「で、では、Bクラス商人のマチュアとその護衛のEクラス治療師のアルファ。二人の入国審査は問題なく受理されました。この書類を持って、あちらのカウンターへ」

 スッと差し出された二枚の書類を受け取ると、指定されたカウンターに向かう。


 やれやれ。

 まるで何処かの役所のようなたらい回しだな、

 そんな事を考えながら、指定されたカウンターへと向かうと、書類を二枚差し出した。

「この書類お願いします」

「はいはい。入国審査済みだね。Bクラス商人は金貨二十五枚、Eクラスの護衛士さんは白金貨二枚ね」


――ブッ

「た、高いっ。商人はいざ知らず、Eクラスの冒険者高すぎでは?」

 その金額設定おかしくないか?

 そう突っ込まずにはいられない。

「いくら護衛士と言ってもEクラスでは割引対象にはならないのですよ。実力のないものが公国に入るのならば、せめて財力ぐらいは示して頂きませんと」

 慌てて振り返ると、流石に女性も下を向いてしまう。


――フゥ

 と溜息をつくと、マチュアは急いでバックパックから白金貨を三枚出して受付に差し出した。

「お釣り頂戴!!」

「は、はい、ただいま」

 慌てて金貨七十五枚をこちらに戻すと、二枚の銀色のカードと針をこちらに渡した。

「では、こちらに血を一滴お願いします」


(GPS鑑定起動‥‥はあ、ギルドカードや魂の護符(プレート)と同じ身分証明か。呪的な要因は無しと)


――プスッ

 カードに血を垂らすと、表面に魔法文字が浮かび上がる。

 そしてカードがゆっくりと輝くと、マチュアのカードは金色に変化した。

 表面には名前と所属国、そして身分を現す王家の紋章が浮かび上がっている。

「それが、公国内での貴方の立場と地位を示していますので。ギルドカードと同じく、魔力変換して取り込めますのでなくすことはありませんので。では、ようこそシュトラーゼ公国へ。あちらの門からお通りください」

 金色のカードを見ても驚くことなく事務的に話す受付。

 そして外にある巨大な門の横にある、小さい門を指差していた。


(ふぁ、この程度は大したことないのか‥‥???)


 よく見ると、額に脂汗を浮かび上がらせている受付。

 冷静に見せかけているが、かなり動揺しているらしい。

 指差している手がプルプルと震えている。


「さて、では行きましょうか、護衛士さん」

 しげしげと自分の身分証明カードを眺めるアルファを呼ぶと、門へと向かうマチュア。

「は、はいっ!!」

 と威勢よく事務所を出ると、大勢の人達が二人の元に集まってくる。

 そんな中に、以前マチュアに護衛はいらんかと言っていた騎士がいた。

 カツカツとマチュア達の元にやってくると、大声で叫び始める。

「そこのあんた、俺が護衛してやるっていうのを無視して駄目治療師を雇うとはどういう事だ。いまなら間に合うから俺を雇え!!アルファもなんとか言え!!お前よりも俺の方が役に立つだろうが!!」

 偉そうに叫ぶ騎士。

 この手のやつは、たいてい使い物にならない。


 やれやれという顔で、怯えているアルファに話しかけるマチュア。

「これ、アルファの知り合い?」

「あ、あの、えっと、私が昔いたチームのリーダーで、スカーっていう騎士で、Dクラスの冒険者で、あの」

「よしおっけ。さっきのマルムの実はあんたを認めた。ギルドカード見てみなさい。多分上がっているから」

 オズオズとギルドカードを確認する。

 すると、Eクラスの鈍い色のカードが鮮やかな赤銅色に輝いている。

「は、し、Cクラスになってる。私が、Cクラスになってる‥‥」

「やっぱりかぁ。これは商人たちが欲しがるわけだわ。あのね、この子はあんたよりも強いから雇ったの。ギルドカード見せて見なさいよ」


――カツカツカツカツ

 スカーと呼ばれた騎士がマチュアの目の前にやってくると、スッとギルドカードを取り出して見せた。

「ほらよ。今はDだけどもうすぐCになると思う。そこの出来損ない治療師より‥‥は‥‥あぁ?」

 アルファが手にしているCクラスのカードを見て明らかに動揺している。

「ちなみに私もBクラスですが何か? 私よりも弱い護衛士は必要ないので」

「よ、弱いのならアルファも同じだろうが」

「私は戦闘系。治療系を雇うのに何か問題でも?」

 そう説明すると、アルファと共に門へと向かう。


『正門に結界反応です。以前私が感知された魔法と同じものも感じます』


 ツヴァイが念話で話しかけたので、マチュアは一度立ち止まる。

「ん?そこの女、如何した?」

「ちょっと待ってくださいねー」

 バックパックを影の上に置くと、箒を一度バックパックに立てかける。


『隠蔽発動します』


 影の中から姿を消したツヴァイが出てくると、マチュアは素早くバックパックの中にツヴァイをしまい込む。

「はい、忘れ物がないので大丈夫です」

「そういう事か。住民カードを出して‥‥で、ではお通りください」

 マチュアのカードを確認した門番の口調が、突然変化した。

 アルファの時は確認して、通ってよし、で終わっていたのにこの落差は一体。


 まあ、それでも普通に門の中へと入る事が出来たので、もう一度姿を消したツヴァイを引っ張り出すと影の中に潜伏させた。

「あ、あの、私、なんとお礼を言ったら良いか」

「あー、なんか事情があったのでしょ?取り敢えずは酒場にでも向かって詳しく聞かせて頂戴。ただの善意でポン、と白金貨を見ず知らずの人に支払うほどお人好しではないのでね」

 という事で、箒に乗ってゆっくりと街の中を進んだ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 色々と調べなければまならないことがある。

 が、取り敢えずはアルファの事だ。

 箒に座って街の中で立ち話など出来るはずがないので、適当な酒場を探し出してそこに入った。

「二人だけど、どこでもいい?」

「お好きな所にどうぞ」

 そう店員の女性が言うので、奥の隅っこに向かう。

 箒はバックパックに放り込んで座り、店員に適当なジュースを二つ頼む。

「フライドポテトと枝豆って言いたいけれどね。で、アルファとか言ったわよね?あんな事までして、どうしてここに入りたかったの?」


――ガバッ

「本当に申し訳ありません。どうしてもゼオン教の洗礼を受けたかったのです」

「はぁ。で、そのゼオン教の洗礼がどうして必要なの?」

 取り敢えず状況がわからないので、マチュアはアルファに説明を求めた。


 アルファは、正門の向こうにあるイーストエンドの住人である。

 イーストエンドの所属国はシュトラーゼ公国なのだが、イーストエンドと王都の間にある巨大な城塞には、家を構えたものしか入ることが出来ない。

 そしてアルファの告げたゼオン教会は王都の中にしか無いため、イーストエンドの住人はゼオン教の洗礼を受けることができない。

 洗礼を受けた者は正式に公国の住民として認められ、家族も正門から中に出入りできるようになる。

門の中と外では生活レベルが全く違い、洗礼を受けられた公国民は最低限度の生活の保障が与えられるらしい。

 だが、イーストエンドには、その日生きる事すらギリギリな者達が数多く住んでいる。


「で、アルファもそのくだらない公国民になりたいので私を利用したの?」

「父と母が流行病で倒れました。公国内でしか薬が売っていなくて、病を癒すことの出来る治療師もゼオン教会の修道士しかいないのです。洗礼を受けられたら、私もその癒しの力を教わる事が出来るかもしれないと」

 ありゃ。

 これはマチュア早まったかも知れない。

 ポリポリと頭を掻きながら、マチュアは一言。

「それを酒場で話してくれれば、こんな事しなくても私が治してあげれたのに。ちゃんと聞かなかった私も悪いわ、失敗したわー、ゴメンね」

 そう告げながら頭を下げる。

「い、いえ、マチュア様は高名な治療師なのですか?」

「まあ、一応死者の蘇生まではできるけどねぇ‥‥」

 そう話しながらウインドウを確認する。


 リミッターは、未だに掛かったまま。

 それ故、『完全な奇跡』の魔術も今は発動しない。

 範囲型の蘇生などは可能だが、あまり多用はしたくない。

 それ以外は今までと変わらない。

 ということは、行けると確信した。


「死者の蘇生?それはゼオン教の教えに反する行為ですよ」

「そうなの?」

「はい。神々と交信し、死者の御霊を降ろすことができるのはゼオン教の最高司祭様だけと言われていますし、病を癒すことの出来る治療師も数える程しかいないのですよ」

 そうアルファーから説明を受ける。


 確かに死者の蘇生は分からなくはない。

 病を癒す魔術も中位の簡単な奴と上位のかなり難しい病を癒すもの、そして禁忌とされる完全治癒の三つしかマチュアは知らない。


「へぇ。ここって、一度外に出たらまた入るのにお金かかるの?」

「いえ、私やマチュア様はすでに市民証を持って居ますので出入りは自由です。これがあるだけで、色々な事が出来るのですから」

 そう説明しながら赤銅色の市民証を取り出すアルファ。

「そ、そうなのかー。それって洗礼を受けても貰えるの?」

「入国審査の時にだけですね。そして洗礼を受けると、極稀に市民証の格が上がるそうです。私はCクラス市民ですから、酒場などの食事は無料ですがお酒などの嗜好品はお金が掛かります」

 ふぅんと納得しながら、マチュアは自分の市民証を取り出すと鑑定してみる。


(王族限定のゴールドカード。分かっていましたよ。この市民証も魂の護符から作られるのでしょ?)


 とカードを眺める。

「ま、マチュア様って、何処かの王族なのですか?」

 突然アルファの顔色がサーッと青くなった。

「へ?どうして?」

「金色の市民証は王族の証です‥‥まさか、公国の王家の方?」

 ブルブルと震えるアルファ。

 慌ててマチュアはカードをしまうと一言。

「内緒よ。ウィル大陸の没落王家の血筋でね。今はそんな権利なんてないから、宝物庫の中の魔道具を売って生活しているのよ。ただそれだけだからね」

 コソッと口からでまかせを告げる。

 と、どうやら納得したらしく、ホッと胸を撫で下ろしている。

「でも、なんで王家の人にそこまで怯えるの?」

「公国の王家は、気に入らない者は切り捨てると教えられていますから」

「あー、大丈夫、ほら、私の冒険者カードを見れば分かるでしょ?」

 Bクラスのトリックスター。

 その表示でアルファは完全に安心したらしい。

「王族の方がトリックスターな筈はないですよね。大変失礼しました」


――ピクピク

「そ、そうね。少し傷ついたけどいいわ。で、洗礼に行くのなら行ってらっしゃい。あなたが両親の為にあんな危険な事をしたと分かったから、もう私に付き合わなくて良いからね」

「そ、そうはいきません。私がここに入れたのはマチュア様のお陰です。せめて白金貨二枚分は働かせてください」

 テーブルにぶつかるぐらい頭を下げるアルファ。

 あまり巻き込みたくはないのだが、多分無理だろうなぁと思う。

「はいはい。なら思う存分こき使ってあげるわよ。取り敢えずは一度イーストエンドに戻るわよ。アルファの両親の病気を癒してあげるから」

「あ、有難うございます」

 再び頭を下げるアルファ。

 そのまま立ち上がってカウンターで支払いを済ませようとするが、赤銅色の市民証を持っているアルファは無料らしい。

「市民証あるけど支払う。いくら?」

「はぁ?珍しいですねぇ。外から来た商人さんですか?」

「そ。幾ら?」

「銅貨四枚で」

 ジャラッと小銭で支払うと、マチュアは箒の後ろにアルファを載せて一気に正門へと飛んで行く。

 正門では先ほど二人のチェックをしていた門番の騎士が立っていたが。

「一度外に出るが、構わないな?」

 そう叫ぶマチュアに敬礼をして、そのまま見送られてしまった。


――ザッ

「うむ。あとは、道案内よろしくね」

「ひゃ、ひゃい!!」

 初めて乗った箒、しかも馬よりも早く飛んでいるのでアルファは掴まっているのがやっとのようである。


アルファの家は、イーストエンドの外れにあるお世辞にも良い建物とは言えない所にあった。

「ここです」

 アルファが箒を降りて先導してくれたので、マチュアも箒をバックパックに放り込んでついて行く。

やがてアルファの家族が住んでいる長屋のような場所にたどり着くと、マチュアは急いで両親のいる部屋に走った。


 建物全体が濃い魔障に覆われている。

 希薄な魔障で体が慣れているのであろうこの地の人達には、これはかなりキツイ。

 慌てて飛び込んだ部屋の中では、アルファの両親が静かに眠っている。


「さて、とっととやりますか。深淵の書庫アーカイブ起動、サーチ。解析後の最適な魔術を示しなさい」


――キィィィィイン

 次々と魔法陣が高速回転する。

「やっぱりかー。浄化がこの病気の治癒ね。そんじゃ行きますか」

 深淵の書庫アーカイブを閉じると両親に手を当てる。

 フゥンとマチュアの手が輝くと、両親の肉体にスッと浸透していく。


――シュゥゥゥゥゥ

 すると、身体のあちこちから霧のような魔障が吹き出し、両親の顔色が良くなり始めた。

 まずは体内の魔障を浄化したのである。

 そして病気治癒を施して完全に病気が治ったのを確認すると、消化の良いシチューの入った鍋を取り出してアルファに鍋ごと手渡す。

「あとはこれを食べさせて。どうして体内にこれだけの魔障が蓄積していたのか分からないけど、取り敢えずはこれで大丈夫よ」

「あ、ありがとうございました。このお礼はどうして良いか‥‥」

 シッ、と口元に指を当てると、マチュアは部屋から出る。

「このお礼は、取り敢えず両親が元気になってから。アルファは暫くは両親についていなさい。まだ治ったばかりで体力は戻っていないし、両親が完全に元気になったら仕事を頼むからね」

 ボロボロと涙を流すアルファ。

「マチュアさま、必ず、ご恩はお返ししますから‥‥ありがとうございました」

「はいはい、では私はあっちに戻るね。それじゃあ‥‥」

 そう話をして家から出ようとした時。

 部屋の片隅に置いてあった袋から魔障が発生しているのに気がついた。


――シュゥゥゥゥゥ

「これか?これが原因なのかな?」

 ゆっくりと袋に近づく。

「どうかしましたか?」

「アルファ、この袋は何が入ってあるの?」

「それは、このあたりに住んでいる人に配給されている芋ですよ。これがあるから、このあたりの人達は辛うじて命を繋ぐことができているのですから。ゼオン教に感謝です」

 そっと手を胸に当てるアルファ。

「ゼオン教‥‥へぇ。アルファ、この芋は食べちゃダメよ。ここから魔障が吹き出していて、これを食べ続けるとまた病気になるから。食べたいのなら『浄化』の魔法を施してからね」

 そう説明すると、アルファは慌てて袋を開ける。

 その途端に、口元に手を当てるアルファ。

 Cクラスまでレベルが上がった為か、今のアルファには袋の中の芋から発している魔障がはっきりと見えているのであろう。


――ブゥゥゥゥン

 その横で、マチュアは治療師が使える魔術をスフィア化すると、それをアルファに手渡す。

「アルファ、ゼオン教を信じるか信じないかはあなたの自由。これは貴女にとって今後必要な魔術の知識。取り敢えず取り込んで頂戴。浄化ならこれで貴女でも出来る筈だから」

「は、はいっ!!」

 すぐさまアルファはスフィアを取り込む。

 次々と治療師としての知識が頭の中を駆け巡る。

 そして魔障を発している芋を一つ取ると、ゆっくりと浄化した‥‥。

「こ、これで食べられる‥‥けれど、どうしてゼオン教の配給にこのようなものが‥‥」


 動揺しているアルファ。

 ならばと、マチュアはアルファの肩をポンと叩く。

「アルファに仕事をあげるわ。ゼオン教が配給している食糧全て調べて、魔障を発しているのがあったら浄化する事。で、魔障によって病気になった人は先に魔障を浄化してから癒しの魔法を施す」

 コクリと頷くアルファ。

 信じていたゼオン教がどうしてという所だろう。

「まあ、古い食料が自然に魔障を発したのかもしれないから、真実はわからないわねー。でも、この地区の人達の健康を取り戻してあげるのが、貴女の仕事だからね。私がやってあげても構わないけれど、時間がないから貴女に『任せる』わ。出来る?」

「は、はい。大丈夫です!!」

 力いっぱいアルファが叫ぶ。

 取り敢えずはここはこれで大丈夫だろうと考えると、マチュアはこの地区を後にして公国内へと戻る事にした。





誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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