和国の章・その撥 いざ、尋常に勝負!!
和国の章、これにて幕を閉じます。
後日談などはそのうち書きたいと思っています。
後ろ手に枷を嵌められ、奉行所の取り調べ室まで連行されたストーム。
そこには四名の武士と、彼らを取りまとめているらしい大柄な男が待っていた。
「あんたがこいつらの親玉か?」
下から見上げるように問い掛けるストーム。
目の前の大柄な男はニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと口を開いた。、
「そう言うことだ。秋山虎繁と申す。貴様が織田家と繋がりがあると聞いてな。まあ、色々と噂話が届いているからな‥‥」
「で、俺から何が聞きたいんだ?」
「魔界の事だ。織田信長がやって来た世界。その世界にある力を手に入れれば、信玄公こそ和国の天下を取る事が出来る。それに‥‥」
白い髭を撫でながら、秋山はストームに近づく。
「魔族の弱点を君は知っているだろう?それを教えなされ。それさえ分かれば、織田信長恐るるに足りずだ。さあ、白状したまえ」
グィッとストームの顎を掴みながら、秋山が怒声をあげる。
「魔族には弱点なんかないが?」
――ドガッ
いきなり秋山はストームの頬に拳を叩き込む。
口の中を切ったらしく、血の味が口の中に広がっていく。
「嘘を申すな。彼奴とは何度か斬り合ったこともあるが、こちらの刃では奴は傷一つつかなかったぞ。あれも魔族の秘密なのであろう?」
「知らないなぁ。直接聞いて見るが良いのでは?まあ、聞きに行く勇気が無いから、こうして俺を捕まえたのだろうなな」
――ドガッ
再び拳を叩き込む秋山。
だが、ストームは口の中に溜まった血を秋山の顔に吐き飛ばした。
――ペッ
「真っ赤な化粧とは、随分と良いものを使っているじゃないか。何処のメーカーのだ?それと、これ以上やるなら本気になるが、それでも構わないか?」
その言葉に秋山は顔を真っ赤にすると、二発、三発とストームの頬を殴りつける。
「手も足も出ない状態で、一体何ができると言うのだ?」
「トータルで五発だな。俺も五発だけ殴るからな。それでチャラだ」
――バキッ
勢い良く後ろ手の枷を力技で破壊すると、ゆっくりと立ち上がりながら腕を回す。
「き。貴様、一体どうやって?」
「だからツメが甘いって。ではまず一発な」
――ドゴォッ
ストーム渾身の右ストレートが秋山の腹部に叩き込まれた。
身体がくの字に曲がり、大量の嘔吐物を撒き散らしながら、秋山はその場に膝から崩れ落ちる。
既に意識はないらしく、身体をピクッピクッと痙攣させている。
「き、貴様っ!!」
その場にいる武士がストームを取り押さえようとするが、武士達に向き直って睨みつけると一言。
「牢屋に案内しろよ。俺がここから出ると船が出られなくなるんだろう?暫くはここでじっとしてやるから」
そう笑いながら武士に告げる。
それで多少は安心したのか、ストームは奥にある牢屋へと連行され、そこに入れられた。
「あ、秋山殿の意識が戻ったら取り調べを再開する。それまではじっとしていろ」
「なら、秋山殿に伝えてくれ。あと四発は殴るからなと」
武士がそのままいなくなると、ストームは座禅を組んで瞑想する。
クラスを僧侶に切り替えて、使える魔術を調べ始めると、取り敢えず先に治癒を発動した。
――シュゥゥゥゥゥ
怪我が見る見るうちに癒されていくと、まだ修得していない魔術を使えるように、ひたすら瞑想を続ける。
目的は最上位にある『聖域転移』の修得。
教会や祭壇などの聖域でしか使えないが、これでも立派な転移である。
僧侶系魔術の修得は瞑想と実践。
「マチュアに言われた通り、もっと早めに修得しておくんだったな‥‥」
そう呟いてからは、時間の許す限り瞑想を続けるのであった。
そして気がつくと夜。
「ふう。大体はこんなものか」
夜もすっかりとふけたらしい。
夕食は出されなかったので、空間から握り飯だけを取り出してのんびりと食べる。
「中級魔術までは発動したが、対魔族用攻撃術式があるのは凄いな。まあ、使う事はないだろうから構わないが‥‥」
一つ一つ修得した魔術を確認する。
上級までは修得しているが、まだ発動できない。
ここからは実践で経験を積まないと発動率が上がらないらしい。
「明日になったら船が出ちまうからなぁ。絨毯で追いかけられるから、暫くはじっとしてやるか」
と自分の周囲に『範囲型結界』を施すと、そのまま寝る事にした。
全ては起きてから。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「‥‥はふぁ?」
寝ぼけ眼でゆっくりと起きる。
早朝、牢屋の外で番人がストームを呼んでいる声で目が覚めた。
「ようやく起きたか。外でお館様がお待ちだ。とっとと出てこい」
ガチャッと牢屋の鍵が開けられる。
牢屋の外では、四人の番兵と秋山が刺股と呼ばれている暴れる罪人を取り押さえる武器を構えていた。
「はいはい。言う事聞きますよ。全く、飯も出さないでどう言う事だよ‥‥」
「流石のお前でも、食事を抜かれたら力は出まい。昨日の借りは返させてもらうぞ」
そう叫びながら殴りかかってくる秋山に対して、頭をすっと横にそらして顔面に飛んでくる拳を躱すと、カウンターで右ストレートを秋山の顔面に叩き込む。
――ドゴォッ
前歯が折れ、鼻から血を流して失神する秋山。
そのまま倒れる秋山をどうにか抱きとめると、番兵が意識を失った秋山をどこかへ連れて行った。
「後三発だからな。て、聞こえていないか‥‥」
ポリポリと頭を掻きながら呟くストームを、番兵達は急ぎ外へと連れて行った。
ストームが通されたのは奉行所の奥にある一室。
赤を基調とした着物を着た、大柄な武将が座って待っている。
「武田様、お連れしました」
「うむ。貴様がストームか、まあ座れ」
室内に座っていた偉そうに告げる男に従って、取り敢えずは座ることにした。
「で、おっさん何者だ?いきなり織田の間諜扱いされるわ、秋山とかいうおっさんには殴られるわ、飯も出さないわ、正直言って我慢の限界なのだが」
「秋山が独断で行った事ゆえ、それについては謝る。すまなかった」
言葉だけで頭を下げることはない。
「まあいい。じゃあ俺は帰らせて貰うぞ、もう用事は無いのだろう?」
「それはならん。貴様のような武士を、おいそれと手放したくは無い。あまつさえ織田とも繋がりがあると聞いている故、ここから帰ることは許さん」
実に偉そうな物言いである。
「なら、如何する?俺をここで斬るか?」
「話し合いが付かなければ止む無し。どうだ?我が武田に尽力せぬか?」
そう問いかける武田の目はストームの一挙手一投足を観察している。
やや腰を上げているのは、この答え次第ではストームを斬り捨てるつもりなのだろう。
「悪いが、あんたに付く気は無いよ。それじゃあな‥‥動くと、あんたでも殴るからな」
――シュンッ‥‥ガギィィィン
ストームが瞬時に聖騎士装備に換装した刹那、武田が抜刀してストームの首に一太刀浴びせる。
だが、プレートメイルが刃を受け止めると、その威力で刃が折れた。
「何‥‥だと?」
咄嗟に刀を棄てて短刀を引き抜くが、ストームは立ち上がりざまに武田の顎に向かって膝蹴りを浴びせた。
――ドカグシャッ
勢い良く後方に吹き飛ばされる武田。
その音で廊下から数名の武士が室内に突入すると、素早く抜刀して斬りかかった。
「信玄公がこの程度とは、甲斐の虎も大した事はないか」
「ふざけるな。この方は武田四郎勝頼殿だ、信玄公がわざわざこのような所に来る筈がなかろう」
「なっ、そ、それはすまない。そうか、勝頼の方か」
そんなことを言いながら、魔導ハリセンを引き抜いて力一杯武士たちを殴り倒す。
5分もすれば、その場には口と鼻から血を流している勝頼だけになった。
「き、貴様、このような事をしてタダで済むと思うな。ストームとか言ったな。この和国の地で貴様が安住出来る場所はないと思え。信玄公が和国を統一した暁には」
「その信玄公だが、病を患っていないか?持ってもあと数年、勝頼がその後を継いだとしても、今の織田家には手も足も出ないだろうさ」
――ダン
力一杯踏み出す。
その迫力で、勝頼はその場で失禁してしまう。
「喧嘩を売る相手を見定めろ。相手の雰囲気で実力を図れ。武士という立場に胡座をかいているお前程度には、『信長公』は絶対に負けないさ」
ニイッと笑いながら告げるストーム。
「信長公だと?貴様やはり織田と繋がっていたのか、誰でもいい、こいつを斬れ!!」
勝頼が叫ぶと、庭や廊下からさらに武士達が集まって来る。
だが、ストームにとってはどれも大したことはない。
魔導ハリセンだけで十分である。
「まあ、言っても分からないのは久政と一緒か。ここにいるのは、お前の手練れか?」
「左様、庭にいるのは武藤喜兵衛と金丸平八郎、今飛び込んできたのは曽根与一とその配下の者達だ。いずれも武田に仕えし猛将揃い。この包囲を逃げる事が出来るならやってみるが良い!!」
武士に肩を借りながら立ち上がると、勝頼が勝ち誇ったようにつぶやいた。
だが、ストームは肩をトントンと叩くと、シールドとロングソードを納めた。
「武田の武士が相手となると、こちらも本気で行くしかないか」
――シュンッ
聖騎士から侍に換装すると、腰から下げている刀を引き抜く。
「悪いが手加減は出来そうもない。死ぬ気で掛かってきてくれ」
そう呟くや否や、周囲の武士達が次々とストームに斬りかかってくる。
それを受け止め、流し、全力の峰打ちで斬り返す。
それでも多勢に無勢、幾度となく斬りつけられるが、ストームの着物はSクラス防具故、そんじょそこらの刀程度は傷つかない。
だが、打撃痛は感じるので、正直痛い。
「まだだ、あれだけ斬りつけてもどうして傷つかないのだ!!さては貴様、魔族だな!!」
「阿呆か。そんななまくらな刀ではこの着物は切り裂けないわ!!それよりもそろそろ観念した方が良いのじゃないか?」
そうストーム似言われて、勝頼は慌てて周囲を見渡す。
――ドサッ
周囲はまさに死屍累々。
峰打ちとはいえ、全力で叩きつけられたので、骨ぐらいは折れている。
先程までストームを取り囲んでいた武士達も、既に起き上がるだけの気力も体力も失われて倒れている。
「で、どうするんだ?まだやるなら相手になるが‥‥素直に諦めろ。ここで信玄の戦力を大幅に削る事もあるまい」
――ズルッ
力を失い、その場にへたり込む勝頼。
「もう良い。何処へでも行くが良い‥‥」
すでにストームを追求する事を断念した模様。
「それが良いさ。上には上がいる。それだけは忘れない方が良いさ」
そう話しながら刀を納めると、ストームは奉行所を後にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
奉行所から出たストームは、急ぎ絨毯を引っ張り出すと、急ぎ波止場まで飛んで行く。
――ヒュゥゥゥゥゥン
「これは参った。早朝って言っていたから、もう船は出航したか?」
慌てて波止場に着いたが、既にストームが乗る筈だった船の姿は見えない。
沖合を眺めても、船影が見えなくなっている。
「そこの人。ウィル大陸に向かう船はいつ頃でた?」
近くで荷車を引いている男性に問いかける。
「半刻ほど前かな?」
「そうか、ありがとうよ」
礼を告げながら絨毯を引っ張り出すと、それに飛び乗って海上を飛行する。
少しずつ高度を上げて、上空から船の位置を確認しようと周囲を見渡すと、遥か前方に大型の帆船の姿を確認した。
「あれか‥‥よし間に合った」
更に加速して、帆船を追いかける。
「‥‥なんだありゃ?」
どうやら帆船の後ろで追いかけてくるストームを見掛けたのか、大勢の乗員が甲板後方に集まってストームを見ていた。
「今から着地するから甲板空けてくれ!!」
そう叫びながら甲板中央まで飛んでくると、ゆっくりと着地した。
まさか絨毯に乗って飛んでくるとは思っていなかったのだろう。
「せ、船長。途中乗船なんですけど」
甲板で作業していた水夫が、慌てて船長を呼んできたらしい。
「ああ、ストームさんかな?割符はお持ちで?」
「ほらよ。ちょっと遅くなっちまったが。これで良いのか?」
懐から割符を取り出して船長に見せる。
それを受け取ってバッグから割符の半分と合わせると、船長は笑いながら一言。
「ハーッハッハッ、長らく船長をやっているが、空からの途中乗船は初めてだよ。ようこそ」
割符をストームに戻してくる。
「まあな。では、あとは宜しくな」
急いで絨毯を丸めてバッグに放り込む。
「き、君、その空飛ぶ魔道具を売ってくれないか?」
「いや、私が欲しい。是非とも頼む」
マチュアの時のように、貴族や商人たちがストームの元に集まってくる。
が、ストームは丁寧に頭を下げて一言。
「売り物じゃないんだ。悪いな」
そう告げて自分の部屋へと向かった。
――ガチャ
内側から鍵をかけると、着物を脱ぎ散らかしてベットに転がる。
「これでウィルに戻れるか。先にグラシェード大陸に寄って、乗り換えて‥‥そこからはどれだけかかるのやら‥‥」
スャァ‥‥
‥‥‥‥
‥‥…
‥‥
…
――ドンドン
誰かがドアを叩く音がした。
「‥‥トームさん、ストームさん。食事の時間ですよ」
「お、おう。どれだけ寝ていたんだ‥‥」
やっくりと身体を起こしながら、窓の外を見る。
既に陽は落ちているらしく、満天に星空が広がっている。
「綺麗な星空だな‥‥あ‥‥そう言えば、星は見えるんだ」
急ぎ着替えてから、迎えにきた水夫と共に食堂へと向かう。
ストームが到着したときは、まだいくつかの席が空いていたので少しホッとしつつ席に着く。
「おや、甲板ではどうも。私はシュトラーゼで雑貨商を営んでいるスムシソヤと言います。この子は娘のクッコロです」
その言葉に、スムシソヤの隣に座っている20歳ほどの小柄な女性が頭を下げる。
「これは丁寧に。ウィル大陸サムソン辺境王国で鍛治師をしていますストームと申します」
軽く挨拶をしていた時に遅れていた人達もやって来たので、早速食事が始まった。
船上と言うこともあり、食事はそれほど豪華ではない。
途中、航路上にある彼方此方の港に停泊して乗員や積み荷を上げ下ろししたり、食材や日用品の補給などを行うらしい。
食堂で一緒に食事をとっていた船長の話によると、だいたい四日から七日毎に港には泊まるらしい。
それでもグラシェード大陸に到着するまでは結構な時間が掛かる。
江戸時代の参勤交代でも、薩摩から江戸まで大体50日は掛かる。
和国が日本の四倍ほどの国土として、単純に200日。
ストームが大隅についてから、既に半年程は経過している。
船でウィルまで向かう時間がどれぐらいかはわからないが、少なくともグラシェード大陸とウィル大陸間はマチュアが使った航路で約一カ月。
「船長、この船でウィルまではどれぐらい掛かるんだ?」
食後の団欒の時、ストームが船長に問いかけてみると。
「途中寄港する港が5箇所ありまして。グラシェード大陸までは大体20日程ですね。そこからはウィル大陸に向かう別の船に乗り換えて30日というところでしょう。真っ直ぐに向かうと早いのですが、海竜の巣や危険な潮流などを躱しながらとなると、大体それぐらい掛かるのですよ」
ほう。
何名かの客は驚いた顔をしているが、旅慣れしている客はウンウンと頷いているだけである。
「それよりも、ストームさんといいましたか。貴方の魔道具の方が私たちには驚きですよ。あんなに高速で飛んでいけるのなら、それで飛んだほうが早いのでは?」
「道がはっきりと分かっていれば、それもありなのでしょうけれどね。海の上では右も左も分からないので、残念ながらねぇ」
そう笑いながら話すと、差し出されたハーブティーをゆっくりと飲む。
「しかし、流石はBクラスの鍛治師ですね。空間拡張型のバッグや空飛ぶ絨毯など、珍しいものをたいそうお持ちで」
「そうそう。仕入れ先を是非とも教えて欲しいものですよ」
「全くですな。グラシェードは魔道具があまりない場所ですからねぇ」
などと世間話をしているものの、やはりストームと商談したいのだろう、時折チラッとストームを見る。
「魔道具を売っているのはカナン魔導王国ですよ。あそこは魔道具の販売をしていますから、そこで買うのが宜しいかと」
「ほう、カナンが王国化したのですか。それは初耳ですな」
「それは是非とも向かわなくては。と、問題はグラシェードからウィルに向かう航路ですか」
と甚だ困り果てている。
「その航路に何か問題でも?」
「ウィル大陸の国々とグラシェードは国交を持っていませんから、ファナ・スタシアの港町まで向かう船を探さないとならないのですよ」
「そ、そうなのか?」
「ええ。まあ、アマデウス商会という貿易商と提携を組んでいまして、私達が到着する前後で待っているはずなのですよ。多少の時間差はあると思いますが、彼の船は私達の船よりも早いですから」
船長がにこやかに説明してくれる。
ならば、後は任せるだけ。
「なら、暫く忙しかった分、ここではゆっくりとさせて貰いますか。ハーブティーのお代わりをください」
「はい、少々お待ちください」
給仕の女性がハーブティーを持ってくると、ストームは周囲の客と楽しく談笑する事にした。
◯ ◯ ◯◯ ◯
和国を出発してから間も無く20日。
特に事故らしい事故もなく、水平線の向こうにグラシェード大陸が見えてきた。
甲板の水夫達が乗客に間も無く到着を告げると、船内が慌ただしくなってくる。
「ほう。しかし‥‥寒いな」
ウィル大陸とは海峡を挟んで北にある大陸。
それだけで、気温はグンと下がっている。
甲板では、ストームを始め下船準備を終えた客らが早く波止場に着くのを待っている。
「よーし、着岸準備だ!!」
船長の声が甲板に響く。
「へいっ!!」
水夫たちの威勢の良い声が返ると、にわかに甲板が慌ただしくなった。
「お客さんは落ちないようにするか、客室に戻ってくださいね。ここからが大変なので」
一人の水夫が客達に説明すると、納得したらしい客達は自分達の部屋へと戻っていった。
「それにしても、凄いなぁ。海賊が出なかったのはちょっと寂しいが」
ここまでくると本物のパイレーツオブカリビアン体験をしたかったストーム。
まあ、何もなく無事に旅が終わるのは実に良い事だと納得しながら、邪魔にならない所で大陸を眺めていた。
やがて港がはっきり見え始めると、マスト上部の物見台から水夫達の大きな声が響いてくる。
次々と飛び交う指示に従いながら、甲板にいた水夫達も着岸の準備を終わらせていた。
――ゴンッ
船が接岸してロープで固定されると、波止場に橋桁が固定される。
「この後は、私達の商会の建物がありますので一度そちらに向かいます。次に皆様が乗船する『マッドハッター号』が到着していないので、それまでの滞在は商会の保有する宿でお過ごしください」
船長の挨拶が終わると、客達は船を降りていく。
「マッドハッター号って言うのは、いつ頃つくんだい?暫く掛かるなら、この国をぐるっと見て回りたいのだが」
そう興味本位でストームが問い掛ける。
「それなら、私達はシュトラーゼ公国に帰りますので、そこまでご一緒しますか?」
「こらこら、ストームさんの都合もあるんだから」
クッコロとスムシソヤが笑いながら話しているのを聞いてしまうと、興味本位の塊となってしまったストームとしては、是非とも見てみたい。
「ここからシュトラーゼ公国まではどれぐらいだ?」
「一日もかかりませんよ。ここは国境沿いの港町ですから。ただ、あの国は入国審査が厳しいので、それに受かるかどうか‥‥」
「まあ、行くだけ行ってみるか。船長、さっきの船が到着してから、出航まではどれぐらい掛かる?」
近くで貴族らしき女性と話をしている船長の元に向かうと、ストームは丁寧に問い掛ける。
「補修や此処で積み込む積み荷がまだ届いていなくてねぇ。到着から最低は七日は欲しいだろうから、そのぐらいに戻って来な。まあ、あんたなら多少遅れても飛んでくるだろうから」
船長が笑っていると、貴族の女性が目を丸くする。
「あの、今飛んでって言いましたよね?まさか貴方も空飛ぶ絨毯をお持ちですか?」
慌ててストームの元に駆け寄ってくる女性。
どうやら空飛ぶ絨毯のことを知っているらしい。
「あ、ああ。あんたはウィル大陸から来たのか?」
「いえいえ。私も主人も、公国にいらっしゃるマチュアさんと言う商人の方に空飛ぶ箒や魔法の絨毯に乗せてもらったことがありまして」
――ガクッ
いきなり知っている名前が出てくると力が抜ける。
「はあ?マチュアって、ここにいるのか?」
「ええ。商人の方ですよね?いつも街の中を飛んでいますわよ」
「あー、間違いなくマチュアだな。そうか、ありがとよ」
そう礼を告げると、ストームは急いで魔法の絨毯を引っ張り出す。
それを広げ、少し離れたところにいるスムシソヤとクッコロを呼ぶと、二人に絨毯に乗るように説明する。
「これは?」
「ほら、お父さん、話してあった空飛ぶ魔道具ですよ。私達も乗っていいのですか?」
恐る恐る問い掛けるクッコロ。
「ああ、急ぎシュトラーゼ公国まで行きたくなってな。ではまたな」
そう船長や貴族に挨拶すると、ストーム達は一路シュトラーゼ公国へと飛んで行った。
――第五部へと続く。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






