4.切り裂き魔
長篠高校生徒名鑑
都煉那
1年11組28番
出身中学 越伊賀中学校
得意科目 体育
苦手科目 数学
好きなもの 体を動かすこと。最近は街中を駆け回るパルクールにハマっている。
嫌いなもの 小難しいこと。コーヒー。
特技 速く走る、高く飛ぶ
???? (未開放項目)
性格 ダウナー系、テンション低い
遊人の一言メモ
スポーツ少女とは思えないくらいテンション低いな。よく言えば気分で成績が左右されない安定選手か。こういうのは逆境に強いぞ。
長篠高校 1年11組 教室
この時代、凶悪犯罪はそうそうない。あるとしても生きてる間にニュースとしてそういう事件を聞くことがあるだけで、自分がその事件に巻き込まれるなんて、まず無い。
しかし、そのまず無い事がクラスメイトの身に降り懸かったのだ。それは、アバターの性別逆転以上の衝撃だった。
「えー、非常に言いにくいことですが、昨日、うちのクラスの藤井が不審者に襲われた」
朝のホームルーム直前。その時、教室が静まりかえった。水を打った様にとかの表現が似合いそうな空気だった。
瞬間、何かがひしゃげる音がした。音夜だ。音夜の席から聞こえた。いつもは寝ているはずの彼女が起きている。俺は雅としていたカードゲームの手札を取り落とす。次のターン、場の『魔法少女メディ』に手札に来ていた『闇堕ちのいざない』を使うことがバレてしまったではないか。
いやそれより、音の原因だ。なんと、音夜の足元の床が割れている。なんつー力だ。普段は大人しいが、怒ると信じられない馬鹿力を発揮しやがる。わかり切ったことだが、改めて目撃すると驚くものだ。普通、こんなことが起こるなんて思わないし。
彼女はゆらりと怒気を込めて立ち上がり、机に手を付けて力を込める。目が光っている様に見える。眼光が既に、犯人をバラさん勢いになっていた。
「犯人は?」
机が音を立てて縮んでいる。上から押し付けられ、脚が歪んでいるんだ。俺の顔面はきっと蒼白だろう。ここからでも歯ぎしりの音が聞こえてくる。いや、その音は既に彼女の歯が割れる音に変わっていた。このままだと検挙されるべき犯人がバラバラに解体されかねない。
俺は何としてでも、旧知の責任として音夜の怒りを鎮める。見境なく暴れたら被害が手に負えない。
「あ、安心しろ音夜。犯人は姉ちゃんが捕まえてくれるさ。お前が殺すのは一瞬だが、犯人に前科付けて社会的に殺した方が苦しみは長い」
「う……。むぅ」
なんとか冷静さを取り戻してくれたか。こういう特殊な生徒を受け入れてくれるのが長篠のいいところだ。普通の高校だと、音夜が暴れたら誰にも止められない。だが、長篠には間接直接問わず、彼女の暴走を止められる人間がそれなりにいる。
無論、俺みたいな説得も込みで。音夜のスイッチが入ったことで、クラスの空気も少し元に戻った。
「藤井って、藤井佐奈か?」
「ああ、あのいつも本読んでる」
「なんで?」
「知らん」
クラスメイトが不安に騒ぐ。ひとまず、この混乱をおさめるために俺は喋ることにした。級長は雅なのだが、俺が一応なんか喋ろう。姉が刑事なだけあって、事件慣れはしているからな。音夜のお陰で話題的な中心に位置取りも出来たわけだし。
「おい野郎共、落ち着け。俺らが騒いでも意味ないだろ。ナンセンスだな」
だが、むしろ騒ぎは大きくなった。
「騒がない方が変だろ!」
「この白髪!」
「真っ白廃人!」
こいつら、俺が地味に気にしていることを……。白髪弄りは貧乳キャラのまな板弄りくらいに気になるんだぞ。割とコンプレックスだ。
「なんで俺が廃人なんだ」
「真っ白に燃え尽きてんだろ!」
「そっちの灰か」
余計に騒ぎが広がったが、不安とか暗い雰囲気を払拭できた。佐奈が犯人の姿見てりゃすぐ捕まえられるだろう。ここの管轄は姉ちゃんだし、犯人は運が悪かったな。
「それより、なんか嫌な音しなかった?」
「ああ、それなら音夜の歯が砕けた音だ」
夏恋が音を耳にしたらしい。歯は力の源だし、人間離れしたパワーを持つ音夜が破損しやすい箇所でもある。
「ちょ……大丈夫なの?」
「うん」
夏恋に心配され、音夜は口に指を入れて割れた奥歯を抜く。素手で歯を掴むのは困難だから、場所の悪い親知らずを抜く時みたいに実質砕いている。取り出された歯は、砕けていてよくわからないが八本くらい?
「これ床下に投げたらまた生えてくるから」
「乳歯?」
夏恋は驚いているが、音夜と過ごすと永久歯という概念を忘れそうになる。普通生えてこないよね。夏恋も深くため息をついて諦めた。頭を切り替えてくれたか。
「先生、佐奈は無事ですか?」
「怪我はしてないし、一応面会もできる。市民病院にいるって」
夏恋が佐奈の安否を気にかける。副級長だからか、それとも単純に友達だからか。なんとなく佐奈を引きずり出してつるんでるよな、夏恋って。音夜も一緒にいるけど。
まぁ、とにかく佐奈が無事なのはよかった。
「よかった。みんな、帰りにお見舞い行こ?」
夏恋が女子に声をかける。しかし、メインで色めきだったのは野郎だった。まあ、仕方ない。
「野郎共は黙ってなさい」
俺は言ってやったが、野郎共は黙らない。夏恋以上にかわいいからな、あいつ。どっちかと言えば、庇護欲を掻き立てるタイプの美少女だ。
「はいはい、ペアになる美女のいない野獣は黙って。今回は人数絞るから」
夏恋の毒舌が発揮される。もともと引っ込み思案な佐奈に、いきなりこの大人数は負担だ。無事とはいえショッキングな事件の後だしな。精神的負担は避けたい。なんとか夏恋はそれを防いだ。お手柄だ、夏恋。
「雅、お見舞いの担当は俺が決めていいか? 市民病院はお馴染みの場所だし、案内を兼ねてな」
「そうだな。遊人はクラスだと比較的佐奈に近いし」
俺は雅に了解を得て、話を進める。というわけで、俺はお見舞いチームを結成することに。
「んじゃ、お見舞いは俺と夏恋、涼子に煉那が行くから」
とりあえず人数を限るか。特に、知る人間で構成した方がいいかもな。
「渡したい物があったら私に預けて。男子のやつは一つ残らず捨てておくから」
「夏恋の毒舌があらぶってる……。まるで深夜のテンションだな、徹夜した?」
夏恋の毒舌がエンジン全開なのを確認しながら、俺はメンバーを確認した。音夜を入れなかったのには理由がある。こいつにはやることがある。
「じゃ、私はパトロールだねぇ」
音夜はこういう事件があると、周りの安全を確かめるためにパトロールをする。女の子一人で大丈夫なのか、とも思うが、ショットガンを至近で食らって死なない奴だし心配はいらない。
弱点もあるにはあるが、それを突ける奴は稀有だ。それをみんなが実践できたら、音夜はここに来ていない。
「あたしもか……」
「ま、妥当じゃない?」
煉那はクラスに馴染ませるために選んだ。それともう一人、小町涼子を選んだというわけだ。
髪をハーフアップにしたこの女子は、どうも良家のお嬢様らしい。お見舞いのマナーなら俺が熟知してはいるが、クラス内でも無難なキャラなのでもう一人欲しいと考えて入れた。他はどうも灰汁が強い。
@
その日の帰り。俺と夏恋は涼子と煉那を伴って市民病院に行った。
「夏恋、毒舌全開だったねー」
涼子が夏恋の毒舌を評価した。評価することではないのだが。
「まったく、男子は……」
短髪で快活そうな煉那が、でかいエナメルバックを持ちながら呆れたように言った。夏恋の下りで野郎の騒ぎようを思い出したらしい。都煉那、とりあえず馴染ませる為にチームへ入れてみたが、どうかな。
「しかし……。なんで私も……」
「いいじゃん、いいじゃん」
煉那は自分がお見舞い要員に選ばれたことを疑問視しているようだった。お前ほっとくとボッチのまま一年過ごしそうだし。俺の余計なお世話を感じたのか、煉那はやや疑いの目を向けてくる。
「お見舞いの品、持ってきたか?」
痛い視線から逃れるために、話を逸らした。お見舞いといえば、何かいるだろう。例えば果物の籠なり暇つぶしの本なり。俺も入院の経験があるが、状況が状況だけにそんなもの貰ってないがな。渚がそう言っていたんだ。
「そうだな……、その辺で買って行くか」
煉那が提案したので、俺たちは近くのデパートに入った。煉那も奴なりに、馴染もうとしているんだな。
数十分後
「いやしっかし凄いな」
煉那がこの現状を見て言った。
現状というのも、俺がクレーンゲーム500円分で大量のぬいぐるみやお菓子を獲得してるというものだが。というか、クレーンゲームは得意中の得意なんだ。
「物理的に無理だろ、その量は」
「台選びから戦いは始まっているのだよ煉那君」
そう、すべての戦いは台選びから始まっている。景品の位置はいわば生き物のようなもの。一つとして同じ配置はありえない。だから、取りやすいパターンを研究する。さらに、台の中にはアームの握力を弱くしてある悪質な物もある。初見の台では、最初に数人がトライする様子を見てアームの握力が充分か計るのだ。
いくら実力があってもアームが弱いと手も足も出ない。
さらに、取る景品の量も計算する。あまりに乱獲すると店が潰れるし、潰れないまでも店側がアームの握力を弱めるか景品のグレードを落としかねない。近場は手加減して、たまにしか行かない場所は本気で狩り尽くす。
いつの時代も、目先の利益に飛びつく奴は自分の首を絞めるのだ。
そういう狩人ロジックの元にクレーンゲームは成り立つ。ただ今回は事情が事情だけに近場とはいえ、本気を出させてもらったが。500円で充分な品を用意するには、俺も本気を出さざるを得ない。突然のことでは、俺も財布の中身が限られるし。
俺と煉那はすでにお見舞いの品を抱えてデパートの入り口前に待機してる。俺は両手にぬいぐるみとお菓子を入れたビニール袋を持って、煉那は花束を抱えている。
「花束……。なんか予想通り」
「何が?」
「しかし、あいつら遅いな……」
今だ、夏恋と涼子が戻ってこない。時刻は4時まわった。面会時間が終わらないうちに行きたいが……。入院生活のプロフェッショナルといえるまで入院生活を送ってきた経験のある俺は、何と無く体内時計に面会時間の終了時刻が刻まれているようだ。
「夏恋は服屋でパジャマを買うだろうし、涼子は本かな? よし、こちらから出向こう」
「その予測に根拠はあるのか、廃人。ライ麦使った方が早いだろ」
「カンだ。とにかく行くぞ」
待っていても仕方ないと判断した俺は、煉那と二人を探しに行くことにした。スマホのコミュニケーションアプリである『ライ麦』を使う手もあったが、あれって呼んでもらえないと意味ないし。
数分後 市民病院前
俺達は市民病院の前に来ていた。市民病院ともなれば、やはり圧巻の大きさだ。ちょっとしたマンションみたいなものである。その入り口は、自動ドアとなっている。
「で、よく私の場所がわかったね」
「言っただろ、カンだ」
俺は夏恋に、居場所が分かった理由を説明していた。
「だいたい予測できるだろ。何ヶ月クラスメイトやってんだ?」
「一ヶ月未満……」
「無理だよな……」
涼子と煉那が不自然そうに言った。これくらい出来るだろ、誰でも。性格、行動パターン、趣味趣向、その他もろもろ合わせて観察したデータを元に相手の動きを予測する。逆に一か月以上という長い期間があっても相手の動きが読めないというのは、格闘ゲームにおいて致命的でもある。俺は始めて対戦する相手でも1ラウンド以内に行動パターンを把握して、動きが読めるようになるのだ。
こう言うと難しそうに聞こえるが、俺はこれを意識的にしてるわけではない。全て反射的にしていることだ。だからさっきの夏恋達の『居場所予測』も、さほど深く考えていない。
じゃ、行くか。そんな感じで、俺達は病院に入った。
俺は姉ちゃんに拾われる前、ずっとここに入院していた。当時の記憶が曖昧だが、なんか自宅で死にかけてて、運ばれて来たとか。
待合室も広い。内科、外科など系統ごとに受付も分かれている。待っているのは全体的に老人が多い様な気もする。そこに入ると、早速見知った顔が。妙齢の女性、看護師だ。
「あら、遊人くん久しぶり。元気してた?」
「久しぶり。見ての通り元気です」
看護師長だった。この人には世話になったものだ。
「藤井佐奈さんは、こっちの病室」
「俺は何も言ってないぜ?」
「遊人くんの考えは、予想つくからね」
この人には敵わないな。こちらの考えが読み取られているようだ。ていうか、さっき涼子や夏恋にやった人間観察術はこの人から教わったんだが。それを頭が柔軟なガキのうちに教わったもんだから、赤ん坊が習いもしない日本語で喋れるように自然と出来るようになったわけだ。
この人曰く、俺は才能がある方らしいけどな。
「知り合い?」
「まあな」
夏恋が聞いてきた。看護師の知り合いがいるの、そんな意外か? 病弱キャラが明かし切れてない感じはあるが。
佐奈の病室まで歩く間、いろんな人に声をかけられた。俺はいつの間にか、有名になってるようだ。ガキの頃は意識してなかったが、今になると照れ臭い。長い間病院にいると、スタッフを中心に知られるようになる。
恐らく、当時の俺を知らない人も噂で聞いていて、白髪で気付いたんじゃないか? 知らない人にも声かけられるし。白髪という目立つ特徴もあり、知っている人から話しを聞いて俺に気付いた人もいるだろう。
「佐奈の病室って……。な、この病室は……」
「どうかしたか?」
「ああ、昔入院していた病室?」
佐奈の病室に驚いた俺に、煉那が理由を聞いて涼子が代弁してくれた。まあ、涼子なら所謂『脳筋』の煉那や毒が頭に詰まっている夏恋と違い、さっきの看護師長との会話で大体察したか。俺が昔、この病院に入院したことを。
「その通り、ここは俺と渚が入院していた病室だ」
「へー。そうなのか」
夏恋は言いながら、扉を開けた。個室なんて大層なものではなく、数人の患者に紛れて、佐奈はいた。
ベッドに寝ているのではない、誰かのベッドの隣にパイプ椅子を出して座っている。
「佐奈ー。大丈夫?」
「え、あ、うん」
夏恋が佐奈に声をかけると、佐奈はたどたどしく答えた。というか、誰のベッドの隣にいるんだ? 茶色の髪を短く揃えた、何処か俺たちとは違う雰囲気のある女の子がベッドにいた。頭に包帯を巻いていたり、ケガの痕が見える。
妙に、俺の視線は彼女に吸い込まれていた。一目惚れなどではない、何だか気にかかるのだ。
「あ、直江くん。お姉さんが……」
「あー、はいわかりました。家出少女預かるの久々だな」
佐奈が姉ちゃんからの伝言を伝えようとして、俺は全てを察する。家出して行き倒れてたから預かりますって話だな。
「名前は……、足柄霞か」
ベッドの近くの壁に、名札が付けられている。足柄霞か。日本帝国海軍最後の勝利、礼号作戦に関わった軍艦から名前が取られてるな。
勘違いするなよ、最近人気の軍艦擬人化ゲームをやる前から、俺は『太平洋の嵐』とかで結構知っているんだ。
おっと、よく見れば霞がいるベット、俺が使ってた奴だ。
「ああ、ちょうど、俺はこのベッド使ってたな」
「えっ、そうなの?」
夏恋が驚く。病室だけならまだしも、ベッドまでとはな。それより、佐奈はよく無事だったな。だれのおかげかはわかるけど。
「それより、無事でなによりだ。姉ちゃんがまたアサシンクリードみたいに民家を駆け上って駆けつけたのか?」
「お姉さんはちゃんと下から来ましたよ。霞さんに助けてもらったんです」
佐奈によると、この霞さんに助けられたらしい。ちゃんと下から駆け付けたんだな、姉ちゃん。珍しい。
「別に助けたわけではない。偶然通りかかっただけだ」
「偶然通りかかった奴を怪我してまで助けるとは、いい奴だな」
霞は否定すうるが、煉那は素直に称賛する。偶然通りかかった奴を助けて負傷か。無口の割に根はいい奴なのか?
「この怪我は目覚めた時にはすでに。どうも怪我で記憶を失ったらしい。彼女とは病院を抜けた時に居合わせて」
そりゃ大変だ。記憶無くしてふらふらしてたら佐奈を助けたのか。ま、それはいいか。そんなことより、せっかくメイン狩場荒らしてきたんだ。これを渡さねば。
「そうだ、クレーンゲームでお菓子乱獲してきたけど食べる? たべっこどうぶつのラクダは最後に食べるって決めてるけどさ」
俺はクレーンゲームで取って来たお菓子を取り出す。会話に何気なく漫画のパロディしたり、ダイレクトにゲームのタイトルをぶっこむのは、霞さんが何に興味ある人なのかを探るためだ。キーワードを飽和させて反応を伺い、会話の糸口を見出す。
「随分限定的だな。ラクダ?」
煉那にも仕掛けているが、いまいちヒットしない。夏恋は何より、俺の入院時代の話が気になるようだった。
「そうだ、遊人。このベッド使ってたの?」
「ああ。昔な」
昔だぞ、中学上がる前だ。煉那もその話に食いついてきた。ここ一番の食いつきだ。
「随分、有名人みたいだったじゃないか」
「私も気になるね」
涼子も話に乗る。そうだな、この流れでみんなの過去話するノリに出来そうだし、いっちょやりますか。俺は演技っぽく話を始める。
「昔話をしよう。これはまだ、人類が破滅へ向かっていた頃の話だ。神様は人間を救おうと……」
「真面目に」
夏恋に止められてしまった。俺の十八番なんだから最後までやらしておくれよ。なんか昔語りの時に意味深にしたくなるじゃない? ゲーマーのサガだ。霞さんだけは真剣にのめり込んでいた。
「破滅へ向かってなかったのか? てっきり恐怖の大王かと」
「え? そこまでさかのぼりました?」
これには佐奈もビックリだった。まさかここまで真剣に聞いてくれるとは。語り甲斐があるね。
「そうだ、恐怖の大王と戦って、膝に矢を受けてしまってな……」
「やはり。いや、この時代には既に鉛の弾があったはず……」
霞さんは考え込んだ。こういう人なのか? 記憶を失っても作っていた既存のキャラが崩れないのか? 夏恋が手を叩いて話を打ち切る。
「ちょっと、こっちは真面目に聞いてるの」
「へいへい」
仕方ないので話を続けた。真面目にな。
「そうか、さすがに冗談か……」
「真に受けてた?」
だが、霞さんは割と真に受けてた。記憶喪失の弊害、なのか。これ以上混乱させるのも悪いし、真面目に話すか。
「俺は昔、この病院に入院していた。物心つく前だから理由は覚えてない。知っている人が面会にくる様子も無かったな。俺と同じ部屋に、ある天才がいた」
俺は昔の事を思い出す。この病院にいた頃、俺はとある天才と仲が良かった。その人はちょうど今の俺くらいの歳の、お姉さんだった。
「その天才の名前は楠木渚。その人は現在ですら実現不能な発明を多く、十年以上前に設計していた」
「天才……ね、きっとフルダイブシステムも既に考えてたんでしょうね」
夏恋の言う通りだ。渚の発明には、フルダイブシステムもあったはずだ。
「だけど、渚は何の予兆も無く死んだ。それからしばらくして、事件を通して俺と姉ちゃんが出会い、今に至るってわけだ」
「なぁ、直江。お前昨日、三好に将来的に云々って話してなかったか?」
煉那が昨日の俺と雅の話を聞いていたのか、そこに突っ込んでくる。なんだかんだ、音夜関連の話に聞き耳は立てているのか。
「その天才となにか関係あるのか?」
「大ありだ。音夜の様な従来の人間を越えた人間の出現は既に、渚が予想していた」
今までにないほど前のめりに煉那が聞いてくるので、俺も答えた。もちろん、そんなことだけで音夜や煉那を気に掛けるほど科学者気質ではない。
「『人類はいつか、次なる故郷を目指して外宇宙に出る。その時、人類は現在の知能を保ちながら動物と張り合う筋力を得るだろう』。それがお前たちの様な突然変異か、昨日騒がれたパワードスーツか、それ以外か、その全てによって達成されるのかは不明だがな」
「そ、そんなすごいスケールの話がここで?」
佐奈はおっかなびっくりで聞いてきた。俺は笑いながら返した。そんな本気に取られても困る。予想した当の天才さんがいない今、そんな話してもしょうがない。
「はは、お伽話みたいなもんだよ。本気にしちゃいない、けど、音夜みたいにそんな可能性を見せてくれる奴を見かけると、感傷なのか嬉しくなる」
「直江遊人、やはり貴方は……」
その時、霞さんが口を開いた。俺って名乗ったっけ? いや、ここに入院してるし姉ちゃんが預かってくれって言っているなら俺の事を話していても不思議はないか。
「霞さん?」
佐奈も不思議そうにそれを聞いていた。霞さんの事情は未だよく分かってないな。記憶喪失だし本人にも分からないことが多いだろうが。
「それより、お菓子あるぞ。食え食え」
まあいいか。そんなことよりお菓子だ。細かいことは後にしよう。
「クレーンで取ってきたからたくさんあるぞ」
「オカシ?」
霞さんはじゃがりこの箱を手に取り、よく観察していた。イントネーションからして、『お菓子』という単語を理解していないようにも見えた。
「直江くん、霞さんの記憶喪失は結構深刻みたいなの」
佐奈が補足で説明してくれた。こりゃ失う記憶の代表格なエピソード記憶以外に意味記憶もいくつか飛んでるな。エピソード記憶は、簡単に言えば思い出とかそういうの。逆に意味記憶ってのは、計算の仕方、文字の読み書き、道具の使い方といった知識のことだな。
普通、記憶喪失ってのはエピソード記憶が失われることが多い。例えば札幌の時計台に行ったことがある人がこのエピソード記憶を失ったとしよう。すると、札幌の時計台が意外としょぼいということを知識を失わなくても、ワクワクして行ったら思いのほかしょぼくれててがっかりしたという思い出が消えてしまう。
意味記憶が失われるというのは、ダイレクトに生活へ支障が出るな。どこまで忘れたかにもよるが。
「そうか。ま、食べりゃなんか思い出すだろ。人間、飯さえ食ってりゃなんとかなるもんだ。裏を返せば、飯が噛んで食えないと相当マズいがな」
俺は適当なお菓子の箱を開けた。キノコの山とタケノコの里、アルフォートか。
「あ、焼き菓子とチョコで被ってしまったぞ」
なんと、似たような傾向で被ってしまった。好みの問題だし、仕方ないね。
「ねえねえ、みんなキノコとタケノコどっち派?」
涼子が悪戯っぽく笑い、戦争をふっかけて来た。いつだって金持ちは戦争を引き起こすんだから。
「いや、気にしたことないな」
煉那はどっち派でもないらしい。キノコとタケノコを両方口に入れて咀嚼した。
「これがオカシ……か、固形物のようだが」
霞さんはタケノコを一つ手に取り、マジマジと見つめる。俺は手本を見せるために、タケノコを食べた。
「なるほど」
霞さんも真似して口にいれた。すると、予想外の反応が返ってきた。
「んがぐぐ!」
「お前はサザエさんか」
どうも喉に詰まらせたらしい。一体どんな食べかたをすればたけのこを喉に詰まらせるのか。
「ああ、まだだめしたか」
佐奈は慌てることなく霞さんにペットボトルの水を飲ませた。まだってことは、霞さんは喉でも怪我してるのか?
「どういうことだ?」
「霞さんはどうも、固形物が飲み込めないみたいなんです。喉に異常は無いんですが……」
「ん? 飲み込めない?」
固形物が飲めないって、どんな生活してたんだ? でも見た感じ、肌のキメとか肉付きからして栄養に不足は無さそうだ。飲み込めなくなるほど偏った食生活してたら、病院で二、三日点滴しただけでここまで回復しないだろ。記憶喪失のせい……じゃないな。そんな生命にかかわること、記憶云々でしているわけじゃない、自律神経みたいなもんだし。
「ふぅ。すまない、お騒がせした」
「そうか、食事には気を配らないとな」
見た感じ、健康に問題ないしスムージー辺りから慣らしていけば治るだろう。それにしても不思議な人だ。一体何者なんだ?
「こんにちは、宵越新聞です」
「出たな生粗大ゴミ」
俺が考えていると、いきなり病室に記者らしき男が現れた。手帳にペン、一眼レフとかマジ記者。どっかの戦場カメラマンの真似でもしてるのか、変なハンチング帽を被ってる。
夏恋はいきなりゴミ呼ばわりする。通常運転は伊達じゃない。
正直、個室じゃないから他の患者さんの迷惑なんだよなマスゴミ。宵越新聞って、ネットでもろくでもないマスコミとして悪名高いな。姉ちゃんも言ってたっけ。
「ていうか、普通知人とかじゃないと面会って出来ないんじゃない?」
「窓から入った」
「不法侵入かい! ナンセンスだな!」
俺が侵入経路を聞いたら、記者は下に『答、コロンビア』のテロップを付けても充分なドヤ顔で犯罪歴を語った。明らかな不法侵入です。捕まれ。
「病院では静かにしろよ馬鹿記者」
「佐奈は首相じゃないんだからぶら下がり取材すんな!」
煉那と涼子も記者を罵倒し始めた。姉ちゃんから聞くに、宵越新聞の記者は佐奈を始め被害者に過度の取材を行うらしい。姉ちゃんも県警の偉い人からマスコミ抹殺の許可が下りたそうな。
「実際に藤井佐奈は政治家の娘です。その立場から考えて取材応対は当然のこと……」
「偉そうだなこいつ」
佐奈が政治家の娘なのは初耳だったが、そのくらいで驚いては長篠高校で生き残れない。にしても上から目線で取材協力を当然と考えるか。何様のつもりか。
夏恋も頭に来たのか、毒舌攻撃が開始された。
「ゴミはごみ箱に帰りなさい」
「ナブッ!」
バッサリ切り捨てられ、記者はよろめく。こんな屑でも罵倒されない優しい世界で暮らしてたんだろうな。だが、それは甘やかしなのだ。厳しくしてくれる人に出会えなかった不幸を呪え。
まだ夏恋のターンは続く。二回行動かな?
「立派な一眼レフぶら下げてるけどそれってデジタル一眼よね? 本物の一眼レフ扱えないとか記者のクセに情けないたっらありゃしない。それとどっかで見たような帽子被ってるけど、それって某戦場カメラマンの真似? 似合わないから焼いていい? 戦場カメラマンなんて高尚な仕事、貴方には無理よ。どうせ戦車に撃たれて木っ端みじんがオチなのだから今すぐ駅で特急に轢かれて木っ端みじんになれば? あ、ダイヤ乱れるから岡崎ではやめて。故郷のゴッサムシティにでも帰ってやって」
夏恋に連続罵倒を食らった記者の様子が激変した。まるでゲームのモンスターがぶちギレたみたいな豹変ぶりをみせたのだ。口から煙ボフーッ。顔真っ赤とはよく言うが、こうも茹でたタコみたいに赤くなる奴を見たのは初めてだ。
「くあせbsaijduiecnokkaioqniふじこ!」
「地球の言語で話せよ……」
ついに記者は意味不明なことを言いだした。便宜上アルファベットで字幕当てたけど、もうだめかもしれんね。
「精神やられてない?」
「日本の最高学府である私は精神に異常をきたしておりません熱地学院大を出ている私は精神に騎乗をきたしておしませんこのくらいで私は精神に異常をきあつぃておしません精神をやられるなどオセアニアでは常識なんだよ!」
「お前ホラー映画出た方が売れるぞ」
記者は夢でもハッキングされたかのように意味不明なことを喚いていた。主に佐奈と涼子あたりがドン引きしてるじゃねえか。
記者がキレて喚き散らしてると、いつの間にか記者の腕に手錠が付けられていた。明らかにあの人の仕業だ。やはり、手錠の先には一人の女性が立っていた。パンツスーツで背の高い、スラっとした美人。髪をポニーテールにしており、活動的な印象もある。
「病院では、お静かに!」
「やっぱり姉ちゃんか」
記者の脳天にコンクリートも粉砕する鉄拳が繰り出される。記者の頭から鈍い音が聞こえ気絶したが、例えここで記者が死んでも誰も気にしないであろう。
で、紹介が遅れたがこの人が俺の里親、直江愛花だ。戸籍上は義理の姉だがな。姉ちゃんの一人暮らしを心配する周りの人から俺は見張りを頼まれているようなもんだ。
刑事をしており、マスコミ嫌いで有名。記者クラブからは恐怖を込めて、事件関係者からは感謝を込めて『マスコミキラー』と呼ばれている。その実態は、ろくでもないマスコミを片っ端から粉砕するからで、ゴミでないマスコミには無害だ。過去に何かあったっぽいな。
「む、あたしが持ち場を離れたらエネミーが病院に侵入したか!。病室に接近、排除する!」
「姉ちゃんの勘は衰え知らずだな」
開けっ放しの扉に向かって姉ちゃんが駆け出す。そのまま、ターゲット突入のタイミングを謀って拳を突き出した。相変わらず勝手に忙しい人だ。
「天誅拳!」
「おいおい、たかだか聞屋に何台ものテレビカメラを粉砕したそれを……」
「テレビカメラ粉砕?」
おや、夏恋がテレビカメラ粉砕をあまりに非常識みたいなふうに言いますな。姉ちゃんにとってみれば、テレビカメラは粉砕するもの。撮るものではない!
しかし、拳は何者かに受け止められた。空気が振動する。
「姉ちゃんの天誅拳を受け止めるだと? 化け物か!」
「どっちも化け物よ!」
夏恋はあかたも両方が化け物みたいな発言をするが、天誅拳の原理を考えれば止めた方もちゃんと人間だ。音夜と違って、この人はまだ一般的だよ。
天誅拳はカメラの機械として脆弱な部分を重点的に破壊するから、見た目ほど力はいらない。メインは地面へ叩き落としての破壊だしな。だからやり方次第では止めることも可能だ。ただ、早くて見切れないが。
止めた方をよく見ると、手にテレビカメラを持って盾にし、衝撃を押さえてる。
「盾か……!」
姉ちゃんは悔しがったが、テレビカメラのボディが凹んでるので即座にもう一撃加えれば勝てそうだ。
「おっと失礼。お怪我はありませんか?」
その時、カメラを盾にした張本人が口を開いた。40代後半の男で、まるで模範的教師みたいな立ち振る舞いだ。軽くまとめると、知的で紳士ということ。手には風呂敷包を持っている。
「申し遅れました。私は、こういう者です」
男は姉ちゃんに名刺を丁寧に差し出した。一挙一動、模範的な動きである。
「宵越新聞記者、真田総一郎……」
姉ちゃんは名刺の名前を読み上げた。なんと、この真田という男は宵越新聞の記者だったのだ。
「私は取材に来たのではありません。調度うちの馬鹿を仕置きして連れ戻すとこでした。これ、お詫びの品です。経費から落ちてますので、お気になさらず」
「さいですか」
姉ちゃんはぼーっとしてるようなので、俺が受け取っておく。マスコミ嫌いの姉ちゃんからすれば、マスコミ関係者にこんな紳士がいるとは思わなかっただろう。
でも真田って苗字に、この出で立ち……どっかで聞いたことあるぞ? そして見覚えもある。
「おや、失礼」
突然、真田記者が姉ちゃんの手を取った。すごく紳士だ。
「え?」
「手を怪我してるようですね。すいません、私がカメラなど盾にせねば……」
「え、いや、この程度唾付けとけば直りますから」
「姉ちゃんが敬語、だと……?」
姉ちゃんが突如、敬語で話し出した。どうしたというのだ? マスコミ関係者に敬語など。
真田記者は姉ちゃんの手の怪我したとこに絆創膏を貼ってる。そして真田記者は、俺の方を見た。
「君は直江遊人くんだね。娘から話は聞いているよ」
「あ、もしかして理架のお父さん?」
苗字でピンと来たぜ。共通の知り合いがいて、空気が一気にほぐれる。そうか、この人は中学時代の俺の後輩、真田理架の親父さんか。他の奴らが置いていかれているので、いろいろ解説するか。
「知り合いのお父さん?」
「イエス。中学の後輩のな」
夏恋がそこに突っ込んでくる。そうだ、これは霞さんに言っておこう。
「そうだ、霞さん。記憶を取り戻すなら真田さんの手を借りたらどうだ? 真田さんは日本で一番発行されている『宵越新聞』の記者で、そこのアーカイブにアクセスできる。便所の落書きみたいな文章だが、無いよりマシだろう」
「なるほど、記憶喪失か。それは難儀だ、うちの馬鹿共に内密で手を貸そう。かぎつけられては面倒だ」
真田記者は了承してくれた。なんでこんな人が宵越新聞なんてキッチンペーパー売っているのか分からなくなってきたな。ここまで紳士的ならどこぞの誰かが営業役にでも引き抜きそうだがな。
『チリ紙を売るより面白い仕事をしないか?』ってさ。
「もし必要なら、声をかけてくれ」
真田記者は霞さんにも名刺を渡す。これで記憶を取り戻すのが捗ればいいのだが
「……では、切り裂き魔について知りたいのですが」
霞が口を開いた。夏恋が一瞬反応したような気がしたのだが、気のせいか?
「フラッと歩いた先に切り裂き魔、関係ありそうだな」
煉那も霞と切り裂き魔の関係に着目していた。病院を抜けてフラフラ歩いていたら切り裂き魔。切り裂き魔が計画犯なら、何か関係あるかも。姉ちゃんは他に気になることがあるらしい。
「それと、あの車も並行して調べた方がいいな」
「あの車?」
車ってなんだよ。霞さんはどう見ても免許取れる歳じゃないんだが。姉ちゃんが詳しく教えてくれた。
「霞は変な車にしがみついてたんだ。そこから振り落とされてな。ニュースにもなったろ、あの無人暴走車だ」
「はーん、なるほど」
車と聞いて、涼子が声を上げた。お嬢様だし、金持ちの道楽たる車には何かこだわりがあるのか?
「車かぁ。ニュースで見たけど、車種分からないみたいだね。改造を請け負う場所に聞き込みした方がいいかも」
「警察が車種特定できないってことあるんだな」
問題の車は車種が特定できないらしい。いろいろ謎が謎を呼ぶな。
「あ、もう面会時間終わりか」
俺は直感で面会時間終了を悟り、部屋の時計で確認する。これにてお開きか。夏恋達も帰る準備をしていた。
「そうね、じゃ、みんなまた明日学校で。佐奈さんはいつ来る?」
「私は明日にでも。そうだ、皆さん……」
佐奈が何か言いたそうだったので、俺も耳を傾ける。なんだ?
「霞さんも学校行きます。私達と同じクラスですって」
「そうそう、遊人とお前ら、頼んだぞ」
姉ちゃんの計らいか? 確かに同い年くらだしな。オーケー請け負った。記憶喪失の間だけでも勉強が滞ると持ち直しが難しい国だもんな、ここは。長篠がそういう学生の受け皿になっているし、なるべくしてなった配慮だな。
「んじゃ、また明日ね」
俺達は病室を出た。そうか、霞さんも俺達のクラス入るのか。この編入、どう転ぶ? とにかくにぎやかになりそうだ。霞さんは無表情なせいで分かり難いが、かなり美少女だぞ。
夏恋と涼子が先に歩き、俺と煉那が後ろに付いた。病院の廊下には、窓から夕日が差し込んでいる。
「遊人」
「ん?」
煉那が俺の前に出て、振り返る。何事だ? 何やら真剣な雰囲気だ。テンションが普段から静かだから今まで気付かなかったが、これが煉那の『マジ』なのか。
「話がある」
「話?」
煉那が口を開く。何の用なんだろうか。
「チャンバラのクラス代表、お前がやれ」
煉那から発せられたのは、意外な提案だった。
次回予告
煉那の提案を呑むために、遊人は特訓を開始する。
倒せドラゴン! これがやっと入り口だ!
次回、『竜を落とせ!』。看板モンスター、大進撃!
宇宙を遊び尽くせ!




