2.チュートリアル
ドラゴンプラネット用語辞典
『暗黒惑星ネクロフィアダークネス』
プレイヤーが拠点に選べる惑星の一つ。ドラゴンプラネットの影になり、常時夜中の惑星。『寒くならないの?』というツッコミは禁物。これゲームだから。
迫りくるゾンビを蹴散らし、一騎当千の快感バトルが楽しめる。また、廃墟を探索したり冒険心をくすぐる惑星である。外観が現代都市の様に現実的なため、日常と幻想の狭間を行く浮遊感がたまらない。
「来いやゾンビ野郎!」
チュートリアルを終えた俺は、自由に遊んでいた。目の前にはゾンビが大量に沸いていた。これがステージの特性だから仕方ない。
背中に背負った鞘から鉄の剣を抜き、戦闘態勢に入る。戦闘が本格化し、楽しくなってきたところだ。
俺は今、デパートの中にいる。デパートのフードコートに来ているが、こうも腐れゾンビだらけではお食事など楽しめないな。デパートとはいえ、全く客足は無い。豚足と一緒に、目の前のゾンビが食っちまったに違いない。休日のフードコート並には、ゾンビで混んでいる。
フードコートに足を入れると、近くにいた数匹のゾンビがこちらに気付いた。遠くの奴はコーヒー飲みながら談笑していて、襲ってこない。
襲ってくるゾンビも動きが緩慢で、落ち着いて処理すれば脅威ではない。数もゾンビ映画の絶望的な量に比べれば少ない。
まずは目の前にいるゾンビを片付けよう。横一列に並び、凄く邪魔だ。剣を水平に振りながら、技名を叫ぶ。
「【ライジングスラッシュ】!」
水平に薙がれた剣に黄色いエフェクトが輝き、目の前に並んだゾンビをバッサリ倒す。ゾンビは揃って倒れ、ガラスの様に砕けて青い光となった。
ゾンビが倒れた後に一つの青白く光るメッセージウインドウが出て来た。『ドロップアイテム』と書かれたそれに触ると、メッセージが『15スケイル』と変化する。お金だな、大事大事。
遅い来るゾンビの群れを剣で少しずつ突き倒しながら厨房へ侵攻する。背後さえ気を付ければ、ゾンビは一度強化した剣で簡単に倒せる。突きなら狙った敵に当てやすいし、連続で出し易い。
出来る限り壁に背中を当てながら移動する。このゲームは自分の視界がイコールでカメラなのだから、背後は本当に何も見えない。背中を取られたくはないので、必然的にこうなる。
長い時間をかけて壁伝いに、目的の厨房まで進めた。ここまで進むだけで、結構なゾンビを倒せた。後は奥でお茶しているゾンビだけだし、無視できる。
俺はカウンターを乗り越え、目的の厨房へ侵入する。第一フェイズ、成功。
入ったのは、ファーストフード店の厨房だ。目的はドリンクを出す機械の確保。ボタン押すとソフトドリンクが出るアレな。カウンターから客席の状況がわかるが、今の所敵はいないな。今だ。
左腕の腕時計、その文字盤を叩いてメニューを呼び出す。青白く光る、メッセージウインドウが目の前に現れた。
スタートボタンの押せないこのゲームでは、これがメニュー画面だ。
「よっ」
俺は手始めに、近くに置いてあったオマケのオモチャらしきものを回収する。ビニールに入っているし、ハッピーセット的なオマケなのか。それをメニュー画面に投げると、オモチャはウインドウに吸い込まれていった。
いよいよ本番だ。俺はドリンクの機械を持ち上げようと、手を伸ばす。
「ん?」
その時、ドスドスとフロア全体を揺らすような音が聞こえた。咄嗟に振り返ると、デブのゾンビがこちらに向かって走って来ているではないか。
身長は成人男性の平均程度だが、アメリカでしか見られないくらいの肥満体型だ。日本人ならここまで太る前に内臓か膝を壊すだろう。
「チッ、テメェはこれ以上炭酸飲むなよ」
見たことの無い敵だが上等。初見の敵との戦闘はいつでもワクワクするな。
このデブは間違いなくカウンターでつっかえるだろうし、そこを攻撃するか。
「なんだ?」
デブが案の定、カウンターで足を止めた。だが、デブは体を仰け反らせると、口を開けて何かを吐き出した。
「げ、ゲロ?」
緑色のゲロが、俺を襲った。見かけはいたいけな女の子なのに、なんて野郎だ。
「うっ……」
あまりに突然だったし厨房は狭いので、回避できずに受けてしまう。生暖かい感触はあるが、臭くはない。
「ナンセンスだな……」
視界が一瞬、紫色に染まる。これは毒か?
こんな時どうする? 俺はあるプレイヤーと乗り越えたチュートリアルを思い出し、対抗策を練った。
数時間前 マイルーム内
「ファーっ! ファーっ!」
性別が反転したアバターを使用出来ないゲームで、それもフルダイブゲームで、女の体を手に入れてしまった俺は暫く奇声を上げて部屋を転がった。
「うげっ」
唯一置かれていた初期家具であるダンボールの塊に突っ込み、そこで止まる。冷静に考えよう。ゲームだし、こうなってしまっては仕方ない。運営に通報することにして、解決されるまでにチュートリアルくらいは終わらせておくか。
落ち着きを取り戻すと、部屋の中で何が鳴っているのに気が付いた。さっきまで見ていた青いウインドウが点滅して、音を鳴らしていたのだ。新しいメッセージでも出たのか? 俺はウインドウを確認する。そこには、案の定新たなメッセージと、入力スペースが出ていた。
『名前を入力して下さい。これが貴方のユーザーネームとなります。変更はできませんのでご注意下さい』
「アバター決まってから名前決められるのは有情だよな」
アバターがランダムだけに、合った名前を付けられる様にアバター決定後に名前を入力するのか。どうやって名前を入力するのかはわからないが、恐らく、入力スペースに触ればなんか出てくるだろう。ご親切に、『タッチして下さい』ってウインドウに書いてある。
空欄の入力スペースに触ると、キーボードの様なボタンが出現した。その横にはペンの様なツールや、『あ』や『ランダム表示』と書かれたボタンがある。
「これで名前を決めるのか」
俺はとりあえず、『ランダム表示』のボタンを押してみた。すると、空欄だったスペースに『スミカ』と名前が出る。なるほど、名前で悩まない様にこんな配慮も。
ウインドウの下には、『人命決定辞典』なんて本まである。それを拾って読むと、人命に関わる様々な知識が書かれていた。目次を見ると、『外国の名前』とか『花の名前』の様に、命名には事欠かない内容の本だということがわかる。
せっかくだ。名前くらい自分で付けよう。俺は再び、姿見の前に立つ。それにしても小柄だ。小学校高学年くらいの身長しかない。
腰の下まで伸びた髪は黒く、所謂『鴉の濡れ羽』という非常に美しい髪だった。いや、これは墨、か?
瞳の赤は、濃くて大きな目のせいか燃えている様に見える。炎、ね。そうか。黒に赤、このモチーフに合う名前だ。何かないか? 黒髪のせいで日本人っぽく見えるな。漢字にするか?
「黒、赤。ブラック、レッド。スカーレット、ダーク、クリムゾン。RX、ジョーカーいや、ダメか。漆黒、真紅……墨、炎。墨……炎」
そういえば、前にしたゲームに墨炎って刀あったな。決まった。こいつの名前は墨炎だ。やけに女の子っぽくない名前だが、中の人は男の子だ。間違っていない。
「墨炎、と」
俺はキーボードで名前を入力し、スペースの下にある『決定』ボタンを押す。キーボードの操作は現実のパソコンと同じか。日本製のゲームだし、日本語でプレイヤー名入れられるのはいいな。
『墨炎でよろしいですか?』
ウインドウのメッセージが変わり、『はい』か『いいえ』のボタンも出現する。『はい』のボタンを押すと、もう一度聞かれた。
『名前は変更出来ません。ご注意下さい』
中々丁寧じゃないか。連打してうっかり選択肢を選ぶような失敗をしないようにしている。
『はい』を選ぶと、ウインドウが窓のある場所へ移動する。窓はシャッターが閉まっていて、外は見えない。まるで雨戸だ。今度はなんだ?
『あなたの出身惑星を決めて下さい。後で引っ越しすることができます』
「惑星? スペースオペラか?」
次に聞かれたのは、俺の出身惑星。このゲームは『ドラゴンプラネット』っていうからてっきり、その龍の惑星が舞台なのだとばかり。フルダイブにばかり俺は気を取られていた様だ。
でも、そんな様な話は聞いた気がするな。調べたいけど初見のワクワクは失いたくない。そんな我儘からステージ解説のページは無視していた。
『惑星を選んで下さい』
ウインドウのメッセージ欄には、惑星の名前が四つ書かれていた。これにタッチすると、説明が見れる様だ。タッチすると、メッセージの内容が変わる。惑星の名前は残ったままだ。
『自然惑星ネイチャーフォートレス。自然溢れる、初心者向けの惑星です』
シャッターが開き、外がようやく見える。窓の外には江戸時代めいた木造の家屋が並び、町の向こうには桜と紅葉が並ぶ山が見えた。他の惑星はどうなんだ? 他の惑星の名前に触れてみる。
『水没惑星アトランティックオーシャン。水に沈んだ、冒険の惑星です』
メッセージが変わり、シャッターが閉まってから再び開く。今度は、窓の外が水の中。水族館で水槽でも見ているような気分だ。見たこともない魚が泳いでいる。焼くのがいいか、煮るのがいいか。煮崩れしないといいな。
もう一度、違う惑星を見よう。
『機械惑星ギアテイクメカニクル。厳しい環境で機械が息づく惑星です』
今度は、窓の外が荒野になった。外では重機が動き、惑星のコンセプトがよくわかる。次が最後の惑星だ。
『暗黒惑星ネクロフィアダークネス。闇夜に包まれた、ゾンビなどとの大量戦闘の楽しめる惑星です』
最後の惑星を確かめると、外が闇夜に変わる。高層ビルから見下ろしているのか、ポツポツとネオンの明かりも見える。
戦闘が楽しめる惑星か。俺が日光に弱いからか、闇夜は落ち着くな。それで戦闘が楽しめるのだから、言うことはあるまい。この惑星にしよう。ここを選んだからといって、ゲームに影響は無さそうだし。
「決定だ」
俺は四つ並んだ惑星の名前の下に出ていた決定ボタンを押す。これで出身惑星が決まるわけか。メッセージの内容がまた変わる。
『お疲れ様でした。これで設定は完了です。では、この惑星での生活をお楽しみ下さい』
やっと終わったか。ゲームの初期設定ってワクワクするから面倒じゃないよな。アバター決める流れが無いから、時間はあまり掛からなかった。
だが、部屋にはいくつかさっきみたいなメッセージウインドウが残っている。あれも消化すればいいのか?
とか考えていると、目の前にまたウインドウが現れた。ウインドウに、何か白い腕時計のようなものが乗っていた。安物のデジタル時計みたいだ。バンドも白い。
『まずは基本操作を説明します。HPゲージは、この腕時計で確認します』
その腕時計はなんと飛行し、勝手に俺の左腕に装着された。その時計を確認すると、円グラフの様に反時計回りで何かが補充されていく。四分の一までは赤く、それを越えると黄色になる。その黄色も、腕時計の半分を越えると緑になる。
『これがHPゲージです。これが無くなると戦闘不能で、病院送りとなります』
今度は腕時計のHPゲージが時計回りに減っていく。ゲージが無くなると、視界が赤くなる。これがゲームオーバーの状態か。覚えておこう。ゲージは再び補充されて、視界も戻った。
『メニューを開く時は、この時計のレンズ部を強く押してください。閉じる時も同様です』
メッセージの内容が書き換わり、ついでにメニュー画面起動のやり方が動画で繰り返し流される。この腕時計のHPゲージ部分、レンズ部を強くボタンみたいに押せば開くんだな。閉じる時は同じく、ここを押す、と。
初のフルダイブゲームにしてはユーザーインターフェイスが考えられている。非常に使いやすい。これならゲームしたことない人でも安心だ。
「これか」
動画の真似をしてメニューを開く。すると、目の前にメッセージウインドウと同じような青白く発光するウインドウが出現した。
そのウインドウには『ログアウト』はもちろん、『アイテム』、『パーティ』、『スキル』などゲームに欠かせないツールが記されていた。これがメニューか。
メニュー画面の端には、リアルの時間なのか『日本18:00:08』と時刻が書かれている。秒針まで付いてるのか。待てよ? この秒針、進むの遅くないか?
5秒くらい経って、ようやく下2桁が『09』に変わったぞ? どういうことだ? 時計が遅れている、もしくはラグっているのか。
『ログアウトはいつでも出来ますが、再開は部屋のベッドになります。宿を取れば、そこから再開出来ます』
このゲームはいちいち親切に機能を教えてくれる。フルダイブだとネットとか見られないし、操作方法わからなくなったら詰むしな。一人暮らしでログアウトできなくなると命に関わる。
メニューウインドウの左側はアイテムなどの、正真正銘メニュー画面。しかし右側には人らしきシルエットが書かれているだけで、何もない。そこに触れると、親切なウインドウが教えてくれる。
『ここで装備を決定します』
今度はウインドウだけではなく、指のアイコンまで出てきた。白い手袋の、デフォルメされた手が浮いている。その指が勝手にメニューへ触れて、シルエットの下にあった剣のアイコンを、シルエットの右手に持っていく。
「おお!」
すると、俺の右手に鉄の剣が出てきた。なるほど、シルエットの下に並んでいるのは、所有している装備アイテム。それを、このシルエットに持っていくと装備できるのか。
『持ち歩けるアイテムには限度があります。マイルームのアイテムボックスを活用しましょう』
ハイハイ、ご親切にどうも。まだ部屋にメッセージが残っているが、こう実際に剣を持つと興奮するな。早く振り回してぇ! 傘とかで見立てる妄想じゃない、本物の剣だ!
「ヒャッハー! やるぜ!」
俺はテンションのまま、部屋を出た。部屋を出る時は壁に引っ付いた自動ドアを出るだけでいい。そこにある光る床を踏むと、どこかへ飛ばされる。
「ここは……ビルのエントランスか?」
俺が飛ばされたのは、ビルのエントランスらしき広間だった。その一角に飛ばされ、俺の背後にはさっき踏んだものと同じデザインの床があった。
真ん中には数人受付嬢のいる大きなカウンターがあった。あそこはなんだ? 店らしきものの入り口も点在している。
エントランスの奥に、外に通じていそうな扉を見つける。向こうが暗い、大きなガラスの自動ドアだ。ドアの向こうは暗くてよくわからないが、きっと外だ! だってここ暗黒惑星ですから。
もどかしくなった俺は、走って扉に向かう。小柄だからか歩幅は狭いが、身体が軽い。走っても全く息切れしない。このまま跳べば、世界記録だって出せる気がした。
「跳べ!」
足に力を込めて、地面を蹴る。すると、俺は身長の何倍も飛び上がった。跳んでいる、というより飛んでいる気分だ。重力が感じられない。遊園地とかにある、フワフワのドームで跳んだ時の感覚に似ている。何時までも対空出来る。
ジャンプが頂点に達したのか、俺は下降していった。長いジャンプだった。
だが、ここからどうする? ジャンプの頂点が高いと、落ちるスピードは上がる。
「え? ちょ、跳び過ぎ?」
俺のリアルでのジャンプ力は平均を大きく下回る。そして墜落は早い。バランスを崩して、横倒しになってしまう。これ、どうやって着地するの?
「ほああああああああ!」
俺は情けない声を出して墜落した。顔面から床にぶっ叩かれた。普通は骨折くらいしそうなものだ。だが、全く痛くない。ただ、周りの視線は痛い。こうも堂々と初心者候なことやると、注目もされる。
「大丈夫か?」
なんとか起き上がると、誰かが手を差し伸べてくれた。その人は女性のアバターだった。銀髪の美しい美女だ。まあアバターなんだからネタアバターに走らない限り大体は美男美女だよな。
黒いドレスの上から鉄の胸当てや籠手を着けている、変わった防具だった。武器は死神の様な大鎌か。差し出してくれた手には、俺のとは違う腕時計がしてあった。
革のバンドで巻かれた、高そうな時計だ。姉ちゃんも高い時計買う人じゃないし、というか時計を近接戦で防具にして使い捨てる人だし、俺も詳しくない。あの人、身に付けるもの全部戦闘で使い潰すからな。
「あ、ああ、何とか」
「見た所初心者みたいね。困ったことがあったら、手を貸すよ?」
その女は、こう申し出てきた。見た感じ、本心かららしい。プレイヤー同士の交流がオンラインゲームの醍醐味だし、頼むか。
「すまない、こういうゲームは初めてなんだ」
「そう、私はネフィ、よろしく」
女性は自己紹介しながら笑いかける。ネフィがプレイヤーとしての名前か。俺も名乗るか。
「俺は直江……じゃなかった、墨炎。よろしく」
うっかり本名を名乗りそうになる。こうリアルで現実と変わらないと、ゲームしていることを忘れそうだ。
「まずは、チュートリアルクエストをしよう。クエストを受ける時は、あの受付に行くといいよ」
ネフィは初心者にありがちなミスだからか、スルーしてくれた。そうだ、俺は気になっていることがあるんだった。
「ネフィ、聞きたいことがあるんだ」
「何? 聞きたいことだらけだと思うけど」
「メニュー画面の時計、進むの遅くない?」
時計だ、俺は時計の進みが遅いのが気になった。メニュー画面を出してみると、まだ1分も時計は進んでない。ネフィはあっ、と言いたげな表情をしつつ、答えを教えてくれる。
「この世界では、時間が現実の5倍引き伸ばされているの」
「んん? 時間?」
ネフィの口から飛び出したのは、衝撃の事実。時間が引き伸ばされている? どういうことだ?
「この世界だと、現実の1秒が5秒になり、現実の1分が5分になる。私にも細かいことはわからないけど、その時計が現実の時間を示していると思ってくれればいい」
「つまり、俺たちは思考だけ、この世界で5倍速に加速してるってわけか」
ネフィが言うには、時間が引き伸ばされているとのこと。つまり、24時間テレビの間中、『愛故に苦しまねばならぬ!』と視聴を放棄してゲームすると、こっちの世界では5日経過する必要があるというわけか。
待てよ? ってことは、テスト勉強で一夜漬けしようとすれば深夜0時から朝の6時の間にリアルだと6時間しか勉強できないが、こっちですれば30時間も勉強できるのか?
とにかく、今はこの時計がリアルでの時間だってことがわかればいいんだ。待ち合わせに遅れたらリアルの5倍相手を待たせるから注意しないと。
それと、俺はネフィに聞くべきだろうことを質問した。これを聞かねばなんともできますまい。
「それとさ、なんか俺、男なのにこんなアバターなんだが。超女の子」
俺はアバターがこうなってしまった時、どこに通報すべきか知らなかった。運営に直接メールすべきか、専用のお問い合わせがあるのか、よくわからない。ネフィは納得したかの様に答えてくれた。
「あ、もしかして事故った? 性別判定システムって事故りやすいらしいよ」
「マジで?」
あ、そうなの? これ事故るんだ。ネフィの言う性別判定システムとやらを政府に言われて実装したことでサービス開始が遅れたくらいだし、急遽取り付けたんだな、これ。予定に無いシステムをサービス開始直前に会社のトップでもなければユーザーでもない政府の妖怪頭カチカチジジィに難癖つけられてゼロから作るとか、プログラマー発狂モノだ。
俺はPCゲームのMODとか自作ゲーム作る時にプログラム経験したから死ぬほどわかるぞ。一個大きな仕様付け足すと、全体に影響して予期せぬ場所に不具合が出るし。
「ホントは脳波なんかで性別判定できないらしいよ」
「大変だな」
俺は製作者の苦労を感じ、ゲッソリしながら受付へ向かう。
「ここがクエストカウンター」
ネフィに付いて行き、中央の大きな受付へ向かう。受付には担当なのかお姉さんもいた。ここがクエストを受ける『クエストカウンター』なるものか。チュートリアルだし、俺が操作しないとダメなんだろう。
「まずは、私をパーティに入れてね。メニューの『パーティ』って項目からできるよ」
ネフィの指示通り、俺はメニューを開いて『パーティ』の項目を選ぶ。すると、そこにネフィの名前があった。
近くにいるプレイヤーの名前が表情されるんだな。その名前を押すと、ネフィが目の前に現れた小さなウインドウを操作し、彼女がパーティに入る。
パーティに入ったネフィは、足元に青い輪が出ていた。頭上に名前が表示され、なおわかりやすい。
「じゃ、受付のお姉さんに話しかけて」
「おう。すみません」
俺がネフィに言われて受付のお姉さんに声をかけると、俺の目の前にウインドウが現れる。ウインドウには『チュートリアルクエスト』とだけ名前が書かれていた。
「クエストを選んで下さい」
俺はお姉さんにそう言われた。そうか、これでクエストを選ぶのか。俺は『チュートリアルクエスト』をタッチして、『このクエストを受けますか?』と聞かれたので『はい』のボタンを押す。
「それでは、頑張ってくださいね」
お姉さんにそう言われ、俺とネフィはクエストに向かう。メニューの『クエスト』でクエストを確認すると、まずは『「忙殺と物見遊山の地下迷宮」へ向かえ』と書いてある。
「クエストは指定された条件を満たすとクリアになる。指定された場所で指定された敵を、指定された数倒す、とかがメインね。他にはある場所にアイテムを持って行くとか、基本的にスタート地点はここになるね」
ネフィの説明によれば、俺たちが慣れ親しんでいる狩猟ゲームみたいにクエストを受けて村を出ると、クエストの舞台となるステージに飛ばされるというわけではないみたいだ。
クエストの始まりはこの拠点から。目的地まで如何に向かうか、それもまたクエスト攻略の一環なのか。
建物の外に出ると、外は真っ暗だった。ネオンなどが輝いているが、基本的に夜中だ。ビルに囲まれた、都市部の様な場所である。俺たちがさっきまでいた建物は、高層ビルの様だ。あの中に俺の家が入っているのか。
「んな?」
空を見上げると、俺は驚嘆した。
頭上に、地球の様な青い星が輝いている。空を埋め尽くす大きさで、今にも落ちて来そうだ。
「なんだあれ? ムジュラの月か? 三日後に落ちてくるのか?」
「あれがドラゴンプラネット。私たちの敵は、あそこから来るドラゴン達よ」
あれがタイトルにもある『ドラゴンプラネット』なのか。随分と勿体つけた登場だこと。普通はあそこが舞台になってもおかしくないのに。
ビルからどこかに向かって青いラインが伸びている。ラインの付近にあるウインドウを読むと、『このラインを辿って目的地まで行こう』と書いてある。チュートリアルだからご丁寧に道案内してくれてるのか。
「目的地まで向かいましょう。こっちよ」
俺はネフィの案内で、ラインを辿りながらクエストの目的地まで向かうこととなった。道中には、チラホラと影の様な何かがいる。
人型だが、真っ黒で影が壁から抜け出した様な姿をしている。影の周りには緑のオーラが出ており、暗闇でもその姿を認識することが出来る。丸い目らしきものも緑に光っている。頭には二本の触覚がある。
「シャドウか」
「ハートレス?」
ネフィ曰く、シャドウという敵キャラらしい。初心者である俺の前に出てきたってことは、最弱の雑魚キャラなのか? 俺の近くにウインドウが出てきて、丁寧に説明してくれる。
『敵を倒すには、武器で攻撃する必要があります。武器を敵に当てて下さい。素手でも一定以上の速度で叩けばダメージを与えられます』
「ここらじゃ一番弱い敵ね。剣で簡単に切れるから、試してみて」
それが目の前に一匹いる。これなら簡単に倒せそうだ。俺は剣を片手に、シャドウへ詰め寄る。シャドウはトボトボ歩くだけで、物凄く遅い。 近づいて攻撃を誘発してみると、手を使って爪の様なもので引っ掻いてくる。リーチも人間の腕程度しかないので、一歩後退すれば簡単に回避出来る。
「そら!」
俺が適当に剣でシャドウを斬ると、見事にスッパリ切れて消えた。手応えは水の中で手を掻き回す様な感触に近い。あんまり強くないのな。
さっきまでシャドウのいた場所に、青白く光るウインドウがあった。そこには『アイテムドロップ』と表記されている。俺の目の前に、またウインドウが現れた。
『敵を倒すとアイテムがウインドウとして出てくることがあります。これをタッチすると、アイテムが手に入ります』
なるほど、だったら解説通りにタッチするか。俺は出てきたウインドウに触れる。ウすると、小銭が鳴る様な音がして、触れたウインドウのメッセージが変わる。
『1スケイル』
「ここのお金はスケイルって単位なのか」
出てきたのは、お金らしきアイテム。このゲームのお金は『スケイル』というらしい。
「さ、この調子目的地まで行きましょう」
「クエスト受けなくてもお金は稼げるのか。クエストの方が効率良さそうだがな」
このゲームのことが段々わかってきた。経験値は無いので完全なアクションゲームか。クエストをクリアしなくてもお金はこうして稼げるが、クエストの方が報酬とかあるし効率は良さそうだ。
俺とネフィは、目的地へ向かう。目的の『忙殺と物見遊山の地下迷宮』は、ビルから出て徒歩5分ほどの距離にあった。現実ではこの間も1分しか経ってないんだよな。コワイ技術だ。
最初に行かされるってことは、きっと、初心者向けのダンジョンなんだろう。
入り口は地下通路や地下鉄の駅みたいに、階段を下って入るみたいだ。その階段を覆う屋根には、ダンジョンの名前が記されていた。実際親切。
その屋根に、誰かが座っていた。黒いマントを着込んでいるせいで姿は分からないが、フードの様に被ったマントの隙間から白い長髪が覗く。
膝にはコンビニ弁当らしきものが乗っている。何食ってんの?
プレイヤーか? その人影は俺に話かけてきた。
「お前か……」
「誰だ?」
声からして、女の子らしい。その人は左腕にした時計を確認すると、屋根から飛び降りた。そして、食べ終わったらしき弁当のゴミを近くのゴミ箱に捨てた。パッと見た感じ、米粒一つ残さない綺麗な食べ方をしていた。
「今日は顔を見れただけで良しとするか。次会ったら、お前を殺す」
「物騒な」
突然の殺す発言。そして、その人物は立ち去っていった。こいつ、一体何者なんだ?
ネフィはコイツの正体を知っているのか、説明してくれた。
「NPCね。私は索敵スキルがあるからプレイヤーかどうかもわかる」
「へぇ、そんなのもあるんだ」
あいつはNPCだったのか。索敵スキルってのもあるらしいし、このゲームはまだまだ知ることが多そうだ。
「いずれあなたと戦うことになる。彼女はあなたのために用意された存在だもの」
「ん? そういえばプレイヤー一人ごとにストーリー云々って……」
ネフィは嬉々として、意味深な発言をした。調べた時に出て来た『プレイヤー一人ごとに用意されたストーリー』ってやつと関係あるのか?
「そう、そのためのNPCよ」
「それは楽しみだ」
どうやら正解だったらしいが、それは今後のお楽しみってやつだ。今は目の前のクエストを攻略しよう。
俺達は階段を下りて、ダンジョンに入る。ロードは当然不要か。
「チュートリアル終わったら、ここ攻略するのかね?」
「勇敢ね。ここ、まだマッピング済んでないくらい深いダンジョンよ」
最初に来るダンジョンだからと油断したら死にますかそーですか。まあそういう要素も必要だよね。
階段を下って中に入ると、そこは地下鉄駅みたいな地下街だった。シャッターの閉まった店舗跡の並ぶ廃墟だが、さほど荒れておらず、電気も通っている。
道案内のラインは、入ってすぐの場所にある扉へと続いていた。店舗跡と店舗跡の間にある、小さな扉だ。
左右の店舗はどちらも飲食店か。『マグロナルド』に『ケンパッキーフライドチキン』、うーん、ギリギリの店舗名だ。その向かいはホッケーマスクと鉈のマークが書かれた『13アイスクリーム』。営業中なのか、シャッターが開いており中が明るい。
「アイス屋、やってるね。オススメは『クリスタルレイク』かな?」
ネフィはオススメのフレーバーを教えてくれたが、まるで味が想像できないぞ。
とにかくここが目的地か。この奥に行けってことだな。
扉を開けると、道が続いていた。扉に入る前と何も変わらない、地下街の様な道だ。シャッターがあちこち閉まっているせいで不気味ではあるが。目の前にまたウインドウが現れる。そこには、具体的な目標が記されていた。
『エリアの奥にたどり着け!』
「なるほどね」
「行きましょう」
これが今回の目標か。では、さっさと進むとするか。俺たちは先を急ぐ。と、その前に、またウインドウが現れた。今度はメニューと一緒にだ。
『ここから先は強力な敵がいます。「スキル」を使いましょう』
「スキルか」
ウインドウの指示通りにスキルをセットする。メニュー画面の『スキル』から選択して、4つまで装備出来るらしい。
最初にあるスキルは『片手剣術』だけか。それをセットし、先に進む。
「ん?」
しばらく前に進んでいると、右にあったシャッターが勝手に開いて中から敵が出てくる。シャッターの奥は飲食店か。ボロボロに錆びた西洋っぽい鎧が、独りでに歩いている。鎧の隙間から、黒い煙が吹き出していた。手には、折れた剣を持っている。
「ちょっと強いよ。アーマシャドウは」
ネフィによれば、先ほどのシャドウよりは上級の敵らしい。ウインドウが出現し、何かをまた教えてくれる。
『技を使って見よう! 剣を振りながら「ライジングスラッシュ」と技名を叫ぶんだ!』
技は名前を叫ぶ方式か。コマンドとかないもんね、ここだと。だが、誤爆は少なそうだ。ウインドウには水平斬りをする映像が流されており、技の概要はわかる。
「明確な意思を持って使うのがポイントよ」
「オッケー!」
ネフィのアドバイスを受けつつ、俺はアーマシャドウに対峙した。やはり、技でないとキツイ相手なのだろう。アーマシャドウはトロトロと歩いてきて、隙だらけな大振りの攻撃を仕掛けてくる。
水平斬りだったが、腰を使って大きく振り回すせいで隙でしかない。これを俺は避けて、再びニュートラルの姿勢へ戻ったアーマシャドウを観察する。攻撃を終了したアーマシャドウは、数秒停止してから行動を再開する。
あそこが隙だな。俺はアーマシャドウへ接近し、もう一度攻撃させてそれを避ける。攻撃後の隙を狙う作戦だ。
剣を振り終えたアーマシャドウが棒立ちになる。ここがチャンスだ。俺は技を出すという明確な意思と共に剣を振り、叫んだ。
「ライジングスラッシュ!」
剣に黄色のエフェクトが灯り、水平に薙ぎ払われる。それの直撃を受けたアーマシャドウは、一撃で崩れ去った。アイテムドロップのウインドウも出てきた。
「やったぜ」
ウインドウに触れると、『錆びた鉄』を手に入れた。武器制作の素材かな? 俺達は、とにかく先を急いだ。
道中に開いている薬局があったので、俺とネフィは寄ってみることにした。地下街にある薬局という趣で、客や店員の姿は見えない。
ウインドウがまた目の前に現れ、ご丁寧に教えてくれる。
『耳を傾けてみましょう。BGMがしませんね。こういう店は店員がいません。廃墟です。冒険に必要なアイテムを拝借しましょう。この惑星の特色です』
「いいの?」
ウインドウがとうとう犯罪教唆に走った。よく見ると、商品が少ない気がする。誰か持って行ったのだろうか。
「これに慣れると、たまに魔が差しそうになるけどね」
ネフィもネフィで聞き逃せないこと言い出すし。PTAがうるせぇぞ。ま、こんなゲームに影響されて犯罪する奴は時代劇にだって影響される、周りのコンテンツに塗り絵される野郎でしかないってことだな。
「これ、持っていくといいよ」
ネフィが俺に、薬をくれた。これは、回復薬と解毒薬か? 箱に入った錠剤らしきものだ。箱を開けると、中からラミネートされた錠剤が出て来た。プチンと押し出して出すやつだな。ヨーグレットでもお馴染みだ。
「アイテムはポケットに……」
とりあえず手に入れたアイテムはポケットに入れよう。ポーチとか、後で買えるのだろうか。
「あ、この服ポケット無い」
初期装備のワンピースには、ポケットが無かった。そこでネフィは、腕時計を叩いてメニュー画面を出した。そういえばこいつの服もポケット無いな。
「アイテムはメニューにしまうといい」
ネフィはメニュー画面にポイポイと薬を投げ込んだ。すると、薬の箱は画面に吸い込まれて消えた。
俺も真似してメニュー画面を開き、近くの棚から絆創膏や薬を投げ込む。すると、画面の薬が当たった場所に、薬を示しているのかアイコンが出現した。それは『アイテム』の欄に移動すると、姿を消した。
『アイテム』の項目を開くと、持っている数少ないアイテムの中に『睡眠薬』と『バンドエード』というアイテムが混じっていた。
それの名前にタッチし、また出て来た二つの文字の内『取り出す』を選択してタッチすると、メニュー画面の上に先程入れたアイテムが出てきた。
「はーん、こういう感じね」
アイテムについては理解できた。実際に使わないと効果は無いのだろう。絆創膏なら傷に張らないと回復しないとか。
アイテムをいただいて先に進むと、通路の途中に人影が見えた。キノコに手足が生えたような奴だ。怪人キノコ男か?
「気を付けて、こいつは状態異常を使う」
「ははーん、そういう敵ですか」
ネフィが注意を呼びかける。さっき解毒薬くれたのは、こいつがいるからか。
「だが、当たらなければどうということは無い!」
だが、実際に毒を受けてみねば毒状態になったらどうなるか分からない。HPが腕時計にインされているので、いつものゲームとは違うはずだ。
近づいてみると、キノコ男は紫色の煙みたいなものを吐き出した。それを吸い込むと、視界が一瞬だけ紫に染まる。
腕時計を確認する。徐々に減るHPゲージの上に、小さく紫のドクロが書いてあった。これが毒のマークだな。
さて、倒して回復するか。俺は剣を抜いて、キノコ男に斬りかかる。だが、キノコはそれをバックステップで避けた。
「何?」
一度後退したキノコ男は再び前にステップを踏み、爪で引っ掻いてくる。
「くっ!」
突然の反撃に、俺は対応できない。左の腿を引っ掻かれた。痛みは無いが、その分抉られる感覚がハッキリ伝わる。血が滴る感覚もある。
腕時計を見ると、少しHPが減っていた。毒マークの隣に、赤い滴みたなマークが増えていた。
「野郎!」
俺は再び、剣を振る。しかし元々運動神経が低い俺だ。今度はキノコが避けてもないのに外してしまう。ボタン操作ならあり得ないミスだ。冷静になって考えれば、勢い任せで全然キノコを見ていなかった。
またキノコによる反撃。剣を振り切り、ニュートラルの姿勢に戻れない俺は再びキノコ男の爪を受けてしまう。今度は肩だ。
ゴツンと、肉を掻き分けて骨に当たる感覚がした。背筋が寒くなる。感覚がリアル過ぎる。
腕時計を確認すると。俺のHPは半分近く減っていた。さっきより攻撃自体のダメージは少なく感じたが。
「墨炎!」
俺のピンチに、ネフィが割り込んできた。大鎌を振り、一瞬でキノコ男を斬り倒した。手慣れた感じだった。キノコ男は倒れ、青い光となって砕け散った。
「回復回復」
俺はメニュー画面を開いてアイテムを探る。キノコ男の倒れた場所に例のアイテムドロップが浮かんでいるが、あれは後だ。
「墨炎、キスして構わないかい?」
ネフィはいきなり意味の分からないことを聞いてきた。何言ってんだこいつ?
「どういう意味だ?」
「回復するから、さ」
彼女は下心抜きで言っている様にも見えた。友達と『星のカービィ』をしていて、アイテムを口移しして分けてもらう時みたいな、実に淡々としたノリだった。
後で揉めないために、とりあえず言えることは言っておくか。
「言っとくけど男だぜ俺」
「それさっき聞いた。ファーストキスはした?」
再度男だと明かしてもこんな反応。妙に恋愛面でスレてないかコイツ。こんな中二病全開なアバターだけど、実は二十代後半のOLとか?
「そういうの、だいたい親に取られてるだろ」
スレた意見にはスレた意見を。
でもここ、少し嘘を言いました。俺、姉ちゃんと暮らしているけど親の顔は見たことないんだ。産みの親だぜ。戸籍上かつ育ての親は姉ちゃんの親だし。実の親が分からないことに不満は無いがな。
だからそういうの、よくわからないな。ここは俗説で語っている。つまり、これまで15年間でキスの経験は無いということだ。表面しか見ない面食い系女子からはウザいくらい言い寄られたがな。
だってお前、海にも山にも紫外線が駄目で行けない彼氏だぞ? デートする場所が屋内に限られるぞ? 考え直せ愚か者。
「それより、早く回復しないと死ぬよ?」
「え?」
いろいろ話した俺はネフィに言われ、腕時計を確認する。HPは既に4分の1を切っている。痛みが無いから、自分がダメージを受けている自覚が無かった。
「アイテムっと」
俺は再びメニューを操作する。アイテムを探してのことだ。が、『アイテム』の項目が赤く染まって反応しない。よく見ると、メニューの上に新しいメッセージウインドウが出ている。
『流血状態にご注意! 時計に赤い滴のマークが付いたら流血状態の合図。この時、他の状態異常になっているとメニューからアイテム欄が開けないぞ。回復アイテムは常にポーチ等に常備!』
「ヴァアアアアアッ!」
あんまりな不意打ち追い打ちに、変な声が出てしまった。これでは回復出来ないではないか。
俺のピンチパート2を察したネフィが、行動に映る。
「【吸魂】」
彼女が何かを呟くと、アイテムのウインドウが黒い煙に変わって彼女の口へ吸い込まれていった。そのままネフィは俺に近づき、口づけしてきた。身長差があるので、彼女は少しかがんでいた。
「んむっ?」
アバターとはいえ、ネフィの唇は柔らかかった。普通のキスなら、これほど幸せなものもあるまい。これだけ接近すれば、彼女の甘い匂いも鼻孔をくすぐる。
今日会った奴が相手とはいえ、ファーストキスがこれなら悪くないんじゃないか? ゲームだからノーカンだけど。
だが現実は非情である。
その唇の間から、生暖かい物が流れ込んでくる。なんだが、葉っぱの切れ端みたいなザラザラしたものが混ざっており、苦い。この感じは、レタスとかの苦さだ。それが通過した後から、ミントの清涼感とチョコの様な甘味が来た。
しかも、強い炭酸を含んでいるのかシュワシュワしている。この味でいっちょ前にスパークリングかよ。アルコール独特の匂いと苦みもする。
それが温いのだ。気持ち悪さの絶頂である。ゼリーの様な触感も最悪だ。口を通して、酸っぱい様な青臭い様な臭いが鼻に抜ける。臭いまでこれとは恐れ入る。
俺の人より繊細な味覚が上からバキバキにへし折られていた。
「うっ……」
思わずえずいてしまう。ネフィが頭を抑えているので、動くことは出来ない。飲み込むしか無いが、目に 涙が浮かび、足が震えて冷や汗吹くほどのマズさだった。
体が拒絶しているのか、口から涎がボタボタ垂れてきた。
ようやく全て飲み、ネフィが解放してくれた。
「げぇ……がはっ」
「よくがんばりました、っと。このアイテムだとあんまりおいしくないらしいのよ」
時計を確認すると、とりあえずHPは半分近くまで回復していた。赤い滴のマークも消え、流血状態も治っている。だが、まだ毒は治っていない。彼女の物言いから、ドロップしたアイテムを犠牲にHPを回復する技で、アイテム毎に味が変わるのだろうな。
「マズっ……」
しかし何よりマズイ。未だに体の震えが収まらず、眉間に皺が寄りっぱなしだ。無理矢理飲んだ炭酸の空気を吐き出すと、体から力が抜ける。膝から俺は崩れ落ちた。
「げほっ、ふぁ……」
アイテム欄から解毒薬を取り出し、その錠剤を口に含む。こっちは無味。さっきのあれは死刑囚の晩餐に似合いの生ごみだよ全く。
「ていうか、『おいしくないらしい』って……」
それより俺はネフィの発言に聞き逃せない発言があったのを思い出した。
「私は嫌いじゃないんだよね、これ。みんな割と嫌がるんだけど。やっぱりおいしくない?」
ネフィは信じられないことを言い、逆に疑問ありげに聞いてきた。世の中には俺達とまるで違う味覚の奴がいるもんだ。
なんとか気を取り直し、エリアを突き進むと、ネフィの助けもあってすぐにゴールへ辿り着いた。ゴール地点は、入って来た場所と同じような扉だった。赤い文字で『GOAL』と書かれている。
『クエストクリア! クエストカウンターへ報告しよう!』
そこを開けると、ウインドウが出てクエストクリアを教えてくれた。それと同時に、何かを入手したのか他のウインドウが現れた。
『初クエストクリア記念に、アニマルフレンズ「ブルーバード」をプレゼントします。拠点へと導いてくれる、頼もしいアニマルフレンズです。ショップでカメラやライトを買えば、ブルーバードに装備出来ます』
ウインドウから、青い小鳥のロボットが現れた。これがアニマルフレンズか。
扉の外は、入ってきた場所と同じ場所だった。それも全く。左右にマグロナルドとケンパッキー、正面に13アイスクリームだ。
入った場所から出たのか?
「せっかくだし、アイス食べる? おごるよ」
ネフィの誘いに、俺は乗りたくなかった。あれを平然と回復技扱いしている奴の味覚は信用できない。一応聞いておくか。
「普通の味あるんだろうな?」
ネフィは淡々と答える。
「フルダイブシステム開発初期の、C言語で味をゲームに入力しようとしていた苦心を楽しめる店なんだ。みんなマズイっていうけど、私は好きかな?」
やっぱりまともな味なんて無いじゃないか。俺は憤慨した。店舗前に掲示されている新製品情報を見ても、『オレンジを目指したらスタッフが寝込んだ味』とか嫌な予感しかしない。
よく床を見ると、来る時にあったラインが無くなっている。その代り、俺の目の前にウインドウが出現している。
『ブルーバードに帰還案内の指示を出そう。口で言えばわかるよ』
「便利だな。ブルーバード、帰り道教えてくれ」
俺たちはブルーバードの案内で、拠点へ帰る。
「お疲れさまです」
拠点へ戻り、クエストの終了を伝えるとお姉さんから報酬がもらえた。もはやお馴染みの、ウインドウでお知らせしてアイテムやお金は自動振り込みのスタイル。
『報酬として、1000スケイル、回復薬×10を手に入れたました』
「おめでとう、これで君も我々プレイヤーの仲間だ。そうだ」
クエストクリアを見届けたネフィが、俺に何かを渡してきた。黒い、印籠のようなものだが、これはなんだろう? なんか、それぞれ緑青赤紫色をした4つの丸が、真ん中にある大きな丸を囲む様に配置されたマークだ。
「惑星警衛士のメンバーに会ったら、見せるといい。薬入れにもなっている」
「すまないな、何から何まで」
ネフィを見ていると、なんだかオンラインゲームがこんなに平和だったのか疑問が湧いてくる。
プレイ経験が無いから噂話でしか知らないが、他のオンラインゲームでは他人の不利益はこちらの利益、初心者は狩られるものと殺伐末法な世界らしいんだが。
「いいんだ。我々『惑星警衛士』は初心者をサポートし、ゲームが広まることを目標にしている。現リーダーの『氷霧』に出会ったら、よろしく言っておいてくれ」
「そうか、またな」
ネフィと俺はここで別れた。俺なら一人でやれただろうが、ゲームを広めるために色々している人もいるんだな。『惑星警衛士』やリーダーの氷霧とも、会う機会があるに違いない。当然、ネフィとの再会も。
俺のドラゴンプラネットオンラインは、波乱と満足感に満ちた始まりであった。
次回予告
冒険の惑星をひとたび出れば、遊人は高校生。アルビノだけじゃキャラ立ちすら許されない、ぶっ飛んだ奴らの坩堝がコイツの居場所。ここの空気をコップ一杯飲み干せばあら不思議、無味乾燥な都会でミネラルを失ったあなたも塩分多量摂取でぶっ倒れる。
次回、『俺のクラスメイト』。
灰汁を取り除いた? それがスープの具だったんだが。




