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6.オリエンテーション合宿(前編)

 長篠高校について。

 前身は愛知県新城市、長篠の戦いがあった場所で開かれていた私塾。

 学校制度が設立してしばらく後、当時の塾長であった式神白楼が諸般の事情で学校に通えない子供達の支援を始め、日本全国から生徒が集まる様になったため現在の岡崎市に場所を移した。

 塾長の名前から『白楼高校』と呼ぶ者もいる。日本ではいち早く障がい者教育に取り掛かり、ハンセン病患者の隔離政策にも異を唱えていた。

 今日はオリエンテーション合宿の日。無事だった佐奈も含め、クラス全員でバスに乗り、目的地まで向かう。オリエンテーションか、中学の発展形みたいな高校で、なにをオリエンテーションされなければならないのか。

 「高校のオリエンテーションって何だよ」

 「親睦会じゃない?」

 俺の哲学に答えたのは、向かいの席に煉那と座っている夏恋だった。俺は通路側に座っており、窓際に霞さんがいる。

 「霞さん。酔ってない?」

 「酔う?」

 俺は霞さんの体調に気を配る。数日で怪我はほぼ治ったが、どういう人かまだわからない限り体調管理は大事。どうも酔うという概念を理解していないみたいだったが。

 「うっ……」

 「それよ」

 気持ち悪そうだったので、酔い止めを渡して飲ませた。これで大丈夫だろう。数日の訓練でだいぶ固形物も喉を通る様になったな。最初はスムージーから始めたが、顎が健康なこともあって割と早い段階で普通の食事が可能となった。

 霞さんは姉ちゃんとその他大勢の計らいで長篠高校に通うこととなった。記憶喪失中だろうと勉強が遅れるわけにはいかない、この国はレールを踏み外した時の復帰策が少なすぎる。それを担うのが公的機関ではなく、私的な教育機関とは皮肉が効いている。

 結局、チャンバラのクラス代表は俺に決まった。当然、俺一人ではないのだが。煉那の言う通りにしたら、ドラゴンプラネットでも面白いくらい攻撃が当たるようになったのだ。

 酔い止めを持っていたのは、俺も乗り物には酔いやすいからだ。ゲーマーといえばバスだろうが電車だろうがゲームしてそうなイメージだが、それは無理。

 同じ世代の子供達がバスに乗って遠足や社会科見学に乗り出す中、俺はベッドの上だったからな。乗り物に乗る機会自体少なかった。


 サービスエリアでの昼食を終え、バスは最初の目的地である体育館に到着した。まずはここでのレクリエーション大会である。

 うちの学校は1学年15クラスという大規模なものだ。体育館に入るのにも一苦労で、なかなか時間が掛かりそうだ。

 俺たちが入った頃には、まだ全然人がいなかった。俺たちはさっさと並んでしまい、他のクラスが揃うのを待った。

 後から他のクラスの奴が、カマキリの卵から出てくる幼虫のようにわらわらやってくる。こうして遠くで見てもわかるくらい、みんな個性的だ。

 パッと目に入るだけでも、アメコミヒーローみたいなサングラスの奴、俺と同じアルビノの奴とかいる。その隣やまた隣にも気になる奴がいて、目が忙しい。

 ようやく全クラスが名簿順に整列する。俺は教室だと座席が廊下側に移ってるから、名簿順でも新鮮な気分だ。近くに夏恋がいないんだよなぁ。

「ん?」

 そんな事を考えていたら、瞼が重たくなってきた。目の前が白くなってきた。これはなんだ……?

「直江、顔色悪いぞ」

「そうか?」

 近くにいた男子がそう言ってきた。俺そんなに白いかね?

「貧血じゃないか?」

「長旅で疲れたんだろ」

 周りが口々にいうが、愛知県から静岡県ってそんなに長旅か? あまり俺が旅慣れていないのは認めるけどよ。

「座っとけ座っとけ」

 慣れた手つきで、俺は体育館の壁際に移動させられた。普通に見える奴らでも、妙にこういう特別な奴の扱いに慣れているよなこの学校。

 俺が移動した壁際には、既に数人がいた。とても行動が早い。佐奈もその中にいた。

「あ、直江くん」

「佐奈もいたのか」

 ここは俺たちみたいな病弱組の集まる場所なのか。

「校長先生出てきたよ」

 佐奈が体育館のステージを指差す。黒いマントを纏い、その素顔は見えない。マイクを手にすると、シュコーシュコーというシスの暗黒卿みたいな呼吸音が聞こえた。

 さすがに周りの生徒達も驚きを隠せない様だ。ざわついている。

「ダースベイダーかな?」

 こんな怪しい奴が校長で大丈夫なのか。俺は不安しか感じなかった。そういえば、受験や説明会で校長の姿を見ていない様な気もする。

『では、手短に挨拶させていただきます』

 校長はマイク越しに挨拶を始めた。校長先生の話ってのは長くて、俺たちみたいな病弱チームは確実に貧血を起こす。さて、この人の話はどれほどの長さなのか。

 俺は息を呑む。壁際に避難してきた奴らも気持ちは一緒だろう。

『そーれわっしょいわっしょいどっこいしょ、以上』

「本当に手短か!」

 校長の挨拶が終わると同時に、ほぼ全員がずっこけた。吉本新喜劇みたいな統一感で。この人数がずっこけると、音がほぼ雷鳴だ。

 一年生なのに訓練され過ぎだろお前ら。

 ずっこけてないのは俺と同じで突っ込みに回ったものとしよう。


 最初のレクリエーションは綱引き。ルールは通常の綱引きの他に、『相手プレイヤーを負傷させなければ何をしてもいい』という不穏なルールがあった。

「つまり、どういうことだ?」

 そのルールの意味がよくわからないが、とにかくこちらには音夜がおり、負ける要素はない。

 綱の数には限りがあり、ここの更衣室にも限りがある。男子はいいとして、女子の着替えの都合もあり、対戦が早いクラス順に着替えていくこととなる。レクリエーションは体を動かすため、当然ジャージだ。

 俺達は初っ端から対戦があるため、女子がそそくさと更衣室に向かう。

「はい、藤井さんはこれ」

「え?」

 更衣室に向かおうとしていた佐奈に、一人のクラスメイトが紙袋を渡す。

 ちっちゃいメガネの男子、杉山か。たしか裁縫が上手いって言ってたな。なんだ?

 そんなことより、今は綱引きか。俺も着替えよう。ジャージは中学時代も体育を見学していたりして、あまり着慣れない。裏地のゴワゴワした感触とか特にな。

 健康のために運動しているけど、コアマッスル鍛える運動とか部屋着でできる程度のものだし。


 第1回戦は、2組との試合だ。

 見た感じ、特に力が強そうな奴はいない。俺は音夜に声を掛けておく。

「音夜、そこで綱持ってろよ」

「うん」

 音夜が一番後ろに立ち、綱を体に巻きつけて待機する。これで我がクラスの勝利は盤石だ。

 俺は一番先頭で綱を引くことになった。力弱いし、体重も割と軽いからな。対戦相手である2組の後方を見ると、順当というべきか男子が最後尾で綱を持っている。

「勝つぞ」

 ホイッスルが鳴り、それと同時に綱が引かれる。俺も後ろへ無い体重を掛け、綱を引いた。力も体重も無くて、何の手ごたえも無いけどな。

 だが、音夜のおかげか綱が向こうに引かれることはなかった。まるで、電柱か何かに綱が縛ってあるかの様な安心感がある。

「がんばれー!」

 外野から佐奈の声が聞こえる。そういえば、杉山に渡されていた紙袋の中身ってなんだ? そう思った俺が佐奈を確認すると、理由がわかった。

 佐奈はチアガールの格好をしていた。手足の露出も激しいため恥ずかしいのか、それでも彼女は懸命に手にしたボンボンを振っていた。

 それと同時に、こちらの引く力も強まった。本当にグイッと、寝ぼけていてもわかるくらいの変化だった。

「よっしゃー!」

「負けるか!」

「単純だなおい!」

 佐奈に応援されただけで、この頑張り。男子は単純なのか。まあそれも美徳か。

「ん?」

 俺はふと、対戦相手の集団から誰かが出て行くのを見かけた。そいつは男子で、こちら側、音夜のいるところへ向かっていく。

 そして、急に綱が向こうへ引かれた。音夜に何かあったのか? あの男子が何かしたってことはあるまい。そんな命知らずな。

 俺は綱から離れ、最後尾を目指す。

「音夜!」

「直江くん、倉木ちゃんが……」

 俺が向かうと、佐奈が慌てながら音夜を指輪を指さしていた。

 見た感じ異変は無いが、俺はとりあえず確認した。

「音……」

 俺は彼女に近づいて驚愕した。寝てる! 音夜は立ったまま寝ていたのだ。なんて器用な。

「おいおい、まさかこんな時に居眠りか?」

 音夜は居眠り癖がある上に、一度寝るとなかなか起きない。槍が降ろうがボムが降ろうが、本当に起きない。パワーあり過ぎて周りが一切脅威にならないせいなのかもしれない。俺もこいつのこればかりは会った時に不眠症気味だったのもあって治す気にはなれないんだがな。

「フフフ」

 俺が音夜を叩いて起こそうとしていると、後ろから笑い声が聞こえた。

「お前は!」

 笑い声の正体は、俺がさっき見た男子。手には紐を付けた五円玉を持っている。まさか、催眠術か?

「私の特技である催眠術が生きる時!」

「しまった! 音夜は催眠術とかに弱いんだ!」

 そこで俺は、音夜の弱点を思い出した。本当に今更だ。音夜は催眠術とかそういうものにとても弱いのだ。

「こんなに早く寝るとは思ってなかったが、催眠術は術者にしか解除できない!」

 催眠術師は勝ち誇った様にいう。呆れるほど的確な対策だチクショーめ。

 そもそも、音夜の人外パワーの原因はだいたい心身相関だ。それさえなければ、音夜の力はもっと大人しめで済んだのだ。あまりに並外れたパワー故、周りから化け物扱いされる。そしてその扱いが音夜に『自分は化け物なんだ』と思い込ませ、化け物らしくパワーが上がっていき、そしてそれを見た周りはさらに音夜を化け物扱いしていく。以下無限ループ。

 オマケに、当時の音夜には『化け物=某人造人間並みの大暴走』というイメージがあったせいなのか、車を素手でスクラップに出来る力を抑えされず、他人との接触を避けていた。

 元々の力に加えて周りからの評価を間に受けた結果、このパワーがある。音夜はとても素直な子なので、思い込みが激しいところもある。悪く言えば単純だ。だから催眠術にも簡単に引っかかる。

「だが、音夜との付き合いは俺の方が長い!」

 音夜の居眠り癖に悩まされたことが無いと言えば嘘になる。肝心な時に寝てるし。だから彼女を確実に起こす方法も知っている。俺はスマホを取り出し、ある音声を流した。

 鶏の鳴き声だ。それを聞いた音夜は、即座に目を覚ます。

「……はっ」

「ナニィ!」

 催眠術師は俺が音夜を起こしたことに驚いていた。だが、何も驚くことではない。音夜は思い込みが激しく、とても素直。それをこちらも利用するまでだ。というか、音夜のパワー制御にその性格を利用したのは俺が初めてなんだよ。

 年季が違うわい。

「音夜の圧倒的腕力は、元々力持ちなのもそうだが自分が周りから化け物扱いされていたことも原因だ。化け物だと思わされた結果、化け物らしく力を制御できないと思い込む最悪の心身相関だ。こいつは素直だから、周りの評価を強く受け止めるし、思い込みも強い。だから俺もそれを利用する」

 音夜の中にある『鶏のコケコッコー=朝』というイメージを使い、鶏の鳴き声を聞かせて朝だと教える作戦だ。

 音夜の力を抑える時、俺は『力が出なくなるリンゴシール』とかをあげて、成功してしばらくしたのを見計らって『それただのシールやで』とネタばらしする作戦で、彼女に自分のパワーを制御できると教えたのだ。一度制御に成功すれば素直な音夜のこと、すぐに自信が付いて問題は解決だ。

 真剣に取り組めばメンタルヘルスの専門家でもない俺にすら解決できる問題だったが、音夜の不幸はこいつの力を見てビビる大人しか周りにいなかったことだな。

「心身相関ってそんなに強いものなんですか?」

 佐奈が不思議そうな顔をするが、意外と人間の心身相関というのは強力だ。例えばこんな実験がある。被験者に目隠しをして指先から水を垂らす。それを『垂れているのはお前の血やで』と教えれば、被験者は数分で失血したと思い込んで死ぬ。こういう実験例は結構あるな。

「あなたはだんだん眠くなーる……」

 催眠術師は再度催眠術を音夜に掛けようとする。だが、俺も黙って見ているわけではない。音夜の視界をカバーする様に立ち、催眠術を見せない様にする。彼女もウトウトはしているが、寝るところまで行っていない。

「やったぞ!」

 どうやらそうこうしている間に綱引きが終わったらしく、うちのクラスから歓声が上がる。

「クエストクリア、だな」

 この試合は我々11組の勝ちであった。

「ふっ、まさか俺の催眠術に打ち勝つとはな」

 催眠術師も負けを認めた様だ。しかしこんな特技を持った奴がいるなんて、なんつー学校だ。特別なのは音夜や煉那だけじゃないのか?


 他のクラスが次々と試合を終える。俺らの第二回戦は7組との試合。しかし、用意されているロープがおかしい。金属のワイヤーだぞ? 船とかに使われるぶっといアレだぞ?

「これは……」

「この試合、俺の我が儘でタイマンとさせてもらう」

 俺がロープを確認していると、隣に大柄な男子が立った。大柄、というのは控えめな表現かもしれない。こいつが隣に立った時点で俺の上に影が落ちたのだ。

 身長は低めに見積もって2メートル。キチンとブレザーの制服を着ているが、どこぞの格闘漫画のキャラみたいに、顔には傷がある。

「タイマン? まさか音夜と?」

「その通りだ。俺も対等にやり合える奴を待っていた。それが女でもな」

 とんでもない自信だが、危ないぞ。図体がデカイだけで抑えられるなら、音夜も苦労はしていないんだからな。

「危険だ。許可出来ない」

「お前の許可は不要だ」

 俺の忠告をデカブツは無視しやがる。別にお前のためだけじゃない。誰かを傷付けて、そののことに傷つくのは音夜だからだ。

「見てろ。これが俺の力だ」

 デカブツが言うと、トラックに使われている様なタイヤが持ち込まれてきた。クラスメイトらしき男子が数人掛かりで転がしてくる様なものだ。

 それを見るなり、デカブツは両手でタイヤを掴んで引っ張った。数人がどよめくも、何故か困惑している人数の方が少ない。

「ナンセンスな……」

 俺は言葉を失った。タイヤは伸び始め、丁度真ん中が白く変色している。無理な力が掛かることによる白化だ。

 目の前で観測されている事情が本当のことか、よくわからなくなってきた。催眠術師といいこのデカブツといい、もう頭がおかしくなりそうだ。

 でも、よく考えたらこいつもこのパワーのせいで孤独だったのかもしれない。音夜と同じ様にな。

 音夜は目を輝かせて、既にワイヤーを握っている。ここまで本気の彼女は初めてみる。そうだな、俺も全力でセコンドを勤めよう。

「面白い、乗った! 行くぞ、音夜!」

「……!」

 デカブツもワイヤーを持ち、今にも戦いが始まりそうであった。俺は固唾を飲んで見守る。これが音夜の、最初で最後の本気になるやもしれんしな。

「待った!」

 その時、開始の号令ではなく雅の声が響いた。デカブツと音夜の間にあった緊張も解けてしまった。

「どうした雅?」

「この二人に戦わせるのはマズイ。床を見ろ」

 雅に言われた通り、俺は床を見た。今まで忘れていたが、ここは体育館。この二人が本気で踏ん張ったら床が抜けてしまう。一階でも、床は地面に直接張り付いているわけではない。基礎の上に張られているのだ。無論、基礎を挟んで床と地面の間は空洞だ。

「外でしたら?」

 珍しく音夜が頭を使うが、これも雅に却下された。

「外のアスファルトが砕けてしまう。それに、互いにぶつかったらどうなるかわからないような組み合わせで試合させられないよ」

 雅は音夜とデカブツの間に立ち、二人の手をとって握手させる。

「せっかくのイベントだ。怪我したらもったいないよ。ここは二人の仁王に賞賛を贈って、僕らが試合を奉納しよう」

 雅の仲介で、音夜とデカブツのバトルはお預けとなった。自分の同類を見つけて嬉しい気持ちはわかるが、俺たちの高校生活は始まったばかり。まだ戦う機会はたっぷりあるな。

 雅は俺の方に歩いて、隣に立った。

「よくあの二人の間に入る気になったな」

「半分は本心さ。イベント事だ、ゆるりと楽しもう」

 雅はやはりリーダー向きなのか、全体のことを考えている。しかし本心が半分とは含みがあるな。

「残り半分は?」

「僕らが勝てる可能性を少しでも作りたかったのさ。あの分だと、彼は倉木さんに勝つ算段があっただろうしね」

 その一方、勝つための策も忘れてはいなかった。ゆるりと楽しむんじゃなかったのか。


 なお、この試合もキッチリ勝って綱引きは我がクラスが優勝した模様。


「さぁ、次はクラス代表によるチャンバラだ! 準備はいいな?」

 ステージに立つ司会が煽る煽る。俺は風船の付いたヘルメットを被らされ、スポンジで出来た剣を持っていた。

このスポーツチャンバラ、代表者は各クラス男女1名ずつ。俺のクラスからは、俺と夏恋が参戦だ。

 次回予告

 若者の人間離れとはまさにこのこと。こんな奴らとチャンバラなんてしたら、貧弱な遊人なんざ粉微塵だ! でも頑張れ遊人! ここで男を見せねば煉那の心も開けない!

 次回、『オリエンテーション合宿(後篇)』。遊人、暁に死す!

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