殺人鬼と一緒
あるとき、私は朝の通学路に立っていました。私がいつも一足先に待っていると、軽やかな足音と共に彼がやってきます。整った容姿が自慢の、幼なじみの彼です。学生服に身を包んだ彼は今日も一段と格好よくて、爽やかな挨拶で私を魅了してしまいます。
「おはよう。」
微笑みながら銀の刃を向ける彼。いつものように刃先が私の左胸を貫いて、私は真っ赤に染まっていくのです。今はこれでおしまいです。
あるとき、私は理科室にいました。一体何の実験をしていたのか忘れてしまいましたが、間違いなく授業中のことです。
「面白い薬品ができたんだ。」
紳士的な笑顔を浮かべて彼が近寄ってきます。
どうせろくなものではないのでしょう、私は覚悟して目を閉じました。いつもなら、私の体めがけて爆薬の類でも投げつけてくるはずだからです。
……あれ?
いくら待っても変化がない。
再び目を開けた瞬間、燃え盛る烈火の中に私だけが取り残されておりました。足元には割れたビンが散らばっています。引火性の液体で、私が目を閉じている間に彼がばらまいたのでしょうか。
爆音が耳を貫いて、私は間もなく業火を纏った柱となってしまいます。直接的ではなく、じりじりと響くこんなやり方を選ぶなんて、今回の彼はまあまあ性格が悪いようです。
あるとき、私は放課後の教室にいました。そこにはいつもの彼も一緒でした。
ああなんてロマンチックなのでしょう。差し込む夕日が二人だけの教室をきらきらと染め上げて、まるで宝石箱の中にいるみたいです。
「本当に綺麗だよね」
いきなり彼にそんなことを言われたものだから、私は思わず意地悪をしたくなってしまいます。
あざとく頬を膨らませて、こう問うのです。
「それって、夕焼けのこと?」
「夕焼けも、君も。どっちもだよ」
「まあ…………」
悦に浸ってそっと俯く私の頬は、夕焼け以上に赤く染まっていたのかもしれません。しかし彼にはお見通しなのか、あえて何も言わずに私の隣にいます。得意げな顔をしているに違いありません。
「愛している」
彼はいつものように優しく微笑み、開いた窓から私を夕焼けの中に突き放します。無慈悲な微笑みです。
貴方の愛は歪んでいるわ。
真っ逆さまに落ち行く最中で、そんなことを言いました。もちろん返事はありませんでした。
目を閉じます、衝撃で頭が破壊される前に。
誰か……。この空間ごと、壊して。
私は普通の女の子ではありませんし、彼もまた普通の男の子ではないのでしょう。
生まれたときからこうなっていたわけではありません。
いつからか、それは始まっていたのです。知らない内に朝の通学路に倒れていた私は、彼に助けられ、殺され、また殺されるために蘇ることを強いられるのです。私が逃げれば彼が笑顔で追い詰めるーーそれだけです。あの手この手で、甘い微笑みを匂わせて、こちらの心に隙を作るのです。
私だけを狙う、微笑みの悪魔。
私と殺人鬼の、終わりのない毎日です。
「信じられない…………」
だから、まさか殺人鬼の命に終わりが訪れるだなんて、思ってもいなくて。
赤いものを垂れ流して息絶える彼を見たら、悲鳴しか出せなくて。
昼の教室で彼を殺したのは、教室の端っこに席がある、斎藤くんという男の子でした。
なぜ…………。
彼じゃない。死ぬのは私の役目だったはずでしょう?
「行こう。」
「え?」
すっかり涙ぐんだ私に、斎藤くんは手を差しのべます。
震える私の手を、そっと取られます。
何が起こっているの?
「いいかい、あいつは狂っている。普通じゃないんだ」
「そんなことは分かっているわ。でも、どうして今更貴方が動いたの? 今まではモブのようにただ傍観していただけじゃない」
「それは」
斎藤くんが口ごもるも、彼は私の肩に手を当てて必死に訴えてきたのです。
「落ち着いて聞いてくれ…………。今君がいるこの世界は、『殺人鬼と一緒』という名前のゲームの世界なんだ。だからあいつは何度でも君を殺さなければいけなくて、且つ君は何度でも殺されなければならなかった」
ああ、ゲーム…………。
それならば納得するのも容易いこと。
この時空に留まってかれこれ十年でしょうか。遠いあの日、精神的に詰まり自殺を計った罪なのでしょう。どうやら私はとんでもない転生を果たしてしまっていたのですね。
「だが俺はあの殺人鬼を倒したんだ。これから世界が変わるだろう」
「変わる……?」
「君が殺されることのない世界になるのさ」
「そんなことが有り得るの?」
「ああ、有り得る。殺人鬼はもういないんだ。間もなく、世界は君にとって明るいものになるだろう」
雷に打たれた思いでした。
「……本当に? 本当に言っているの?」
やっと、訪れるというの?
私にもまともな幸せが、来るというの?
二度と殺されることのない、平和な、平和な日々がーー。
場所は、始まりの通学路です。斎藤くんは、あの彼とはまた違った笑顔を見せてくれました。
彼の為に使っていた拳銃を、ゆっくりと見せつけながら。
歪んだ目をしてこう叫ぶんです。
「うっそ~~~~~~ッ!」
聞き飽きた銃声。
呆れて笑ってしまいましたよ。願わくばもう誰にもプレイしてほしくない、そしたらこの世界ごと死滅してくれるのに……なんて、そんなこと願えるわけもなくて。
私はこれからもずっと小さな世界で、誰かに殺されるために生きなくてはならないんだって。何度だってまた命をほじくり返されて、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
ああ、最期だからってうっかりしていました。挨拶がまだでしたね。果てるその瞬間まで精一杯笑ってみせますから、ほら、ちゃんと見ていてください。
また銃声。着弾。着弾着弾着弾。
それでも、濡れた目で笑うの。
「こんにちは二代目の殺人鬼さん。隙の作り方だけでいうのなら、貴方がナンバーワンですよ」
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