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潜在意識の中から [Subconsciousness]

『神の領域』

作者: 中之 吹録

 遂に完成した。教授は出来上がった装置を見つめ、ニヤリと顔を歪めた。

 「超弦理論が何だ!宇宙ひもがどうしたって?加速器のデーターで推測?・・・ふっ・・・この超素粒子顕微鏡で素粒子の中を見ることが出来れば、全てが見えるさ。アインシュタインの相対性理論だって根底から覆るかもしれないぞ。ホーキンス博士だって、こんなに早くこの装置が出来上がるとは思っても見なかっただろう。」


 教授はこの装置に「超素粒子顕微鏡」という名を与えた。

 装置の性能は素晴らしかった。理論上は倍率が無限大まで拡大出来る設計になっていた。倍率の拡大に成功すれば、クォークやレプトンの中の構造、いやそれよりもっと小さな素粒子の中、更にはその先の未知の領域まで鮮明に観察出来る装置だ。

 「第一号の写真はネイチャーとサイエンスに同時に投稿しよう。装置の開発は秘密だったからな。きっと世界が驚くぞ。」


 教授は夢と希望とで心が一杯だった。一抹の不安も感じてはいなかった。そして自信に満ち溢れていた。

 「よし!ヘリウムガスを用意してくれ!」助手に不活性ガスの用意を頼み、同時に立会人として友人でもある天体物理学の教授に連絡を取った。

 「君、今日これからの時間に空きが無いか?いよいよ例の装置を稼動してヘリウムの観察をしたいと思ってるんだ。是非君に立会人をお願いしたいと思ってね。」

 彼もそれを聞いて興奮したようだった。

 「そうか!遂に漕ぎつけたのか!これから講義だったんだが、自習にしてそちらに向かうよ。」


 十数分後、友人がやってきた。ヘリウムガスの準備は済み、あとは電源を入れ観測するだけだ。

 「待たせたな。こんな世界快挙の立会人になれるなんて、生涯に1度あるかないかだ。」


 「待ってたよ。準備は整った。よし、電源を入れよう。」

 電源ボタンを押すと、「超素粒子顕微鏡」は低い唸り声のような音を出し、動き出した。

 「電源、安定しました。」と、助手の声が聞こえた。

 「では、ヘリウムガスを注入してくれ。」教授はこれから起こる興奮を抑えながら助手に指示を送った。

 「ヘリウムガス、注入します・・・10%・・・20%・・・100%完了です。」

 「よし。ではモニターに映し出してみよう。倍率は・・・5000万倍だな。モニターは等倍に合わせてくれ。」


 間もなくモニターに直径5センチの小さな粒が集合した大きな塊が4つ見えてきた。2つは若干白みがかった色をしていた。後の2つは少しグレーっぽい色だった。

 「ヘリウムか・・・こんなに鮮明に映るなんて・・・まだ倍率は上がるのか?」友人の教授は興奮しきった様子で画面に食い入っていた。

 「ああ、無限大まで拡大出来るよ。だが、どちらが陽子か中性子か解らんな。倍率を更に5000万倍に上げてくれ。見やすそうな手前のグレーの方でいい。」

 倍率が上げられた。その球体に近いものは、更に小さな粒が集合した球体が集合した塊だった。


 倍率を上げた所で、画面に定期的に、ノイズが入って見えづらくなって来た。

 「おかしいな?」教授は首を捻った。

 「同じタイミングでノイズか。電子の通り道じゃないのか?」と友人が呟いた。

 「そうだな。角度を少しずらしてくれないか?」

 「角度、変えました。」

 思惑通りノイズは消え、また鮮明な画面が戻ってきた。

 「更に5000万倍にしてみよう。頼む」教授と友人はモニターに鼻の先が触れてしまうほど近づきながら、助手の操作を待った。


 「更に5000万倍です。」

 原子核の1つがモニターいっぱいに広がっていた。

 「凄い・・・こんな光景見た事が無い。」2人は更に画面に食い入る。

 「粒の塊がいっぱいだな。どれか1つをもっと拡大しよう。5000万倍でどれか1つを拡大してくれ。」

 「では左上のを。5000万倍です。」


 2人の目が点になった。この辺りで粒の群れも終わりかと2人は感じていたのだが、更にこの粒は小さな粒の集合体だった。

 教授は少し不安を感じてきた。いつまでこの粒が続くのか。粒が終わったとすれば何が見えてくるのか。

 「・・・1億倍でどれでもいいから見やすいものを拡大してくれ。」教授の声が少し詰まってきた。

 「更に1億倍です。」


 遂に1つの球体になった。もう粒の塊ではなかった。そして、内部の所々少しが光っているようにも見えた。

 「なあ、これ以上見るのは何か嫌な予感がする。この辺りで止めたらどうだ?」友人が切り出した。

 教授も同じ事を考えていた。しかし、それも科学者としての探究心の比ではなかった。すぐに心の乱れは打ち消され、更にその先が見たくなってきた。

 「もう1億倍だ。内部が透けてる様なので、何か見えるかもしれん。」教授は震える声で助手に頼んだ。

 「倍率、上げました。教授?どうしたんですか?」助手もその雰囲気を感じ、何かただ事ではない事に気が付いた。


 モニターに映し出された画像を見て、2人は少し震えていた。いや、恐怖を感じていたのかもしれない。少しずつ、ゆっくりと2人はモニターから遠ざかっていた。

 

 「まさか・・・そんな筈は・・・」友人は完全に恐怖に支配されていた。直立不動のままモニターを見つめ、その体は諤々と震えていた。友人はその正体に既に気付いてしまっていた。

 「もう・・・もう1億倍だけ拡大してくれ・・・これで最後にしよう。」教授も何となく気付き始めた様子だった。

 「拡大・・・しました・・・これは・・・???」助手もサブモニターを見ながら驚いていた。どこかで見た光景がここにはあった。


 モニターの先には「宇宙」が見えた。小さかったが星雲や銀河、超新星爆発のような小さく輝く点も見えた。


 「どうやら神の領域まで来てしまったみたいだ。誰も見てはいけないものを見てしまったようだ。」

 友人は傍にあった椅子にガタンと腰を落とし、もう動くことが出来なかった。目は虚ろで天井を見上げていた。

 助手は体の震えが止まらなかった。

 「ちょっと失礼します。」壁にもたれかけながら、部屋を出て行ってしまった。


 教授はモニターから目を逸らすことすら出来なかった。

 いつまでもそのモニターと向かい合い、自分の見てしまった「物」の怖さだけが彼の中で果てしなく渦巻いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物がなんなのか気になります
[良い点] 展開の小出しが妙でSFながらホラー感も味わえた。文章力は高い。 [気になる点] 『無限大』というのは良くも悪くも現実味を希薄にする要素。せっかく科学を扱っているのだからそこは具体的数字にし…
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