弐
曹操side──
雷華が彩音を連れて離れ、私達は“予定通り”平輿へ向かって進軍。
その行軍速度は他勢力では考えられない速さ。
故に劉寛の“尾”を簡単に捕らえる事が出来た。
「とは言っても…
此処で“噛み付く”訳にはいかないのよね…」
視界の先に慌てる劉寛軍を見据えながら速度を落とす様に手で指示を出す。
勿論、急な減速では相手に怪しまれる為、徐々に。
追い付く事は予想済み。
但し、此処で優先する事は戦闘ではない。
如何に“追い込む”か。
その一点に限る。
「失礼致します」
待っていた報せ。
その到着──隠密の登場に胸中で北叟笑む。
「首尾は?」
「万事滞り無く…
平輿の砦は制圧を完了し、人質は無事に確保
御指示通り、護衛を勤める兵には“劉寛軍の格好”をさせて砦の壁上に…
残りは義封様の指揮下にて“援軍”として北側に待機されています」
「御苦労様
“北軍”に“予定通り”に行動する様に伝えて頂戴」
「御意」
短く答え姿を消す隠密。
その徹底された仕事振りは見事としか言えない。
元々は私が雷華の意見から曹家独自の形式を築き上げ組織していたのだけれど、雷華が直接指揮・指導等を行う様になって化けた。
何れ程かと言えば…
雷華と隠密衆だけで十分に“國獲り”が出来る程。
尤も、飽く迄も“獲る”事だけを考えればの話。
実際は、その後の事の方が大変なのだから。
(さて、“南”の件だけは“予定外”だったけれど、“筋書き”に大して影響が出なくて良かったわ…)
雷華にして見れば“人質”なんて想定の範疇。
それを“利用”する所まで策の一部でしょう。
勿論、被害を出さない事が前提で有る以上、懸念する事は少なからず有る。
それでも“後の先”を取る事で対処してしまう雷華は本当に非常識だ。
(その“非常識”が常識に成るから少し困るけれど)
小さく苦笑しながら胸中で“惚れた弱味ね”と呟く。
直後、視界の中──視線の先に有る劉寛の軍の動きが変わった事に気付く。
同時に策に“掛かった”と確信し、口角を上げた。
劉寛は此方に追われながら平輿の砦を目指していたが北側に“援軍”を見付け、砦に辿り着けないと判断。
転進し、平輿を抜けて更に西の“安城”を目指す事にした様だけど…残念ね。
“それ”が此方の思惑。
「さあ、頑張って終着地へ行きなさい…
劉寛、己が“死に場所”へその足で、ね…」
──side out
郭嘉side──
━━西華
殷強を落とし、“人質”が囚われる劉寛の別邸が有る此処へ遣って来た。
子和様の“読み”通り進む事態には畏怖を感じざるを得ない所だ。
「………ああぁーーっ!!、もう嫌ぁーーーっ!!
何で此処まで来て書類整理ばっかりなのよっ!?」
唐突──な事では無く既に三度目になる灯璃の叫び。
全く…本当に我慢出来無い性格ですね。
「汝南の立て直しは私達が概ね中心になるのですから当然の事です」
「彩音と紫苑は──」
「二人は二人、貴女は貴女でしょう?」
「うぅ〜…でもぉ〜…」
愚図る灯璃を見ながら私は小さく溜め息を吐く。
同時に泉里が彼女を簡単に扱っていた事に感心する。
「灯璃さん、本隊の作戦が終われば匪賊の討伐任務も増えます
先に此方を片付けて置けば専念出来ます
ですが、残っていれば他の方に任務が移りますね」
「それは駄目っ!
私の“出番”が無くなるし机に齧り付いてるのなんて絶対に嫌っ!!」
「では、頑張りましょう」
「うん!、頑張ろーっ!」
遣る気を出して机上に積み上られた竹簡に向かう灯璃を呆れて見ながら仕向けた結様へと視線を向ける。
漢王室──それも前後漢の正統血統の皇女殿下。
初めて御会いし御聞きした時は俄には信じ難かった。
子和様に“一目惚れ”した事を聞いたら納得が出来てしまうのは我ながら如何な物だろうかとは思うが。
病弱として有名だった為、違和感も強かった。
其方らも子和様絡みの話を聞いて納得。
実に非常識な方だ。
──と、考えながら見詰め続けていたから結様と目が合ってしまう。
不意の事に焦るが、結様はクスッ…と微笑みを浮かべ小さく頷かれた。
心を見透かされた様で少々気恥ずかしいが私も笑みを浮かべて頷き返す。
私達“北軍”の仕事は既に此処──西華を落とし完了したと言える。
同行していた将師も居たが珀花は華琳様の要請により急遽平輿へ向かった。
桂花と紫苑は当初の予定に従って“安城”へ。
私達は“詰め”には参加はしないけれど汝南の後事を任されている為、一足先に仕事に取り掛かっている。
早く終われば本拠に戻り、子和様にも会える。
少々…いえ、かなり私欲な理由では有りますが…
そう思えば、自然と遣る気にもなります。
さて、事後処理を片付けてしまいましょうか。
──side out
周瑜side──
私達“西軍”は梁国を出て陳国を抜け潁川へと戻り、汝南の西側を進む。
西平・陽安を落とし決戦地である“安城”を目指す。
それが子和様より私達へと下された指示。
西平に差し掛かった時点で思春を急に動かされた事に“不測の事態”かと思いもしたのだが…
どうやら私の心配は無用に終わった様だ。
「…そういう事だったか
御苦労、任に戻ってくれ」
「はっ…」
そう短く答え姿を、気配を消して去る隠密。
報告に来た隠密から事態の顛末と状況を聞き納得。
“南軍”は“仕事”を終え此方へ向かっている様だ。
想定外、と迄は言わずとも即座に手を打てるのは曹家だからだろう。
それだけ頭抜けた組織力を有している証。
我等が二人の主君が年月を掛けて築き上げた…
乱世に“覇”を唱える為に蓄え培ってきた…
“覇王”の“力”だ。
「それで、冥琳…
私達はどうしますか?」
「そうだな…」
泉里の問いに思案する。
“安城”は既に眼下。
他に曹家の軍は見当たらず劉寛の軍も居ない。
私達が“一番乗り”だ。
子和様が私達に与えられた指示は二県を落としながら“安城”へ至る事だけ。
現時点でも何の指示も無いという事は私達に“判断”して動け、と言う事。
そう考えて良いだろう。
(子和様ならば“機会”を“有効”に活用する筈…
となれば、私達も試されている事になるが…)
“西軍”の面子には軍師に私・泉里・螢。
軍将に斐羽・蓮華・鈴萌、抜けてしまったが思春。
最多を配されている。
“半人前”の螢と鈴萌。
二人が居るから数が多いと考えるのか…
或いは、“一人前”にする為に任されたと考えるか…
それだけで、大きく意味が違ってくる。
まあ、後者なのは確かだと思える位には私達は曹家の思想を理解している。
問題は行動の内容。
恐らく泉里も意図する所を二択で悩んでいる。
焦点は二人の役割。
“経験”の積ませ方だ。
私達の指揮を間近で見せ、学ばさせるのか。
或いは、二人自身が指揮し失敗も含めて実戦させるかどうかだろう。
「…幸いにも“安城”には大して兵力は無い」
「県令の桓威も内務文官の典型という人物です」
互いに“同じ”考えである事を確信し頷き合う。
そして、件の人物。
私達の傍らで聞きながら、待機している螢を見る。
さあ、頑張って貰おうか。
──side out
姜維side──
(…ど、どうして“こう”なったのかなぁ…)
劉寛の軍が来る前に安城を落とす事になったのですが何故か“私が”指揮を執る事になってます。
無理、無理ですよ。
私、演習の指揮でさえまだ二回しかしてないんです。
それなのに…よりに選って“決戦地”の攻略なんて、無理です。
「…ねえ、螢」
「な、なな何でしょう!?」
「そんなに慌てなくても…って、無理な話よね…」
私を励まそうとしてくれた鈴萌さんですが、察してか苦笑を浮かべる。
というか、“一緒”だからですよね。
「どうして、こんな重要な一戦を私達に任せるのか…
正直、気が重くて可笑しくなりそうよ…」
…ですよね。
私も激しく同意します。
「…でも、皆、手伝う気は無さそうだし…
私達で遣るしかない様ね」
「…出来…ますか?…」
不安しかないです。
子和様も居ないですし。
「んー…多分、大丈夫よ」
そう言って鈴萌さんは笑い私の肩を右手で叩く。
その表情には不安は有れど迷いは感じない。
「…どうしてですか?
どうして、鈴萌さんは…」
「“独り”じゃないから…
だから、信じられる
“私達”なら出来る、と」
“あ…”と心の中で呟き、私の中で甦る記憶。
それは子和様に出逢って、曹家で皆さんに出逢って、私の魂の中に刻み込まれた大切な“想い”の絆。
そして今、実感する。
私はもう“独り”ではなく曹家の“一人”なのだと。
「それにね…」
鈴萌さんは一度目を閉じて深呼吸をして瞼を開く。
「子和様から教わった事、此処で役に立てなかったら“補習”になるしね」
そう言って笑う。
親や兄や姉、師に叱られる子供の様に無邪気に。
苦笑している筈なのに。
とても、眩しく、輝く。
私の心へと染み込んで。
私の顔にも咲かせる。
その“笑顔”を。
「…そうですね
私も“補習”は嫌です…」
前に受けた事も有る。
皆が受けている様子を見た事も有る。
子和様の“補習”は本当に厳しく行われる。
正直、受けたくはない。
「ね?、だから──」
「──はい」
私達は笑顔で頷き合う。
もう、大丈夫。
心に迷いは無い。
「私達は私達に出来る事を全力で遣りましょう」
「先ずは“其処”から…
“一つの結果”に怯むより“可能性”を掴む為に…」
『その一歩を前へとっ!』
──side out
さくっと“南”を片付け、兵は予定通りに民を護衛し一番近い街へ。
其処は既に沛国を出陣した“援軍”が押さえているし問題無いだろう。
子義は強化して華琳の方へ合流させた。
自分の部隊は本隊に居る為その方が良いしな。
で、俺はと言うと…
興覇と共に“西軍”に合流する為に安城に居る。
安城には“居る”が、まだ合流はしていない。
興覇と共に気配を絶って、“高みの見物”中。
理由は言わずもがな。
視線の先には曹家の一団。
県令の桓威の指揮する隊を容易く飲み込んで行く。
“踏み台”にもならない。
この程度だと。
「さて、お前の目から見て“どう”思う?」
「…螢は以前演習の指揮の様子を見た事が有るので、“これ位”は出来る筈です
課題点の気の弱さ…いえ、対話力も多少は改善の跡が窺えますが、まだまだ…
鈴萌は元々が文官寄りから入っていますので戦術眼は高い為、指揮振りも様には成っています
問題点は武と指揮の両立が出来ていない事かと」
「成る程な」
中々に厳しい評価だな。
当たってるだけに否定する要素が無いが。
「…ですが、まあ…二人が“初陣”である事を思えば上出来だと…何ですか?」
コホンッ…と咳を一つして二人を誉める興覇の様子にニヤけてしまうとジト目で睨まれる。
彼女なりの照れ隠しだが、男から見ると可愛いだけ。
“凄味”なんて皆無。
「別に〜?」
そう言いながら口角を上げ興覇の頭を右手で撫でる。
抵抗はしないが、少しだけ“揶揄われた”事に対して拗ねている。
全く、素直に“妹”弟子を誉めれば良い物を。
「それじゃ、公瑾達の方に合流するかな」
「はい」
伯約・伯寧が指揮する隊を後ろから“見守る”位置で“然り気無く”敵に対してプレッシャーを掛けている過保護な一団を見て苦笑。
何だかんだ言っても心配な事には変わらない様だ。
隣の誰かさん同様に。
「まあ、これなら“次”も期待出来そうだな…」
伯約達の姿を見詰めながら興覇に気付かれない様に、呟きを漏らす。
この程度で“満足”したり“安心”して貰っては困るからな。
折角の機会だ。
存分に利用して“経験”を積んで貰わないと。
覚悟して置く様にな。




