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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
97/914

        参


 夏侯淵side──


葵と共に奈々の指揮下にて前衛の位置に着く。

雪那が奈々に指揮を任せた理由は何と無く判る。

多分、子和様達でも同様にされると思う。



「名より実、今より先、か

“後事”を考えればこれが良いのだろうな…」


「秋蘭、口に出てますよ」



葵に注意されて気付く。

幸いにも、当事者の奈々は近くに居なかったが。



「…すまない、考え込んで気が回らなかった様だ」


「考えるのは構いませんが“先”は長いのですから、今は“まだ”駄目ですよ」


「ああ…判っている」



教えて遣りたくもなるが、それは“大きな御世話”と言えるだろう。

自身で気付き、悩むのなら掛ける言葉も意味が有るが今掛ける言葉は私の勝手な自己満足だ。

彼女の“成長”する機会を奪うだけなのだから。



「それよりも部隊の配置と展開の事ですが、奈々から私達の意見が欲しいと…

ですから、此方の方針等を纏めて置きましょう」


「そうだな」



葵の言葉に私は頷く。

“本職”ではないが奈々も有事には指揮を執る必要が有る立場だ。

戦術の基本は出来ていると言って良いだろう。



「敵は多くても百前後…

武装も十分では無い状態で脱出しているかと…」


「となると、弓での斉射は必要無いな…

剣を主体にして後方に少し配置する程度か」


「そうですね

それに多分砦内への突入は避けられないでしょうから五人一組で良いですか?」


「それ位が妥当だな」



一部隊二百人の構成だから計四百、本隊に二百を残し組ませても四十組。

探索と掃討には十分か。



「問題点が有るとすれば…

“悪足掻き”か」


「でしょうね…」



追い詰められた以上、敵は必死で抵抗するだろう。

投降したとしても助かると考えはしない筈。

考えていたら救い様の無い“愚者”だがな。



「後は何方らから入るか、でしょうか…」


「…“口上”をする以上は正面から──と言うのは、“事後処理”を考えた場合での意見だな」


「今回なら“口上”の後に裏に回って、ですか…

もしくは別動隊を裏側から突入させて内側から正面を開けて突入、ですね」



この後は郡内の賊の討伐が控えているし、長々と付き合う理由は無い。

何より、此処に居る連中は大多数が生かして捕らえる必要が無い。



「最終的な判断をするのは奈々だがな…」



迅速な作戦になる事だけは間違い無いだろう。



──side out



 陳羣side──


葵様・秋蘭様と前衛部隊の担う役割に対応した展開と配置を話し合った。

結果としては私の考えと、二人の考えは殆んど同じ。


違っていたのは一点。

“口上”の後の対応。

私は“口上”を利用して、陳逸一派の“誘い出し”を考えていた。

それは“無理”だと簡単に言われましたが。

でも“遣るだけなら…”と二人からも承諾を得たので遣ります。


という訳で、私は前衛隊の先頭に立ち砦を見据える。

既に日が落ち、辺りは闇が包み込んでいる。

私の視界の中に映る砦も、闇夜に抱かれ染まる。


裏手には別動隊が待機し、“口上”後の反応に限らず一定の時間を数えた後必ず突入する手筈。

正面が開かなかった場合は開門が最優先される。


雪那様は翠様と私達よりも後方に待機。

砦からは姿が見え難い様に山林の陰に入っている辺り油断は微塵も無い。

灯火さえなくて黙視なんて不可能なのに。

素直に感心します。


さて、私には大事な役目が待っている。

“開戦”を告げる“口上”という大役が。

本来なら雪那様がするのが普通ではあるが…恐らくは私や陳家の後々を考えての配慮だと思う。

なればこそ、失敗する事は許されない。

…吃ったり“噛む”事など絶対駄目──って、自分で追い込んじゃ駄目駄目。

思考を切り替える為に瞼を閉じて深呼吸する。



「…すぅーっ…」



何度か深呼吸を繰り返し、大きく息を吸い込む事で、意識を集中させる。

肺に目一杯空気を満たし、息を止め、瞼を開く。



「──魯国が相・陳逸っ!

民を守り、導く事が使命の立場に有りながら己が欲を満たす為に民を貪る非道を働きし事、言語道断っ!

その罪、万死に値するっ!

その我欲に塗れ穢れし身に僅かなりともまだ人の心が有るならば大人しく投降し裁きを受けよっ!

百数える間だけ待つっ!

己が愚かな行いを振り返り省みるが良いっ!」



そう宣言し、私は声に出し一から数え始める。


陳家の──同族故の情だと取られても構わない。

そんな物は一時の恥。

いや、陳逸という犯罪者を出した当然の報い。

甘んじて受け入れる。


斬り捨てる事は容易い。

だが、奴は民の前にて罪を晒し裁くべきだ。

そう子和様は仰有られて、私に可能な限り生け捕る様言われた。

感情のままに殺してしまう事は罪の“隠蔽”と民から見られても可笑しくはないだろうから、と。




陳家の、私達の後の事まで考えて下さっている。

その心に応えたい。

──応えて見せましょう。


そして──百を数え終えて私は右手を高々と掲げる。



「我が名は陳長文っ!

我が主、曹孟徳様に代わり貴様を裁くっ!

これより国賊・陳逸一派の掃討を開始するっ!

総員──抜刀っ!」



鞘から放たれた刃の群れが高く鋭い金属音を鳴らし、夜天の月の下に鈍く輝く。



「総員、進めーっ!!」


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「

おおぉおぉおーーっ!!!!!!

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」



私の号令と共に前衛部隊が雄叫びを上げて動く。

と同時に、ギギギィッ…と鈍い音を上げながら正面の門扉が開いて行く。

“口上”から六十を数えた時点で、別動隊が裏手から突入して開けてくれた。



「突入後、正門は放置して構いませんっ!

陳逸は可能な限り生け捕る様に御願いしますっ!」



正門へと迫りながら本隊と分かれて行動する各組へと最低限の指示を飛ばす。

陳逸以外は最初から郡都へ生かして連れ帰る気は無く全て討伐対象。

民を、同志を“生け贄”に逃げ出す輩を見逃す理由は無いのだから。


正門を潜り抜け、内地へと踏み込んで直ぐ各組は四方八方へと散開。

あっと言う間に本隊を残し砦の各所へと消えた。



「儁乂様、判りますか?」


「…近場には居ませんね

やはり、奥に逃げ込み身を潜めている様です」



葵様に探って頂く。

私も子和様から氣の指導は受けてはいますが将師方の力量には届きません。

兵も大多数が簡易・短期の強化が精々ですし。

また資質が高いと子和様に引き抜かれます。

…修行、大変でしょうね。


などと考えていると一組が此方へ駆け戻って来た。



「長文様!、先行した組が陳逸らしき者達が砦の奥の牢へ逃げ込んだとの報せが参りました!」


「判りました!」



“牢”、と聞いて一瞬だけ“自害でもするつもり?”なんて考えてしまったけどそんな殊勝な男ではない。

抑、自害するなら逃げたり悪足掻きをしたりせずに、投降している。

だとすれば、牢へ逃げ込む理由が有る筈。



(“荷”を隠している?

或いは人質が?──いえ、態々足が着く真似はしないでしょうから…)



可能性としては“荷”への執着と籠城が濃厚。

しかし、“援軍”も無しで籠城する程、陳逸も馬鹿な男ではない。

なら、考えられるのは──



「儁乂様!、妙才様!」



──side out



 陳逸side──


何故、こうなったのだ。

何故、この儂が小娘相手に逃げなければならぬ。

何故…何故だっ!。


ガンっ!、と手近に有った木箱を蹴り付ける。



「おまけに追っ手が陳羣の小娘だなどと…

何処までもこの儂を愚弄しくさりおってからに…

ええいっ!、腹が立つっ!

卑しい宦官の孫がっ!」



あの忌々しい爺婆が死んで清々したと言うのに…

今度はその孫だとっ!?

巫山戯るのも大概にしろと言って殴りたい所だ。


だが、今の自分にはそれが出来無い事も判っている。

しかし、儂はこのままでは絶対に終わりはせん。

必ず、返り咲いて小娘共を絶望の淵へ落としてやる。



「そうだ…“これ”が…

儂には“これ”が有る…

…“これ”さえ有れば儂は遣り直せる…

…くくっ、く…くははっ、はぁーはっはっはっ!!!!」



大事に、大事に儂は右手で“それ”の入った箱を撫でながら思わず嗤う。

再起と報復を脳裏に描き、感情のままに。



「陳逸様!、開きます!」


「おおっ!、やっとか!

よし、手の空いておる者は直ぐに荷を運べっ!

さっさと脱出するぞっ!」


「ははっ──ぇ?」



返事をしたと思った瞬間、その男が間の抜けた表情と声をしながら下の方を──己の腹部を見た。

男の視線に釣られる様に、儂も、他の者達も、一様にそれを目にした。


腹から“生えた”血塗れの槍の鋒と柄を。



「…ぇ、ぁがっ──」



ズボッ…と、鈍く耳障りな音を立て槍が引き抜かれ、男は口と腹から血を流して俯せに倒れ込む。


男が立っていた場所に儂の目が映したのは──

開いた“隠し通路”の扉の隙間から見える兵士達。



「て、てて敵じゃあっ!

は、早く閉めんかっ!」



慌てて、扉を閉めさせ様と声を張り上げる。

だが、それに手の者が反応するよりも早く、兵士達が扉を蹴り開け雪崩れ込む。


前は無理と判断し後ろへと振り向いた──その瞬間、牢の分厚い木製の扉が縦に割れながら此方へと倒れて来て下敷きになる。



「ぐっ…な、何が…」



強かに腰と頭を床石に打ち付けるが痛みを堪えながら顔を動かす。



「無様ですね、陳逸」


「き、貴様は…陳羣…」



まるで、汚い物を見る様な侮蔑を込めた冷徹な眼差しに思わず息を飲む。



「終わりです」


「ま、ま──がっ…」


「縛り上げなさい」



己が“破滅”の宣告を耳に闇の中へ意識は沈んだ。



──side out



 孔融side──


待機していた私達の所へと秋蘭が単騎駆けで来た時は一瞬緊張が走った。

だが、秋蘭の様子を見て、違うと直ぐに覚る。


聞けば、奈々の指示で翠と“隠し通路”の出口を探し可能なら突入して迎撃を、という内容だった。


“隠し通路”自体の性質を考えれば難しくはない。

一つ、脱出する事態に際し追っ手から逃げる事。

二つ、火事などの場合には被害が及ばない事。

これらの事から可能な限り遠くへ行き、尚且つ河川を挟んだり、高低差が有るか目立ち難い山や森の中へと繋がる様に造る。


牢の有る位置を考えれば、“東”に抜ける事は明白。

直ぐに秋蘭と翠に兵百人を率いて向かわせた。


結果は言わずもがな。

奈々は見事に、陳逸を生け捕って見せた。

私の方は“裏方”の必要も有りませんでしたけれど。


ただ、私自身にも魯国とは少なからず縁が有る。

でも、この砦の隠し通路が有った事は初耳。

正直、驚きましたよ。

同時に奈々の“読み”には感心しましたけれど。


その中で、ふと気になった事が一つ有りました。

隠密衆は“此処”へ陳逸を誘導し追い込んだ訳ですが“どうやって”なのか。


“機密”と言われれば追及する事は出来ません。

ですが、子和様が最初から“この事”を知っていたと仮定すれば納得出来る策が思い浮かびます。


隠密衆は“情報”を操って任務を遂行する者達。

それなら、陳逸に“態と”隠し通路の存在を教えて、此処を選ばせた。

もしくは、陳逸の手の者に後で“思い出せる”程度に“噂話”として教えた。


さっさと使われて逃げ出す可能性を考慮すれば後者が有力でしょうね。



「…はぁ…」



大きく深い溜め息を吐き、その“原因”が居る方角を見詰めながら苦笑する。



「…つまり、貴男の中では“最初”から陳逸の盤上は“詰んでいた”訳ですね」



“策士”なんて呼び方では生温いでしょう。

恐らく、子和様は初端から陳逸という“餌”を使って奈々が後事の仕事をし易い環境を整える事が目的。

陳逸の生け捕りも、晒して裁く事で奈々と陳家が民の信頼を得られる様にする為でしょうから。


どうやら“私達”にとって“本番”は任地の立て直しですか。

全く…恐ろしい方です。

ふふっ…。



──side out。



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