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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
96/907

        弐


 孔融side──


魯国に向かう顔触れですが先ず後任の奈々(なな)──長文の真名──を始めに、補佐と指導役を務めて頂く明花殿、軍将に葵、秋蘭、翠に私を加えて六人。

軍師・文官陣には経験者を配しているのに対し軍将・武官陣は“中堅”と言った陣容になっている。



(子和様の“実戦主義”の現れでしょうね…)



早急な“立て直し”を要し後事にも繋がる“基盤”を築く必要が有る為の人員。

同時に三州と州境を接する場所だけに一時的な混乱に乗じる賊の出入が多くなり治安の悪化が懸念されるが逆に言えば“好機”だとも考えられる。

子和様は指揮経験も踏まえ三人を“成長”させる為に最前線になる魯国を任地に命じられたのでしょう。

勿論、私にしても同様。



(私の場合は“指導力”の向上でしょうね…

彩音の件も有って無意識に距離を取り勝ちですから)



其処を見抜いて指摘され、理解をさせた上で意識的に改善に取り組ませる。

“知謀”を尊ぶ軍師ならば遣る気に成らざるを得ない状況だけに質が悪い。



「ふふっ…期待に答えたくなるから不思議ですね…

これも“惚れた弱み”なのでしょうね…」



自然と浮かぶ笑み。

胸の奥がじんわりと温かくなってくる。

この“想い”を知った事を感じる事を幸せに思う。



「──失礼致します」



スッ…と私の駆る彗月へと並走する様に、隣に唐突に現れた存在。

普通なら驚く所だが私達の間では有る意味“常識”に近い為に平気です。


手綱を緩め彗月に少しだけ足を落として貰い走る事を任せて意識を隣へ向ける。


漆黒の装束に身体を包み、顔には狐の面を着けており馬の駈歩と並びながらも、足音が殆ど聞こえない。

間違い無く、隠密衆。


全員が同じ格好をしている事も特徴の一つだ。

これには“個人”の特定をさせない様にとの子和様の配慮の意味が有る。


また隠密衆には五行の火、金、木、土、水に“影”の名を付けた五つの組が在り花・枝・実・根・葉の名と“漢数字”を組み合わせた“忍び名”を持っている。


しかし、その任は他勢力の間諜等または細作とは担う役目が大きく異なる。

諜報と情報操作が主要。

暗殺はせず、戦闘は自衛と“狩り”の“掃除”のみに限定されている。

“汚れ”仕事は滅多にせず“影”に潜み“陰”を操る黒き狗狐の群れ。

それが曹家・隠密衆。



「文挙様、隠密衆・木影の三実(みさね)です

火急の報せに参りました」




本来、行軍中に隠密衆から接触する事は無い。

何故なら、偵察等は斥候の役目であり任務だから。

その役目を奪う様な真似はしないし、させない。


では“現状の場合は?”と訊かれれば返す答えは一つしかない。

“事態が動いた”という事でしょう。



「どうしました?」


「魯国の相、陳逸が州外へ逃亡を謀りました」



冷静な回答。

焦りの色は見えないけれど“過去形”ではない。

ただ、“まだ”成功してはいないという事。



「向かった先は?」


「北へ向かっています

兌州、或いは経由してから青州・徐州・冀州・司隷…

また東へ抜け徐州、或いは経由してから青州・揚州の可能性も捨てきれません

現状での断定は厳しいかと思われます」



三実の言う様に六州全てに可能性が有る。

ただ、他州に逃げられると今は打つ手が無い。

それだけは何としても阻止しなければ。



「“翳り”は?」


「現在は“木の実”が七、“水の葉”が十三です」



“翳り”は潜む隠密衆を、“木の実”と“水の葉”は組を指す隠語。

また方角等も五行に倣って示される。



(三実を含め二十一人…

“量よりも質”ですから、実力には問題有りませんが動かすとなると…)



権限を与えられている為、最悪“暗殺”を命じる事は可能では有る。

しかし、それは最終手段で安易に選択すべき方法ではないでしょう。



(そうなると先ずは郡都の状況からですね)



“策”を練り、指示を出す為にも必要な正確な情報を集めてから。



「郡都の魯の様子は?」


「陳逸は直傘の部下のみを連れて極秘裏に脱しました

しかし、自分への追っ手を警戒した様で“厳戒令”を出しております

よって、郡都には三千程の兵が集まっています」



成る程、此方の目を郡都に向けさせ“居る”と錯覚、同時に足止めし時間を稼ぐ為の囮──即ち“捨て駒”にしている訳ですか。

…何処までも、腐っているとしか言えませんね。


ですが、魯から直ぐ西へと行かなかったのは、やはり“関所”を避けてと見ても良さそうですね。

遠回りになる北からならば楽に逃げ込める為…

とすると何かしら“荷”を持っている可能性が高く、東へ抜ける為に泰山の麓を進む山道は極力避けたいと思うのが人でしょう。



「“翳り”の位置は?」


「都より見て“木”に三、“金”に六、“水”に十となっています」




三実の回答を訊き、思わず苦笑を浮かべる。



「流石は、ですね…」



有事には私に権限が来る事にはなっている。

けれど、それまでの指示を出されるのは子和様。

つまり、子和様はこうなる可能性を見越して隠密衆を配していた事になる。



(熟、“敵”ではなかった事に安心します…)



その慧眼・知謀もそうだが何より“心”を見抜く力に敬服してしまう。

そして、読んでいたのなら“対応”を指示した上で、私への報告でしょう。


確か、北側の山間には今は放置された砦が有った筈。

恐らく其処へ“追い込む”様にされているでしょう。



「陳逸は砦に?」


「“予定通り”に行けば、半刻後には着くかと…

如何致しましょう?」



やはり、ですね。

ですが、そうと判れば私の為すべき事は明確。

そして、三実も判っていて“初めて”指示を仰ぐ。



「貴方は“水”に合流し、万が一の“討ち漏らし”に備えて下さい」


「御意」



そう答えると、姿と気配を消して立ち去る。

子和様直々の“裏”合宿の成果だそうですが…

間近にすると感嘆するしか有りませんね。



「…と、感心している暇は有りませんね

誰か有るっ!」



即座に人を呼び伝令を出し主要な面々を召集した。







「…では、既に陳逸は砦で籠城している、と?」



話を聞いて、そう訊き返す秋蘭だが表情は怒りからか厳しい物になっている。

葵や翠も同様。

奈々は加えて“罪悪感”を抱いている様子。

件の相手が一族の者だけに申し訳無い気持ちが胸中で募っているのでしょう。


それを感じ取って明花殿が肩を叩いて励ます。

葵達も気付いた様で口々に彼女を気遣う。

目が合った私は何も言わずただ真っ直ぐに見詰め返ししっかりと頷いて見せる。


“信頼は結果で”と奈々も理解した様で、しっかりと頷き返したので私は笑む。



「陳逸は“まだ”籠城する気はないでしょう

単に追っ手を撒く為に身を隠しただけ…

つまり、警戒はしていても少なからず油断している事にもなります」


「其処を強襲、ですね?」



葵の言葉に私は首肯。

子和様の指導を受けているならば察しが付く。



「其処でですが、明花殿は都をお願い致します

残って居る者達は無関係と見て良いでしょうから変に強行手段に出なければ話を聞く筈です

主の不在が明らかとなれば無意味な戦闘は回避出来るでしょう」


「そうですね、無駄に命を散らす必要は有りません

此方は任されましょう」


「お願いします」




明花殿に兵の一部と奈々と魯国の立て直しの為に来た文官達を預け、私達は北を目指して駆ける。


他家・他勢力下の官軍──それも歩兵だったならば、今の私達の必要移動距離を走破するには全力疾走して丸二日を要するだろう。

しかも、着いたら直ぐ様、戦闘が始まる可能性が高いのだから勝率に響く。


しかし、私達が率いるのは曹家の軍である。

“一人前”だと認められる兵は他所に行けば千人長、或いは軍将を勤めていても可笑しくはない。

それだけの実力を身に付け尚且つ現在は子和様直々の“強化”が継続中。

よって、僅か一刻半で砦を視界に捉えた。


其処で一旦、足を止めて、砦を捉えるよりも少し前に出した斥候が戻るのを待つ事にする。

同時に短いが休息を取り、呼吸を整えさせる。

勿論、身体が冷えない様に気を配りながら。



「失礼します!」



主要な面々の集まって待つ場所に兵が──斥候に出た一人が戻って来た。

私達の前で跪き、抱拳礼を取って言葉を待つ。



「砦の様子は?」


「はっ、火を使って居らず明かりも煙も皆無でしたが砦の裏手側の扉の近くには馬の蹄と靴と轍の跡が…

何方等共遠目での確認では有りますが、まだ新しい物に見えました」


「周囲に伏兵や細作は?」


「いえ、見当たりません

山林にも分け入ったりした痕跡は有りませんでした」


「そうですか…御苦労様

出陣までの間、しっかりと身体を休めて下さい」


「はっ」



一礼して、自分の所属する隊の所へと戻って行く。



「“空振り”とか?」


「先ず、有り得ませんね

“小細工”する余裕が無いから砦へと逃げ込んでいる訳ですからね」


「そうだな、此方を撹乱し足止めをするにしても些か“工夫”が足りないな」



翠の言葉に葵と秋蘭が直ぐ反論しているが、頼もしく思える“読み”には自然と口元が緩む。



「二人の言う通り砦の中に陳逸達は居ると見て間違い無いでしょう」


「む〜…その根拠は?」



まだ納得出来無いのか翠は眉根を顰めて訊ねる。

あまり時間を掛ける問答は普通は無駄だと言える。


しかし、彼女の様に軍師の言葉を鵜呑みにせず理解を得ようとする存在は戦場に於いては貴重。

何故ならば、軍師も軍将も所詮は“人”にしか過ぎず“誤る”可能性を持つが故“再考”を促す事で気付く事が出来るのだから。




今回は時間が惜しいので、簡潔に説明しましょう。



「一つ、連れている手勢はそう多くは無い事

二つ、その手勢は護衛より“荷”の運搬が主体な事

三つ、最近“雨”は降っていない為、轍を作る為には時間が掛かる事

四つ、“囮”を使った上に態々追加で“偽物”を作る時間が惜しい事

五つ──」


「御免なさいっ!

アタシが悪かったからっ!

十分判ったからっ!」



頭を下げ、頭上で合掌して謝ってくる翠。

…少し早口で並べ立てての言い方が怒っている様に、或いは御説教に感じたのか本気で嫌がっている。



「…判ったのでしたら良いのですけど…別に怒ったりしてはいませんからね?」


「…え?、そうなの?」


「…今から怒りますよ?」


「御免なさいっ!?」



“怒りっぽい”と見られたからでは有りません。

翠の間違いを正す為です。

ええ、そうです。



「…雪那様、作戦としては如何致しますか?」


「そうですね…」



奈々に訊かれ少し思案。

子和様ならば奈々に陳逸を討たせる様に指揮を執らせ御自身は“裏方”へ…

そうするでしょう。

私も見倣って見るのも良いかもしれませんね。


間接的にとは言え、陳逸を討たせ“罪悪感”を拭い、奈々に自信を持たせる。

その為に。



「では、奈々に“口上”と前衛の指揮を任せます

前衛は葵と秋蘭の部隊です

お願いしますね」


「判りました」


「承知した」



私の指示に葵と秋蘭は迷う事無く従う。



「…あれ?、アタシは?」


「翠は私と後方に待機

相手が“野戦”をしたり、逃げ出す場合に備えて臨機応変に動きます」


「ああ、成る程、了解♪」



自分の“出番”を理解して笑顔を見せる翠。

もう少し謹みましょうね。



「…あの、雪那様?

私が指揮を任せれても…

その、宜しいのですか?」



対して、不安気な面持ちで訊ねる奈々。

その胸中は察するに容易く理解も出来る。



「奈々…いえ、陳長文

私に言える事は唯一つです

曹家の家臣の一人として、主君を、同志を、仲間を、民を信じなさい」


「──っ!…はいっ!」



気付き、戸惑いながらも、理解して決意を宿した瞳に私は笑顔で頷き返す。


他の誰でも無い。

自分の歩みは、自分自身が踏み出すのだから。



──side out。



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