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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
95/913

19 我欲の落日 壱


 甘寧side──


地鳴りを響かせ、城内へと雪崩込んで行く。

雑兵には目もくれず目指す標的は一人。

奴が居るであろう広間へと辿り着く。


ドバンッ!、と扉を右足で蹴り開けて踏み込む。

上がる悲鳴など無視して、その男の前へと歩み出る。

懐より子和様から預かった罪の列挙された書状を出し見せ付ける。



「梁国が相・劉嗣っ!

上納金及び年貢米の横領、並びに“闇米”の横流し!

また相の地位を利用しての民への重税の強要!

諸々の罪状によって貴様の身を拘束する!

大人しく縛に着けっ!」


「な、何を証拠──」


「──これでもか?」



お決まり、と言える反応に内心で呆れながら証拠品の一つとなる書状を見せる。

劉嗣は信じられない物でも見る様に驚愕した。

それが意味する事に気付き顔を青ざめさせる。

“詰み”の様だな。



「捕らえろっ!」



同行していた兵士達が声に対し即座に劉嗣を押さえ、縄で縛り上げる。


周囲には突然の事態に際し状況が理解出来ず、茫然と佇む劉嗣に仕える兵士達。

彼等に向き直り告げる。



「現時点を以てこの梁国は刺史・曹孟徳様の管理下に置かれる事となる!

武器を捨て投降しろっ!」



そう言っても何を信じれば良いのか判らない者も多く顔を見合わせたり、茫然としたままで居る。

正直言って面倒だと思うが仕方が無いだろう。

“裏”を知らない者達には“正しい”かの判断をする根拠が無いのだから。


なら、判り易い“選択”を与えてやれば良い。



「“国賊”に与し抵抗するならば構わぬ!

命を以て挑んで来いっ!

但し、生きて此処より外へ出る事は叶わぬと知れっ!

さあっ、どうするっ!」



自分の命の選択。

これ程、判り易く、迅速に決断出来る事は無い。

その上、“誰か一人”でも選択すれば他の者の選択に連鎖的に広がる。

“選択の意味”に気付いた正常な思考の一人が。


ガランッ…と、鉄と木とが石の床に落ちる音。

一つ起きたならば雨が落ち始める様に連なる。

そして、投降した兵士達が跪き“恭順”を示す。



「諸君の身は曹家にて預り然るべき形を取る

この後、諸君は聞き取りが行われるが質問には嘘偽り無く答える様に

だが、安心するが良い

報復されたりする事だけは無いと約束しよう」



尤も、共犯者や加担した者には処罰は下るがな。


此処での仕事を終え彼等に背を向け広間を後にした。




謁見の間へ着くと扉が開け放たれていた。

中を覗けば華琳様が座し、劉嗣に仕える文官・武官を集め詰問を行われていた。

立ち合っている紫苑と目が合い視線がスッ…と一方へ一瞬だけ向いた。

子和様が其方に居るという私達ならではの合図だ。


紫苑に小さく頷いて返し、謁見の間を後にする。


暫く進むと“宝物庫”だと思われる場所──扉の前に到着した。

子和様達の気配が有るので間違いは無いだろう。

…子和様の様な桁違いでの探索や感知は私達にはまだ難しく、ある程度近く無い限り“抑えている”状態の身内は判別出来無い。


扉を三度叩き、声を掛けて扉を開ける。



「御苦労様、すんなり片が付いた様だな」



そう言いながら苦笑される子和様には全て御見通しの事だろう。

氣の位置や人数は勿論だが“感情”の種類まで特定をする事が出来、その情報で事態や状況を把握される。

“凄い”としか言い表せぬ御業な事は確かだ。



「以前と変わりませんので少しは“捻り”が欲しいと思ってしまいます…

不謹慎ですが…」



そう答えて肩を竦めながら溜め息を吐く。

“小悪党”というのは何故ああも似通っているのか。

…いや、“個性”さえない三流だからか。

嫌な納得の理由だが。



「…まあ、この手の連中は“他の者も遣ってるから、自分も大丈夫だろう”とか考えてるだけだからな

一流の──と言うのは少々憚られるが、腹黒く知能の高い犯罪者は大胆な行動と緻密で繊細な思考を持つ

抑、証拠なんて残す真似はしないしな」


「…あの、子和様?

それでは…経験者の言葉に聞こえるのですが…」



同行している稟が子和様の言葉に苦笑しながら言うがそれは無意味だ。

ほら見ろ、子和様が静かに笑みを浮かべている。



「奉孝、世の中に“正義”なんて物は無い

それは“勝者”が自分達に都合の良い様に“理由”を謳っているだけだ

“詭弁”と“言い訳”で、“正当化”した“偽善”が“正義”という物だ

在るのは須らく“悪”のみ

“悪”を背負う者だけが、本当の“闘う者”だ」



そう、世の中の“正義”は欺瞞の塊だ。

一瞬だけ、驚いていた稟も意味を理解して真剣な顔で子和様に頷き返す。



「ま、そんな持論を持って生きて来たからな

“世間的”に言えば公には出来無い事を数えるのさえ馬鹿になる位して来た俺は“大悪党”だな」



そう言って笑いながら稟の頭を撫でられる子和様。

…ちっ、羨ましい奴め。




子和様と稟の横で他人事の様な顔で黙々と確認作業を続ける彩音。

…若干、不機嫌そうな事に本人は気付いてはいないのだろうな。

下手に私達も指摘しないが子和様も放置。

まあ、紡ぐ“想い”の形は人各々、焦る必要は無い。



「それで…子和様、此処の備蓄は如何ですか?

“闇”に流していたのなら厳しい状況では?」



子和様は私の問いに対して稟へと視線を向けられる。

相変わらず“使える物”は何でも使われる方だ。

こういった仕事も軍師には必須の技能なのだろう。

私達も最低限必要だが。



「いえ、備蓄している量を考えれば郡内の民を来期の収穫まで十分に養えます

寧ろ、余剰分が出ますね

今年は出来が良かった様で嬉しい誤算でしょう」


「豊作だったのは判るが…

飽く迄も梁国は、だろう?

他では例年を下回った所も有るのに、何故劉嗣の奴は“闇”に流さなかった?

“稼ぎ時”の筈だ」



私が知っている限りでも、青州・徐州は不作だったと記憶している。

如何に三流でも金に群がるならば“臭い”に釣られて売っている筈だ。



「それに関しては子和様の“仕込み”としか…」



困った表情で子和様を見る稟の様子から“概要”等は聞かされているのだろうが“箝口令”の様だ。

しかし、気になってしまい子和様を見詰める。



「まあ、簡単に言うとだな

“売り時”を“ずらし”て出来無くした訳だ」


「“売り時”…」



子和様の言葉を反芻して、物流の仕組みを思い出す。

言葉通りなら“より先”に“大きな利”が有かの様に“思い込ませ”て、此処に蓄えさせた、と。

大雑把に言えば、そんな所だろうか。



「“流石”と言うべきか

察しが付いた様だな」



“江賊”だったが故に判る事も有る──子和様が私に教えて下さった事だ。

故に、そう言われる事にも頭を撫でられる事にも私は素直に嬉しく思う。

そう感じられる今の自分を好ましく、誇らしく思う。



「“経験”は宝ですので」


「全くだ」



そう返して、私は子和様と笑い合う。

横で稟が“盗られた!”と言わんばかりの表情。

誰が“二人きり”のままで居させるか。

彩音なら兎も角な。



「さて、残った確認作業もさっさと片付けよう

でないと、子義一人に任せ放しで終わるからな」



そう言いながら然り気無く彩音の頭を撫で“褒め”の意志を伝える子和様。

やはり、抜け目が無いなと嬉しそうな彩音の顔を見てひっそり苦笑した。




“大掃除”を開始してからまだ三日目。

三日で陳国・梁国を落とし暫定的に──否、事実上の統治下に置いた。


本拠の潁川郡の留守居役は李瀬(りせ)──鐘会の真名──殿が任じられている為心配は無いだろう。


既に落とした陳国の後任は文官の槙乃(まきの)殿──姓名は楊脩、字は徳祖で、二十六歳、一児の母──が命じられた。


とは言っても一週間前には併合予定の全領地の後任を含む配置が言い渡されては居たので準備も十分。


それに両領地共に内部での腐敗が少なかった。

──と言うよりも、私達が許昌に入って直ぐ子和様が“裏”で“小さな汚れ”を先に拭っていた模様。

既に曹家や荀家に縁の有る者が後任に就いていた為、ただ兵の一部を残すだけで“次”へと進めた。

それ故の進軍速度だ。



「──それじゃあ後の事は任せたわよ」


「はっ、御意に」



華琳様の前で跪いて梁国の後任を命じられて包拳礼を取る男が答える。

姓名は甄逸、字は子軼。

子和様のみが呼ばれるが、真名は籐彦(とうげん)

妻子持ちの三十八歳。

商家の出身だが子和様自ら引き抜いての登用。

子和様曰く“貴重な人材”との事だ。

…理由が曹家では数少ない男性だからだとか。

確かに女所帯では有るが、抑は子和様が主因。

自業自得では?、と思うが流石に言い辛い。

本気で、男手が減る現状を寂しそうにされては。



「籐彦、落ち着いたら必ず一献遣ろうな…」


「雷華様、出来れば私より藤菜(とうな)を誘って──痛っ!?、わ、判りました!

是非ともっ!!」



子軼が自分の娘である甄佑──十二歳で将来有望だと言われる才女──が慕っている事から其方を誘う様に言い掛けるが子和様に肩を右手で“強く”掴まれて、即座に訂正。

“親馬鹿”にも程が有る。


そんな二人の遣り取りにはこの場に居る皆から苦笑か呆れた溜め息が出た。


まあ、こういう“馬鹿”な雰囲気は男女間では中々に作り辛いのは確かか。

珀花や灯璃等、例外な者も少なからず居るが。



「それじゃあ雪那、魯国は任せたわよ」


「御意に」



陳国・梁国が終わった事で次からが“本番”だ。

華琳様・子和様と汝南へと向かう組と、魯国へ向かう組とに別れる。

暫く──と言っても長くて三週間だが、各々の任地で過ごす事になる。

互いの健勝を願い合う。



──side out



普通なら一日休んで行軍を再開する所だが、今回では“時間”が勝負。

揚州へは多少遅れが出ても“州が違う”という理由が油断と隙を生むから大して問題にならない。

しかし、魯国と汝南郡には少しでも早く進軍しないと後手後手に回る。

故に強行軍も仕方無い。



「──筈だったんだがな…

皆、随分と元気な様で」



寧ろ、珀花や灯璃なんかは“早く早くっ!”と何故か遠足前の子供の様だ。



「当然でしょ?

“誰かさん”が事前にした“賊狩り”のお陰で二郡は予定してた以上に賊討伐が無かったのだから…

高まった“士気”が無駄に持続してるのよ」



要するに遣る気の空回り、“鬱憤”が溜まった状態でギラついてる訳だな。



「誰の所為よ」


「いや、俺だって二郡から大半が逃げ出すとは思ってなかったし…」


「大半を“喰い潰した”の間違いでしょ?」


「…はい、調子に乗って、殺り過ぎました…」



そんな…馬鹿な!?

俺が、曹子和が…既に尻に敷かれている…だと!?



「馬鹿な事遣ってないで、今日中に郡境を越えないと面倒な事になるわよ」


「…ああ、判ってる」



バッサリ切られ話を戻し、右手でハンドサインを出し全体の速度を上げる。



「それはそうと魯国の方はあれだけで良いの?

人数的には、まだ割いても大丈夫でしょ?」


「過多になると経験を積む機会が減るからな

この人数で丁度良い

それに主体となる後任には長文を指名したが、善政を敷いた孔抽の娘の文挙なら民にとって信頼出来る理由にもなるだろ?

長文自身、陳家の信頼にも繋がるしな」


「よくもまあ頭が回るわ

“人心”を操らせたら右に出る物は居ない位ね」


「そんな事は無いって

俺より上の奴なんてのは、“所変われば”何とやらで掃いて捨てる程居る」



暗に“彼方”の話だとは、二人にしか判らない事だが華琳は察して溜め息を吐き空の彼方を見詰める。



「“いつ”の世も人間とは御し難い存在なのね…」


「大いに同意するが…

その上で“覇王”に至ると決めたんだろ?

高が人、然れど人…

人を律し、統べ、導くのは結局は人でしかない…

なら、“理解”が出来無い理由は無いさ」


「ふふっ…ええ、そうね

清濁全て合わせて呑み干し至ってみせるわ

だから、しっかり傍に居て見ていなさい」


「ああ」




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