表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
92/914

          参


朝陽が眩しいと感じるのは何時以来だろうか。


寝不足からではない。

今日という日が人生の中で大きな“転機”になる事を意識しているが故。

“眩しい”と感じるのは、新たな“夜明け”を前にし言祝ぐ気持ちからだ。



「失礼しま、す…」



戸がノックされ、開いたと同時に声を掛けてきたのは会場となる謁見の間までの案内役──エスコート役を担う事に成った興覇。


軍務や鍛練は勿論、休日も似た様な服装な興覇だが、流石に今日は違う。

十二単とまでは行かないが幾重も着重ねた衣装は色が邪魔し合う事は無く加えて興覇の二藍色の髪を自然に引き立たせる。

流石は御義母様や士季達が直々に見立てただけ有る。

興覇(そざい)”の良さを十二分に活かしている。


子揚の“お姫様”然とした豪華な衣装とは異なるが、良家の令嬢の様に優雅さと清廉さを纏っている。

勿論、衣装の効果ではなく興覇の“女性”として持つ素養と魅力がだ。


いつもと同じ御団子に結い上げてはいるが、髪飾りが有るだけで見違えるしな。

これを部下の男共が見たら人気沸騰だろうな。



「もう時間か?」


「──ぇ?…あ、はいっ、会場の方も既に…

皆、御二人を御待ちです」


「そうか…興覇から見て、変な所は無いか?」



その場で軽くターンして、チェックして貰う。

一人で鏡相手の着付けだと若干不安だし。



「いえ、全く、微塵もっ!

素晴らしいと思います」


「ありがとな、興覇

お前も綺麗だぞ

今後はもっとお洒落すると良いと思うけどな…」


「──っ!?、お、お褒めに預かり光栄です…

…綺麗って言われた…」



恭しく頭を下げた興覇。

いつもの癖で右手を伸ばし撫でるが、直ぐに整え直す時間は無いと気付いて手を覚られない程度で自然に、引き戻す。

…危ない危ない。

明日以降で、華琳や士季に怒られる所だった。


最後にもう一度鏡を見る。

当時は、青臭く小生意気な糞ガキだった奴が結婚するまで成長した。

そう思うと感慨深い。

まあ、中身が成長したかは自分では判断し難いが。


ただ俺が俺で在る事だけは揺るぎ無い。

結局は“それ”が何よりも大事なのかもしれない。


“想い”を貫くという事は自分を見失わない事。

迷っても、遠回りしても、道を違えない事。

その果てに在るのだから。



「…さて、行くか」


「はい、参りましょう」



興覇に先導され部屋を出て廊下を進んで行く。




それなりに歩き馴れたし、見慣れもした筈の城内。

その筈が、やけに見知らぬ景色に感じる。


理由は、いつも居る人々が全く居ない事。

恐らくは謁見の間や前庭、正門付近に集まっている為だとは思う。

何しろ、城は今日一日──正確には明日の昼までの間実質的に機能を停止する。

勿論、有事には動くが。


今夜は城も街も立場抜きの大宴会になるだろう。

それも曹家の主従・領民の全てが一丸となって今日に築き上げた“秩序”の賜。

酔って、騒いでも犯罪には繋がらず、精々が転けたりしての怪我だろう。

加えて、機に乗じて悪事を働く輩を赦す事も無い。

抑、領内に入れさせる事も領内で出す事も無い。

ここ二年、曹家の領内での犯罪の数は粗一桁。

有っても乱闘騒ぎだ。

何より賊に身を落とす民は一人も出していない。


曹家の政策は厳格で有る。

しかし、恐怖や武力・権力での支配ではない。

よって領民は信頼し支持し敬意を持って付き従う。

自らが認める“主”に。



(その主の祝言ともなれば盛大にもなるか…)



根無し草の風来坊が長年の生活で染み付いているから地味に行いたいのだが…

仕方無いな。

民意は蔑ろに出来無いし。



(“違和感”を覚えるのは緊張も有るんだろうな…)



色々と無駄に考えてしまう事もそうだが、普段は特に其処まで気にならない事に意識が行くし。

要は気を紛らわして緊張を解そうとしている訳だ。



(客観的になら“気楽に”とか言えるんだろうが…

自分が、となるとやっぱり難しい物だな…)



戦場や鍛練の関連事の方が遥かに気が楽だ。

それでも、どうにか緊張を解して会場の前へと着く。


扉越しに感じる皆の気配に緊張の色を知り、少しだけ安堵の息を吐いた。


此処で、華琳と新婦の方のエスコート役を務めている仲達を待つ。


ああ、今更だし、どうでも良い事だがエスコート役は俺が軍将、華琳が軍師から指名して決定した。

…だって、猜拳で決め様としたら初回だけで何十巡も続けるんだもん。

時間が惜しくもなるさ。


そんな回想をしていると、近付く足音と気配に其方へ顔を向けた。


言葉を失う、としか言えず華琳の姿に見惚れる。


ドレス姿自体は合わせた際見ている訳だが…

薄らと施した化粧が普段と違う色香と雰囲気を生む。


見惚れて言うのも何だが…“女は化ける”と言うが、正しくだな。




 曹操side──


“ドレス”を着終え鏡台の前に座り、泉里に髪を梳き整えて貰う。



「…あの、華琳様…

今更な事なのですが…

子和様が思春を指名された理由は“最古参”でも有り何と無く解ります…

ですが、華琳様は、その…

何故、私を指名されたのか御聞かせ願えますか?」



本当に今更ね。

でも、私が泉里の立場でも気にはなるでしょうから、仕方無いかしら。



「軍師の最古参は冥琳…

家柄なら結が別格…

選ぶなら二人の何方らか」



そう言って鏡越しに泉里を見ると首肯する。



「私が貴女を指名したのは“似ている”から、よ」


「…それは…華琳様と私がでしょうか?」


「ええ…正確には昔の私ね

まだ“失う”事を知らない“無垢”だった私に…」



そう、泉里は本当に嘗ての私に似ている。

特に“別離”の可能性から目を逸らしていた私に。



「雷華と離れる前の私はね

“別離”なんて誰にだって起きる事で、抗い様の無い事だと思っていたわ…

でも、いざ雷華と離れるとなった時に知ったの…

本当に大切な人との別れは耐え難い、と…」



鏡越しの泉里は少し困った表情で俯く。

その可能性を“想像”して戸惑っているのだろう。

手に取る様に解るわ。



「私達の中で、万が一にも雷華に何か有った時…

一番取り乱す、或いは心が“壊れて”しまう可能性が高いのが貴女よ…

だから、私は貴女を指名し見せて置きたいの

“女”としての私達が常に心に宿すべき事を…ね」


「…それは、一体?」



恐る恐る、と言った様子で訊ねる泉里。

だけど、残念ね。



「それは貴女自身が私達を見て導き出す物よ」


「…え、あの、華琳様?」



思わぬ肩透かしを受けて、きょとんとする泉里を見てクスッ…と笑う。



「言ったわよね?

貴女達を“応援はするけど協力はしない”と…

それにね、“教えられる”より“掴み取る”事にこそ意味が有るのよ

だから、しっかりと見届け感じ取り、考えなさい」


「…はい、判りました」



泉里は笑みを浮かべ頷く。

大丈夫、貴女なら必ず理解出来る筈よ。

私がそうだった様にね。


その後は特に真剣な会話をする事も無く準備を終え、会場へと向かった。


扉の前で待つ雷華と思春を見付けると向こうも此方に気付いて振り向く。


雷華が、私に見惚れている事が解ると素直に嬉しい。


私も見惚れてしまうけれど覚らせはしないのは化粧のお陰でしょうね。




私の右に立つ雷華の左腕に右腕を絡ませる。

何度もしてきた事だけど、今日は特別。

この日をどれだけ待ち望み思い描いていた事か。


不覚にも泣きそうになるが右腕を少しだけ引かれ顔を向けると微笑む雷華。

それだけで心は安らぐ。



「それでは、参ります」



思春の声に雷華と共に頷き二人が扉を開ける。

同時に会場内から流れ出す音色が私達を出迎える。


真っ赤な“絨毯”が敷かれ正面に有る壇上──普段は玉座が有る場所へ真っ直ぐ道と成って伸びている。


雷華と共に一歩を踏み出しゆっくりと進む。


思春と泉里が扉を閉めて、私達と距離を置いて続く。


壇上に待つのは御母様。

進む両側には曹家の家臣が一堂に会している。


壇上に着き私達は御母様の前で揃って屈む。

思春達は御母様の両脇にて跪き控える。

同時に背後でも皆が跪き、音楽が止む。



「…これより、曹家当主の婚礼の儀を始めます」



その声に合わせ、先程とは違う厳かな音色が響く。



「天地に在す我等が始祖に今日此処に生を伴にします二人の名を申し上げます

“天刃”なる夫、名を曹純

“地鞘”なる妻、名を曹操

二人の新たなる道に祝福を御与え下さい──」



御母様が紡ぐ祝詞と音楽が会場に響き、粛々と婚礼は進行していった。


そして──城内での前半の儀は終盤を迎える。


祝詞が終わると静かに立ち私達は向き合う。

此処からは“向こう側”の遣り方を取り入れた物。

“世界”を超えた私達には相応しいわね。



「汝、曹純は如何なる時も妻を愛し、敬い、支え合う事を誓いますか?」


「はい、誓います」


「汝、曹操は如何なる時も夫を愛し、敬い、支え合う事を誓いますか?」


「はい、誓います」



そう答え雷華と向き合う。

後は誓いの口付けを──



「それでは、互いに伴侶へ“誓いの言葉”を」


(──え?)



予期せぬ──段取りに無い台詞に驚くが目の前に居る雷華に変化は無い。

“謀られた”様だ。



「世は常変なれば不変など有りはせず、人の想いさえ移ろうもの…

然れど、我が想いは不断・不尽・不滅で在る

私、曹純は、曹操を愛し、永遠に恋をし続ける事を、命有る限り誓います」


「…幾度、季が移ろえど、我が想いは枯れる事は無く永久に謳い続ける

私、曹操は、曹純を愛し、永遠に恋をし続ける事を、命有る限り誓います」



“想い”を言葉に乗せて、誓い合う。

目を細めて微笑み──

私達は口付けを交わす。



──side out



内緒の“誓いの言葉”には華琳も驚いていた。

“遣ってくれたわね?”と視線が雄弁に物語っていたのは二人だけの秘密。


会場を出て、侍女や兵士、厨房等の各所の職人達から祝福されながら街へ。

烈紅と絶影の引く馬車で、パレード状態に。

嬉しいのは嬉しいが…

晒し者になった気分だった事は言わぬが華か。


戻って来たら有難い厳訓を頂戴し、式は終了。

その後は大宴会へ。

無礼講だが、新郎に色香を使うのはどうだろうか。

誰とは言わないが。


現在は既に夜の帳は降り、時刻的には午後11時頃。

新婚な二人は曹家の夫妻の寝室に居ますよ。

え?、他の面子?、城内は未だに宴の最中だよ。

因みに要らん気を回してか私邸には俺達だけ。

逆に恥ずいわっ!



「貴男でも“初めて”だと緊張するのね?」



寝台──というか“彼方”から持ち込んだ自作特別製ベッドの上に座る俺の傍へ寝衣姿の華琳が近寄る。



「俺だってただの人間だし年頃の男だからな?

惚れた女に見惚れもするし欲情だってするさ」


「あら、その割りには私は襲われなかったわよ?」


「最低限の自制心位無いとただの獣以下だろうが…」


「“男は獣”──狼とも、言うのでしょ?

私としては貴男のそういう部分も見てみたいわね」



そう言いながら“しな”を作って身体を預けてくる。

絶対に“解って”てしてる確信犯だろうが。



「御望みなら“追々”な」


「…んっ…っちゅっ…」



仕返し──と言うよりかは“無駄話”を止める意味で唇を塞ぐ。



「…ぅんっ…雷華…」



唇を離すと華琳が物憂げな表情で見詰めてくる。

様々な“想い”が籠った、双眸が俺を映す。



「…華琳…待たせたな…

本当に、随分待たせた…」



ずっと、言えなかった。

言ってしまう事で無責任な“安心”をさせてしまうと思っていたから。



「…全くよ…

少しは“待つ”身の辛さも判ったでしょ?」


「ああ…嫌と言う程な」


「…もう待つ気はないわ

待つだけなんて私らしくはないもの…

だから、ね──」



今度は華琳が唇を塞ぐ。

もう、待たない──そんな華琳の意志を感じながら、互いの“想い”を重ね合い求め合い夜は更ける。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ