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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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曹奏四季日々 45


 楽進side──


──一月二十八日


常連という程ではないが、それなりに利用している店先の席に座り、御茶を飲みながら通りを眺める。

昔の自分から想像し難いが、最近の私の趣味の一つというのが人間観察だったりする。

ぼんやりと眺めているだけでも意外と面白い。

そして、思い掛けない発見や気付きにも繋がる。

……まあ、雷華様の影響なんですが。

旦那様と同じ趣味を持って、何が悪いのですか?



「直ぐに終わるから良い子にしててね?」


「はーい」



それは大して珍しくもない、母と娘の姿。

街中であろうと、店先の長椅子に小さな子供が一人座って親が用事を済ませるのを待っている。


曹魏でならば何も可笑しくはない光景。

だが、孫策領(此処)では感心を覚える。

少し前までは、街中と言えども子供を一人にすれば拐われてしまうかもしれない。

そんな危機感を民が持っていたのだから。

それが薄れたという事は、それだけ治安が改善され良くなっているという証明。

人々が安心して暮らせている証拠だ。



「──にしては眉間に谷間が出来とんで?

谷間作るんは胸だけにしときぃ」


「……今なら真桜にも負けはしないと思うぞ?」


「お? ほんなら、比べてみよか?」






…………何を遣っていたのだろうか、私は……

いや、つい、昔を思い出したからだな。

昔は真桜が胸の大きさを自慢していた。

だから、比べっこを強要されたものだ。

嫌なのは嫌なのだが、挑発されると……

負けず嫌いな事も有るが……やはり、負けたままで終わらせるのが嫌だったのだろうな。

今は雷華様の御陰も有り、無事に勝利した。

寧ろ、腹回りが豊かになっている事に気付いたから真桜の方が落ち込んでいる。

私に敗れ、己にも敗れたか。



「上手い事言わんといてぇ……

ほんで? 何で難しい顔しとったん?」


「ああ、まあ……ちょっとな……」


「歯切れが悪いなぁ……機密なんか?」


「そういう訳ではないが……

待っている時に仲の良さそうな母娘を見掛けてな」


「凪も早ぅ子供が欲しなったとか?」


「それは以前からだ」


「言い切りよったで……」


「その母親が、「良い子にしててね」と言ったのを聞いて少し思う事が有っただけだ」


「……? 特に可笑しな事有らへんやろ?」



話しても首を捻る真桜。

そうなると思っていたから言い難かったんだ。

あまり面白い話でもないからな。

──が、真桜は「そんで?」と言う態度で、続きを促してくるから私も諦めて話す事にする。



「何も可笑しな事ではないな

だから、これは個人的な意見になるのだが……

私は、親が子に「良い子にして」や「ちゃんと言う事を聞きなさい」と言うのが、正直好きではない

勿論、親の考えや気持ちは理解が出来る

さっきの母娘で言えば危ないから、はぐれない様に大人しく座っていて欲しい、という事だろう」


「まあ、そうやろうな」


「だが、そうは言わず、“良い子”や命令する様に親や大人は言ってしまう

その方が楽だからな

しかし、それでは子供は何故、そうする必要が有るのかという事を理解する事が出来無い

ただただ、言われた通りにする事が良い事であり、正しい事なのだと覚えてしまう

そうなった子供が自主性を育めると思うか?」


「…………難しいやろぅなぁ……」



そう、言われた事は出来る優秀な者には成るのだが自分で道を切り開く力というのが培われ辛い。

勿論、絶対という訳ではないのだが。

言われた事に従うというのは、ある意味では楽だ。

言われた事が楽かどうかは別にして。


自ら考えて可能性を見出だし、可能性の取捨選択をするという事をしていない。

その思考力・判断力を養う機会を失っている。

そういった者の思考というのは人頼りになり易く、人に責任を押し付ける様になる。


少なくとも私達が生まれ育った時代では致命的。

そんな者は生き残り辛く、頭角も現し難い。

勿論、これからの時代は乱世とは違う世の中だ。

しかし、だからこそ子供には成長の機会が必要だ。

生き抜く為の力を得る事を強いられはしないから、社会的に身に付けられる環境が必要となる。


だから、“良い子”という子供の成長機会に制限を掛ける事になる言葉を使うのは好きではない。

それにだ、子供にそう言ったのなら、立場が逆転し年老いたりした時、面倒を見て貰う様になったなら子供に「言う事を聞いて」と言われても文句を言う事は出来無いという事。

しかし、その親は忘れていて強情だったりする。

身勝手にも程が有るだろう。

子供は思い通りになる道具ではないというのに。


ただ、そういう親や大人が多くなるのが平和な世の傾向でもあるのだと雷華様は仰有っている。

常に生き死にの有る世の中では親や大人は子供達を必死に守り、生かそうとする。

子供達も親や大人の献身──犠牲や死を以て学び、考える力が身に付いてゆく。

しかし、平和な世の中だと、人の意識が変わる。

だから、私が気にした様な事は珍しくない。

世の中が、時代が、社会が変われば生じる問題。

けれど、問題なのに問題とは認識し難い事。

だから、その考えは忘れてはならない。

そう雷華様は仰有って下さった。


勿論、それだけが全てではない。

自主性を育み、培う機会というのは他にも有る。

ただ、教育というのは家庭環境が根幹だ。

親や兄弟姉妹──家族との関係が最初の社会。

その社会の在り方によって、子供の性格や価値観は根幹から違ってくる。

傍目には似た様な家族環境でも、家庭内の会話量や家庭との関わり方は見え難いものだ。

だから、正確には判らない。

上辺だけを見れば似ていても、内に入って見たなら想像していたものとは違う事も珍しくはない。


それに、“良い子”と言う事が悪い訳ではない。

子供の事を言い表す時、誉める時、そう言う以外に難しいというのも有るだろう。

だから、子供に、本人に言わない事が重要。

親や大人が会話の中で使う分には問題無い。

子供が聞きさえしなければ。


子供に“良い子”は禁句だと私は思う。

子供の価値観を歪めない為にもな。


それと、子供に言えば自分にも返ってくる、という事を親や大人には意識して貰いたい。

子供に言うのは自由だ。

だが、そう言った親は“良い親”なのだろうか?

或いは、“良い人”なのだろうか?

それを自問自答してから、口にするべきだろう。


勿論、あの母親が悪い訳ではない。

こうして普通に暮らしているのだから犯罪者という訳でもないのだから。


しかし、子供に行動や在り方を強要している。

それは果たして、親として正しいのだろうか?

自分は強要された全てを許容出来るのか?

一切不満に思いはしないのか?

そんな筈は無いだろう。

だったら、子供にも強要してはならない。

子供が面倒なのは当然の事。

親や大人も、曾ては子供だったのだから。

それを忘れているのなら滑稽な話だ。


──といった事を考えてしまった。

だから、難しい顔をしていたのだろう。


それに……私自身も、そう成っていたかもしれないからだろうな。

昔の自分を、あの娘に重ねてしまった事で、色々と思い出していたから。



「……自分で言うのも可笑しな話だが、小さい頃の私は良い子だった」


「せやな~、凪はホンマ良ぇ子やったな

ウチもよぉオカンに「アンタも少しは楽進ちゃんを見倣い!」って言われとったしな」


「私は寧ろ、真桜が羨ましかったがな」


「ウチがか?」


「ああ、自分に真っ直ぐ、正直だったからな

私は……大人の顔色を窺う事を覚えてしまったから何処かで我慢する事が正しいと勘違いしていた

勿論、真桜が好き勝手遣ってい……たな、色々と」


「その分、滅茶苦茶叱られとったけどな~

まあ、そうやな……凪は確かに我慢しとったな

けど、それは病気のオバちゃんを気遣ってやろ?

ウチかて、そないな事情が有れば違てたやろな」


「そうだな……」



私の母は、元々身体が丈夫ではなかったが、風邪を拗らせてから床に伏せる様になった。

そして、一年と経たずに亡くなった。

まだ幼かった私にとっては、とても辛い事だった。

だが、珍しくもない、よく有る身の上話だろう。



「最初は母を心配させない為だったが、母の死後も変わらなかった……いや、もっと顕著になった

それは亡くなった母が悲しまない様に、私を産んで良かったと思える様に、という思いも有った

ただ……今になって思えば不器用だったんだろうな

甘え下手だったと言うべきかもしれないな」


「確かになぁ……凪は昔から生真面目やったけど、オバちゃんが亡くなってから更に頑張ろうっちゅう感じが強くなっとったもんなぁ……

ウチも無理しとんやないんかって心配しとったけど結局は何も言えんかったしなぁ……」


「だが、真桜なりに気遣ってくれてはいただろう?

一人っ子だった私にとっては真桜は友人でもあり、姉でも有ったからな

側に居てくれるだけで私を支えてくれていた」


「……~ぐすっ、凪ぃぃ……」


「だから、早く真桜も小野寺殿に抱いて貰え」


「生々しいわっ! 感動が台無しやっ!」



そう言って目が潤んでいた表情から怒り顔に。

そして──二人して笑い合う。

何という事の無い、他愛の無い会話。

戯れ合う様に、巫山戯合う様に。

どんなに歳を重ねても、この関係は変わらない。

他の誰とも築く事の出来無い特別な繋がり。

それは過去から続く途切れる事の無い縁絲。

あの乱世の中でさえも断ち切られなかった。

だから、この先も決して失われる事は無い。



「──おや? 珍しい所で会いましたね」



その声に振り向けば、稟さんが立っていた。

同行者は無し。

今日は此方等に来る仕事は無かったと筈だが……

──と考えているのが判ったのだろう。

稟さんが「友人()に会いに来ただけです」と。

先に説明をしてくれた。

……そう言えば、劉備の所に居た趙雲という人とも一緒に旅をしていた、という話だったか。

彼女には劉備への忠誠心も、曹魏への反意も無い。

それが判っていますから、こっそりと様子を見に、という事なのでしょう。


敢えて名前を出さなかったのは真桜が居るから。

私にだけ伝わる様に、そういう言い方をした。

こういった機転は私には難しいので尊敬する。

勿論、こうして経験し、理解する事で学ぶ。

それが私を成長させてくれるのだから。


まあ、私は私で真桜が気付かない様に振る舞う。

苦手だとは言ってられないからな。

ちょっとした事が原因で予想外の事に繋がる。

そういった話は珍しくはないのだから。



「折角ですから、一緒にどうです?」


「構いませんか?」


「も、勿論や──あ、いや、勿論です」


「普段通りの話し方で構いませんよ

今は御互いに仕事中では有りませんしね

因みに、私の話し方は普段通りです」


「……そぉなん?」


「ああ、公私で変わるのは呼び方位だ」


「けど、凪が丁寧に話しとったから……」



そう真桜に言われて──稟さんと顔を見合わせると御互いに苦笑する。

特に意識していた訳ではない。

私の話し方も普段通りだ。

──が、「成る程な……」とも思う。



「それは、別に無理をしていたり、気を遣っているといった訳ではなくて、関係性の違いでしょう

貴女との関係性は、それだけで生真面目な彼女をも砕けさせる、という事です

私自身、話し方に違いは有りませんが、友人達とは普段の自分とは違う一面を見せ合いますからね

そういう関係性の有る相手は得難いものです

御互いに大事にして行きたいものですね」



そう稟さんに言われて真桜と顔を見合わせる。

真桜が照れているが……私も気恥ずかしくなる。

稟さんは自分の事も含めて、という意味で言ったのだとは判ってはいるのだが。

……やはり、その相手──当事者が目の前に居ると言い表し難い感情が湧いてくる。

決して、嫌な気持ちではない。

だから…………そう、こんな気持ちになる。

嬉しさと照れから、気恥ずかしく思う。

他に適当な言葉が思い付かないから。

……人の感情というものも複雑で難解なものだ。



──side out



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